バートロ・コローン

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  • バートロ・コロン
この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はコローン第二姓(母方の)はモラレスです。
バートロ・コローン
Bartolo Colon
ミネソタ・ツインズ #40
Bartolo Colon talks to reporters on -WSMediaDay (22279334163).jpg
ニューヨーク・メッツ時代
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 プエルト・プラタ州アルタミラ英語版
生年月日 (1973-05-24) 1973年5月24日(44歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
285 lb =約129.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1993年 アマチュア・フリーエージェントとしてクリーブランド・インディアンスと契約
初出場 1997年4月4日 アナハイム・エンゼルス
年俸 $12,500,000(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国代表
WBC 2006年

バートロ・コローン・モラレスBartolo Colón Morales, 1973年5月24日 - )は、ドミニカ共和国プエルト・プラタ州アルタミラ英語版出身のプロ野球選手投手)。右投右打。MLBミネソタ・ツインズ所属。

兄のホセ・コローンは1年だけマイナーリーグでのプレー経験がある[2]

現役メジャーリーガーで最年長である[3]

愛称はビッグ・セクシー[4]モラレス[5]

経歴[編集]

プロ入りとインディアンス時代[編集]

1993年6月にクリーブランド・インディアンスに契約金30万ドルで入団。

1997年4月4日にメジャーデビュー。その頃から本格派右腕として注目され[6]、黄金期のインディアンスにおいてエースとして活躍。

1998年は6月にピッチャー・オブ・ザ・マンスを受賞するなど、前半戦は9勝4敗・防御率2.46を記録し、オールスターに選出され、勝ち投手となっている[7]。後半戦は5勝5敗、防御率5.65に終わった。

エクスポズ時代[編集]

2002年シーズン途中にリー・スティーブンスブランドン・フィリップスグレイディ・サイズモアクリフ・リーの交換要員としてティム・ドリュー英語版と共にモントリオール・エクスポズトレード移籍。同年、両リーグで10勝を挙げた。MLB史上、1945年ハンク・ボロウィーに次いで2人目の快挙となった[8]

ホワイトソックス時代[編集]

2003年1月15日シカゴ・ホワイトソックスへトレード移籍[8]。ホワイトソックスでは15勝13敗・防御率3.87と前年より悪化したが、自己最多・リーグ最多タイの9完投を記録。

エンゼルス時代[編集]

2003年12月9日に4年総額5100万ドルでアナハイム・エンゼルスに移籍[9]

2004年は18勝するも防御率は5.01。

2005年は自己最多の21勝で防御率も3.48。しかし、シーズン最後の2ヶ月間は腰痛に苦しみ、途中降板の試合もあった[6]ニューヨーク・ヤンキースとのディビジョンシリーズ第5戦では2回途中で肩に激しい痛みが走り降板した[6]。その後、チームはリーグチャンピオンシップシリーズへ進出したが、このシリーズでは登板機会はなく、シカゴ・ホワイトソックスに1勝4敗で敗退。シーズン終了後にサイ・ヤング賞を受賞したが、ニューヨークではマリアノ・リベラの受賞を望む声が多く、「ESPN.com」の記者は防御率、奪三振、投球回などでコローンを上回る成績を残したヨハン・サンタナが獲得すべきという声もあった[6]

2006年開幕前の3月に開催された第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)ドミニカ共和国代表に選出された[10]

シーズンでは4月16日に右肩の回旋筋を痛め、6年振りの故障者リスト入り[11]。6月中旬に復帰後も右腕痛で7月下旬にシーズン絶望となるなど自己最低の成績に終わり、8年継続した規定投球回、二桁勝利も途切れた。手術を検討されたが、筋肉強化のリハビリテーションなどで回復を図った[12]

2007年シーズンも怪我のために防御率6点台の不振に終わった。シーズン終了後にFAとなった。

レッドソックス時代[編集]

2008年2月25日ボストン・レッドソックスとマイナー契約[13]。開幕メジャー入りはならなかったが、5月21日に昇格しメジャー復帰を果たした。そして同日本拠地フェンウェイ・パークでのカンザスシティ・ロイヤルズ戦にて先発登板をし、5回を被安打6四球2に抑えて勝利した。5月は好調だったものの、6月は月間防御率5点台と調子を落としマイナーに降格。9月に再昇格し、1試合に先発した。シーズンを通じてはメジャー昇格後ワーストとなる7先発、39投球回に留まったが、4勝2敗、防御率3.92と成績は持ち直した。

ホワイトソックス復帰[編集]

2009年1月15日にホワイトソックスと1年100万ドルで契約[14]。昨年を上回る12試合に先発したが、3勝6敗、防御率4.19に留まった。

2010年はメジャーでの登板は無かった。

ヤンキース時代[編集]

ヤンキース時代(2011年)

2011年1月26日ニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ。オープン戦では結果を残し、フレディ・ガルシアと共にロースター入りを果たした。シーズン序盤はロングリリーフの役回りだったが、そこで結果を残して4月20日に先発登板の機会を得ると、7回途中2失点に抑えて約2年ぶりの勝利投手となった。5月30日には約4年ぶりとなる完封勝利を記録。以降はローテーションをほぼ年間通して守り、5年ぶりの規定投球回到達を達成。打線の援護にやや恵まれず、8勝10敗だったが防御率4.00とまずまずの成績を残した。

アスレチックス時代[編集]

2012年は、アスレチックスに所属。東京での開幕第2試合(マリナーズ戦)に先発し、勝利投手となった。同年8月22日、MLBの薬物検査でテストステロンの陽性反応が出たため、50試合の出場停止処分を受けた[15]。この出場停止が響き、二年連続となる規定投球回到達はならなかったが、6年ぶりの二けた勝利となる10勝を挙げ、防御率3.43と成績を向上させた。 11月3日に1年300万ドルと出来高払いで再契約を結んだ。

2013年バイオジェネシス・スキャンダルで禁止薬物の購入が発覚したが、既に処分を受けていたために追加処分は科されなかった。同年はシーズンを通じて好調で、夏場に一度故障者リスト入りしたものの、防御率2.65(リーグ2位)は40歳にしてキャリア最高の数字だった。また18勝はリーグ2位で、リーグトップタイとなる3完封も記録した。オフの10月31日にFAとなった。

メッツ時代[編集]

2013年12月11日ニューヨーク・メッツと総額2000万ドルの2年契約に合意したことを報道され[16]、14日に球団が発表した[17]

2014年8月7日フィラデルフィア・フィリーズ戦で通算200勝を達成した[18]。昨年より全体的に数字を落としたが、年間を通してローテーションを守り、15勝を挙げて防御率4.09と一定の貢献をした。また自身8年ぶりとなる200投球回を達成した。

2015年も先発ローテーション通りに登板し、チーム最多の19423イニングに投げた[19]ナ・リーグワーストの217安打を浴びたが、完封勝利1つを含む14勝を挙げ、4年連続二桁勝利以上とした。オフの11月2日にFAとなった[20]が、12月18日にメッツと1年契約を結んだ[21]。 また、2015年シーズンをもってそれまでのMLB現役最年長選手であったラトロイ・ホーキンスが引退したため、2016年シーズンからはMLB現役最年長選手となる。

2016年5月7日にキャリア初の本塁打を放った。42歳11か月でのメジャーリーグ初本塁打はランディ・ジョンソンの40歳を抜いて最年長記録[22]。オフの11月3日にFAとなった[23]。 シーズンを通じては年間を通じてローテーションを守り、4年連続となる投球回数190回以上、5年連続となる二桁勝利を記録。防御率も3年ぶりに4点台を下回り、ナリーグ全体で13位と現役最高齢にしてなお一戦級の実力があることを示した。

ブレーブス時代[編集]

2016年11月17日アトランタ・ブレーブスと1年1250万ドルで契約を結んだ[24]

2017年開幕前の2月8日に指名投手枠で第4回WBCドミニカ共和国代表に選出された[25]。シーズンでは6月6日に左腹斜筋の張りで10日間の故障者リストに入り、6月28日に復帰したが[23]、当日先発登板したサンディエゴ・パドレス戦で4回6失点で降板、2勝8敗、防御率8.14の成績となり、翌29日にDFAとなった[26][27]。7月4日に自由契約となった[23]

ツインズ時代[編集]

2017年7月7日ミネソタ・ツインズとマイナー契約を結んだ[28]7月18日にメジャー契約を結び、アクティブ・ロースター入りした[29]。8月20日のダイヤモンドバックス戦に勝利し、史上18人目の全30球団からの勝利を達成した[3]

投球スタイル[編集]

強靭な脚力を持ち味とし、捕手のような極端なショートアーマー(バックスイングの際に腕を完全には引かない動き)の腕の振りから投げる2種類の速球を武器とし、かつて最速101mph(約163km/h)を記録したノビのあるフォーシームは、2015年時点で平均90mph(約145km/h)と衰えたものの変わらぬノビがあり、基本球種としている平均87mph(約140km/h)のツーシームは右打者の手元で食い込むように動く[30]。他にも大きく横に変化するスライダーや対左打者にはサークルチェンジを投げる[30]。また、1996年マリアノ・リベラからカットボールの握り方を教わっており、ごく稀に投げることがある。また、エンゼルス時代までは80mph(約128km/h)前後のカーブも投げていたが、2008年以降は投げていない。[6]

試合の後半になるにつれて球の威力が増す傾向がある一方で、対戦打者のレベルに合わせて投げてしまう[30]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1997 CLE 19 17 1 0 0 4 7 0 -- .364 427 94.0 107 12 45 1 3 66 5 0 66 59 5.65 1.62
1998 31 31 6 2 0 14 9 0 -- .609 883 204.0 205 15 79 5 3 158 4 0 91 84 3.71 1.39
1999 32 32 1 1 1 18 5 0 0 .783 858 205.0 185 24 76 5 7 161 4 0 97 90 3.95 1.27
2000 30 30 2 1 0 15 8 0 0 .652 807 188.0 163 21 98 4 4 212 4 0 86 81 3.88 1.39
2001 34 34 1 0 0 14 12 0 0 .538 947 222.1 220 26 90 2 2 201 4 1 106 101 4.09 1.39
2002 16 16 4 2 0 10 4 0 0 .714 467 116.1 104 11 31 1 2 75 3 0 37 33 2.55 1.16
MON 17 17 4 1 0 10 4 0 0 .714 499 117.0 115 9 39 4 0 74 1 0 48 43 3.31 1.32
'02計 33 33 8 3 0 20 8 0 0 .714 966 233.1 219 20 70 5 2 149 4 0 85 76 2.93 1.24
2003 CWS 34 34 9 0 1 15 13 0 0 .536 984 242.0 223 30 67 3 5 173 8 3 107 104 3.87 1.20
2004 ANA
LAA
34 34 0 0 0 18 12 0 0 .600 897 208.1 215 38 71 1 3 158 1 0 122 116 5.01 1.37
2005 33 33 2 0 2 21 8 0 0 .724 906 222.2 215 26 43 0 3 157 2 1 93 86 3.48 1.16
2006 10 10 1 1 0 1 5 0 0 .167 251 56.1 71 11 11 0 3 31 1 0 39 32 5.11 1.46
2007 19 18 0 0 0 6 8 0 1 .429 453 99.1 132 15 29 1 5 76 1 0 74 70 6.34 1.62
2008 BOS 7 7 0 0 0 4 2 0 0 .667 173 39.0 44 5 10 0 2 27 0 0 23 17 3.92 1.38
2009 CWS 12 12 0 0 0 3 6 0 0 .333 276 62.1 69 13 21 3 2 38 1 0 42 29 4.19 1.44
2011 NYY 29 26 1 1 1 8 10 0 0 .444 694 164.1 172 21 40 3 3 135 0 0 85 73 4.00 1.29
2012 OAK 24 24 0 0 0 10 9 0 0 .526 636 152.1 161 17 23 3 1 91 0 0 62 58 3.43 1.21
2013 30 30 3 3 0 18 6 0 0 .750 769 190.1 193 14 29 0 0 117 1 0 60 56 2.65 1.17
2014 NYM 31 31 0 0 0 15 13 0 0 .534 694 202.1 218 22 30 3 3 151 2 0 97 92 4.09 1.23
2015 33 31 1 1 1 14 13 0 0 .519 815 194.2 217 25 24 5 4 136 1 0 94 90 4.16 1.24
2016 34 33 0 0 0 15 8 0 0 .652 791 191.2 200 24 32 2 3 128 0 0 81 73 3.43 1.21
MLB:19年 509 500 36 13 6 233 162 0 1 .590 12412 3172.1 3229 379 888 46 60 2365 42 5 1510 1387 3.93 1.30
  • 2016年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • ANA(アナハイム・エンゼルス)は、2005年にLAA(ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイム)に球団名を変更

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 40 (1997年 - 2003年、2005年 - 2009年、2011年、2013年 - )
  • 21 (2004年、2012年)

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Bartolo Colon Contract Details, Salaries, & Earnings” (英語). Spotrac. 2017年7月19日閲覧。
  2. ^ Jose Colon stats MiLB.com (英語)
  3. ^ a b 44 is the new 30: Colon has W vs. all MLB teams MLB.com (英語) (2017年8月20日) 2017年8月21日閲覧
  4. ^ “ビッグセクシー”コローンも釘付け、99年ぶり皆既日食を専用メガネで観賞 Full-Count (2017年8月22日) 2017年8月30日閲覧
  5. ^ Twins Players Weekend nicknames explained MLB.com (英語) (2017年8月24日) 2017年8月30日閲覧
  6. ^ a b c d e 水次祥子「サイ・ヤング賞 バートロ・コロン[エンゼルス] 満身創痍の栄光」『月刊メジャー・リーグ』2006年1月号、ベースボールマガジン社、2006年、雑誌 08625-1、9頁 - 13頁。
  7. ^ July 7, 1998 All-Star Game at Coors Field Play by Play and Box Score” (英語). Baseball-Reference.com. 2008年7月18日閲覧。
  8. ^ a b “Sox acquire Bartolo Colon” (英語) (プレスリリース), MLB.com (Chicago White Sox), (2003年1月15日), http://chicago.whitesox.mlb.com/news/press_releases/press_release.jsp?ymd=20030115&content_id=191592&vkey=pr_cws&fext=.jsp&c_id=cws 2016年3月7日閲覧。 
  9. ^ “Right-hander gets four-year, $51M deal” (英語). Associated Press. ESPN. (2003年12月10日). http://sports.espn.go.com/mlb/news/story?id=1682062 2016年3月7日閲覧。 
  10. ^ 2006 Tournament Roster Archived 2015年2月19日, at Archive.is The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月7日閲覧 [リンク切れ]
  11. ^ Mike Scarr (2006年4月19日). “Angels place Colon on 15-day DL” (英語). MLB.com. 2016年3月7日閲覧。
  12. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2007』 廣済堂出版2007年、201頁。ISBN 978-4-331-51213-5
  13. ^ Ian Browne (2008年2月25日). “Sox insure rotation with talented Colon” (英語). MLB.com. 2016年3月7日閲覧。
  14. ^ “White Sox Agree to Terms on One-Year Contract with Pitcher Bartolo Colon” (英語) (プレスリリース), MLB.com (Chicago White Sox), (2009年1月15日), http://chicago.whitesox.mlb.com/news/press_releases/press_release.jsp?ymd=20090115&content_id=3745095&vkey=pr_cws&fext=.jsp&c_id=cws 2016年3月7日閲覧。 
  15. ^ アスレチックスのコロンに50試合の出場停止処分”. AFPBB News (2012年8月23日). 2016年3月7日閲覧。
  16. ^ Anthony DiComo (2013年12月11日). “Mets agree to two-year deal with Colon” (英語). MLB.com. 2016年3月7日閲覧。
  17. ^ Mets sign Bartolo Colon to a two-year contract” (英語). MLB.com (New York Mets) (2013年12月14日). 2016年3月7日閲覧。
  18. ^ Scores for Aug 8, 2014”. ESPN (2014年8月7日). 2016年3月7日閲覧。
  19. ^ 2015 New York Mets Pitching Statistics” (英語). Baseball-Reference. Sports Reference LLC.. 2016年3月7日閲覧。
  20. ^ Transactions | mets.com” (英語). MLB.com (2015年11月2日). 2015年11月4日閲覧。
  21. ^ Chad Thornburg (2015年12月18日). “Mets, Colon finalize one-year contract” (英語). MLB.com. 2015年12月21日閲覧。
  22. ^ 【米国はこう見ている】メジャー最年長42歳の右腕コロンが初本塁打 会場大興奮「不可能が可能に」 Full-count 2016年5月8日
  23. ^ a b c MLB公式プロフィール参照。2017年7月4日閲覧。
  24. ^ Mark Bowman (2016年11月17日). “Braves announce 1-year deal with Colon” (英語). MLB.com. 2016年11月19日閲覧。
  25. ^ Joe Trezza (2017年2月15日). “DR aims to defend title as WBC '17 roster set” (英語). MLB.com. 2017年3月4日閲覧。
  26. ^ Braves vs. Padres | 06/28/17” (英語). MLB.com (2017年6月28日). 2017年6月30日閲覧。
  27. ^ Mark Bowman (2017年6月29日). “Braves designate Bartolo for assignment” (英語). MLB.com. 2017年6月30日閲覧。
  28. ^ Rhett Bollinger (2017年7月8日). “Twins sign veteran Colon to Minors deal” (英語). MLB.com. 2017年7月10日閲覧。
  29. ^ Shane Jackson (2017年7月18日). “With Bartolo up, Hughes to 60-day DL” (英語). MLB.com. 2017年7月19日閲覧。
  30. ^ a b c スカウティング・レポート『月刊スラッガー』2004年6月号、日本スポーツ企画出版社、雑誌15509-6、6-9頁。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]