山本浩之 (アナウンサー)

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やまもと ひろゆき
山本 浩之
Hiroyuki Yamamoto IMG 9129-2 20150110.JPG
とんぼりリバーウォークにて(右は近藤光史
2015年1月10日、今宮戎神社十日戎
プロフィール
愛称 ヤマヒロ
出身地 日本の旗 日本大阪府堺市
生年月日 (1962-03-16) 1962年3月16日(57歳)
最終学歴 龍谷大学法学部
所属事務所 ピーエイチカンパニー
職歴 関西テレビ放送
(1985年4月 - 2013年3月)
活動期間 1985年 - 現在
ジャンル 報道情報スポーツバラエティ番組
配偶者 あり
出演番組・活動
出演中ちちんぷいぷい
ちゃちゃ入れマンデー
ヤマヒロのぴかいちラジオ
茶屋町ヤマヒロ会議
出演経歴アタック600
いつでも笑みを!
プライスバラエティ ナンボDEなんぼ
FNNスーパーニュースアンカー
たかじんのそこまで言って委員会』ほか

山本 浩之(やまもと ひろゆき、1962年3月16日 - )は、大阪府堺市生まれ・泉佐野市育ちのフリーアナウンサー[1]で元関西テレビ放送アナウンサー。

愛称ヤマヒロ。長男は日本テレビアナウンサーの山本健太血液型B型

来歴・人物[編集]

大阪府立佐野高等学校龍谷大学法学部を卒業後の1985年に、アナウンサーとして関西テレビ放送に入社。現在は奈良県奈良市に在住。山本健太を含む三人の息子の父親でもある。

実父は、大阪市電の運転士や大阪市の職員を歴任。落語家の三代目・林家染二とは、大学の同級生だった。

関西テレビアナウンサー時代[編集]

関西テレビへの入社後は、プロ野球競馬などのスポーツ実況や、情報番組バラエティ番組リポーターなどを経験。しかし競馬中継では、当時の主力が杉本清馬場鉄志などのベテランアナウンサーであったことなどから、実況の機会は年間で数レースにとどまった。その後は、報道・バラエティ番組を主に担当しているため、競馬関連の番組にはほとんど出演していない。その一方で、『シュートinサタデー』『いつでも笑みを!』(毎週土曜日の午前中に関西テレビの本社スタジオから放送されていたFNS系列全国ネット番組)ではパートナーを務めた。

また、1997年10月から半年間、深夜番組クロスファイア』の司会を務めたことをきっかけに、『プライスバラエティ ナンボDEなんぼ(ナンボDEなんぼ)』などのバラエティ番組で個性を発揮(後述)。2007年(平成19年)1月5日から2012年(平成24年)7月27日までは、関西テレビのポッドキャスト企画第2弾『ヤマヒロのアナ Pod cafe』のパーソナリティを担当していた[2]

ニュースキャスターとしての活動[編集]

1990年10月に『FNNアタック600』(当時平日の夕方に放送されていたローカルワイドニュース番組)のメインキャスターに抜擢。同番組の後番組『アタック ザ・ヒューマン』でも、1997年9月までメインキャスターを務めた。

2002年には、『ほっとカンサイこの1年 NYリポート』(前年12月に収録・放送)で第18回FNSアナウンス大賞の大賞を受賞。2006年4月には、『FNNスーパーニュースアンカー』の「アンカーマン」として、『アタック ザ・ヒューマン』からの降板以来8年半振りに平日夕方のローカルワイドニュース番組のメインキャスターに復帰した。ただし、『アンカー』のアンカーマン就任前から担当していた『ナンボDEなんぼ』(土曜日の午後に放送)については、「報道だけじゃ息が詰まる。精神的なガス抜きの場を失いたくない」との理由で[要出典]レギュラー出演を続けた。

『ナンボDEなんぼ』が2009年12月で事実上終了してからは、ニュースキャスターとしての活動にほぼ専念。2013年までは、阪神・淡路大震災東日本大震災を教訓とした防災関連の特別番組や、国政選挙の開票特別番組(関西ローカル)などでもキャスターを担当した。2012年2月13日から3月9日までは、『アンカー』の特別企画「雨ニモマケズをさがして -山本浩之 被災地を歩く-」で、東日本大震災で被災した福島県宮城県岩手県内に滞在しながら取材リポートを送っていた[3]

関西テレビからの退社・フリーアナウンサーへ転身[編集]

関西テレビ(KTV)は2013年2月20日に、山本が同年3月31日付で退社することを発表した。山本自身は、退社を決めた理由として、「2012年に50歳を迎えたことを機に、今後のアナウンサー人生について想いを巡らせた結果、これまでやったことのない様々な仕事に挑戦してみたくなった」「(学生時代から関心の高かった)ラジオ番組で活動したい」と述べている[4]

同年4月1日からは、『アンカー』のアンカーマンを続投する一方で、山本の妻が社長を務める個人事務所「PH(ピーエイチ)カンパニー」所属のフリーアナウンサーとして活動[5]。フリーアナウンサー転身初日の4月1日(月曜日)には、『スーパーニュースアンカー』の本番前に、『子守康範 朝からてんコモリ!』(毎日放送平日早朝の生ワイド番組)→『ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です』(朝日放送平日午前の生ワイド番組)→『上泉雄一のええなぁ!』(毎日放送平日の生ワイド番組)の順にゲストで出演した[6]

テレビでは、同年4月5日(金曜日)に毎日放送のスポーツ情報番組『カワスポ』の第1回へ出演したことを皮切りに、(KTVを含む)フジテレビ系列局以外の放送局制作の番組にも登場。転身後の半年間は、『アンカー』のアンカーマンとしての活動を優先するため、他の番組にはKTV時代と同じくゲストで出演することが多かった。

その一方で、2013年6月16日からは、大学の先輩・やしきたかじんが「委員長」を務める『たかじんのそこまで言って委員会』(隔週金曜日に収録する読売テレビ制作の討論バラエティ番組)に「副委員長」として登場。当時、病気療養中だったたかじん及び、それまで「副委員長」として出演していた辛坊治郎の代理扱いながら、KTV以外の放送局で初めてレギュラーを務めることになった[7]。なお、たかじんが2014年1月3日に死去した直後には、特別番組『たかじん追悼スペシャル そこまで逝って委員会』(同月25日放送)で辛坊・宮根誠司朝日放送出身のフリーアナウンサー)と共に司会を担当している。

ニュースキャスターからパーソナリティへ[編集]

2013年9月27日には、「世代交代」や山本自身の意向(前述)などを理由に、『アンカー』のアンカーマンを降板[8]2013年10月15日からは、毎週火曜日(2014年4月4日から金曜日)の夜間に、毎日放送の生ワイド番組『ヤマヒロのぴかいちラジオ』でメインパーソナリティを務めている[9]。ラジオ放送事業を運営していないKTVでアナウンサーとしてのキャリアを積みながら、毎日放送や朝日放送のラジオ番組に何度もゲストで出演してきた(後述)山本にとっては、この番組が地上波ラジオ番組での初レギュラーになった。

さらに毎日放送では、2014年4月7日から、『アンカー』と放送時間の一部が重なる『ちちんぷいぷい』(毎日放送)のレギュラーに山本を起用。山本は、月 - 木曜日放送分で、全編にわたってメインパーソナリティを務めた(2015年7月までは毎日放送アナウンサー・西靖との共同司会扱い)[10]

『ちちんぷいぷい』では、スタジオ進行(月 - 木曜日)やVTRリポート(水曜日 → 火曜日)などに加えて、『アンカー』のアンカーマン時代に携わっていた前述の取材も続けていた。2016年には、毎日放送が開局65周年記念特別企画の一環として10月13日(木曜日)から16日(日曜日)まで開催した「MBSプロデュース 豪華客船 神戸発着3泊4日の旅『ドリームズ・カム・クルーズ』」(クルーズ客船ぱしふぃっくびいなす」のチャーターによる有料のスペシャルツアー)の全日程に同行。『ちちんぷいぷい』『ヤマヒロのぴかいちラジオ』(いずれも毎日放送制作)『あっぱれ!屋久島ツアー 神秘の島でパワーをもらっちゃおうスペシャル』(同局および南日本放送との共同制作・相互ネットによる毎日放送開局65周年記念特別番組)向けの生中継に登場したほか、船内でのイベントにも出演した。

2017年には、古巣のKTVで2月7日の深夜(2月8日未明)に放送された『大阪環状線 ひと駅ごとの愛物語Part2 天満駅編』で、テレビドラマへの主演デビューを果たした[11]

2019年には、3月16日の誕生日で57歳を迎えたが、同月21日(木曜日)で『ちちんぷいぷい』のメインパーソナリティを勇退。放送時間を短縮した同年の4月改編以降は、「今までにやったことがないことを60歳(2022年)までにやりたいので、(メインパーソナリティとしてスタジオで3時間55分もの生放送を進行するような)長い時間を要することや、しんどい(疲れる)ことは今後遠慮したい」という理由で、「ヤマヒロの人生初○○~いっぺん、これやってみたかってん~」や「ヤマヒロの京都美山里山ぐらし」(いずれも月曜日に放送されるロケ企画)のリポーターに専念している[12]。その一方で、5月24日(金曜日)から26日(日曜日)までABCホールで上演された「黒田たもつPresents フードコートのランスちゃん」(公私共に親交の深いメッセンジャー黒田有の脚本によるオリジナル作品)で、舞台作品としては初めての主演を経験した。

エピソード[編集]

新人アナウンサー時代のエピソード[編集]

  • KTVが阪神甲子園球場から阪神タイガース(阪神)読売ジャイアンツ(巨人)のナイトゲームを中継していた日に、入社後、初めての宿直勤務に就いたところ、試合中にもかかわらず中継を打ち切ったことに対する苦情の電話を受けた。折しも当日は、阪神戦を試合終了まで中継する『サンテレビボックス席』(サンテレビ)でも同カードが生放送されていた。スポーツアナウンサーを志望していた山本は、中継の打ち切りをなじる相手を納得させようと、局内のモニターから流れるサンテレビの中継を見ながら試合の模様を即興で実況。山本が「試合終了、タイガース辛くも逃げ切りました」との言葉で実況を締めくくると、山本が新人のアナウンサーであることを知らない相手から、「感動した! 阪神の勝利の瞬間というのは、何回も目にしたことあるけど、受話器持って立ったまま聞いたのは初めてや。お前、結構喋んの上手いなぁ。アナウンサーでもなったらどうや!」という感想を告げられた。山本はこの即興実況を機に、アナウンサーとしての夢を「たった1人であっても、視聴者に感動してもらうこと」に定めるとともに、「いつか放送で阪神対巨人戦を実況したい」という決意を固めたという[13]。ただしKTVでは、阪神対巨人戦の実況を担当する機会のないまま、スポーツアナウンサーから報道番組のキャスターに転じている。

髪にまつわるエピソード[編集]

  • 薄毛の男性ばかりの家系で育ったことから、学生時代から薄毛に悩んでいた[14]。関西テレビへの入社を経て『アタック600』のキャスターに抜擢された頃には、局内で「20代なのに若々しさが無い」「お前、全然若々しくない」などと評されていたほど、頭髪がかなり薄くなっていた[15][16]。そこで、頭頂部の毛髪が薄くなっていた桑原征平(当時の先輩アナウンサー)からの勧めで、桑原が出演番組の生CMで紹介していたメーカーカツラを付けるようになった。山本は初めてカツラを付けた日のことを「人生、バラ色でした」と述懐している[15]。しかし、その後は常にカツラを気にするようになり、取材時には集中力の分散に悩まされるようになった[15]
    • ニュースキャスターとしての取材中に、頭上後方から突き出された集音マイクにカツラが引っ掛かったあげく、カツラがずり下がったことがある[15]
      • 宮沢内閣衆議院の「嘘つき解散」に打って出た1993年6月18日には、国会議事堂内で武村正義(関西テレビの放送対象地域である滋賀県選出の衆議院議員で当時は自由民主党に所属)の囲み取材に臨んでいたところ、山本の後方から突き出されていた集音マイクが山本の側頭部をかすった。その弾みでカツラがずれたため、山本は無意識のうちにしゃがみ込むと、カツラの位置を元に戻した。30秒ほどで戻せたものの、その間に武村のコメントを聞き逃したため、後に上司から激しく叱責されたという[14]
    • トミーズ雅と共に司会を務めた生放送の特別番組で、番組内のマジックショーで使用したオウムが頭に止まったあげく、カツラの七三分けがセンター分けにずれてしまった。そこで山本は、トミーズ雅に番組の進行を委ねた上でスタジオから中座。トイレでずれたカツラを直した後に、スタジオに戻って司会を続けた[17]。フリーアナウンサーへ転身してからも、オウムがカツラの上から立てた鋭い爪の感触が、頭皮に残っているという[14]
  • 関西テレビの社屋が西天満にあった頃、エレベーターで上岡龍太郎と会うことが多く、「君は男前やけど、髪の毛が少し薄くなってるのがちょっとな‥」と言われたことがあった[18]
  • 1998年(平成10年)1月7日、『クロスファイア』の放送中に、自らがハゲであること、これまで番組にカツラをつけて出演していたことを告白した[15]
『クロスファイア』は硬派の深夜番組で、直近の出来事などを山本・前田日明玉木正之がスタジオで真剣に討論する模様を放送していた。その一方で、山本がカツラを着用していることは、関西テレビの局内で「公然の事実」とみなされていたという。山本自身は、カツラを外すことを決めてはいたものの、外しても何事もなかったかのように振る舞うつもりだった。しかし実際には、同番組のスタッフが「ヤマヒロがとうとうカツラを取る」という噂を局内で勝手に広めたあげく、当日の放送での討論テーマを「ハゲの時代」に急遽決定。最新鋭の照明機器と、7時間がかりの綿密なセッティングの末に、「カツラを外した状態で帽子をかぶった山本が、『実は私、ハゲてました』と言って頭を下げながら脱帽した瞬間に、レーザー光線を山本の頭へ容赦なく照射する」という演出を実現させた[14]
この一件は、ワイドショーやスポーツ新聞に取り上げられ、大きな反響を呼んだ[15]。更に深夜に放送されていた頃の『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』でも紹介された[19]。山本のもとには、全国の視聴者から手紙が届き、ほとんどが告白を称賛する内容だったという[20]
『クロスファイア』では、「(放送で)真実を伝えるべきアナウンサーが(『頭がハゲている』という自身の)真実を(カツラで)隠していることへの疑問」を告白の理由に挙げていた。山本自身は後年、「アナウンサーという職業柄、プライベートでプールや銭湯へ行く時にもカツラを付けざるを得ず、遊園地では(カツラが強風で飛ばされることなどへの懸念から)息子たちと一緒にジェットコースターへ乗ることができなかった。そのような煩わしさに我慢できなくなったので、『アタック600』からの降板が決まったことをきっかけに、カツラを取ることを決めた」と述懐している[14]
  • 『クロスファイア』での告白以降、「ハゲネタ」を武器にバラエティでさらなる活躍を見せるようになる。
『ナンボDEなんぼ』の「無駄ムダ調査隊」のコーナーでは、ムダブルーというキャラクターを担当し、ハゲハゲビームなる物を繰出していた[21]
  • 他にも、「ハゲネタ」「ヅラネタ」と称する頭髪関連のエピソードは数知れない。トミーズ雅は、前述のハプニングの直後に山本から真相を聞かされると、「どんな笑いも勝たれへんやないか」と言いながら笑い転げた。また、山本に対して、冗談交じりで「その頭を売ってくれ」と言ったこともある[20]。これらのネタは彼がパーソナリティを務めるポッドキャスト「ヤマヒロのアナ Pod Cafe」などで、本人自身が赤裸々に告白している。
  • iPhoneのアプリケーションに、ヤマヒロ電球なる物が存在している[1]。これも、自身の「ハゲ」に因んでいる[1]
  • 関西テレビアナウンサー時代の2011年から、林健(ギャロップ)と共に結成したサークル「PHK(Positive Hage no Kai=ポジティブ・ハゲの会)」の会長としても活動。現在では、佐野慈紀野球評論家BCリーグ石川ミリオンスターズ取締役)や畑中フーナレーター声優)も、PHKの会員に名を連ねている[22]。ちなみに、フリーアナウンサーへの転身を機に設立した個人事務所の「PHカンパニー」のPHも、「Positive Hage」の頭文字である。
  • 2015年9月21日月曜日敬老の日)には、『ちちんぷいぷい』のPRを兼ねて、阪神対東京ヤクルトデーゲーム(阪神甲子園球場)のファーストピッチに登場。前述のPHK会員である佐野から直々に伝授された「ピッカリ投法」[23]で場内を沸かせた後に、仕切り直しの1球でストライク投球を成功させた[24]
  • NIFREL大阪府吹田市EXPOCITY内で2015年11月19日から営業中の水族館)では、山本の頭から型を取ったオブジェ付きの「ぷいぷい水槽」を、開館当初から2019年初頭の館内リニューアルまで「『みずべ』にふれる」ゾーンの一角に据えていた。『ちちんぷいぷい』とのコラボレーション企画・豊崎由里絵(毎日放送のアナウンサーで開館当時は水曜アシスタント)のプロデュースによる水槽で、オブジェの頂部には、「山本の頭の上に髪の毛が生えている」というイメージで海藻を植えた[25]
  • 初めて主演したテレビドラマ『大阪環状線 ひと駅ごとの愛物語Part2 天満駅編』では、「妻の霊がカツラに取り憑いた男」というサブタイトルが付いたことを背景に、『クロスファイア』でのカミングアウトから19年振りにカツラを着用した姿を披露。「妻の美樹(演:鈴木紗理奈)に先立たれたことを機に、カツラを被りながら、夫に先立たれた年下の独身女性・聡子(演:中江有里)とのデートに臨む54歳の独身男性」という設定で、真治役を演じた[11]。原案では山本を想定しておらず、山本自身にも演技の経験がなかったが、「この役はヤマヒロ以外あり得ない」という理由で出演に至ったという[14]
  • 『ちちんぷいぷい』メインパーソナリティ時代の2017年には、サンデリックフーズ(出身地の泉佐野市で高校時代の同級生が営んでいる製麺会社)から、冷凍うどんの商品開発への参加を依頼された。山本はこの依頼を訝ったが、「(山本の)頭もうどんも『つるつる』だから」という理由に納得したうえで開発へ参加[14]。実際に「つるつるうどん」というブランドネームで商品化に漕ぎ着けたばかりか、テレビ・ラジオを通じて初めてのCM出演が実現した。CMの出演に際しては、オリジナルソングを制作したうえで自ら歌唱[26]。発売20周年を記念して2018年12月から放送されているテレビCMでは、この曲をギターの弾き語りで披露している。

FNNスーパーニュースアンカーでのエピソード[編集]

  • 天皇特例会見[27]における民主党の小沢一郎幹事長の対応について、2009年(平成21年)12月14日放送で「いろんな意味での政治利用にですね、使おうとたかが一政党の一幹事長ごときがですよ、勝手にそんなところにもし手を突っ込んで暗躍してたんだとしたら大変な問題ですよね」と発言。翌15日の冒頭にて「山本アナの身内に不幸があり、同15日と16日は休む」との告知があり、これが前日の発言の直後だったため一部のネットで憶測を呼んだが、水曜コメンテーターの青山が身内の不幸についてブログで詳細に明かしてこれらの憶測を完全否定している[28]

フリーアナウンサーになってのエピソード[編集]

  • 過去に朝の生放送番組にあんまり出演したこともなく、その理由は早起きが苦手である。

趣味・特技[編集]

趣味は落語ギターの演奏、ゴルフなど。『ヤマヒロのアナPod cafe』や、メインパーソナリティへの就任発表を兼ねて初めて出演した2014年3月18日放送分の『ちちんぷいぷい』では、特技として歯笛を披露した。

ギターについては、KTVのアナウンサー時代からフォークバンド「エルキュール上野とアフターアワーズSHOW」のメンバーとして活動している[29]ほか、『クロスファイア』でかつらの着用を告白した際にもVTRの中で演奏している。『アンカー』の水曜コメンテーターの青山繁晴が主宰している「インディペンデントクラブ」のイベントで、青山とのジョイントライブを実施したこともある[30][31]

『ちちんぷいぷい』総合司会就任後の2014年5月3日土曜日)に服部緑地野外音楽堂で開催のジョイントコンサート春一番2014」初日公演には、「エルキュール上野とアフターアワーズSHOW」のメンバーとして出演するとともに、ギターの独奏も披露した[32]

また、KTVアナウンサー時代の2008年11月16日には、同局主催のライブイベント「Livejack Special Stories -Drama×Songs-」のサプライズゲストとして大阪城ホールのステージに登場。「(同イベントに出演していた)ET-KINGの新メンバー」という触れ込みで、ET-KINGの楽曲『愛しい人へ』を同グループと一緒に熱唱した。「ドリームズ・カム・クルーズ」2日目(2016年10月14日)の夜に「ぱしふぃっくびーなす」の中で開かれた「堀内孝雄スペシャルライブ with 山本浩之」でも、堀内と一緒に、乗客の前で歌やギターの演奏を披露している。

在阪民放局アナウンサーとの交流[編集]

KTVのアナウンサー時代から、柏木宏之上泉雄一(いずれも毎日放送アナウンサー)、三代澤康司朝日放送アナウンサー)、森武史読売テレビ朝生ワイド す・またん』メインキャスター、元・同局アナウンサー)と親しく交流している。早起きが苦手でありながら、『ちちんぷいぷい』メインキャスター勇退後の2019年8月からは、森が金曜日の『す・またん』を休演する場合にメインキャスター代理を務めている。

KTV時代には、柏木・三代澤・森とともに落語講演会で同席。山本が『上泉雄一のええなぁ!』に電話で出演したり、『ヤマヒロのアナ Pod Cafe』に森をゲストに迎えたりしたこともある。さらに、所属局のチャンネル番号(リモコンキーID)にちなんだ「10ちゃん8ちゃん」というコンビ名で、森と共に漫才を数回披露していた[33]。2014年4月から2019年3月まで『ちちんぷいぷい』で共演していた西や、2017年9月まで同番組でニュース解説を担当していた石田英司とも、KTVのアナウンサー時代から酒席を共にするほどの面識があった。大学時代に通っていた生田教室出身の在阪アナウンサーとも親交が深い。

フリーアナウンサー転向の初日には、放送時間の一部が重なる『ドッキリ!ハッキリ!三代澤康司です』と『上泉雄一のええなぁ!』へ立て続けに出演(前述)。2013年6月1日には、大阪市淀川区シアターセブンで、有料のトークイベント「三代澤康司 × 山本浩之 × 森たけしLIVE『二ヶ月贈(おく)れの卒業式』」を開催した[34]2014年3月21日には、読売テレビの番組と連動した落語会「平成紅梅亭 東西特選落語会 上方 夕の部」(森之宮ピロティホール)で、森と共に「ぴっかりメガネ」というコンビ名で本格的な漫才を披露した[33][35]

現在の出演[編集]

テレビ番組[編集]

  • ちちんぷいぷい毎日放送、2014年4月7日 - )
    • 2019年3月21日(木曜日)放送分までは、月 - 木曜日に全編(2015年7月までは15時前後からエンディングまで)の進行を担当。「ヤマヒロのこれだけは!」→「きょうの☆印」というコーナー(15時台後半 - 16時台前半)では、進行にとどまらず、紹介する情報の選定にも携わっていた。2014年には、UHA味覚糖とのコラボレーション企画で、「ヤマヒロ ぴかぴかあめ」という地域・期間限定販売商品のプロデュースも手掛けた。
    • 2015年9月までの隔週金曜日[36]には、「金曜ピカピカ生中継」というコーナーに「(KTVの若手アナウンサー時代以来自身)28年振り」という生中継リポーターとして出演していた。同年8月からは、水曜日 → 火曜日のVTRロケコーナー「ここはどこ?あなたダレ?」のリポーターも担当。
    • 2016年6月以降の週末には、「ここはどこ?あなたダレ?」から派生した田舎暮らし企画として、京都府南丹市美山町内の山間部で土地の開墾・モバイルハウス(移動が可能な車輪付き木造家屋)の建築に関与。同年11月中旬に、「ヤマヒロハウス」の名でモバイルハウスを完成させた。完成後も、「ヤマヒロの京都美山里山ぐらし」(月に1回のペースで火曜日に放送されるロケコーナー)と連動しながら、週末を中心に美山町の界隈で農作業や住民との交流などに励んでいる。
    • 2019年3月21日放送分で総合司会を勇退したが、同年4月改編以降も、月曜日のみ「ヤマヒロの人生初○○~いっぺん、これやってみたかってん~」(月3 - 4回放送)や「ヤマヒロの京都美山里山ぐらし」(火曜日から移動)のリポーターとしてレギュラー出演を続けている。改編当初はロケVTRのみの登場だったが、2019年7月22日放送分の「ヤマヒロの京都美山里山ぐらし」からは、生中継への出演も再開している。
    • 総合司会時代の2018年には、7月23日(月曜日)から27日(金曜日)まで放送された『ちちんぷいぷい×VOICE みんなでとびだせっ! 夏の5時間ぶち抜きスペシャル』の企画で、キャンピングカーを運転しながら北海道(当時のネット局・北海道放送の放送対象地域)を縦断。2日目(24日)の生中継で小樽港マリーナから日和山灯台の沖合(小樽市)へのヨットセーリングを体験したことがきっかけで、2019年6月に、「ヤマヒロの人生初○○」の企画で小型船舶操縦士の免許を取得した。以降のロケ企画でも、その腕前を随時披露している。
  • ちゃちゃ入れマンデー関西テレビ、2014年4月28日 - )

ラジオ番組[編集]

いずれも毎日放送

広告・CM[編集]

  • サンデリックフーズ「麺名人 つるつるうどん」(2017年9月1日 - ) 

過去の出演[編集]

テレビ番組[編集]

関西テレビアナウンサーとして
フリーアナウンサーとして

以下の番組には、「ドリームズ・カム・クルーズ」の3日目(2016年10月15日)に、ツアーの最終目的地・屋久島鹿児島県)からの生中継で出演。

  • せやねん!(毎日放送)
  • あっぱれ!屋久島ツアー 神秘の島でパワーをもらっちゃおうスペシャル(毎日放送・南日本放送の共同制作番組)

ラジオ番組[編集]

以上の番組には、関西テレビのアナウンサーとして『アンカー』のメインキャスターを務めていた時期に出演。

映画[編集]

  • プリンセス・トヨトミ(2011年5月28日公開、東宝製作、関西テレビが製作に協力)
    関西テレビの地元・大阪が舞台であったことから、『アンカー』のキャスターとして共演していた当時の後輩アナウンサー・村西利恵とともに、同番組のスタジオから架空のニュースを伝えるシーンで登場。さらに、大阪府庁前で撮影されたシーンにも、「大阪国民」の1人としてエキストラで出演している。

舞台作品[編集]

  • フードコートのランスちゃん(2019年5月23日 - 25日、ABCホール) - 主演(作・演出:黒田たもつ)

関連人物[編集]

芸能人
  • やしきたかじん - 龍谷大学の先輩。山本は、『たかじんのそこまで言って委員会』に出演する以前から、たかじんの冠番組でたびたび進行役やゲストとして共演していた。
  • 関ジャニ∞ - 数々の番組で共演
  • 林家染二 - 龍谷大学時代の同級生。独演会で山本に漫談を依頼したこともある。
  • 林健(ギャロップ) - 山本と共に「ポジティブハゲの会(PHK)」を結成。
アナウンサー・DJ
  • 若田部克彦 - 関西テレビ時代の山本の後輩で、同局の現役アナウンサー。2009年には、『アンカー』の放送中に、山本と同様にカツラの着用を告白した。
  • サニー・フランシス - 『アンカー』金曜日のコメンテーター。

以下のアナウンサーは、関西テレビ時代の山本の上司で、後に同局を定年で退職。退職後は山本と同じく、フリーアナウンサーとして活動している。

  • 桑原征平 山本がカツラをつけるにあたって相談を受け、その仲介をした相手でもある。
  • 杉本清 山本がKTVの若手アナウンサーだった時代に、競馬実況を指導していた。
  • 馬場鉄志 杉本と同じく、競馬実況を指導していた。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c 関テレ・山本浩之アナ 4月フリーに デイリースポーツ 2013年2月20日閲覧
  2. ^ 2007年2月5日には、iTunes StorePodcastアクセスランキングにおいて、iTunes「テレビ/映画」のカテゴリーの2位を記録。Podcast総合ランキングでは27位だった。
  3. ^ 『アンカー』の出演最終週になった2013年9月23日から9月27日までは、『FNNアタック600』時代から延べ14年半にわたったニュースキャスター生活の集大成として、東日本大震災および阪神・淡路大震災の被災地への追跡取材企画「山本浩之 伝え切れない被災地 - 雨ニモマケズをさがして 2013 -」を放送した。
  4. ^ “ヤマヒロ「アンカー」9月で卒業 ABC、MBSのラジオ局争奪戦決着!?”. msn産経ニュースwest (産経新聞). (2013年7月23日). オリジナルの2013年7月24日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130724050652/http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/130723/wlf13072317170011-n1.htm 2013年7月24日閲覧。 
  5. ^ “関テレ・山本浩之アナが3月末退職 フリー転身後も『スーパーニュースアンカー』は継続”. ORICON STYLE. (2013年2月20日). http://www.oricon.co.jp/news/entertainment/2021849/full/ 2013年2月20日閲覧。 
  6. ^ “山本浩之アナ、フリー初日から各局出演”. 日刊スポーツ. (2013年3月27日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20130327-1103657.html 2013年3月27日閲覧。 
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  13. ^ 龍谷大学同窓会「親和会」が2011年5月14日に開いた山本の講演会『日々新たな出会い、発見』
  14. ^ a b c d e f g “「やってみなはれ」でかつら取る  山本浩之さん フリーアナウンサー”. 日本経済新聞 ( 日本経済新聞社). (2019年9月25日). https://r.nikkei.com/article/DGXMZO50146610U9A920C1960E00?n_cid=TPRN0011&s=4 2019年10月25日閲覧。 
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  18. ^ 1998年1月発売の週刊『アサヒ芸能徳間書店より。副題は「関西テレビの看板アナはかつらだった」
  19. ^ 『トリビアの泉 〜へぇの本〜 第II巻』 p73-p74、講談社2003年ISBN 4-06-352703-4
  20. ^ a b “関テレ・山本アナ(3)かつら、放送中ズレた! 勇気ある告白を日本中が絶賛(2/4ページ)”. 産経新聞 (産業経済新聞社). (2012年4月30日). オリジナルの2013年2月26日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130226065125/http://sankei.jp.msn.com/west/west_life/news/120430/wlf12043017010015-n2.htm 2012年9月21日閲覧。 
  21. ^ “関テレ・山本浩之アナがフリー転身”. 報知スポーツ. (2013年2月20日). オリジナルの2013年2月20日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130220184750/http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20130220-OHT1T00043.htm 2013年2月20日閲覧。 
  22. ^ twitter上の『ヤマヒロのアナpodcafe bot』公式アカウントから2012年4月17日付で発信されたツイートを参照
  23. ^ 振りかぶる際に両腕で帽子をずらすことによって頭頂部を露わにする投法で、近鉄バファローズの現役投手時代の佐野の特技。
  24. ^ “山本浩之アナ、甲子園で始球式 ピッカリ投法成功「思った通り出来た」”. スポーツニッポン. (2015年9月21日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2015/09/21/kiji/K20150921011178851.html 2015年9月21日閲覧。 
  25. ^ “今日の肩こりさん♪&ニフレル♪”. 廣田遙オフィシャルブログ. (2015年12月27日). http://ameblo.jp/hirota-haruka/entry-12107215445.html 2016年3月2日閲覧。 
  26. ^ ツルツルつながり、ヤマヒロアナ初CM(『Lmaga.jp2017年8月31日付記事)
  27. ^ 「天皇陛下会見:小沢幹事長発言、さらに波紋」 毎日jp 2009年12月15日 Archived 2009年12月18日, at the Wayback Machine.
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  30. ^ http://www.dokken.co.jp/idc/
  31. ^ ON THE ROAD 青山繁晴の道すがらエッセイ 2011年9月21日「日々の点描(2)」
  32. ^ 「春一番2014」出演者発表
  33. ^ a b “YTV・森アナ&元関テレ・山本アナ、漫才に挑戦”. スポーツ報知. (2014年2月26日). オリジナルの2014年2月26日時点によるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20140226134012/http://hochi.yomiuri.co.jp/entertainment/news/20140226-OHT1T00040.htm 2014年2月27日閲覧。 
  34. ^ シアターセブン「三代澤康司 × 山本浩之 × 森たけしLIVE『二ヶ月贈(おく)れの卒業式』」
  35. ^ 「ぴっかりメガネ」の「ぴっかり」「メガネ」とは、山本・森のトレードマークに由来する。
  36. ^ 『たかじんのそこまで言って委員会』を隔週金曜日に収録していたことによる措置。同番組からの降板後も、この措置を続けている。
  37. ^ 山本浩之アナ、ゴールデンで輝く!ハゲハゲビーム復活あるで(『サンケイスポーツ2014年3月18日付記事)メッセンジャー黒田とは、KTV制作の番組において、黒田の不祥事による『ナンボDEなんぼ』の終了(2010年1月)以来4年3ヶ月振りにレギュラーで共演。東野とは、『2時ワクッ!』月曜日の終了(2005年12月)以来9年3ヶ月振りの共演になる。
  38. ^ 山本がメインキャスターを務めていた時期の『アンカー』に、レギュラーコメンテーターとして出演していた。
  39. ^ 主演舞台『フードコートのランスちゃん』がABCホールで上演されることから。

外部リンク[編集]