二宮清純

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二宮 清純(にのみや せいじゅん、1960年2月25日 - )は、日本の評論家スポーツジャーナリストである。なお「せいじゅん」はペンネームであり、本名は「きよすみ」と読む。株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。[1]

弟に、同じくスポーツライターの二宮寿朗がいる。

経歴・人物[編集]

愛媛県八幡浜市出身。実家は10代以上続く農家で屋号は「川宇」。河野屋宇兵衛という江戸時代の庄屋に端を発する。幼少の頃は瀬戸内海を挟んだ広島県から聴こえる中国放送(RCCラジオ)のラジオ野球中継を聴きながら育ち、広島東洋カープファンになった。愛媛県立八幡浜高等学校卒業後、上京し日本大学商学部在学中からスポーツ誌などに寄稿。大学卒業後、スポーツ紙のプロレス担当記者や流通業界紙の記者を経てスポーツジャーナリストとして独立。テレビ出演や新聞、雑誌への寄稿、講演活動を精力的にこなしている一方で、地域に密着したスポーツクラブ作りにも参画している。

野球サッカープロボクシングといったメジャースポーツや相撲プロレスK-1PRIDE等の格闘技を観戦・取材している。日本経済新聞スポーツニッポン新聞サンデー毎日週刊現代文藝春秋週刊大衆ビッグコミックオリジナル漫画ゴラク小説宝石フィナンシャルジャパン経済界Numberなどに連載コラムを持つ。山際淳司は野球、中西哲生はサッカーなどと、特定のジャンルで知名度が高いスポーツライタージャーナリストも多くいるなか、二宮は特定のジャンルに偏らず取り上げる範囲は広い。

また、スポーツライターの分野にとどまらず、政治・経済に関する発言も多く、衆議院議員の河野太郎との共著で「変われない組織は滅びる」(祥伝社新書)というタイトルの本も出版している。最近は、雑誌の『』、『第三文明』に寄稿することが多いため「創価学会寄り」と見られることがあるが、それについて二宮は、「『赤旗』にコメントを出せば共産党寄り、『正論』や『諸君!』に執筆した時は右寄りと言われた。媒体によって主張を変えることはない」と語っている。

取材実績として、夏季オリンピックは1988年ソウル大会から2008年北京大会まで連続取材。冬季オリンピックは1998年長野大会、2002年ソルトレイクシティ大会を取材、また、サッカーW杯は1990年イタリア大会から2006年ドイツ大会まで5大会連続で取材している。

2000年6月、スポーツの情報・コラムを配信していく企業、株式会社スポーツコミュニケーションズを設立、代表取締役を務める。

また、低迷が続いている広島東洋カープを憂い、2004年川口和久らと「東京カープ会」を結成。再建案を提言する他、本拠地でのカープ戦のテレビ・ラジオ解説を務めている。

著書[編集]

単著[編集]

共著[編集]

CM[編集]

野球中継[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 課題解決のサプリメント


外部リンク[編集]