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2006 ワールド・ベースボール・クラシック

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ワールド・ベースボール・クラシック > 2006 ワールド・ベースボール・クラシック
 2006 WBC優勝国 

日本
初優勝
2006 ワールド・ベースボール・クラシック
概要
開催国・地域 日本の旗 日本
プエルトリコの旗 プエルトリコ
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国    
本選日程 2006年3月3日 - 3月20日
本選出場 16チーム
結果
優勝
 日本 (初)
準優勝
 キューバ
統計
試合数 39試合
総入場者数 737,112人 (試合平均18,900人)
最高入場試合 3月12日 2次ラウンド
メキシコの旗大韓民国の旗 42,979人
大会本塁打 70本
大会MVP 日本の旗 松坂大輔
ワールド・ベースボール・クラシック
2009 > 
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第1回大会参加国と順位

2006 ワールド・ベースボール・クラシック英語: 2006 World Baseball Classic)は、野球の世界一決定戦[1][2][3]ワールド・ベースボール・クラシック(以下、WBC)の第1回大会で、2006年3月3日から3月20日の間に行われた。日本代表が優勝し、初代王者となった。

大会概要

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主催
  • ワールド・ベースボール・クラシック・インク(WBCI)
日程
開催国・地域
出場国・地域
  • 16か国・地域
試合数
  • 39試合
大会収支
  • 2006年5月12日に、ニューヨークで開かれた運営委員会において、大会収支が黒字であることが報告された。

大会ルール

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  • 第1回大会の正式な開催要項は2005年オールスターゲームの前日に発表された。
  • 16の参加国・地域を4チームずつ4組に分け、それぞれの地域で1次ラウンドを戦う。さらに各組の上位2チーム、合計8チームが4チームずつの2つの組に分かれてアメリカ合衆国で2次ラウンドを戦い、それぞれの組の上位2チームが決勝トーナメントに進出。その4チームで準決勝、決勝を行い優勝を決める。
  • 投手に関しては、投球数制限などが設けられている。第1回大会では、投球数は1次ラウンドが65球、2次ラウンドが80球、準決勝と決勝は95球に制限。投球中に制限数を迎えた投手は、その後の投球数に関係なく、その対戦打者が打席を終えるまで投球が認められる。
  • 登板間隔は、50球以上投げた場合は中4日とする。30球以上50球未満の場合と30球未満でも連投した場合には中1日が義務付けられる。
  • 2次ラウンドまではコールドゲーム規定(5・6回15点差以上、7・8回10点差以上)とする。
  • 第1回大会においては、1次・2次ラウンドの試合は、延長戦は14回までとし、引き分け時の再試合は行わず、その場合は勝率を0.5勝と見なして計算する。1次・2次ラウンドの各総当たり戦でチームの勝率が並んだ場合の順位は以下の優先順位で決定される[4]
  1. 直接対決に勝ったチーム
  2. 当該チーム間の試合における1イニングあたりの得失点差が最多のチーム
  3. 当該チーム間の試合における1イニングあたりの自責点による得失点差が最多のチーム
  4. 当該チーム間の試合における打率の高いチーム
  5. コイントス
  • 各国のプロリーグの開幕直前に開催されることを考慮し、選手達が可能な限り早く所属球団に戻ってシーズンの準備ができるように3位決定戦は行われず[5]、準決勝敗退の2チームが3位となる。

開催地

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A組 B組 B組 C組2組
日本の旗 東京 アメリカ合衆国の旗 フェニックス アメリカ合衆国の旗 スコッツデール プエルトリコの旗 サンフアン
東京ドーム チェイス・フィールド スコッツデール・スタジアム ヒラム・ビソーン・
スタジアム
D組 1組 決勝トーナメント
アメリカ合衆国の旗 オーランド アメリカ合衆国の旗 アナハイム アメリカ合衆国の旗 サンディエゴ
クラッカー・ジャック・
スタジアム
エンゼル・スタジアム・
オブ・アナハイム
ペトコ・パーク

大会の進行

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出場国・地域と日程

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予選は行われず、MLB機構によって以下の16か国・地域が招待された。初開催のため、出場国は全て初出場である。

出場国・地域 所属連盟 出場回数
 中華人民共和国 詳細 アジア
 チャイニーズタイペイ 詳細 アジア
 日本 詳細 アジア
 韓国 詳細 アジア
 カナダ 詳細 南北アメリカ
 メキシコ 詳細 南北アメリカ
 南アフリカ共和国 詳細 アフリカ
 アメリカ合衆国 詳細 南北アメリカ
 キューバ 詳細 南北アメリカ
 オランダ 詳細 ヨーロッパ
 パナマ 詳細 南北アメリカ
 プエルトリコ 詳細 南北アメリカ
 オーストラリア 詳細 オセアニア
 ドミニカ共和国 詳細 南北アメリカ
 イタリア 詳細 ヨーロッパ
 ベネズエラ 詳細 南北アメリカ
1次ラウンド 2次ラウンド 準決勝 決勝
A組 (3/3 - 3/5)
日本の旗 東京
中華人民共和国の旗 中華人民共和国
チャイニーズタイペイの旗 チャイニーズタイペイ
日本の旗 日本
大韓民国の旗 韓国
1組 (3/12 - 3/16)
アメリカ合衆国の旗 アナハイム
大韓民国の旗 韓国
日本の旗 日本
メキシコの旗 メキシコ
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
準決勝1組 (3/18)
アメリカ合衆国の旗 サンディエゴ
大韓民国の旗 韓国
日本の旗 日本
決勝 (3/21)
アメリカ合衆国の旗 サンディエゴ
日本の旗 日本
キューバの旗 キューバ
B組 (3/7 - 3/10)
アメリカ合衆国の旗 フェニックス
アメリカ合衆国の旗 スコッツデール
カナダの旗 カナダ
メキシコの旗 メキシコ
南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
C組 (3/7 - 3/10)
プエルトリコの旗 サンフアン
キューバの旗 キューバ
オランダの旗 オランダ
パナマの旗 パナマ
プエルトリコの旗 プエルトリコ
2組 (3/12 - 3/15)
プエルトリコの旗 サンフアン
プエルトリコの旗 プエルトリコ
キューバの旗 キューバ
ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
ベネズエラの旗 ベネズエラ
準決勝2組 (3/18)
アメリカ合衆国の旗 サンディエゴ
ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
キューバの旗 キューバ
D組 (3/7 - 3/10)
アメリカ合衆国の旗 オーランド
オーストラリアの旗 オーストラリア
ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
イタリアの旗 イタリア
ベネズエラの旗 ベネズエラ
  • ()内は日付。全て現地時間。
  • 枠外は開催都市。枠内は出場国・地域。太字は各組勝利国・地域。
  • 1次ラウンド・2次ラウンドは総当たりリーグ戦で試合を行う。
  • 本ページの各種表記は以下に統一して表記する。
    • X次リーグ・ラウンドX・第Xラウンド → X次ラウンド
    • セミファイナル・ファイナル → 準決勝・決勝
    • POOL X・Xブロック → X組

1次ラウンド

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参加16か国・地域を各グループ4か国・地域の4グループに分け、それぞれ3月3日から3月10日まで総当たりリーグ戦を行い、上位2か国が2次ラウンドへ進出(A組のみアメリカでの遠征移動の都合上で3月3日から3月5日、その他の組は3月7日から3月10日に実施)。

A組(アジアラウンド)

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順位 チーム名 大韓民国の旗 日本の旗 チャイニーズタイペイの旗 中華人民共和国の旗 勝数 敗数 得点 失点
1  韓国 - ○3-2 ○2-0 ○10-1 3 0 15 3
2  日本 ●2-3 - ○14-3 ○18-2 2 1 34 8
3  チャイニーズタイペイ ●0-2 ●3-14 - ○12-3 1 2 15 19
4  中華人民共和国 ●1-10 ●2-18 ●3-12 - 0 3 6 40
日程 試合開始 先攻 スコア 後攻 会場 試合時間 観客動員 試合詳細
2006年3月3日 11:30 韓国  2–0  チャイニーズタイペイ   東京ドーム 3時間19分 5,193人 Boxscore
2006年3月3日 18:30 日本  18–2  中華人民共和国 8 東京ドーム 3時間04分 15,869人 Boxscore
2006年3月4日 11:00 中華人民共和国  1–10  韓国   東京ドーム 2時間52分 3,925人 Boxscore
2006年3月4日 18:00 日本  14–3  チャイニーズタイペイ 7 東京ドーム 3時間10分 31,047人 Boxscore
2006年3月5日 11:00 チャイニーズタイペイ  12–3  中華人民共和国   東京ドーム 3時間31分 4,577人 Boxscore
2006年3月5日 18:00 韓国  3–2  日本   東京ドーム 3時間02分 40,353人 Boxscore
  • 全勝の韓国と、チャイニーズタイペイと中国に大勝した日本が2次ラウンドに進出。

アジアグループはアサヒビールの特別協賛により「アサヒスーパードライ プレゼンツ・ワールド・ベースボール・クラシック アジアラウンド」の名称で開催された。また大会直前の2月24日から2月26日福岡Yahoo!JAPANドームで、2月28日から3月1日東京ドームにて、日本代表を含むアジアラウンド出場4か国と日本のプロ野球チーム(12球団選抜、千葉ロッテマリーンズ読売ジャイアンツなど)との練習試合が行われた。

B組(アメリカAラウンド)

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順位 チーム名 メキシコの旗 アメリカ合衆国の旗 カナダの旗 南アフリカ共和国の旗 勝数 敗数 得点 失点 得失点差
1  メキシコ - ●0-2 ○9-1 ○10-4 2 1 19 7 +6
2  アメリカ合衆国 ○2-0 - ●6-8 ○17-0 2 1 25 8 0
3  カナダ ●1-9 ○8-6 - ○11-8 2 1 20 23 -6
4  南アフリカ共和国 ●4-10 ●0-17 ●8-11 - 0 3 12 38 -
日程 試合開始 先攻 スコア 後攻 会場 試合時間 観客動員 試合詳細
2006年3月7日 14:00 メキシコ  0–2  アメリカ合衆国   チェイス・フィールド 2時間06分 32,727人 Boxscore
2006年3月7日 19:00 カナダ  11–8  南アフリカ共和国   スコッツデール・スタジアム 3時間38分 5,829人 Boxscore
2006年3月8日 14:00 カナダ  8–6  アメリカ合衆国   チェイス・フィールド 3時間02分 16,993人 Boxscore
2006年3月8日 19:00 南アフリカ共和国  4–10  メキシコ   スコッツデール・スタジアム 3時間17分 7,937人 Boxscore
2006年3月9日 18:00 メキシコ  9–1  カナダ   チェイス・フィールド 3時間00分 15,744人 Boxscore
2006年3月10日 13:00 アメリカ合衆国  17–0  南アフリカ共和国 5 スコッツデール・スタジアム 1時間47分 11,975人 Boxscore
  • 3チームが2勝1敗で並び、大会規定により当該チーム間の失点率でメキシコとアメリカが2次ラウンドに進出。

C組(プエルトリコラウンド)

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順位 チーム名 プエルトリコの旗 キューバの旗 オランダの旗 パナマの旗 勝数 敗数 得点 失点
1  プエルトリコ - ○12-2 ○8-3 ○2-1 3 0 22 6
2  キューバ ●2-12 - ○11-2 ○8-6 2 1 21 20
3  オランダ ●3-8 ●2-11 - ○10-0 1 2 15 19
4  パナマ ●1-2 ●6-8 ●0-10 - 0 3 7 20
日程 試合開始 先攻 スコア 後攻 会場 試合時間 観客動員 試合詳細
2006年3月7日 20:00 パナマ  1–2  プエルトリコ   ヒラム・ビソーン・スタジアム 2時間47分 19,043人 Boxscore
2006年3月8日 14:00 キューバ  8–6  パナマ 11 ヒラム・ビソーン・スタジアム 4時間11分 6,129人 Boxscore
2006年3月8日 20:30 プエルトリコ  8–3  オランダ   ヒラム・ビソーン・スタジアム 3時間29分 15,570人 Boxscore
2006年3月9日 20:00 キューバ  11–2  オランダ   ヒラム・ビソーン・スタジアム 3時間19分 7,657人 Boxscore
2006年3月10日 14:00 オランダ  10–0  パナマ 7 ヒラム・ビソーン・スタジアム 2時間18分 6,337人 Boxscore
2006年3月10日 20:30 プエルトリコ  12–2  キューバ 7 ヒラム・ビソーン・スタジアム 3時間01分 19,736人 Boxscore
  • 全勝のプエルトリコと2勝1敗のキューバが2次ラウンド進出。

D組(アメリカBラウンド)

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順位 チーム名 ドミニカ共和国の旗 ベネズエラの旗 イタリアの旗 オーストラリアの旗 勝数 敗数 得点 失点
1  ドミニカ共和国 - ○11-5 ○8-3 ○6-4 3 0 25 12
2  ベネズエラ ●5-11 - ○6-0 ○2-0 2 1 13 11
3  イタリア ●3-8 ●0-6 - ○10-0 1 2 13 14
4  オーストラリア ●4-6 ●0-2 ●0-10 - 0 3 4 18
日程 試合開始 先攻 スコア 後攻 会場 試合時間 観客動員 試合詳細
2006年3月7日 13:00 ドミニカ共和国  11–5  ベネズエラ   クラッカー・ジャック・スタジアム 3時間16分 10,645人 Boxscore
2006年3月7日 20:00 オーストラリア  0–10  イタリア 7 クラッカー・ジャック・スタジアム 2時間16分 8,099人 Boxscore
2006年3月8日 19:00 イタリア  0–6  ベネズエラ   クラッカー・ジャック・スタジアム 2時間48分 10,101人 Boxscore
2006年3月9日 13:00 イタリア  3–8  ドミニカ共和国   クラッカー・ジャック・スタジアム 2時間39分 9,949人 Boxscore
2006年3月9日 20:00 ベネズエラ  2–0  オーストラリア   クラッカー・ジャック・スタジアム 2時間45分 10,111人 Boxscore
2006年3月10日 19:00 オーストラリア  4–6  ドミニカ共和国   クラッカー・ジャック・スタジアム 2時間52分 11,083人 Boxscore
  • 全勝のドミニカ共和国と、イタリアとオーストラリアに完封勝ちのベネズエラが2次ラウンド進出。

2次ラウンド

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A組とB組、C組とD組のそれぞれ上位2か国・地域が同じ組となり、アメリカ・カリフォルニア州アナハイムエンゼル・スタジアム・オブ・アナハイムとプエルトリコ・サンフアンヒラム・ビソーン・スタジアム3月13日から3月15日までの3日間で総当たりリーグ戦を行った。上位2か国が準決勝進出。

1組(アメリカラウンド)

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順位 チーム名 大韓民国の旗 日本の旗 アメリカ合衆国の旗 メキシコの旗 勝数 敗数 得点 失点 得失点差
1  韓国 - ○2-1 ○7-3 ○2-1 3 0 11 5 -
2  日本 ●1-2 - ●3-4 ○6-1 1 2 10 7 +4
3  アメリカ合衆国 ●3-7 ○4-3 - ●1-2 1 2 8 12 0
4  メキシコ ●1-2 ●1-6 ○2-1 - 1 2 4 9 -4
日程 試合開始 先攻 スコア 後攻 会場 試合時間 観客動員 試合詳細
2006年3月12日 13:00 日本  3–4  アメリカ合衆国   エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム 3時間09分 32,896人 Boxscore
2006年3月12日 20:00 メキシコ  1–2  韓国   エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム 2時間57分 42,979人 Boxscore
2006年3月13日 19:00 アメリカ合衆国  3–7  韓国   エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム 3時間27分 21,288人 Boxscore
2006年3月14日 16:00 日本  6–1  メキシコ   エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム 2時間36分 16,591人 Boxscore
2006年3月15日 19:00 韓国  2–1  日本   エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム 2時間44分 39,679人 Boxscore
2006年3月16日 16:30 アメリカ合衆国  1–2  メキシコ   エンゼル・スタジアム・オブ・アナハイム 2時間50分 38,284人 Boxscore
  • 3か国が1勝2敗で並び、大会規定により当該チーム間での失点率で日本が準決勝に進出した。

1次ラウンドではアメリカがカナダ、日本が韓国に敗れるという波乱があったが、アメリカと日本の準決勝進出が有力視されていた。しかし、韓国代表が3戦全勝で準決勝進出を決定した以外は混沌のリーグ戦となった。日本はメキシコに勝利し、アメリカに敗れ、メキシコはアメリカに勝利し、日本に敗れ、アメリカは日本に勝利し、メキシコに敗れるという、いわば三すくみのような形で3か国が1勝2敗で並んだために、大会規定によって当該チーム間の(=それぞれ韓国戦を除いた)失点率が最も低かった日本が準決勝進出となった。日本では「アナハイムの奇跡」と報じられた[6]

2組(プエルトリコラウンド)

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順位 チーム名 ドミニカ共和国の旗 キューバの旗 ベネズエラの旗 プエルトリコの旗 勝数 敗数 得点 失点
1  ドミニカ共和国 - ○7-3 ○2-1 ●1-7 2 1 10 11
2  キューバ ●3-7 - ○7-2 ○4-3 2 1 14 12
3  ベネズエラ ●1-2 ●2-7 - ○6-0 1 2 9 9
4  プエルトリコ ○7-1 ●3-4 ●0-6 - 1 2 10 11
日程 試合開始 先攻 スコア 後攻 会場 試合時間 観客動員 試合詳細
2006年3月12日 14:00 キューバ  7–2  ベネズエラ   ヒラム・ビソーン・スタジアム 2時間56分 13,697人 Boxscore
2006年3月12日 21:00 プエルトリコ  7–1  ドミニカ共和国   ヒラム・ビソーン・スタジアム 3時間01分 19,692人 Boxscore
2006年3月13日 14:00 ドミニカ共和国  7–3  キューバ   ヒラム・ビソーン・スタジアム 3時間48分 6,594人 Boxscore
2006年3月13日 20:00 ベネズエラ  6–0  プエルトリコ   ヒラム・ビソーン・スタジアム 3時間09分 19,400人 Boxscore
2006年3月14日 20:00 ベネズエラ  1–2  ドミニカ共和国   ヒラム・ビソーン・スタジアム 3時間02分 13,007人 Boxscore
2006年3月15日 20:00 キューバ  4–3  プエルトリコ   ヒラム・ビソーン・スタジアム 3時間56分 19,773人 Boxscore
  • 2勝1敗で並んだドミニカ共和国とキューバが準決勝進出。

ドミニカ共和国、ベネズエラ、キューバ、プエルトリコという中米の強豪国が揃う「死の組」となった。このようなアメリカに有利と思われるグループ分けは抽選ではなく事前に決められていたため、グループ分けを主導したアメリカの運営会社が批判された。中南米諸国に比べくみしやすい日本や韓国を下し、アメリカが準決勝に進出するシナリオが期待されたが、皮肉にも準決勝に進出したのは日本と韓国だった。

準決勝・決勝

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2次ラウンドで各組の1位と2位が、そのまま3月18日にアメリカのカリフォルニア州サンディエゴにあるペトコ・パークで準決勝2試合を行った。勝利した日本とキューバが決勝に進出した。

準決勝 決勝
           
   
  日本 6
  韓国 0  
 
  日本 10
    キューバ 6
 
  キューバ 3
  ドミニカ共和国 1  
日程 試合開始 先攻 スコア 後攻 会場 試合時間 観客動員 試合詳細
2006年3月18日 12:00 キューバ  3–1  ドミニカ共和国   ペトコ・パーク 3時間42分 41,268人 Boxscore
2006年3月18日 19:00 日本  6–0  韓国   ペトコ・パーク 2時間40分 42,639人 Boxscore
2006年3月20日 18:00 日本  10–6  キューバ   ペトコ・パーク 3時間40分 42,696人 Boxscore

準決勝1組

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  1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
 日本 0 0 0 0 0 0 5 1 0 6 11 0
 韓国 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 4 0
  1. 勝利上原浩治 2勝  
  2. 敗戦全炳斗 1敗  
  3. 本塁打
    日:福留孝介 2号2ラン(金炳賢)、多村仁志 3号ソロ(裵英洙
  4. 観客動員数: 42,639人 試合開始: 19時00分 試合時間: 2時間40分(中断45分)

日本と韓国は1次ラウンドから数えて3度目の対戦となった。対韓国戦2連敗の日本はオーダーに大きく手を加え、これまでリードオフマンとして起用してきたイチローを3番に据えた。先発は上原浩治徐在応。6回までは単発のヒットは出るものの、両軍共に無得点と過去2回の対戦と同様の投手戦となった。

しかし7回の表、試合が動いた。先頭打者の4番松中信彦がライト線への二塁打を放ち、ここで韓国は金炳賢マウンドに送り、後続の多村仁志を凡退させた。日本は、これまで成績が振るわずスタメン落ちしていた福留孝介代打として送り出した。福留は期待に応えてライトスタンドへ2ランホームラン。金炳賢は次打者の小笠原道大死球を与えた。初球だったということもあり、審判警告試合を宣告した。金炳賢はさらに暴投で1死2塁となったところで里崎智也エンタイトルツーベースを打たれ、3点目を献上。その後、川﨑宗則のセカンドゴロが進塁打となり、そこから宮本慎也西岡剛イチローが三連打。打者一巡で5点を挙げるビッグイニングとなった。8回の表にも多村のソロホームランで追加点を挙げ、日本は上原が7回を無失点。8回は薮田安彦、9回には守護神大塚晶則を投入し完封リレー。6-0と完勝で決勝へと駒を進めた。一方、日本に1次、2次ラウンドで勝利し、ここまで負けなしだった韓国にとっては今大会初の敗北であった。

準決勝2組

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  1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
 キューバ 0 0 0 0 0 0 3 0 0 3 12 3
 ドミニカ共和国 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 8 1
  1. 勝利ペドロ・ラソ 1勝  
  2. 敗戦オダリス・ペレス 2勝1敗  
  3. 観客動員数: 41,268人 試合開始: 12時00分 試合時間: 3時間42分

アマチュア軍団とMLBのオールスターが中南米最強の座を争うことになった。2次ラウンドでは強力打線のドミニカが7-3で勝利を収めているが、準決勝は投手戦となった。

キューバは、大会当初はリリーフながら無失点の活躍を見せたヤデル・マルティ先発に起用。対するドミニカは大黒柱であるバートロ・コローンが先発。両投手はともに5回まで0点に抑えるが、6回裏二死から二塁手ユリエスキー・グリエル失策でドミニカが先制。しかしキューバの抑えの切り札ペドロ・ラソが後続を断ち、逆転に望みをつないだ。コローンは好投を続けていたが、指に血マメができてしまい7回からオダリス・ペレスに継投。その7回表、キューバはグリエルが内野安打で出塁し、失策・捕逸をからめ内野ゴロの間に同点、さらに主砲オスマニー・ウルティア適時打アレクセイ・ラミレス犠飛で3-1と逆転に成功した。ラソは7回以降もドミニカ打線を封じ、このリードを守りきってキューバが勝利した。両軍投手陣の好投により打線がなかなかつながらない中、追加点の好機を活かせなかったドミニカに対し、キューバが相手のミスにつけ込んで得点を重ねる形となり、数少ない得点機での攻防が勝敗を分ける結果となった。

決勝

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準決勝で勝利した日本とキューバが決勝戦を戦った。メジャーリーガーが出場する初めての国別対抗の世界一決定戦となったが、決勝戦ではメジャーリーガーは日本のイチローと大塚晶則の2選手のみとなった。試合は10-6で日本が勝利し初代王者となった。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 R H E
 日本 4 0 0 0 2 0 0 0 4 10 10 3
 キューバ 1 0 0 0 0 2 0 2 1 6 11 1
  1. 勝利松坂大輔 3勝  
  2. セーブ大塚晶則 1S  
  3. 敗戦オルマリ・ロメロ 2勝1敗  
  4. 本塁打
    キ:エドゥアルド・パレ 1号ソロ(松坂大輔)、フレデリク・セペダ 2号2ラン(藤田宗一
  5. 観客動員数: 42,696人 試合開始: 18時00分 試合時間: 3時間40分

キューバは準決勝のドミニカ戦において、二枚看板といえるエース級のマルティとラソがそれぞれ先発とロングリリーフで登板したために、WBCの規定によって決勝戦には登板できなかった。一方、日本は韓国戦で上原が7回を投げきったため中継ぎ投手を温存でき、ブルペンの陣容に余裕があった。その違いは1回表の日本の攻撃から明確に表れた。

キューバは2本の内野安打と四球で1死満塁とされたところで、早くも先発のオルマリ・ロメロをあきらめてビショアンドリ・オデリンに継投。しかし、オデリンも制球が定まらずに四球とデッドボールで2点を献上した。日本は今江敏晃がセンター前への適時打を放ってさらに2点を追加、初回に一挙4点を挙げた。

日本の先発・松坂大輔は1回裏に先頭打者エドゥアルド・パレにホームランを浴びたものの、4回までをこの1失点のみに抑え、5奪三振の好投。日本は5回表にもイチローの二塁打から打線がつながり2点を奪った。5回終了時点でキューバは5人の投手をマウンドに送った。

一方、日本も早めの継投でそれまで2試合に先発していた渡辺俊介を5回からマウンドに送った。実は試合開始直前の投球練習で松坂は首筋を痛めており、1回表の攻撃が長かったおかげで、その間にマッサージを施してある程度は回復していたものの、コンディションは決して万全ではなかった。このため渡辺の登板は予定よりかなり早くなったという。渡辺は6回裏にエラーがらみで2点を奪われたものの、3回0/3を好投した。しかし、このあたりから川崎が内野ゴロをファンブルするなど、日本の内野陣に緊張が見られるようになった。攻撃面でも6、7、8回は3回連続で三者凡退に終わった。

8回裏、キューバの先頭打者に内野安打が出たところで渡辺は降板、藤田宗一が投入された。藤田は1アウトを取るもののフレデリク・セペダに2ランホームランを浴び、スコアは6-5と1点差。ここで監督は守護神の大塚をマウンドに送った。大塚はわずか4球で二つのアウトを取り最終回へ。

9回の表、日本は途中出場の金城龍彦がエラーで塁に出るものの、川崎の送りバントが好守に阻まれて失敗し一死一塁。しかし、西岡剛のセーフティプッシュバントが成功して一死一、二塁とした。ここで次のイチローがライト前ヒットを放ち、二塁から川崎が本塁に突入。捕手のタッチをかいくぐり貴重な追加点を得た(詳しくは神の右手を参照)。キューバはこの後、一死二、三塁のピンチから松中を敬遠で塁を埋めた。ここで王監督は韓国戦で代打ホームランを放った福留を打席に送った。福留は今回も期待に応えてタイムリーヒットを放ち、2点を追加した。さらに小笠原の犠牲フライでこの回だけで4点を挙げ、勝負はほぼ決まった。

その裏、大塚は二塁打、内野安打を打たれて1点を献上するものの、最後は二者連続三振でゲームセット。日本が世界一と初代王者の栄冠を勝ち取った。

最終成績

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チャンピオントロフィー
成績 国・地域 試合 勝数 敗数 勝率 得点 失点
優勝 1位 日本の旗 日本 8 5 3 .625 60 21
準優勝 2位 キューバの旗 キューバ 8 5 3 .625 44 43
ベスト4 3位 大韓民国の旗 韓国 7 6 1 .857 26 14
4位 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国 7 5 2 .714 36 26
ベスト8 5位 プエルトリコの旗 プエルトリコ 6 4 2 .667 32 17
6位 メキシコの旗 メキシコ 6 3 3 .500 23 16
7位 ベネズエラの旗 ベネズエラ 6 3 3 .500 22 20
8位 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 6 3 3 .500 33 20
1次ラウンド敗退 9位 カナダの旗 カナダ 3 2 1 .667 20 23
10位 イタリアの旗 イタリア 3 1 2 .333 13 14
11位 オランダの旗 オランダ 3 1 2 .333 15 19
12位 チャイニーズタイペイの旗 チャイニーズタイペイ 3 1 2 .333 15 19
13位 オーストラリアの旗 オーストラリア 3 0 3 .000 4 18
14位 パナマの旗 パナマ 3 0 3 .000 7 20
15位 中華人民共和国の旗 中華人民共和国 3 0 3 .000 6 40
16位 南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国 3 0 3 .000 12 38

成績右列は、IBAFによる順位[7]

表彰選手

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主催者であるMLBは当初個人賞を設ける予定がなかったが、決勝当日、最優秀選手賞(MVP)と優秀選手賞(12名)を設定することを急遽決定した。選考は各国メディア5社の投票によって行われた。この12人の選手は、2006年WBCベストナインと称されることもある。

守備位置 選出選手 所属球団
最優秀選手(MVP)
日本の旗 松坂大輔 日本の旗 西武ライオンズ
優秀選手
投手 日本の旗 松坂大輔 日本の旗 西武ライオンズ
キューバの旗 ヤデル・マルティ キューバの旗 レオネス・デ・インダストリアレス
大韓民国の旗 朴賛浩 アメリカ合衆国の旗 サンディエゴ・パドレス
捕手 日本の旗 里崎智也 日本の旗 千葉ロッテマリーンズ
一塁手 大韓民国の旗 李承燁 日本の旗 読売ジャイアンツ
二塁手 キューバの旗 ユリエスキ・グリエル キューバの旗 ガジョス・デ・サンクティ・スピリトゥス
三塁手 ドミニカ共和国の旗 エイドリアン・ベルトレ アメリカ合衆国の旗 シアトル・マリナーズ
遊撃手 アメリカ合衆国の旗 デレク・ジーター アメリカ合衆国の旗 ニューヨーク・ヤンキース
外野手 日本の旗 イチロー アメリカ合衆国の旗 シアトル・マリナーズ
大韓民国の旗 李鍾範 大韓民国の旗 起亜タイガース
アメリカ合衆国の旗 ケン・グリフィー・ジュニア アメリカ合衆国の旗 シンシナティ・レッズ
指名打者 キューバの旗 ヨアンディ・ガルロボ キューバの旗 ココドゥリロス・デ・マタンサス

個人記録

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参考[8]

第1回大会にまつわる逸話

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開催までの経緯

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元々2005年3月に国際大会「スーパーワールドカップ(仮称)」が予定されていたが、日本野球機構韓国野球委員会の「MLB機構主催ではなく、きちんと大会運営組織を作るべきだ」などといった反対意見によって1年延期されたという経緯がある。2006年にWBCが提唱された際も同じ理由を基に日本・韓国等が当初は反対したが、利益分配率が再検証された結果、韓国は参加を決定した。その後も日本野球機構は日本の市場規模に対して利益分配率が低いと反発し続け、2005年6月まで大会不参加をちらつかせて協議を行ったが、MLB機構が参加の回答期限を2005年6月末と区切った事で、今後も大会運営について協議を続けるという方針ながら大筋で大会参加に同意した(「(野球の)国際的な発展を目指すという大義がある」との説明が機構からなされている)。更にオープン戦が行われている3月の調整時期の開催や補償問題で最後まで大会参加に難色を示していた日本プロ野球選手会も、NPB側が出場手当や故障時の年俸補償といった条件を見直して説得した事で折れ、最終的に日本の大会参加が決定した。しかし、大会の結果に関わらず収益の大半がアメリカに流れるという構造は2009年大会でも変わらず[9]、日本側は2013年大会への不参加も辞さない姿勢で、より良い条件での利益配分を求めて交渉を行った[10]

第1回大会 日本代表チームは、プロ野球選手を主とした編成とし、監督には福岡ソフトバンクホークス監督兼ゼネラルマネージャー王貞治が就任した。

参加・不参加を巡る逸話

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参加を表明したメジャーリーガー

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12月5日にMLB機構はその時点で出場に合意したMLB所属の177選手を発表した。ドミニカ共和国代表にデビッド・オルティーズ内野手(ボストン・レッドソックス)、アルバート・プホルス内野手(セントルイス・カージナルス)、ロビンソン・カノ内野手(ニューヨーク・ヤンキース)ら29人。オランダアンドリュー・ジョーンズ外野手(アトランタ・ブレーブス)、プエルトリコイバン・ロドリゲス捕手(デトロイト・タイガース)、ベネズエラヨハン・サンタナ投手(ミネソタ・ツインズ)らMLB各チーム主力の名前が並んだ。米国代表にはバリー・ボンズ外野手(サンフランシスコ・ジャイアンツ)、ロジャー・クレメンス投手(ニューヨーク・ヤンキース)らのほかに、オーナーが出場に消極的と伝えられているニューヨーク・ヤンキースデレク・ジーター内野手ら42人が名を連ねた。

不参加を表明したメジャーリーガー

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アメリカ合衆国
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プエルトリコ
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  • ホルヘ・ポサダ捕手(ニューヨーク・ヤンキース)-- 所属球団が正式に書簡でコミッショナー事務局に怪我の恐れを理由に出場させないように要望。ポサダは選手会を使いこれに異議を唱えることもできたが、チームと争うことを望まず出場を見送った。
ドミニカ共和国
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ベネズエラ
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チャイニーズタイペイ
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日本
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  • 松井秀喜外野手(ニューヨーク・ヤンキース※当時)-- 日本代表の4番候補だったが、1か月近くの態度保留を経て、2005年12月27日に出場辞退を発表。
  • 井口資仁内野手(シカゴ・ホワイトソックス※当時)-- 2006年1月7日、当初は参加に意欲的だったが松井の後を追うように一転して出場を辞退。井口はWBC出場表明後にテキサス・レンジャーズにトレードされていた大塚晶則に対しても「出場したいけど、厳しい」と話していたことをマスコミの前で伝え、大塚も辞退かと報道されたが、大塚は既にWBCIに出場合意のサインをしていたため、球団側の働きかけは受け入れられず、大塚の希望どおりに出場が決定した。

その他の参加・不参加を巡る逸話

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当初はオーナーの意向によって参加に消極的なのではと言われていたニューヨーク・ヤンキースに所属する前述の主砲のアレックス・ロドリゲス(彼の辞退理由は当初から国籍問題)をはじめ、主力選手であるデレク・ジーターバーニー・ウィリアムス、移籍初年度のジョニー・デイモンなどが相次いで参加を表明した。MLB選手会のCOOであるジーン・オルザは不参加を表明した選手に対して、「どの選手も参加するかしないかの選択の自由はある。ただノーと答えた選手はこのトーナメントの意義や参加しない事により引き起こされる結果をしっかり理解している事を望むだけだ。ここに居ることもそして彼が得た新しい契約も我々選手会が居なければ起こりえなかった。彼のような選手ならなおさらだ」と語った他、WBCの親善大使を務めるトミー・ラソーダは広報のために来日した際、「松井や井口が目の前にいたら私はこう言うだろう。『君たちはここに生まれて教育を受け、給料をもらっておいて、自分の国に恩返しをしたらどうか』」とコメントした。

イチローの「30年発言」をめぐる韓国との因縁

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日本チームのキャプテン的存在であったイチローが1次ラウンド前の公式会見で「対戦した相手が、向こう30年は日本には手は出せないな、という感じで勝ちたいと思う」という発言をした。このイチローの発言は特定の国を名指ししておらず、大会数か月前から今大会に並々ならぬ意欲を見せていたイチローが、日本チームを鼓舞する文脈で発言したものであるが、このことが韓国のマスコミにより「(韓国は)30年間日本に勝てない」という風に言ったと報道されたため、韓国のファン達に「挑発的な発言」ととられ(韓国の監督も準決勝終了後の記者会見でそのことを認める発言をした)[11][12]、その後3回行われた日韓戦で韓国応援団のイチローに対する激しいブーイングや韓国選手が日本選手を挑発するような行動が再三みられた(準決勝における鄭成勲現代)のイチローへのボール放り投げ事件[13]、金炳賢による小笠原道大へのデッドボールなど)。小笠原への死球については、後に福留が「こちらが喜びすぎて、向こうのピッチャーがイライラしてる」「全然、逆球。狙って当てに行ってると思う」と、日本ベンチがホームランを喜びすぎたことに腹を立てての故意によるものだったとの見方を示している[14]

イチローは、韓国との2度目の対戦で敗北した後にベンチで大声を出して激怒し、その後のインタビューで「僕の野球人生最大の屈辱」という発言をしたが、これは韓国チームが日本に勝利した直後にマウンドに韓国の国旗である太極旗の小旗を突き刺したこと[15][16]、同じ相手に2度負けた上に準決勝進出が絶望的と思われたことが主因だった訳だが[17]、これが前記の誤報もあり「韓国に対して2度も負けたのが人生最大の屈辱」と発言したと韓国ファンに取られて反日感情に拍車をかけ、3度目の対戦となる準決勝前の韓国のスポーツ新聞では「(日本を)30年間泣かせてやる」という見出しが出るほど波紋を呼んだ[18]。しかし、準決勝の結果は「三度目の正直」で日本が勝つという[19]、韓国にとっては皮肉な結果となってしまった。

表彰式での逸話

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第1回大会で日本が優勝し、表彰式で金メダルをかけられた王監督は、スタンドに向かって両手をあげ挨拶をしてそのまま帰ろうとしていたが、優勝トロフィーを贈呈するバド・セリグコミッショナーから呼び止められた。セリグコミッショナーは、トロフィーを二回ほど軽くたたいて、まだこれがあるよという風なジェスチャーをしていた。

決勝戦で先発し、大会最多となる3勝目を挙げて最優秀選手(MVP)に選ばれた松坂は、TVのインタビューで「MVPとったんですけど、これ(=トロフィーの円盤状の飾り)もうとれちゃったんですね。この辺がアメリカっぽいですけど」と苦笑いしつつ、「後で自分でアロンアルフアでくっつけて直しますけど」と冗談を言ってのけた。その後、アロンアルフアを製造・販売している東亞合成から実際に松坂にアロンアルフアが送られた。

敗れたキューバ選手達は一様に落胆した表情であったが、最後には拍手で初代王者を称えた。また何人かのキューバ選手はイチローに記念写真を求め、イチローも笑顔でそれに応えていた。

その他の逸話

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  • キューバのイヒニオ・ベレス監督は、決勝戦後の記者会見で審判のせいで負けたと不満を表し、「皆も試合を見ただろう、全く酷い物だった」とトム・ハリオン英語版球審を非難した。
  • 毎日新聞は、WBCを「野球の国・地域別対抗戦」という名称で報道していたほか、NHKでも極力WBCという言葉を使わず「ワールド・ベースボール・クラシック」と正式名称を使った。
  • 韓国の朴明桓投手がドーピング(禁止薬物使用)検査で陽性反応があったため、大会史上初めての違反者となった[20]
  • 2006年10月24日、主催者が大会の収益金の中から120万ドル(約1億4,000万円)を、ハリケーン・カトリーナの被災地であるメキシコ湾沿岸地域の住宅再建費用としてアメリカの慈善団体に寄付。この寄付金で、16棟の復興住宅が建設された。16棟という数字は、WBCに出場した16か国・地域にちなんでいる。準優勝したキューバも、その賞金の全額をハリケーン・カトリーナ被災地への寄付金とした。
  • 第1回大会の収益から800万ドル(約9億4,400万円)以上を国際野球連盟と参加国・地域に分配されている。
  • 1次ラウンドの日本対チャイニーズタイペイ戦では、チャイニーズタイペイの選手全員が守備につく際に、日本代表の王監督に向かって脱帽し敬礼していった。
  • 準決勝の韓国戦で、福留が代打2ランホームランを打ったシーンでの「生き返れ福留!」という実況が話題となった。TBSテレビで実況を担当していた松下賢次は「『生き返ってくれ』と『間違いなく打ってくれる』という思いが半々。一球で決めてくれたからこそ、実況人生のベストシーンになった」 と当時を振り返っている[21]

第1回大会の傾向と問題点

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傾向

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全体的に前評判の低い国々の健闘が目立つ大会となった。特にオールアマチュアメンバーで準優勝を飾ったキューバ、リーグ戦で6連勝を記録した韓国、アメリカに競り勝ったメキシコ等の活躍が目立ち、強豪国とのレベルの差は戦前の予想より小さい印象を与えた。

一方、優勝した日本を含め、強豪国と考えられていた国々は苦戦が目立った。特に優勝候補とされたアメリカは2次ラウンドで敗退し、1次ラウンドでもカナダに敗れるなど大会を通じて不振が目立った。

また、準決勝に残った4か国中ドミニカ共和国を除く全ての国が、オリンピックなどの国際大会で好成績を残した実績のある選手を中心としたチーム編成であった事も注目された。

投球制限問題

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第1回大会では各試合ごとに投手の投球数制限が定められた。この投球数を超えた投手は投球数を超えた時点における打者との対戦を終えた後に他の投手と交代する必要がある。

  • 1次ラウンド 65球
  • 2次ラウンド 80球
  • 準決勝・決勝 95球

また投球回数によって登板間隔を空ける制限が定められた。

  • 50球以上投げた場合 中4日
  • 30球以上50球未満の場合 中1日
  • 30球未満でも連投した場合 中1日

これは莫大な年俸を支払うMLBの球団側が、アメリカの保険会社に大会中の所属選手の故障に関する補償契約を求めた際、投球数の制限が無いと補償は出来ないと通告されたためである。これに対して、世界一を決める大会に制限は必要無いと主張する日本が唯一反発した。その一方で、この制限が投手起用や継投策などで緊張感や戦略性を生じさせ、結果的にはスリリングな試合展開の一助になったと指摘する声もある。決勝戦では主力2投手を登板させられなかったキューバと投手を温存していた日本が明暗を分けた。

また、アメリカは投球制限から先発投手が長いイニングを投げられないことを見越して、本職の先発投手を3人(クレメンス、ピービー、ウィリス)に絞込み、それ以外のほとんどをMLB各球団のセットアッパー・クローザーで固めた。しかし、先発を極端に絞り込みすぎ、先発の誰かが不調であっても、ロングリリーフをこなせる中継ぎがほとんどいないため、なかなか降板させることが出来ずに、失点を重ねても継投策が後手に回る事態に陥った。しかも、3人しか先発がいないためローテーションを崩すことができず、明らかに不調なウィリスを最後までローテーション通りに先発させる羽目になった。結局、アメリカは豪華なリリーフ陣が本領を発揮しないまま、2次ラウンドで敗退した。

失点率

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失点率とは「失点をその守ったイニング数で割ったもの」で、グループにおける成績が同じの場合の順位決定方法に採用された。

しかし、これがグループでの順位決定を複雑なものにした。例えば、2次ラウンドの1組(アメリカラウンド)の2敗だったメキシコは2位で準決勝に進出するためには、第3戦のアメリカ戦で延長13回までアメリカを無失点に抑えた上で3点以上とって勝利することが必要であった。つまり、少なくとも延長13回までアメリカを0点に抑えると共に自らも意図的に得点を取らず、かつ後攻のため13回以降に3ランホームランまたは満塁ホームランを打つことが条件であった。これは現実的にはほぼ不可能である。なぜなら、仮に0-0で延長13回裏を迎えたとしても、アメリカが故意に敬遠四球を連発すれば、サヨナラ押し出し四球でメキシコが1対0で勝利となってしまうからである。

そのため、第2回ではダブルイリミネーション方式トーナメント戦が採用され、失点率は廃止されたが、一方で第1回では3度行われた日韓戦が5度行われるという問題が生じ[22]、第3回で修正されることになる。

キューバ問題

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キューバ共和国は大会開催地のアメリカと国交が無く、アメリカ政府が対立するキューバに対して禁輸措置を行っているため、WBCの利益分配が禁輸措置に違反するという理由によりアメリカ合衆国財務省の海外資産管理事務所がキューバ代表チームの入国を拒否した。これによりキューバのWBC出場が危ぶまれていたが、MLB機構と選手会はキューバに利益分配金が入らないという条件で入国の再申請を行い、キューバのカストロ議長も、WBCの分配金をアメリカのハリケーン被害者に全額寄付すると表明。こうした各所でのキューバ参加に向けた動きに加え、テキサス・レンジャーズのオーナーを務めたこともあるブッシュ大統領の意向も汲まれ、キューバの参加が可能となった。

台湾問題

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初期においては台湾のエントリー名は「台湾」とされ、青天白日滿地紅旗中華民国の旗)がその国旗として表記されていた。しかし、中国からの圧力によってチャイニーズタイペイと表記され、国旗も五輪旗チャイニーズタイペイの旗)に変更された。ただし、チャイニーズタイペイではなく「台湾」と呼ぶメディアも見られた[23]

審判の問題

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開催国であるアメリカが、自国の審判団による判定を受けるシステムにも問題があると言われた。第1回大会では審判が総勢32名配備されたが、そのうちの22名がアメリカ人だった。これに対して、日本はWBC大会本部に意見書を提出し、次回大会(2009年に行われる予定の第2回大会)では、参加する全ての国と地域から審判や運営委員を派遣することを求め、WBC大会本部は「今後検討する」と回答した。

当初、MLBの審判が試合を裁く予定であったが、報酬面で折り合いがつかなかったとみられ、マイナーリーグの審判を採用することになった。物議を醸す判定を行ったボブ・デービッドソンも、1999年の労使紛争でメジャーリーグの審判員を辞職し、大会当時マイナーリーグに所属していた[24]サッカーのワールドカップの審判員が、各国のトップクラスの審判から選ばれ、各試合の審判は対戦チーム以外の中立国から選ばれるのと対照的な状況となっている。

2006年 日本-アメリカ戦

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2次ラウンド1組初戦の日本-アメリカ戦八回表一死満塁3-3の同点の場面で、三塁ランナーの西岡剛はタッチアップにより本塁に生還、二塁塁審もセーフとした。これに対しアメリカのバック・マルティネス監督は、タッチアップが捕球より早かったとして抗議。球審のボブ・デービッドソンは、この抗議を聞き入れてセーフの判定を覆しアウトの判定を下して、日本は勝ち越しのチャンスを逸することとなった。その後、日本はサヨナラ負けを喫した。

アメリカでテレビ中継を担当したESPNの番組では、アナウンサーや一部の解説者が球審の判断に疑問を呈した。試合後、王監督は記者会見で「一番近い所で見ている審判(二塁塁審)のジャッジを、いくら抗議があったからとはいえ、(球審が)変えるというのは、見たことがありません」、「審判4人は(球審、塁審に関係なく)同じ権利があると思います。責任を持ってジャッジする立場の人間がしたものを、そういう形(球審の独断)で変えるということは考えられない」と、判定そのものよりも判定に至る過程を批判した上で、「特に野球のスタートした国であるアメリカで、そういうことがあってはいけない」とコメントした。二宮清純は、判定が覆った際にバック・マルティネス監督がガッツポーズしたシーンを取り上げて「アメリカの野球が死んだ日」と評した[25]

韓国の朝鮮日報はこの判定に対して「アメリカは厚顔無恥な詐欺劇を繰り広げた」と掲載。アメリカメディアも誤審との見解を示し、「Oh, What a bad call」(なんて酷い判定だ)と批判した。なお、「Oh」は王監督の名前を、「What a bad call」はWBCの頭文字をもじっている。

この問題に関して日本が提出した質問書に対し、WBC大会本部は「判定への権限がある主審(球審)は最初からアウトの判定だった」として、「判定は正当である」、つまり、二塁塁審の判定はそもそも無効であり、球審がアウトを宣告した時点で初めてタッチアップに対する判定が下ったものと考えるという見解を示した。日本や世界では「世紀の大誤審」と呼ばれている。また、この誤審で初めてWBCが世界中に認知されたという皮肉も聞かれた。

2006年 メキシコ-アメリカ戦

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2次ラウンド1組最終試合の三回裏、メキシコのマリオ・バレンズエラがアメリカの先発ロジャー・クレメンスから放った打球はライトポールに当たり、ホームランと思われたものの、前述のボブ・デービッドソンが二塁打と判定した。メキシコのフランシスコ・エストラダ監督らがポールの黄色い塗料が付着したボールを見せ抗議したものの、聞き入れられなかった。この件に関してメキシコの監督は「球場全体がホームランだと思ったはずだが、審判だけがそう思っていなかった」、ホームランを打った選手も「あれ(ポール)がフェンスに見えたんだろう」とコメントしている。試合はメキシコが2-1と勝利し、当該チーム間の失点率で日本の準決勝進出が決定した。

開催時期の問題

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開催時期が世界のプロ野球シーズン開幕前に設定されたため、プレイヤーが怪我をしてしまうとそのシーズン全体に影響を与えかねないという危惧がされている。この件に関しても第2回以降の検討項目とされたが、大会終了後に次回も3月に行う方向で検討していることが発表された。

運営上のその他の問題点

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第1回大会にはアメリカ偏重のシステムが多々見られた。日本は連戦の時があったのに対し、アメリカは必ず中1日空けての試合で、連戦での疲労の影響を受けにくい日程が設定された。また、大会優勝候補とされる中南米・カリブ勢がアメリカと決勝まで当たらないなど、恣意的とも思われる組み合わせとなっており、サッカーのワールドカップ等で一般的な抽選方式ではなく、主催者の一存で決定された。このようなあからさまにアメリカが決勝まで勝ちあがりやすいよう意図された組み合わせの結果、同一カードが準決勝までに最大で3戦行われるという奇妙な事態が発生している(日本対韓国がその例である)。このようなリーグ戦を勝ち上がったものによるトーナメントは、改めてその時点で抽選を行うか、同一カードが重ならないようにA組1位対B組2位、B組1位対A組2位というようにクロスさせるのが普通である。韓国は1次ラウンドから唯一6勝全勝だったが、日本に準決勝で敗れたため、特に韓国では不満が大きかった(日本は準決勝までに韓国に2敗を含む計3敗していた。ただし、韓国では準決勝の試合前、それまで2戦2勝していた日本と再戦することを好都合と考える声が大きかったことや、1次ラウンドでの日韓戦は、勝敗に関係なく平等に2次ラウンドに進出できる消化試合であったことも勘案する必要がある)。しかしそうした組み合わせやスケジュールの恩恵を受けたのは、皮肉にもアメリカではなく日本と韓国であり、2次ラウンドで日本はアメリカに敗れたが、失点率の差により、僅差で2次ラウンドを勝ち上がる結果となった。

そもそも、国際野球連盟(IBAF)が主催するIBAFワールドカップという大会があるにもかかわらず、WBCという新たな大会が開催されたのは、IBAFワールドカップがプロの参加した真の世界一を決める大会となっていなかったためである。これは最大の影響力を持つ団体であるMLB機構が、国際野球連盟に参加していなかったことが影響していた。したがって、MLB機構が音頭をとってプロの参加した真の世界一を決める大会としてWBCが創設されたことは非常に大きな意義を持つ。しかし、MLB機構が主催したためルールの設定、運営がMLB主導でなされることとなった。そのため、参加国から不満が噴出することとなった。

MLB機構はかつて、2004年のアテネオリンピックにMLB所属の選手を出場させない決定を下し、その結果、アメリカが予選敗退を招いてその責任を問われた経緯があった。WBCはその屈辱を晴らし、かつアメリカの野球の実力を世界に知らしめる好機となるはずであった。しかし結果としては、アメリカ有利のシステムを導入したにもかかわらず、2次ラウンド敗退に終わった。その上、2次ラウンドでは審判の問題を引き起こして、大会そのものへの信頼が揺らぐこととなった。アメリカメディアはこの事態を重く見て、第2回以降はより公正な運営がなされるべき、という論調でWBCを報じた。

テレビ放送

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日本国内での放送

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全ての日本戦が地上波で生中継された。またCS放送の「J SPORTS」は全試合を完全生中継した[26]

またテレビの他にも、準決勝第二試合(日本×韓国)はTBSラジオ、決勝(日本対キューバ)はニッポン放送などというように、AMラジオでも放送された。

1次ラウンド
  • 2006年3月3日(対中国戦) - TBS: 18時25分〜
  • 2006年3月4日(対チャイニーズタイペイ戦) - 日本テレビ: 18時〜
  • 2006年3月5日(対韓国戦) - テレビ朝日 : 18時〜
2次ラウンド
  • 2006年3月13日(対アメリカ戦) - 日本テレビ: 5時45分〜
  • 2006年3月15日(対メキシコ戦) - テレビ朝日: 8時55分〜
  • 2006年3月16日(対韓国戦) - TBS: 11時55分〜
    • TBSは午後からの録画放送をする予定であったが、この試合が日本の準決勝進出がかかる試合だったため、メキシコ戦の後、急遽生放送に変更した。
準決勝
  • 2006年3月19日(対韓国戦) - TBS: 11時50分〜
    • 雨で45分間中断した影響で試合が延び、15時30分迄には終了せず、一部の地域では延長して放送された。関東を除く多くの地域では、15時30分から『近未來通信クイーンズオープンゴルフトーナメント』(南日本放送制作)の中継中、右上枠に小さく中継された。なお、このゴルフ中継が生放送でなかった事から、一部の視聴者からは「何故WBCを優先した編成が出来なかったのか」と当該地域の各テレビ局やゴルフ主催者の近未來通信に対して批判の声が上がった。また、同ゴルフはBS-i[27]でも放送された他、WBCを優先した局でも翌日未明に放送した局がある。
決勝
決勝戦の視聴率
地区 平均
視聴率
瞬間最高
視聴率
関東 43.4% 56.0%
関西 40.3% 52.8%
名古屋 35.6% 46.8%
札幌 49.2% 60.6%
北部九州 42.9% 58.3%
新潟 43.4% 58.3%
仙台 41.0% 55.1%
福島 42.2% 54.8%
静岡 36.1% 50.5%
岡山・香川 36.7% 49.5%
広島 34.1% 48.2%
  • 2006年3月21日(対キューバ戦) - 日本テレビ: 10時45分〜
    • 中継は、13時55分迄だったが、試合が延び、15時15分迄延長して放送された。15時15分から『ザ・ワイド』の中でもWBC関連のニュースが放送された。
    • そのほか、琉球放送TBS系列)では視聴者の要望を受けて急遽深夜に録画したものを放送した。

日本国外での放送

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アメリカ代表チームは2次ラウンド敗退に終わったため、準決勝・決勝とも同国内で取り扱ったのはESPN一局だけで、その放送もNCAAの他のスポーツ中継(レスリング=準決勝時、バスケットボール2次予選、ノートルダム-ミシガン大学戦の延長戦=決勝時)のため試合途中からの放送だった。

脚注

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  1. ^ 朝日新聞社発行「知恵蔵」web版http://kotobank.jp/dictionary/chiezo/
  2. ^ スポーツナビ WBCとは
  3. ^ 共同通信ニュース特集 ワールド・ベースボール・クラシック右欄「WBCとは」参照
  4. ^ World Baseball Classic Tournament Rules and Regulations "POOL PLAY AND TIE-BREAKING PROCEDURES"”. 2013年3月1日閲覧。
  5. ^ 鈴木健一 (2023年3月19日). “【野球】なぜ3位決定戦はないのか 侍Jが優勝を狙うWBC 主催者に聞いてみた”. デイリー. 2023年6月7日閲覧。
  6. ^ 【コラム】「WBC2006回顧」第1回大会は「誰も想像できないシナリオ」で世界一に”. NPBニュース (2026年2月27日). 2026年3月5日閲覧。
  7. ^ World Rankings ENG” (英語). International Baseball Federation. 2010年6月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年3月4日閲覧。
  8. ^ mlb.com | World Baseball Classic 2006 Stats
  9. ^ 《WBC運営の裏側》「侍ジャパン」が優勝も結局は米国が大儲けする「いびつな大会構造」”. マネーポストWEB (2023年3月24日). 2026年3月6日閲覧。
  10. ^ 日本野球界WBCボイコット騒動の根っこにある問題は何か”. DIAMOND ONLINE (2011年8月23日). 2026年3月6日閲覧。
  11. ^ 치로, ‘30년 발언’은 어떻게 된 거야? [リンク切れ]、東亜日報 2006年3月7日
  12. ^ 日언론 '이치로 30년 발언에 韓 발끈' [リンク切れ]、スポーツソウル 2006年2月28日
  13. ^ 日本の6点リードで迎えた9回表、イチローが三塁邪飛で攻撃を終えた際、途中出場した鄭成勲がボールをキャッチした後にしばらくボールを持ったまま走り、ベンチに戻るイチローとすれ違うタイミングでイチローの足元にボールを放り投げた。この行動はボールを保持したまま相当の距離を走っていること、試合前からの韓国サイドによるイチローへの敵対心等から、故意の行動ではないかとの疑惑が浮上した。WBCの公式メディアであるESPNの解説者は中継時「高校生フットボール選手のような行動だ」と強く非難した。日本では一部の新聞社が翌日の朝刊で取り上げ、それまでの経緯も含めて報道した。
  14. ^ 福留孝介氏が語る第1回WBC「喜びすぎて」“報復死球” 準決勝・韓国戦で代打決勝2ランの直後”. デイリースポーツ (2023年2月24日). 2026年3月5日閲覧。
  15. ^ 韓国「マウンド国旗立て」に「イチローさんも怒ってた」多村仁志氏語る06年WBC「あれはない」 J-CASTニュース 2022年8月19日
  16. ^ 【WBC】06年は韓国選手がマウンドに国旗 イチロー「最も屈辱的な日」/過去の主な日韓戦 日刊スポーツ 2023年3月10日
  17. ^ この翌日に行われるアメリカ-メキシコ戦で、メキシコが2点以上取って勝利すればという可能性はあったが、当のメキシコチームですら試合前日にディズニーランドで遊んでいた程、事前予想では圧倒的にアメリカ有利と見られていた。
  18. ^ こじへい (2017年3月22日). “イチローの「30年発言」から生まれた因縁……激闘だった第1回WBCの韓国戦(2/3)”. エキサイトニュース. 2020年1月7日閲覧。
  19. ^ 「世紀の誤審」のアメリカ戦、韓国と3度激突…第1回(2006年)WBCを振り返る|侍ジャパンが初優勝”. The Sporting News (2023年3月7日). 2026年3月5日閲覧。
  20. ^ asahi.com:韓国投手が薬物検査で陽性反応 WBC - スポーツ”. www.asahi.com. 2024年11月21日閲覧。
  21. ^ 2006年WBC準決勝「生き返れ福留!」“魂の実況”松下賢次アナが感謝とエール「ドメに向けて実況を」”. 中日スポーツ (2022年9月23日). 2026年3月6日閲覧。
  22. ^ 【WBC2009】第2回大会優勝 宿敵・韓国と5度に及ぶ激突 意地と執念の大会2連覇!”. 週刊ベースボールオンライン (2026年3月2日). 2026年3月6日閲覧。
  23. ^ 日本、台湾下して2次リーグ進出決める【2006・1次リーグ】”. 読売新聞 (2006年3月5日). 2026年3月6日閲覧。
  24. ^ 日本サヨナラ負け、米も認めた誤審”. 日刊スポーツ (2006年3月14日). 2026年3月6日閲覧。
  25. ^ 『number』2006年4月号より
  26. ^ 一般社団法人日本野球機構. “テレビ・ラジオ放送予定 | 2006 WORLD BASEBALL CLASSIC”. NPB.jp 日本野球機構. 2024年11月21日閲覧。
  27. ^ 現:BS-TBS

関連項目

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外部リンク

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