近藤健介

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近藤 健介
北海道日本ハムファイターズ #8
Kensuke Kondo on March 16, 2012.jpg
2012年3月16日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 千葉県千葉市緑区
生年月日 (1993-08-09) 1993年8月9日(28歳)
身長
体重
171 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手捕手三塁手
プロ入り 2011年 ドラフト4位
初出場 2012年7月4日
年俸 1億9,500万円(2021年)
※2020年から3年契約[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本代表
五輪 2021年
プレミア12 2019年
獲得メダル
男子 野球
日本の旗 日本
オリンピック
2020 野球
WBSCプレミア12
2019
アジア プロ野球チャンピオンシップ
2017

近藤 健介(こんどう けんすけ、1993年8月9日 - )は、千葉県千葉市緑区出身のプロ野球選手外野手)。右投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。

東京オリンピック野球金メダリスト[2]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

千葉県の軟式野球クラブの泉谷メッツで野球をスタート。千葉市立泉谷小学校6年時に千葉ロッテマリーンズジュニアに選出されると、第1回NPB12球団ジュニアトーナメント髙山俊船越涼太らと共に準優勝を経験した。

中学野球界の強豪である修徳学園中学校に進学すると、軟式野球部に入部。2年時には「1番・遊撃手」として第29回全国中学校軟式野球大会へ出場(初戦敗退)するとともに、捕手としてマスクを被った。3年生のKボール全国大会(第3回KB全国中学生秋季野球大会)では、千葉ロッテマリーンズで4番打者・主将・捕手の3役を兼ねながら、チームを準決勝進出に導いた。

2009年に自身の意思で横浜高校へ入学すると、硬式野球部へ入部。同期生に乙坂智などがいた。同校でコーチを務める小倉清一郎(入部1年目は部長)は後に、「私が勧誘したわけではなく、近藤の方から『横浜高校に入りたい』と売り込んできた。総合力で横浜高校歴代捕手でも3本の指に入る」と評価している[3]。ただし、入部当初は遊撃手としてレギュラーを確保。主将だった筒香嘉智の下で、夏の選手権神奈川大会に出場すると、1年生ながら打率.438を記録した。チームが準々決勝で横浜隼人高校[4]に僅差で敗れると、秋からは肩の強さを買われ捕手へ転向した。

2年生だった2010年には、夏の選手権神奈川大会決勝で東海大相模高校に敗退。2年秋から3年春の第83回選抜大会まで主将を務めた。選抜大会で初戦敗退を喫してからは、当時監督だった渡辺元智の判断で主将の座を乙坂に譲りながらも、事実上の副主将として乙坂を支えた。

3年生だった2011年には、夏の選手権神奈川県大会の直前に、右足首の靭帯を痛めた。その影響で打撃不振に陥りながらも、桐光学園高校との決勝戦では、試合を決める一打を放ってチームを全国大会への出場に導いた。さらに、全国大会の終了後には、第9回AAAアジア野球選手権大会日本代表に選出。相手走者の盗塁を阻止するなどの強肩でチームの優勝に貢献したほか、自身も捕手としてオールスターチーム(ベストナイン)に選ばれた。高校時代には、対外試合で通算38本の本塁打を放った[5]

2011年のNPBドラフト会議で、捕手として北海道日本ハムファイターズから4巡目で指名。契約金3,000万円、年俸500万円(金額は推定)という条件で入団した[6]。入団当初の背番号は「54」。

日本ハム時代[編集]

2012年は春季名護キャンプのスタートを二軍で迎えたものの、2月16日には、横浜DeNAベイスターズとの練習試合で、8回から捕手として対外試合にデビュー。2010年イースタン・リーグ盗塁王だった梶谷隆幸の盗塁を阻止したことで、首脳陣に注目された[7]。キャンプ終盤の2月24日から一軍に昇格。3月6日に一軍の本拠地である札幌ドームで催されたロッテとのオープン戦では、8回裏から出場すると、本拠地での初安打を放った。レギュラーシーズンは二軍からのスタートであったが、イースタン・リーグ公式戦48試合に出場。7月4日のオリックス・バファローズ戦(京セラドーム大阪)の6回表に代打で一軍公式戦デビューを果たすと、その裏から試合終了まで捕手の守備に就いた。7月13日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(日本製紙クリネックススタジアム宮城)では、「8番・捕手」としてスタメン出場を果たした。日本ハムの高卒新人選手が捕手としてパシフィック・リーグの公式戦に出場した事例は、前身の東映フライヤーズ時代の安藤順三1954年)、山本八郎1956年)に次いで史上3人目であった[8]。また、スタメンでの出場でも、山本以来56年ぶり、史上3人目の記録となった[9]。このシーズンの一軍公式戦には、通算で20試合に出場し、打率.192で、2打点、出塁率.241を記録した。読売ジャイアンツとの日本シリーズには代打で3試合に出場した。また、高卒新人捕手の日本シリーズ出場は、1956年田辺義三西鉄ライオンズ)以来56年ぶりの記録となった。

2013年は春季キャンプからオープン戦の終盤まで一軍に帯同したが、開幕を二軍で迎えた。3月28日には、埼玉西武ライオンズとのイースタン・リーグ公式戦(ファイターズスタジアム)3回裏の打席で頭部に死球を受けたが[10]、わずか2日で実戦に復帰。捕手ながら二軍のクリーンナップに定着すると、4月に安打数、出塁率でリーグのトップに立ったことから、3・4月の「リーグ月間MVP」を受賞した[11]。5月8日に一軍昇格を果たしたが、5月16日に抹消。しかし、抹消後もイースタン・リーグで長らくトップの打率を維持したことから、フレッシュオールスターゲームでは同リーグの選抜メンバーに名を連ねた[12]。8月2日の再昇格後は、レギュラー外野手中田翔の死球による戦線離脱を背景に、捕手登録ながら右翼手としてスタメン出場した[13]。32試合に出場し、捕手としては15試合の出場で、打率.152、2打点、出塁率.269という成績を残した。

2014年はプロ3年目で初めての開幕一軍を迎えると、大野奨太市川友也と併用される形で捕手としてスタメン出場した。5月2日のオリックス戦(札幌ドーム)からは、三塁手のレギュラーである小谷野栄一の故障による戦線離脱に伴い、「横浜高校時代以来」という三塁手として連日スタメンで起用された[14]。「7番・三塁手」として出場した5月16日のロッテ戦(札幌ドーム)では、1回裏の第1打席で一軍公式戦での初本塁打となる2点本塁打を記録した。同月29日の東京ヤクルトスワローズ戦(神宮球場)で「2番・三塁手」としてスタメン出場し、3回表の第2打席で、「人生で初めて」という満塁本塁打をバックスクリーンへ放った[15]。また、この本塁打を放った時点の年齢が20歳9か月であり、「パ・リーグの公式戦で満塁本塁打を放った最年少選手」の球団記録(1961年の張本勲東映フライヤーズ時代の21歳1か月)を更新した[16]。その後も三塁手としてスタメン出場を続けたが、6月15日のヤクルト戦(札幌ドーム)で走塁中に左太腿裏に筋挫傷を発症したため、6月17日に出場選手登録を抹消された[17]。一軍への復帰以降は、三塁手でのスタメン出場を中心に、本来のポジションである捕手としても出場。9月15日のオリックス戦(札幌ドーム)では、同期入団である上沢直之とのバッテリーでスタメン出場し、上沢を公式戦初完封勝利に導いた[18]。このシーズンは前年を大きく上回る80試合に出場し、捕手としてマスクを被ったのは16試合で、三塁手として70試合、遊撃手としては2試合守備に就いた。前述のように遊撃手のレギュラーであった大引啓次が足腰を痛めていた時期には僅か2試合ながらも、大引に代わって遊撃の守備に就くこともあった。打撃面では打率.258ながら、4本塁打、28打点、出塁率.295、チーム最多の20二塁打を記録するなど長打力を発揮した。オフの11月に開催された第1回21U野球ワールドカップの日本代表に選出され、同大会では「4番・一塁手」で起用された。

2015年は大野と市川が揃って開幕戦に間に合わなかったことから、3月28日の楽天戦(札幌ドーム)で「7番・捕手」として自身初となる開幕スタメンを果たした。その後も正捕手としてレギュラーに定着。3割を越える打率を維持したことから、5月下旬からは5番打者を任されるようになった。その一方で、盗塁阻止率が1割台にとどまるなど、送球面で粗さが露呈した。前半戦で指名打者を務めていたジェレミー・ハーミッダ大谷翔平が打撃不振に陥ったこともあり、後半戦からは持ち前の打力を活かすべく、主に指名打者で起用された。129試合に出場し、捕手としては58試合にとどまるも、規定打席に初めて到達した。リーグ3位の打率.326、8本塁打、60打点、同3位となる出塁率.405を記録するなど、飛躍のシーズンとなった。

2016年は背番号を「8」へ変更した。春季キャンプから膝の故障に悩まされた影響で、コンディションが整わないまま開幕を迎えた。3月25日のロッテ戦(QVCマリンスタジアム)で「5番・指名打者」で2年連続となる開幕スタメンに名を連ねた。怪我の影響もあり、前年からは減少となる80試合に出場し、打率.265、2本塁打、27打点、出塁率.337を記録した。また、二刀流の大谷が指名打者として起用されたこともあり、栗山英樹監督の方針で、5月下旬から6月中旬までは捕手への本格復帰に向けて二軍での調整もしたが[19]、一軍では54試合で外野を守り、捕手としての出場は1試合にとどまった。10月12日の福岡ソフトバンクホークスとのCSファイナルステージ(札幌ドーム)では2点適時打[20]、10月23日の広島東洋カープとの日本シリーズマツダスタジアム)では守備で好プレーを見せ[21]、10年ぶりとなる日本一に貢献した。

2017年は前年の秋季キャンプから練習を続けていた二塁手に挑戦し[22]、春キャンプの起亜タイガースとの練習試合でも「2番・二塁手」として出場していたが[23]、体調不良も重なり転向は頓挫した。3月31日の西武との開幕戦(札幌ドーム)を「5番・右翼手」で迎えると、以降も右翼手や指名打者としてクリーンナップの一角を担い、4割を超える打率を維持し続けた。シーズン47試合目の出場であった6月1日の横浜DeNAベイスターズ戦(札幌ドーム)終了時点で打率.415を残したことによって、「パ・リーグの開幕戦から4割以上の打率を維持した連続試合」という球団のシーズン記録(張本が日拓ホームフライヤーズ時代の1973年に達成した46試合)を更新し[24]、以降も打率4割を維持したままセ・パ交流戦に突入した。これらの活躍もあり、オールスターゲームでは選手間投票のパ・リーグ外野手部門3位で自身初となる選出を果たした[25]。しかし、6月3日の阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)へ出場した後に右太腿の張りを訴えると[26]、6月6日の広島戦(札幌ドーム)の7回裏の代打起用[27]を最後に出場選手登録を抹消された[28]。登録抹消時点で打率.407[29]、開幕戦からの打率4割連続試合記録を50試合にまで更新していたが、抹消後の検査で腰部の椎間板ヘルニアと診断されたため[30]、6月28日には脊椎内視鏡手術(腰椎椎間板ヘルニア摘出術PED法)を受けた。実戦への復帰までに約3か月を要した[31]。手術後には、オールスターゲームへの出場を辞退し、補充選手として西川遥輝が出場した[32]。その一方で、患部のリハビリを急ぎ、シーズン中の復帰を示した[33]。3か月後の9月28日の楽天戦(札幌ドーム)で「3番・指名打者」で復帰すると、いきなり2安打を放ち、更に打率を上げていった[34]。しかし、パ・リーグ規定打席である443打席には遠く及ばず、「規定打席を満たした状態での打率4割」というNPB史上初の快挙達成には至らなかった。しかし、復帰後も17打数8安打で打率4割台を維持し、53試合の出場で3本塁打、29打点を記録し、231打席で打率.413(シーズン打席数が100打席以上の選手としては歴代最高打率)、出塁率.567と脅威の数字を残した[35]。シーズン途中での打率4割は1989年の403打席のウォーレン・クロマティのように存在したが、クロマティのシーズン最終成績は打率4割を下回り、100打席以上立ち尚且つ打率4割のままシーズンを終えたのはNPBでは近藤のみとなった。前述の活躍もあり、11月に東京ドームで開催された第1回アジア プロ野球チャンピオンシップ日本代表に選出された[36]。同大会では「3番・指名打者」として全3試合にスタメンで起用された。12打数7安打、打率.583という好成績で日本の優勝に大きく貢献すると共に、指名打者として大会のベストナインに選ばれた[37]。オフの契約更改では1,300万円増となる5,600万円で更改し、目標として首位打者を掲げた[38]

2018年はアリゾナ春季キャンプで2年ぶりとなる捕手復帰を果たすも[39]、開幕戦となる3月30日の西武戦(札幌ドーム)を「3番・右翼手」で迎えた。開幕戦から4月20日のソフトバンク戦(札幌ドーム)まで17試合連続で4割以上の打率を記録するなど、前年に続きリーグ打率トップを独走した[40]。4月24日のオリックス戦(札幌ドーム)では1回裏の第1打席で単打、3回裏の第2打席で二塁打、4回裏の第3打席で三塁打を記録するも、以降の打席で凡退したため、自身初となるサイクルヒット達成には至らなかった[41]。4月28日のロッテ戦(ZOZOマリンスタジアム)までは23試合連続でスタメンで起用されていたが、この試合の2回裏の左翼の守備中に本塁へ返球した際に右ふくらはぎに軽度の筋挫傷を発症したため、途中で交代した。交代時点でリーグトップの打率.392を記録していたが、筋挫傷の影響で5月1日に登録を抹消された[42]。7月のオールスターゲームでは前年に続いてパ・リーグの指名打者部門ファン投票で1位を獲得し、2度目となる選出を果たし、2年越しの初出場となった。シーズンでは2015年以来、3年ぶりに規定打席へ到達し、柳田悠岐秋山翔吾と首位打者の座を争った。129試合に出場し、リーグ3位となる打率.3225で、2位の秋山とは打率.3233で僅か8毛だけ下回った。その他にも自己最多となる9本塁打、69打点、リーグ2位となる出塁率.427を記録した。守備面では、左翼手のレギュラーとしてリーグ3位のUZR+10.2を記録した[43]。攻守で活躍したこともあり、パ・リーグの指名打者部門で自身初となるベストナインを受賞した[44]。10月13日のソフトバンクとのCSファーストステージヤフオクドーム)では、第1打席でアリエル・ミランダからポストシーズン初本塁打を放った[45]。オフには正三塁手のブランドン・レアードの退団、王柏融の獲得など、チーム状況が変わりつつあることを背景に、秋季キャンプで三塁手の守備練習を2年ぶりに再開した。契約更改ではほぼ倍増となる1億円で更改したことにより、1億円プレーヤーの仲間入りを果たした[46]。また、目標として今年も首位打者を掲げた[47]

2019年は登録ポジションを捕手から外野手へ変更したが、春季キャンプから同じ外野手の大田泰示淺間大基と正三塁手の座を争った[48]。開幕前の3月15日に結婚したことが発表された[49]。3月29日のオリックスとの開幕戦(札幌ドーム)を「3番・指名打者」で迎えるも、以降は左翼を守った。しかし、王との兼ね合いもあり、3年ぶりとなる三塁手での出場も果たした。4月24日の楽天戦(札幌ドーム)から連続試合出塁記録を伸ばし、6月11日の広島戦(札幌ドーム)まで40試合連続出塁を記録した。2日後の13日の同じく広島戦(札幌ドーム)に代打で出場し、三振を喫したことで記録が「40」で止まった。しかし、球団では小笠原道大、西川、田中賢介に次ぐ史上4人目の記録となった[50]。7月にはパ・リーグ指名打者部門のファン投票で1位を獲得し、3年連続でオールスターゲームに選出され、2度目の出場を果たした[51]。シーズンでは自己最多の138試合に出場し、リーグ6位となる打率.302、2本塁打、59打点、四球ではリーグ最多となる103個を記録し、出塁率.422で自身初のタイトルとなる最高出塁率を獲得した[52]。守備面では86試合で外野を、30試合で三塁を守った[53]。また、左翼の守備では前年からは大きく指標を落とし、リーグワーストとなるUZR-1.3を記録した[54]。11月に開催された第2回WBSCプレミア12日本代表に選出され、外野手として日本の初優勝に貢献した。オフの12月3日に、2022年シーズンまでとなる3年契約を結んだ[55]。年俸は変動制で、2020年シーズンの年俸は1億5,000万円。近藤は「ファイターズにいたいというのが一番だったので。それは吉村GMにも伝えましたし、それもあっての3年契約かなと思います」とチーム愛を語った[56]

2020年3月6日に第一子となる長女が誕生し、球団を通して発表された[57]。開幕戦となる6月19日の西武戦(メットライフドーム)を「3番・左翼手」で迎えた。6月は月間打率.212と低調スタートとなったものの[58]、7月以降は毎月打率3割超えを維持した。10月15日の西武戦(札幌ドーム)では史上13人目となる1試合4二塁打のNPBタイ記録を記録し、球団では糸井嘉男以来、10年ぶりの記録となった[59]。10月を過ぎても吉田正尚、柳田との首位打者争いは続き、15日時点で打率.346を記録し、トップの吉田の打率.350まであと4厘差と迫ったが[60]、最終的には吉田の打率.350、柳田の打率.342に次ぐリーグ3位となる打率.340を記録した。全120試合中108試合に出場し、5本塁打、60打点、リーグ3位となる89四球、出塁率では前年を大きく上回る出塁率.465を記録し、2年連続で最高出塁率のタイトルを獲得した。守備面では74試合に左翼手として出場し、前年からは指標を落とすもリーグ2位となるUZR-4.5を記録した[61]。オフには2年ぶり2度目となるベストナインを外野手部門で受賞し[62]、2021年シーズンからは中島卓也の後任となる選手会長に就任した[63]。契約更改では4,500万円増となる1億9,500万円で更改し、目標として再び首位打者を掲げた[64]

2021年は指名打者を中心に時折左翼手として起用されたが、大田泰示が不振、淺間大基の活躍で西川遥輝が左翼に回り、また指名打者では王柏融の活躍があり近藤は右翼手としての出場が増えていった。2年ぶりに開催されたオールスターゲームに選出されたが[65]急性胃腸炎に罹ってしまい2試合とも欠場となった[66]。東京五輪代表にも選出され、本戦では代打で2試合・スタメンで1試合に出場し、打率.333を記録した[67]。レギュラーシーズン再開後は王の不調もあり指名打者での出場が多かったが、9月11日のソフトバンク戦では右翼手でスタメン出場するも守備の際にフェンスに激突し負傷交代。翌12日に「脳震盪特例措置」で登録抹消となった[68]

選手としての特徴[編集]

打撃

選球眼はプロの中でもトップクラス[69]。2015年シーズンは四球の数が三振と同じ59であり、このシーズンで規定打席に到達した野手で四球の数が三振数を超えたのは中村晃のみであった[70]。2017年シーズンでは231打席中60四球を記録しており、四球での出塁率が25%を超えた[71]。2019年シーズンは103四球で81三振、2020年シーズンも89四球で72三振を記録し、2年連続で四球数が三振数を上回った。

規定打席に到達したシーズン全てで打率3割以上を記録しており、レギュラー定着以降の2018年シーズンからは3年連続で出塁率.420を超えている(共に2020年シーズン終了時点)[71]。また、打率.340を記録した2020年シーズンのコース別打率では、真ん中高めは打率.184に留まったものの、残りの全てのコースで打率.290以上を記録しており、内角低めでは打率.433、外角低めは打率.417、外角高めは打率.409を記録した[71]

守備

2014年以降は強肩と打撃の能力を生かすべく、三塁手外野手指名打者と、捕手以外のポジションでのスタメン起用が増えていた。2017年には春季キャンプ二塁手の守備練習にも取り組んだが[72]、腰痛を悪化させたため、転向を断念した。しかし、その後の秋季キャンプでは腰のヘルニア手術を経て完治させ、再び捕手としての守備練習を再開した[73]

2016年以降は外野を守ることが多くなり、正左翼手として出場した2018年では12球団左翼手の中は3位のUZR10.2を記録し、左翼の守備と送球で高い評価を得ている[74]

高校時代の遠投では120メートルほどあり[75]、肩が強く、二塁への送球が2秒を切った[5]。「打てて、勝てる捕手」を目標に掲げていが、日本ハム入団後の2014年頃から送球にイップスの傾向が見られる影響で、盗塁阻止率が急速に低下していた[76]

人物[編集]

愛称は「コンスケ[77]、「コンちゃん[78][79]

高校時代には物怖じしない性格で、場を明るくする雰囲気を持ち合わせており、チームリーダーになりうる存在と評価されていた[80]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2012 日本ハム 20 30 26 2 5 0 0 0 5 2 0 0 1 1 2 0 0 5 1 .192 .241 .192 .434
2013 32 80 66 7 10 0 0 0 10 2 2 0 2 1 11 0 0 14 4 .152 .269 .152 .421
2014 89 291 264 24 68 20 1 4 102 28 3 4 10 2 15 0 0 45 4 .258 .295 .386 .682
2015 129 504 435 68 142 33 2 8 203 60 6 2 3 5 59 2 2 59 9 .326 .405 .467 .872
2016 80 291 257 36 68 9 0 2 83 27 5 2 3 2 29 0 0 45 7 .265 .337 .323 .660
2017 57 231 167 32 69 15 0 3 93 29 3 0 0 2 60 0 2 27 3 .413 .567 .557 1.124
2018 129 555 462 59 149 29 3 9 211 69 5 0 0 5 87 8 1 90 16 .323 .427 .457 .884
2019 138 600 490 74 148 32 5 2 196 59 1 4 0 5 103 3 2 81 11 .302 .422 .400 .822
2020 108 467 371 56 126 31 1 5 174 60 4 0 0 5 89 3 2 72 6 .340 .465 .469 .934
NPB:9年 782 3049 2538 358 785 169 12 33 1077 336 29 12 19 28 455 16 9 438 61 .309 .412 .424 .837
  • 2020年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別打撃成績所属リーグ内順位[編集]

























2012[81] 19 パ・リーグ - - - - - - - - -
2013[82] 20 - - - - - - - - -
2014[83] 21 - - - - - - - - -
2015[84] 22 3位 - 4位 - - - - - 3位
2016[85] 23 - - - - - - - - -
2017[86] 24 - - - - - - - 10位 -
2018[87] 25 3位 8位 6位 - - - - 3位 2位
2019[88] 26 6位 10位 4位 6位 - - - 1位 1位
2020[89] 27 3位 5位 1位 - - - - 3位 1位
  • -は10位未満(打率は規定打席未到達の場合も-と表記)

WBSCプレミア12での打撃成績[編集]

















































2019 日本 8 31 21 4 4 1 0 0 5 3 0 0 0 0 9 1 1 9 0 .190 .452 .238
  • 太字は大会最高

五輪での打撃成績[編集]

















































2020 日本 3 6 6 1 2 0 0 0 2 0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 .333 .333 .333

年度別守備成績[編集]



捕手 三塁 遊撃 外野


























































2012 日本ハム 15 39 3 0 1 1.000 0 7 6 1 .143 - - -
2013 15 40 3 0 1 1.000 0 3 2 1 .333 - - 12 16 1 0 0 1.000
2014 16 62 6 4 1 .944 3 15 12 3 .200 70 42 115 8 4 .952 2 0 1 0 0 1.000 -
2015 58 328 25 6 4 .983 1 62 50 12 .194 - - -
2016 1 2 0 0 0 1.000 0 2 2 0 .000 1 0 0 1 0 .000 - 54 66 2 1 0 .986
2017 - - - 18 36 2 0 0 1.000
2018 - - - 95 163 2 5 0 .971
2019 - 30 22 35 6 0 .905 - 86 139 1 1 0 .993
2020 - - - 74 153 3 2 1 .987
通算 105 471 37 10 7 .981 4 89 72 17 .191 101 64 150 15 4 .934 2 0 1 0 0 1.000 339 573 11 9 1 .985
  • 2020年度シーズン終了時

タイトル[編集]

表彰[編集]

  • ベストナイン:2回
    • 指名打者部門:1回(2018年)
    • 外野手部門:1回(2020年)

記録[編集]

初記録
その他の記録

背番号[編集]

  • 54(2012年 - 2015年)
  • 8(2016年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

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  95. ^ 01年・小笠原道大:60試合、16年・西川遥輝:45試合、09・田中賢:41試合に次ぐ。プロ野球記録は94年・イチローの69試合
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]