ペドロ・フェリス

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ペドロ・フェリス
Pedro Feliz
Pedro Feliz 2009.jpg
フィラデルフィア・フィリーズ時代
(2009年3月13日)
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 アスア州
生年月日 (1975-04-27) 1975年4月27日(41歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 三塁手
プロ入り 1994年
初出場 2000年9月5日 フィラデルフィア・フィリーズ
最終出場 2010年10月3日 コロラド・ロッキーズ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国代表
WBC 2006年
プレミア12 2015年

ペドロ・・フリオ・フェリスPedro Julio Feliz , 1975年4月27日 - )は、ドミニカ共和国出身のプロ野球選手内野手)。右投右打。

経歴[編集]

ジャイアンツ時代[編集]

1994年サンフランシスコ・ジャイアンツと契約を結び、プロ入りを果たした。

2000年9月5日のフィラデルフィア・フィリーズ戦でメジャーデビューを果たした。

2004年は、初めて規定打席に到達。

2005年は、主砲バリー・ボンズが故障した為、主砲として期待された。開幕当初は、昨季主に守った一塁手からボンズの代役として左翼手としてプレー。しかし、7月のランディ・ウィン獲得や、それまで主に三塁手を務めていたエドガルド・アルフォンゾの故障などもあり、三塁手へ移った。結局、左翼手と三塁手で各67試合に先発出場、ほかに一塁手もこなすなど、持ち前の器用さを発揮。打撃面でも、打率こそ.250と低調だったものの、20本塁打・81打点をマークし、主軸としての役割を果たした。

2006年開幕前の3月に第1回WBCドミニカ共和国代表に選出された[1]

シーズンでは、史上41人目の打率.250以下での100打点達成に迫ったが、わずかのところで達成を逃し、リーグワースト3位となる出塁率.281を記録。守備面でも、エラーを連発し、思い通りの活躍を見せる事は出来なかった。

2007年は、打率こそ.253と低調だったもの、得点圏打率.310と持ち前の勝負強さを発揮。2年連続で続いていた3桁三振も2桁台に減らし、4年連続20本塁打以上となる20本塁打をマークし、主砲ボンズの擁護役として存在感を示した。また、三塁守備でも失策を約半分に減らし、一塁手や左翼手、緊急時にはメジャー昇格後初の捕手を務めるなど、随所に器用さも見せた。シーズン終了後にFAとなる。

フィリーズ時代[編集]

2008年1月31日に2年850万ドルで、強打の三塁手を求めていたフィラデルフィア・フィリーズと契約。サードのレギュラーとして起用され、133試合に出場。しかし、打者に不利と言われるAT&Tパークを本拠地とするジャイアンツから、打者に有利と言われるシチズンズ・バンク・パークを本拠地とするフィリーズに移籍したが、それまで4年連続で放っていた20本塁打以上が途切れ、14本塁打に終わった。また、打率も.249、打点も58打点に止まった。

2009年は本塁打数は3年連続で減少したが、チーム1位の得点圏打率.336を残して過去3年間で最高の打点を記録し、マルチ安打を打った45試合では勝率.711を記録するなどチームのワールドシリーズ出場に貢献した。

アストロズ時代[編集]

2010年ヒューストン・アストロズと1年契約を結んだ。

カージナルス時代[編集]

2010年8月にセントルイス・カージナルスに移籍した。シーズンを通しては137試合の出場で打率.218、本塁打5、打点40、OPS.533に終わった。

リバーシャークス時代[編集]

2011年2月3日にカンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結んだが、3月27日に解雇され、5月13日に独立リーグのカムデン・リバーシャークスと契約を結ぶ。8月10日にサンディエゴ・パドレスとマイナー契約を結ぶ。

2012年もカムデン・リバーシャークスでプレーし、オフはドミニカ共和国のウィンターリーグに参加。

リバーシャークス退団後[編集]

2013年オフもドミニカのウィンターリーグに参加。

2014年11月には2014年中央アメリカ・カリブ海競技大会の野球ドミニカ共和国代表に選出された。同大会で銅メダルを獲得した。

2015年7月には2015年パンアメリカン競技大会の男子野球ドミニカ共和国代表に選出された。。11月には第1回WBSCプレミア12のドミニカ共和国代表に選出された。

選手としての特徴[編集]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2000 SF 8 7 7 1 2 0 0 0 2 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0 .286 .286 .286 .572
2001 94 238 220 23 50 9 1 7 82 22 2 1 3 3 10 2 2 50 5 .227 .264 .373 .637
2002 67 153 146 14 37 4 1 2 49 13 0 0 0 1 6 1 0 27 2 .253 .281 .336 .617
2003 95 249 235 31 58 9 3 16 121 48 2 2 1 2 10 0 1 53 7 .247 .278 .515 .793
2004 144 531 503 72 139 33 3 22 244 84 5 2 0 5 23 1 0 85 18 .276 .305 .485 .790
2005 156 615 569 69 142 30 4 20 240 81 0 2 1 6 38 1 1 102 20 .250 .295 .422 .717
2006 160 644 603 75 147 35 5 22 258 98 1 1 1 6 33 4 1 112 18 .244 .281 .428 .709
2007 150 590 557 61 141 28 2 20 233 72 2 2 0 3 29 2 1 70 15 .253 .290 .418 .708
2008 PHI 133 463 425 43 106 19 2 14 171 58 0 0 3 2 33 3 0 54 14 .249 .302 .402 .704
2009 158 625 580 62 154 30 2 12 224 82 0 1 2 5 35 3 3 68 12 .266 .308 .386 .694
2010 HOU 97 304 289 22 64 12 1 4 90 31 1 1 0 5 9 1 1 31 9 .221 .243 .311 .555
STL 40 125 120 14 25 0 1 1 30 9 0 0 0 1 4 0 0 10 4 .208 .232 .250 .482
'10計 137 429 409 36 89 12 2 5 120 40 1 1 0 6 13 1 1 41 13 .218 .240 .293 .533
通算:11年 1302 4544 4254 487 1065 209 25 140 1744 598 13 12 11 39 230 18 10 663 124 .250 .288 .410 .698
  • 2010年度シーズン終了時

表彰[編集]

背番号[編集]

  • 39 (2000年 - 2003年)
  • 7 (2004年 - 2009年)
  • 77 (2010年 - 同年終了)

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 2006 Tournament Roster The official site of World Baseball Classic (英語) 2016年3月7日閲覧 [リンク切れ]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]