1983年の野球

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競技結果[編集]

日本プロ野球[編集]

ペナントレース[編集]

  • パ・リーグはこの年から変則プレーオフ付1シーズン制(基本年26回総当たりホーム・アンド・アウェー)を採用し、1位と2位のゲーム差が5ゲーム以内である場合に限り、最大5試合の決勝戦(勝率はレギュラーシーズンとの合算であるため必ずしも5戦3勝制ではない)を行う方式を採用した。
セントラル・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 読売ジャイアンツ 72 50 8 .590 -
2位 広島東洋カープ 65 55 10 .542 6.0
3位 横浜大洋ホエールズ 61 61 8 .500 11.0
4位 阪神タイガース 62 63 5 .496 11.5
5位 中日ドラゴンズ 54 69 7 .439 18.5
6位 ヤクルトスワローズ 53 69 8 .434 19.0
パシフィック・リーグ
順位 球団 勝利 敗戦 引分 勝率 ゲーム差
優勝 西武ライオンズ 86 40 4 .683 -
2位 阪急ブレーブス 67 55 8 .549 17.0
3位 日本ハムファイターズ 64 59 7 .520 20.5
4位 近鉄バファローズ 52 65 13 .444 29.5
5位 南海ホークス 52 69 9 .430 31.5
6位 ロッテオリオンズ 43 76 11 .361 39.5

日本シリーズ[編集]

  • 西武ライオンズ(4勝3敗)読売ジャイアンツ

個人タイトル[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
タイトル 選手 球団 成績 選手 球団 成績
最優秀選手 原辰徳 巨人   東尾修 西武  
最優秀新人 槙原寛己 巨人   二村忠美 日本ハム  
首位打者 真弓明信 阪神 .353 落合博満 ロッテ .332
本塁打王 山本浩二
大島康徳
広島
中日
36本 門田博光 南海 40本
打点王 原辰徳 巨人 103点 水谷実雄 阪急 114点
盗塁王 松本匡史 巨人 76個 大石大二郎 近鉄 60個
最多出塁数(セ)
最高出塁率(パ)
山本浩二 広島 234個 スティーブ.O 西武 .423
最優秀防御率 福間納 阪神 2.62 東尾修 西武 2.92
最多勝利 遠藤一彦 大洋 18勝 東尾修
山内和宏
西武
南海
18勝
最多奪三振 遠藤一彦 大洋 186個 山沖之彦 阪急 143個
最高勝率 津田恒美 広島 .750 高橋直樹 西武 .813
最優秀救援投手 斉藤明夫 大洋 32SP 森繁和 西武 39SP

ベストナイン[編集]

  セントラル・リーグ パシフィック・リーグ
守備位置 選手 球団 選手 球団
投手 遠藤一彦 大洋 東尾修 西武
捕手 山倉和博 巨人 香川伸行 南海
一塁手 谷沢健一 中日 落合博満 ロッテ
二塁手 真弓明信 阪神 大石大二郎 近鉄
三塁手 原辰徳 巨人 スティーブ.O 西武
遊撃手 高橋慶彦 広島 石毛宏典 西武
外野手 田尾安志 中日 島田誠 日本ハム
松本匡史 巨人 テリー.W 西武
山本浩二 広島 蓑田浩二 阪急
指名打者   門田博光 南海

オールスターゲーム[編集]

高校野球[編集]

大学野球[編集]

社会人野球[編集]

メジャーリーグ[編集]

できごと[編集]

4月[編集]

  • 4月5日 - 第55回選抜高校野球大会の決勝戦が阪神甲子園球場で午後1時より行われ、池田高校が横浜商業を3-0で下して、大会初優勝。昨年夏の甲子園でも優勝しており、史上4校目の夏春連覇[1]
  • 4月9日 – プロ野球がセ・パ同時に開幕[2]
  • 4月10日 - 巨人の駒田徳広が後楽園球場での対大洋2回戦の1回裏に1号満塁本塁打を放つ。駒田はこれが公式戦初打席であり。プロ野球史上初めて公式戦初本塁打を満塁本塁打を記録[3]
  • 4月22日 - 近鉄の鈴木啓示が大阪球場での対南海1回戦に先発し延長10回を完投し、プロ通算300完投を達成[4]
  • 4月30日 - 広島の山本浩二が甲子園球場での対阪神4回戦でサイクル安打を達成。

5月[編集]

  • 5月3日 – 阪神の藤田平が後楽園球場での対巨人4回戦の9回表に安打を放ち、プロ通算2000本安打を達成[5]
  • 5月11日 - ヤクルトの松岡弘が神宮球場での対大洋3回戦に先発して8回をなげ、プロ通算3000イニングを達成[6]
  • 5月16日 - 阪神の野村収が甲子園球場での対大洋7回戦で先発して2勝目を挙げ、史上初めて全球団から白星を挙げる[7]。</ref>。
  • 5月17日 - 南海の門田博光が大阪球場での対近鉄7回戦の4回裏に7号本塁打を放ち、プロ通算1500本安打を達成[8]
  • 5月18日
    • 広島の山本浩二がナゴヤ球場での対中日4回戦の2回表に安打を放ち、3500塁打を達成[9]
    • ヤクルトの松岡弘が神宮球場での対阪神5回戦に先発登板し、プロ通算600試合登板を達成[10]
  • 5月19日 - 西武の山崎裕之が鹿児島での対ロッテ7回戦の3回に生還し、1000得点を達成[11]
  • 5月26日 - 中日の高橋三千丈が甲子園球場での対阪神7回戦に先発し完封勝利、これがプロ野球史上初の無補殺となった[12]

6月[編集]

  • 6月3日
    • 阪急の福本豊が西武球場での対西武10回戦の1回表に二盗、三盗を決めて通算盗塁数が939となり、ルー・ブロックの持つメジャーリーグ通算最多盗塁数938盗塁を超える[13]
    • ヤクルトの大杉勝男が神宮球場での対ヤクルト9回戦の4回裏に安打を放ち、プロ野球史上初のセ・パ両リーグで1000本安打を記録[14]
  • 6月15日 - 西武の高橋直樹が西武球場での対近鉄10回戦で3勝目を挙げ、プロ通算150勝を達成[15]
  • 6月18日 - 巨人の加藤初が後楽園球場での対大洋12回戦で4勝目を挙げ、プロ通算100勝を達成[16]
  • 6月22日 - 南海の門田博光が西宮球場での対阪急10回戦7回表に15号2点本塁打を放ち、プロ通算300号本塁打を達成[17]
  • 6月25日 - 近鉄の吹石徳一はナゴヤ球場での対ロッテ10回戦の6回裏に1号満塁本塁打を放ち、これがプロ野球史上950本目の満塁本塁打となる[18]

7月[編集]

8月[編集]

9月[編集]

  • 9月2日 - 阪急の福本豊が西宮球場での対ロッテ21回戦の4回裏に安打を放ち、プロ通算2000本安打を達成[20]
  • 9月15日 - 広島の衣笠祥雄が神宮球場での対ヤクルト23回戦の4回表に23号本塁打を放ち、プロ通算400号本塁打を達成[21]
  • 9月20日 - 第38回全国軟式野球大会の決勝戦が茨城県堀原運動公園野球場で午前8時から行われ、延長45回表に1点を挙げたライト工業が田中病院を下して優勝[22]
  • 9月21日 - 日本ハムの木田勇が後楽園球場での対西武21回に先発し9回10失点の完投負け、球数は209球[23]

10月[編集]

  • 10月4日 - 大洋の古賀正明が横浜球場での対巨人24回戦で勝利投手となり、阪神の野村に続き続き史上2人目の全球団勝利を達成[24]
  • 10月10日 - 西武が西武球場での対阪急ダブルヘッダー第1試合の25回戦に5対4と勝利し、リーグ優勝が決定[25]
  • 10月11日 - 巨人が後楽園球場での対ヤクルトスワローズ25回戦でヤクルトに7-5と勝利し、2年ぶりにセ・リーグ優勝達成[26]
  • 10月20日 - 大洋の遠藤一彦が対阪神戦(横浜)で勝利投手となり、球団新記録の12連勝。
  • 10月21日 - 大洋の平松政次が後楽園球場での対巨人25回戦に先発しテ8勝目を挙げ、プロ通算200勝を達成[27]
  • 10月22日 - 巨人の堀内恒夫が後楽園球場での対太洋26回戦に8回から2イニングを投げ無失点。8回裏に回ってきた最終打席で本塁打を放つ。堀内はこれが引退試合となった[28]
  • 10月24日 - セ・パ両リーグとも公式戦の全日程が終了。
  • 10月25日 - ロッテの監督が山本一義が解任[29]
  • 10月27日 - 沢村賞の選考委員会が午前11時より東京グランドホテルにて行われ、大洋の遠藤一彦を選出[30]
  • 10月31日 - 阪神は小林繁が午後5時より球団事務所で記者会見し、現役引退を表明する[31]

11月[編集]

12月[編集]

誕生[編集]

1月[編集]

2月[編集]

3月[編集]

4月[編集]

5月[編集]

6月[編集]

7月[編集]

8月[編集]

9月[編集]

10月[編集]

11月[編集]

12月[編集]

死去[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 毎日新聞1983年4月6日1面「センバツ 池田 初の栄冠 横浜商破り夏春連覇」毎日新聞縮刷版1983年4月p163
  2. ^ 毎日新聞1983年4月9日夕刊6面「プロ野球 好天の下、開幕戦」毎日新聞縮刷版1983年4月p296
  3. ^ 毎日新聞1983年4月11日11面「巨人 駒田 『史上初』デビュー 公式戦初打席満塁アーチ」毎日新聞縮刷版1983年4月p333
  4. ^ 毎日新聞1983年4月23日19面「熱投18年・・・4人目の300完投 鈴木啓また”勲章”」毎日新聞縮刷版1983年4月p741
  5. ^ 読売新聞1983年5月4日17面「藤田、みごと2000本安打」読売新聞縮刷版1983年5月p109
  6. ^ 読売新聞1983年5月12日17面「ヤクルト・松岡弘投手(三五)が3000イニング達投球」読売新聞縮刷版1983年5月p399
  7. ^ 読売新聞1983年5月16日17面「野村、全球団から白星 史上初、セ・パ4球団で」読売新聞縮刷版1983年5月p551
  8. ^ 読売新聞1983年5月18日16面「南海・門田博光選手(三五)が通算1500本安打」読売新聞縮刷版1983年5月p634
  9. ^ 読売新聞1983年5月19日17面「広島・山本浩二外野手(三六)が3500塁打」読売新聞縮刷版1983年5月p683
  10. ^ 読売新聞1983年5月19日17面「ヤクルト・松岡弘投手(三六)」読売新聞縮刷版1983年5月p683
  11. ^ 読売新聞1983年5月20日17面「西武・山崎裕之内野手(三六)が1000得点」読売新聞縮刷版1983年5月p723
  12. ^ 読売新聞1983年5月26日17面「プロ野球史上初の無補殺」読売新聞縮刷版1983年5月p975
  13. ^ 読売新聞1983年6月4日17面「福本走った世界新 939盗塁、ブロック抜いた スピード達成15年」読売新聞縮刷版1983年6月p137
  14. ^ 読売新聞1983年6月4日17面「大杉両リーグ1000本安打」読売新聞縮刷版1983年6月p137
  15. ^ 読売新聞1983年6月15日16面「強さ本物 レオ8連勝 高橋が150勝目」読売新聞縮刷版1983年6月p592
  16. ^ 読売新聞1983年6月19日17面「巨人・加藤初投手(三三)が通算100勝」読売新聞縮刷版1983年6月p717
  17. ^ 読売新聞1983年6月22日17面「南海・門田博光内野手(三五)が通算300本塁打」読売新聞縮刷版1983年6月p885
  18. ^ 読売新聞1983年6月26日16面「吹石満塁1号 鈴木完投7勝」読売新聞縮刷版1983年6月p1016
  19. ^ 朝日新聞1983年8月22日1面「PL、二度目の優勝 粘る横浜商を完封 全国高校野球」朝日新聞縮刷版1983年8月p713
  20. ^ 毎日新聞1983年9月2日19面「お待たせ!!福本が2000本安打 小兵のハンデ克服 打でも一流の証明」毎日新聞縮刷版1983年9月p67
  21. ^ 毎日新聞1983年9月16日19面「衣笠400本塁打 9人目」毎日新聞縮刷版1983年9月p509
  22. ^ 毎日新聞1983年9月21日19面「朝から8時間19分・・・壮烈決勝戦"超"延長45回 両軍しめて投球数が1023、打数は296」毎日新聞縮刷版1983年9月p673
  23. ^ 毎日新聞1983年9月22日19面「西武めった打ち木田"さらし者"209球」毎日新聞縮刷版1983年9月p709
  24. ^ 読売新聞1983年10月5日17面「巨人 大反攻及ばず 広島敗れ マジックは『4』 古賀セパ全球団勝ち星 初先発の橋本KO 斎藤セーブ21」読売新聞縮刷版1983年10月p177
  25. ^ 読売新聞1983年10月11日1面「『西武』2年連続優勝 パ・リーグ」読売新聞縮刷版1983年10月p391
  26. ^ 読売新聞1983年10月12日1面「巨人2年ぶり32回目のV」読売新聞縮刷版1983年10月p439
  27. ^ 読売新聞1983年10月22日17面「平松キラリ200勝 プロ19人目 巨人の完全優勝砕く」読売新聞縮刷版1983年10月p903
  28. ^ 読売新聞1983年10月23日17面「巨人最終戦飾る5アーチ 引退堀内 セーブと21号(通算)」読売新聞縮刷版1983年10月p943
  29. ^ a b チームヒストリー”. 千葉ロッテマリーンズ公式サイト. 2016年5月12日閲覧。
  30. ^ 読売新聞1983年10月28日17面「沢村賞は遠藤(大洋) 奪三振、完投数などを評価」読売新聞縮刷版1983年10月p1171
  31. ^ 読売新聞1983年10月30日17面「小林が現役引退」読売新聞縮刷版1983年10月p1255
  32. ^ 読売新聞1983年12月14日17面「江夏、西武入り 木村・柴田と交換トレード」