具臺晟

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具臺晟
各種表記
ハングル 구대성
漢字 具臺晟
発音: クデソン
ローマ字 Gu Dae-seong
本人表記: Koo, Dae-Sung
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具 臺晟 (ク・デソン)
Dae-Sung Koo
シドニー・ブルーソックス 投手コーチ #30
基本情報
国籍 大韓民国の旗 大韓民国
出身地 大田広域市
生年月日 (1969-08-02) 1969年8月2日(47歳)
身長
体重
185 cm
84 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1992年 KBO1次ドラフト
初出場 KBO / 1993年5月1日
NPB / 2001年3月24日
MLB / 2005年4月4日
最終出場 NPB / 2004年9月27日
MLB / 2005年8月20日
KBO / 2010年9月3日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • シドニー・ブルーソックス(2016 - )
国際大会
代表チーム 韓国の旗大韓民国
五輪 2000年
WBC 2006年
オリンピック
男子 野球
2000 野球

具 臺晟(ク・デソン、1969年8月2日 - )は、大韓民国大田広域市出身の元プロ野球選手投手)。

現役時代には、韓国プロ野球(KBO)メジャーリーグ(MLB)日本プロ野球(NPB)でのプレーを経験。オーストラリアン・ベースボールリーグシドニー・ブルーソックスで現役を引退した。2016 - 17シーズンからは、シドニーの投手コーチを務める[1]

来歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

大田高等学校への在学中に、韓国高校選抜として来日。大阪府大阪球場)や鳥取県などで開かれた試合に登板した。漢陽大学校への進学を経て、1993年シーズンからピングレ・イーグルス(現在のハンファ・イーグルス)に入団。

ピングレ・ハンファ時代[編集]

1993年には、公式戦で先発投手に起用。しかし、大学時代から抱えていた右肩の故障の影響で、あまり活躍できなかった。

1994年からは、主にクローザーとして活躍。1996年には、最多勝利・最優秀救援投手・最優秀選手賞のタイトルを獲得した。

2000年シドニーオリンピックには、韓国代表の一員として参加。日本代表との対戦で日本打線を2度にわたって抑え込むなどの好投で、銅メダル獲得に貢献した。この時の好投やKBOでの実績が評価されて、2001年オリックス・ブルーウェーブへ入団。

オリックス時代[編集]

2001年のシーズン当初は、150kmのストレートと高速スライダーを武器に、一軍公式戦でクローザーに起用。しかし、不安定な投球が続いたため、シーズン途中から先発へ転向した。一軍公式戦全体では、51試合に登板。7勝9敗10セーブ、防御率4.06という成績を残した。

2002年には、前年から一転して、スローカーブなどによって緩急を付ける投球スタイルに変更。防御率がチームメイトの金田政彦に迫るパシフィック・リーグ2位の2.52を記録するなど、投球内容が安定した。しかし、先発登板時の試合で味方打線の貧打に泣かされることが多く、通算の勝利数は5勝にとどまった。

2003年には、故障の影響で、一軍公式戦への登板が19試合にとどまった。通算成績も6勝8敗、防御率4.99で、金田と共に首脳陣の構想を大きく裏切る格好になった。

2004年には、起用法を巡って、伊原春樹新監督やフロントと対立した。シーズン終盤には、ブルーウェーブによる大阪近鉄バファローズの吸収合併が決定。ブルーウェーブとして最後の公式戦になった9月27日の対大阪近鉄戦(ヤフーBBスタジアム)では、先発を任されると、ブルーウェーブの勝利によってチーム最後の勝利投手になった。一軍公式戦全体では、来日後の最多の3完投を記録する一方で、6勝10敗、防御率4.32と安定感を欠いた。また、シーズン終了後には、吸収合併によって誕生したオリックスバファローズとの契約が見込まれていた。しかし、メジャー挑戦の意思が強く、実際には契約に至らなかった。

メッツ時代[編集]

2005年に、ニューヨーク・メッツとスプリット契約を締結。後にメジャーへ昇格すると、公式戦の序盤に中継ぎ要員として活躍した。しかし、シーズン中盤からマイナーに降格すると、シーズン終了後に契約を解除された。

ハンファ時代[編集]

2006年3月にハンファへ復帰するとともに、2006 ワールド・ベースボール・クラシック韓国代表に選出。1次リーグの日本戦では、2イニングを完璧に抑えた末に、勝利投手になった。2次リーグでも日本戦の9回に登板したが、西岡剛にソロ本塁打を許したことで、チーム唯一の失点を喫した。なお、準決勝では故障で登板を回避している。

2007年には、KBO史上2人目の個人通算200セーブを達成。翌2008年には、故障で開幕に出遅れた影響で中継ぎに回ったため、1セーブも挙げられずにシーズンを終えた。

2009年シーズンで40歳になったが、前年に続いて中継ぎを中心に起用。チームおよび自己最多の71試合に登板した。しかし、チームが最下位でシーズンを終えたことから、シーズン終了後には推定年俸2億ウォン(1億ウォン減)で契約を更改した。

2010年8月15日に、同年のシーズン限りでKBOから引退することを発表。8月22日の記者会見では、オーストラリアン・ベースボールリーグのシドニー・ブルーソックスで現役を続ける意向を示した。9月3日の対三星ライオンズ戦に先発で登板すると、先頭打者の趙東贊をセンターフライに打ち取って降板。この試合が、KBOでの引退試合になった。

シドニー時代[編集]

2010-11シーズンに、12セーブでリーグ最多セーブのタイトルを獲得した。2011年12月には、リーグのオールスター戦に世界選抜として出場。セーブを記録した。

2011-12シーズンにも、8セーブで2年連続最多セーブのタイトルを獲得。2012年11月に韓国・社稷野球場で開催されたアジアシリーズ2012に、パース・ヒートの一員として出場した。

2012-13シーズンには、18試合に登板。防御率2.89ながら、勝利・セーブとも記録できなかった。しかし、2013-14シーズンには、11セーブで2年振り3度目の最多セーブに到達。2014-15シーズンには、15試合の登板で、0勝1敗4セーブ、防御率2.12という成績を残した。

2015-16シーズンにロースターを外れた[2]ことから、現役生活に事実上終止符を打った。具の引退によって、ブルーウェーブへの在籍経験を持つ現役のプロ野球選手は、イチロー(MLBのマイアミ・マーリンズ所属)と後藤光尊(2016年にNPBの東北楽天ゴールデンイーグルスで引退)だけになった。

現役引退後[編集]

2016-17シーズンからは、シドニーの投手コーチを務める[1]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1993 ビングレ
ハンファ
6 5 0 0 -- 2 1 0 0 .667 89 21.1 18 0 12 0 0 11 0 0 6 6 2.53 1.41
1994 34 9 2 0 -- 7 8 0 12 .467 500 121.0 89 8 58 8 4 128 3 1 42 35 2.60 1.22
1995 47 12 6 0 -- 4 14 0 18 .222 660 155.0 127 18 72 6 11 161 7 0 77 61 3.54 1.28
1996 55 2 1 0 -- 18 3 0 24 .857 521 139.0 79 7 27 3 6 183 2 0 32 29 1.88 0.76
1997 47 0 0 0 -- 8 8 0 25 .500 417 102.2 65 7 41 7 8 134 5 0 38 36 3.16 1.03
1998 59 2 0 0 -- 8 7 0 24 .533 500 123.2 87 5 52 6 5 129 5 1 45 35 2.55 1.12
1999 55 5 0 0 -- 8 9 0 26 .471 503 119.1 95 13 48 5 5 138 5 1 44 41 3.09 1.20
2000 48 7 0 0 -- 6 7 0 21 .462 540 133.1 98 13 47 2 8 136 4 0 47 41 2.77 1.09
2001 オリックス 51 9 1 0 0 7 9 -- 10 .438 544 126.1 96 14 71 3 4 143 3 0 58 57 4.06 1.32
2002 22 22 1 0 0 5 7 -- 0 .417 608 146.1 122 13 47 1 3 144 3 0 45 41 2.52 1.16
2003 19 19 0 0 0 6 8 -- 0 .429 522 113.2 131 23 51 0 7 118 2 0 72 63 4.99 1.60
2004 18 18 3 0 0 6 10 -- 0 .375 502 116.2 105 24 44 0 8 99 2 0 65 56 4.32 1.28
2005 NYM 33 0 0 0 0 0 0 6 0 ---- 106 23.0 22 2 13 1 2 23 0 0 12 10 3.91 1.52
2006 ハンファ 59 0 0 0 -- 3 4 1 37 .429 282 69.1 56 4 18 7 5 76 0 0 17 14 1.82 1.07
2007 43 0 0 0 -- 1 6 0 26 .143 173 42.1 41 3 12 1 0 37 2 0 17 15 3.19 1.25
2008 38 0 0 0 -- 2 3 9 0 .400 167 41.1 39 2 14 2 2 29 1 0 17 16 3.48 1.28
2009 71 0 0 0 -- 0 0 8 1 ---- 224 55.2 54 5 11 1 3 56 1 0 24 23 3.72 1.17
2010 7 1 0 0 -- 0 1 0 0 .000 25 4.2 7 2 3 0 0 3 0 0 6 5 9.64 2.14
KBO:13年 569 43 9 0 -- 67 71 18 214 .486 4601 1128.2 855 87 415 48 57 1221 35 3 412 357 2.85 1.13
NPB:4年 110 68 5 0 0 24 34 -- 10 .414 2176 503.0 454 74 213 4 22 504 10 0 240 217 3.88 1.33
MLB:1年 33 0 0 0 0 0 0 6 0 ---- 106 23.0 22 2 13 1 2 23 0 0 12 10 3.91 1.52
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

KBO
  • 最多勝利:1回 (1996年)
  • 最優秀防御率:2回 (1996年、2000年)
  • 最優秀救援:1回 (1996年)

表彰[編集]

KBO

記録[編集]

NPB

背番号[編集]

  • 15 (1993年 - 2000年、2002年 - 2004年、2006年 - 2010年途中)
  • 18 (2001年)
  • 17 (2005年)
  • 30 (2010年途中 - )

脚注[編集]

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  1. ^ a b Sydney Blue Sox Roster for 2016”. Sydney Blue Sox Official Site. 2017年1月5日閲覧。
  2. ^ Sydney Blue Sox Roster for 2015”. Sydney Blue Sox Official Site. 2017年1月5日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]