大野雄大

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
大野 雄大
中日ドラゴンズ #22
20130629 Yudai Ohno, pitcher of the Chunichi Dragons, at Yokohama Stadium.JPG
2013年4月21日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府京都市伏見区
生年月日 (1988-09-26) 1988年9月26日(33歳)
身長
体重
183 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 ドラフト1位
初出場 2011年10月14日
年俸 3億円+出来高5000万円(2022年)[1][2]
※2021年から3年契約[2]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
五輪 2021年
プレミア12 2015年2019年
獲得メダル
日本の旗 日本
オリンピック
2021 野球
WBSCプレミア12
2019 野球
2015 野球

大野 雄大(おおの ゆうだい、1988年9月26日 - )は、京都府京都市伏見区出身のプロ野球選手投手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。

2020年(令和初)の沢村栄治賞受賞者[3]東京オリンピック野球金メダリスト[4]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

2歳の時に両親が離婚、2歳上の姉とともに母のもとで京都市伏見区深草で育つ。砂川小学校5年時にスポーツ少年団に入団し野球を始め、6年からは投手を務める。京都市立藤森中学校では軟式野球部に所属し、2年時の練習試合で四球を連発して試合を壊してしまい、大野も不甲斐なさや悔しさから野球を辞めようと考えていたがチームメイトの励ましで立ち直り、その後は必死に練習するようになった。大野はこの試合が投手としての第一歩になったと語っている。それまで外野手との兼任だったが投手に専念し、3年夏に京都市大会で優勝した。その頃から京都の軟式野球界では名の知れた存在となっていた[5]。プロ入り後にチームメイトとなる辻孟彦は中学と高校時代の1年後輩であった。

前述の通り、大野は母子家庭だったこともあって公立の鳥羽高等学校への進学を考えていたが、三原新二郎が野球部監督を務める京都外大西高等学校へ誘われて入学。なお三原は1年時に監督退任することになる。2年春からベンチ入りし、チームは第87回全国選手権に進出。決勝で対戦した駒大苫小牧田中将大の投球を見て「ああいうやつがプロになるんだな」と思ったという[5]。この大会で、大野は登板機会がなかったため悔しい思いをしていたが、秋からの新チームでは先発を任される機会が増え、3年春の第78回選抜の初戦で東海大相模に敗れたものの甲子園初先発を果たした。3年夏も甲子園出場を目指したが京都大会準決勝で福知山成美に敗れた。

高校では三原監督から「ちゃらんぽらんな人間」と言われ続けていたため[5]、「野球人としても人間としても成長できる」と勧められた佛教大学社会学部現代社会学科[6]に進学を決め、2007年4月より硬式野球部に入部する。1年春からベンチ入りし、春秋リーグ連続優勝。秋の近畿大学戦では145km/hを記録。この頃から速球に自信を持ったという。真ん中に投げる練習を続けたことで球速が上がったと語っている。その結果、四死球も減り3年秋の京滋リーグでは44回で与えた四死球は2だった。単位を落としたため、2年春から半年間は佛教大のルールにより練習や試合に出場できなかった[5]。秋からは先発ローテーションに定着し、1年秋から4年春まで続く16連勝の活躍で3季連続でリーグMVPとベストナインを獲得する。4年時の4月24日に太陽ケ丘野球場で完全試合(7回コールドのため参考記録)を達成するなどしリーグ優勝に貢献。6月の全日本大学野球選手権大会において初戦で強豪東北福祉大学を2安打完封し、大学No.1左腕として頭角を現すが2回戦で秋山翔吾率いる八戸大学に完封負けした。京滋リーグでは通算で24試合に登板し18勝1敗の成績を残した。全国大会における活躍で斎藤佑樹大石達也澤村拓一とともに「大学球界BIG4」と称される[5]

第5回世界大学野球選手権大会日本代表に落選した際は、佛教大学・菊野義朗監督が「見たことない」というほど意気消沈し、候補合宿から帰る新幹線内で泣き通したが、その後第25回ハーレムベースボールウィークの日本代表に選出された。大野も「こっちもジャパンのユニホームですから。キューバを倒してきますよ」と語り[7]、言葉通りキューバから2失点完投勝利を挙げ、この経験を通じて「代表から外れて良かった。この大会に出たことで目標が『メジャーリーガー』に変わりましたから。自身を支えてくれた家族や監督、選手の目の届く場でプレーして喜んでもらって、実績を積んでからメジャーに行きたい」と思うようになったという[8]

2010年8月のオープン戦で肩を痛めてからは登板できず、ドラフトで指名を回避されるかもしれないという不安感を持っていた[5]が、中日ドラゴンズから1位指名を受けて入団。背番号は憧れで目標とする藤川球児と同じ22に決定した。12月には京都府警北警察署の2011年啓発ポスターのイメージキャラクターに起用されることになった。ポスターは「安全、安心にストライク」の標語と佛教大時代の投球フォーム写真を組み合わせたもので、1年間の掲示を想定された[9]。大学時代は1学年上の河野秀数と2学年下の張本優大がチームメイトだった。

中日時代[編集]

2011年の合同自主トレ・沖縄キャンプは左肩のリハビリに費やし、3月末から本格的な投球練習を開始。6月末のプロアマ交流戦で実戦デビューして満塁本塁打を打たれるも、その後はファームで先発の一角となる。10月8日のファーム日本選手権で先発し、5回無失点で勝利投手となり優秀選手賞を獲得した。その後一軍昇格し、10月14日の読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)に初登板初先発し4回7失点。この試合で当時の落合博満監督は「何点取られても構わないから、自分の投球をして来い」と伝えたという[10]

2012年7月11日の阪神タイガース戦(甲子園)で自身2回目の先発登板し、5回1/3を7安打1失点でプロ初勝利。この年は8試合に先発して4勝3敗の成績だったほか、CSファイナルステージで初戦に先発し勝利投手となる。オフの11月に開催された「侍ジャパンマッチ2012」の日本代表にも選出された[11]

2013年は先発投手として一軍に定着し、初めて規定投球回に到達し2桁勝利を挙げる。オフの11月に台湾で開催された「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の日本代表に選出された[12]。11月13日、1050万円増となる推定年俸2800万円で契約を更改した[13]

2014年川上憲伸との開幕投手争いに敗れ、4月26日の東京ヤクルトスワローズ戦(神宮球場)では1回5失点で降板し、試合中に名古屋へ帰るように言われ二軍落ちするなど[14]、2度の二軍降格があったが7月25日の巨人戦(ナゴヤドーム)では自身初の無四球完封をすると、最終的には2年連続の2桁勝利の成績を残した[15][16][17]。オフに、1700万円増となる推定年俸4500万円で契約を更改した[18]

2015年は前半戦だけで藤浪晋太郎(阪神)に並ぶリーグトップの9勝を挙げ、同月月間MVPに選出される[19]。後半戦は2勝で、最終的に11勝10敗で若松駿太と共に2桁勝利。207.1投球回は12球団最高となった[20]。同年11月29日に谷繁元信監督がテレビ番組で翌年の開幕投手に起用すると述べた(これは、12球団で最速となった。)[21]。11月30日の選手納会で大島洋平に代わり翌年より選手会長を務めることが発表された[22]。12月8日に6300万円増の推定年俸1億800万円で一発更改した[23]

2016年は3月25日の阪神戦(京セラドーム)では自身初の開幕投手を務め、7回3分の2を投げ2失点で勝利投手となるが、左肘痛で4月15日に登録抹消される[24]。6月4日に復帰。最終的に7勝10敗、規定投球回未到達で防御率3.54。11月18日、2160万円ダウンとなる推定年俸8640万円で契約更改した[25]

2017年は2年連続の開幕投手に指名され24試合登板、7勝8敗、防御率4.02の成績を残した。147回2/3でチーム唯一の規定投球回数到達であった。11月29日、640万円ダウンとなる推定年俸8000万円で契約更改した[26]。また、この年の春季キャンプから、練習などをめぐって朝倉健太投手コーチとの確執が取りざたされ始める[27]

2018年は開幕ローテーション入りを逃し、4月下旬に一軍昇格[28]。二軍では安定感を見せたが、一軍では6試合の先発で0勝3敗、防御率8.56に終わった。11月25日に減額制限一杯の25%ダウンとなる推定年俸6000万円で契約更改した[29][30]

2019年は開幕を一軍で迎え、4月16日の横浜DeNAベイスターズ戦で7回途中1失点と好投し、2017年以来の白星を挙げた[31]。4月30日の巨人戦で球団で平成最後の勝利投手となったほか、5月7日の広島東洋カープ戦ではセ・リーグで令和一番乗りとなる完封勝利を記録した[32][33]。9月14日の阪神タイガース23回戦(ナゴヤドーム)においてNPBで81人目となるノーヒットノーランを達成した[34]。4年ぶりの2桁勝利とはならなかったが、1年間ローテーションを守って2年ぶりに規定投球回に到達し、自身初の最優秀防御率を獲得するなど復活のシーズンとなった[35]。オフに、7000万円増となる1億3000万円で契約を更改した[36]。球団からは3年契約も提示されたが、単年契約を選択した[36]

2020年は開幕投手を務めるも、4回8安打6失点で降板した[37]。しかし7月以降は安定感を見せ、7月31日のヤクルト戦で初勝利を挙げた[38]。10月22日のDeNA戦(ナゴヤドーム)では、9月15日の広島戦(マツダスタジアム)の2回から続けた連続イニング無失点を「41」とし、1956年の大矢根博臣を抜き球団新記録を達成した[39]。この記録は22日の9回まで続き、歴代12位となる「45」イニング連続無失点を記録。11月11日にはシーズン中に取得した国内FA権を行使せず、3年総額9億円+出来高で残留することに大筋で合意したことが発表された[40]。最終的に20試合に登板、2年連続リーグ最多投球回である148.2回を投げ、5年ぶりに2桁勝利を達成。防御率1.82、148奪三振で最優秀防御率と自身初となる最多奪三振を獲得して投手2冠を達成した。なお、2年連続で最多投球回と最優秀防御率を達成したのは1957年 - 1958年の稲尾和久以来となる史上2人目である[41]。45イニング連続無失点や両リーグ最多となる10完投6完封が評価され[42]、中日では川上憲伸以来16年ぶりで自身初となる沢村賞を受賞した[43]。さらに、8月・10月度の月間および年間最優秀バッテリー賞を捕手の木下拓哉と共に受賞する[44][45]など、エースとして申し分ない活躍を見せた。12月22日に行われた契約更改では、推定年俸3億円+出来高5000万円の3年契約で更改した[2]。中日の選手で年俸が3億円に到達するのは、2015年度の岩瀬仁紀の年俸3億円以来であり、落合博満、岩瀬仁紀、福留孝介、川上憲伸、井端弘和和田一浩に次いで7人目となる[46]

2021年は5試合目の先発となった4月27日の阪神戦で初勝利を挙げ、5月4日のDeNA戦で2勝目を記録したが[47]5月9日にコンディション不良で登録抹消された[48]。6月11日の埼玉西武ライオンズ戦で1ヶ月ぶりの白星[49]。この年はDe NAに対して25イニングで無失点を記録した[50]

代表経歴[編集]

2015年7月16日、11月に行われる第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出された[51][52][53]

2016年、シーズン開幕前の3月に開催された野球チャイニーズタイペイ代表との強化試合の日本代表に選出された[54]

2019年、オフの11月に開催された第2回WBSCプレミア12日本代表に選出され[55]、2大会連続2度目の選出を果たした。

2021年6月16日、東京オリンピックの野球日本代表に選出された[56]。大野は準々決勝のアメリカ戦でリリーフ登板し、1回を無失点に抑えた[57]。大野の登板は1試合のみにとどまったが、チームは金メダルを獲得した[4]。その表彰式で大野は金メダルを天に掲げ、8月3日に亡くなった木下雄介に金メダルを獲得したことを報告した[58]

選手としての特徴[編集]

2020年の投球データ[注 1]
球種 配分
%
平均球速
km/h
フォーシーム 51 146
シンカー 36 136
スライダー 13 130

二段モーション[60]オーバースロー[8]から平均球速145.9km/h[59]、最速152km/h[61]のキレのあるストレート、フォーク、100km/h台のカーブ[62]、縦横に曲がる2種類のスライダー、縦に大きく変化するツーシームを投げ分ける[8]。アマチュア時代には上半身の強い投球フォームには故障を心配する声もあったが、大野本人はフォームを変えるつもりはないと語っている[63][62]

人物[編集]

祖父の影響を受け、子供の頃から阪神ファンだった[64]。そのため、大学時代は自身の携帯電話にトラッキーストラップをつけていたが、ドラフトで中日に指名されて以降は外した[65]

目標とする選手としては、前述の藤川とチェン・ウェインを挙げている[8][65]

メンタル面の成長のきっかけとなったのは、上原浩治のメジャー初登板後の「自分の夢を実現し、最高の場所に行けて楽しいだけ」というコメントを聞いたことだという[62]

「一番であること」を目標としている。プロで活躍している同世代の田中将大坂本勇人を尊敬する一方で、大野と同じく大学生だった斎藤佑樹には強烈なライバル意識を持っている。京滋リーグで優勝しても、全国大会では負け続ける佛教大にいることが対抗意識につながり、それが自身の能力を伸ばした原動力であると語る。その対抗意識の強さは、世界大学野球選手権大会の代表から漏れて落ち込んだことにもつながっている[5]

2017年オフに日本ハムから大野奨太が移籍すると、大野姓が2人となった為区別の必要が生じたが「3文字では電光掲示板できれいに見えない」という理由で2018年以降スコアボードの表示はフルネームの「大野雄大」としている[66]

ボールは左手で投げ、食事も字を書くときも左手で矯正していないがダーツは右手で投げる[67]

2012年11月26日に大学時代の同級生と結婚した[68]。2015年5月20日に長女、2017年12月20日に次女、2021年11月11日に長男が誕生している[69]

地元の京都愛が強く、シーズンオフには長期帰省し伏見稲荷大社での初詣[70]大文字山での自主トレを行っている。大野の妻も京都出身であり、実子2人も京都生まれである。

好きな食べ物はラーメンで、大学時代には数多くの京都ラーメン店でラーメンを食べ歩いていた。しかし2019年にはラーメン封印を宣言した[71]

サカナクションの大ファンで、2019年9月8日(ボーカルであり、中日ファンの山口一郎の誕生日)より「新宝島」を打席テーマ曲に採用した[72]

かつ同年齢で、5人組アーティスト・Da-iCEのボーカル担当でもある大野雄大とは同姓同名だが、全くの別人である。2019年12月8日放送の「サンデードラゴンズ」(CBCテレビ)にて共演を果たしている。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2011 中日 1 1 0 0 0 0 1 0 0 .000 22 4.0 9 2 1 0 0 2 1 0 7 6 13.50 2.50
2012 9 8 0 0 0 4 3 0 1 .571 188 44.2 40 1 14 1 3 41 3 0 15 13 2.62 1.21
2013 25 25 1 0 1 10 10 0 0 .500 624 146.1 151 12 43 1 5 117 3 0 65 62 3.81 1.33
2014 25 25 3 1 1 10 8 0 0 .556 682 165.0 156 14 47 0 6 119 3 0 60 53 2.89 1.23
2015 28 27 6 3 1 11 10 0 1 .524 826 207.1 169 12 47 1 3 154 1 0 67 58 2.52 1.04
2016 19 19 3 1 1 7 10 0 0 .412 547 129.2 126 11 37 0 2 85 0 0 59 51 3.54 1.26
2017 24 22 2 1 0 7 8 0 0 .467 629 147.2 143 17 51 0 6 117 0 0 71 66 4.02 1.31
2018 6 6 0 0 0 0 3 0 0 .000 130 27.1 32 7 19 0 0 21 1 0 27 26 8.56 1.87
2019 25 25 2 2 0 9 8 0 0 .529 696 177.2 132 18 43 2 2 156 2 0 52 51 2.58 0.98
2020 20 20 10 6 2 11 6 0 0 .647 559 148.2 106 13 23 2 0 148 3 0 33 30 1.82 0.87
2021 22 22 1 0 1 7 11 0 0 .389 566 143.1 121 12 26 1 2 118 1 0 48 47 2.95 1.03
通算:11年 204 200 28 14 7 76 78 0 2 .494 5469 1341.2 1185 119 351 8 29 1078 18 0 504 463 3.11 1.14
  • 2021年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

WBSCプレミア12での投手成績[編集]










































2015 日本 2 0 0 0 0 13 3.2 4 0 0 0 0 3 0 0 1 1 2.45
2019 3 0 2 0 0 19 5.0 5 1 3 0 0 7 0 0 1 1 1.80

オリンピックでの投手成績[編集]










































2020 日本 1 0 0 0 0 3 1.0 0 0 0 0 1 1 0 0 0 0 0.00

年度別守備成績[編集]



投手












2011 中日 1 0 1 0 0 1.000
2012 9 2 5 0 1 1.000
2013 25 3 34 2 4 .949
2014 25 4 24 0 3 1.000
2015 28 8 37 1 0 .978
2016 19 6 30 1 0 .973
2017 24 10 27 1 1 .974
2018 6 2 1 0 0 1.000
2019 25 11 32 1 3 .977
2020 20 7 28 1 2 .972
2021 22 8 23 0 0 1.000
通算 204 61 222 7 14 .976
  • 2021年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
投手記録
  • 初登板・初先発登板:2011年10月14日、対読売ジャイアンツ22回戦(東京ドーム)、4回7失点で敗戦投手
  • 初奪三振:同上、2回裏に坂本勇人から空振り三振
  • 初勝利・初先発勝利:2012年7月11日、対阪神タイガース11回戦(阪神甲子園球場)、5回1/3を1失点[74]
  • 初ホールド:2012年10月3日、対阪神タイガース24回戦(ナゴヤドーム)、7回裏無死に3番手で救援登板、2回を無失点
  • 初完投・初完投勝利:2013年9月26日、対広島東洋カープ23回戦(ナゴヤドーム)、9回1失点8奪三振[75]
  • 初完封勝利:2014年7月25日、対読売ジャイアンツ13回戦(ナゴヤドーム)、9回7奪三振、5被安打、無四死球
打撃記録
  • 初打席・初安打:2011年10月14日、対読売ジャイアンツ22回戦(東京ドーム)、3回表に澤村拓一から遊撃内野安打
節目の記録
  • 1000奪三振:2021年5月21日、対読売ジャイアンツ9回戦(バンデリンドーム ナゴヤ)、7回表に廣岡大志から見逃し三振 ※史上152人目[76]
その他の記録

背番号[編集]

  • 22(2011年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 20先発・148.2回。1point02.jpによる[59]

出典[編集]

  1. ^ 中日 - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2021年11月11日閲覧。
  2. ^ a b c “【契約更改】中日・大野雄大 年俸3億円・出来高5000万円で3年契約「すごく高い給料…頑張らなければ」”. 中日スポーツ. (2020年12月22日). https://www.chunichi.co.jp/article/174635 2020年12月23日閲覧。 
  3. ^ 沢村賞の中日大野雄大「隣の妻と2人喜び合った」”. 日刊スポーツ (2020年11月23日). 2021年6月20日閲覧。
  4. ^ a b 【侍ジャパン】大野雄大、金メダルを天に 3日に死去した木下雄介さんへ思い届けた”. スポーツ報知 (2021年8月7日). 2021年8月16日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g 節丸裕一『最強世代1988 田中将大、斎藤佑樹、坂本勇人、前田健太・・・・・・11人の告白』講談社、2011年。ISBN 978-4-0629-5066-4
  6. ^ 卒業生 大野雄大投手が東京オリンピック 野球日本代表選手に内定!”. 佛教大学 (2021年6月18日). 2021年8月7日閲覧。
  7. ^ 大野雄が13回18奪三振!京滋が決勝進出…関西オールスター5リーグ対抗戦”. スポーツ報知 (2010年6月26日). 2010年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年10月31日閲覧。
  8. ^ a b c d 『アマチュア野球 vol.29』日刊スポーツ出版社、2010年、15-17頁。ISBN 978-4-8172-5498-6
  9. ^ 中日大野が警察のポスター&イメキャラ”. 日刊スポーツ (2010年12月2日). 2021年6月20日閲覧。
  10. ^ 中日・大野 新人時代に落合監督から未来を託された試合とは?”. BASEBALL KING (2019年5月1日). 2021年6月20日閲覧。
  11. ^ 侍ジャパンマッチ2012 日本代表メンバー”. 日本野球機構 (2012年11月6日). 2021年6月20日閲覧。
  12. ^ 2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ トップチーム”. 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト. 2015年3月30日閲覧。
  13. ^ 【中日】大野 厳冬の中、際立つ60%増”. 日刊スポーツ (2013年11月13日). 2021年8月16日閲覧。
  14. ^ 中日大野DeNA戦で強制送還から先発復帰”. 日刊スポーツ (2014年5月12日). 2021年8月16日閲覧。
  15. ^ 中日大野1回KO試合中名古屋に強制送還”. 日刊スポーツ (2014年4月27日). 2021年6月20日閲覧。
  16. ^ 中日大野5回5失点KO 今季2度目降格”. 日刊スポーツ (2014年6月5日). 2021年6月20日閲覧。
  17. ^ 個人年度別成績 大野雄大”. 日本野球機構 (2014年10月31日). 2021年6月20日閲覧。
  18. ^ 中日大野 1700万増の4500万”. 日刊スポーツ (2014年11月2日). 2021年8月16日閲覧。
  19. ^ "中日・大野が初の月間MVP 第1子誕生月の歓喜「一生忘れない」". Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社. 5 June 2015. 2015年6月5日閲覧
  20. ^ 中日大野が1億円突破で一発更改 最多投球回を評価”. 日刊スポーツ (2015年12月8日). 2021年5月15日閲覧。
  21. ^ 来季開幕投手は大野!12球団最速指名 谷繁監督がテレビで公表”. スポーツニッポン (2015年11月30日). 2021年6月20日閲覧。
  22. ^ 中日大野が新選手会長「明るく、強いチームを作る」”. 日刊スポーツ (2015年11月30日). 2021年6月20日閲覧。
  23. ^ 中日・大野 6300万円増で大台!3年連続2桁、最多投球回評価”. スポーツニッポン (2015年12月8日). 2021年6月20日閲覧。
  24. ^ 中日エース大野が左肘痛で抹消 医者は軽症診断も”. 日刊スポーツ (2016年4月15日). 2021年8月16日閲覧。
  25. ^ 中日 大野2160万円減で更改、わずか7勝「どんな金額でも、のもうと」”. スポーツニッポン (2016年11月18日). 2021年5月15日閲覧。
  26. ^ 中日大野640万減「防御率4点台は情けない」”. 日刊スポーツ (2017年11月29日). 2021年5月15日閲覧。
  27. ^ 中日「エース・大野雄大VS投手コーチ・朝倉健太」でチームが分裂崩壊!(2)数年前の沖縄キャンプでも確執?”. アサ芸プラス (2017年3月6日). 2021年5月15日閲覧。
  28. ^ 中日・大野雄大 真のエースへ/新年の誓い | 野球コラム” (日本語). 週刊ベースボールONLINE. 2022年1月16日閲覧。
  29. ^ 中日・大野雄 25%大幅減俸にも「仕方ない」 会見では報道陣に異例のお願い”. スポーツニッポン (2018年11月25日). 2021年5月15日閲覧。
  30. ^ 中日大野雄大は新戦力に刺激 早めの始動で飛躍誓う - プロ野球 : 日刊スポーツ” (日本語). nikkansports.com. 2022年1月16日閲覧。
  31. ^ 【今日のMVP】大野雄大、左腕エース復活!2017年以来の勝ち星!〈4月16日〉 | 今日のMVP | 野球のすべてが楽しめる野球情報サイト「BASEBALL GATE」新登場!” (日本語). BASEBALL GATE. 2022年1月16日閲覧。
  32. ^ 中日大野雄大「特別な感情」平成ラストを白星締め”. 日刊スポーツ (2019年4月30日). 2021年6月20日閲覧。
  33. ^ 中日大野雄大がセ令和初の完封で3勝「頑張りどき」”. 日刊スポーツ (2019年5月7日). 2021年6月20日閲覧。
  34. ^ "中日・大野雄がノーヒットノーラン達成、史上81人目 千賀の快挙から8日…同月達成は34年ぶり". Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社. 14 September 2018. 2018年9月14日閲覧
  35. ^ 中日大野雄大が最優秀防御率賞「テレビで見る世界」”. 日刊スポーツ (2019年11月26日). 2021年6月20日閲覧。
  36. ^ a b 中日大野雄大が3年契約断り1年選択、FA行使視野”. 日刊スポーツ (2019年12月6日). 2021年8月16日閲覧。
  37. ^ 中日大野雄大6失点「2本目防がなければ」被弾反省”. 日刊スポーツ (2020年6月19日). 2021年6月20日閲覧。
  38. ^ 中日・大野雄大 7日先発の巨人戦へ意気込む! 連続完投勝利へ「最後まで投げる」:中日スポーツ・東京中日スポーツ” (日本語). 中日スポーツ・東京中日スポーツ. 2022年1月16日閲覧。
  39. ^ 中日 大野雄大、球団新41イニング連続無失点!1956年の大矢根越え”. スポーツ報知 (2020年10月22日). 2021年6月20日閲覧。
  40. ^ 中日・大野雄FAせず残留へ「いい評価してもらった」年俸3億円+出来高3年契約で大筋合意…Gオリ阪神動くも”. 中日スポーツ (2020年11月11日). 2021年6月20日閲覧。
  41. ^ 大野雄大(京都外大西出身)が88年世代3人目の沢村賞!色々記録尽くしの1年に!”. 高校野球ドットコム (2020年11月23日). 2021年6月20日閲覧。
  42. ^ 中日・大野雄大、沢村賞の決め手は「完封、完投の数」巨人・菅野を推した村田兆治委員も「別格」と納得:中日スポーツ・東京中日スポーツ” (日本語). 中日スポーツ・東京中日スポーツ. 2022年1月16日閲覧。
  43. ^ 中日・大野雄大が沢村賞を初受賞! 圧巻の10完投、14勝の巨人・菅野を抑える”. Full-Count (2020年11月23日). 2021年6月20日閲覧。
  44. ^ 10月度バッテリー賞 セは中日・大野雄&木下 大野雄「木下に感謝」木下3カ月連続受賞「大変光栄」”. スポニチアネックス (2020年11月10日). 2021年6月20日閲覧。
  45. ^ 「2020プロ野球最優秀バッテリー賞」中日・大野雄&木下拓、ソフトバンク・千賀&甲斐が初受賞”. スポニチアネックス (2020年11月18日). 2021年6月20日閲覧。
  46. ^ “中日の歴代最高年俸は岩瀬仁紀の4億5000万円 大野雄大は落合博満、川上憲伸らに次ぐ球団7人目の3億円到達”. 中日スポーツ. (2020年12月22日). https://www.chunichi.co.jp/article/174654 2020年12月24日閲覧。 
  47. ^ 【中日】大野雄大 21日巨人戦で1軍復帰へ「いつでも投げられる」” (日本語). スポーツ報知 (2021年5月18日). 2022年1月16日閲覧。
  48. ^ 中日・大野雄 痛すぎる抹消 「上肢のコンディション不良」 - スポニチ Sponichi Annex 野球” (日本語). スポニチ Sponichi Annex. 2022年1月16日閲覧。
  49. ^ 中日大野雄大1カ月ぶり3勝目「交流戦で優勝したい思いが強い」 - プロ野球 : 日刊スポーツ”. nikkansports.com. 2022年1月16日閲覧。
  50. ^ DeNA、中日・大野雄大から25イニングで1点も取れず今季終了” (日本語). サンスポ. 2022年1月16日閲覧。
  51. ^ トップチーム第一次候補選手発表!11月に行われる「WBSC世界野球プレミア12」へ向けて65名が名を連ねる”. 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年7月16日). 2015年8月4日閲覧。
  52. ^ 「WBSC世界野球プレミア12」侍ジャパントップチーム候補選手45名を発表”. 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年9月10日). 2015年9月20日閲覧。
  53. ^ 「WBSC プレミア12」侍ジャパントップチーム最終ロースター28名発表!!”. 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年10月9日). 2015年10月9日閲覧。
  54. ^ 3月開催の侍ジャパン強化試合、出場26選手発表!”. 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2016年2月15日). 2016年2月17日閲覧。
  55. ^ 大野雄、竜ただ1人侍に選出 先発左腕2人、エースになる”. 中日スポーツ (2019年10月2日). 2019年10月2日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年6月20日閲覧。
  56. ^ 東京五輪に挑む侍ジャパンメンバー発表!「プロ野球ニュース」解説陣が期待する選手は?”. BASEBALL KING (2021年6月17日). 2021年9月9日閲覧。
  57. ^ 侍ジャパンの流れを変える好リリーフ!大野雄大が米国打線9球斬り…サヨナラ呼ぶ【東京五輪野球】”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ (2021年8月2日). 2021年9月25日閲覧。
  58. ^ 木下雄介さんとの約束だった 金メダルを天に向けた大野雄大 返事するかのように降り出した雨【東京五輪野球】”. 中日スポーツ・東京中日スポーツ (2021年8月8日). 2021年12月22日閲覧。
  59. ^ a b 1.02 - Essence of Baseball, DELTA Inc.”. 1point02.jp. 2020年11月24日閲覧。
  60. ^ 立浪和義コラム「真っすぐの威力が大野雄大選手の復活のカギに」”. 週刊ベースボールONLINE (2019年10月21日). 2021年6月20日閲覧。
  61. ^ “ノー・ノー”大野雄が8回力尽く 自己最速152キロ計測も、8回に痛恨の押し出し”. 中日スポーツ (2019年9月23日). 2019年9月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年9月23日閲覧。
  62. ^ a b c 『野球小僧』2010年10月号、白夜書房、雑誌18801-10、160-163頁。
  63. ^ 佛教大151キロ左腕大野敗れる”. 日刊スポーツ (2009年11月19日). 2021年6月20日閲覧。
  64. ^ 虎ホレた!佛教大・大野151キロ菊池級”. 日刊スポーツ (2009年11月17日). 2021年6月20日閲覧。
  65. ^ a b ドラフト指名選手の野球人生ドキュメント『野球小僧』2010ドラフト総決算号、白夜書房、雑誌67614-98、90-95頁。
  66. ^ 中日・大野 大野奨太加入で登録名困った”. デイリースポーツ (2017年12月11日). 2021年6月20日閲覧。
  67. ^ Farm Interview『週刊ベースボール』2011年46号、ベースボール・マガジン社、雑誌20441-10/10。
  68. ^ 中日・大野が結婚 佛教大時代の同級生と「妻を幸せに」”. スポーツニッポン (2012年11月29日). 2012年11月30日閲覧。
  69. ^ 中日、大野雄大に第3子長男誕生「今回も妻が頑張ってくれました」”. 日刊スポーツ (2021年11月13日). 2021年12月15日閲覧。
  70. ^ 大野雄大投手「私、大野は大大吉を引き当てました」”. 週刊ベースボール (2016年1月22日). 2021年6月20日閲覧。
  71. ^ 中日大野雄2年ぶり勝利の秘密は禁酒とラーメン封印”. 日刊スポーツ (2019年4月23日). 2021年6月20日閲覧。
  72. ^ 中日・大野雄大ノーヒットノーランの裏に、サカナクション山口一郎あり!” (日本語). RadiChubu-ラジチューブ- (2019年9月18日). 2020年11月14日閲覧。
  73. ^ 沢村賞の中日・大野雄大が「仏教大学スポーツ栄誉賞」第1号 「来季は五輪メンバーに」” (日本語). 中日スポーツ・東京中日スポーツ (2020年12月30日). 2020年12月30日閲覧。
  74. ^ 2012年7月11日【公式戦】試合結果(阪神vs中日)”. 日本野球機構. 2021年6月20日閲覧。
  75. ^ 2013年9月26日【公式戦】試合結果(中日vs広島東洋)”. 日本野球機構. 2021年6月20日閲覧。
  76. ^ “中日大野雄大、復帰マウンドで通算1000奪三振を達成”. 日刊スポーツ. (2021年5月21日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/202105210001037.html 2021年5月21日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]