西靖

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
にし やすし
西 靖
プロフィール
出身地 日本の旗 岡山県岡山市
生年月日 (1971-07-08) 1971年7月8日(46歳)
最終学歴 大阪大学法学部
勤務局 毎日放送
活動期間 1994年 - 現在
ジャンル 報道情報バラエティ番組
配偶者 あり
公式サイト 【MBS】西靖アナウンサー
出演番組・活動
現在 ちちんぷいぷい
VOICE
過去 すてきな出逢い いい朝8時
リアルタイム
西靖&桜井一枝のわくわく土曜リクエスト
ヤングタウン日曜日
備考
おかやま観光特使

西 靖(にし やすし、1971年7月8日 - )は、毎日放送(MBS)のアナウンサー。  

来歴[編集]

岡山県岡山市の出身で、岡山県立岡山一宮高等学校から大阪大学法学部へ進学。大学生時代までは、棒高跳の選手として陸上部で活動していた。

大阪大学卒業後の1994年に、アナウンサーとして入社。同期入社のアナウンサーに、三澤肇(現在は毎日放送報道局解説委員)がいる。入社当初は、「社会派アナウンサー」として報道番組の担当を希望。しかし実際は、テレビのバラエティ・情報番組や、MBSラジオの深夜番組を長らく担当。1999年10月に始まったMBSテレビ平日午後の情報番組『ちちんぷいぷい』には、放送開始1週間後に初めて出演した後に、1ヶ月後の同年11月から現在までレギュラーで出演している。ただし、その間にも、報道系のドキュメンタリー番組(MBSテレビの『映像』シリーズなど)で随時ナレーターを務めている。

過去には、MBSテレビ制作・TBS系列全国ネットの生放送番組(『すてきな出逢い いい朝8時』→『リアルタイム』)でレギュラーを務めたほか、『おはようクジラ』(TBS制作の全国ネット番組)に近畿地方担当アナウンサーとして出演。2007年の『NHK紅白歌合戦』では、ポルノグラフィティの曲紹介の際に、白組司会の笑福亭鶴瓶から名前を紹介された[1]。また、『情報ライブ ミヤネ屋』(読売テレビ)、『きらきらアフロ』(テレビ大阪)、『MUSIC JAPAN』(NHK総合テレビ)など、他局の番組にも随時登場。2009年の元日には、『西靖&桜井一枝のわくわく土曜リクエスト』(当時出演していたMBSラジオの生ワイド番組)のパートナー・桜井一枝からの電話によって、北海道旅行中にもかかわらず桜井がパーソナリティを務めるABCラジオの特別番組に出演した。

オリコン調査『第5回 好きな男性アナウンサーランキング』の女性回答で8位にランクイン[2]。その一方で、2013年以降は、「うめきた未来会議MIQS」(毎日放送・グランフロント大阪一般社団法人ナレッジキャピタルの共催による交流型カンファレンス)に参加している。

2014年には、4月7日(月曜日)から、『ちちんぷいぷい』の総合司会(主に「きょうの☆印」を担当)と『VOICE』(MBSテレビ平日夕方のローカルワイドニュース番組)のメインキャスターを兼務している。ちなみに『VOICE』では、2000年10月の番組開始から2005年9月まで、同期入社の三澤が初代のメインキャスターを担当。西は、「入社20年目のルーキー? ニュースはじめました」という触れ込みで、入社後初めてニュース番組のキャスターを務めている。バラク・オバマアメリカ合衆国大統領として初めて広島平和記念公園を訪れた2016年5月27日には、「毎日放送の報道記者」としての取材を正式に認められたことから、園内の慰霊碑で催された献花式を至近距離(慰霊碑から左側に約15m離れた記者席)から取材・撮影した。

2009年時点での社内の役職は副部長。社内ではバドミントン部(部長:結城哲郎、部員:近藤亨など)、アナウンサー室内ではウクレレ部(部長:西、部員:河田直也)と写真部(部長:上泉雄一、部員:西)に所属していた。

長らく独身生活を続けていたが、2014年10月に14歳年下の一般人女性と結婚[3]。45歳だった2016年8月16日に、第1子(長男)を授かった[4]

『ちちんぷいぷい』[編集]

出演当初は、火曜日にのみスタジオへ登場。2004年頃からは、リポーター・インタビュアーを務める一方で、初代総合司会・角淳一が休暇を取った場合には代理で司会を担当。2006年からは、木・金曜日の進行を任されるようになった。関西以外の一部地域でJNN系列局が同時ネットを開始した2009年4月からは木・金曜日、2011年9月15日からは水曜日でも総合司会も担当。角が同月30日放送分で卒業したことを機に、翌週(10月3日)から全曜日の総合司会を務めている。

番組の企画として、オリンピック取材に3度派遣されている。2004年のアテネ五輪では報道関係者のパスを貰えなかったため、アテネ市内の各所からFOMAのテレビ電話でちちんぷいぷいのスタジオと生中継を結んだり、市内の一般家庭のお宅にお邪魔して女子バレー日本対ギリシャ戦を観戦リポートしたりした(ただし、決してMBSが報道パスをもらえなかったわけではなく、大月勇(当時MBSアナウンサー)のみに与えられていた)。以後この企画が通例となり、2006年のトリノオリンピックでは、2月20日 - 2月24日まで、トリノからFOMA中継。2008年の北京オリンピックでも北京の街中を中心に取材を行い[5][6]、その模様は『ちちんぷいぷい』内で放送されている。

2007年夏、番組内でTBS・MBSが独占放送した世界陸上にあわせて大学以来遠ざかっていた棒高跳びに挑戦した。練習の様子も放送し、8月30日に母校の大阪大学吹田キャンパス陸上競技場で挑戦。番組内で生中継された。1回目は当初の目標である3mを成功[7]、2・3回目は3m20cmを飛んだが失敗した。

2010年1月4日からは、「西靖はどう変われば良いか」というテーマの元に「西に☆印」と題したコーナーがスタートし、視聴者からメールを募集している。

名物コーナーだった『おいしいうた』の楽曲を収録したCDすごくおいしいうた』が2010年1月20日に発売され、同年3月末まで3万枚達成されなければCDの宣伝隊長を務めたU.K.こと楠雄二朗(くっすん)の公約で角淳一、くっすんと共に丸坊主になることを番組内で公表した。同年3月1日、CDの売り上げが3万1,110枚を達成したことから、西、角、くっすんの3人が公開形式で頭を丸め、坊主頭になった[8]

同年3月28日放送分の『MUSIC JAPAN』(NHK総合)にはおいしいうたファミリーと共にNHKに初出演した。

同年4月14日から4月21日まで大阪・梅田阪急百貨店うめだ本店で行われた「2010ちちんぷいぷい物産展」では、故郷である岡山県の「物産大使」に任命された。

同年6月16日、MBS創立60周年記念企画の一環として「60日間世界一周の旅」を行うことを「ちちんぷいぷい」で発表し、同年6月28日関西国際空港を出発した。世界一周の際は阪神タイガースユニフォーム背番号は7月7日までは『38』、7月8日からは『39』をつけていた。彼自身の年齢と同じ数字である)を身にまとって世界中を旅し、同年8月25日に無事帰国した。帰国の際には角らが関西国際空港に出向き、バスで茶屋町のMBS本社まで向かう場面が生中継された。その間の「ちちんぷいぷい」の総合司会は木曜日は河田直也、金曜日は山中真が担当した。帰国翌日から1週間は同時間帯に編成されたMBS開局60周年記念ウィーク特別番組に毎日出演し、9月3日から正式に「ちちんぷいぷい」の総合司会に復帰した。

全曜日の総合司会に昇格してからは、番組を代表して、大阪マラソンや「未来の花束(番組完全プロデュースのシングル曲)キャンペーン隊」などに参加している。第1回大阪マラソン2011年10月30日開催)では、フルマラソンを3時間45分38秒で完走。他方、「未来の花束キャンペーン隊」では、「オリコンウィークリーチャートで『未来の花束』が初登場で10位以内に入らなければ1日だけ“おしゃれパーマ”姿で『ちちんぷいぷい』に出る」との公約の下にキャンペーンを展開していた[9][10]。しかし、同年11月8日の同番組において、『すごくおいしいうた』と同じく14位にとどまったことが判明。罰ゲームとして、翌11月9日の放送にアイロンパーマ(アイパー)姿で出演した[11]

2013年には、「ちちんぷいぷい夏休みスペシャルウィーク」(8月5日 - 8月9日)と連動した企画「つながれ!ご縁ザ・ワールド~万国おどろキッズ紀行~」で、「60日間世界一周の旅」以来3年振りに海外へ長期渡航。7月5日(金曜日)から1ヶ月間にわたって、故郷の岡山と縁の深いおとぎ話・桃太郎の衣装に身を包みながら、世界12ヶ国(タイインドスイススペインオーストリアベルギーモザンビークポルトガルペルーアルゼンチンジャマイカアメリカ)の「おどろキッズ」(大人が驚くような才能や特技を持つ子どもたち)を取材した。ちなみに渡航中には、「帰国後に1冊の絵本を作る」という趣向で、「おどろキッズ」を取材するたびに「将来の夢」に関する絵を描かせている。また、出発後の7月8日(月曜日)放送分から帰国翌日(8月6日)に放送の『ちちんぷいぷい夏休み 未来にご縁スペッシャル!!!』で総合司会に復帰するまでは、河田などが西に代わって総合司会を務めていた。

『VOiCE』にも出演する2014年4月7日からは、月 - 木曜日を山本浩之関西テレビ出身のフリーアナウンサー)、金曜日のみ河田と共に進行。基本として、毎日放送報道局が制作するパート(オープニング~15:00頃および17時前・エンディング直前の「NEWS CHECK!!」)に登場していた。しかし、自身の希望で『VOiCE』メインキャスターとしての取材活動を優先するため、2015年8月からは総合司会の担当日を金曜日に限定。月 - 木曜日については、「(きょうの声)Today's VOiCE」(報道系のコーナー)にのみ、スタジオか取材先からの生中継で出演するようになった。さらに、2016年4月1日(金曜日)放送分を最後に、総合司会を勇退。翌週(同月8日)以降の金曜日には、全編の総合司会を河田に委ねる一方で、「Weekly VOiCE」という新設のコーナー(同年6月10日放送分から「Today's VOICE」金曜版)にのみ登場している。

人物[編集]

  • 岡山市内で育った少年時代には、岡山県庁に勤務していた実父[12]から、「人と違うことをして目立つのは誰でもできる。人と同じことをして秀でなさい」という言葉を折に触れて聞かされていた。哲学者鷲田清一は、『朝日新聞』の朝刊で連載しているコラム「折々のことば」の第85回(2015年6月26日掲載分)でこの言葉を紹介[13]。同新聞が「折々のことば」の読者を対象に、100回までの掲載分から「イチ推しの言葉(最もお勧めしたい言葉)」を調査したところ、読者からの票数でこの言葉が3位に入った[14]
  • 趣味は釣り登山写真の撮影、毎日放送への入社1年目から始めたスノーボード。10年ほど前からは、バックカントリースノーボードに取り組んでいる。ちなみに、結婚相手はスノーボード仲間の知人で、スノーボードの初心者。2013年に知人を通じて西を紹介されたことから、西との交際へ発展したという[15]
  • プライベートでカメラを購入したことをきっかけに、前述の写真部を結成(現在は休部)。単独でパーソナリティを務めた『思い出リクエスト』(MBSラジオ)では、毎週のようにカメラについて触れていた。2014年8月20日には、「つながれ!ご縁ザ・ワールド~万国おどろキッズ紀行~」中に撮影した子どもたちの写真に自身のエッセーを添えた単著本『地球を一周!せかいのこども』が、朝日新聞出版から発売されている[16]
  • ウクレレを得意としているが、現在はウクレレ部員である河田のウクレレを“私物化”しており、主にそれを使っていて、西が書いてもらったサインがたくさん入っている。自分のウクレレはジェイク・シマブクロDEPAPEPEらのサインが入っており、自宅に保管している。また、ブルースハープの演奏にも凝っている。
  • 渋い声の著名人(城達也麻生太郎など)の声真似が得意で、『わくわく土曜リクエスト』でもたびたび披露していた。
  • 『ちちんぷいぷい』木曜日では、2年間にわたって書評コーナーを担当。その本の解説は、北海道の雑誌で西自身が取り上げられたこともある。また、梅田紀伊國屋書店では西の紹介した本を置くコーナーも設置されていた。
  • 高校時代には、陸上部のアルバイトとして地元の書店で棚卸作業を経験。また、実父が実家のトイレに毎月『文藝春秋』を置いていた影響で、自身の自宅のトイレにも単行本を置いている。登山の際にも、登山や滞在先とは関係のないジャンルの本を携えて、テントなどで読んでいるという[12]
  • 無類のきな粉好き。
  • ゲーム「桃太郎電鉄V」にアナウンサーとして実名で登場している。
  • (毎日放送のサービスエリアである)関西地方在住で「(テレビ・ラジオを通じての)毎日放送ファン」を自認している漫画家海野つなみとは、『辺境ラジオ』(西・名越康文内田樹が出演するMBSラジオの不定期放送番組)の公開収録にリスナーとして何度も参加した縁で、折に触れて交流している。海野が「逃げるは恥だが役に立つ」の原作を『Kiss』(講談社が発行する漫画雑誌)で連載する前には、本業が漫画家であることを伏せながら、当時独身だった西を取材していたという[17]
  • 『ちちんぷいぷい』『VOICE』に出演中の2016年には、在阪局を代表するアナウンサーとして、裏番組のメインキャスターを務める浦川泰幸朝日放送)と「AERA」(朝日新聞出版)の企画で対談。対談の模様を今井一(関西地方を中心に活動するフリージャーナリスト)の構成によってまとめた記事が、同年11月28日号の特集「テレビの逆襲」に掲載された。
  • 岡山県出身者の著名人がリレーで歌う「もんげー岡山」のPVに出演[18]。PVは岡山県のYouTubeチャンネル「8092channel」でも公開[19]されている。

現在の出演番組[編集]

テレビ[編集]

  • ちちんぷいぷい - 月~金曜ニュースキャスター(2015年8月~)
    • 番組開始直後からレギュラーで出演。2006年10月からは木曜、2007年4月からは木・金曜、2010年9月からは水~金曜の総合司会を担当した。上記以外の曜日でも、角が務めていた総合司会を代演したり、一部のコーナーに出演したりすることがあった。
    • 2010年と2011年には、山崎製パンとのコラボレーション企画で、関西・期間限定商品のパンをプロデュース。2010年の「デミカツパン」で約173万個、2011年の「愛の新婚朝ごはん 目玉焼き風&ソーセージパン」(2012年発売)で186万8,234個の売り上げを記録した。2013年・2014年には、UHA味覚糖とのコラボレーション商品「ぷいぷい飴」のプロデュースを手掛けている。
    • 月~木曜には、2014年4月から2015年7月まで山本と共同で総合司会を務めた後に、2015年8月3日(月曜日)放送分から「(きょうの声)Today's VOiCE」にのみニュースキャスターとして出演。金曜日には、2014年4月から2016年4月1日まで河田と共同で総合司会を務めた後に、2016年4月8日から「Weekly VOiCE」(同年6月10日から「Today's VOICE」金曜版)にのみ登場している。ただし、いずれの曜日でも、特別企画を放送する場合に進行役を務めることがある。
  • VOICEメインキャスター(2014年4月7日 - )
  • 痛快!明石家電視台
    • 『VOICE』のメインキャスターを務める2014年から、年に1~2回放送される「MBSアナウンサー大集合スペシャル」に、アナウンサーの1人として出演。『VOICE』が放送される月曜日に毎日放送本社内のスタジオで収録するため、『VOICE』の生放送を終えてから、同企画の収録に参加している。
    • 山本と共にゲストで出演した「さんまの好物頂上決戦!カレーor牛丼バスツアー」(2013年7月15日)で、司会の明石家さんまと初共演。「ちちんぷいぷい15周年スペシャル・後編」(2014年9月29日、いずれもMBS放送分)にも出演したほか、収録日の月曜日に『ちちんぷいぷい』で楽屋からの生中継を実施したこともあった。
  • 映像(ナレーションを不定期で担当)

ラジオ[編集]

  • 辺境ラジオ(2010年~、スペシャル枠で不定期放送)内田樹名越康文とともに出演
  • MBSニュース(不定期)

これ以外にも、関連会社のMBS企画がMBSラジオへのCM出稿を募集する目的で制作した同局向けのスポットCMなどで、ナレーションを務めている。

過去の出演番組[編集]

テレビ[編集]

以下は、MBSテレビの制作で土曜日の午前中に放送していた全国ネット番組。

ラジオ[編集]

著書[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 当時『ヤングタウン日曜日』(MBSラジオ)で共演していた縁による。
  2. ^ 第5回 好きな男性アナウンサーランキング
  3. ^ MBS・西靖アナ結婚!お相手は14歳年下の吉瀬美智子似美人(『スポーツニッポン2014年7月31日付記事)
  4. ^ 毎日放送・西靖アナに待望の第1子 「父親になりました」(『デイリースポーツ2016年8月16日付記事)
  5. ^ 【MBS】西靖アナウンサー 2008年8月
  6. ^ 【MBS】西靖アナウンサー 2008年9月
  7. ^ 【MBS】西靖アナウンサー 2007年9月7日
  8. ^ 【MBS】西靖アナウンサー 2010年3月19日
  9. ^ 西靖アナが"大胆オシャレパーマ"に!?『ちちんぷいぷい』がCDを発売(マイコミジャーナル、2011年11月1日)
  10. ^ ちちんぷいぷい丸刈り西アナ「パーマ」公約(サンスポ.com、2011年11月1日)
  11. ^ 「未来の花束」オリコン14位でMBS『ちちんぷいぷい』 西アナが "お洒落パーマ"に!!(mFound、2011年11月10日)
  12. ^ a b みんなのミシマガジン「本屋さんと私」第69回 ラジオへの愛からはじまった『辺境ラジオ』(西靖さん編)
  13. ^ 折々のことば:85 鷲田清一
  14. ^ 折々のことば、一番人気は「時は金なり」7千票の応募(『朝日新聞』2015年12月1日付朝刊文化・文芸面記事)
  15. ^ 43歳の春…西アナ 29歳美女射止め「粘ったかいありました」(『スポーツニッポン2014年7月31日付記事)
  16. ^ 朝日新聞出版「地球を一周!せかいのこども」
  17. ^ 2016年11月8日放送分『ちちんぷいぷい』内「Today's VOICE ニュースな人」での電話取材より
  18. ^ 放送局に勤務する現役のアナウンサーでは唯一の参加。岡山県出身のアナウンサーでは他に、堀潤NHK出身のフリーアナウンサー)も参加している。
  19. ^ めざせ紅白!「もんげー岡山」を歌おうプロジェクト(新PV)
  20. ^ 和泉元彌“世紀の大移動”を迫真リポート(『ZAKZAK2002年7月27日付記事)

外部リンク[編集]