松川浩子

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まつかわ ひろこ
松川 浩子
プロフィール
本名 宮瀬 浩子
出身地 日本の旗 兵庫県宝塚市
生年月日 (1977-03-30) 1977年3月30日(41歳)
最終学歴 聖心女子大学文学部
外国語外国文学科卒業
勤務局 毎日放送
部署 アナウンサー室
活動期間 1999年 - 現在
ジャンル 報道情報バラエティ番組
配偶者 あり
公式サイト MBS公式
出演番組・活動
現在 ちちんぷいぷい
それゆけ!メッセンジャー
過去 VOICE
せやねん!
バンバンバン
その他 地上デジタル放送推進大使 (2007年まで)

松川 浩子(まつかわ ひろこ、1977年3月30日 - )は、毎日放送所属のアナウンサー

来歴[編集]

兵庫県宝塚市の出身で、聖心女子大学を経て、卒業後の1999年にアナウンサーとして毎日放送へ入社。同期入社のアナウンサーは河田直也で、入社当時から報道番組の担当を志望していた。2005年1月に、フィギュアスケートの選手だった毎日放送の社員・宮瀬永二郎と結婚。結婚後も、旧姓の松川を放送上の名称に使っている。

毎日放送への入社後は、MBSテレビの情報番組『ちちんぷいぷい』、『せやねん』、『っちゅ~ねん!』や、ローカルニュース『VOICE』(平日)、『毎日新聞テレビ夕刊』(日曜日)などにレギュラーで出演。『せやねん』では、グルメコーナー「どこいこ?」のプレゼンターを担当した。

2008年1月末に第1子の出産準備で産休に入るまでは、毎日放送の地上デジタル放送推進大使を務めていた(後任は松本麻衣子)。在任中には、近畿地方の他局(NHK大阪放送局を含む)でも放送される地上デジタル放送推進キャンペーンのテレビCMに、他局の推進大使と結成した"TEAM2011"のメンバーとして出演。キャンペーンの一環として、街頭イベントや他局の番組にも登場した。

2008年3月23日に第1子(長女)を出産。2009年2月8日まで育児休暇を取った後に、アナウンサーとして職場に復帰した。

2009年4月からは、MBSテレビで放送を開始した『バンバンバン』(『ちちんぷいぷい』金曜日の中継コーナーからの派生番組)に、スタジオ進行役(放送上の肩書は“スタジオ見守りキャスター”)として同期の河田とともに登場。全国ネットで放送される番組で、初めて準レギュラーを務めた。

『ちちんぷいぷい』には、結婚前から産前産後休暇をはさんで長期にわたり出演していたが、2009年9月25日の放送(VTR取材コーナー「どないなん?」)を最後に、番組レギュラーとしての出演を終えた。

2009年9月28日からは、かつてフィールドキャスターとして出演していた『VOICE』に、月曜日 - 水曜日のサブキャスターとして復帰した。同番組では松川のサブキャスター起用と同時に、同年4月以降18時5分だった放送開始時刻を17時50分に繰り上げ(TBS制作のJNN系列全国ニュース『総力報道!THE NEWS』の放送時間短縮・開始時刻繰り下げによる措置)、『ちちんぷいぷい』からステブレなしで直結するようになった。松川は月 - 水曜日に、エンディング間際の『ちちんぷいぷい』にて、報道フロアから主要ニュースのラインナップを紹介。このため放送上は、2010年3月まで同番組への出演が続いた。

『VOICE』への復帰後は、アナウンサーとしての職務のほかに、報道系のディレクターとして女性による児童虐待問題などを取材。2011年3月27日にMBSテレビ『映像'11』で放送のドキュメンタリー「母と娘の告白~虐待から絆への18年~」では、ディレクター兼ナレーターを務めた。

第2子の出産準備のため、2012年9月27日に『VOICE』を再び降板。同年12月から、2度目の産前産後休暇に入っていた。

2014年4月から、5年振りに『ちちんぷいぷい』へ復帰。月曜日のアシスタントとして、番組出演を本格的に再開した。2015年3月からは、産前産後休暇に入った松本の後任扱いで、火曜日のアシスタントも兼務。松本が休暇からアナウンサーに復帰した2016年度も、月・火曜日のアシスタントを引き続き担当している。その一方で、2017年10月からは、『音の散歩道』の降板(2007年12月)以来遠ざかっていたMBSラジオ制作番組へのレギュラー出演を再開している。

人物・エピソード[編集]

宝塚歌劇団[1]花純風香天勢いづるとは幼少時代からの友人で、大橋マキフジテレビ出身のフリーアナウンサー)とは大学の同期生だった。

特技はダンス全般。6歳でクラシックバレエを習い始めたことをきっかけに、ジャズダンス日本舞踊ストリートダンスなどを体得している[2]。さらに、大学への卒業間際には、TRFのバックダンサーオーディションに参加。途中まで選考に残っていたが、「アナウンサーになりたい」との意思が強く、結局は辞退に至った[3]。なお、毎日放送入社後の2015年春には、ヨガインストラクターの資格を取得している[4]

2017年には、『ちちんぷいぷい』のレギュラー出演者を代表して、3月12日に開催の「第5回淀川寬平マラソン」(同番組金曜レギュラーの間寛平が主宰するマラソン大会)に参加。山中真大吉洋平豊崎由里絵(いずれも同僚アナウンサー)および広瀬駿気象予報士)とチームを組んだうえで、同年から新設された「42.195km駅伝部門」2区(5km)へ出走した[5]ところ、チームの目標タイム(3時間55分)を上回る3時間16分3秒(59チーム中9位)という記録での完走に貢献した[6]。かねてからホノルルマラソンへの参加を希望していた松川は、上記の駅伝に向けた練習からランニングへ本格的に取り組み始めた[7]にもかかわらず、本番では目標タイム(26分15秒)より5分近く速いペース(21分52秒)で2区を走り切った[6]

出演番組[編集]

現在[編集]

テレビ[編集]

  • ちちんぷいぷい (月・火曜日アシスタント)
    • 毎日放送への入社年(1999年)に関西ローカルで放送を始めたことから、放送開始2日目(同年10月12日)に、大台ヶ原から自身初の生中継リポートを経験。以前は木曜日を中心に、アシスタントやコーナーの進行役を2009年9月まで担当した。
    • 2014年4月から、月曜日のアシスタントとして5年振りに復帰。同年6月までは、大畑大介がリポーターを務める火曜日のVTRロケコーナー「女子力の花園」のナレーターを兼務していた。
    • 2015年3月から火曜日のアシスタント、2018年1月から「駅前シャッターチャンス」(水曜日のVTRロケコーナー)のナレーターを兼務。同年4月以降の水曜日には、大阪市内の百貨店の催事会場からの生中継を実施する場合に、シャンプーハットてつじとのコンビでグルメリポートを担当することがある。
  • 医のココロ(毎週土曜日5:35 - 5:45) - 先輩アナウンサーの高井美紀古川圭子武川智美と交互にアシスタントを担当
  • コトノハ図鑑(不定期)

ラジオ[編集]

2014年4月1日から9月までは、松川のアナウンスによるヤマダ・エスバイエルホームのCMが、他のアナウンサーによるバージョンと交互に時報の前に放送されていた。

過去[編集]

テレビ[編集]

以下はいずれも、MBS制作・TBS系列全国ネットの番組。

ラジオ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 毎日放送のアナウンサーでは、先輩である関岡香の実姉(優ひかり、真琴愛(鈴江真里)や、河田の実母(華かおり)もかつて宝塚歌劇団の生徒として在籍していた。
  2. ^ 毎日放送公式サイトアナウンサーページ内の公式ブログ『どこでもヒロコササイズ!』第1回記事(2001年6月15日付)を参照。ちなみに、「ヒロコササイズ」というタイトルも、ダンスが得意であることに由来している。
  3. ^ 痛快!明石家電視台 2015年5月4日放送回”. gooテレビ (2015年5月4日). 2015年7月12日閲覧。 この回で実際にダンスを披露した。
  4. ^ 『どこでもヒロコササイズ!』2015年4月24日付記事「新生活」を参照
  5. ^ MBS『ちちんぷいぷい』チーム 寬平マラソン参戦!(『サンケイスポーツ2017年2月17日付記事)
  6. ^ a b 『ちちんぷいぷい』チーム、駅伝で激走9位!寛平も脱帽「堪忍な」(『サンケイスポーツ2017年3月13日付記事)
  7. ^ 『どこでもヒロコササイズ!』2017年2月17日付記事「目標達成?!」を参照
  8. ^ 9月2日・9日放送分では豊崎とのコンビ、30日放送分では河田・豊崎・大吉・井上雅雄と揃って出演。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]