赤木誠

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
あかぎ まこと
赤木 誠
プロフィール
出身地 日本の旗 鹿児島県霧島市
生年月日 (1958-10-24) 1958年10月24日(60歳)
最終学歴 九州大学理学部数学科
勤務局 毎日放送
部署 アナウンサー室
活動期間 1981年 - 現在
ジャンル スポーツ・報道
公式サイト 【MBS】赤木誠アナウンサー
出演番組・活動
現在 本文参照
過去 本文参照
備考
2018年10月31日付で毎日放送を定年退職。翌11月1日から、同局の「シニアスタッフ」として、テレビ・ラジオ番組への出演を継続。

赤木 誠(あかぎ まこと、1958年10月24日[1] - )は、毎日放送(MBS)所属のアナウンサー

MBSを含むJNNJRN加盟局の優秀なアナウンサーを毎年表彰するアノンシスト賞において、2005年度にラジオ・スポーツ実況部門、2017年度にテレビ・スポーツ実況部門で最優秀賞を受賞。2018年10月31日の定年退職後も、同局の「シニアスタッフ(嘱託社員)」として、アナウンサーとしての活動を続ける。

来歴・人物[編集]

福岡県内で出生した後に、自衛官だった実父の転勤に伴って、札幌冬季オリンピック1972年)の前後に北海道札幌市で8年間生活。神奈川県内長崎県内への転居を経て、高校(鹿児島県立国分高等学校)時代の3年間を鹿児島県国分市(現在の霧島市)で過ごした後に、福岡市内にある九州大学[1]理学部数学科へ進学した。九州大学への進学を志したのは、本拠地を福岡市内の平和台球場に定めていた西鉄ライオンズのファンだったことによるところが大きかったという[2]。現に入学後は、学内の「西鉄ライオンズ同好会」で活動。幼少期から転居が続いた影響で共通語が身に付いていたことに加えて、大学生時代にアルバイトとして地元放送局のスポーツアナウンサーの子息の家庭教師を務めていた縁で、アナウンサーを目指すようになった[2]

大学卒業後の1981年に、アナウンサーとして毎日放送へ入社した[1]。毎日放送入社3年目の1983年から、プロ野球阪神タイガース戦)のナイトゲーム中継を中心に、ラグビー駅伝などの中継でスポーツアナウンサーとして活動。阪神戦ではJNN全国ネットの中継に登場することも多く、阪神対巨人戦の実況を毎年最低でも1回担当しているほか、日本シリーズの実況も数回経験している(詳細後述)。阪神球団が創設80周年を迎えた2015年には、『球団創設80周年 阪神タイガース総選挙DVD』(阪神コンテンツリンク)の制作に毎日放送・朝日放送が協力したことから、両局を代表するスポーツアナウンサーとして朝日放送の伊藤史隆と共にナレーターを務めた。

また、ラグビーの実戦経験がないにもかかわらず、入社3年目から全国高校ラグビー大会に関与。年末年始に東大阪市花園ラグビー場で催される本大会で、テレビ・ラジオ中継の実況や、開会式・準々決勝・準決勝組み合わせ抽選の司会を任されていた。さらに、奈良テレビ放送が制作する奈良県大会決勝戦の中継でもおよそ30年にわたって実況を務めている[2]

2018年の誕生日で、毎日放送の定年である60歳に到達。同局のアナウンサーとしては、同年9月24日の阪神対巨人戦(甲子園)の関西ローカル向け中継(解説:安藤統男、ゲスト解説:掛布雅之)での実況を最後にMBSテレビのプロ野球中継への出演を終えた。MBSラジオでは同月27日の阪神対横浜DeNAベイスターズ戦(甲子園)の関西ローカル向け中継(解説:藪恵壹、フィールドキャスター:狩野恵輔)、裏送り(制作委託)を含めれば10月5日オリックス・バファローズ福岡ソフトバンクホークス戦(京セラ)のKBCラジオ[3]向け中継(解説:太田幸司)の実況を最後に、地上波におけるプロ野球中継の担当を退いた[4]

2018年10月31日付で、毎日放送を定年退職[5]。翌11月1日からは、「シニアスタッフ」として、同局でアナウンサーの活動を続けている[2]。「シニアスタッフ」への移行を機に、地上波では出演番組を定時ニュース(『MBSニュース』)にほぼ限定するが、GAORA(毎日放送が運営する衛星放送)ではスポーツ中継への出演を続ける予定[5]

出演番組・作品[編集]

現在[編集]

※JNN(全国)ネット向けのプロ野球中継では、2009年まで、阪神対巨人戦で実況を担当(以降は主に関西ローカル中継で実況)。同年までは、TBSが制作する全日本実業団女子駅伝にも派遣されていた(2007年・第3移動車、2008・2009年・第3中継所)。
1994年には、CBCが制作したプロボクシング薬師寺保栄辰吉丈一郎戦中継(TBS系列全国ネット)で、辰吉陣営サイドのリポーターを担当。翌1995年西島洋介山のタイトルマッチ中継を実況したことを最後に、ボクシング中継の担当を20年間離れていた。2015年から、ウォズボクシングジム所属の徳永幸大(MBSのサービスエリアである京都市出身のプロボクサー)が出場する試合の中継(関西ローカル)で、ボクシングの実況を再開。
選抜高等学校野球大会では、長年にわたって中継の実況やインタビュアーを担当。毎日放送アナウンサーとして最後に臨んだ2018年第90回記念選抜高等学校野球大会では、大阪桐蔭智弁和歌山の決勝戦(4月4日)で、大会史上3校目の2年連続優勝を達成した大阪桐蔭への選手インタビューを担当した。
※毎日放送の定年を経て「シニアスタッフ」へ移行する2018年11月1日以降は、地上波の中継へ出演せず、GAORAで放送するプロ野球以外のスポーツ中継(選抜高等学校野球大会など)で引き続き実況やリポートを担当する予定。

テレビ[編集]

  • コトノハ図鑑(不定期)
    • 2018年4月にパイロット版を放送した後に、同年7月からレギュラー放送を開始。同年10月に定年を迎えるまでは、スポーツアナウンサーとしての活動を優先した関係で出演の機会がなかったが、放送上は出演者の1人とみなされている。

過去[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

  • MBSベースボールパーク(前身の『毎日放送ダイナミックナイター』→ 『MBSタイガースナイター』→ 『MBSタイガースライブ』時代から実況・ベンチリポーターを担当)
    • 毎日放送アナウンサーとして最後にプロ野球中継の実況を担当した2018年9月27日(木曜日)には、担当試合(阪神対DeNA戦=阪神甲子園球場)の中継に続いて、同球場放送席からの生中継で後座番組『豊永真琴のベースボールパークEXトラ!』(2018年版最終回)へ特別に出演した。翌28日(金曜日)放送の『ちちんぷいぷい』(MBSテレビ)では、「ぷいぷい with Tigers」(プロ野球シーズン中に前日や前週の阪神戦を振り返るコーナー)の中で、最終実況の模様が音声と放送席のVTR映像を通じて特別に紹介された。
  • おはようコンちゃん(1981年)
    • 当時の先輩アナウンサー・近藤光史がパーソナリティを務めた平日早朝の生ワイド番組で、近藤の休暇中に、水曜日のパーソナリティ代理としてアシスタントの豊島美雪と共演。この代演によって、MBSラジオが制作する生ワイド番組へのデビューを果たした。
  • MBSダイナミックナイター ザ・オフ(1993年度のナイターオフ番組、岡本育子とともに月・火曜日のパーソナリティを担当)
  • 太田幸司の熱血!!タイガーススタジアム(月曜日担当)
  • with…夜はラジオと決めてます(2012年度のナイターオフ番組)
    • 木曜日のスポーツ系企画「オレたちまだまだベースボールキッズ」に、プレゼンターとしてレギュラー出演。
  • with Tigers MBSベースボールパーク みんなでホームイン!(2015年度・2016年度のナイターオフ番組)
    • 2015年度には、日替わりレギュラーのスポーツアナウンサーが休演する場合に随時代演。最初に代演した2015年11月21日(土曜日)放送分では、自身の実況実績を紹介した。2016年1月28日(木曜日)放送分で代演した際には、ボクシング中継の実況を担当した縁で、徳永をゲストに招いた。
    • 2016年度には、安藤統男(毎日放送野球解説者)とのコンビで、日曜放送分へ月に1回レギュラーで出演。
  • 次は〜新福島!「ラジオ博愛主義!パイセンがやってきた!」(2018年1月17日)
    • スポーツ担当ではない後輩アナウンサー・福島暢啓がメインパーソナリティを務めるナイターオフ番組に、「パイセン」(福島の先輩)としてゲストで出演。『おはようコンちゃん』でパーソナリティ代理を務めた際の音源や、後述する実況実績から、「ベスト3」と自薦する音源(◎)を放送した。

DVD[編集]

  • 球団創設80周年 阪神タイガース総選挙DVD 決定!!ファンが選んだベストメンバーと“あの瞬間”(2015年) - 前述

主な実況実績[編集]

プロ野球[編集]

  • プロ野球日本シリーズテレビ実況4回(胴上げ実況2回)
    • 1996年10月24日、オリックス×巨人神戸)第5戦。この試合でオリックスが日本一を決めた。
    • 2003年10月23日、阪神×ダイエー甲子園)第4戦。
      • 2018年の定年前日(10月30日)未明にMBSテレビで放送された『痛快!明石家電視台』では、「実際どうなん!?MBSアナウンサー」というアナウンサー集結企画のゲストとして、この試合での知られざるエピソードを自ら披露した。
        • この試合は18:30開始のナイトゲームで、甲子園球場から放送する通常の阪神戦中継と同じく、屋外(ネット裏の銀傘下)の放送席から全国ネットの完全生中継向けに実況を担当。担当中には普段の実況と変わらないペースで水分を摂取していたが、22:00を過ぎても決着が付かず延長戦に突入したところ、実況担当21年目にして過去の実況で経験しなかったほどの強い尿意に見舞われた。10回裏に金本知憲の本塁打で阪神がサヨナラ勝利を収めた瞬間には、「(金本の打球がライトスタンドに)飛び込んだ~!」と実況しつつも、内心では「(試合が終わって)助かった」と思っていたという[6]
        • 赤木曰く、「この中継までは『実況中に(尿意や便意を催して)トイレへ行きたくなるようなスポーツアナウンサーには(実況する試合やプレーへの)集中力が足りない』と思っていて、後輩のアナウンサーにもそのような注意を繰り返していた。しかし、この中継の終了直後に(放送席に最も近い)トイレへ直行して長い時間を過ごす羽目になったせいで、その認識を改めざるを得なくなった」[6]
    • 2005年10月26日、阪神×ロッテ(甲子園)第4戦。この試合でロッテが日本一を決めた。
    • 2014年10月26日、阪神×ソフトバンク(甲子園)第2戦。
  • プロ野球リーグ優勝実況5回
    • 1995年9月18日、西武×オリックス(西武)のオリックス優勝実況(ラジオ)◎
    • 1996年9月23日、オリックス×日本ハム(神戸)のオリックス優勝実況◎
    • 1998年10月8日、阪神×横浜(甲子園)の横浜優勝実況(テレビ全国ネット)
    • 2001年9月26日、近鉄×オリックス(大阪ドーム)の近鉄優勝実況(ラジオ)[7]
    • 2005年9月29日、阪神×巨人(甲子園)の阪神優勝実況(ラジオ)◎
  • 2013年9月15日、ヤクルト×阪神(神宮)のラジオ中継で、ウラディミール・バレンティン(ヤクルト)がシーズン56号本塁打[8]を放った瞬間を実況
  • 2014年5月6日、オリックス×ロッテ(京セラドーム大阪)のラジオ中継で、荻野貴司(ロッテ)が初回先頭打者初球ランニング本塁打[9]を放った瞬間を実況。
  • 2017年9月8日、阪神×DeNA(甲子園)のラジオ中継(TBSラジオとの相互ネット)で、鳥谷敬(阪神)がNPB史上50人目の一軍公式戦通算2000安打を達成した瞬間を実況。
  • 連続本塁打記録に関する実況

全国高校ラグビー[編集]

関連人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c 『テレビ・タレント人名事典(第6版)』 日外アソシエーツ、2004年6月、13頁。ISBN 978-4-8169-1852-0
  2. ^ a b c d e 仰星で始まり、仰星で終わる。 MBS・赤木誠アナウンサー
  3. ^ 金曜日なので、本来はRKBラジオ向けとなるところだが、諸事情(この試合は7月7日に、MBS-KBCのネットワークとなる土曜日のデーゲームとして中継予定だったことや、ネットワークの縛りが緩くなるナイターオフ編成に入ったことなど)によりネットワークの捻れが生じた。
  4. ^ MBS赤木アナ 24日の伝統の一戦で最後のテレビ実況生放送「最後も3時間半、やりきったという感じ」(『スポーツニッポン2018年9月24日付記事)
  5. ^ a b MBS赤木アナ、10月末で定年退職…24日阪神VS巨人戦で集大成へ(『スポーツニッポン2018年9月21日付記事)
  6. ^ a b MBSコラム『明石家電視台にエエ話はいらんねん!』2018年10月31日付記事「アナウンサーが記憶から消したい大失敗を告白!」
  7. ^ 北川博敏の代打逆転サヨナラ満塁優勝決定ホームランがスタンドに入った瞬間、あまりの劇的な幕切れに「あー!あー!」と絶叫した。ちなみにRKB毎日放送(掲載当時)の石田一洋アナウンサーは「最高の試合」にこの試合を挙げた際に、赤木のこの絶叫を引用している。テレビ・ラジオ局|報道関係者|「最高の試合」「名場面・名勝負」|2010年NPBスローガン「ここに、世界一がある。」スペシャルコンテンツ
  8. ^ NPBおよびアジアのプロ野球公式戦におけるシーズン最多本塁打記録
  9. ^ NPB一軍公式戦史上初の記録
  10. ^ ラジオ中継で近鉄のベンチサイドリポーターを担当。当時の先輩アナウンサーだった結城哲郎が、ブライアントによる3打席連続本塁打を実況した。
  11. ^ 2016年シーズン終了時点でのNPBオールスターゲームにおける連続打者本塁打記録
  12. ^ 「シニアスタッフ」移行後最初の実況は、2018年11月18日奈良県立橿原公苑陸上競技場で開かれた奈良県立御所実業高等学校天理高等学校戦中継。

外部リンク[編集]