1991年の野球

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索

< 1991年 | 1991年のスポーツ

競技結果[編集]

日本プロ野球[編集]

ペナントレース[編集]

セントラル・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 広島東洋カープ 74 56 2 .569 - 詳細
2位 中日ドラゴンズ 71 59 1 .546 3.0 詳細
3位 ヤクルトスワローズ 67 63 2 .515 7.0 詳細
4位 読売ジャイアンツ 66 64 0 .508 8.0 詳細
5位 横浜大洋ホエールズ 64 66 1 .492 10.0 詳細
6位 阪神タイガース 48 82 0 .369 26.0 詳細
パシフィック・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 西武ライオンズ 81 43 6 .653 - 詳細
2位 近鉄バファローズ 77 48 5 .616 4.5 詳細
3位 オリックス・ブルーウェーブ 64 63 3 .504 18.5 詳細
4位 日本ハムファイターズ 53 72 5 .424 28.5 詳細
5位 福岡ダイエーホークス 53 73 4 .421 29.0 詳細
6位 ロッテオリオンズ 48 77 5 .384 33.5 詳細

日本シリーズ[編集]

1991年 日本シリーズ
日付 試合 ビジター球団(先攻) スコア ホーム球団(後攻) 開催球場
10月19日(土) 第1戦 広島東洋カープ 3-11 西武ライオンズ 西武ライオンズ球場
10月20日(日) 第2戦 広島東洋カープ 4-2 西武ライオンズ
10月21日(月) 移動日
10月22日(火) 第3戦 西武ライオンズ 1-0 広島東洋カープ 広島市民球場
10月23日(水) 第4戦 西武ライオンズ 3-7 広島東洋カープ
10月24日(木) 第5戦 西武ライオンズ 0-3 広島東洋カープ
10月25日(金) 移動日
10月26日(土) 第6戦 広島東洋カープ 1-6 西武ライオンズ 西武ライオンズ球場
10月27日(日) 第7戦 雨天中止
10月28日(月) 広島東洋カープ 1-7 西武ライオンズ
優勝:西武ライオンズ(2年連続10回目)

個人タイトル[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
タイトル 選手 球団 成績 選手 球団 成績
最優秀選手 佐々岡真司 広島   郭泰源 西武  
最優秀新人 森田幸一 中日   長谷川滋利 オリックス  
首位打者 古田敦也 ヤクルト .340 平井光親 ロッテ .314
本塁打王 落合博満 中日 37本 O.デストラーデ 西武 39本
打点王 広沢克己 ヤクルト 99点 O.デストラーデ 西武 92点
J.トレーバー 近鉄
最多安打 野村謙二郎 広島 170本 佐々木誠 ダイエー 158本
盗塁王 野村謙二郎 広島 31個 大野久 ダイエー 42個
最高出塁率 落合博満 中日 .473 白井一幸 日本ハム .428
最優秀防御率 佐々岡真司 広島 2.44 渡辺智男 西武 2.35
最多勝利 佐々岡真司 広島 17勝 野茂英雄 近鉄 17勝
最多奪三振 川口和久 広島 230個 野茂英雄 近鉄 287個
最高勝率 北別府学 広島 .733 工藤公康 西武 .842
最優秀救援投手 大野豊 広島 32SP 武田一浩 日本ハム 22SP

ベストナイン[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
守備位置 選手 球団 選手 球団
投手 佐々岡真司 広島 郭泰源 西武
捕手 古田敦也 ヤクルト 伊東勤 西武
一塁手 落合博満 中日 J.トレーバー 近鉄
二塁手 高木豊 大洋 辻発彦 西武
三塁手 山崎隆造 広島 松永浩美 オリックス
遊撃手 野村謙二郎 広島 小川博文 オリックス
外野手 R・J・レイノルズ 大洋 秋山幸二 西武
広沢克己 ヤクルト 佐々木誠 ダイエー
原辰徳 巨人 平井光親 ロッテ
指名打者   O.デストラーデ 西武

高校野球[編集]

大学野球[編集]

社会人野球[編集]

メジャーリーグ[編集]

できごと[編集]

1月[編集]

2月[編集]

3月[編集]

  • 3月8日 - 日本人選手初の年俸調停となっていた中日の落合博満について、調停委員会は球団提示の2億2千万(落合は当初3億を要求、その後2億7千万に)の結論を出した[6]
  • 3月27日 - ヤクルトの球団オーナーに桑原潤が就任[4]

4月[編集]

  • 4月5日 - 第63回選抜高等学校野球大会の決勝戦が阪神甲子園球場で行われ、広陵松商学園を6-5で破り、65年ぶり2度目の優勝。
  • 4月6日
    • この日、セ・パ両リーグ公式戦が開幕[1]
    • 広島の前田智徳は開幕戦の対ヤクルト戦で1番でプロ入り初先発出場し、1回の第1打席で日本プロ野球史上初の「新人による開幕戦で初出場、先頭打者、プロ入り初本塁打」[7]
  • 4月6日 - 中日の森田幸一が対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)に4番手で登板し、22年ぶりの「開幕戦で新人がプロ入り初登板、初勝利投手」[1]
  • 4月7日 - 中日の西本聖が対巨人戦(東京ドーム)で日本プロ野球通算2500投球回[8]
  • 4月10日 - 中日の森田幸一が対広島戦(ナゴヤ球場)で8回裏のプロ入り初打席で秋村謙宏から初本塁打。投手による初打席初本塁打は史上4人目、新人では1950年の東映フライヤーズ塩瀬盛道以来41年ぶり。初打席初本塁打で勝利投手となったのは史上初[9]
  • 4月12日 - 日本ハムは対オリックス戦(東京ドーム)で、田村藤夫の「本塁打による1安打勝利」、パ・リーグ史上5度目。スコアは1-0。日本ハムは前日の対ロッテ戦(東京ドーム)に続いての「2試合連続の1安打試合」、パ・リーグ史上2度目[10]
  • 4月14日 - 中日の宇野勝が対大洋戦(長良川球場)で日本プロ野球通算1500試合出場[8]
  • 4月14日 - 広島対巨人戦(広島)は2-1で巨人が勝利し、原辰徳に逆転打を打たれた津田恒美が敗戦投手。津田はこれが現役最後の登板となり、この後登録抹消で検査のため入院となる[11]
  • 4月16日 - 阪神の田村勤がプロ入り初登板の対広島戦(広島)の7回1死三塁の場面で、初打者の小早川毅彦に日本プロ野球史上34人目の「初登板、初打者に本塁打」[12]
  • 4月17日 - 中日対ヤクルト戦(明治神宮野球場)で、中日の小松崎善久がヤクルトのティム・バートサスの投球に激高し、乱闘騒ぎとなり、両者退場処分[1]
  • 4月24日 - 日本ハムの芝草宇宙が対ロッテ戦(川崎球場)でパ・リーグ史上6人目の「プロ入り初登板で完封勝利」、スコアは6-0[12]

5月[編集]

6月[編集]

  • 6月10日 - 【MLB】1993年からナショナルリーグに新加盟する2球団がフロリダ・マーリンズコロラド・ロッキーズに決定。チーム名は7月6日に発表。
  • 6月12日 - 日本プロ野球は支配下選手枠を70人(一軍40人、二軍30人)とすることを内定。トレード期間は6月30日までとすることにした[1]
  • 6月16日
  • 6月18日 - 中日対大洋戦(ナゴヤ)の10回裏、中日の彦野利勝盛田幸妃から3号サヨナラ本塁打を放つが、一塁を回ったところで右膝を押さえて倒れ、代走の山口幸司がホームイン。彦野は右膝じん帯断裂で全治3カ月の重傷[17]
  • 6月18日 - 西武のオレステス・デストラーデが対オリックス戦(山形)で5回に右打席、7回に左打席で日本プロ野球タイ記録の2度目の両打席で本塁打[18]
  • 6月27日 - 西武対日本ハム戦(西武)は西武が秋山幸二のパ・リーグ史上16度目の「サヨナラ本塁打による1-0で勝利」[19]
  • 6月28日 - 西武は対ロッテ戦(川崎球場)の1回から5回までの5イニング連続本塁打、パリーグ新記録[20]
  • 6月28日 - 近鉄対オリックス戦(藤井寺)で5回裏無死一塁の場面で、近鉄の打者の吉田剛のバントの自打球が当たったことについて、アウトかどうかで判定が3度覆り、両チームの監督が抗議、21分間の中断。判定した審判の村田康一が後に戒告と制裁金3万円の処分[21]
  • 6月29日 - 中日対巨人戦(ナゴヤ)で、巨人の村田真一の右翼ポール際への打球が一度は本塁打と認定され、中日のマイク・ライアルのアピールでファウルと認められ、幻の本塁打に[21]
  • 6月30日 - 中日の落合博満が対巨人戦(ナゴヤ)で香田勲から日本プロ野球通算3000塁打[8]

7月[編集]

  • 7月10日 - キューバレネ・アロチャがMLBでのプレーを目指し、アメリカ合衆国へ亡命
  • 7月14日 - 中日の宇野勝が対巨人戦(東京ドーム)で日本人選手新記録の23試合連続三振[1]
  • 7月17日
  • 7月19日 - 中日対巨人戦で、中日の中村武志が8回に代打で本塁打、10回にサヨナラ本塁打を放ち、両方を同じ試合で記録したのは日本プロ野球史上3人目。試合は8-0からの中日のサヨナラ勝ちで、8点差からの逆転負けは巨人の球団新記録[22]
  • 7月28日 - 【MLB】エクスポズデニス・マルティネスが対ロサンゼルス・ドジャース戦で完全試合を達成。
  • 7月30日 - 阪神の野田浩司が対巨人戦(甲子園)で9回表までに毎回12奪三振で、この時点で巨人の出場全選手から奪三振を記録していたが、9回裏に巨人が守備要員で篠塚利夫を起用し、阪神がサヨナラ勝ちをしたため、篠塚が打席に立たなかったので全員からの奪三振の記録はならず[23]
  • 7月31日 - 千葉マリンスタジアムで初のナイター試合[24]で、パ・リーグ初の公式戦となるロッテ対西武戦が行われた。試合後にロッテの球団社長代行の重光昭夫が翌年からの千葉への本拠地移転を発表[3]

8月[編集]

9月[編集]

  • 9月4日
    • プロ野球実行委員会でロッテの千葉への本拠地移転が正式に承認[2]
    • 【MLB】メジャーリーグのシーズン本塁打記録について、「154試合制の記録」として併記されていたベーブ・ルースの60本塁打(1927年)の記載を取りやめ、ロジャー・マリスの61本塁打(1961年)のみ記載されることとなった。
  • 9月5日 - 中日の落合博満が対大洋戦(ナゴヤ)で盛田幸妃から通算1000四球[27]
  • 9月12日 - ヤクルトの広沢克己が対大洋戦(神宮)日本プロ野球通算150本塁打、史上93人目[4]
  • 9月20日 - ジュニア日本選手権広島巨人戦(平塚)は7回2死コールドで5-5の引き分けに終わり、再試合となる[30]
  • 9月21日 - ジュニア日本選手権の再試合(平塚)は巨人が広島に8-7でサヨナラ勝ちし、2年連続5度目の優勝達成[30]
  • 9月21日 - 中日の監督の星野仙一が辞任することが一部スポーツ紙で報道される[27]
  • 9月26日 - 阪神の葛西稔は対ヤクルト戦(甲子園)で完投勝利。阪神は22日中込伸、23日湯舟敏郎、24日野田浩司、25日猪俣隆、26日葛西と全てドラフト1位入団投手による5試合連続完投勝利を記録。
  • 9月26日 - 中日の新監督に髙木守道の就任が決定[27]
  • 9月27日 - ダイエーの今井雄太郎が今季限りでの現役引退表明。
  • 9月28日 - 大洋の屋鋪要が対巨人戦(東京ドーム)で通算300盗塁[25]
  • 9月29日 -【MLB】 ミネソタ・ツインズがアメリカンリーグ西地区優勝。前年最下位からの地区優勝は史上初。2週間後の10月5日にナショナルリーグ西地区を優勝したアトランタ・ブレーブスが史上2チーム目となった。

10月[編集]

  • 10月3日 - 西武が対日本ハム戦(西武)に勝利し、2年連続のパ・リーグ優勝が決定。またこの試合では、オレステス・デストラーデが1回に左打席、2回に右打席日本プロ野球新記録の通算2度目の両打席で本塁打[18]
  • 10月10日 - 横浜の田代富雄が引退試合の対阪神戦(横浜)の3回の現役最終打席で満塁本塁打[25]
  • 10月13日 - 広島が対阪神ダブルヘッダー第2試合に勝ち、5年ぶり6度目のセ・リーグ優勝。
  • 10月15日 - 中日の宇野勝が対広島戦(ナゴヤ)で川島堅から日本プロ野球通算1500安打[27]
  • 10月16日 - この日、セ・リーグのシーズン公式戦全日程が終了[27]
  • 10月17日 - この日、パ・リーグのシーズン公式戦全日程が終了[27]
  • 10月17日 - 川崎球場での「ロッテオリオンズ」としての最後の試合を行われ(対ダイエーダブルヘッダー)、最終戦となった第2試合は7回表に降雨コールドでロッテが5対4で勝利[31]。ロッテは球団初の観客動員100万人突破[3](102万1千人)。当時の既存12球団では最後の達成[32]。ロッテの平井光親が、2リーグ制以降では最少の111安打で首位打者。規定打席ちょうど(403)での首位打者は史上3人目[33]
  • 10月27日 - 【MLB】ワールドシリーズはミネソタ・ツインズアトランタ・ブレーブスに4勝3敗で優勝達成。
  • 10月28日 - 日本シリーズ第7戦が西武球場で行われ、西武が広島に7-1で勝利し、4勝3敗で2年連続の優勝達成[34]
  • 10月29日 - 【MLB】ヤンキースの新監督にバック・ショーウォルターが就任。

11月[編集]

12月[編集]

誕生[編集]

1月[編集]

2月[編集]

3月[編集]

4月[編集]

6月[編集]

8月[編集]

11月[編集]

12月[編集]

死去[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 『中日ドラゴンズ70年史』 中日ドラゴンズ 編、中日新聞社2006年、170頁。ISBN 4806205141
  2. ^ a b c d e パシフィック・リーグ略史(1949年~2000年)[リンク切れ]パ・リーグ公式サイト
  3. ^ a b c d e f チームヒストリー 1993”. 千葉ロッテマリーンズ公式サイト. 2015年12月29日閲覧。
  4. ^ a b c d 球団のあゆみ 1990年代”. 東京ヤクルトスワローズ公式サイト. 2015年12月29日閲覧。
  5. ^ a b c d 日付は出典の記述に基づく公示日。『ライオンズ60年史―獅子の記憶―「西鉄」から「埼玉西武」まで』 ベースボール・マガジン社〈B.B.MOOK スポーツシリーズ〉、2010年、116頁。ISBN 9784583616858
  6. ^ 『日本プロ野球事件史 1934-2013 秘蔵写真で振り返る衝撃のプロ野球史』 ベースボールマガジン社、2013年、57頁。ISBN 9784583619323
  7. ^ 『広島東洋カープ60年史 HISTORY 1950-2009 躍動!赤ヘル軍団』 ベースボール・マガジン社〈B.B.MOOK スポーツシリーズ〉、2009年、62頁。ISBN 9784583616001
  8. ^ a b c d e ドラゴンズ70年史 2006, p. 284.
  9. ^ 【4月10日】1991年(平3) 中日・森田幸一、41年ぶりの投手初打席初本塁打は決勝弾”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2008年3月30日). 2015年12月29日閲覧。
  10. ^ 記録メモ(チーム・その他編)[リンク切れ]パ・リーグ公式サイト
  11. ^ a b 【4月14日】1991年(平3) 炎のストッパー・津田、悲しい最後のリリーフ”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2008年4月7日). 2015年12月29日閲覧。
  12. ^ a b 記録メモ(個人投手編)[リンク切れ]パ・リーグ公式サイト
  13. ^ 宇佐美徹也 『日本プロ野球記録大鑑』 講談社1993年、802頁。ISBN 4062061082
  14. ^ 【5月25日】1991年(平3) 荒井幸雄 千葉マリン公式戦1号本塁打は「しんどかった」”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン. 2015年12月29日閲覧。
  15. ^ 【5月28日】1991年(平3) 異例 1年で出戻り 高沢秀昭 シーズン中に古巣復帰”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン. 2015年12月29日閲覧。
  16. ^ 週刊ベースボール』、ベースボール・マガジン社、2013年8月26日、 96頁。
  17. ^ 【6月18日】1991年(平3) 前代未聞のサヨナラ本塁打で代走 彦野利勝、天国から地獄へ”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2010年6月18日). 2015年12月29日閲覧。
  18. ^ a b 宇佐美徹也 1993, p. 427.
  19. ^ 記録メモ(個人打者編)[リンク切れ]パ・リーグ公式サイト
  20. ^ 宇佐美徹也 1993, p. 435.
  21. ^ a b 事件史 2013, p. 99.
  22. ^ 『週刊ベースボール』2013年5月27日、 107頁。
  23. ^ 宇佐美徹也 1993, p. 671.
  24. ^ 宇佐美徹也 1993, p. 190.
  25. ^ a b c 『ホエールズ&ベイスターズ60年の軌跡』 ベースボール・マガジン社〈B.B.MOOK スポーツシリーズ〉、2009年、26頁。ISBN 9784583616179
  26. ^ 『週刊ベースボール』、ベースボール・マガジン社、2012年7月23日、 107頁。
  27. ^ a b c d e f g h ドラゴンズ70年史 2006, p. 171.
  28. ^ 宇佐美徹也 1993, p. 726.
  29. ^ 宇佐美徹也 1993, p. 688.
  30. ^ a b ファーム日本選手権 各年度試合結果(1990-1999)”. 日本野球機構公式サイト. 2015年12月29日閲覧。
  31. ^ 『俺たちの川崎ロッテ・オリオンズ BBMタイムトラベル いま蘇る「川崎劇場」の14年間!』 ベースボール・マガジン社〈B.B.MOOK〉、2013年、63頁。ISBN 9784583620473
  32. ^ 宇佐美徹也 1993, pp. 1077 - 1088.
  33. ^ 【10月16日】1991年(平3) バントで届いた!“シンデレラボーイ”平井“最低”安打の首位打者”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2008年10月13日). 2015年12月29日閲覧。
  34. ^ 1991年度日本シリーズ 試合結果”. 日本野球機構公式サイト. 2015年12月29日閲覧。
  35. ^ 阪神タイガースヒストリー 1990-1994”. 阪神タイガース公式サイト. 2015年12月29日閲覧。