1990年の野球

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

< 1990年 | 1990年のスポーツ

競技結果[編集]

日本プロ野球[編集]

ペナントレース[編集]

セントラル・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 読売ジャイアンツ 88 42 0 .677 - 詳細
2位 広島東洋カープ 66 64 2 .508 22.0 詳細
3位 横浜大洋ホエールズ 64 66 3 .492 24.0 詳細
4位 中日ドラゴンズ 62 68 1 .477 26.0 詳細
5位 ヤクルトスワローズ 58 72 0 .446 30.0 詳細
6位 阪神タイガース 52 78 0 .400 36.0 詳細
パシフィック・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 西武ライオンズ 81 45 4 .643 - 詳細
2位 オリックス・ブレーブス 69 57 4 .548 12.0 詳細
3位 近鉄バファローズ 67 60 3 .528 14.5 詳細
4位 日本ハムファイターズ 66 63 1 .512 16.5 詳細
5位 ロッテオリオンズ 57 71 2 .445 25.0 詳細
6位 福岡ダイエーホークス 41 85 4 .325 40.0 詳細

日本シリーズ[編集]

1990年 日本シリーズ
日付 試合 ビジター球団(先攻) スコア ホーム球団(後攻) 開催球場
10月20日(土) 第1戦 西武ライオンズ 5-0 読売ジャイアンツ 東京ドーム
10月21日(日) 第2戦 西武ライオンズ 9-5 読売ジャイアンツ
10月22日(月) 移動日
10月23日(火) 第3戦 読売ジャイアンツ 0-7 西武ライオンズ 西武ライオンズ球場
10月24日(水) 第4戦 読売ジャイアンツ 3-7 西武ライオンズ
優勝:西武ライオンズ(2年ぶり9回目)

個人タイトル[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
タイトル 選手 球団 成績 選手 球団 成績
最優秀選手 斎藤雅樹 巨人   野茂英雄 近鉄  
最優秀新人 与田剛 中日   野茂英雄 近鉄  
首位打者 J.パチョレック 大洋 .326 西村徳文 ロッテ .338
本塁打王 落合博満 中日 34本 O.デストラーデ 西武 42本
打点王 落合博満 中日 102点 O.デストラーデ 西武 106点
石嶺和彦 オリックス
最多安打 J.パチョレック 大洋 172本 J.トレーバー 近鉄 150本
盗塁王 緒方耕一 巨人 33個 秋山幸二 西武 51個
野村謙二郎 広島
最高出塁率 落合博満 中日 .416 清原和博 西武 .454
最優秀防御率 斎藤雅樹 巨人 2.17 野茂英雄 近鉄 2.91
最多勝利 斎藤雅樹 巨人 20勝 渡辺久信 西武 18勝
野茂英雄 近鉄
最多奪三振 木田優夫 巨人 182個 野茂英雄 近鉄 287個
最高勝率 斎藤雅樹 巨人 .800 野茂英雄 近鉄 .692
最優秀救援投手 与田剛 中日 35SP 鹿取義隆 西武 27SP

ベストナイン[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
守備位置 選手 球団 選手 球団
投手 斎藤雅樹 巨人 野茂英雄 近鉄
捕手 村田真一 巨人 伊東勤 西武
一塁手 落合博満 中日 清原和博 西武
二塁手 高木豊 大洋 大石大二朗 近鉄
三塁手 バンスロー 中日 松永浩美 オリックス
遊撃手 池山隆寛 ヤクルト 田中幸雄 日本ハム
外野手 J.パチョレック 大洋 西村徳文 ロッテ
広沢克己 ヤクルト 石嶺和彦 オリックス
原辰徳 巨人 秋山幸二 西武
指名打者   O.デストラーデ 西武

高校野球[編集]

大学野球[編集]

社会人野球[編集]

メジャーリーグ[編集]

韓国プロ野球[編集]

できごと[編集]

1月[編集]

2月[編集]

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

  • 5月9日 - ダイエーの間柴茂有が対近鉄戦(北九州)に先発登板し、通算500試合登板を達成。間柴はこの試合を最後にシーズン途中で引退。
  • 5月17日 - オリックス対ダイエー戦で、ダイエーがオリックスに対し日本プロ野球2度目となる毎回四球13を記録[2]。その他16安打で16-3で試合に勝利する[3]
  • 5月20日 - 1987年のパ・リーグ新人王を争った近鉄の阿波野秀幸と日本ハムの西崎幸広がそれぞれ対ロッテオリオンズ戦と対ダイエー戦に勝利し、共に通算50勝を達成する。
  • 5月23日 - 巨人が対中日ドラゴンズ戦(ナゴヤ球場)に勝利し、日本プロ野球史上初の球団3000勝を達成。

6月[編集]

7月[編集]

8月[編集]

  • 8月4日 - 大洋の田代富雄が横浜スタジアムでの対中日17回戦の15回裏に代打として登場して安打を打ち、プロ通算1500試合出場を達成[5]
  • 8月5日
    • 西武球場での西武対近鉄18回戦で、近鉄の先発・野茂英雄は10三紙を奪い、パ・リーグ新記録となる1シーズン13度目の2桁奪三振を記録[6]。西武の清原和博が六回裏に24号本塁打を打ち、プロ通算150号本塁打を達成[7]
    • 大洋の新浦壽夫が横浜スタジアムでの対中日18回戦の9回二死から救援登板し、プロ通算500試合登板を達成[8]
  • 8月7日
    • 巨人の加藤初が東京ドームでの対大洋21回戦の九回表に遠藤一彦から三振を奪い、プロ通算1500奪三振を達成[9]
    • オリックスの今井雄太郎が前橋球場での対日本ハム17回戦の三回裏途中から救援登板し、プロ通算2000投球回を達成[10]
  • 8月10日 - この日試合予定の東京ドームでの巨人対中日16回戦が台風の影響で中止となる。台風11号の影響で中日ナインが東海道新幹線の名古屋駅から乗車予定だったひかり222号が運休し、この状況を中日側が巨人側に説明し、巨人は午後2時半に中止を決定[11]
  • 8月13日 - オリックスのオーナーの宮内義彦は、来季より本拠地を神戸グリーンスタジアム神戸)への移転を発表。また愛称名を一般公募することも発表[12]
  • 8月15日 - パ・リーグは審判の高木敏昭が依願退職したと発表[13]
  • 8月21日 - 日本ハムの大島康徳西宮球場での対オリックス19回戦の六回表に中前安打を打ち、プロ通算2000本安打を達成[14]
  • 8月22日 - 中日の小松辰雄が神宮球場での対ヤクルト21回戦に先発して6勝目を挙げ、プロ通算100勝を達成[15]
  • 8月23日 - ヤクルトの池山隆寛が神宮球場での対ヤクルト22回戦でサイクル安打を達成[16]
  • 8月24日
    • 近鉄の野茂英雄がグリーンスタジアム神戸での対オリックス20回戦に先発し、10奪三振を記録してプロ野球新記録となる5試合連続2桁奪三振を達成[17]
    • ロッテの村田兆治が西武球場での対西武16回戦に先発登板し、プロ通算600試合登板を達成。村田はこの試合で完封し8勝目を挙げる[18]
  • 8月27日 - 阪神の監督の中村勝広は甲子園球場での対ヤクルト21回戦の試合後に、ラリー・パリッシュを翌28日の試合から起用せず「事実上の退団と考えてもらっていい」と語る[19]
  • 8月28日 - 阪神の球団代表の高田順弘は、ラリー・パリッシュが左膝の治療のためアメリカに帰国すると発表。今季限りで切れる契約について球団、パリッシュ双方とも再契約の意思がないことを明らかにし、退団も事実上決定[20]
  • 8月30日 - 広島の山崎隆三がナゴヤ球場での対中日24回戦の犠打を決め、プロ通算200犠打を達成[21]

9月[編集]

  • 9月1日 - 巨人の川相昌弘が横浜スタジアムでの対大洋17回戦一回表に無死一塁から犠打を決め、シーズン56犠打のプロ野球タイ記録[22]
  • 9月4日 - 巨人の川相昌弘が東京ドームでの対中日21回戦の一回裏に無死一塁から犠打を決め、1シーズン57犠打のプロ野球新記録[23]
  • 9月5日
    • オリックスの監督の上田利治が西宮球場での多日本ハム23回戦の試合後に記者会見を行い、今シーズン限りで退任することを表明[24]
    • 甲子園球場での阪神対大洋23回戦で阪神は六回裏に八木裕高井一鮎川義文が3者連続で三塁打を打ち、1イニング3者連続三塁打のプロ野球タイ記録[25]
  • 9月7日 - プロ野球実行委員会が都内のホテルで開かれ、ドラフト対象選手の練習生、球団職員としての採用を原則として禁止することを申し合わせる[26]
  • 9月8日 - 広島市民球場での大洋対広島21回戦で広島が大洋に1-3で敗れ、巨人が東京ドームのヤクルト戦に延長10回裏吉村禎章の10号サヨナラ本塁打で勝ち、リーグ優勝達成[27]
  • 9月9日
    • オリックス対西武の24回戦が西宮球場で行われオリックスが西武に13-11でサヨナラ勝ちし、オリックスの監督の上田利治が監督通算1000勝を達成[28]
    • 日本ハムの大島康徳が宇都宮清原球場での対近鉄26回戦の六回裏に代打として出場して二塁打を打ち、プロ通算300二塁打を達成[29]
  • 9月11日
    • ナゴヤ球場で午後5時55分頃バックスクリーン右後方左翼寄りの照明灯下の清掃用置場で火災が発生。観客六千人のうち外野席の千人が警備員の誘導で非常口からグラウンドに避難。この影響で午後6時20分試合開始の予定が23分遅れ、午後6時43分に試合開始[30]
    • 阪神の猪俣隆が神宮球場での対ヤクルト22回戦の二回表に適時打を放ち、プロ入り80打席目で初安打を記録[31]
  • 9月12日 - 西武の山根和夫が引退を表明[32]
  • 9月22日 - 日本ハムの島田誠が西武球場での対西武22回戦の二回表に適時打を打ち、プロ通算1500本安打を達成[33]
  • 9月23日 - 西武対日本ハムの23回戦が西武ライオンズ球場で行われ西武が日本ハムに9-3で勝利し、パ・リーグ優勝を決める[34]
  • 9月25日 - ロッテの村田兆治が東京都内の自宅で今シーズン限りでの現役引退を表明[35]
  • 9月26日 - オリックス対ダイエー24回戦(阪急西宮球場)でダイエーの広永益隆が六回裏に山沖之彦から6号本塁打を打ち、これが日本プロ野球通算6万号ホームランを記録[36]
  • 9月27日 - 近鉄の野茂英雄が西武球場での対西武24回戦に先発し12三振を奪い、1シーズン2桁奪三振20のプロ野球タイ記録[37]
  • 9月28日 - オリックスは神戸市内のホテルで野球評論家の土井正三の監督就任を発表[38]

10月[編集]

  • 10月5日 - オリックスが、翌年から球団名を「ブルーウェーブ」に変更し、上田利治監督の勇退と土井正三新監督の就任を発表。
  • 10月13日 - ロッテの村田兆治投手が現役引退。同日の引退試合で若林忠志(1949年)以来2人目となる40歳代での2桁勝利を記録。
  • 10月24日 - 日本シリーズは西武が4連勝のストレート勝ちで巨人に勝利し、2年ぶり日本一を達成。4連勝のストレート勝ちは西武としては前身、後の埼玉西武を通じて球団史上初で、シリーズとしては1960年の大洋以来、30年ぶり。
    • この年はワールドシリーズがシンシナティ・レッズの4連勝のストレート勝ちで、韓国シリーズもLGツインズの4連勝のストレート勝ちで終わっており、日米韓全てのシリーズがチャンピオンチームの4連勝のストレート勝ちで終わっている。
  • 10月28日 - ダイエーの監督田淵幸一がセレクション会議に提出する他球団リストを公表、球団は厳重注意、減俸10%の処分を科した[39]

11月[編集]

12月[編集]

誕生[編集]

1月[編集]

2月[編集]

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

6月[編集]

7月[編集]

8月[編集]

9月[編集]

10月[編集]

11月[編集]

12月[編集]

死去[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 篠塚の打球を本塁打と判定した審判の大里晴信は同年限りで退職。
  2. ^ ただし9回裏の攻撃はなく8イニング。
  3. ^ 宇佐美徹也 『日本プロ野球記録大鑑』 講談社1993年、623頁。ISBN 4062061082
  4. ^ 宇佐美徹也 1993, p. 696.
  5. ^ 読売新聞1990年8月5日18面「大洋・田代が1500試合出場」読売新聞縮刷版1990年8月p202
  6. ^ 読売新聞1990年8月6日夕刊16面「近鉄・野茂がパ新のシーズン13度目の2ケタ奪三振」読売新聞縮刷版1990年8月p240
  7. ^ 読売新聞1990年8月6日夕刊16面「西武連敗ストップ 清原、最年少150号 粘投、渡辺久13勝目」読売新聞縮刷版1990年8月p240
  8. ^ 読売新聞1990年8月6日夕刊17面「大洋・新浦が500試合登板」読売新聞縮刷版1990年8月p241
  9. ^ 読売新聞1990年8月8日19面「巨人・加藤が1500奪三振」読売新聞縮刷版1990年8月p317
  10. ^ 読売新聞1990年8月8日18面「オリックス・今井雄太郎投手(四一)が通算投球回数2000イニング」読売新聞縮刷版1990年8月p316
  11. ^ 読売新聞1990年8月11日19面「ドーム初の試合中止 中日、台風で上京できず」読売新聞縮刷版1990年8月p449
  12. ^ 読売新聞1990年8月14日19面「オリックス、神戸移転を正式発表」読売新聞縮刷版1990年8月p565
  13. ^ 読売新聞1990年8月16日16面「パの高木審判が退職」読売新聞縮刷版1990年8月p650
  14. ^ 読売新聞1990年8月22日17面「大島、最年長2千本安打 39年10か月 最多2290試合」読売新聞縮刷版1990年8月p935
  15. ^ 読売新聞1990年8月23日18面「小松”我慢”の100勝 チーム一丸、与田リレー」読売新聞縮刷版1990年8月p988
  16. ^ 読売新聞1990年8月24日18面「池山サイクル安打」読売新聞縮刷版1990年8月p1036
  17. ^ 読売新聞1990年8月24日19面「野茂3度目正直日本新 5試合連続2ケタ奪三振」読売新聞縮刷版1990年8月p1085
  18. ^ 読売新聞1990年8月24日19面「村田『600試合目』完封で飾る 西武1年ぶり屈辱 ディアズ千金22号」読売新聞縮刷版1990年8月p1085
  19. ^ 読売新聞1990年8月28日19面「パリッシュきょう退団へ」読売新聞縮刷版1990年8月p1237
  20. ^ 読売新聞1990年8月29日19面「パリッシュ、30日帰国」読売新聞縮刷版1990年8月p1291
  21. ^ 読売新聞1990年8月31日19面「広島・山崎が200犠打」読売新聞縮刷版1990年8月p1395
  22. ^ 読売新聞1990年9月2日19面「巨人・川相が犠打56のプロ野球タイ記録」読売新聞縮刷版1990年9月p67
  23. ^ 読売新聞1990年9月5日19面「川相が57犠打、日本新」読売新聞縮刷版1990年9月p227
  24. ^ 読売新聞1990年9月6日18面「上田監督、今季限り退団 神戸移転、愛称変更を機に」読売新聞縮刷版1990年9月p280
  25. ^ 読売新聞1990年9月6日19面「阪神、1イニング最多連続三塁打3のプロタイ記録」読売新聞縮刷版1990年9月p281
  26. ^ 読売新聞1990年9月8日19面「ドラフト対象選手 練習生としての採用に罰則も」読売新聞縮刷版1990年9月p381
  27. ^ 読売新聞1990年9月9日1面「巨人 セ・リーグ2連覇 通算35度目 超スピード決定」読売新聞縮刷版1990年9月p411
  28. ^ 読売新聞1990年9月9日19面「上田監督1000勝」読売新聞縮刷版1990年9月p469
  29. ^ 読売新聞1990年9月9日19面「中日・大島康徳内野手(三九)が300二塁打」読売新聞縮刷版1990年9月p469
  30. ^ 読売新聞1990年9月12日30面「スタンド火事!ナゴヤ球場、1000人が避難」読売新聞縮刷版1990年9月p602
  31. ^ 読売新聞1990年9月12日19面「阪神・猪俣が連続打席無安打を79でストップ」読売新聞縮刷版1990年9月p591
  32. ^ 読売新聞1990年9月13日19面「西武・山根が引退表明」読売新聞縮刷版1990年9月p647
  33. ^ 読売新聞1990年9月23日17面「日本ハム・島田誠外野手(三六)が1500安打」読売新聞縮刷版1990年9月p1195
  34. ^ 読売新聞1990年9月24日1面「西武 2年ぶり優勝 パ・リーグ」読売新聞縮刷版1990年9月p1219
  35. ^ 読売新聞1990年9月26日17面「村田が引退表明 40歳『体力に限界』マサカリ投法 30日に見納め」読売新聞縮刷版1990年9月p1301
  36. ^ 読売新聞1990年9月27日19面「広永がプロ野球通算6万号本塁打」読売新聞縮刷版1990年9月p1363
  37. ^ 読売新聞1990年9月28日19面「野茂20度目二桁奪三振 プロタイ 江夏に並ぶ 26試合目 最速達成!」読売新聞縮刷版1990年9月p1419
  38. ^ 読売新聞1990年9月30日17面「『明るいオリックスに』土井監督就任発表」読売新聞縮刷版1990年9月p1473
  39. ^ 『日本プロ野球事件史 1934-2013 秘蔵写真で振り返る衝撃のプロ野球史』 ベースボール・マガジン社、2013年、98頁。ISBN 9784583619323
  40. ^ ベースボールマガジン』、ベースボール・マガジン社、2012年11月、 74頁。
  41. ^ 週刊ベースボール』、ベースボール・マガジン社、2011年12月12日、 36頁。