1975年の野球

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1975年の野球(1975ねんのやきゅう)では、1975年野球における動向をまとめる。

できごと[編集]

1月[編集]

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

  • 5月3日
    • 広島は辞任したジョー・ルーツの後任監督として守備走塁コーチの古葉竹識の昇格を広島市内の球団事務所にて発表[17]
    • 阪急の米田哲也が平和台球場での対太平洋4回戦に登板し、プロ野球史上2人目の通算900試合登板を達成[18]
  • 5月11日
    • 西宮球場での阪急対南海6回戦で阪急がプロ野球史上3度目の毎回得点[19]。また南海の門田博光が9回表に2号本塁打を放ち、プロ通算100号を達成。
  • 5月13日 - 南海の野村克也が後楽園球場での対ロッテ5回戦の5回表に安打を放ち、プロ野球史上初の通算2500安打を達成[20]
  • 5月14日 - 阪急の福本豊が西宮球場での対太平洋9回戦の7回裏に二盗を決め、プロ通算450盗塁を達成[21]
  • 5月17日
    • 巨人の堀内恒夫が後楽園球場での対対阪神6回戦で2勝目を挙げ、プロ通算150勝を達成[22]
    • 太平洋の基満男が大阪球場での対南海5回戦に出場し、プロ通算1000試合出場を達成[23]
  • 5月18日
    • 日本ハムの張本勲が鳴門球場での対阪急9回戦ダブルヘッダー第1試合の8回裏に二塁打を放ち、プロ通算4000塁打を達成[24]
    • ヤクルトのロジャーが中日球場での対中日7回戦の6回表に10号本塁打を放ち、セ・リーグ史上通算15000本塁打を記録[25]
  • 5月20日 - 巨人の柴田勲が神宮球場での対ヤクルト10回戦に出場し、プロ通算1500試合出場を達成[26]
  • 5月21日 - 大洋の江尻亮が川崎球場での対中日8回戦の2回裏に二塁打を放ち、プロ通算1000安打を達成[27]
  • 5月22日 - 南海の野村克也が後楽園球場での対日本ハム8回戦の5回表に9号3ランを放ち、プロ史上2人目の通算600本塁打を達成[28]

6月[編集]

  • 6月1日 - 太平洋の土井正博が川崎球場での対ロッテ13回ダブルヘッダー第2試合で16号本塁打を放ち、プロ通算3000塁打を達成[29]
  • 6月5日 - 南海の野村克也が大阪球場での対ロッテ10回戦に出場し、プロ野球史上初の通算2500試合出場を達成[30]
  • 6月7日 - 阪急の高井保弘が西宮球場での対ロッテ9回戦の9回裏に代打で出場して3号本塁打を放ち、通算代打本塁打が18本となり、ピッツバーグ・パイレーツのジェリー・リンチのメジャー記録の代打本塁打18に並ぶ[31]
  • 6月12日 - 静岡球場でヤクルト対広島9回戦が行われ、ヤクルトの船田和英が2回裏に二盗を決め、セ・リーグ15000個目の盗塁を記録[32]。また広島の大下剛史が通算1000試合出場を達成[33]
  • 6月17日 - 大阪球場にて南海と阪急10回戦が行われ、延長10回の末引き分けとなり、阪急がパ・リーグ前期優勝を達成[34]
  • 6月19日 - 阪神の田淵幸一が中日球場での対中日13回戦の7回表に23号本塁打を放ち、プロ通算200本塁打を達成[35]
  • 6月21日 - 阪急の米田哲也の阪神入りが決定[36]
  • 6月22日 - 阪急の長池徳士が平和台球場での対太平洋13回戦の7回表に16号本塁打を放ち、プロ通算300本塁打を達成[37]
  • 6月30日 - 後楽園球場を運営する後楽園スタヂアムは、来年度より日本の球場で初めてとなる人工芝を全面的に導入すると発表[38]

7月[編集]

  • 7月6日 - 阪神のジョージ・アルトマンが甲子園球場での対中日15回戦ダブルヘッダー第2試合の4回裏に7号本塁打を放ち、通算200本塁打を達成。外国人選手としてプロ野球史上初めての記録[39]
  • 7月8日 - パ・リーグの後期が開幕[40]
  • 7月11日 - 巨人の王貞治が後楽園球場での対阪神9回戦の8回裏に16号本塁打を放ち、プロ野球史上初の通算650本塁打を達成[41]
  • 7月13日 - ロッテの山崎裕之が宮城球場での対太平洋後期1回戦で2回表に安打を放ち、プロ通算1000安打を達成[42]
  • 7月17日 - 太平洋の土井正博が平和台球場での対近鉄後期三回戦に9回裏にサヨナラ18号2ランを放ってプロ入り通算1001点とし、プロ野球史上10人目の1000打点を達成[43]
  • 7月26日 - 中日球場の中日対広島18回戦において、1回裏に球場の照明灯の1基が故障したため審判団は試合を中断、修理の見込みがないため1時間20分経った午後8時五分審判団と両チームの監督が協議してノーゲームとなる[44]
  • 7月30日 - 岡山球場で阪神対中日17回戦が行われ阪神が中日に3-2で勝ち、公式戦2500勝を達成[45]
  • 7月31日 - 阪急の加藤英司が対太平洋後期3回戦の8回裏に18号3ランを放ち、プロ通算100本塁打を達成[46]

8月[編集]

  • 8月1日 - ロッテの成田文男が川崎球場での対阪急後期8回戦で完投勝ちして9勝目を挙げ、プロ通算150勝を達成[47]
  • 8月3日 - 第46回都市対抗野球大会の決勝戦が後楽園球場で午後3時より行われ、電電関東の千葉市が大昭和製紙北海道の白老町を3-0で下し、2度目の優勝[48]
  • 8月5日 - 巨人の王貞治が川崎球場での対大洋14回戦の4回表に20号本塁打を放ち、プロ野球史上初の通算1500得点を達成[49]
  • 8月8日
    • 広島の外木場義郎が西京極球場での対阪神16回戦の5回表に遠井吾郎から三振を奪い、プロ通算1500奪三振を達成[50]
    • 大洋のジョン・シピンが中日球場での対中日14回戦の8回表に20号本塁打を放ち、プロ通算100本塁打を達成[51]
  • 8月14日 - 阪神の安仁屋宗八が後楽園球場での対巨人16回戦の6回裏途中からリリーフ登板して10勝目を挙げ、プロ通算100勝を達成[52]
  • 8月16日 - 巨人の王貞治が後楽園球場での対大洋18回戦の7回裏に適時打を放ち、野村克也に次いでプロ野球史上2人目の通算4500塁打を達成[53]
  • 8月17日 - 近鉄の鈴木啓示が日生球場での対阪急後期3回戦に登板しプロ通算2000奪三振を達成[54]
  • 8月20日 - 阪神の米田哲也が広島球場での対広島20回戦に先発登板して5回まで投げ、金田正一に次いでプロ野球史上2人目の通算5000投球回を達成[55]
  • 8月21日 - 大洋の松原誠が宮城球場での対ヤクルト18回戦に先発出場し、プロ通算1500試合出場を達成[56]
  • 8月27日
    • 阪急の高井保弘が宮城球場での対ロッテ後期11回戦ダブルヘッダー第2試合の1回表に指名打者の森本潔の代打で出場して6号本塁打を放ち、これで通算の代打本塁打が19となり、ピッツバーグ・パイレーツのジェリー・リンチの持つメジャーリーグ記録の代打本塁打18を上回る[57]
    • 太平洋の江藤慎一が平和台球場での対日本ハム後期11回戦に出場し、プロ通算2000試合出場を達成[58]
  • 8月28日 - 日本ハムの東田正義が平和台球場での対太平洋後期12回戦の6回表に6号本塁打を放ち、プロ通算100本塁打を達成[59]
  • 8月31日 - 阪急の足立光宏が山形県営球場での対近鉄後期7回戦に先発し、プロ通算600試合登板を達成[60]

9月[編集]

  • 9月2日 - 中日球場で行われた中日対広島21回戦で、5回表に中日の星野仙一が広島の外木場義郎から三振を奪い、セ・リーグ通算10万個目の奪三振となる[61]
  • 9月3日 - 阪神の池田祥浩が対ヤクルト21回に8番・左翼で先発出場し、プロ通算1000試合出場を達成[62]
  • 9月4日 - 巨人の土井正三が後楽園球場での対大洋22回戦の9回表に安打を放ち、プロ通算1000安打を達成[63]
  • 9月6日 - 近鉄の小川亨が藤井寺球場での対太平洋7回戦に先発出場し、第1打席から第4打席まで無三振で連続180打席無三振となり、吉田義男が1964年に記録した179打席無三振の記録を破るプロ野球新記録を達成。第5打席で三振を喫したため、記録は180でストップ[64]
  • 9月11日 - この日試合予定だった広島球場での広島対中日26回戦が中止となる。前日にファンがなだれ込み騒乱状態となったことを受けて、広島はセ・リーグに対し「警備に自信がないでのこのカードを10月に回すことを認めてほしい」との要望を出して認められたため[65]
  • 9月13日 - 日本ハムの張本勲が後楽園球場での対ロッテ後期11回戦の6回裏に安打を放ってシーズン100本目の安打となり、17年連続100安打を達成、長島茂雄のプロ野球記録と並ぶ[66]
  • 9月14日 - 広島のリッチー・シェーンがユダヤ教信者懺悔の日という宗教的理由でこの日の対巨人戦(広島)を欠場[67]
  • 9月15日 - 南海の野村克也が西宮球場での対阪急後期13回戦の7回表に2塁打を放ち、プロ通算1000本長打を達成[68]
  • 9月21日 - 西宮球場にて阪急対近鉄のダブルヘッダー第10、11回戦が行われ、第2試合で近鉄が阪急に3-0と勝利し、後期優勝を達成[69]

10月[編集]

  • 10月1日 - 1973年に倒産した「株式会社中日スタヂアム」に代わり「株式会社ナゴヤ球場」が設立、球場名も「中日球場」から「ナゴヤ球場」に改称。
  • 10月9日 -
  • 10月10日
    • 5位の大洋が勝ったため、巨人は球団創設以来初となる最下位が決定[70]
    • パ・リーグの シーズン公式戦全日程が終了[71]
  • 10月11日 - ヤクルトの大杉勝男が広島球場での対広島25回戦の7回表に13号本塁打を放ち、プロ通算300号本塁打を達成[72]
  • 10月11日 - 阪神の安仁屋宗八が対巨人戦でNPB史上33人目の通算500試合登板
  • 10月15日 - 広島が対巨人戦(後楽園)に4対0で勝利し、球団創設以来26年目で初のセ・リーグ優勝[73]
  • 10月18日 - 日本ハムは六本木の球団事務所で中西太の監督解任を発表[74]
  • 10月20日 - パリーグのプレーオフは前期優勝の阪急が後期優勝の近鉄を3勝1敗で破り、3年ぶりのパ・リーグ制覇。
  • 10月21日 - セ・リーグのシーズン公式戦全日程終了[75]。シーズン観客動員数が初めて900万人を突破し、1試合あたりの平均観客動員数が初めて2万人を越える[76]
  • 10月23日 - 広島の外木場義郎が沢村賞に選出される[77]
  • 10月24日 - 日本ハムは大沢啓二の監督就任を発表[78]
  • 10月28日 - 巨人は杉下茂が1軍投手コーチに就任したと発表[79]

11月[編集]

12月[編集]

  • 12月16日 - 太平洋はオーナーの中村長芳と選手兼監督の江藤慎一が福岡市内のホテルで記者会見し、レオ・ドローチャーを新監督として招聘し、江藤を選手兼任打撃コーチにすると発表した[84]
  • 12月25日 - 巨人は前監督で専務取締役・企画担当の川上哲治が球団に辞表を提出して受理したと発表、川上は巨人を退団[85]
  • 12月27日 - 太平洋は江藤慎一が球団に対して自由契約にしてほしいと申し出、中村オーナーはこれを認め、江藤は退団することに[86]

競技結果[編集]

日本プロ野球[編集]

ペナントレース[編集]

セントラル・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 広島東洋カープ 72 47 11 .605 -
2位 中日ドラゴンズ 69 53 8 .566 4.5
3位 阪神タイガース 68 55 7 .553 6.0
4位 ヤクルトスワローズ 57 64 9 .471 16.0
5位 大洋ホエールズ 51 69 10 .425 21.5
6位 読売ジャイアンツ 47 76 7 .382 27.0
パシフィック・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 前・後
優勝 阪急ブレーブス 64 59 7 .520 1・6
2位 近鉄バファローズ 71 50 9 .587 3・1
3位 太平洋クラブライオンズ 58 62 10 .483 2・4
4位 ロッテオリオンズ 59 65 6 .476 6・2
5位 南海ホークス 57 65 8 .467 5・3
6位 日本ハムファイターズ 55 63 12 .466 4・4
  • 年間勝率順位では、総合優勝の阪急ブレーブスが2位・総合2位の近鉄バファローズが首位となるが、1・2位はプレーオフの結果により決定。また、後期に於ける太平洋クラブライオンズと日本ハムファイターズは同率の4位であり、総合順位では太平洋クラブライオンズが3位・日本ハムファイターズが最下位となる。

パシフィック・リーグプレーオフ[編集]

阪急ブレーブス(3勝1敗)近鉄バファローズ

日本シリーズ[編集]

阪急ブレーブス(4勝2分)広島東洋カープ

  • 年間勝率2位の球団が日本一となるのは、この年の阪急ブレーブスが初めてである。

個人タイトル[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
タイトル 選手 球団 成績 選手 球団 成績
最優秀選手 山本浩二 広島   加藤秀司 阪急  
最優秀新人 該当者なし 山口高志 阪急  
首位打者 山本浩二 広島 .319 白仁天 太平洋 .319
本塁打王 田淵幸一 阪神 43本 土井正博 太平洋 34本
打点王 王貞治 巨人 96点 加藤秀司 阪急 97点
最多安打 井上弘昭 中日 149本 弘田澄男 ロッテ 148本
盗塁王 大下剛史 広島 44個 福本豊 阪急 63個
最多出塁数(セ)
最高出塁率(パ)
王貞治 巨人 236個 小川亨 近鉄 .394
最優秀防御率 安仁屋宗八 阪神 1.91 村田兆治 ロッテ 2.20
最多勝利 外木場義郎 広島 20勝 東尾修 太平洋 23勝
最多奪三振 外木場義郎 広島 193個 東尾修 太平洋 154個
最高勝率 星野仙一 中日 .773 鈴木啓示 近鉄 .786
最多セーブ投手 鈴木孝政 中日 21S 村田兆治 ロッテ 13S

ベストナイン[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
守備位置 選手 球団 選手 球団
投手 外木場義郎 広島 鈴木啓示 近鉄
捕手 田淵幸一 阪神 野村克也 南海
一塁手 王貞治 巨人 加藤秀司 阪急
二塁手 大下剛史 広島 B.マルカーノ 阪急
三塁手 衣笠祥雄 広島 有藤通世 ロッテ
遊撃手 三村敏之 広島 大橋穣 阪急
外野手 井上弘昭 中日 佐々木恭介 近鉄
山本浩二 広島 白仁天 太平洋
ロジャー.R ヤクルト 弘田澄男 ロッテ
指名打者 長池徳二 阪急

オールスターゲーム[編集]

高校野球[編集]

大学野球[編集]

社会人野球[編集]

メジャーリーグ[編集]

誕生[編集]

1月[編集]

2月[編集]

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

6月[編集]

7月[編集]

8月[編集]

9月[編集]

10月[編集]

11月[編集]

12月[編集]

死去[編集]

出典[編集]

  1. ^ 南海ホークス刊『南海ホークス四十年史』76ページ
  2. ^ 中日新聞社刊「中日ドラゴンズ70年史」82ページ
  3. ^ パシフィック・リーグ略史(1949年~2000年)パ・リーグ公式サイト
  4. ^ 毎日新聞1975年4月7日1面「センバツ 高知高が初優勝 延長13回 東海大相模を振切る」毎日新聞縮刷版1975年4月p165
  5. ^ 毎日新聞1975年4月9日19面「太田幸が好救援 近鉄も初白星」毎日新聞縮刷版1975年4月p239
  6. ^ 毎日新聞1975年4月12日15面「宮本退場で混乱」毎日新聞縮刷版1975年4月p323
  7. ^ 毎日新聞1975年4月14日11面「足立、17年目の150勝」毎日新聞縮刷版1975年4月p371
  8. ^ 毎日新聞1975年4月16日15面「『巨人は弱かー』21年ぶり、小倉ファンの嘆き」毎日新聞縮刷版1975年4月p431
  9. ^ 毎日新聞1975年4月21日15面「見事な配球 32歳"静の男"」毎日新聞縮刷版1975年4月p569
  10. ^ 毎日新聞1975年4月21日15面「張本、狙ったこの一発 王、野村、長島に続き4人目」毎日新聞縮刷版1975年4月p569
  11. ^ 毎日新聞1975年4月21日15面「ワザも三げいた"天才虎児"」毎日新聞縮刷版1975年4月p569
  12. ^ 毎日新聞1975年4月23日15面「心臓発作で一週間の休養 金田監督」毎日新聞縮刷版1975年4月p627
  13. ^ 毎日新聞1975年4月27日19面「阪本が千本安打を達成」毎日新聞縮刷版1975年4月p761
  14. ^ 毎日新聞1975年4月28日11面「"ほえるルーツ"退場」毎日新聞縮刷版1975年4月p777
  15. ^ 毎日新聞1975年4月29日19面「荒川が引退」毎日新聞縮刷版1975年4月p811
  16. ^ 読売新聞1975年4月30日夕刊6面「広島ルーツ監督退団」
  17. ^ 毎日新聞1975年5月4日15面「"積極野球だ"広島・古葉監督」毎日新聞縮刷版1975年5月p87
  18. ^ 毎日新聞1975年5月4日15面「どんたく打線、2ラン3発 三万観衆、お祭り騒ぎ」毎日新聞縮刷版1975年5月p87
  19. ^ 毎日新聞1975年5月12日15面「132 412 11×||15 阪急が毎回得点 どたん場代打河村 "記録達成アーチ"」毎日新聞縮刷版1975年5月p287
  20. ^ 毎日新聞1975年5月14日15面「野村、2500安打」毎日新聞縮刷版1975年5月p343
  21. ^ 毎日新聞1975年5月15日15面「福本が450盗塁」毎日新聞縮刷版1975年5月p371
  22. ^ 毎日新聞1975年5月18日19面「堀内150勝 7度目の正直」毎日新聞縮刷版1975年5月p463
  23. ^ 毎日新聞1975年5月18日19面「基が千試合出場」毎日新聞縮刷版1975年5月p463
  24. ^ 毎日新聞1975年5月18日15面「張本、史上五人目の男」毎日新聞縮刷版1975年5月p483
  25. ^ 毎日新聞1975年5月19日15面「セ・リーグ25年15000号アーチ ヤクルトのロジャー」毎日新聞縮刷版1975年5月p483
  26. ^ 毎日新聞1975年5月21日15面「柴田、1500試合」毎日新聞縮刷版1975年5月p539
  27. ^ 毎日新聞1975年5月22日15面「江尻が千本安打」毎日新聞縮刷版1975年5月p567
  28. ^ 毎日新聞1975年5月23日15面「野村、20年目の600号 王、長島はヒマワリ 僕は月見草・・・」毎日新聞縮刷版1975年5月p595
  29. ^ 毎日新聞1975年6月2日15面「太平洋土井、三千塁打」毎日新聞縮刷版1975年6月p39
  30. ^ 毎日新聞1975年6月6日15面「野村が2500試合出場」毎日新聞縮刷版1975年6月p149
  31. ^ 毎日新聞1975年6月8日19面「高井、世界タイの18本 これはアダ花」毎日新聞縮刷版1975年6月p209
  32. ^ 毎日新聞1975年6月13日15面「船田が一万五千個目の盗塁」毎日新聞縮刷版1975年6月p341
  33. ^ 毎日新聞1975年6月13日15面「大下が千試合出場」毎日新聞縮刷版1975年6月p341
  34. ^ 毎日新聞1975年6月18日15面「阪急やっと"胴上げ" 南海と引分けて 山口、一人でふんばる」毎日新聞縮刷版1975年6月p479
  35. ^ 毎日新聞1975年6月20日19面「田淵 超特急200号 予告通り、中日戦」毎日新聞縮刷版1975年6月p541
  36. ^ 毎日新聞1975年6月22日19面「米田 阪神入り決定」毎日新聞縮刷版1975年6月p603
  37. ^ 毎日新聞1975年6月23日15面「太平洋、阪急に勝ち越す」毎日新聞縮刷版1975年6月p623
  38. ^ 毎日新聞1975年7月1日15面「後楽園が来春"全面"実施 『人工芝』で野球が変わる?」毎日新聞縮刷版1975年7月p15
  39. ^ 毎日新聞1975年7月7日15面「アルトマン二百号 外人選手で初めて」毎日新聞縮刷版1975年7月p189
  40. ^ 毎日新聞1975年7月8日15面「きょうから『パ』後期戦 "阪急追落とし"に五球団胸残用」毎日新聞縮刷版1975年7月p217
  41. ^ 毎日新聞1975年7月12日15面「王、650号 三試合連続 」毎日新聞縮刷版1975年7月p337
  42. ^ 毎日新聞1975年7月14日夕刊7面「山崎裕が千本安打」毎日新聞縮刷版1975年7月p381
  43. ^ 毎日新聞1975年7月18日19面「土井、逆転サヨナラ2ラン」毎日新聞縮刷版1975年7月p489
  44. ^ 毎日新聞1975年7月27日14面「中日・広島戦、停電でノーゲーム」毎日新聞縮刷版1975年7月p742
  45. ^ 毎日新聞1975年7月31日14面「阪神が2500勝」毎日新聞縮刷版1975年7月p842
  46. ^ 毎日新聞1975年8月1日14面「太平洋、山口をKO」日新聞縮刷版1975年7月p14
  47. ^ 毎日新聞1975年8月2日10面「成田が150勝」毎日新聞縮刷版1975年8月p38
  48. ^ 毎日新聞1975年8月4日夕刊1面「千葉(電電関東)に黒獅子旗 都市対抗野球」毎日新聞縮刷版1975年8月p77
  49. ^ 毎日新聞1975年8月6日15面「王、1500得点」毎日新聞縮刷版1975年8月p129
  50. ^ 毎日新聞1975年8月9日15面「外木場が千五百奪三振」毎日新聞縮刷版1975年8月p213
  51. ^ 毎日新聞1975年8月9日15面「シピン来日百号」毎日新聞縮刷版1975年8月p213
  52. ^ 毎日新聞1975年8月15日13面「暑さに強い安仁屋」毎日新聞縮刷版1975年8月p363
  53. ^ 毎日新聞1975年8月17日15面「王が4500塁打」毎日新聞縮刷版1975年8月p417
  54. ^ 毎日新聞1975年8月9日15面「鈴木が2千奪三振 阪急連敗」毎日新聞縮刷版1975年8月p433
  55. ^ 毎日新聞1975年8月21日15面「米田が5千回投球」毎日新聞縮刷版1975年8月p515
  56. ^ 毎日新聞1975年8月22日15面「松原、千五百試合出場」毎日新聞縮刷版1975年8月p543
  57. ^ 毎日新聞1975年8月28日19面「高井、代打で19アーチ 大リーグにもない記録」毎日新聞縮刷版1975年8月p711
  58. ^ 毎日新聞1975年8月28日19面「江藤が二千試合出場」毎日新聞縮刷版1975年8月p711
  59. ^ 毎日新聞1975年8月29日19面「東尾、投げれば勝つ 18勝」毎日新聞縮刷版1975年8月p745
  60. ^ 毎日新聞1975年9月1日15面「足立、六百試合登板」毎日新聞縮刷版1975年9月p15
  61. ^ 毎日新聞1975年9月3日15面「振りも振ったりセ通算十万三振 星野仙が達成投手に」毎日新聞縮刷版1975年9月p67
  62. ^ 毎日新聞1975年9月4日11面「池田(阪神)が千試合出場」毎日新聞縮刷版1975年9月p99
  63. ^ 毎日新聞1975年9月5日15面「土井が千本安打」毎日新聞縮刷版1975年9月p127
  64. ^ 毎日新聞1975年9月3日15面「小川が180打席無三振を記録」毎日新聞縮刷版1975年9月p187
  65. ^ 毎日新聞1975年9月12日17面「ファンが怖くて中止のナイター 広島優勝ムード ぶちこわし」毎日新聞縮刷版1975年9月p323
  66. ^ 毎日新聞1975年9月14日19面「張本 17年連続百安打」毎日新聞縮刷版1975年9月p391
  67. ^ 【9月14日】1975年(昭50) 本日安息日 優勝目前でも試合に出なかったシェーン スポーツニッポン 2012年9月14日
  68. ^ 毎日新聞1975年9月16日15面「野村が一千本長打」毎日新聞縮刷版1975年9月p427
  69. ^ 毎日新聞1975年9月22日15面「近鉄、26年目の胴上げ パ・リーグ後期優勝」毎日新聞縮刷版1975年9月p601
  70. ^ 毎日新聞1975年10月11日15面「巨人の最下位決定」毎日新聞縮刷版1975年10月p295
  71. ^ 毎日新聞1975年10月11日15面「東尾が単独最多勝 パ終了」毎日新聞縮刷版1975年10月p295
  72. ^ 毎日新聞1975年10月12日15面「大杉が通算三百号」毎日新聞縮刷版1975年10月p323
  73. ^ 読売新聞1975年10月16日17面「広島、26年目の初優勝 ホプキンス"祝砲"3ラン 外木場-金城、巨人を完封」読売新聞縮刷版1975年10月p505
  74. ^ 毎日新聞1975年10月19日15面「中西監督の解任を発表」毎日新聞縮刷版1975年10月p523
  75. ^ 読売新聞1975年10月21日15面「波乱のセ、全試合終わる 山本浩初の首位打者 最多勝に外木場 盗塁王大下」読売新聞縮刷版1975年10月p693
  76. ^ 読売新聞1975年10月22日15面「広島は倍増 セ・リーグ入場者数」読売新聞縮刷版1975年10月p693
  77. ^ 読売新聞1975年10月24日17面「外木場(広島)初の『沢村賞』 V1に大きく貢献」読売新聞縮刷版1975年10月p761
  78. ^ 読売新聞1975年10月24日17面「ハム新監督に大沢氏(ロッテ元監督)に」読売新聞縮刷版1975年10月p797
  79. ^ 読売新聞1975年10月28日「『投手の長所生かす』 杉下氏の巨人入団発表」読売新聞縮刷版1975年10月p891
  80. ^ 読売新聞1975年11月3日15面「阪急、40年目の”日本一” 中沢、今度は逆転2ラン 山口高4連投、反撃絶つ」読売新聞縮刷版1975年11月p77
  81. ^ ベースボール・マガジン社刊「プロ野球ドラフト全史 2012最新版」44ページ
  82. ^ 読売新聞1975年11月26日19面「張本の巨人入りを発表 『見返り』に高橋一と富田」読売新聞縮刷版1975年11月p805
  83. ^ 読売新聞1975年11月27日17面「今度は太平洋と 加藤初(投手)伊原(内野手)巨人へ 関本、玉井と交換」読売新聞縮刷版1975年11月p839
  84. ^ 毎日新聞1975年12月17日15面「太平洋の新監督にドローチャー(元大リーグ監督)招く 江藤はコーチに格下げ」縮刷版p477
  85. ^ 毎日新聞1975年12月26日11面「"巨人生活に別れ" 川上哲治氏 今後は少年野球道に専念」
  86. ^ 毎日新聞1975年11面「太平洋 江藤去る」縮刷版pp755