1991年の野球

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< 1991年 | 1991年のスポーツ

競技結果[編集]

日本プロ野球[編集]

ペナントレース[編集]

セントラル・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 広島東洋カープ 74 56 2 .569 - 詳細
2位 中日ドラゴンズ 71 59 1 .546 3.0 詳細
3位 ヤクルトスワローズ 67 63 2 .515 7.0 詳細
4位 読売ジャイアンツ 66 64 0 .508 8.0 詳細
5位 横浜大洋ホエールズ 64 66 1 .492 10.0 詳細
6位 阪神タイガース 48 82 0 .369 26.0 詳細
パシフィック・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 西武ライオンズ 81 43 6 .653 - 詳細
2位 近鉄バファローズ 77 48 5 .616 4.5 詳細
3位 オリックス・ブルーウェーブ 64 63 3 .504 18.5 詳細
4位 日本ハムファイターズ 53 72 5 .424 28.5 詳細
5位 福岡ダイエーホークス 53 73 4 .421 29.0 詳細
6位 ロッテオリオンズ 48 77 5 .384 33.5 詳細

日本シリーズ[編集]

1991年 日本シリーズ
日付 試合 ビジター球団(先攻) スコア ホーム球団(後攻) 開催球場
10月19日(土) 第1戦 広島東洋カープ 3-11 西武ライオンズ 西武ライオンズ球場
10月20日(日) 第2戦 広島東洋カープ 4-2 西武ライオンズ
10月21日(月) 移動日
10月22日(火) 第3戦 西武ライオンズ 1-0 広島東洋カープ 広島市民球場
10月23日(水) 第4戦 西武ライオンズ 3-7 広島東洋カープ
10月24日(木) 第5戦 西武ライオンズ 0-3 広島東洋カープ
10月25日(金) 移動日
10月26日(土) 第6戦 広島東洋カープ 1-6 西武ライオンズ 西武ライオンズ球場
10月27日(日) 第7戦 雨天中止
10月28日(月) 広島東洋カープ 1-7 西武ライオンズ
優勝:西武ライオンズ(2年連続10回目)

個人タイトル[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
タイトル 選手 球団 成績 選手 球団 成績
最優秀選手 佐々岡真司 広島   郭泰源 西武  
最優秀新人 森田幸一 中日   長谷川滋利 オリックス  
首位打者 古田敦也 ヤクルト .340 平井光親 ロッテ .314
本塁打王 落合博満 中日 37本 O.デストラーデ 西武 39本
打点王 広沢克己 ヤクルト 99点 O.デストラーデ 西武 92点
J.トレーバー 近鉄
最多安打 野村謙二郎 広島 170本 佐々木誠 ダイエー 158本
盗塁王 野村謙二郎 広島 31個 大野久 ダイエー 42個
最高出塁率 落合博満 中日 .473 白井一幸 日本ハム .428
最優秀防御率 佐々岡真司 広島 2.44 渡辺智男 西武 2.35
最多勝利 佐々岡真司 広島 17勝 野茂英雄 近鉄 17勝
最多奪三振 川口和久 広島 230個 野茂英雄 近鉄 287個
最高勝率 北別府学 広島 .733 工藤公康 西武 .842
最優秀救援投手 大野豊 広島 32SP 武田一浩 日本ハム 22SP

ベストナイン[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
守備位置 選手 球団 選手 球団
投手 佐々岡真司 広島 郭泰源 西武
捕手 古田敦也 ヤクルト 伊東勤 西武
一塁手 落合博満 中日 J.トレーバー 近鉄
二塁手 高木豊 大洋 辻発彦 西武
三塁手 山崎隆造 広島 松永浩美 オリックス
遊撃手 野村謙二郎 広島 小川博文 オリックス
外野手 R・J・レイノルズ 大洋 秋山幸二 西武
広沢克己 ヤクルト 佐々木誠 ダイエー
原辰徳 巨人 平井光親 ロッテ
指名打者   O.デストラーデ 西武

高校野球[編集]

大学野球[編集]

社会人野球[編集]

メジャーリーグ[編集]

できごと[編集]

1月[編集]

2月[編集]

3月[編集]

  • 3月8日 - 日本人選手初の年俸調停となっていた中日の落合博満について、調停委員会は球団提示の2億2千万(落合は当初3億を要求、その後2億7千万に)の結論を出した[6]
  • 3月27日 - ヤクルトの球団オーナーに桑原潤が就任[4]

4月[編集]

  • 4月5日 - 第63回選抜高等学校野球大会の決勝戦が阪神甲子園球場で行われ、広陵松商学園を6-5で破り、65年ぶり2度目の優勝。
  • 4月6日
    • この日、セ・パ両リーグ公式戦が開幕[1]
    • 広島の前田智徳は開幕戦の対ヤクルト戦で1番でプロ入り初先発出場し、1回の第1打席で日本プロ野球史上初の「新人による開幕戦で初出場、先頭打者、プロ入り初本塁打」[7]
  • 4月6日 - 中日の森田幸一が対読売ジャイアンツ戦(東京ドーム)に4番手で登板し、22年ぶりの「開幕戦で新人がプロ入り初登板、初勝利投手」[1]
  • 4月7日 - 中日の西本聖が対巨人戦(東京ドーム)で日本プロ野球通算2500投球回[8]
  • 4月10日 - 中日の森田幸一が対広島戦(ナゴヤ球場)で8回裏のプロ入り初打席で秋村謙宏から初本塁打。投手による初打席初本塁打は史上4人目、新人では1950年の東映フライヤーズ塩瀬盛道以来41年ぶり。初打席初本塁打で勝利投手となったのは史上初[9]
  • 4月12日 - 日本ハムは対オリックス戦(東京ドーム)で、田村藤夫の「本塁打による1安打勝利」、パ・リーグ史上5度目。スコアは1-0。日本ハムは前日の対ロッテ戦(東京ドーム)に続いての「2試合連続の1安打試合」、パ・リーグ史上2度目[10]
  • 4月14日 - 中日の宇野勝が対大洋戦(長良川球場)で日本プロ野球通算1500試合出場[8]
  • 4月14日 - 広島対巨人戦(広島)は2-1で巨人が勝利し、原辰徳に逆転打を打たれた津田恒美が敗戦投手。津田はこれが現役最後の登板となり、この後登録抹消で検査のため入院となる[11]
  • 4月16日 - 阪神の田村勤がプロ入り初登板の対広島戦(広島)の7回1死三塁の場面で、初打者の小早川毅彦に日本プロ野球史上34人目の「初登板、初打者に本塁打」[12]
  • 4月17日 - 中日対ヤクルト戦(明治神宮野球場)で、中日の小松崎善久がヤクルトのティム・バートサスの投球に激高し、乱闘騒ぎとなり、両者退場処分[1]
  • 4月24日 - 日本ハムの芝草宇宙が対ロッテ戦(川崎球場)でパ・リーグ史上6人目の「プロ入り初登板で完封勝利」、スコアは6-0[12]

5月[編集]

6月[編集]

  • 6月10日 - 【MLB】1993年からナショナルリーグに新加盟する2球団がフロリダ・マーリンズコロラド・ロッキーズに決定。チーム名は7月6日に発表。
  • 6月12日 - 日本プロ野球は支配下選手枠を70人(一軍40人、二軍30人)とすることを内定。トレード期間は6月30日までとすることにした[1]
  • 6月16日
  • 6月18日 - 中日対大洋戦(ナゴヤ)の10回裏、中日の彦野利勝盛田幸妃から3号サヨナラ本塁打を放つが、一塁を回ったところで右膝を押さえて倒れ、代走の山口幸司がホームイン。彦野は右膝じん帯断裂で全治3カ月の重傷[17]
  • 6月18日 - 西武のオレステス・デストラーデが対オリックス戦(山形)で5回に右打席、7回に左打席で日本プロ野球タイ記録の2度目の両打席で本塁打[18]
  • 6月27日 - 西武対日本ハム戦(西武)は西武が秋山幸二のパ・リーグ史上16度目の「サヨナラ本塁打による1-0で勝利」[19]
  • 6月28日 - 西武は対ロッテ戦(川崎球場)の1回から5回までの5イニング連続本塁打、パリーグ新記録[20]
  • 6月28日 - 近鉄対オリックス戦(藤井寺)で5回裏無死一塁の場面で、近鉄の打者の吉田剛のバントの自打球が当たったことについて、アウトかどうかで判定が3度覆り、両チームの監督が抗議、21分間の中断。判定した審判の村田康一が後に戒告と制裁金3万円の処分[21]
  • 6月29日 - 中日対巨人戦(ナゴヤ)で、巨人の村田真一の右翼ポール際への打球が一度は本塁打と認定され、中日のマイク・ライアルのアピールでファウルと認められ、幻の本塁打に[21]
  • 6月30日 - 中日の落合博満が対巨人戦(ナゴヤ)で香田勲から日本プロ野球通算3000塁打[8]

7月[編集]

  • 7月10日 - 巨人の篠塚利夫が札幌円山球場での対広島16回戦の九回裏に安打を打ち、プロ通算1500本安打を達成[22]
  • 7月14日 - 中日の宇野勝が東京ドームでの対巨人13回戦の二回表に桑田真澄から三振を喫し、日本人選手としてプロ野球新記録の23試合連続三振[23]
  • 7月18日 - オリックスの石嶺和彦が北九州市民球場での対ダイエー12回戦に4番・指名打者として出場し、プロ通算1000試合出場を達成[24]
  • 7月19日 - 中日の中村武志がナゴヤ球場での対巨人14回戦で、八回裏一死満塁の場面で代打で登場し12号満塁本塁打、十回裏に13号サヨナラ本塁打を放ち、史上5人目の一試合で満塁本塁打、サヨナラ本塁打の両方を打った選手となる[25]。試合後、巨人ファン約30名が巨人ナインの乗せたバスを取り囲み立ち往生する騒ぎが起きる[26]
  • 7月31日
    • 千葉マリンスタジアムでのプロ野球初の公式戦となるロッテ対西武16回戦が行わ、西武が3-2で勝利[27]
    • ロッテの球団社長代行の重光昭夫はこの日に開かれたオーナー会議にて、来季より本拠地を川崎球場から千葉マリンスタジアムへ移転することを表明[28]

8月[編集]

9月[編集]

  • 9月1日 - 巨人の川相昌弘が甲子園球場での対阪神23回戦の一回表に無死一塁から犠打を決め、自身が1990年に記録した年間最多犠打58を更新する今季59個目の犠打となる[37]
  • 9月4日 - プロ野球実行委員会が名古屋市内のホテルで開かれ、ロッテの千葉への本拠地移転を正式に承認[38]
  • 9月5日 - 中日の落合博満がナゴヤ球場での対大洋23回戦の七回裏に盛田幸妃から四球を選び、プロ通算1000四死球を達成[39]
  • 9月6日 - オリックスのブーマー・ウェルズがグリーンスタジアム神戸での対ダイエー19回戦に出場し、1000試合出場を達成[40]
  • 9月7日 - 広島の川口和久が東京ドームでの対巨人23回戦の四回表に岡崎郁から三振奪い、プロ通算1000奪三振を達成[41]
  • 9月20日 - ジュニア日本選手権広島巨人戦が平塚球場で行われ、7回裏巨人の攻撃中に降雨のため試合が中断し、5-5の引き分けに終わり再試合となる[42]
  • 9月21日 - ジュニア日本選手権の再試合が平塚球場で行われ、巨人が広島に8-7でサヨナラ勝ちし、2年連続5度目の優勝達成[43]
  • 9月23日 - 中日の球団社長の中山了は、監督の星野仙一が今季限りで辞任を申し出ていることを明らかにする[44]
  • 9月26日 - 阪神の真弓明信が甲子園球場での対ヤクルト26回戦で二回裏に17号本塁打、四回裏に二塁打、六回裏に適時二塁打を打ち、プロ通算3000塁打を達成[45]
  • 9月27日 - ダイエーは今井雄太郎広橋公寿が今季限りでの現役引退すると発表[46]
  • 9月28日
    • ダイエーの門田博光が平和台球場での対日本ハム25回戦で2三振を喫し、これでプロ通算1479三振となり、野村克也の通算1478三振を抜いて、プロ野球史上2位の三振数となる[47]
    • 洋の屋鋪要が東京ドームでの対巨人25回戦で2盗塁を決め、プロ通算300盗塁を達成[48]
  • 9月29日 - ロッテの西村徳文が川崎球場での対近鉄25回戦で2盗塁を決め、プロ通算300盗塁を達成[49]

10月[編集]

  • 10月1日 - 日本ハムの監督の近藤貞雄が本拠地・東京ドームでの最終戦となる対近鉄24回戦の試合終了後に記者会見し、今季限りで監督を退任すると表明[50]
  • 10月2日 - 西武の渡辺久信が西武球場での対ロッテ24回戦の三回表に佐藤兼伊知から三振を奪い、プロ通算1000奪三振を記録[51]
  • 10月3日 - 西武球場で西武対日本ハム26回戦で西武が13-1と勝利し、、2年連続のパ・リーグ優勝が決定[52]
  • 10月4日 - 阪神は田尾安志が今季限りで現役引退すると発表[53]
  • 10月8日
    • 阪神の高橋慶彦が六回表に得点してプロ通算1000得点を達成[54]
    • ダイエーは島田誠が今季限りで現役引退すると発表[55]
  • 10月10日 - 横浜スタジアムでの大洋対阪神ダブルヘッダー第二試合の26回戦は大洋の田代富雄の引退試合となり、田代は現役最後の最終打席となった三回裏の第二打席で1号満塁本塁打を打つ[56]
  • 10月12日 - ヤクルトは尾花高夫が今季限りで現役引退すると発表[57]
  • 10月13日
    • 広島対阪神のダブルヘッダーが広島市民球場で行われ、第二試合の25回戦で広島が阪神に2-1で勝ち、5年ぶり6度目のセ・リーグ優勝[58]
    • 中日の落合博満が神宮球場での対ヤクルト26回戦で1試合6四球のプロ野球新記録[59]
  • 10月14日 - 大洋は打撃コーチの大杉勝男が退団したと発表[60]
  • 10月15日 - 中日の宇野勝がナゴヤ球場での対広島26回戦の二回裏に川島堅から適時打を打ち、プロ野球通算1500安打を達成[61]
  • 10月16日 - セ・リーグのシーズン公式戦全日程が終了[62]
  • 10月17日 - パ・リーグのシーズン公式戦全日程が終了[63]
  • 10月18日 - 中日は野球評論家の高木守道が来季より監督に就任すると正式に発表[64]
  • 10月21日 - 沢村賞の選考が東京都内のホテルで行われ、広島の佐々岡真司を選出[65]
  • 10月27日 - 【MLB】ワールドシリーズはミネソタ・ツインズアトランタ・ブレーブスに4勝3敗で優勝達成。
  • 10月28日 - 日本シリーズ第7戦が西武球場で行われ、西武が広島に7-1で勝利し、4勝3敗で2年連続の優勝達成[66]
  • 10月29日 - 正力松太郎賞の選考委員会が開かれ、西武の秋山幸二を選出[67]
  • 10月30日 - プロ野球セ・パ両リーグの最優秀選手、新人王、ベストナインを決める記者投票の開票が行われ、最優秀選手はセは広島の佐々岡真司、パは西武の郭泰源を、最終週新人にセは中日の森田幸一、パはオリックスの長谷川滋利を選出[68]

11月[編集]

12月[編集]

誕生[編集]

1月[編集]

2月[編集]

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

6月[編集]

7月[編集]

8月[編集]

9月[編集]

10月[編集]

11月[編集]

12月[編集]

死去[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 『中日ドラゴンズ70年史』 中日ドラゴンズ 編、中日新聞社2006年、170頁。ISBN 4806205141
  2. ^ a b c d パシフィック・リーグ略史(1949年~2000年) Archived 2014年02月16日, at the Wayback Machine.パ・リーグ公式サイト
  3. ^ a b c チームヒストリー 1993”. 千葉ロッテマリーンズ公式サイト. 2015年12月29日閲覧。
  4. ^ a b c 球団のあゆみ 1990年代”. 東京ヤクルトスワローズ公式サイト. 2015年12月29日閲覧。
  5. ^ a b c d 日付は出典の記述に基づく公示日。『ライオンズ60年史―獅子の記憶―「西鉄」から「埼玉西武」まで』 ベースボール・マガジン社〈B.B.MOOK スポーツシリーズ〉、2010年、116頁。ISBN 9784583616858
  6. ^ 『日本プロ野球事件史 1934-2013 秘蔵写真で振り返る衝撃のプロ野球史』 ベースボールマガジン社、2013年、57頁。ISBN 9784583619323
  7. ^ 『広島東洋カープ60年史 HISTORY 1950-2009 躍動!赤ヘル軍団』 ベースボール・マガジン社〈B.B.MOOK スポーツシリーズ〉、2009年、62頁。ISBN 9784583616001
  8. ^ a b c d e ドラゴンズ70年史 2006, p. 284.
  9. ^ 【4月10日】1991年(平3) 中日・森田幸一、41年ぶりの投手初打席初本塁打は決勝弾”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン新聞社 (2008年3月30日). 2015年12月29日閲覧。
  10. ^ 記録メモ(チーム・その他編) Archived 2014年02月13日, at the Wayback Machine.パ・リーグ公式サイト
  11. ^ a b 【4月14日】1991年(平3) 炎のストッパー・津田、悲しい最後のリリーフ”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2008年4月7日). 2015年12月29日閲覧。
  12. ^ a b 記録メモ(個人投手編) Archived 2013年12月12日, at the Wayback Machine.パ・リーグ公式サイト
  13. ^ 宇佐美徹也 『日本プロ野球記録大鑑』 講談社1993年、802頁。ISBN 4062061082
  14. ^ 【5月25日】1991年(平3) 荒井幸雄 千葉マリン公式戦1号本塁打は「しんどかった」”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン. 2015年12月29日閲覧。
  15. ^ 【5月28日】1991年(平3) 異例 1年で出戻り 高沢秀昭 シーズン中に古巣復帰”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン. 2015年12月29日閲覧。
  16. ^ 週刊ベースボール』、ベースボール・マガジン社、2013年8月26日、 96頁。
  17. ^ 【6月18日】1991年(平3) 前代未聞のサヨナラ本塁打で代走 彦野利勝、天国から地獄へ”. 日めくりプロ野球. スポーツニッポン (2010年6月18日). 2015年12月29日閲覧。[リンク切れ]
  18. ^ 宇佐美徹也 1993, p. 427.
  19. ^ 記録メモ(個人打者編) Archived 2013年12月12日, at the Wayback Machine.パ・リーグ公式サイト
  20. ^ 宇佐美徹也 1993, p. 435.
  21. ^ a b 事件史 2013, p. 99.
  22. ^ 読売新聞1991年7月11日19面「巨人・篠塚が通算1500本安打」読売新聞縮刷版1991年7月p525
  23. ^ 読売新聞1991年7月15日19面「中日・宇野が日本選手では最多の23試合連続三振を記録」読売新聞縮刷版1991年7月p717
  24. ^ 読売新聞1991年7月19日21面「オリックス・石嶺和彦外野手(三〇)が1000試合出場」読売新聞縮刷版1991年7月p941
  25. ^ 読売新聞1991年7月20日21面「中村、史上5人目の快挙」読売新聞縮刷版1991年7月p989
  26. ^ 読売新聞1991年7月20日21面「巨人のバス立ち往生」読売新聞縮刷版1991年7月p989
  27. ^ 読売新聞1991年8月1日17面「鈴木健V打 西武3連勝」読売新聞縮刷版1991年8月p17
  28. ^ 読売新聞1991年8月1日17面「ロッテ千葉移転本決まり」読売新聞縮刷版1991年8月p17
  29. ^ 読売新聞1991年8月3日21面「ダイエー・水上善雄内野手(三三)が1500試合出場」読売新聞縮刷版1991年8月p109
  30. ^ 読売新聞1991年8月4日夕刊17面「レイノルズ 連続安打『11』新記録 8号2ランで金字塔 10年ぶり更新」読売新聞縮刷版1991年8月p193
  31. ^ 読売新聞1991年8月8日19面「門田6人目2500本安打 43歳、22年目で達成 今季3度目の快記録」読売新聞縮刷版1991年8月p313
  32. ^ 読売新聞1991年8月12日19面「広島・大野が500試合登板」読売新聞縮刷版1991年8月p485
  33. ^ ドラゴンズ70年史 2006, p. 171.
  34. ^ 読売新聞1991年8月26日20面「川相『犠打日本新』に王手 原、逆転25号3ラン 宮本9勝目」読売新聞縮刷版1991年8月p1150
  35. ^ 読売新聞1991年8月28日21面「広島が5盗塁死のタイ記録」読売新聞縮刷版1991年8月p1275
  36. ^ 読売新聞1991年8月31日21面「落合400号 中日アーチ攻勢 広島砕き3.5差 山本完投6勝目」読売新聞縮刷版1991年8月p1453
  37. ^ 読売新聞1991年9月2日19面「川相、59犠打日本新 巨人3連勝、Aクラス復帰」読売新聞縮刷版1991年9月p59
  38. ^ 読売新聞1991年9月5日19面「ロッテ千葉移転正式決定」読売新聞縮刷版1991年9月p231
  39. ^ 読売新聞1991年9月6日19面「中日・落合博満内野手(三七)が通算1000四死球」読売新聞縮刷版1991年9月p289
  40. ^ 読売新聞1991年9月7日19面「オリックスのブーマー・ウエルス内野手(三七)が1000試合出場」読売新聞縮刷版1991年9月p339
  41. ^ 読売新聞1991年9月8日18面「広島・川口和久投手(三二)が通算1000奪三振」読売新聞縮刷版1991年9月p386
  42. ^ 読売新聞1991年9月21日19面「巨人・広島、分ける きょう再試合 ジュニア日本選手権」読売新聞縮刷版1991年9月p1055
  43. ^ 読売新聞1991年9月22日19面「巨人、4度目V 橋本、サヨナラ安打 ジュニア日本選手権」読売新聞縮刷版1991年9月p1115
  44. ^ 読売新聞1991年9月24日19面「星野監督 辞意 "9月の失速"で引責表明」読売新聞縮刷版1991年9月p1197
  45. ^ 読売新聞1991年9月27日19面「真弓が3千塁打 阪神初の5連勝」読売新聞縮刷版1991年9月p1333
  46. ^ 読売新聞1991年9月28日19面「ダイエー今井 広橋 現役引退」読売新聞縮刷版1991年9月p1389
  47. ^ 読売新聞1991年9月29日19面「ダイエー門田外野手が史上2位の三振」読売新聞縮刷版1991年9月p1437
  48. ^ 読売新聞1991年9月29日19面「大洋・屋敷が300盗塁」読売新聞縮刷版1991年9月p1437
  49. ^ 読売新聞1991年9月30日18面「ロッテ・西村が300盗塁」読売新聞縮刷版1991年9月p1476
  50. ^ 読売新聞1991年10月2日19面「史上最年長 近藤監督今季限り」読売新聞縮刷版1991年10月p75
  51. ^ 読売新聞1991年10月3日19面「西武・渡辺久が1000奪三振」読売新聞縮刷版1991年10月p127
  52. ^ 読売新聞1991年10月4日1面「西武2連覇 パ・リーグ」読売新聞縮刷版1991年10月p165
  53. ^ 読売新聞1991年10月5日19面「阪神・田尾引退へ」読売新聞縮刷版1991年10月p239
  54. ^ 読売新聞1991年10月9日19面「阪神・高橋慶彦外野手(三四)が通算1千得点」読売新聞縮刷版1991年10月p443
  55. ^ 読売新聞1991年10月9日19面「島田誠が引退」読売新聞縮刷版1991年10月p443
  56. ^ 読売新聞1991年10月11日19面「大洋お別れ満塁278号」読売新聞縮刷版1991年10月p527
  57. ^ 読売新聞1991年10月13日19面「14年間で112勝 尾花引退発表」読売新聞縮刷版1991年10月p631
  58. ^ 読売新聞1991年10月14日1面「広島5年ぶりV セ・リーグ」読売新聞縮刷版1991年10月p653
  59. ^ 読売新聞1991年10月14日19面「落合ムッ6四球 "首位打者"古田は欠場 中日大勝」読売新聞縮刷版1991年10月p671
  60. ^ 読売新聞1991年10月15日19面「大洋・大杉コーチが退団」読売新聞縮刷版1991年10月p737
  61. ^ 読売新聞1991年10月16日19面「中日・宇野勝(三三)が通算1500安打達成」読売新聞縮刷版1991年10月p793
  62. ^ 読売新聞1991年10月17日19面「古田逆転 初の首位打者 パは平井 3年目の栄冠 捕手で最高.3398 セ全日程終了」読売新聞縮刷版1991年10月p847
  63. ^ 読売新聞1991年10月18日19面「D砲連続2冠 本塁打 打点 野茂も最多勝と奪三振 パも全日程終了」読売新聞縮刷版1991年10月p899
  64. ^ 読売新聞1991年10月19日19面「中日新監督に高木氏が就任」読売新聞縮刷版1991年10月p955
  65. ^ 読売新聞1991年10月22日19面「沢村賞に佐々岡 V貢献を高く評価」読売新聞縮刷版1991年10月p1119
  66. ^ 読売新聞1991年10月29日1面「西武 連続日本一 広島に4勝3敗」読売新聞縮刷版1991年10月p1497
  67. ^ 読売新聞1991年10月30日19面「正力松太郎賞 西武・秋山に 『走・攻・守』の三拍子 外野手の受賞は初めて」読売新聞縮刷版1991年10月p1575
  68. ^ 読売新聞1991年10月31日19面「セは佐々岡、パは郭 MVP 2年連続投手が独占」読売新聞縮刷版1991年10月p1635
  69. ^ 阪神タイガースヒストリー 1990-1994”. 阪神タイガース公式サイト. 2015年12月29日閲覧。