吉田正尚

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
吉田 正尚
オリックス・バファローズ #34
吉田正尚.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 福井県福井市
生年月日 (1993-07-15) 1993年7月15日(27歳)
身長
体重
173 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2015年 ドラフト1位
初出場 2016年3月25日
年俸 2億8,000万円(2021年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
プレミア12 2019年
獲得メダル
日本の旗 日本
WBSCプレミア12
2019 野球

吉田 正尚(よしだ まさたか、1993年7月15日 - )は、福井県福井市出身[2]プロ野球選手外野手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。

妻はモデル管理栄養士実業家ゆり香[3]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

6歳から野球を始める[4]と、福井市立麻生津小学校[5]福井市足羽中学校への在学中は、ボーイズリーグの鯖江ボーイズに所属していた[6]。本人曰く、「『遠くへ飛ばしたい』という意識が強い(子ども時代だった)」と述べている[7]

敦賀気比高校への進学後は、1年の夏に4番打者として第91回全国高等学校野球選手権大会に出場。帝京高校との初戦で1安打を放ったが、チームは敗れた[8]。1年の秋に福井県大会優勝・北信越大会準優勝を果たし、2年の春には第82回選抜高等学校野球大会へ出場。開幕戦でもあった1回戦では、中村奨吾擁する天理高校を相手に3安打を放ち、チームの勝利に貢献した[9]。その後も勝ち進んだが、山﨑福也を擁する日大三高校との準々決勝で3打数無安打に抑えられると、チームも敗退した[10]。2年の夏以降は甲子園球場での全国大会には出場できなかったが、春夏を通じて4試合で打率.313、16打数5安打、2打点という成績を残した。高校の2学年先輩に山田修義、1学年下には西川龍馬がいた。

青山学院大学への進学後には、東都大学の1部リーグで、1年の春季リーグ戦から4番打者に抜擢。打率.311、1本塁打、7打点を記録し、指名打者としてベストナインに選ばれた[11]。秋季リーグ戦からは、3番打者に定着し、2年先輩の4番・杉本裕太郎とクリーンナップを組んだ[12]。指名打者部門で2季連続のベストナイン選出を果たした[13]。2年の春季リーグ戦では、指名打者から外野手へ転向すると、4本塁打を記録。外野手部門では初めてのベストナインに選ばれた[14][4]。3年の秋季リーグ戦では、打率.352、3本塁打という内容で、外野手として2度目のベストナインを獲得[15]。しかし、チームは2部に降格した。杉本の在学中には、リーグ戦で杉本との2者連続本塁打を3回達成している[12]。4年の秋には、2部リーグで打率.400、5本塁打を記録したが、チームの昇格はならなかった[16]。在学中には、東都リーグの1部で、通算72試合に出場。打率.277(278打数77安打)、9本塁打、38打点、12盗塁という成績を残した。

大学2年の7月には第39回日米大学野球選手権大会日本代表、3年には第27回ハーレムベースボールウィーク日本代表に選出された。4年の6月には、2015年ユニバーシアード日本代表に選出された。大会前に神宮球場で開かれた「大学日本代表対NPB選抜」戦では、髙橋光成から本塁打を放った。ユニバーシアードでは、主に4番打者として、日本代表の優勝に貢献。大会後に開かれたU-18日本代表との壮行試合では、上野翔太郎高橋樹也を相手に、2打席連続本塁打を放った[4]

2015年のNPBドラフト会議で、オリックスから1巡目で指名。契約金1億円、年俸1,500万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号34。オリックスはこの会議で、JR西日本から杉本を10巡目で指名。2人とも入団したことによって、大学以来のチームメイトになった。なお、球団としては「どうしても和製大砲がほしかったんです」との理由で1位指名したが、本人は「(チームには)糸井嘉男T-岡田後藤駿太と左の素晴らしい外野手がたくさんいる」ことから、オリックスからの1位指名は想像していなかったとのことである[17]

オリックス時代[編集]

2016年には、春季キャンプ前の新人合同自主トレーニング中に、前身球団(オリックス・ブルーウェーブ)のOBであるイチロー(当時はMLBフロリダ・マーリンズ所属)とほっともっとフィールド神戸で初めて対面。イチローから直々に、「青学(青山学院大学)の子やな」という声を掛けられた[18]。しかし、トレーニングの2日目に左ふくらはぎの筋膜炎を発症し[19]、春季キャンプのスタートを二軍で迎えた。キャンプ序盤の2月6日に一軍へ昇格したが[20]、当日の打撃練習で右脇腹の違和感を訴えたため、2日後に二軍へ戻された[21]。3月16日には、広島東洋カープとのウエスタン・リーグ公式戦に指名打者で出場。実戦2試合目でプロ初本塁打を記録した[22]オープン戦最終カードの阪神タイガースとの3連戦(京セラドーム大阪)から再び一軍へ合流すると、3試合全てでスタメンに起用。3月19日は、3回裏の第2打席で藤川球児から京セラドーム3階席前面の壁を直撃する本塁打を放った[23]。オープン戦通算で13打数4安打を記録する[24][25]、一軍監督(当時)の福良淳一より「指名打者としての開幕スタメン起用」を明言され[26]、3月25日の埼玉西武ライオンズとの開幕戦(西武プリンスドーム)で「1番・指名打者」としてスタメンで一軍公式戦にデビュー[26][注 1]。本人曰く「中学生(時代)以来」の1番起用とのことだった[27]が、7回表の第3打席で一軍公式戦初安打を放つなど[28]、フル出場で5打数2安打を記録した。さらに、開幕戦から6試合連続安打[注 2]を達成[29]。しかし、スタメン起用が続くうちに、腰椎の椎間板症に見舞われた[30]。外野の守備へ就けないほどにまで症状が悪化した[31]ため、4月24日に出場選手登録を抹消された[32]。8月12日に一軍へ復帰し、8月18日の対北海道日本ハムファイターズ戦(札幌ドーム)で一軍公式戦初本塁打を放った。8月26日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(楽天Koboスタジアム宮城)以降は、30試合で3番打者に起用されると、9本塁打を記録。翌27日の同カードでは、1回表の第1打席から2打席連続で本塁打を放っている[33][注 3]。チームのシーズン最終戦であった10月1日の対楽天戦(コボスタ宮城)では、オリックスの新人選手としては1969年の加藤秀司以来47年ぶりに、一軍公式戦の4番打者に起用された[34]。レギュラーシーズン全体では、前述した故障の影響で一軍公式戦への出場が63試合にとどまり、打席数(258)もパシフィック・リーグ規定打席(443)を下回った。それでも、打率.290(リーグ9位相当)、10本塁打、34打点を記録[35][注 4]OPSは.854(リーグ4位相当)、RC27は6.09(リーグ8位相当)に達した[35][37][注 5]。守備面では、左翼手として44試合でスタメンに起用されたほか、右翼手として9試合、指名打者として8試合に出場した。シーズン終了後に台湾で開かれたアジア・ウィンター・リーグでは、ウエスタン・リーグ選抜の主軸打者として全18試合に出場。打率(.556)、本塁打(6本)、安打数(30安打)、塁打数(57塁打)、打点(29打点)の5部門でいずれもトップの成績を残した結果、最優秀打者に選ばれた[38][39]。帰国後の12月20日に、年俸2,100万円(前年から600万円増)という条件で契約を更改[40]

2017年には、「公式戦全143試合出場」を目標に地元の鯖江市で始動した[41]。前年のシーズン終盤以降の活躍に加えて、国内FA権の行使によって阪神へ移籍した糸井嘉男の穴を埋める中軸打者・レギュラー外野手候補として周囲から高い期待を寄せられた[42]が、オープン戦の終盤に腰痛が再発。後の診察で急性筋性腰痛の発症が判明し、開幕一軍のメンバーから外れた[43]。5月10日に、ウエスタン・リーグの対広島東洋カープ戦(舞洲サブ球場)で、「2番・左翼手」としてスタメンで実戦に復帰。1回裏の第1打席で本塁打を放ったが、試合後に腰痛を訴えたため、再び戦線を離れた[44]。7月9日の対千葉ロッテマリーンズ戦に「3番・指名打者」として、この年初めて一軍の公式戦に出場[45]。翌10日の対日本ハム戦(いずれも京セラドーム大阪)では、1回裏の第1打席で、右翼スタンド5階席に推定飛距離130mの本塁打を放った[46]。同月下旬以降は、首脳陣が攻撃重視の打線を組んだことから、8試合で1番打者、9試合で2番打者に起用。8月8日の対西武戦(京セラドーム大阪)では、2年連続の1試合2本塁打を2打席連続で記録した[47][48]。8月16日の対福岡ソフトバンクホークス戦(福岡ヤフオク!ドーム)以降は、シーズン終了まで、再び3番打者に起用。9月3日の対西武戦(京セラドーム)で、2年連続の一軍公式戦シーズン2桁本塁打を達成した[49]。シーズン終盤の10月4日に臀部の膿を除去する手術を受けたが、登録の抹消には至らず、手術後にも一軍公式戦2試合へ出場した[50]。前述した腰痛や手術の影響で、一軍公式戦への出場は64試合(268打席)にとどまったが、打率.311(リーグ2位相当)、12本塁打、38打点を記録。いずれも前年を上回る成績[51]で、OPSは.928(リーグ3位相当)、RC27は7.41(リーグ3位相当)に達した[51]。打順では、1番や2番に起用されることもあったが、主に3番打者(46試合)として起用された。守備面では、主に右翼手(36試合)で出場したが、左翼手として16試合、中堅手として1試合、指名打者として10試合にそれぞれスタメン出場した。なお、シーズン終了後の第1回アジア プロ野球チャンピオンシップには、日本代表として選ばれることが内定していたが、前述した膿を除去する処置を受けたため、正式発表の前に代表入りを辞退した[52]。その後秋季キャンプへの参加も辞退し、11月下旬に腰の手術を受けた[53]。12月6日に、推定年俸3,100万円(前年から1,000万円増)という条件で契約を更改[53]

2018年には、前年に腰の手術を受けたことを考慮されて、春季キャンプを二軍でスタート。「故障しない身体づくり」「走攻守すべての面でのレベルアップ」をテーマに、体幹トレーニングなどへ取り組んだ。キャンプ序盤の2月4日には、野球日本代表監督の稲葉篤紀から、2020年東京オリンピック・野球日本代表の代表候補であることを告げられた[54]。キャンプ終盤から一軍へ合流する[55][56][57]と、3月30日には、ソフトバンクとのレギュラーシーズン開幕戦(ヤフオクドーム)で「3番・左翼手」としてスタメンに起用。5月22日の対楽天戦(楽天生命パーク)では、3回表の第2打席でシーズン6号本塁打、4回表の第3打席で2点適時打(単打)、6回表の第4打席で二塁打を記録した。8回表の第5打席でも長打を放って三塁へ進んだが、二塁から三塁への進塁が「送球間の進塁」(公式記録上は「二塁打」)とみなされ、サイクルヒットの達成はならなかった[58]。入団後初めて出場したセ・パ交流戦では、6月7日の対阪神戦(甲子園)で一軍公式戦初の三塁打[59]、6月13日の対広島戦(京セラドーム大阪)で3年連続のシーズン2桁本塁打を記録[60]。全18試合に出場すると、打率.397、3本塁打、10打点、出塁率.477、得点圏打率.500という好成績でチームをパ・リーグ球団の最高順位(2位)へ導いたことから、交流戦のMVPに選ばれた[61]。交流戦の最終戦で右足の関節を捻挫し、自力で歩けないまま代走を送られた[62]が、翌22日から再開されたパ・リーグの公式戦では、代打での出場を経てスタメンに復帰している。オールスターゲームには、ファン投票・選手間投票ともパ・リーグ外野手部門の3位に入り、初出場[63]。7月13日の第1戦(京セラドーム大阪)では、パ・リーグ選抜の「5番・指名打者」としてスタメンに起用されると、1回裏の第1打席でオールスターゲーム初安打・初打点を松坂大輔からの適時打で記録した[64]。レギュラーシーズンでは全143試合への出場を果たし、規定打席へ初めて到達。打率.321、26本塁打[注 6]、86打点という好成績を残した。オフに、5,400万円増の推定年俸8,500万円で契約を更改した[66]

2019年には、オープン戦期間中の3月上旬に京セラドーム大阪で開かれた日本代表の強化試合(メキシコ代表との2連戦)に、プロ入り後初めて日本代表の一員として選出[67]、2試合ともスタメンでクリーンアップの一角を任され、第2戦では1回裏の第1打席で満塁本塁打を放った[68]。シーズンでは、開幕から4番打者に起用。開幕当初は打率が1割を切るほどの打撃不振で、シーズン初本塁打を放ったのは、開幕11試合(通算49打席)目の4月11日の対ロッテ戦(ZOZOマリンスタジアム)第3打席だった[69]。それでも、5月21日に京セラドームで催された同カードで、オリックスの選手としては初めて、入団1年目からの4年連続シーズン2桁本塁打を自己最速のペース(出場43試合目)で達成した[70]。前年にMVPを獲得したセ・パ交流戦で再び調子を落とした[71]ものの、オールスターゲームには、ファン投票・選手間投票(いずれもパ・リーグ外野手部門2位)を経て2年連続で出場[72]。7月13日の第2戦(甲子園球場)では、「3番・左翼手」としてのスタメン起用で同ゲーム初本塁打を放ち、パ・リーグの選手から唯一の敢闘選手に選ばれた[73]。レギュラーシーズンの終盤には、森友哉(西武)との間でリーグ首位打者争いを展開。打率.329で先にシーズンを終えた森には僅差で及ばなかったものの、リーグ2位の打率.322を記録した[74]。さらに、2年連続の全143試合出場で自己最多の29本塁打を放ったほか、7月度と9・10月度の月間MVPにも選ばれた[75]。シーズン終了後は、11月に開催の第2回WBSCプレミア12日本代表として出場。チームとしては谷佳知オリックス・ブルーウェーブ時代の2001年 - 2004年)以来の2年連続ベストナイン(パ・リーグ外野手部門)選出も果たした[76]。プレミア12終了後の11月29日に、推定年俸2億円(前年から1億1,500万円増)という好条件で契約を更改。オリックス生え抜きの選手が入団5年目で1億円以上の年俸となった事例は、イチローがブルーウェーブ時代の1996年に推定年俸1億8,000万円(前年から1億円増)で契約を更改したことに次いで2人目である[77]

2020年には、8月に打率.430で月間MVPを受賞するなど、シーズンを通じて高い打率を維持。一軍公式戦で3年連続の全試合(同年は120試合)出場を果たすとともに、通算打率.350で、チームの生え抜き選手としては2000年(ブルーウェーブ時代)のイチロー以来20年ぶりに首位打者のタイトルを獲得した。NPBの一軍公式戦において、平成生まれの選手がレギュラーシーズンの最終規定打席に到達したうえで、.350以上の打率でシーズンを終えた事例は吉田が初めてである。開幕から1か月余りの間に7本の本塁打を放ちながら、通算の本塁打数は14本にとどまったが、3年続けてパ・リーグの外野手部門でベストナインに選出。一軍公式戦ではリーグで10番目に多い492打席に立ちながら、三振の総数はわずか29個で、リーグの規定打席到達者では最も少なかった(詳細後述[78]

2021年には、チームの選手会長へ就任。球団との契約交渉を初めて代理人に委ねたうえで、1月4日から西川遥輝などと共に沖縄県内で自主トレーニングに臨んでいたことから、契約更改を春季キャンプインの直前(同月22日)にまで持ち越した。更改後の年俸は2億8,000万円で、出来高分を除いた推定額ながら、NPB6年目の野手としては歴代最高額とされる[1]。その一方で、更改後の記者会見では、ポスティングシステムを通じたMLBへの挑戦を検討する可能性があることを示唆。更改の席で、球団に対してMLB挑戦へのビジョンを伝えたことも明かした[79]。なお、レギュラーシーズンの開幕当初は、前年のシーズン途中から一軍を指揮する中嶋聡(この年から監督へ正式に就任)の方針で2番打者へ随時起用。チーム全体の得点力を高めるための起用[80]であったが、杉本が4番打者に固定された5月からは、大学時代に続いて3番打者を務めている[81]。また、5月15日の対楽天戦(ほっともっとフィールド神戸)では、MLBのニューヨーク・ヤンキースから8年ぶりに楽天へ復帰した田中将大と初めて対戦。6回裏の第3打席で左翼フェンスをわずかに通過する打球を放ったところ、楽天側のリクエストによるリプレー検証の末に、一軍公式戦通算99本目の本塁打と認定された[82]

選手としての特徴[編集]

2019年5月24日、楽天生命パーク宮城にて

身長173cmと野球選手としては小柄だが、オリックスOBの門田博光を彷彿させる左の長距離打者[83][84]。手動計測ながら、学生時代に50m走で6秒2を記録したほどの俊足と、遠投で100mを記録したほどの強肩の持ち主でもある[85]

ホームランバッターに対する憧れは強く、インタビューで「僕自身、子供の頃にホームランバッターに憧れていたので、僕もそういう存在になりたい。今、野球界全体を見渡しても野球をする子供が減ってるじゃないですか。僕のホームランを見たいというのがきっかけになって、野球人口も増えたらいいなと思います」とも述べ[86]、「(力強いスイングは)変わらないし、変えられない」として、長距離打者としてのこだわりを示す一方で、「ボールに対するコンタクト率を意識しているんです」とも語っている[55]。スイングは状況に応じて「投球ラインに沿ってバットを入れる」「上から叩く」「下からバットを入れる」の3つのスタイルを使い分けている[55]

また、探求心を持って自分のバッティングに向き合うことを楽しみながら[7]、「ベストスイングの形を打席の中で再現できる可能性を高くできれば、その延長線上にホームランがある」[7]「『打てると感じた球を打っていく』のが自分の打撃スタイル」[87]と語っている。

高校時代には「力みなくバットが振れ、ヘッドスピードが速く、芯でボールをとらえる技術が高い巧打者」[88]、オリックスへの入団当初は「広角に強い打球を打ち分ける長距離打者」という評価を受けていた。オリックス入団後の2シーズンには、上記の評価から一転して、長打力を示すIsoPが「0.203→0.206」と高い数値で推移[4][35][51]。この時期には、いわゆる「プルヒッター」らしい傾向が顕著に表れていた[35][51][89]。 現に、全打球に占める右翼方向への打球の比率が2年連続で40%を上回っていて、本塁打も通算22本中20本が(右中間を含む)右翼方向に飛んでいた。その一方で、バットコントロールと選球眼のバランスも非常に良く、三振率「13.2%→11.9%(リーグ4位相当)」(リーグ平均は「18.0%→19.5%」)・四球率「9.7%→14.2%(リーグ2位相当)」とも高い水準で推移[35][51]。左投手と対戦した場合のOPSも「.822(対右投手.870)→.946(対右投手.922)」で推移するなど、左投手をほとんど苦にしていなかった[35][51]。もっとも、本拠地の京セラドーム大阪で和田毅から一軍公式戦での初本塁打を放った際には、上記の傾向とは逆に打球が左翼の方向へ飛んだことから、「今までにない感覚で、左投手から左方向に打てたことが良かった」と語っている[41]

オリックス入団3年目の2018年からは、2020年シーズン終了時点で3年連続の全試合出場と最終規定打席到達を果たしながら、いずれの年も.320以上の高打率をマーク。NPBでこの条件を全て満たした打者は、ブルーウェーブ時代(1994 - 1998年)のイチローにまで遡る[90]

打率.350で首位打者のタイトルを初めて獲得した2020年には、通算492打席で72四球を選んだのに対して、三振をパ・リーグの規定打席到達者で最も少ない29個にとどめたことで、シーズン終了後に『日刊スポーツ』から「理想的な打者」との評価を受けるに至った。セ・パ2リーグ分立後(1950年)のNPB一軍公式戦において、「シーズン通算で70個以上の四球」と「シーズン通算で30個以下の三振」という条件をいずれも満たした首位打者は、長嶋茂雄(巨人時代の1960年・1963年)と張本勲日本ハムファイターズ時代の1974年)に次いで3人目。パ・リーグでは、張本以来46年ぶりである[90]。ちなみに、2020年の公式戦におけるPA/K(1つの三振を喫するまでに要する平均の打席数)も、パ・リーグ1位の16.95を記録。この年のセントラル・リーグ規定打席到達者で三振が最も少なかった宮崎敏郎(DeNA)の15.86をも凌いでいたが、吉田が1個でも三振を喫した試合(25試合)でのチームの勝率(.273)は、公式戦全120試合における通算勝率(.398)を大きく下回っていた[91]

人物[編集]

少年時代にメジャーリーグ(MLB)公式戦のテレビ中継を見る機会が多かったことから、自身と同じ右投げ左打ちのブライス・ハーパーを「憧れの対象で目標の選手」に挙げている。オリックスへの入団時には、自身の強い希望で背番号を「34」(ハーパーがワシントン・ナショナルズ時代の2018年までに着用していた番号)に決めた[6][86]

青山学院大学時代の監督である善波厚司曰く、「守備も足も肩も平凡だけど、野球に取り組む姿勢が入学当初からずば抜けていて、『強く振る』ことができる強打者だった」「やはりモノが違います。ほかの『プロに行きたい』と言っている選手とは、思考力や行動力が違いました。魅力的なスイングの持ち主なので、プロでもある程度は活躍できるとは思いますから、けがをしない体を作っていって欲しいですね」と述べている[92]

NPBドラフト会議での1巡目指名に至ったターニングポイントとして、大学4年時にユニバーシアード野球日本代表へ参加したことを挙げている。同学年のチームメイトだった髙山俊(明治大学)や茂木栄五郎(早稲田大学)が東京六大学野球で実力を培っている一方で、自分は東都大学野球2部リーグでのプレーを余儀なくされていたことへの悔しさが、勝負強さを開眼させるうえで大きな原動力になったという[92][93]

「(高校時代までを過ごした)福井が野球人生の原点」ということを、インタビューなどでしばしば言及している。オリックス2年目の2017年には、春季キャンプの直前に、自身が所属していた少年野球チーム(鯖江ボーイズ)の後輩である岸本淳希玉村祐典と共に自主トレーニングへ取り組んだ[94]

「向上心、探究心、反骨心が旺盛なこと」を、自身の性格の特徴に挙げている。2016年のオフシーズンにハンマー投選手の室伏広治へ直筆の手紙を送った縁から、2017年以降は春季キャンプの前に室伏からトレーニングの指導を受けている[95]。2018年1月には、「自分自身に打ち勝つこと」「1日1日を大切に過ごすこと」「規定打席到達」を目標に、糸井や柳田悠岐と一緒にグアムで自主トレーニングを敢行した[53][55]

オリックスへの入団後に、持ち味の力強いバッティングスタイルを生かした動画(通称「マッチョ動画」)をプロデュース。2018年以降に京セラドームで催されるホームゲームでは、吉田がチャンスで打席を迎えた際に「マッチョ動画」をスコアボードの大型ビジョンで流すとともに、この動画と連動したダンベル型の応援グッズを球団公認で販売している[96]

「張り切り屋」を自認する性格ゆえに、オリックスへの入団当初は、腰痛を頻繁に発症していた[25]。2017年のシーズン途中までは、スイングの最後までバットを両手で握り続けていたが、自分で靴下も履けないほどにまで腰の状態が悪化[55]。これを機に、腰への負担の軽減と打球の飛距離アップを両立すべく、スイングのフォロースルーでバットから片手を離している。さらに、2017年のシーズン終了後に腰の手術を受けたことが功を奏して、2018年以降は一軍でレギュラーシーズンの全試合出場を続けている。

社会貢献活動への関心が高く、2018年にパ・リーグ公式戦の規定打席へ初めて到達したことを機に、本塁打1本につき10万円を「国境なき子どもたち」を通じて寄付している[97]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2016 オリックス 63 258 231 35 67 17 0 10 114 34 0 2 0 1 25 0 1 34 6 .290 .360 .494 .854
2017 64 268 228 42 71 11 0 12 118 38 1 1 0 1 38 2 1 32 9 .311 .410 .518 .928
2018 143 598 514 77 165 37 2 26 284 86 3 1 0 8 69 10 7 74 9 .321 .403 .553 .956
2019 143 610 521 92 168 24 2 29 283 85 5 1 0 5 79 12 5 64 12 .322 .413 .543 .956
2020 120 492 408 55 143 22 1 14 209 64 8 5 0 4 72 17 8 29 6 .350 .453 .512 .966
NPB:5年 533 2226 1902 301 614 111 5 91 1008 307 17 10 0 19 283 41 22 233 42 .323 .413 .530 .943
  • 2020年度シーズン終了時
  • 2020年度シーズンは新型コロナウイルスの影響で120試合制
  • 各年度の太字はリーグ最高

WBSCプレミア12での打撃成績[編集]

















































2019 日本 5 21 20 2 4 0 0 0 4 1 0 0 0 0 1 1 0 0 0 .200 .238 .200

年度別守備成績[編集]



外野












2016 オリックス 54 86 4 1 0 .989
2017 53 92 2 0 0 1.000
2018 123 223 2 3 1 .987
2019 98 149 5 2 0 .987
2020 93 126 4 2 1 .985
通算 421 676 17 9 2 .987
  • 2020年度シーズン終了時

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
その他の記録

背番号[編集]

  • 34(2016年 - )※野球日本代表のトップチームでも着用

登場曲[編集]

代表歴[編集]

連載コラム[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ オリックスの新人選手が一軍開幕戦のスタメンに起用された事例は、2011年駿太以来5年ぶり(指名打者としての起用は2002年の後藤光尊以来14年ぶり)であった。
  2. ^ プロ野球ドラフト会議導入後の1966年以降のNPBの新人選手の最長タイ記録。
  3. ^ オリックスの新人選手による一軍公式戦での2打席連続本塁打は、阪急ブレーブス時代の1969年福本豊が記録して以来47年ぶり[33]
  4. ^ オリックスの新人選手による一軍公式戦でのシーズン2桁本塁打は、阪急時代の1985年熊野輝光が記録して以来31年ぶりである[36]
  5. ^ RC27は糸井嘉男(6.72)に次ぐ「チーム内2位相当」、OPSは糸井(.849)を上回る「チーム内1位相当」の好成績だった。
  6. ^ オリックス入団3年目以内の日本人選手が一軍公式戦でシーズン20本塁打を記録した事例は前身・阪急ブレーブス時代の1988年に、入団3年目の藤井康雄が20本塁打を放って以来30年ぶりであった[65]

出典[編集]

  1. ^ a b オリ・吉田正 6年目野手では史上最高の2億8000万円 初の越年交渉でイチロー氏も柳田も超えた”. スポーツニッポン (2021年1月23日). 2021年1月23日閲覧。
  2. ^ “躍動するルーキー” 若き和製大砲・吉田正尚がオリックスを変える”. BASEBALL KING (2016年9月5日). 2016年12月30日閲覧。
  3. ^ オリックス吉田正が結婚 元モデルの管理栄養士・ゆり香さんと”. Sponichi Annex (2018年12月10日). 2018年12月10日閲覧。
  4. ^ a b c d 青学大の飛ばし屋・吉田正尚がドラフトを熱くする”. 日刊スポーツ (2015年10月9日). 2016年12月30日閲覧。
  5. ^ オリックス吉田 首位打者を報告”. NHK福井 NEWS WEB. 2020年11月25日閲覧。
  6. ^ a b オリックス1位吉田正がハーパーの背番「34」希望”. 日刊スポーツ (2015年12月5日). 2016年2月5日閲覧。
  7. ^ a b c 吉田 正尚選手(オリックス・バファローズ)前編「自分で見つけたスイングが一番強い」”. 高校野球ドットコム (2017年12月7日). 2018年4月5日閲覧。
  8. ^ “帝京 対 敦賀気比”. http://www5.nikkansports.com/baseball/highschool/sensyuken/2009/score/2009081602.html 
  9. ^ “天理-敦賀気比”. http://www.sanspo.com/baseball/highschool/senbatsu82/score/kekka100321_1.html 
  10. ^ “敦賀気比-日大三”. http://www.sanspo.com/baseball/highschool/senbatsu82/score/kekka100331_1.html 
  11. ^ 東都大学野球連盟”. 2016年2月14日閲覧。
  12. ^ a b 【オリックス好き】杉本裕太郎、ドラフト最下位ルーキーの逆襲はあるか(1)”. J SPORTS『野球好き』公式サイト (2016年2月11日). 2016年2月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年2月25日閲覧。
  13. ^ 東都大学野球連盟”. 2016年2月14日閲覧。
  14. ^ 東都大学野球連盟”. 2016年2月14日閲覧。
  15. ^ 東都大学野球連盟”. 2016年2月14日閲覧。
  16. ^ 東都大学野球連盟”. 2016年2月14日閲覧。
  17. ^ 逆転新人王なるか。オリ“和製大砲”吉田正尚に託した球団の想い【どら増田のオリ熱コラム#84】”. ベースボールチャンネル. 2018年4月5日閲覧。
  18. ^ 「青学の子やな」オリックスドラフト1位・吉田、イチローに“イチ”目置かれていた!”. サンケイスポーツ (2016年1月14日). 2016年2月5日閲覧。
  19. ^ オリックス1位吉田正 合同自主トレでリタイア1号”. 日刊スポーツ (2016年1月12日). 2016年2月5日閲覧。
  20. ^ オリックス ドラフト1位吉田正が一軍合流、柵越え6本にも冷静”. スポーツニッポン (2016年2月6日). 2016年2月6日閲覧。
  21. ^ オリックス1位吉田正2日だけ一軍・・・右脇腹に張り”. 日刊スポーツ (2016年2月8日). 2016年2月16日閲覧。
  22. ^ オリ ドラフト1位吉田正 二軍戦でプロ1号、前日のミス取り返した”. スポーツニッポン (2016年3月16日). 2016年3月26日閲覧。
  23. ^ オリックス1位吉田正1号 3階席前面の壁直撃”. 日刊スポーツ (2016年3月20日). 2016年3月21日閲覧。
  24. ^ オリックス1位吉田正「階段飛ばした感じ」開幕一軍”. 日刊スポーツ (2016年3月21日). 2016年3月21日閲覧。
  25. ^ a b わずか3日で開幕一軍当確。”和製大砲”オリックス、ドラ1位吉田正尚は有言実行の男【どら増田のオリ熱コラム #69”. ベースボールチャンネル (2016年3月22日). 2017年2月7日閲覧。
  26. ^ a b オリドラ1吉田正 開幕戦は「1番・DH」 福良監督が明言”. スポーツニッポン (2016年3月21日). 2016年3月26日閲覧。
  27. ^ オリックス1位吉田正、開幕1番球団新人73年ぶり”. 日刊スポーツ (2016年3月25日). 2018年4月5日閲覧。
  28. ^ オリックスのドラ1吉田正、うれしいプロ初安打”. 日刊スポーツ (2016年3月25日). 2016年3月26日閲覧。
  29. ^ オリックス吉田正、開幕連続試合安打が6でストップ”. 日刊スポーツ (2016年4月2日). 2016年4月3日閲覧。
  30. ^ オリックス吉田正は腰椎椎間板症 復帰まで10日”. 日刊スポーツ (2016年4月25日). 2016年6月4日閲覧。
  31. ^ オリックス ドラフト1位・吉田正が腰痛で抹消へ”. デイリースポーツ (2016年4月24日). 2016年6月4日閲覧。
  32. ^ オリックス吉田正 腰の痛みで一軍登録抹消”. 日刊スポーツ (2016年4月24日). 2016年6月4日閲覧。
  33. ^ a b オリックスドラフト1位吉田正 福本以来!球団47年ぶり新人連発”. スポーツニッポン (2016年8月28日). 2016年8月31日閲覧。
  34. ^ 【オリックス】ドラフト1位・吉田…球団の新人47年ぶりに4番”. 日刊スポーツ (2016年4月24日). 2016年6月4日閲覧。
  35. ^ a b c d e f 『2017プロ野球オール写真選手名鑑』101頁、226頁~228頁。
  36. ^ 【オリックス】ドラフト1位吉田が10号 球団の新人2ケタ本塁打は31年ぶり”. スポーツニッポン (2016年9月30日). 2016年9月30日閲覧。
  37. ^ “躍動するルーキー” 若き和製大砲・吉田正尚がオリックスを変える”. ベースボールキング. 2017年2月7日閲覧。
  38. ^ オリックス吉田正尚が台湾で5冠 来季大ブレークか”. スポーツニッポン (2016年12月18日). 2016年12月19日閲覧。
  39. ^ 糸井の穴を埋めるキーマン、アジアWリーグ5冠のオリ吉田正「まだベンチの信用がない」。秋季キャンプで芽生えた意識【どら増田のオリ熱コラム #88】”. ベースボールチャンネル. 2017年2月7日閲覧。
  40. ^ オリックス吉田正600万増「チームを勝ちに導く」”. 日刊スポーツ. 2017年2月9日閲覧。
  41. ^ a b 吉田正尚「全143試合に出場」 プロ2年目、さらなる飛躍へ始動”. 福井新聞 (2017年1月12日). 2017年2月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年2月7日閲覧。
  42. ^ 糸井の穴を埋めるオリの大砲・吉田正尚 周囲の期待は急上昇も本人は「まだまだ」”. スポーツナビ. 2018年4月5日閲覧。
  43. ^ オリックス・吉田正、開幕一軍外れる”. デイリースポーツ. 2017年4月4日閲覧。
  44. ^ オリックス吉田正、一軍復帰白紙 二軍で実戦出場も腰痛再発 症状思わしくなく”. スポーツニッポン. 2017年5月12日閲覧。
  45. ^ オリックス 4連敗でストップ ディクソン7勝目 今季初一軍の吉田が先制打”. スポーツニッポン. 2017年7月10日閲覧。
  46. ^ オリックス吉田正尚「完璧です!」復帰2戦目で1号”. 日刊スポーツ. 2017年7月10日閲覧。
  47. ^ 【オリックス】吉田正、2打席連発!新1、2番で大勝!”. スポーツ報知. 2017年8月24日閲覧。
  48. ^ 持ち味の豪快スイングで2打席連続弾「伸びてくれました」”. Full-Count. 2018年4月5日閲覧。
  49. ^ オリックス吉田正尚が10号3ラン 2年連続2桁弾”. 日刊スポーツ. 2017年9月3日閲覧。
  50. ^ オリックス吉田正、臀部の膿瘍で治療 登録抹消せず”. 日刊スポーツ. 2018年4月5日閲覧。
  51. ^ a b c d e f 『2018プロ野球オール写真選手名鑑』69頁、226頁~228頁。
  52. ^ 【オリックス】吉田正、U24侍メンバー入り辞退”. スポーツ報知. 2017年11月8日閲覧。
  53. ^ a b c 【オリックス】吉田正、1000万円増3100万円でサイン!来季“3年目の正直”で規定打席到達目指す”. スポーツ報知 (2017年12月6日). 2017年12月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2017年12月9日閲覧。
  54. ^ 侍稲葉監督、五輪へオリックス吉田正尚を強化指定”. 日刊スポーツ. 2018年4月5日閲覧。
  55. ^ a b c d e 『週刊ベースボール』2018年4月2日号、14頁~17頁。
  56. ^ オリックスがコーチ会議 吉田正は二軍スタート、ドラ1田嶋は1軍”. Full-Count. 2018年4月5日閲覧。
  57. ^ 【オリックス】吉田正が一軍に昇格「毎日勝負」”. スポーツ報知. 2018年4月5日閲覧。
  58. ^ 吉田正尚サイクル届かず、残り三塁打で三塁到達も”. 日刊スポーツ. 2018年5月25日閲覧。
  59. ^ オリックス吉田正尚、初三塁打「全力で走りました」”. 日刊スポーツ. 2018年6月14日閲覧。
  60. ^ オリックス吉田正尚が入団以来3年連続2ケタ本塁打”. 日刊スポーツ. 2018年6月14日閲覧。
  61. ^ 日本生命セ・パ交流戦2018 表彰選手”. NPB日本野球機構. 2018年6月22日閲覧。
  62. ^ オリックス吉田正尚は右足関節捻挫、今後は様子見で”. 日刊スポーツ. 2018年6月23日閲覧。
  63. ^ マイナビオールスターゲーム2018出場者”. NPB日本野球機構. 2018年7月4日閲覧。
  64. ^ オリックス吉田正尚、松坂から適時打「勢いです」”. 日刊スポーツ. 2018年11月7日閲覧。
  65. ^ オリックス吉田正尚チーム30年ぶり快挙の20号”. 日刊スポーツ (2018年8月18日). 2018年11月7日閲覧。
  66. ^ 新婚オリックス吉田正尚「2人で乗り切った」大幅増”. 日刊スポーツ (2018年12月10日). 2021年5月16日閲覧。
  67. ^ ENEOS 侍ジャパンシリーズ2019「日本 vs メキシコ」に出場するメンバー28名が決定”. 野球日本代表公式サイト. 2019年2月23日閲覧。
  68. ^ 吉田正 満塁弾!代名詞フルスイングで主砲争い名乗り 稲葉監督「心強い」”. 野球日本代表公式サイト. 2019年3月11日閲覧。
  69. ^ オリックス吉田正、開幕11試合49打席目で待望の一発!「打った瞬間いってくれると」”. Full-Count. 2019年7月19日閲覧。
  70. ^ オリックス吉田正尚4年連続10号 43試合で到達”. 日刊スポーツ. 2019年7月14日閲覧。
  71. ^ 吉田正尚70打席ぶり弾 バット角度など修正で結果”. 日刊スポーツ. 2019年7月14日閲覧。
  72. ^ オリックス吉田正尚「光栄」2年連続選手間投票で選出”. 日刊スポーツ. 2019年7月14日閲覧。
  73. ^ オリックス吉田正尚が敢闘選手賞 待望の球宴初弾”. 日刊スポーツ. 2019年7月14日閲覧。
  74. ^ オリックス・吉田正 3打数1安打、打率・322で初の首位打者に届かず”. スポーツニッポン. 2019年10月15日閲覧。
  75. ^ オリックス吉田正尚「びっくり」2度目の月間MVP”. 日刊スポーツ (2019年10月15日). 2019年11月1日閲覧。
  76. ^ 吉田正尚2年連続ベストナイン 谷佳知超えを狙う”. 日刊スポーツ (2019年10月15日). 2019年11月29日閲覧。
  77. ^ イチロー以来!オリックス吉田正尚は激増5年目2億!”. 日刊スポーツ (2019年11月29日). 2019年11月29日閲覧。
  78. ^ 2年連続最下位、2020年のオリックスを振り返る 吉田正が首位打者も…【野手編】”. Full-Count (2020年12月31日). 2021年1月22日閲覧。
  79. ^ オリックス吉田正尚が米挑戦検討示唆「少し話した」”. 日刊スポーツ (2021年1月23日). 2021年1月23日閲覧。
  80. ^ オリックス得点力増へ中嶋監督「2番吉田正尚」構想”. 日刊スポーツ (2021年1月30日). 2021年5月18日閲覧。
  81. ^ 8年前の熱い1行 オリックス・ラオウ杉本裕太郎と吉田正尚コンビ誕生秘話”. 日刊スポーツ (2021年5月13日). 2021年5月18日閲覧。
  82. ^ オリックス・吉田正が楽天・田中将から逆転8号3ラン「最高の結果になってくれてよかった」”. サンケイスポーツ (2021年5月15日). 2021年5月18日閲覧。
  83. ^ オリックス・ドラフト1位吉田正 門田2世だ”. デイリースポーツ (2016年1月22日). 2016年2月5日閲覧。
  84. ^ 吉田正尚選手が「豪快な打撃」伝授 福井で少年野球教室”. 福井新聞. 2018年4月5日閲覧。
  85. ^ 青学大・吉田正尚はオリックスが単独1位指名”. 日刊スポーツ (2015年10月22日). 2021年1月23日閲覧。
  86. ^ a b オリックス吉田正尚が抱くホームランへの思い”. ベースボールキング (2017年9月4日). 2018年4月5日閲覧。
  87. ^ 吉田 正尚選手(オリックス・バファローズ)後編「身体が小さくてもホームランは追求できる」”. 高校野球ドットコム (2017年12月8日). 2018年4月5日閲覧。
  88. ^ オリックス吉田正尚、本塁打連発の秘密 小柄な体で飛距離を生み出す理由とは!?”. スポーツナビ. 2018年4月5日閲覧。
  89. ^ 朝日新聞』、2018年4月5日付朝刊。
  90. ^ a b 記録的年俸増の吉田正尚、理想の打者ぶり示すデータ”. 日刊スポーツ (2015年10月22日). 2021年1月23日閲覧。
  91. ^ わずか29三振の首位打者・吉田正尚が三振するとオリックスは負ける?”. SPAIA (2021年1月21日). 2021年1月23日閲覧。
  92. ^ a b 今年ブレイク必至 恩師が語るオリックス吉田正尚、フルスイングの秘話”. Full-Count (2017年1月26日). 2017年2月7日閲覧。
  93. ^ 飛躍の2年目へ オリックス・吉田正尚外野手”. 毎日新聞 (2017年2月2日). 2017年2月7日閲覧。
  94. ^ 吉田正尚、原点で打撃感触を確認 岸本淳希、玉村祐典も後輩と初練習”. 福井新聞. 2017年2月7日閲覧。
  95. ^ 【オリックス】昨年手術の吉田 室伏広治氏の指導でトレーニング”. スポーツ報知 (2018年1月21日). 2018年5月25日閲覧。
  96. ^ 「マッチョ」を前面に!? オリックス吉田正プロデュースの“チャンス動画”が話題”. Full-Count (2018年4月20日). 2018年6月23日閲覧。
  97. ^ オリックス吉田正、本塁打で世界の子どもたち救う 1発につき10万円寄付へ”. スポーツニッポン (2019年2月23日). 2019年2月23日閲覧。
  98. ^ a b “オリックス吉田正尚がプロ通算100号を達成 史上301人目”. 日刊スポーツ. (2021年5月23日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/202105230000744.html 2021年5月23日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]