大野雄大

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大野 雄大
中日ドラゴンズ #22
20130629 Yudai Ohno, pitcher of the Chunichi Dragons, at Yokohama Stadium.JPG
2013年4月21日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府京都市伏見区
生年月日 (1988-09-26) 1988年9月26日(30歳)
身長
体重
183 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 ドラフト1位
初出場 2011年10月14日
年俸 8,000万円(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
プレミア12 2015年

大野 雄大(おおの ゆうだい、1988年9月26日 - )は、京都府京都市伏見区出身のプロ野球選手投手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

砂川小学校5年時にスポーツ少年団に入団し野球を始め、6年からは投手を務める。京都市立藤森中学校では軟式野球部に所属。2年時の練習試合で四球を連発して試合を壊してしまい、不甲斐なさや悔しさから野球を辞めようと考えていたが、チームメイトの励ましで立ち直りその後は必死に練習するようになった。大野はこの試合が投手としての第一歩になったと語っている。それまで外野手との兼任だったが投手に専念し、3年夏に京都市大会で優勝した。その頃から京都の軟式野球界では名の知れた存在となっていた[2]辻孟彦は中学と高校時代の1年後輩である。

大野は母子家庭だったこともあって公立の鳥羽高校への進学を考えていたが、三原新二郎が野球部監督を務める京都外大西高へ誘われて入学。2年春からベンチ入りし、チームは夏の甲子園に進出。決勝で対戦した駒大苫小牧田中将大の投球を見て「ああいうやつがプロになるんだな」と思ったという[2]。この大会では登板機会がなかったため悔しい思いをしていたが、秋からの新チームでは先発を任される機会が増え、3年春の選抜の初戦で東海大相模に敗れたものの甲子園初先発を果たした。3年夏も甲子園出場を目指したが京都大会準決勝で福知山成美に敗れた。

高校では監督から「ちゃらんぽらんな人間」と言われ続けていたため[2]、「野球人としても人間としても成長できる」と勧められた佛教大学に進学。1年春からベンチ入りし、秋の近畿大学戦では145km/hを記録。この頃から速球に自信を持ったという。真ん中に投げる練習を続けたことで球速が上がったと語っている。その結果四死球も減り、3年秋の京滋リーグでは44回で四死球2。単位を落としたため2年春から半年間は佛教大のルールにより練習や試合に出場できなかった[2]。秋からは先発ローテーションに定着し、1年秋から4年春まで続く16連勝の活躍で3季連続でリーグMVPとベストナインを獲得する。4年時には6月の全日本大学野球選手権大会において初戦で強豪東北福祉大学を2安打完封し、大学No.1左腕として頭角を現す。京滋リーグでは通算で24試合に登板し18勝1敗の成績を残した。全国大会における活躍で斎藤佑樹大石達也澤村拓一とともに「大学球界BIG4」と称される[2]

世界大学野球日本代表に落選した際は佛教大学・菊野義朗監督が「見たことない」というほど意気消沈し、候補合宿から帰る新幹線内で泣き通したが、その後ハーレム国際大会に参加。「こっちもジャパンのユニホームですから。キューバを倒してきますよ」と語り[3]、言葉通りキューバから2失点完投勝利を挙げ、この経験を通じて「代表から外れて良かった。この大会に出たことで目標が『メジャーリーガー』に変わりましたから。自身を支えてくれた家族や監督、選手の目の届く場でプレーして喜んでもらって、実績を積んでからメジャーに行きたい」と思うようになったという[4]

2010年8月のオープン戦で肩を痛めてからは登板できず、ドラフトで指名を回避されるかもしれないという不安感を持っていた[2]が、中日ドラゴンズから1位指名を受けて入団。背番号は憧れで目標とする藤川球児と同じ22に決定。12月には京都府警北警察署の2011年啓発ポスターのイメージキャラクターに起用されることになった。ポスターは「安全、安心にストライク」の標語と佛教大時代の投球フォーム写真を組み合わせたもので、1年間の掲示を想定された[5]。大学時代は1学年上の河野秀数と2学年下の張本優大がチームメイトだった。

中日時代[編集]

2011年の合同自主トレ・沖縄キャンプは左肩のリハビリに費やし、3月末から本格的な投球練習を開始。6月末のプロアマ交流戦で実戦デビューし満塁本塁打を打たれ、その後はファームで先発の一角となる。10月8日のファーム日本選手権で先発し5回無失点で勝利投手となり、優秀選手賞を獲得した。その後一軍昇格し、10月14日の読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)に初登板初先発し4回7失点、この試合で当時の落合博満監督は「何点取られても構わないから、自分の投球をして来い」と伝えたという。

2012年7月11日の阪神タイガース戦(甲子園)で自身2回目の先発登板し、5回1/3を7安打1失点でプロ初勝利。この年は8試合に先発して4勝3敗、CSファイナルステージで初戦に先発し勝利投手となる。「侍ジャパンマッチ2012」の日本代表入りし[6]、11月26日に大学時代の同級生と結婚[7]

2013年は先発投手として一軍に定着し、初めて規定投球回に到達・2桁勝利。11月に台湾で行われた台湾戦の日本代表に選出される[8]

2014年川上憲伸との開幕投手争いに敗れ、4月26日の東京ヤクルトスワローズ戦(神宮球場)では1回5失点で降板、試合中に名古屋へ帰るように言われ二軍落ちするなど、2度の二軍降格[9]。7月25日の巨人戦(ナゴヤドーム)では自身初の無四球完封。最終的には2年連続の2桁勝利[10]

2015年は前半戦だけで藤浪晋太郎(阪神)に並ぶリーグトップの9勝、5月には月間MVPに選出される。第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出される[11]。後半戦は2勝で、最終的に11勝10敗で若松駿太と共に2桁勝利。207.1投球回は12球団最高となる[12]。同年11月29日に谷繁元信監督がテレビ番組で来季の開幕投手に起用すると述べた[13]。11月30日の選手納会で大島洋平に代わり来季より選手会長を務めることが発表された[14]。12月8日に年俸約6300万円増の約1億800万円で一発更改した[15]

2016年3月の日本代表に選出される[16]。3月25日の阪神戦(京セラドーム)で自身初の開幕投手を務め、7回3分の2を投げ2失点で勝利投手となるが、左肘痛で4月15日に登録抹消される。6月4日に復帰し最終的に7勝10敗、規定未到達で防御率3.54。11月18日、2160万円ダウンとなる年俸8640万円で契約更改した[17]

2017年は2年連続の開幕投手に指名され、24試合登板7勝8敗防御率4.02の成績を残した。147回2/3でチーム唯一の規定投球回数到達であった。11月29日、640万円ダウンとなる年俸8000万円で契約更改した[18]

2018年は開幕ローテーション入りが出来ず、シーズン6試合先発、0勝3敗、防御率8.56に終った。11月25日、減額制限一杯の25%ダウンとなる年俸6000万円で契約更改した[19]

選手としての特徴[編集]

変則的なオーバースロー[4]から平均球速約142km/h[20]、最速151km/h[21]のキレのあるストレート、フォーク、100km/h台のカーブ[22]、縦横に曲がる二種類のスライダー、縦に大きく変化するツーシームを投げ分ける[4]。アマチュア時代には上半身の強い投球フォームには故障を心配する声もあったが、本人はフォームを変えるつもりはないと語っている[23][22]

人物[編集]

祖父の影響を受け、子供の頃から阪神ファンだった[24]。そのため大学時代は自身の携帯電話にトラッキーストラップをつけていたが、ドラフトで中日に指名されて以降は外した[25]

目標とする選手には前述の藤川とチェン・ウェインを挙げている[4][25]

メンタル面の成長のきっかけとなったのは、上原浩治のメジャー初登板後の「自分の夢を実現し、最高の場所に行けて楽しいだけ」というコメントを聞いたことだという[22]

「一番であること」を目標としている。プロで活躍している同世代の田中将大坂本勇人を尊敬する一方で、自身と同じく大学生だった斎藤佑樹には強烈なライバル意識を持っている。京滋リーグで優勝しても全国大会では負け続ける佛教大にいることが対抗意識につながり、それが自身の能力を伸ばした原動力であると語る。またその対抗意識の強さは、世界大学野球の代表から漏れて落ち込んだことにもつながっている[2]

ボールは左手で投げ、食事も字を書くときも左手で矯正していないが、ダーツは右手で投げる[26]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2011 中日 1 1 0 0 0 0 1 0 0 .000 22 4.0 9 2 1 0 0 2 1 0 7 6 13.50 2.50
2012 9 8 0 0 0 4 3 0 1 .571 188 44.2 40 1 14 1 3 41 3 0 15 13 2.62 1.21
2013 25 25 1 0 1 10 10 0 0 .500 624 146.1 151 12 43 1 5 117 3 0 65 62 3.81 1.33
2014 25 25 3 1 1 10 8 0 0 .556 682 165.0 156 14 47 0 6 119 3 0 60 53 2.89 1.23
2015 28 27 6 3 1 11 10 0 1 .524 826 207.1 169 12 47 1 3 154 1 0 67 58 2.52 1.04
2016 19 19 3 1 1 7 10 0 0 .412 547 129.2 126 11 37 0 2 85 0 0 59 51 3.54 1.26
2017 24 22 2 1 0 7 8 0 0 .467 629 147.2 143 17 51 0 6 117 0 0 71 66 4.02 1.31
2018 6 6 0 0 0 0 3 0 0 .000 130 27.1 32 7 19 0 0 21 1 0 27 26 8.56 1.87
NPB:8年 137 133 15 6 4 49 53 0 2 .480 3648 872.0 826 76 259 3 25 656 12 0 371 335 3.46 1.24
  • 2018年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

  • 月間MVP:1回 (投手部門:2015年5月)

記録[編集]

投手記録
  • 初登板・初先発登板:2011年10月14日、対読売ジャイアンツ22回戦(東京ドーム)、4回7失点で敗戦投手
  • 初奪三振:同上、2回裏に坂本勇人から空振り三振
  • 初勝利・初先発勝利:2012年7月11日、対阪神タイガース11回戦(阪神甲子園球場)、5回1/3を1失点[27]
  • 初ホールド:2012年10月3日、対阪神タイガース24回戦(ナゴヤドーム)、7回裏無死に3番手で救援登板、2回を無失点
  • 初完投・初完投勝利:2013年9月26日、対広島東洋カープ23回戦(ナゴヤドーム)、9回1失点8奪三振[28]
  • 初完封勝利:2014年7月25日、対読売ジャイアンツ13回戦(ナゴヤドーム)、9回7奪三振、5被安打、無四死球
打撃記録
  • 初打席・初安打:2011年10月14日、対読売ジャイアンツ22回戦(東京ドーム)、3回表に澤村拓一から遊撃内野安打
NPBその他の記録

背番号[編集]

  • 22 (2011年 - )

登場曲[編集]

  • ultra soulB`z(2013年 - 2014年、2017年 - )
  • 「ロッカールーム Go Hard or Go Home」AK-69(2015年 - 2016年)

代表歴[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 中日 - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2018年6月14日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 節丸裕一 『最強世代1988 田中将大、斎藤佑樹、坂本勇人、前田健太・・・・・・11人の告白』 講談社、2011年ISBN 978-4-0629-5066-4
  3. ^ 大野雄が13回18奪三振!京滋が決勝進出…関西オールスター5リーグ対抗戦”. 2010年9月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2010年10月31日閲覧。 - スポーツ報知(2010年6月26日)
  4. ^ a b c d 『アマチュア野球 vol.29』 日刊スポーツ出版社、2010年、15-17頁。ISBN 978-4-8172-5498-6
  5. ^ 中日大野が警察のポスター&イメキャラ - 日刊スポーツ(2010年12月2日)
  6. ^ 侍ジャパンマッチ2012 日本代表メンバー[リンク切れ] NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧。日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  7. ^ 中日・大野が結婚 佛教大時代の同級生と「妻を幸せに」”. スポーツニッポン (2012年11月29日). 2012年11月30日閲覧。
  8. ^ 2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ トップチーム 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト 2015年3月30日閲覧
  9. ^ 中日大野1回KO試合中名古屋に強制送還日刊スポーツ 2014年4月27日。中日大野5回5失点KO 今季2度目降格日刊スポーツ 2014年6月5日
  10. ^ 個人年度別成績 大野雄大 - 日本野球機構オフィシャルサイト(2014年10月31日閲覧)
  11. ^ トップチーム第一次候補選手発表!11月に行われる「WBSC世界野球プレミア12」へ向けて65名が名を連ねる 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年7月16日) 2015年8月4日閲覧。「WBSC世界野球プレミア12」侍ジャパントップチーム候補選手45名を発表 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年9月10日) 2015年9月20日閲覧。「WBSC プレミア12」侍ジャパントップチーム最終ロースター28名発表!! 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年10月9日) 2015年10月9日閲覧
  12. ^ 中日大野が1億円突破で一発更改 最多投球回を評価 - 日刊スポーツ(2015年12月8日18時11分)
  13. ^ これは12球団で最速となる。来季開幕投手は大野!12球団最速指名 谷繁監督がテレビで公表 - スポーツニッポン(2015年11月30日6時19分配信)
  14. ^ 中日大野が新選手会長「明るく、強いチームを作る」 - 日刊スポーツ(2015年11月30日19時29分)
  15. ^ 中日・大野 6300万円増で大台!3年連続2桁、最多投球回評価 - スポーツニッポン(2015年12月8日 16:00)
  16. ^ 3月開催の侍ジャパン強化試合、出場26選手発表! 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2016年2月15日) 2016年2月17日閲覧
  17. ^ [1]
  18. ^ [2]
  19. ^ [3]
  20. ^ 1.02 - Essence of Baseball | DELTA Inc.
  21. ^ 注目選手:大野雄大”. 2013年5月28日閲覧。 - スピーツナビ
  22. ^ a b c 『野球小僧』2010年10月号、白夜書房、雑誌18801-10、160-163頁。
  23. ^ 佛教大151キロ左腕大野敗れる - 日刊スポーツ(2009年11月19日)
  24. ^ 虎ホレた!佛教大・大野151キロ菊池級 - 日刊スポーツ(2009年11月17日)
  25. ^ a b ドラフト指名選手の野球人生ドキュメント『野球小僧』2010ドラフト総決算号、白夜書房、雑誌67614-98、90-95頁。
  26. ^ Farm Interview『週刊ベースボール』2011年46号、ベースボール・マガジン社、雑誌20441-10/10。
  27. ^ 2012年7月11日【公式戦】試合結果(阪神vs中日) 日本野球機構オフィシャルサイト
  28. ^ 2013年9月26日【公式戦】試合結果(中日vs広島東洋) 日本野球機構オフィシャルサイト

関連項目[編集]

外部リンク[編集]