野球中華民国代表
| 野球中華民国代表/野球台湾代表/野球中華台北代表/野球チャイニーズタイペイ代表 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 中華民國棒球代表隊/台灣成棒隊/中華成棒隊 |
| 日本語慣用読み: | やきゅうちゅうかみんこくだいひょう/やきゅうたいわんだいひょう/やきゅうちゅうかタイペイいひょう/やきゅうチャイニーズタイペイいひょう |
| 英文: | Taiwan Baseball Team/Chinese Taipei Baseball Team |
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|---|---|---|---|---|
| 国または地域 |
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| 協会 |
中華職業棒球大聯盟 アマチュア:中華民国棒球協会 | |||
| 監督 |
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| WBSCランキング | 2位 (2025年12月31日現在) | |||
| オリンピック | ||||
| 出場回数 | 3回 (初出場は1992年) | |||
| 最高成績 |
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| ワールド・ベースボール・クラシック (WBC) | ||||
| 出場回数 | 6回 (初出場は2006年) | |||
| 最高成績 | ベスト8 (2013年) | |||
| WBSCプレミア12 | ||||
| 出場回数 | 3回 (初出場は2015年) | |||
| 最高成績 |
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| ワールドカップ | ||||
| 出場回数 | 17回 (初出場は1972年) | |||
| 最高成績 |
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| インターコンチネンタルカップ | ||||
| 出場回数 | 12回 (初出場は1973年) | |||
| 最高成績 |
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| アジア競技大会野球競技 | ||||
| 出場回数 | 7回 (初出場は1994年) | |||
| 最高成績 |
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| アジア野球選手権大会 | ||||
| 出場回数 | 29回 (初出場は1954年) | |||
| 最高成績 |
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野球中華民国代表(やきゅうちゅうかみんこくだいひょう)は、中華民国(台湾)の野球のナショナルチームである。
国際大会においては両岸関係などの政治的な事情により、「中華民国」や「台湾」の名称を公式に使用することが制限されているため、主にチャイニーズタイペイ(英: Chinese Taipei、繁体字: 中華臺北)の名義で出場する。また、国旗(青天白日満地紅旗)の掲揚や国歌(中華民国国歌)の演奏も原則として認められていないため、代わりに梅花旗(中華オリンピック委員会旗)および国旗歌が使用される。
台湾国内において野球は「國球(国技)」と称されるほど絶大な人気を誇り、世界野球ソフトボール連盟(WBSC)の世界ランキングでも常に上位を維持する世界の強豪国の一つである。これまでアジア野球選手権大会やアジア競技大会で複数回の優勝を誇るほか、オリンピックでは正式競技となった1992年バルセロナ大会で銀メダルを獲得している。さらに、2024年の第3回WBSCプレミア12では決勝で日本代表を破り、プロ選手主体のトップチームとしては主要な世界大会で悲願の初優勝を飾った。


歴史・沿革
[編集]1984年ロサンゼルスオリンピック
[編集]1984年のロサンゼルスオリンピックにおいて、野球は公開競技として実施され、中華民国代表は初めて「チャイニーズタイペイ」名義でオリンピックに出場した。予選リーグ(白組)ではアメリカ合衆国、イタリア、ドミニカ共和国と同組になり、2勝1敗の成績でグループ2位として準決勝へ進出した[1]。準決勝では日本代表と対戦し、後に西武ライオンズなどで活躍する郭泰源が先発したものの、延長10回の接戦の末に1-2でサヨナラ負けを喫した。しかし、続く3位決定戦では韓国代表を相手に延長14回までもつれこむ死闘を演じ、3-0で破って見事銅メダルを獲得した[2]。
1992年バルセロナオリンピック
[編集]1992年には、初めて正式競技として採用されたバルセロナオリンピックに出場し、銀メダルを獲得した。李来発監督に率いられた同代表は、準決勝でエースの郭李建夫が日本打線を5安打に抑え込む好投を見せ、日本代表を5-2で下して決勝に進出[3]。決勝では圧倒的な実力を誇るキューバに1-11で大敗したものの、同代表にとってオリンピックの野球競技史上における最高成績となる準優勝(銀メダル)に輝いた[4]。
2001年の第31回IBAFワールドカップは、自国開催だった。この大会では、日本を下し3位になっている。
2004年アテネオリンピック
[編集]2004年のアテネオリンピックでは徐生明が監督を務めた[5]。予選リーグでは、オーストラリア、ギリシャ、オランダに勝利したものの、カナダ、キューバ、イタリアに敗北を喫した[6]。特に8月21日の日本代表(長嶋ジャパン)との試合では、先発の王建民が好投し、3回表には陳金鋒が上原浩治から先制の3点本塁打を放つなど試合を優位に進めた。しかし、7回裏に高橋由伸の本塁打などで同点に追いつかれると、延長10回の末に3-4でサヨナラ負けを喫した。最終的に予選リーグを3勝4敗の5位で終え、上位4カ国による決勝トーナメント(メダルラウンド)への進出は果たせなかった[6]。
2006年ワールド・ベースボール・クラシック
[編集]2006年の第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)において、中華民国代表は林華韋が監督を務めた[7]。大会前のロースター編成では、王建民や陳金鋒といった当時の中心選手が所属球団の事情や怪我などで不参加となり、戦力的な不安を抱えることとなった。
3月3日に行われた1次ラウンドA組(東京ドーム)の初戦で韓国代表と対戦したが、打線が振るわず0-2で完封負けを喫した[8]。続く3月4日の第2戦・日本代表戦では、投手陣が打ち込まれて3-14の7回コールド負けとなり、この時点で2次ラウンド進出の可能性が消滅した[9]。
しかし、翌3月5日の中国代表戦では、陳鏞基が満塁本塁打を含む1試合4長打の活躍を見せ、12-3で勝利を収めた。この試合のヒーローインタビューで、陳鏞基が「(チャイニーズタイペイではなく)台湾の代表としてここに来られて嬉しい」と発言したことは、台湾の多くの野球ファンの間で現在も語り継がれる名場面となっている[10]。最終的に、チャイニーズタイペイ代表は1勝2敗のA組3位で大会を終えた。
2007年の第24回アジア野球選手権大会では韓国、日本に敗れて3位となったが、世界最終予選に進出した。
2008年北京オリンピック
[編集]2008年の北京オリンピックでは洪一中が監督を務め、陳金鋒や彭政閔ら台湾プロ野球(CPBL)の主力選手を中心に、陳偉殷(中日)などの海外組も交えたチームで大会に臨んだ[11]。予選リーグではオランダとカナダから勝利を挙げたものの、通算2勝5敗で8カ国中5位に終わり、前回のアテネ大会に続いて決勝トーナメント進出を逃した[11]。特に8月15日の中国代表戦では、同大会から導入された延長11回以降のタイブレーク方式にもつれ込む激闘となったが、延長12回の末に7-8でサヨナラ負けを喫した[11]。オリンピックなどのトップレベルの国際大会において中華民国代表が中国代表に敗れるのは史上初めてのことであり、この歴史的敗戦は台湾国内に大きなショックを与えた。
2009年ワールド・ベースボール・クラシック
[編集]2009年の第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)において、中華民国代表はチーム編成の段階から困難に直面した。中華職業棒球大聯盟(CPBL)と中華民国野球協会(CTBA)の対立により、統一ライオンズと兄弟エレファンツの2球団しか代表への選手派遣に協力せず、他2球団の主力選手計9名が参加を辞退した[12]。その結果、葉志仙監督は海外の若手選手やアマチュア選手を大量に選出せざるを得ず、代表チームの平均年齢はわずか25歳となり、臨機応変さや安定性に懸念を抱えたまま大会を迎えることとなった[12]。
1次ラウンド初戦で韓国代表に0-9で敗北した台湾は、続く敗者復活戦で中国代表と対戦した[12]。この試合では先発の林岳平が初回に先制を許し、5回にリリーフの増菘瑋も打ち込まれてリードを広げられた。打線も中国代表の先発・呂建剛の前に6回の1得点のみに抑え込まれ、最終的に1-4で敗退した[12]。前年の2008年北京オリンピックに続き、国際大会で中国代表に連敗を喫したことは台湾球界を激しく揺るがし、国内で大規模な改革を求める声が高まった[12]。
さらに、同時期にプロ野球界で発生した八百長事件(放水事件)による深刻な危機も重なり、当時の馬英九総統の主導のもと、国家プロジェクトとして「振興野球総計画(振興棒球總計畫)」が立ち上げられた[13]。行政院レベルで20億台湾元以上の予算が投じられて基層野球の育成など環境の再建が進められ、これが結果として2013年の第3回WBCにおけるベスト8進出へと繋がることとなった[13]。
2012年3月に、東京ドームで日本代表と「東日本大震災復興支援ベースボールマッチ」という特別試合を行った。11月10日に、キューバ代表とサンダーシリーズという国際試合を行った[14]。
2012年ワールド・ベースボール・クラシック予選
[編集]2013年の第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に向けて、中華民国代表は2012年11月に新北市(新荘野球場)で行われた予選からの参加を余儀なくされた。予選からのスタートとなった最大の理由は、2009年の第2回WBCにおいて24時間以内に韓国と中国に連敗し、グループ最下位で敗退した「東京の惨劇(東京惨案)」にあった[15]。2010年前後の台湾野球界は、2008年の北京オリンピックでの中国戦敗北、2009年のWBC敗退と同年のプロ野球八百長事件、さらには2012年シーズン終了後に興農ブルズが身売りを発表するなど、深刻な低迷期にあった[15]。そのため、国民の野球に対する情熱を再燃させる上で、この予選を突破して翌年の本大会へ進出することは極めて重要な意味を持っていた[15]。
代表メンバーには、2012年のCPBL年度MVPを獲得した周思齊をはじめとする国内リーグのスター選手や、陽耀勳、王躍霖、鄭凱文などの海外リーグ所属選手が選出された[15]。さらに、同年の世界青棒選手権大会で活躍した18歳の高校生投手である曾仁和も、代表チームで唯一プロ経験がない選手として抜擢された[15]。11月15日の初戦・ニュージーランド戦では王躍霖が先発して好投し、5回に一挙8得点を奪う猛攻を見せ、10-0の7回コールドゲームで勝利を収めた[15]。続く第2戦のフィリピン戦でも林煜清が先発を務め、5回と7回に大量得点を挙げて16-0の7回コールドで大勝した[15]。最終戦となったニュージーランドとの再戦では、先発の陽耀勳が4回無失点の好投を見せ、4回裏の6得点などで9-0と完封勝利を飾った[15]。予選を全勝で突破した代表チームは、試合後にグラウンドで「2013中華隊 臺中洲際球場見(2013年チャイニーズタイペイ 台中インターコンチネンタル野球場で会おう)」と書かれた横断幕を掲げ、見事に本大会への切符を手にした[15]。
2013年ワールド・ベースボール・クラシック
[編集]2009年大会での惨敗という雪辱を期して予選から勝ち上がった中華民国代表は、王建民、郭泓志、陽岱鋼らの海外組の合流もあり、東京ドームで開催された2次ラウンドへと進出した[16]。2次ラウンドの初戦では、日本プロ野球(NPB)のオールスターメンバーで構成された日本代表と対戦することとなり、この一戦はのちに中華民国代表の歴代WBCにおいて最も忘れられない「球史に残る死闘」と称されている[16]。
試合前、両国のメディアはメジャーリーグでの実績を持つ王建民の投球、特に彼の代名詞であるシンカーに警戒を寄せていた[16]。先発登板した王建民はその期待に応え、球数制限の中で6回無失点という完璧に近い投球を披露し、日本代表の監督から「王建民は本当に強すぎた」と感嘆されるほどの快投を見せた[16]。王建民の好投により一時2-0とリードを奪った台湾は、その後9回表を迎える時点でも3-2と優位に立っており、WBCベスト4進出まであと一歩のところまで迫っていた[16]。しかし9回表2死の場面で、日本の鳥谷敬に大胆な盗塁を決められ、続く井端弘和に同点となる適時打を浴びて延長戦にもつれ込んだ[16]。最終的に台湾代表は延長戦の末に1点差で惜敗した[16]。
この試合は敗れはしたものの、日本の野球界やメディアに深い印象を残しており、日本の過去4大会における「最大の危機」であり、「日本WBC史上最も苦しい戦いの一つ」と評価されている[16]。なお、日本のテレビ局が後年、複数の日本代表選手を対象に行った「WBCの最も名場面」を問うアンケートでは、この試合の9回表に井端弘和が放った同点打が第2位(1位は2009年の鈴木一朗の決勝打)に選ばれており、日本選手にとっても極めて重みのある試合であったことがうかがえる[16]。
11月に日本と「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」という特別試合が行われた。
2015年に始まった野球の国際大会の2015 WBSCプレミア12では、自国で開催されたがグループリーグで敗退し、決勝トーナメントに進めなかった。
2016年10月から11月にかけて第1回WBSC U-23ワールドカップに出場[17]。
2017年ワールド・ベースボール・クラシック
[編集]2017年の第4回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)において、中華民国代表は2009年大会と同様に代表選手の招集難に見舞われた[18]。特に投手陣においてメジャーリーグ(MLB)レベルの戦力を欠いたことが、チームにとって大きな痛手となった[18]。初戦のイスラエル代表戦では、先発の郭俊麟がわずか0.2回で6安打4四球を与えて4失点し降板するなど投手陣が崩壊し、7-15で敗北した。この試合で許した15失点は、台湾代表のWBCチーム史上最多失点記録となった[18]。続く第2戦のオランダ代表戦では、8回に江少慶とリリーフの倪福德が打ち込まれて同点に追いつかれた。さらに9回裏、抑えの陳鴻文が2安打と死球で満塁のピンチを招き、最後はジュリクソン・プロファーにサヨナラ四球を与え、5-6で敗北した[18]。このサヨナラ負けにより中華民国代表の早期敗退が確定し、最終的に2009年大会と同じく1次ラウンド全敗という結果に終わった[18]。
2023年ワールド・ベースボール・クラシック
[編集]新型コロナウイルス感染症の世界的流行により2021年から延期され、2023年に開催された第5回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)において、チャイニーズタイペイ代表は10年ぶりに台湾で開催された1次ラウンド・プールAにホスト国として出場した[19]。前回大会(第4回)では韓国の高尺スカイドームで3連敗を喫しグループ最下位となっていたが、今大会から本戦出場枠が20カ国に拡大された恩恵を受け、予選免除での本戦スタートとなった[19]。
代表チームは、海外リーグで活躍する張育成や呉念庭を中心に、台湾プロ野球(CPBL)のスター選手らを加えた陣容で編成された[19]。初戦のパナマ戦では投手陣が崩れて5-12で大敗を喫したものの、続く第2戦のイタリア戦では、張育成の同点2ラン本塁打や吉力吉撈・鞏冠の逆転3ラン本塁打などの空中戦を制し、11-7で大会初勝利を挙げた[19]。勢いに乗った第3戦のオランダ戦では、呉哲源が4回1/3を無失点に抑える好リリーフを見せ、打線も張育成の満塁本塁打などで9-5で勝利し、連勝を飾った[19]。
しかし、1次ラウンド最終戦のキューバ戦では序盤から大量失点を許し、9回に張育成の適時二塁打で1点を返すにとどまり1-7で敗戦した[19]。この結果、プールAは全5チームが「2勝2敗」で並ぶ大混戦となったが、大会規定による失点率の差でチャイニーズタイペイはグループ最下位となった。これにより2次ラウンド進出を逃しただけでなく、次回大会は再び予選から出場することとなった[19]。
チームは1次ラウンド敗退に終わったものの、当初は代表辞退の意向を示して一部から批判を浴びていた張育成が、メジャーリーガーとしての圧倒的な実力を見せつけ、出塁時に見せた「敬礼」のパフォーマンスは台湾国内で社会現象(「部長」旋風)を巻き起こした[19]。
2024年WBSCプレミア12
[編集]2024年11月に開催された第3回WBSCプレミア12に出場。曾豪駒監督が率いる同代表は、自国で行われたグループB(オープニングラウンド)を4勝1敗で突破し、東京ドームでのスーパーラウンドへ進出。同ラウンドでは1勝2敗となったものの、得失点差などの大会規定により2位となり、同大会初の決勝進出を果たした。11月24日の決勝戦では、それまで国際大会27連勝中であった日本代表(侍ジャパン)と対戦。主将を務める陳傑憲の3ラン本塁打などでリードを奪うと、投手陣も日本の打線を無失点に抑え込み、4-0で完封勝利を収めた。これにより、台湾野球史上初となる主要国際大会(トップチーム)での初優勝という歴史的快挙を成し遂げた[20]。同大会では、優勝を牽引した陳傑憲が大会最優秀選手(MVP)に選出されている。ちなみに大会期間中には、突如予告されていた先発投手の変更を強行し、大会主催者のWBSCから罰金を課されている[21]。
2025年ワールド・ベースボール・クラシック予選
[編集]2025年2月には、地元・台湾の台北ドームで開催された第6回WBC予選に出場した[22]。予選ではニカラグア、スペイン、南アフリカと同組になり、総当たり戦による予選リーグを戦った。その後、本戦出場枠をかけたプレーオフを制し、2026年のWBC本戦への出場権を獲得した[23]。予選期間中には、電子機器を不適切に使用したとして、主催者のMLBから罰金を課された[24]。
2026年ワールド・ベースボール・クラシック
[編集]チームの監督は曾豪駒が務め、主将には2024 WBSCプレミア12でMVPとなった陳傑憲が任命された。台北で開催された予選をニカラグアに次ぐ2位で通過し、本大会への出場権を獲得した[25]。
2026年2月6日に発表された30名のロースターには、前回大会(2023年)でプールAのMVPを獲得した張育成をはじめ、メジャーリーグベースボール(MLB)傘下でプレーする鄭宗哲やスチュアート・フェアチャイルドらが名を連ねた。また、日本プロ野球(NPB)所属選手からは、古林睿煬(北海道日本ハムファイターズ)、徐若熙(福岡ソフトバンクホークス)などが選出された[26]。
本大会の1次ラウンドでは、日本の東京ドームで開催されるプールCに組み分けられ、日本、オーストラリア、韓国、チェコと対戦した[27]。
3月5日の初戦でオーストラリアに0-3で惜敗し、翌6日の日本戦でも大谷翔平に満塁本塁打を浴びるなどして0-13の7回コールド負けを喫した[28]。
しかし、3月7日のチェコ戦ではスチュアート・フェアチャイルドの満塁本塁打や張育成の活躍などにより14-0で7回コールド勝ちを収め、待望の今大会初勝利を挙げた[29]。続く3月8日の韓国戦では、延長10回のタイブレークの末に主将の陳傑憲が決勝のホームを踏み、5-4で劇的な勝利を収め、WBCの舞台において史上初となる対韓国戦での白星を挙げた[30]。
最終的にチャイニーズタイペイは韓国、オーストラリアと勝敗数で並んだものの、当該チーム間の失点率(失点数を守備アウト数で割った数値)の差で韓国にわずかに及ばず、1次ラウンド敗退となり決勝トーナメント進出を逃した[31]。
国際大会
[編集]ワールド・ベースボール・クラシック
[編集]| 回 | 年 | 開催地 | 順位 |
|---|---|---|---|
| 1 | 2006 | 1次ラウンド敗退 | |
| 2 | 2009 | 1次ラウンド敗退 | |
| 3 | 2013 | 2次ラウンド敗退 | |
| 4 | 2017 | 1次ラウンド敗退 | |
| 5 | 2023 | 1次ラウンド敗退 | |
| 6 | 2026 | 1次ラウンド敗退 |
オリンピック
[編集]| 回 | 年 | 開催地 | 順位 |
|---|---|---|---|
| 25 | 1992 | ||
| 26 | 1996 | 予選敗退 | |
| 27 | 2000 | 予選敗退 | |
| 28 | 2004 | 5位 | |
| 29 | 2008 | 5位 | |
| 32 | 2020 | 予選敗退 |
WBSCプレミア12
[編集]| 回 | 年 | 開催地 | 順位 |
|---|---|---|---|
| 1 | 2015 | 9位 | |
| 2 | 2019 | 5位 | |
| 3 | 2024 |
ワールドカップ
[編集]インターコンチネンタルカップ
[編集]イタリアンベースボールウィーク
[編集]アジア プロ野球チャンピオンシップ
[編集]歴代監督
[編集]- 張朝貴(1954年・1955年・1959年 アジア野球選手権大会)
- 方水泉(1963年・1965年 アジア野球選手権大会、1988年 港都杯国際野球招待試合-中華白隊)
- 呉祥木(1983年 アジア野球選手権大会、1983年 インターコンチネンタル杯、1984年 ロサンゼルス五輪、1984年 ワールドカップ、1985年 アジア野球選手権大会)
- 林家祥(1977年 インターコンチネンタル杯、1982年 ワールドカップ、1985年 インターコンチネンタル杯、1987年 アジア野球選手権大会、1987年 インターコンチネンタル杯、1987年 国際野球招待試合、1988年 ワールドカップ、1988年 ソウル五輪)
- 曾紀恩(1986年 ワールドカップ、1988年 港都杯国際野球招待試合-中華藍隊、1988年 会長杯)
- 李来発(1989年 インターコンチネンタル杯、1989年 会長杯、1990年 アジア競技大会、1990年 ワールドカップ、1990年 会長杯、1991年 アジア野球選手権大会、1992年 バルセロナ五輪)
- 林華韋(1991年 会長杯、1999年 アジア野球選手権大会、2001年 アジア野球選手権大会、2001年 ワールドカップ、2001年 ハーレムベースボールウィーク、2006年 WBC)
- 高英傑(1997年 アジア野球選手権大会、1998年 ワールドカップ、1998年 アジア競技大会)
- 楊賢銘(2002年 アジア競技大会)
- 徐生明(2003年 アジア野球選手権大会、2004年 アテネ五輪)
- 葉志仙(2005年 アジア野球選手権大会、2005年 ワールドカップ、2006年 インターコンチネンタル杯、2006年 アジア競技大会、2009年 WBC、2010年 インターコンチネンタル杯、2010年 アジア競技大会)
- 洪一中(2008年 北京オリンピック野球世界最終予選、2008年 北京五輪、2017年 APBC、2019年 プレミア12)
- 陳威成(2011年 ワールドカップ)
- 謝長亨(2012年 アジア野球選手権大会、2013年 WBC予選、2013年 WBC)
- 呂明賜(2013年 東アジア競技大会、2014年 アジア競技大会)
- 郭泰源(2007年 ワールドカップ、2007年 アジア野球選手権大会、2015年 プレミア12、2017年 WBC)
- 郭李建夫(2014年 21Uワールドカップ、2015年 夏季ユニバーシアード、2016年 U-23ワールドカップ、2017年 夏季ユニバーシアード、2023年 アジア野球選手権大会、2024年 U-23ワールドカップ)
- 許順益(2018年 アジア競技大会)
- 李盈南(2019年 アジア野球選手権大会)
- 呉思賢(2021年 U-23ワールドカップ、2022年 アジア競技大会)
- 謝承勳(2022年 U-23ワールドカップ)
- 林岳平(2023年 WBC)
- 陳金鋒(2023年 APBC)
- 曾豪駒(2024年 プレミア12、2026年 WBC予選、2026年 WBC)
- 湯登凱(2025年 アジア野球選手権大会)
歴代代表選手
[編集]オリンピック
[編集]WBC
[編集]プレミア12
[編集]アジアプロ野球チャンピオンシップ
[編集]その他
[編集]応援スタイル(台式應援)
[編集]台湾代表が国内で試合を行う際、「台式應援(台湾式応援)」と呼ばれる独自の熱狂的な応援スタイルが展開され、台湾野球を象徴する文化として国際的にも高い注目を集めている[32]。内野席の前に特設ステージが設けられ、マイクを持った応援団長(應援團長)が観客を先導し、電子音楽(EDM)やブラスバンド、ドラムセットを用いた大音量の演奏に合わせて全観客が一体となって声援を送るのが特徴である[33]。
特に際立つ要素として、台湾国内のプロ野球(CPBL)各球団の専属チアリーダーから人気メンバーを選抜し、国際大会に向けた代表限定のチアリーダーユニットが結成される点が挙げられる。例えば、台中インターコンチネンタル野球場で開催された2023年の第5回ワールド・ベースボール・クラシックでは「經典女孩(Classic Girls)」が、2024年の第3回WBSCプレミア12では「CT AMAZE」が結成され、球場のボルテージを最高潮に引き上げた[34]。
息つく間もなく続くこの応援スタイルは、海外メディアから「地震レベル」と形容されるほどであり、対戦国に多大な心理的プレッシャーを与える強力なホームアドバンテージとして機能している[35]。
主な開催球場
[編集]中華民国代表がホスト国として国際大会を開催する際、長らく主に使用されてきたのは台中市にある台中インターコンチネンタル野球場であった[36]。同球場は2013年や2023年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)、2015年および2019年のWBSCプレミア12など、数多くの主要国際大会で舞台となり、中華民国代表の事実上の本拠地として機能してきた。
しかし、2023年末に台湾初となる大型屋内球場「台北ドーム(臺北大巨蛋)」が開場したことで、代表チームの試合開催環境は歴史的な転換点を迎えた[37]。台北ドームはこけら落としとなった2023年のアジア野球選手権大会を皮切りに、2024年の第3回WBSCプレミア12(オープニングラウンド)でも台湾代表のメインスタジアムとして使用された[38]。約4万人を収容できる全天候型のドーム球場の誕生は、雨天の多い台湾において天候に左右されない安定した大会運営を可能にし、連日超満員の観客を動員するなど、台湾代表にとって心強い新たな本拠地となっている。
脚注
[編集]- ↑ 1984 Olympics - BR Bullpen 2026年2月25日閲覧。
- ↑ 1984 Olympic Baseball at Dodger Stadium - SABR 2026年2月25日閲覧。
- ↑ 【プレイバック】1992年バルセロナ五輪で野球は正式種目に。日本代表はアメリカに勝利して銅メダルを獲得 - 国際オリンピック委員会
- ↑ 元南海・李来発氏が死去 バルセロナ五輪台湾代表監督 - フォーカス台湾(2024年10月18日)
- ↑ 與徐生明如親兄弟楊清瓏回憶雅典奧運3袋救命血 | 運動 中央社 (2021年10月16日). 2026年2月25日閲覧。
- 1 2 Athens 2004 baseball men Results Olympic.com. 2026年2月25日閲覧。
- ↑ 2006年第一屆世界棒球經典賽 台灣棒球維基館(繁体字中国語)、2026年2月25日閲覧。
- ↑ 經典賽回顧》經典賽天字第一戰!中華隊慘遭韓國完封 Yahoo運動(繁体字中国語)、2026年2月18日。
- ↑ 1次ラウンドA組 試合結果 2006 WORLD BASEBALL CLASSIC 日本野球機構(NPB)公式サイト。
- ↑ WBC回顧/陳鏞基滿貫砲轟中國 受訪高喊「台灣隊」 ETtoday運動雲(繁体字中国語)、2017年2月22日。
- 1 2 3 2008 Olympics - BR Bullpen Baseball-Reference.com. 2026年2月25日閲覧。
- 1 2 3 4 5 “經典賽回顧》台灣球迷錐心之痛!2009年經典賽又輸給中國”. Yahoo運動. 2026年2月25日閲覧。
- 1 2 “強棒計畫喊出世界排名前3 4年18億未達標”. ETtoday運動雲 (2018年2月24日). 2026年2月25日閲覧。
- ↑ Cuba arrives for Thunder Series in Taichung and Taoyuan IBAF公式サイト 英語 (2012年11月7日) 2015年4月17日閲覧
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 經典賽資格賽回顧》2012年中華隊力退紐西蘭、菲律賓重返正賽為台灣棒球打入一劑強心針 Yahoo奇摩運動
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 經典賽回顧》讓日本球界都讚嘆的2013年台灣、日本對決-日本監督:「王建民實在太強了!」 Yahoo運動(繁体字中国語)、2026年2月19日。
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