赤木誠
あかぎ まこと 赤木 誠 | |
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プロフィール | |
出身地 |
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生年月日 | 1958年10月24日(64歳) |
最終学歴 | 九州大学理学部数学科 |
勤務局 | 毎日放送 |
部署 | アナウンサー室 |
活動期間 | 1981年 - 現在 |
ジャンル | スポーツ・報道 |
公式サイト | 【MBS】赤木誠アナウンサー |
出演番組・活動 | |
出演中 | 本文参照 |
出演経歴 | 本文参照 |
赤木 誠(あかぎ まこと、1958年10月24日[1][2] - )は、毎日放送(MBS)所属のアナウンサー。
MBSを含むJNN・JRN加盟局の優秀なアナウンサーを毎年表彰するアノンシスト賞において、2005年度にラジオ・スポーツ実況部門、2017年度にテレビ・スポーツ実況部門で最優秀賞を受賞。2018年10月31日の定年退職後も、同局の「シニアスタッフ(嘱託社員)」として、アナウンサーとしての活動を続けている。
来歴・人物[編集]
福岡県内で出生した後に、自衛官だった実父の転勤に伴って、札幌冬季オリンピック(1972年)の前後に北海道札幌市で8年間生活。神奈川県内や長崎県内への転居を経て、高校(鹿児島県立国分高等学校)時代の3年間を鹿児島県国分市(現在の霧島市)で過ごした後に、福岡市内にある九州大学[2] の理学部数学科へ進学した。九州大学への進学を志したのは、本拠地を福岡市内の平和台球場に定めていた西鉄ライオンズのファンだったことによるところが大きかったという[3]。現に入学後は、学内の「西鉄ライオンズ同好会」で活動。幼少期から転居が続いた影響で共通語が身に付いていたことに加えて、大学生時代にアルバイトとして九州朝日放送(KBC)のスポーツアナウンサー(当時)[4] の子息の家庭教師を務めていた縁で、アナウンサーを目指すようになった[3]。
大学卒業後の1981年に、アナウンサーとして毎日放送へ入社した[2]。毎日放送入社3年目の1983年から、プロ野球(阪神タイガース戦)のナイトゲーム中継を中心に、ラグビーや駅伝などの中継でスポーツアナウンサーとして活動。阪神戦ではJNN全国ネットの中継に登場することも多く、阪神対巨人戦の実況を毎年最低でも1回担当しているほか、日本シリーズの実況も数回経験している(詳細後述)。阪神球団が創設80周年を迎えた2015年には、『球団創設80周年 阪神タイガース総選挙DVD』(阪神コンテンツリンク)の制作に毎日放送・朝日放送が協力したことから、両局を代表するスポーツアナウンサーとして朝日放送の伊藤史隆と共にナレーターを務めた。
また、ラグビーの実戦経験がないにもかかわらず、入社3年目から全国高校ラグビー大会に関与。年末年始に東大阪市花園ラグビー場で催される本大会で、テレビ・ラジオ中継の実況や、開会式・準々決勝・準決勝組み合わせ抽選の司会を任されていた。さらに、奈良テレビ放送が制作する奈良県大会決勝戦の中継でもおよそ30年にわたって実況を務めている[3]。
2018年の誕生日で、毎日放送の定年である60歳に到達。同局のアナウンサーとしては、同年9月24日の阪神対巨人戦(甲子園)の関西ローカル向け中継(解説:安藤統男、ゲスト解説:掛布雅之)での実況を最後に、MBSテレビのプロ野球中継への出演を終えた。MBSラジオでは、同月27日の阪神対横浜DeNAベイスターズ戦(甲子園)の関西ローカル向け中継(解説:藪恵壹、フィールドキャスター:狩野恵輔)の実況を最後に、本番カードとして自社で放送される阪神戦中継の担当を退いている[5]。
2018年10月31日付で、毎日放送の正社員定年(60歳)に到達[6]。翌11月1日からは、「シニアスタッフ」として、同局でアナウンサーの活動を続けている[3]。定年後は主に定時ニュース(『MBSニュース』)を担当している[6] が、ラジオでは2019年以降も、阪神・オリックスのホームゲーム中継(基本としてビジターチームの地元局に向けた裏送り制作分)や全国高校ラグビー中継(関西ローカル向けに録音で放送)で実況を続けている。また、ラジオのスポーツ関連番組へ不定期で出演するほか、インタビュアー専任ながらGAORA(毎日放送が運営するCS放送)が制作する選抜高等学校野球大会のCS・インターネット向け中継にも登場している。2019年4月からは、毎日放送に籍を置いたまま、『タイガースV特急』(ベイ・コミュニケーションズが制作するケーブルテレビ局向けの阪神情報番組)のMCも担当。
「新日本放送」時代の1959年3月1日からテレビ放送事業とラジオ放送事業を兼営してきた毎日放送は、2021年4月1日付でラジオ放送事業を「株式会社MBSラジオ」へ移管。毎日放送は移管を機にテレビ単営局へ移行したが、赤木はアナウンス職のまま同社の総合編成局(移管を機に新設)へ在籍する一方で、株式会社MBSラジオが制作・放送する番組にも「MBSアナウンサー」として出演している。毎日放送では2021年に新卒扱いで3名のアナウンサー(大村浩士・中野広大・前田春香)を採用したことから、新人研修の責任者である武川智美アナウンサー(正局員時代の部下)からの依頼で、同年には「シニアスタッフ」でありながら研修の講師を特別に務めている。
「シニアスタッフ」としての嘱託契約期間(最長5年間)を2023年10月31日に満了することを受けて、同日付で毎日放送を退社する予定。3月27日の第95回記念選抜高等学校野球大会3回戦・専修大学松戸対高知におけるCS・「センバツLIVE!」(インターネット)向け中継をもって、1983年から40年間にわたって続けてきた選抜高校野球中継の実況担当を退いた[7]。
出演番組・作品[編集]
現在[編集]
- MBSニュース(テレビ・ラジオとも不定期、プロ野球シーズン中や「シニアスタッフ」への移行後も随時担当)
- 毎日放送の正社員として最後に出演した番組は、定年当日(2018年10月31日)に『上泉雄一のええなぁ!』(MBSラジオ)の17時台で放送された「ネットワークTODAY」(企画ネット版のニュース担当)。「シニアスタッフ」への移行を機に、深夜の宿直勤務のシフトから外れたが、ラジオでは早朝の定時ニュース、テレビでは2019・2020年度に『ミント!』(平日夕方の総合情報番組)の報道系特集のナレーターなどを随時担当。
- プロ野球中継他スポーツ実況(高校野球、ラグビー、駅伝など)
- ※JNN(全国)ネット向けのプロ野球中継では、2009年まで、阪神対巨人戦で実況を担当(以降は主に関西ローカル中継で実況)。同年までは、TBSが制作する全日本実業団女子駅伝にも派遣されていた(2007年・第3移動車、2008・2009年・第3中継所)。
- ※1994年には、CBCが制作したプロボクシング・薬師寺保栄 対 辰吉丈一郎戦中継(TBS系列全国ネット)で、辰吉陣営サイドのリポーターを担当。翌1995年に西島洋介山のタイトルマッチ中継を実況したことを最後に、ボクシング中継の担当を20年間離れていた。2015年から、ウォズボクシングジム所属の徳永幸大(MBSのサービスエリアである京都市出身のプロボクサー)が出場する試合の中継(関西ローカル)で、ボクシングの実況を再開していた。また、再開前には、杉谷満(元日本ハム内野手・杉谷拳士の実父)がプロボクサーとして臨んだ試合を実況している。
- ※選抜高等学校野球大会では、長年にわたって中継の実況やインタビュアーを担当。毎日放送アナウンサーとして最後に臨んだ2018年の第90回記念選抜高等学校野球大会では、大阪桐蔭対智弁和歌山の決勝戦(4月4日)で、大会史上3校目の2年連続優勝を達成した大阪桐蔭への選手インタビューを担当した。
- ※毎日放送の定年を経て「シニアスタッフ」へ移行した2018年11月1日以降も、録音によるMBSラジオ向けのラグビー中継や、主に他のラジオ局だけで放送される以下のプロ野球中継で実況を担当。GAORAで放送される選抜高等学校野球大会中継では主に選手へのインタビュアーを務めている(2019年の第91回選抜高等学校野球大会は実況を担当せず)。2018年まで実況を担当していた阪神戦のテレビ中継でも、阪神が勝利した場合に監督へのインタビューを任されることがある。
- ※新型コロナウイルスへの感染が拡大している影響で第92回選抜高等学校野球大会が中止された2020年には、8月中旬の2020年甲子園高校野球交流試合(同大会への出場が決まっていた全32校による招待試合)で、インターネット向けのライブ配信向けに実況を1試合のみ担当した(全日程最終試合である8月17日開催の第3試合・白樺学園×山梨学院戦)。
- ※オリックスのホームゲームでは、福岡ソフトバンクホークスと対戦する場合のRKB毎日放送/九州朝日放送向け中継、北海道日本ハムファイターズと対戦する場合の北海道放送/STVラジオ向け中継および、金曜日に埼玉西武ライオンズと対戦する場合(京セラドーム大阪・ほっともっとフィールド神戸・わかさスタジアム京都のいずれかでの開催分)の文化放送向け中継、火 - 木曜日に読売ジャイアンツと対戦する場合のニッポン放送およびNRN全国ネット向け中継を主体に実況を継続。阪神のホームゲームでは、セ・パ交流戦などの期間中の日曜日に関西圏の球場(阪神甲子園球場または京セラドーム大阪)でデーゲームとして開催される場合[8] に、上記の局を含むビジターチームの地元局向け中継で実況を随時担当する。
テレビ[編集]
- タイガースV特急(ベイ・コミュニケーションズ、2019年4月2日 - 、「毎日放送アナウンサー」としてMCを担当)
- ※制作局のベイ・コミュニケーションズ(阪神間が放送対象地域に当たるケーブルテレビ局)以外にも、J:COM関西のコミュニティチャンネル、テレビ岸和田、姫路ケーブルテレビ、福井ケーブルテレビ、ハートネットワークで放送。
過去[編集]
テレビ[編集]
- GAORAプロ野球中継北海道日本ハムファイターズ主催試合(年数回程度)
- あどりぶランド
ラジオ[編集]
- MBSベースボールパーク(前身の『毎日放送ダイナミックナイター』→ 『MBSタイガースナイター』→ 『MBSタイガースライブ』時代から実況・ベンチリポーターを担当)
- 毎日放送入社3年目の1983年10月4日に、『毎日放送ダイナミックナイター』として放送された阪神対ヤクルト戦中継(甲子園)で実況デビュー。1988年10月10日に実況を担当した同カードでは、阪神の正三塁手として長らく活躍してきた掛布の引退試合でもあったことから、掛布が現役最後の打席に臨んだシーンを涙声で伝えた[4]。掛布は2000年代に入ってから毎日放送の野球解説者へ転じたため、MBSテレビのプロ野球中継で最後に実況を担当するまで、テレビ・ラジオを問わず中継で何度もコンビを組んでいた。
- 毎日放送アナウンサーとして最後に同局で流れるプロ野球中継の実況を担当した2018年9月27日(木曜日)には、担当試合(阪神対DeNA戦=阪神甲子園球場)の中継に続いて、同球場放送席からの生中継で後座番組『豊永真琴のベースボールパークEXトラ!』(2018年版最終回)へ特別に出演した。翌28日(金曜日)放送の『ちちんぷいぷい』(MBSテレビ)では、「ぷいぷい with Tigers」(プロ野球シーズン中に前日や前週の阪神戦を振り返るコーナー)の中で、最終実況の模様が音声と放送席のVTR映像を通じて特別に紹介された。
- プロ野球シーズン中の関連番組である『MBSベースボールパーク番外編』には、「シニアスタッフ」への移行後も、パ・リーグの話題や思い出話を取り上げる回を中心に随時出演。ただし、「MBSアナウンサー」との肩書で担当する他番組と違って、出演の際には「MBSのシニアスタッフ」と名乗っている。
- 6時半です おはようコンちゃん!(1981年)
- MBSダイナミックナイター ザ・オフ(1993年度のナイターオフ番組、岡本育子とともに月・火曜日のパーソナリティを担当)
- 太田幸司の熱血!!タイガーススタジアム(月曜日担当)
- with…夜はラジオと決めてます(2012年度のナイターオフ番組)
- 木曜日のスポーツ系企画「オレたちまだまだベースボールキッズ」に、プレゼンターとしてレギュラー出演。
- with Tigers MBSベースボールパーク みんなでホームイン!(2015年度・2016年度のナイターオフ番組)
- 2015年度には、日替わりレギュラーのスポーツアナウンサーが休演する場合に随時代演。最初に代演した2015年11月21日(土曜日)放送分では、自身の実況実績を紹介した。2016年1月28日(木曜日)放送分で代演した際には、ボクシング中継の実況を担当した縁で、徳永をゲストに招いた。
- 2016年度には、安藤統男(毎日放送野球解説者)とのコンビで、日曜放送分へ月に1回レギュラーで出演。
- 次は〜新福島!「ラジオ博愛主義!パイセンがやってきた!」(2018年1月17日)
- 桜井一枝のそれそれ!?リクエスト(2020年4月13日に『MBSマンデースペシャル』枠で放送)
- (シニアアナウンサーを含む)毎日放送の現役アナウンサーが月替わりで担当する桜井のパートナーにいち早く起用。同社への入社前からラジオパーソナリティとして活動している桜井と、初めてスタジオで共演した。
- MBSベースボールパーク プレミアムチャンネル (2020年度のナイターオフ番組)土曜日第3部(20時台後半)
- 2020年12月19日・26日放送分の「サイコーバズ山のバズるプロ野球実況」では、毎日放送の正社員時代に実況を指導した「サイコーバズ山」(スポーツアナウンサーの金山泉)と初めて共演。プロ野球実況の話術やエピソードを、自身の実況音源を交えながら紹介している。
この他にも、掛布がパーソナリティを務めるプロ野球関連の年末特別番組(放送上のタイトルは『JA淡路日の出スポーツスペシャル』)で、「毎日放送アナウンサー」として掛布のパートナーを務めることが恒例になっている(2021年放送分は近藤亨が担当)。
2016年度からナイターオフの金曜夜間に放送されるナジャ・グランディーバのラジオ番組(スマラジw『ナジャとアナの虹色レインボー』→MBSヨル隊『ナジャ・グランディーバのレツゴーフライデー』)には、支障となる仕事が特にないにもかかわらず、ナイターシーズンの別曜日に放送される特別版を含め一度も出演がない[9]。2020年度以降のMBSラジオはナイターオフ編成開始時期が遅くなっているため、未出演のまま2023年10月の嘱託期間満了を迎えることが濃厚。
DVD[編集]
- 球団創設80周年 阪神タイガース総選挙DVD 決定!!ファンが選んだベストメンバーと“あの瞬間”(2015年) - 前述
新聞連載[編集]
主な実況実績[編集]
プロ野球[編集]
- プロ野球日本シリーズテレビ実況4回(胴上げ実況2回)
- 1996年10月24日、オリックス×巨人(神戸)第5戦。
- 2003年10月23日、阪神×ダイエー(甲子園)第4戦。
- 2018年の定年前日(10月30日)未明にMBSテレビで放送された『痛快!明石家電視台』では、「実際どうなん!?MBSアナウンサー」というアナウンサー集結企画のゲストとして、この試合での知られざるエピソードを自ら披露した。
- この試合は18:30開始のナイトゲームで、甲子園球場から放送する通常の阪神戦中継と同じく、屋外(ネット裏の銀傘下)の放送席から全国ネットの完全生中継向けに実況を担当。実際には試合開始の1時間前から中継の前座番組に出演していたが、中継に入ってからは普段の実況と変わらないペースで水分を摂取していた。ところが、前座番組への出演によって中継の前に球場内のトイレへ行けなかったことに加えて、試合中に球場界隈が寒かったことも相まって、21:00頃には過去の実況で経験しなかったほどの強い尿意に見舞われた。さらに、22:00を過ぎても試合の決着が付かず延長戦に突入したことから、水分の摂取を控えながら実況を続けた[10]。10回裏に金本知憲の本塁打で阪神がサヨナラ勝利を収めた瞬間には、「(金本の打球がライトスタンドに)飛び込んだ~!」と実況しつつも、内心では「(試合が終わって)助かった」と思っていたという[11]。
- 赤木曰く、「この中継までは『実況中に(尿意や便意を催して)トイレへ行きたくなるようなスポーツアナウンサーには(実況する試合やプレーへの)集中力が足りない』と思っていて、後輩のアナウンサーにもそのような注意を繰り返していた。しかし、この中継の終了直後に(放送席に最も近い)トイレへ直行して長い時間を過ごす羽目になったせいで、その認識を改めざるを得なくなった」[11]。
- 2018年の定年前日(10月30日)未明にMBSテレビで放送された『痛快!明石家電視台』では、「実際どうなん!?MBSアナウンサー」というアナウンサー集結企画のゲストとして、この試合での知られざるエピソードを自ら披露した。
- 2005年10月26日、阪神×ロッテ(甲子園)第4戦(この試合でロッテがシリーズ制覇)。
- 2014年10月26日、阪神×ソフトバンク(甲子園)第2戦。
- プロ野球リーグ優勝実況5回
- 2021年11月12日、パシフィック・リーグクライマックスシリーズのファイナルステージ第3戦・オリックス×ロッテ(京セラドーム大阪)。
- 「シニアスタッフ」へ移行した2019年以降では初めて、MBSラジオで「本番カード」として放送されるプロ野球中継の実況担当として、パ・リーグ優勝チームのオリックスによる日本シリーズ進出決定の瞬間を伝えた。
- ヤクルトとの日本シリーズでも、セ・リーグ(ヤクルト)側の主管試合(ヤクルトの本拠地・神宮球場が明治神宮野球大会での使用を優先したことに伴う特例措置)として東京ドームで開催された第3 - 5戦のラジオ中継(ニッポン放送の制作でMBSラジオを含むNRN加盟局の一部で同時ネット)および、パ・リーグ(オリックス)側の主管試合としてほっともっとフィールド神戸で開催された第6戦のラジオ中継(MBSラジオの制作で関西ローカル向けに放送)でオリックス側のベンチリポートを担当。第7戦が発生した場合には関西ローカル向けのラジオ中継で実況を予定していたが、第6戦で決着したため実現に至らなかった。
- 2013年9月15日、ヤクルト×阪神(神宮)のラジオ中継で、ウラディミール・バレンティン(ヤクルト)がシーズン56号本塁打[13] を放った瞬間を実況
- 2014年5月6日、オリックス×ロッテ(京セラドーム大阪)のラジオ中継で、荻野貴司(ロッテ)が初回先頭打者初球ランニング本塁打[14] を放った瞬間を実況。
- 2017年9月8日、阪神×DeNA(甲子園)のラジオ中継(TBSラジオとの相互ネット)で、鳥谷敬(阪神)がNPB史上50人目の一軍公式戦通算2000安打を達成した瞬間を実況。
- 2019年6月9日、阪神×日本ハムのラジオ中継(裏送り制作分)で、この年の1月に大腸ガンの手術を受けたばかりの原口文仁(阪神)が、9回裏に代打で実戦復帰後初めてのサヨナラ安打を放った瞬間をSTVラジオ向けに実況[15]。
- 連続本塁打記録に関する実況
- 1989年10月12日、西武×近鉄ダブルヘッダー第2試合のラジオ中継(解説:一枝修平)で、近鉄のラルフ・ブライアントが第2打席に(第1試合[16] 第1打席からの通算で1四球をはさんで)4打数連続本塁打を放った瞬間を実況。
- 1992年7月18日、オールスターゲーム第3戦(甲子園)ラジオ中継(MBS制作・ニッポン放送との相互ネット分、解説:安藤統男、ゲスト:西川のりお)で、5回表にパシフィック・リーグの石井浩郎・田辺徳雄・佐々木誠がセントラル・リーグの小松辰雄から3者連続本塁打[17] を放った瞬間を実況。
- 2015年9月5日、オリックス×日本ハム(ほっともっとフィールド神戸)のラジオ中継(HBCラジオ向けの裏送り分、解説:安藤)で、6回表に日本ハムの中田翔・近藤健介およびブランドン・レアードがオリックスの西勇輝から3者連続本塁打を放った瞬間を実況。
- ちなみに、阪神のランディ・バースおよび掛布雅之・岡田彰布がバックスクリーン3連発を放った1985年4月17日の阪神×巨人戦(甲子園)では、MBS制作のラジオ中継(実況:城野昭)で阪神のベンチサイドリポーターを務めていた。この年の阪神は、赤木が中継の実況を担当したセントラル・リーグ公式戦(10試合)での全勝を経て、球団史上21年ぶりの同リーグ優勝と史上初の日本シリーズ制覇を果たした[18]。
選抜高校野球[編集]
- 1994年3月26日、第66回大会1回戦・金沢対江の川のラジオ中継で、金沢の投手・中野真博が(夏の選手権を含めた)甲子園球場での高校野球全国大会史上2度目の完全試合を達成したシーンを実況(テレビ中継では美藤啓文が実況を担当)
全国高校ラグビー[編集]
- テレビ中継を民間放送共同機構を通じて全国ネットで放送した時期に、準決勝で実況を担当。第79回全国大会(1999年度)の東海大仰星(現在の東海大大阪仰星)対埼玉工大深谷(現在の正智深谷)戦ラジオ中継から、第97回全国大会(2017年度)の東海大仰星対大阪桐蔭戦テレビ中継まで、決勝戦の実況を任されていた(中断期間あり)。
- 橋下徹が大阪府立北野高等学校の選手として出場した第67回全国大会(1987年度)では、北野の試合のテレビ中継で実況を担当。『ジャンクSPORTS』(フジテレビ制作、関西地方では関西テレビで放送)では、橋下が大阪府知事へ就任する前に弁護士としてゲストで出演した回で、赤木の実況が収められたVTRを放送している。
- 毎日放送の正社員アナウンサーとして最後に担当した第97回大会決勝戦テレビ中継の実況では、アノンシスト賞の2017年度テレビ・スポーツ実況部門最優秀賞を受賞している。 ちなみに、第79回・第97回大会とも、東海大仰星が優勝。第79回大会に東海大仰星の主将として出場していた湯浅大智は、第97回大会の決勝で、母校の監督としてチームを2大会振り・通算5回目の優勝に導いている[3]。
- 2018年11月の「シニアスタッフ」移行後も、奈良テレビが制作する奈良県大会の決勝戦中継[19](同局およびJ SPORTSで放送)や、第98回全国大会(2018年度)準決勝第1試合(大阪桐蔭対流通経済大学付属柏戦、2019年1月5日開催)[20] および決勝(大阪桐蔭対桐蔭学園戦、同月7日開催)のラジオ録音中継を、「毎日放送アナウンサー」として実況している。
脚注[編集]
- ^ 『こちら・あどりぶランド』 1986, pp. 13–17.
- ^ a b c 『テレビ・タレント人名事典(第6版)』 日外アソシエーツ、2004年6月、13頁。ISBN 978-4-8169-1852-0
- ^ a b c d e 仰星で始まり、仰星で終わる。 MBS・赤木誠アナウンサー
- ^ a b 唯一の涙声実況…掛布さん引退試合の最終打席(3)(『サンケイスポーツ』2019年5月21日付「虎HISTORY」)
- ^ MBS赤木アナ 24日の伝統の一戦で最後のテレビ実況生放送「最後も3時間半、やりきったという感じ」(『スポーツニッポン』2018年9月24日付記事)
- ^ a b MBS赤木アナ、10月末で定年退職…24日阪神VS巨人戦で集大成へ(『スポーツニッポン』2018年9月21日付記事)
- ^ センバツ実況40年 MBS退局の赤木誠アナ 届けた幾千万の球児の名(『毎日新聞』2023年3月29日付記事)
- ^ MBSラジオでは、赤木が毎日放送へ入社する前から、日曜日午後の番組編成で競馬中継の放送を優先している。このような事情から、競馬中継と重なる時間帯に阪神のデーゲームが開催される場合には、ホーム・ビジターを問わず中継の自社制作や他局制作分の同時ネットを見送ることが多い。
- ^ 2022年度終了時点では赤木、山中真が未出演(山中は『レツゴーフライデー』開始以来、同時間帯で他番組の仕事があるためで、『虹色レインボー』およびナイターシーズンの『レツゴーサタデー』へは出演歴あり)。『虹色レインボー』開始以後に離籍したアナウンサーでは鈴木健太(2017年6月異動)、水野晶子(2018年12月定年退職)が不出演。
- ^ 中継最大のピンチ救われた「生涯忘れない」2003年日本シリーズ第4戦(2)(『サンケイスポーツ』2019年5月28日付「虎HISTORY」)
- ^ a b MBSコラム『明石家電視台にエエ話はいらんねん!』2018年10月31日付記事「アナウンサーが記憶から消したい大失敗を告白!」
- ^ 9回裏に近鉄の北川博敏が代打で放った逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームランがスタンドに入った瞬間、あまりの劇的な幕切れに「あー!あー!」と絶叫した。ちなみに、RKB毎日放送(掲載当時)のスポーツアナウンサー・石田一洋(2014年度から関西テレビへ移籍)は「最高の試合」にこの試合を挙げた際に、赤木のこの絶叫を引用している。テレビ・ラジオ局|報道関係者|「最高の試合」「名場面・名勝負」|2010年NPBスローガン「ここに、世界一がある。」スペシャルコンテンツ
- ^ NPBおよびアジアのプロ野球公式戦におけるシーズン最多本塁打記録
- ^ NPB一軍公式戦史上初の記録
- ^ MBSラジオが中央競馬の実況中継(『GOGO競馬サンデー!』)をレギュラーで編成している時間帯(日曜日のデーゲーム)であったため、同局では赤木の実況音源を報道素材として活用。
- ^ ラジオ中継で近鉄のベンチサイドリポーターを担当。当時の先輩アナウンサーだった結城哲郎が、ブライアントによる3打席連続本塁打を実況した。毎日放送では第1試合でラジオの中継を終える予定だったが、第2試合も中継することを急遽決めたため、第1試合に続いて一枝が解説を担当。
- ^ 2016年シーズン終了時点でのNPBオールスターゲームにおける連続打者本塁打記録
- ^ 唯一の涙声実況…掛布さん引退試合の最終打席(2)(前出「虎HISTORY」)
- ^ 「シニアスタッフ」移行後最初の実況は、2018年11月18日に奈良県立橿原公苑陸上競技場で開かれた奈良県立御所実業高等学校対天理高等学校戦中継。
- ^ 準決勝・決勝限定の録音中継ながら、第86回全国大会(2006年度)以来12大会振りに復活したラジオ限定の実況を最初に担当(準決勝から2日後・決勝戦当日である2019年1月7日未明の1:00 - 3:15に第2試合とセットで放送)。