フレデリク・セペダ

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フレデリク・セペダ
Frederich Cepeda
読売ジャイアンツ #5
Giants Cepeda23.jpg
基本情報
国籍 キューバの旗 キューバ
出身地 サンクティ・スピリトゥス州サンクティ・スピリトゥス
生年月日 1980年4月8日(35歳)
身長
体重
178 cm
93 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 左翼手
初出場 NPB / 2014年5月15日
年俸 3,500万円(2015年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
派遣歴
国際大会
代表チーム キューバの旗 キューバ
五輪 2004年2008年
WBC 2006年2009年2013年
オリンピック
男子 野球
2004 野球
2008 野球

フレデリク・セペダ・クルスFrederich Cepeda Cruz, 1980年4月8日 - )は、キューバサンクティ・スピリトゥス州サンクティ・スピリトゥス出身のプロ野球選手外野手)。右投げ両打ち。現在は、キューバの国内リーグであるセリエ・ナシオナル・デ・ベイスボルガジョス・デ・サンクティ・スピリトゥスに所属している。オフは、読売ジャイアンツに派遣されている。

経歴[編集]

少年時代[編集]

1991年、11歳の時に日本で行われた世界少年野球大会に参加。ハンク・アーロン王貞治と記念写真を撮っている。何がなんだかよくわからず写真をとったものの、キューバに戻ってから写真を見せた家族、友人にうらやましがられ、価値を知り、少年時代の大切な宝物となり、大人になってもずっととっておいているという[2]。キューバ代表であるが、キューバ代表に多いマニュエル・ファハルド国立体育大学卒業ではなく、 ホセ・マルティ大学体育学部を卒業している。

キューバ球界[編集]

1997年からキューバ国内リーグのガジョス・デ・サンクティ・スピリトゥスに所属している。

2002年に、第15回IBAFインターコンチネンタルカップキューバ代表に選出された。この大会で、キューバは優勝した。

2004年8月に、アテネオリンピックにおける野球競技のキューバ代表に選出された。この大会では、優勝し金メダルを獲得した。

2006年3月に、この年から開催される事となったワールド・ベースボール・クラシック(WBC)のキューバ代表に選出された[3]。この大会では、打率.385、2本塁打、8打点を記録した。

2008年8月に、北京オリンピックにおける野球競技のキューバ代表に選出され2大会連続2度目の選出となった。この大会では、銀メダルを獲得した。

2009年3月に、第2回WBCのキューバ代表に選出され[4]2大会連続2度目の選出となった。この大会では、打率5割、3本塁打、10打点でいずれもチームトップ。首位打者、ベストナインに選出された[5]。同年には彼の活躍を祝って政府がサンクティ・スピリトゥスに家を建ててくれる。キューバ出身のタレントSHEILAによると、「豪邸」[6] とのこと[7]

2012年11月6日に、「侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」」のキューバ代表が発表され[8]代表入りした[9]。同日、台湾で行われたサンダーシリーズのため来台した[10]。サンダーシリーズ終了後の、14日に来日した[11]

2013年3月に、第3回WBCのキューバ代表に選出され[12]3大会連続3度目の選出となった。この大会では、四番打者を務めた。

2014-15年前期はガジョス・デ・サンクティ・スピリトゥス、後期は カサドレス・デ・アルテミサの一員として活躍した。

2015年2月に行われた、カリビアンシリーズではベゲーロス・デ・ピナール・デル・リオの助っ人として参加した。この大会で、MVPを受賞した[13]

日本球界[編集]

2014年4月19日に、読売ジャイアンツがセペダの入団についてキューバ野球連盟およびセペダ本人と合意したと発表した[14]。1年契約で契約金は5000万円、年俸1億5000万円[15]。背番号は「23」。キューバ政府が海外移籍を容認した第1号選手となった。5月12日に来日し入団会見を行った[16]。日本に行く前に受けたインタビューでは、「日本に行くのは金のためではない。最高のプレイヤーになりたい。」「キューバ代表での名誉は金では得られない」「私は金で動く選手ではない」と執拗につづく「金目当てではないか」との質問を一蹴している[17]5月15日の対東京ヤクルトスワローズ戦(東京ドーム)で、いきなり「4番・左翼手」で初出場。初打席は初回2死1塁の場面で二ゴロに終わったが、3回の第2打席で初安打初打点となる適時打を記録した[18]。しかし、8月22日の中日戦での打席でスイングをした際に右肘の違和感を感じ翌日出場選手登録を抹消された。結局この年は52試合で打率194、6本塁打という成績に終わった。ファイナルシリーズで復帰を果たしたが、初戦で無死満塁の好機で代打で登場するも併殺打に終わり、第3戦でもチャンスに凡退した。第4戦では9回に代打で登場し、抑えの呉昇桓からソロホームランを放った。続く坂本勇人もホームランを打った。CSでの打率は3打数1安打1HRで.333だったものの、このソロホームランは6点リードされた場面であったため、試合を動かすまでに至らず、チームは敗退した。12月24日、背番号がホセ・ロペスが着用していた「5」に変更された事が発表された[19]

2015年カリビアン・シリーズに出場したため、2月19日になって来日したが[20]、3月25日に、開幕を1軍で迎える事となった[21]。しかし、開幕から25打席無安打と打撃不振で[22]4月20日に登録抹消された[23]。その後、6月12日に昇格するも、千葉ロッテマリーンズ3連戦では内野ゴロで何とか初打点をマークしただけで、その後再び抹消された[23]

プレースタイル[編集]

特有の柔らかさとパワーを兼ね備えたスイッチヒッター[24]2009年第2回WBCでの打撃は大リーグのスカウトの注目を集め、誕生日が近いマーク・テシェイラと同等との評価を与えるスカウトもいた[25]

選球眼に定評があり非常に四球が多く、来日直前のシーズンではシーズン80安打に対し100四球を記録。打率は.292に対し出塁率はリーグトップの.484を記録した。来日後の2014年もシーズン打率は.194と低調であったが、出塁率は.333とチームメイトの村田修一片岡治大を上回った。キューバ時代は通算5054打席で531三振と三振が少ない打者であったが、日本では変化球攻めに苦しみ、132打席で38三振を記録した。

キューバ国内リーグでは指名打者としての出場が多かった[26]が、巨人では左翼手として起用する構想となった[27]。真面目な姿勢はあるが守備力は高くない[28]

本来は右利きだが、6歳のときに父親の指導で両打ちの練習を始めた[29]

2014年オフに母国に帰国した際に、巨人の選手から野球道具を母国の選手にプレゼントしている[1]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績 (2000-01年以降)[編集]


[30]

















































O
P
S
2000-2001 SSP 90 387 291 55 87 15 2 16 154 54 3 2 0 4 86 9 6 53 7 .299 .463 .529 .992
2001-2002 90 389 315 57 119 24 4 10 181 54 7 5 2 2 68 6 2 37 7 .378 .488 .575 1.063
2002-2003 90 411 311 75 108 18 1 20 188 62 0 3 0 7 90 15 3 42 11 .347 .489 .605 1.094
2003-2004 71 313 251 49 80 13 6 16 153 60 0 0 0 1 55 6 6 37 4 .319 .450 .610 1.060
2004-2005 90 412 310 76 109 18 3 13 172 55 3 5 0 3 93 6 6 53 14 .352 .505 .555 1.060
2005-2006 84 379 272 76 87 19 2 14 152 58 1 1 0 0 101 11 6 34 4 .320 .512 .559 1.071
2006-2007 83 363 273 48 92 10 4 5 125 41 0 2 0 1 86 23 3 27 8 .337 .499 .458 .956
2007-2008 82 374 276 62 92 15 2 16 159 59 6 5 0 2 93 15 3 42 10 .333 .503 .576 1.079
2008-2009 87 388 296 79 100 21 4 11 162 57 1 0 0 2 84 6 6 40 11 .338 .490 .547 1.037
2009-2010 83 376 290 74 100 23 1 24 197 82 0 1 0 3 78 8 5 42 6 .345 .487 .679 1.166
2010-2011 83 388 305 84 121 25 3 28 236 81 0 1 0 3 77 9 3 36 10 .397 .518 .774 1.292
2011-2012 64 296 232 52 70 10 3 10 116 54 1 1 0 0 59 7 5 22 6 .302 .453 .500 .953
2012-2013 44 200 152 30 55 9 4 7 93 32 0 0 0 2 46 - 0 22 4 .362 .505 .612 1.117
2013-2014 85 378 274 49 80 26 1 13 147 40 2 0 0 1 100 - 3 44 12 .292 .484 .536 1.020
2014 巨人 52 132 108 11 21 3 0 6 42 18 0 0 0 1 23 0 0 38 4 .194 .333 .389 .722
CNS:14年  1062 5054 3848 866 1300 246 40 203 2235 789 24 26 2 31 1116 - 57 531 114 .338 .490 .581 1.071
NPB:1年 52 132 108 11 21 3 0 6 42 18 0 0 0 1 23 0 0 38 4 .194 .333 .389 .722
  • 2014年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • キューバで通常用いられる個人通算成績は、プレーオフや選抜リーグなども合算するため、この表の合計とは一致しない。

背番号[編集]

日本球界[編集]

  • 23 (2014年)
  • 5 (2015年 - )

代表歴[編集]

参考資料[編集]

  1. ^ a b 巨人セペダ 逆襲へ休日返上!昨季は不本意も今年は違う スポニチアネックス (2015年2月24日) 2015年4月15日閲覧
  2. ^ 「王さんと写真撮りたいです」キューバのセペダ 読売新聞 2013年1月28日
  3. ^ 2006 Tournament Roster WBC公式サイト 英語 2015年4月15日閲覧
  4. ^ 2009 Tournament Roster WBC公式サイト英語 2015年4月15日閲覧
  5. ^ https://www.youtube.com/watch?v=4nrVuLEq-ro
  6. ^ http://daily.co.jp/newsflash/gossip/2014/04/21/1p_0006881178.shtml
  7. ^ http://news-labo.net/baseball/wp-content/uploads/2014/06/45gt43g423.jpg
  8. ^ 侍ジャパンマッチ2012 日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月15日閲覧
  9. ^ キューバ代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月15日閲覧
  10. ^ Cuba arrives for Thunder Series in Taichung and Taoyuan IBAF公式サイト 英語 (2012年11月7日) 2015年4月19日閲覧
  11. ^ キューバ代表来日 MLB関係者も熱視線 スポニチアネックス (2012年11月15日) 2015年4月19日閲覧
  12. ^ 2013 Tournament Roster WBC公式サイト 英語 2015年4月15日閲覧
  13. ^ 巨人・セペダがMVP獲得 キューバの55年ぶりVに「とても嬉しい」 Full-Count (2015年2月9日) 2015年4月15日閲覧
  14. ^ キューバ選手の入団合意とキューバ野球連盟との友好協定締結について Yomiuri Giants Official Web Site 2014年4月19日
  15. ^ 巨人 年俸1・5億円でセペダ獲得を発表 WBCキューバ代表「夢が現実に」 Sponichi Annex 2014年4月19日
  16. ^ セペダ選手来日「自分の持てる全てを出しチームに尽くしたい」 Yomiuri Giants Official Website 2014年5月12日
  17. ^ http://cubasports.impela.net/2014/05/cuba-fastballs-for-frederich-cepeda-in-online-interview/
  18. ^ 巨人セペダ 初安打初打点も勝利に結びつかず 登録即4番デビュースポーツニッポン2014年5月15日配信
  19. ^ 新背番号のお知らせ 読売ジャイアンツ公式サイト (2014年12月24日) 2014年12月24日閲覧
  20. ^ セペダ、カリビアン・シリーズMVP引っ提げ沖縄入りスポーツ報知(2015年2月2日)
  21. ^ 開幕一軍メンバー27人が公示 読売ジャイアンツ公式サイト (2015年3月20日) 2015年4月15日閲覧
  22. ^ 貧打のGセペダ、出場選手登録を抹消 25打席連続無安打 zakzak (2015年4月21日) 2015年4月24日閲覧
  23. ^ a b 一軍登録情報 読売巨人軍公式サイト
  24. ^ 巨人セペダ獲り、キューバの両打ち強打者 日刊スポーツ 2014年4月19日
  25. ^ キューバの打はセペダ注意 日刊スポーツ 2009年3月19日
  26. ^ 巨人 キューバと友好協定締結 セペダ獲得はその第1弾 Sponichi Annex 2014年4月20日
  27. ^ 巨人セペダが来日 起用法はレフト1本 日刊スポーツ 2014年5月12日
  28. ^ セペダ、飛球ポロリで先制打帳消し 日刊スポーツ 2014年6月4日
  29. ^ セペダ、巨人に感謝 独占インタビュー 日刊スポーツ 2014年5月10日
  30. ^ [1]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]