杉谷満
| 基本情報 | |
|---|---|
| 本名 | 杉谷 満 |
| 階級 | フェザー級 |
| 国籍 |
|
| 誕生日 | 1964年3月15日(54歳) |
| 出身地 |
北海道茅部郡南茅部町(現・函館市) |
| スタイル | オーソドックス |
| プロボクシング戦績 | |
| 総試合数 | 33 |
| 勝ち | 28 |
| KO勝ち | 21 |
| 敗け | 5 |
杉谷 満(すぎや みつる、1964年3月15日 - )は、日本の元プロボクサー。北海道茅部郡南茅部町(現・函館市)出身。現役時代は協栄ボクシングジム所属。階級はフェザー級。元日本フェザー級王者。兄である杉谷実も協栄ジムの元プロボクサーで日本ジュニアウェルター級王座を獲得し史上3組目の兄弟日本王者となった、2人の息子は野球選手であり次男である杉谷拳士は北海道日本ハムファイターズ所属のプロ野球選手。
略歴[編集]
1981年4月21日、高橋忠治を1回KOで沈めデビューを飾る。
その年の東日本新人王を獲得するが、全日本新人王決定戦で後の世界王者六車卓也に判定負け。
1986年2月25日、チバ・アルレドンドが持つ日本フェザー級王座に挑戦し、8回KOで王座奪取に成功。
8月24日、来馬英二郎に7回KO負けで2度目の防衛に失敗するも、ノンタイトルでKO勝利後、1987年1月12日の飯泉健二との同王座決定戦を3回KOで制して王座返り咲き。
王座1度防衛した後の6月22日、ライオン・アリとのノンタイトルで判定負けを喫して王座剥奪。
8月17日に神出康生との王座決定戦で6回TKO勝利を収めて2度目の王座返り咲き。
3月26日、WBA世界フェザー級1位の指名挑戦者として世界王座に初挑戦。川崎市体育館でWBA世界フェザー級王者アントニオ・エスパラゴサ(ベネズエラ)に挑むが、10回KO負けで王座獲得ならず。
7月17日、再起戦として臨んだ植田龍太郎戦で7回KO負けを喫して引退。
その後、トレーナーに転じて元同門・具志堅用高が立ち上げた白井・具志堅スポーツジムの初代チーフトレーナーとなり、後に元担任トレーナー福田洋二が会長を務めるF・Iジムトレーナーを務めた。
家族[編集]
兄である杉谷実も協栄ジムの元プロボクサーで日本ジュニアウェルター級王座を獲得し、史上3組目の兄弟日本王者となった。
2人の息子は野球選手であり[1]、次男である杉谷拳士は北海道日本ハムファイターズ所属のプロ野球選手[2]。
戦績[編集]
- 33戦28勝21KO5敗
タイトル[編集]
- 東日本フェザー級新人王
- 日本フェザー級王座
脚注[編集]
- ^ 選抜で輝いた帝京の杉谷兄弟 父はボクシングの元日本王者 47NEWS 2007年4月25日
- ^ 日本ハム杉谷、目標の選手は故木村拓コーチ 日刊スポーツ 2010年4月13日