フランク・タナナ

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フランク・タナナ
Frank Tanana
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 ミシガン州デトロイト
生年月日 1953年7月3日(62歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
195 lb =約88.5 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 1971年 MLBドラフト1巡目(全体13位)
初出場 1973年9月9日
最終出場 1993年10月1日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

フランク・ダリル・タナナFrank Daryl Tanana, 1953年7月3日 - )は、MLBの元選手。ポジションは投手アメリカ合衆国ミシガン州デトロイト出身。

経歴[編集]

カリフォルニア・エンゼルス[編集]

1971年のMLBドラフトカリフォルニア・エンゼルスから1巡目(全体13位)に指名を受け入団。1973年はAA級・AAA級合計で17勝6敗・防御率2.71・212奪三振の好成績を残してメジャーに昇格し、9月9日のカンザスシティ・ロイヤルズ戦でメジャーデビュー。9月30日のミネソタ・ツインズ戦で被安打2でメジャー初完封を記録した。

1974年は前半戦で7連敗を喫するなど13敗を記録するが、後半戦は防御率2.21と調子を挙げて14勝19敗・防御率3.12・180奪三振を記録し、故障に泣いたビル・シンガーに代わりノーラン・ライアンと共に先発の柱となる。

1975年は開幕直後に故障者リスト入りするが、6月21日テキサス・レンジャーズ戦でキャリアハイの17奪三振。後半戦で9勝4敗・防御率2.11・4完封を記録し、16勝9敗・防御率2.62・269奪三振の好成績で、ライアンを抑えて最多奪三振のタイトルを獲得。サイ・ヤング賞の投票では4位に入った。

1976年は初の開幕投手を務め、前半戦で6連勝を含む10勝を挙げ、オールスターゲームに初めて選出される。後半戦で防御率1.95と調子を上げ、19勝10敗・防御率2.43、共にリーグ2位の261奪三振・23完投、キャリアハイの288.1イニング、リーグトップのWHIP0.99を記録、サイ・ヤング賞の投票で3位に入る。1977年は2年連続で開幕投手を務め完封勝利。前半戦で12勝6敗・防御率2.15・6完封を記録し、2年連続でオールスターゲームに選出される。後半戦は9月5日を最後に離脱し3勝に留まるが、15勝9敗・防御率2.54、リーグ最多の7完封、リーグ3位の205奪三振を記録し、最優秀防御率のタイトルを獲得した。1978年は開幕5連勝を記録するなど前半戦で12勝を挙げるが、後半戦は防御率4.41と調子を落とし、18勝12敗・防御率3.65の成績だった。1979年は左肩を痛めて[1]約3ヶ月戦線離脱するが9月に復帰。7勝に留まるがチームは球団創設以来初の地区優勝を果たす。ボルティモア・オリオールズとのリーグチャンピオンシップシリーズでは第3戦に先発し、5回2失点で勝敗付かず。チームは1勝3敗で敗退した。1980年は不調で前半戦は3勝に留まり、後半戦で持ち直したものの11勝12敗・防御率4.15に終わった。

レッドソックス - レンジャーズ[編集]

1981年1月23日フレッド・リン他1選手との交換トレードで、ジョー・ルディ他1選手と共にボストン・レッドソックスに移籍。同年は開幕4連敗を喫し、その後3連勝するが50日間に及ぶストライキでシーズンが中断。再開後から6連敗を喫するなど4勝10敗と大きく負け越した。オフにフリーエージェントとなり、1982年1月6日にテキサス・レンジャーズと契約。同年は前半戦だけで10敗を喫し、リーグワーストの18敗を記録する。1983年は当初リリーフとして登板するが好投を見せて先発に復帰。好調を維持していたが終盤に5連敗を喫し7勝9敗・防御率3.16だった。1984年4年ぶりに200イニングを越え、15勝15敗・防御率3.25を記録。1985年は開幕から5連敗と不調で、6月20日にマイナー1選手との交換トレードで故郷のデトロイト・タイガースに移籍。

デトロイト・タイガース[編集]

8月2日ミルウォーキー・ブルワーズ戦でベン・オグリヴィーの本塁打のみの1安打完投勝利。9月に5連勝を記録するなど移籍後は10勝・防御率3.34と復調した。1987年トロント・ブルージェイズと地区優勝を争い、10月4日のシーズン最終戦の直接対決で完封勝利を挙げ、15年ぶりの地区優勝を決めた。ミネソタ・ツインズとのリーグチャンピオンシップシリーズでは第4戦に先発するが、カービー・パケットに本塁打を浴びるなど6回途中4失点で敗戦投手となり、チームも1勝4敗で敗退した。1988年は開幕5連勝を記録するなど5月までに8勝を挙げるが、防御率5点台と内容は今ひとつ。その後内容は上向いたが勝利には恵まれず、14勝11敗・防御率4.21の成績。1989年は打線の援護に恵まれず、防御率3.58ながら10勝14敗に終わる。1990年4月28日のブルワーズ戦で通算200勝を達成。1992年オフにフリーエージェントとなり、12月10日ニューヨーク・メッツと契約。

以後[編集]

1993年は15敗を喫し、チームも地区最下位に沈む。9月17日にトレードで地区優勝を争っていたニューヨーク・ヤンキースに移籍[2]。移籍後は3試合に先発したが0勝2敗で、チームは地区2位に終わった。オフに現役を引退。

獲得タイトル・表彰・記録[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
1973 CAL 4 4 2 1 0 2 2 0 -- .500 108 26.1 20 2 8 0 0 22 2 0 11 9 3.08 1.06
1974 39 35 12 4 2 14 19 0 -- .424 1127 268.2 262 27 77 4 8 180 4 2 104 93 3.12 1.26
1975 34 33 16 5 2 16 9 0 -- .640 1029 257.1 211 21 73 6 7 269 8 1 80 75 2.62 1.10
1976 34 34 23 2 4 19 10 0 -- .655 1142 288.1 212 24 73 5 9 261 5 0 88 78 2.43 0.99
1977 31 31 20 7 2 15 9 0 -- .625 973 241.1 201 19 61 2 12 205 8 1 72 68 2.54 1.09
1978 33 33 10 4 2 18 12 0 -- .600 1014 239.0 239 26 60 7 9 137 5 8 108 97 3.65 1.25
1979 18 17 2 1 0 7 5 0 -- .583 382 90.1 93 9 25 0 2 46 6 1 44 39 3.89 1.31
1980 32 31 7 0 1 11 12 0 -- .478 870 204.0 223 18 45 0 8 113 3 1 107 94 4.15 1.31
1981 BOS 24 23 5 2 0 4 10 0 -- .286 596 141.1 142 17 43 4 4 78 2 0 70 63 4.01 1.31
1982 TEX 30 30 7 0 1 7 18 0 -- .280 832 194.1 199 16 55 10 7 87 0 1 102 91 4.21 1.31
1983 29 22 3 0 0 7 9 0 -- .438 667 159.1 144 14 49 5 7 108 6 1 70 56 3.16 1.21
1984 35 35 9 1 1 15 15 0 -- .500 1054 246.1 234 30 81 3 6 141 12 4 117 89 3.25 1.28
1985 13 13 0 0 0 2 7 0 -- .222 340 77.2 89 15 23 2 1 52 3 0 53 51 5.91 1.44
DET 20 20 4 0 1 10 7 0 -- .588 567 137.1 131 13 34 6 2 107 2 1 59 51 3.34 1.20
'85計 33 33 4 0 1 12 14 0 -- .462 907 215.0 220 28 57 8 3 159 5 1 112 102 4.27 1.29
1986 32 31 3 1 0 12 9 0 -- .571 812 188.1 196 23 65 9 3 119 7 1 95 87 4.16 1.39
1987 34 34 5 3 1 15 10 0 -- .600 924 218.2 216 27 56 5 5 146 6 0 106 95 3.91 1.24
1988 32 32 2 0 0 14 11 0 -- .560 876 203.0 213 25 64 7 4 127 6 0 105 95 4.21 1.36
1989 33 33 6 1 0 10 14 0 -- .417 955 223.2 227 21 74 8 8 147 8 0 105 89 3.58 1.35
1990 34 29 1 0 0 9 8 1 -- .529 763 176.1 190 25 66 7 9 114 5 1 104 104 5.31 1.45
1991 33 33 3 2 2 13 12 0 -- .520 920 217.1 217 26 78 9 2 107 3 1 98 91 3.77 1.36
1992 32 31 3 0 0 13 11 0 -- .542 818 186.2 188 22 90 9 7 91 11 1 102 91 4.39 1.49
1993 NYM 29 29 0 0 0 7 15 0 -- .318 784 183.0 198 26 48 7 9 104 7 2 100 91 4.48 1.34
NYY 3 3 0 0 0 0 2 0 -- .000 88 19.2 18 2 7 1 0 12 0 0 10 7 3.20 1.27
'93計 32 32 0 0 0 7 17 0 -- .292 872 202.2 216 28 55 8 9 116 7 2 110 98 4.35 1.34
通算:21年 638 616 143 34 19 240 236 1 -- .504 17641 4188.1 4063 448 1255 116 129 2773 119 27 1910 1704 3.66 1.27
  • 各年度の太字はリーグ最高

脚注[編集]

  1. ^ Kuenster, John (October 1979). "Number of Disabled Players Reached Staggering Proportions in '79 Season". Baseball Digest (United States: Lakeside Publishing Co) 38 (10): p. 17. ISSN 0005-609X. Retrieved 2010年8月22日. 
  2. ^ Curry, Jack (1993年9月18日). “Last Gasp: Yanks Get Tanana From the Mets” (英語). The New York Times. 2010年8月22日閲覧。

外部リンク[編集]