1989年の野球

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< 1989年 | 1989年のスポーツ

競技結果[編集]

日本プロ野球[編集]

ペナントレース[編集]

セントラル・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 読売ジャイアンツ 84 44 2 .656 -
2位 広島東洋カープ 73 51 6 .589 9.0
3位 中日ドラゴンズ 68 59 3 .535 15.5
4位 ヤクルトスワローズ 55 72 3 .433 28.5
5位 阪神タイガース 54 75 1 .419 30.5
6位 横浜大洋ホエールズ 47 80 3 .370 36.5
パシフィック・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 近鉄バファローズ 71 54 5 .568 -
2位 オリックス・ブレーブス 72 55 3 .567 0.0
3位 西武ライオンズ 69 53 8 .566 0.5
4位 福岡ダイエーホークス 59 64 7 .480 11.0
5位 日本ハムファイターズ 54 73 3 .426 18.0
6位 ロッテオリオンズ 48 74 8 .393 21.5

日本シリーズ[編集]

  • 読売ジャイアンツ(4勝3敗)近鉄バファローズ

個人タイトル[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
タイトル 選手 球団 成績 選手 球団 成績
最優秀選手 W.クロマティ 巨人   R.ブライアント 近鉄  
最優秀新人 笘篠賢治 ヤクルト   酒井勉 オリックス  
首位打者 W.クロマティ 巨人 .378 ブーマー.W オリックス .322
本塁打王 L.パリッシュ ヤクルト 42本 R.ブライアント 近鉄 49本
打点王 落合博満 中日 116点 ブーマー.W オリックス 124点
最多安打 W.クロマティ 巨人 166本 ブーマー.W オリックス 165本
盗塁王 正田耕三 広島 34個 西村徳文 ロッテ 42個
最高出塁率 W.クロマティ 巨人 .449 松永浩美 オリックス .431
最優秀防御率 斎藤雅樹 巨人 1.62 村田兆治 ロッテ 2.50
最多勝利 斎藤雅樹 巨人 20勝 阿波野秀幸 近鉄 19勝
西本聖 中日
最多奪三振 川口和久 広島 192個 阿波野秀幸 近鉄 183個
最高勝率 西本聖 中日 .769 星野伸之 オリックス .714
最優秀救援投手 津田恒実 広島 40SP 井上祐二 ダイエー 27SP

ベストナイン[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
守備位置 選手 球団 選手 球団
投手 斎藤雅樹 巨人 阿波野秀幸 近鉄
捕手 中尾孝義 巨人 山下和彦 近鉄
一塁手 L.パリッシュ ヤクルト ブーマー.W オリックス
二塁手 正田耕三 広島 辻発彦 西武
三塁手 落合博満 中日 松永浩美 オリックス
遊撃手 池山隆寛 ヤクルト 田辺徳雄 西武
外野手 W.クロマティ 巨人 秋山幸二 西武
山崎賢一 大洋 R.ブライアント 近鉄
彦野利勝 中日 藤井康雄 オリックス
指名打者   門田博光 オリックス

ゴールデングラブ賞[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
守備位置 球団 選手 球団 選手
投手 中日 西本聖 近鉄 阿波野秀幸
捕手 巨人 中尾孝義 オリックス 中嶋聡
一塁手 巨人 駒田徳広 ロッテ 愛甲猛
二塁手 広島 正田耕三 西武 辻発彦
三塁手 広島 W.ロードン オリックス 松永浩美
遊撃手 巨人 川相昌弘 西武 田辺徳雄
外野手 中日 彦野利勝 西武 秋山幸二
大洋 山崎賢一 西武 平野謙
ヤクルト 栗山英樹 オリックス 本西厚博

高校野球[編集]

大学野球[編集]

社会人野球[編集]

メジャーリーグ[編集]

できごと[編集]

1月[編集]

2月[編集]

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

6月[編集]

7月[編集]

  • 7月1日 - 西武の田辺徳雄が対日本ハム戦で東京ドーム初のランニングホームランを記録、満塁ランニングホームランは日本プロ野球5人目[14]
  • 7月4日
    • 韓国ヘテ・タイガース宣銅烈が韓国プロ野球史上5人目のノーヒットノーランを達成[15]
    • 日本ハムの角光雄がこの日の対ダイエー戦(北九州)で移籍後初登板で先発し、1979年7月27日から続いていたリリーフ連続登板記録が423でストップ[16]
    • 中日の落合博満が対大洋戦(ナゴヤ)で日本プロ野球通算4000打数に到達、通算打率.326はトップ[1]
  • 7月5日 - オリックスのブーマー・ウェルズが対西武戦で渡辺久信から通算1000本安打。781試合目での達成は当時の日本プロ野球史上最速[17]
  • 7月15日 - 巨人の斎藤雅樹が対ヤクルト戦(東京ドーム)で日本プロ野球新記録の11試合連続完投勝利[18]
  • 7月20日 - 阪神のセシル・フィルダーが対大洋戦(横浜)で日本プロ野球新記録の同一カード8試合連続本塁打。
  • 7月21日
    • 中日の鈴木孝政が対ヤクルト戦(浜松)で日本プロ野球史上80人目の通算1000奪三振[1]
    • 近鉄は対ロッテ戦(川崎)で日本プロ野球タイ記録の1試合6犠打[19]
  • 7月22日 - オリックスの森浩二が対ダイエー戦(平和台)で2点リードの8回裏1死一・二塁の場面で登板し、山本和範に初球を打たれて降板。その後山本がこの試合の決勝点の走者となったことから、日本プロ野球史上11度目、自身2度目の1球敗戦投手。1人で複数回記録したのは日本プロ野球史上初[17]
  • 7月23日 - 中日は対ヤクルト戦(ナゴヤ)でセ・リーグタイ記録の1試合6犠打[1]
  • 7月25日 - オールスターゲームが開催、26年ぶりに年2試合となる[1]

8月[編集]

9月[編集]

  • 9月7日 - 中日は対広島戦(広島)で日本プロ野球新記録のシーズン148犠打[1]
  • 9月8日 - 中日の郭源治が9月5日に日本国籍を取得し、この日外国人選手適用除外が公示。
  • 9月9日 - ロッテ対西武戦(釧路市民球場)でロッテの先発の牛島和彦がパ・リーグタイ記録の10与四球[10]
  • 9月23日 - 西武の清原和博が対ロッテ戦(西武)において、ロッテの平沼定晴の死球に怒り乱闘で退場処分。パ・リーグは同日、2試合出場停止処分と、制裁金30万円、厳重戒告の処分。これにより清原の連続試合出場記録は490試合でストップ[26]
  • 9月25日 - オリックス対ダイエー戦(西宮)において、ダイエーの山内和宏から31号本塁打を打ったオリックスの門田博光がブーマーとのハイタッチで右肩を脱臼するアクシデント[27]
  • 9月27日 - ヤクルトの広沢克己が対中日戦(神宮)で日本プロ野球史上156人目の通算100号本塁打達成[4]
  • 9月28日 - ロッテの荘勝雄は対ダイエー戦(平和台)で完投勝ちし5年連続の2ケタ勝利。外国人投手としては阪神のジーン・バッキー以来で、来日1年目からは初めて[10]

10月[編集]

  • 10月1日 - 日本ハムの田村藤夫が平和台球場での対ダイエー25回戦でサイクル安打を達成[28]
  • 10月4日 - 大洋の監督の古葉竹識が球団社長の久野修慈に対し電話で辞任を申し出て、了承される[29]
  • 10月6日 - 巨人対大洋26回戦が横浜スタジアムで行われ、巨人が大洋に5-0で勝利し、2年ぶり25度目のセ・リーグ優勝達成[30]
  • 10月7日 - 中日の鈴木孝政が今季限りで現役引退を表明[31]
  • 10月12日 - 近鉄のラルフ・ブライアントが西武球場での対西武ダブルヘッダー第1試合24回戦の第2打席から、第2試合25回戦の第2打席まで4打数連続本塁打を記録[32]。ブライアントは第1試合の24回戦で3本塁打を記録して通算で6度目の1試合3本塁打となり、王貞治の5度の記録を更新。また第2試合の25回戦の3回表に49号本塁打を放ち、1980年に近鉄のチャーリー・マニエルが記録したパ・リーグの外国人選手の年間本塁打の記録を更新。
  • 10月14日 - 近鉄対ダイエーの26回戦が藤井寺球場で行われ、近鉄がダイエーに5-2で勝利し、9年ぶり3度目のパ・リーグ優勝達成[33]
  • 10月15日 - 広島の正田耕三が広島市民球場での対中日26回戦で日本プロ野球タイ記録の1試合6盗塁[34]
  • 10月17日
  • 10月18日
    • セ・リーグのシーズン公式戦の全日程が終了[36]
    • 阪神は大阪市内のホテルで記者会見し、中村勝広が新監督に就任したと発表[37]
    • 大洋の加藤博一が横浜スタジアムでの対広島26回戦の7回裏に代打として出場し、プロ通算1000試合出場を達成[38]

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  • 10月19日
    • ヤクルトは東京・東新橋のヤクルト本社にて野村克也の監督就任を発表。
    • ダイエーは福岡市内のホテルで田淵幸一の監督就任を発表。
    • 西部の監督の森祇晶が球団代表の清水信人と取締役スカウト部長の根本陸夫とともに国土計画本社を訪ねてオーナーの堤義明にシーズン終了の報告を行う。森は報道陣公開の場で「監督をおやりになりたいのなら、どうぞ」と発言し、森の続投が決まる[39]
  • 10月20日 - パ・リーグのシーズン公式戦の全日程が終了。
  • 10月23日 - 沢村賞の選考委員会が東京のパレス・ホテルにて開かれ、巨人の斎藤雅樹を選出[40]
  • 10月27日
    • ロッテは東京・西新宿のロッテ本社にて午後3時より記者会見し、監督の有藤通世が辞任し、野球評論家の金田正一が後任の監督に就任したと発表[41]
    • 【MLB】地震で延期となっていたワールドシリーズ第3戦がキャンドルスティック・パークで行われ、オークランド・アスレチックスがサンフランシスコ・ジャイアンツに13-7で勝利。
  • 10月29日 - 日本シリーズは第7戦が藤井寺球場で行われ、巨人が近鉄に8-5で勝利し3連敗からの4連勝で、8年ぶり17度目の優勝達成[42]

11月[編集]

12月[編集]

誕生[編集]

1月[編集]

2月[編集]

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

6月[編集]

7月[編集]

8月[編集]

9月[編集]

10月[編集]

11月[編集]

12月[編集]

死去[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k 『中日ドラゴンズ70年史』 中日ドラゴンズ 編、中日新聞社2006年、166頁。ISBN 4806205141
  2. ^ 開幕戦記録集[リンク切れ]パ・リーグ公式サイト
  3. ^ 【4月28日】1989年(平元) 前代未聞 郭源治 幻の救援 0球で降板”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2011年4月28日). 2015年12月26日閲覧。
  4. ^ a b c 『東京ヤクルトスワローズ40年史 1969-2009 ツバメの記憶』 ベースボール・マガジン社〈B.B.MOOK スポーツシリーズ〉、2009年[要ページ番号]ISBN 9784583616018
  5. ^ 記録メモ(個人打者編)[リンク切れ]パ・リーグ公式サイト
  6. ^ 球団ヒストリー 1989”. 千葉ロッテマリーンズ公式サイト. 2015年12月26日閲覧。
  7. ^ 宇佐美徹也 『日本プロ野球記録大鑑』 講談社1993年、514頁。ISBN 4062061082
  8. ^ 【5月31日】1989年(平元)騒然!神宮パリッシュ暴れ、9分後にはセ初の危険球退場”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2011年5月31日). 2015年12月26日閲覧。
  9. ^ 宇佐美徹也 1993, p. 443.
  10. ^ a b c d e 『BBMタイムトラベル 俺たちの川崎ロッテ・オリオンズ いま蘇る「川崎劇場」の14年間!』 ベースボール・マガジン社〈B.B.MOOK〉、2013年、59頁。ISBN 9784583620473
  11. ^ ベースボールマガジン』、ベースボール・マガジン社、2012年11月、 72頁。
  12. ^ 【6月20日】1989年(平元) 見たか巨人!新浦寿夫、完封!ようやく止まった18連敗”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2009年6月20日). 2015年12月26日閲覧。
  13. ^ 【6月30日】1989年(平元) トレード期限ギリギリ 日本ハム、拝み倒して角三男獲得”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2009年6月30日). 2015年12月26日閲覧。
  14. ^ 宇佐美徹也 1993, p. 452.
  15. ^ 『ベースボールマガジン』、ベースボール・マガジン社、2011年11月、 90頁。
  16. ^ 宇佐美徹也 1993, p. 782.
  17. ^ a b 宇佐美徹也 1993, p. 846.
  18. ^ セリーグHistory[リンク切れ]セ・リーグ公式サイト
  19. ^ 宇佐美徹也 1993, p. 738.
  20. ^ 【8月12日】1989年(平元)斎藤雅樹、天国から地獄へ 落合博満サヨナラ3ラン!”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2011年8月12日). 2015年12月26日閲覧。
  21. ^ 宇佐美徹也 1993, p. 409.
  22. ^ a b c 『ホエールズ&ベイスターズ60年の軌跡』 ベースボール・マガジン社〈B.B.MOOK スポーツシリーズ〉、2009年、27頁。ISBN 9784583616179
  23. ^ 大修館書店刊「近代体育スポーツ年表1800-1907」271ページ
  24. ^ 記録メモ(個人投手編)[リンク切れ]パ・リーグ公式サイト
  25. ^ 記録メモ(チーム・その他編)[リンク切れ]パ・リーグ公式サイト
  26. ^ 【9月23日】1989年(平元) 清原、死球に激高 バット投げつけるわ蹴り入れるわ”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2007年9月23日). 2015年12月26日閲覧。
  27. ^ 【9月25日】1989年(平1) 門田“痛すぎる”31号 ハイタッチで右肩脱臼”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2008年9月25日). 2015年12月26日閲覧。
  28. ^ 読売新聞1989年1月2日19面「日本ハム・田村捕手がサイクル安打」読売新聞縮刷版1989年10月p59
  29. ^ 読売新聞1989年10月5日19面「古葉監督が辞任」読売新聞縮刷版1989年10月p235
  30. ^ 読売新聞1989年10月7日1面「巨人 2年ぶりセ優勝」読売新聞縮刷版1989年10月p325
  31. ^ 毎日新聞1989年10月8日27面「かつての"火消し王"中日・鈴木が引退」毎日新聞縮刷版1989年10月p331
  32. ^ 朝日新聞1989年10月13日23面「びっくりブライアント 4打数連続弾 追撃 同点 決勝 勝ち越し 近鉄連勝で再浮上 西武のVは絶望的」朝日新聞縮刷版1989年10月p635
  33. ^ 読売新聞1989年10月15日1面「近鉄 9年ぶり優勝 パ・リーグ」読売新聞縮刷版1989年10月p717
  34. ^ 朝日新聞1989年10月16日26面「正田走った!6盗塁 37年ぶり日本タイ」朝日新聞縮刷版1989年10月p790
  35. ^ 毎日新聞1989年10月18日23面「"小さな大打者"若松引退 首位打者2回 MVP1回 生涯打率トップ」毎日新聞縮刷版1989年10月p741
  36. ^ 読売新聞1989年10月19日19面「セ・リーグ全日程を終了 正田、初盗塁王」読売新聞縮刷版1989年10月p947
  37. ^ 毎日新聞1989年10月19日27面「中村新監督の就任を正式発表」毎日新聞縮刷版1989年10月
  38. ^ 読売新聞1989年10月19日19面「大洋・加藤博一外野手(三八)が千試合出場」読売新聞縮刷版1989年10月p947
  39. ^ 読売新聞1989年10月19面「『やりたいのならどうぞ』堤オーナーが森監督に 続投了承」読売新聞縮刷版1989年10月p995
  40. ^ 読売新聞1989年10月24日19面「斎藤に『沢村賞』連続完投 勝ち評価 阿波野、西本ら抑え」読売新聞縮刷版1989年10月p1207
  41. ^ 朝日新聞1989年10月28日23面「金田ロッテ監督決まる」朝日新聞縮刷版1989年10月p1439
  42. ^ 読売新聞1989年10月30日1面「巨人、大逆転の日本一 土壇場、近鉄に4連勝」読売新聞縮刷版1989年10月p1495
  43. ^ 近鉄、オリックス、日本ハム、ロッテ、大洋、阪神、ヤクルト、ダイエーの8球団。
  44. ^ 【11月26日】1989年(平元) 史上最多8球団指名、野茂英雄と外れ1位”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2007年10月25日). 2015年12月26日閲覧。