山﨑康晃

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山﨑 康晃
横浜DeNAベイスターズ #19
20150314 Yasuaki Yamasaki pitcher of the Yokohama DeNA BayStars, at Yokohama Stadium.JPG
2015年3月14日 横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都荒川区
生年月日 (1992-10-02) 1992年10月2日(29歳)
身長
体重
179 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2014年 ドラフト1位
初出場 2015年3月28日
年俸 2億8000万円(2022年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本代表
五輪 2021年
プレミア12 2015年2019年
獲得メダル
男子 野球
日本の旗 日本
オリンピック
2020 野球
WBSCプレミア12
2019
2015
アジア プロ野球チャンピオンシップ
2017

山﨑 康晃(やまさき やすあき、1992年10月2日 - )は、東京都荒川区出身のプロ野球選手投手)。右投右打。横浜DeNAベイスターズ所属。

エイベックス・マネジメントとマネジメント契約を結んでいる[2]

愛称は「ヤス」、「ヤマ」、「ヤマちゃん[3]。また、佐々木主浩の愛称(大魔神)にちなんで「小さな大魔神」と呼ばれている[4]

2021年開催の東京オリンピック 野球 金メダリスト。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

実家が近所で幼い頃から家族ぐるみで親交のあった12歳上の森本稀哲に憧れ、小学2年生の頃に森本も所属した少年野球チームに入り野球を始める[5]

帝京高等学校では、2年時に第91回全国高等学校野球選手権大会、3年時に第82回選抜高等学校野球大会でいずれも準々決勝まで進出した。帝京高校では1学年上に原口文仁、2学年上には杉谷拳士髙島祥平がいた。プロ志望届を提出するも、2010年のドラフト会議では指名漏れとなった。

亜細亜大学硬式野球部の練習の厳しさは知っていたが、実家の経済的に私立大学を好きに選ぶ余地はなかったため、高校卒業後はスポーツ推薦で亜細亜大学に進学。

2014年4月29日

進学すると、1年時に東都大学野球春季リーグ戦で救援投手としてデビューし、当時の自己最速記録であった149km/hをストレートで計測した。秋季リーグ戦では、中継ぎや抑えでチームの5年ぶり優勝に貢献。チームがこの優勝から6季連覇を達成し、2年時の第61回全日本大学野球選手権大会で準優勝、3年時の第44回明治神宮野球大会で優勝を経験した。3年生から先発投手に転向。夏には、第39回日米大学野球選手権大会の日本代表に選出。大会ではクローザーとしてチームの優勝に貢献し、4試合(通算6イニング)無失点9奪三振という内容で最優秀投手賞を受賞した。4年時の東都大学春季リーグ戦では、オール完投でリーグ最多の5勝を挙げ、防御率1.94でMVPに選ばれた。同リーグでは、通算で38試合に登板。203回1/3を投げて、15勝(10完投4完封)6敗、171奪三振、防御率1.95という成績を残した。夏のハーレムベースボールウィークでは、日本代表のクローザーとしてチーム最多の3勝を挙げた。1年先輩に嶺井博希がおり、在学中にバッテリーを組むこともあった[6]

2014年のNPBドラフト会議で、有原航平の重複指名による抽選に外れた横浜DeNAベイスターズと阪神タイガースから1巡目で指名され、抽選の結果、DeNAが交渉権を獲得。会議の前から『ドラフト緊急生特番!お母さんありがとう』(TBSテレビ制作の特別番組)の取材を受けており、会議当日には、同番組の生放送にも出演した。DeNAとの交渉の結果、出来高分を含めた契約金1億5000万円、年俸1500万円(金額は推定)という条件で入団した[7]。担当スカウトは武居邦生[8]。背番号は19

DeNA時代[編集]

2014年11月22日横浜スタジアムにて

2015年オープン戦で中継ぎとして好成績を残したことや、前年にクローザーを務めた三上朋也が故障したことから、開幕直前に一軍監督の中畑清から急遽クローザーに任命された。3月28日に開幕カードの読売ジャイアンツ戦でプロ初登板を果たすと、3月31日の対広島東洋カープ戦(横浜スタジアム)でプロ初セーブを記録した。4月22日の対阪神タイガース戦から5月8日の対巨人戦にかけて、9試合連続セーブ(NPBの新人投手による公式戦記録)を達成。5月には月間10セーブのNPB新人投手記録を樹立し、5月22日の対阪神戦(いずれも横浜)ではチームのサヨナラ勝利によってプロ初勝利を挙げた。オールスターゲームにもセントラル・リーグ(セ・リーグ)抑え投手部門のファン投票1位で出場。7月17日の第1戦(東京ドーム)では、セ・リーグ選抜のクローザー(5番手投手)として初登板を果たした[9]。9月4日の対巨人戦(横浜)でプロ入り後初の救援失敗を経験する[10]も、シーズン通算では2勝4敗37セーブ7ホールド、防御率1.92を記録し(37セーブは新人最多記録[4][注 1])、DeNAの選手としては初となるセ・リーグ新人王に輝いた。前身球団を含めれば、新人選手および投手からの選出は、大洋ホエールズ時代(1977年)の斉藤明雄以来38年ぶりだった。オフの11月に開催された第1回WBSCプレミア12日本代表に選出された。大会後の契約交渉では、推定年俸5000万円(球団の新人選手では最大の3500万円増)という条件で契約を更改[12]。コンディショニング管理や英語を学ぶ目的で、12月上旬から2週間にわたって単身でロサンゼルスへの短期留学を敢行した[13]

2016年は、新監督のアレックス・ラミレスの方針で、前年に続いてクローザーを任された。オープン戦期間中の3月6日には、京セラドーム大阪で開かれた「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」第2戦に、日本代表の5番手投手として8回裏に登板。1イニングを三者凡退に抑えた[14]。レギュラーシーズンの前半戦では、2度の救援失敗があったものの、32試合の登板で2勝2敗4ホールド20セーブを記録。2年連続でオールスターゲームファン投票でセ・リーグ抑え投手部門の1位を獲得すると、本拠地・横浜スタジアムでの第2戦(7月16日)9回表に、6番手投手として「凱旋登板」を果たした[15]。この登板では、帝京高校時代の1学年先輩である原口文仁と7年ぶりにバッテリーを組んでいる[16]。しかし8月に入ると、公式戦4日連続の救援登板でいずれも失点[17]。4試合で合計10失点を喫した影響で月間の防御率が15.12に達するほどの大不振に陥ったが、山﨑への信頼が強いラミレス[18]の方針により二軍への降格はなかった。一時はセットアッパーの三上や田中健二朗がクローザーを務めたり、ビハインドの場面からの救援登板を経験したりした[19]が、9月以降は復調。レギュラーシーズン全体では、防御率(3.59)が前年より悪化したものの、通算33セーブで2年連続のシーズン30セーブを達成した。新人投手として入団1年目から2年続けて公式戦で30セーブを記録したのは山﨑が初めてである。チームがレギュラーシーズン3位で迎えたポストシーズンでは、巨人とのクライマックスシリーズ(CS)ファーストステージ(東京ドーム)において、第1戦(10月8日)と第3戦(10月10日)でセーブを挙げた。チームの1勝1敗で迎えた第3戦では、1点を勝ち越した直後の延長11回裏に登板。嶺井とのバッテリーで巨人打線を無失点に抑え、チームは勝利とともにファイナルステージへの進出を決めた。チームは広島とのファイナルステージに敗れて日本シリーズへの出場に至らなかった。シリーズ終了後には「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」に日本代表に選出された[20]オランダ戦とメキシコ戦で、1試合ずつ救援登板を経験した。オフに、3000万円増となる推定年俸8000万円で契約を更改した[21]

2017年は、シーズン開幕前の3月に開催された第4回ワールド・ベースボール・クラシック日本代表にチームメイトの石田健大と共に指名投手枠で選出された[22]ことから、日本代表が投手を入れ替える目的でこの枠を利用した場合には、2次ラウンド以降に代表へ招集される可能性があった。ただし、実際には利用に至らなかったため、山﨑も石田も同大会への参加には至らなかった。

シーズンでは開幕を一軍のクローザーとして迎えたものの、4月13日の対阪神戦・4月14日の対ヤクルト戦で2試合連続救援に失敗。同月16日の対ヤクルト戦からは、この年に入団したスペンサー・パットンのクローザー起用を前提に、セットアッパーへ再び転向した[23]。転向後は、セットアッパーとしての登板15試合すべてを無失点に抑え、1勝0敗11ホールドを記録するほど復調。その間にパットンの投球内容が安定しなかったことも背景に、ラミレスの要請で5月20日の対巨人戦(いずれも横浜)でクローザーに復帰し、1回無失点という内容で4月9日の対中日戦(ナゴヤドーム)以来18登板試合ぶりのセーブを記録した[24]オールスターゲームのファン投票では、セ・リーグ抑え投手部門で入団以来3年連続の得票数1位を獲得[25]。3年連続の出場を果たした。後半戦ではクローザーに定着。8月25日の対ヤクルト戦(神宮)で、公式戦3年連続20セーブを達成した。新人投手として入団1年目から3年連続で公式戦20セーブを記録した事例は山﨑が初めてである[26]。レギュラーシーズン全体では、セ・リーグ最多の68試合に登板、26セーブを記録した。チームがレギュラーシーズン3位で迎えたポストシーズンでは、CS通算6試合の登板で2セーブを記録。チームのCS突破で臨んだ福岡ソフトバンクホークスとの日本シリーズでも3試合に登板した。2試合目に当たる横浜での第5戦(11月2日)では、8回表二死一・二塁からの登板で1点のリードを守り切った末に、シリーズ初セーブを記録。しかし、2日後(11月4日)に福岡ヤフオク!ドームで催された第6戦では、1点リードの9回裏一死無走者から内川聖一に同点本塁打を打たれた。チームは山﨑降板後の延長11回裏に三上朋也川島慶三にサヨナラ適時打を打たれ敗戦。19年ぶりの日本シリーズ制覇を逸した。

日本シリーズの終了後に開催された第1回アジア プロ野球チャンピオンシップ日本代表に選出された[27]。同大会では11月16日の韓国代表との初戦で、1点ビハインドの9回表に登板すると、韓国打線を三者凡退に抑えた。日本代表は9回裏に同点へ追い付くと、山﨑降板後の延長10回裏にタイブレークからサヨナラ勝利[28]。韓国代表と再び対戦した11月19日の決勝では、セーブの付かない7点リードの9回表に登板すると、三者凡退に抑えて優勝決定の瞬間をマウンドで迎えた。オフに、7000万円増となる推定年俸1億5000万円で契約を更改した[29]

2018年は、シーズン初登板だった4月1日の対ヤクルト戦(横浜)から、同月21日に神宮球場で催された同カードまで、8登板試合連続セーブを記録。4月10日の対巨人戦(東京ドーム)で4セーブ目を挙げ、NPB一軍公式戦通算100セーブを日本人投手最速(NPB入りから4年目)で達成した[30]。同時に平成生まれでは史上初の快挙となった。オールスターゲームにも、セ・リーグ抑え投手部門のファン投票1位で4年連続出場。結局、自己最多タイのシーズン37セーブを記録し、同リーグ最多セーブ投手のタイトルを初めて獲得した。また「新人投手として入団1年目から一軍公式戦で4年連続20セーブ」というNPB記録を達成した。オフに、1億円増となる推定年俸2億5,000円で契約を更改した[31]

2019年は、レギュラーシーズンの前半戦では、31試合の登板で1勝1敗16S、防御率1.20と好成績を残し、オールスターゲームでは、セ・リーグ抑え投手部門のファン投票1位で5年連続出場を果たした。後半戦2試合目の登板になった7月17日の対広島戦(横浜)で、一軍公式戦通算150セーブをNPB史上最年少の26歳9か月で達成、平成生まれ初の快挙となった。DeNAの投手では横浜時代の1997年に佐々木が達成して以来2人目の記録だが、入団5年目のシーズン中に達成し、達成するまでのペースでは佐々木(達成の時点で8年目)を上回った[32]。また、7月は1勝7セーブ2ホールド、月間防御率0.75と好調で、セ・リーグ投手部門の月間MVPを初めて受賞した[33]。結局、レギュラーシーズンではセ・リーグで唯一の30セーブを記録し、最多セーブ投手のタイトルを獲得したほか、チームをレギュラーシーズン2位・2年ぶりのCS進出に導いた。11月に開催された第2回WBSCプレミア12では、日本代表のクローザーとして大会初優勝に貢献。17日に開かれた韓国代表との決勝では、プロ入り後初めて胴上げ投手になった[34]。オフに、1億円増となる推定年俸3億5,000円で契約を更改した[35]

2020年は、開幕から9試合で6セーブを挙げたものの、9試合全てで安打を打たれ0勝2敗防御率6.48という不安定な内容であり[36]、7月27日の広島戦で満塁本塁打を含む5失点で3敗目を喫すると[37]、7月29日には中継ぎとして登板、抑えの座を三嶋一輝へ明け渡した。その後も調子は上がらず、10月8日に二軍へ降格[38]。その後の登板はシーズン最終戦の巨人戦1試合のみに終わった[39]。オフに、7000万円減となる推定年俸2億8000万円で契約を更改した[40]

2021年は、春季キャンプを二軍で過ごしオープン戦での登板もなかったが、開幕一軍入りを果たした。すると4月には11試合連続無失点を記録するなど安定した投球を見せた。7月から8月にかけて行われた東京オリンピック代表にも選出され、2試合に登板、防御率0.00と結果を残した[41]。後半戦開始直後は10試合連続無失点を記録するなど好調を維持していたが、クローザー復帰後は調子を落とし3戦連続セーブ機会で失点を許すなどし、10月1日に登録抹消された[42]。最終的に60試合に登板し、3勝2敗27ホールド1セーブ、防御率3.27を記録[43]。オフに、同年に取得した国内FA権を行使せずに残留し、現状維持となる推定年俸2億8000万円で契約を更改した[43]

2022年は、開幕から再び抑えを任され、初登板となった3月27日の広島戦では9回二死満塁から逆転適時三塁打を打たれ救援失敗するが、3月30日の中日戦では1点差を投げ抜きシーズン初セーブ、以降3試合続けて無失点と好投を続けていた[44]。しかし、阪神との3連戦で遠征中だった4月6日からチーム内で新型コロナウイルスの陽性者が相次ぎ、山﨑も4月9日に受けたPCR検査で陽性が確認され[45]、特例2022の対象選手として4月10日に登録抹消となる[46]。その後、隔離期間や二軍での調整を経て4月30日に再び一軍登録される[47]と再びセーブを積み重ね、8月24日の阪神戦(京セラドーム大阪)では4点リードの九回二死一、二塁の場面でマウンドに上がり糸原健斗を2球で打ち取り、史上8人目の通算200セーブを記録。29歳10ヶ月での達成は1998年の佐々木主浩(30歳6ヶ月)を抜き、史上最年少での達成となった[48]

選手としての特徴[編集]

投球フォーム(2015年11月21日、東京ドームにて)

クロスステップ(インステップとも)[49]オーバースローから繰り出す最速155km/h[50]ストレートと、スプリットのように落ちる落差の大きいツーシーム[49]が武器。まれにスライダー[51]も投げる。この他にナックルボール[52]も持っており、握りを変えて球速が遅いものと速いものの2種類を投げ分ける。前者は一般的なナックルに見られるような不規則な変化を、後者は縦に鋭く落ちるような変化をする[53]が、公式戦では投げていない(オールスターで披露することがある程度)。

2021年後半戦からは上記の変化球に加え、縦に落ちるスライダー[54]を投げるようになった。

ツーシームに関しては、本人曰く「東浜巨から九里亜蓮が盗んだ技術[4]をさらに盗んだもの」だということで、2人の卒業後も「机に東浜と九里の投球フォームの連続写真を貼って毎日眺めていた」などと語っている[4]

プロ入り後、5年目までレギュラーシーズン公式戦で牽制球を1度も投げていなかった[55]。公式戦で初めて牽制球を投げたのは6年目の2020年6月27日の対阪神戦(横浜)で、9回表二死一塁(打者:大山悠輔、一塁走者:植田海)の場面で一塁への牽制球を2度投げている[56]。なお、レギュラーシーズン以外では、2019年7月12日のオールスターゲーム第1戦(東京ドーム)9回表一死一塁(打者:源田壮亮、一塁走者:荻野貴司)の場面で初めて牽制している。

プロ入り後はオープン戦で先発登板を経験しているものの公式戦では一・二軍を通じて先発の機会がなく、二軍の公式戦には救援でも登板していない(いずれも2020年シーズン終了時点)。

プロ入り後は打席を一度も経験していない。

人物[編集]

日本人の父とフィリピン人の母との間に生まれた[57]が、小学校3年生の時に両親が離婚。帝京高校へ進学するまで2歳上の姉と共に実母の下で育てられた[58]。プロ入り後は、クローザーとして公式戦で白星やセーブを挙げるたびに、ウイニングボールを実母に贈っているという[59]

前述の通り、森本稀哲とは幼い頃から親交があり、山﨑が野球を始めたきっかけも帝京高校に進学したきっかけも森本である[5]。周囲への気遣いを忘れず明るく振る舞う姿勢は、母親や森本から影響を受けている[60]。自身が子どもの頃に森本に憧れてプロ野球選手になった経験から、子供たちには沢山夢を与えたいと考え、ファンサービスも積極的に行っている[61]

三浦大輔が現役時代に横浜スタジアムで開催された試合で子どもたちに向けてグローブプレゼントを行ってきた企画を継承し、山﨑も2018年から「夢に向かってJUMP!!山崎康晃グローブプレゼント」と題し、横浜スタジアムで行われる試合で抽選で5名にグローブをプレゼントする企画を行っている[62]

横浜スタジアムでの試合に登板する場合には、ファンが登場曲(Zombie Nationの「Kernkraft400」)に合わせながら、スキャットと「康晃」コールで山﨑をマウンドへ送り出す応援(通称「ヤスアキジャンプ」)が恒例になっている。山﨑からDeNAへの入団1年目に「NBAの試合の雰囲気が好き」と聞いたフリーアナウンサー節丸裕一が、当時実況を務めていたニコニコ生放送でのDeNA戦中継で提案したことがきっかけになったとされている[63](ビジターゲームの場合はファンがアカペラで登場曲を口ずさみながら「ヤスアキ」コールを行う)。

亜細亜大学在学中に高校社会科の教員免許を取得し、岩倉高等学校教育実習を経験[64]

2020年には、春季キャンプ前の1月11日に開催された東京ガールズコレクションで、ゲストとしてモデルデビューを果たした[65]。しかし、年頭から日本国内で新型コロナウイルスへの感染が拡大している影響で、NPBレギュラーシーズンの開幕が当初予定の3月20日から6月19日にまで延期されたため、延期中にはDeNAのYouTube公式チャンネルで「突撃!ヤスアキマイク~みんなお家でなにしてんの~」(上記の影響で在宅での生活を余儀なくされていたチーム関係者へのテレビ電話によるインタビュー動画配信企画)のインタビュアーを務めた。動画の更新期間は4月24日から5月20日までで、チームメイトやファンなどから好評を博したこと[66]から、最終回(5月20日配信分の特別編)では「一選手(山﨑)から球団オーナー(南場智子)への直撃公開インタビュー」という異例の展開に至った[67]

2021年9月5日に行われた中日木下雄介の追悼試合では、山﨑の呼び掛けでDeNAナインも追悼の意を込めて帽子などに木下の背番号「98」を記してプレーした[68][69]

東京オリンピック 野球日本代表侍ジャパン)として金メダルを獲得した栄誉をたたえ、2022年2月9日、東京都荒川区のJR西日暮里駅改札前に記念のゴールドポスト(第67号)が設置された( ゴールドポストプロジェクト[70])。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2015 DeNA 58 0 0 0 0 2 4 37 7 .333 215 56.1 38 2 11 0 1 66 4 1 13 12 1.92 0.87
2016 59 0 0 0 0 2 5 33 7 .286 252 57.2 57 7 23 0 0 61 2 0 27 23 3.59 1.39
2017 68 0 0 0 0 4 2 26 15 .667 260 65.2 52 3 13 0 1 84 1 0 16 12 1.64 0.99
2018 57 0 0 0 0 2 4 37 3 .333 226 56.1 40 5 18 3 1 63 1 0 18 17 2.72 1.03
2019 61 0 0 0 0 3 2 30 4 .600 243 60.0 44 6 19 2 0 54 0 0 18 13 1.95 1.05
2020 40 0 0 0 0 0 3 6 8 .000 176 38.0 52 4 14 2 0 31 1 0 26 24 5.68 1.74
2021 60 0 0 0 0 3 2 1 27 .600 229 55.0 58 2 14 1 3 39 0 0 21 20 3.27 1.31
通算:7年 403 0 0 0 0 16 22 170 71 .421 1601 389.0 341 29 112 8 6 398 9 1 139 121 2.80 1.16
  • 2021年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

WBSCプレミア12での投手成績[編集]










































W
H
I
P
2015 日本 3 0 0 0 0 9 3.0 0 0 0 0 0 3 0 0 0 0 0.00 0.00
2019 5 0 0 0 3 16 5.0 1 0 0 0 0 7 0 0 0 0 0.00 0.20

オリンピックでの投手成績[編集]










































2020 日本 2 0 0 0 0 7 2.0 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0.00

年度別守備成績[編集]



投手












2015 DeNA 58 3 6 0 1 1.000
2016 59 1 15 0 0 1.000
2017 68 5 8 0 0 1.000
2018 57 5 7 1 1 .923
2019 61 4 7 1 1 .917
2020 40 5 4 1 0 .900
2021 60 3 6 1 1 .900
通算 403 26 53 4 4 .952
  • 2021年度シーズン終了時

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
  • 100セーブ:2018年4月10日、対読売ジャイアンツ1回戦(東京ドーム)、9回裏に6番手で救援登板・完了、1回無失点 ※史上29人目
  • 150セーブ:2019年7月18日、対広島東洋カープ15回戦(横浜スタジアム)、9回表に5番手で救援登板・完了、1回無失点 ※史上15人目
  • 200セーブ:2022年8月24日、対阪神タイガース21回戦(京セラドーム大阪)、9回裏2死1,2塁から5番手で救援登板・完了、1/3回無失点 ※史上8人目、29歳10か月での達成は史上最年少[71]
その他の記録
  • 9試合連続セーブ:2015年4月22日 - 5月8日 ※新人記録
  • 月間10セーブ:2015年5月 ※新人記録
  • シーズン37セーブ:2015年9月20日 ※新人最多タイ記録[11]
  • オールスターゲーム出場:6回(2015年 - 2019年2021年

背番号[編集]

  • 19(2015年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 2021年栗林良吏が37セーブを記録し、新人最多タイ記録となった[11]

出典[編集]

  1. ^ DeNA - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2021年12月19日閲覧。
  2. ^ 山﨑康晃”. avex managemet Web. 2021年6月28日閲覧。
  3. ^ 山崎康晃コラム「大切なのは人生を楽しむこと。常にHAPPYでいること」 | 野球コラム” (日本語). 週刊ベースボールONLINE (2018年9月3日). 2021年9月7日閲覧。
  4. ^ a b c d 新人王に輝いたDeNA山崎 「小さな大魔神」に影響を与えた2投手の存在”. Full-Count (2015年11月25日). 2019年6月9日閲覧。
  5. ^ a b “「帝京高校で野球がしたい」侍ジャパン・山崎康晃、深い関係がある“憧れの選手”の存在。”. テレ朝POST. (2019年11月13日). https://post.tv-asahi.co.jp/post-103089/ 2022年4月11日閲覧。 
  6. ^ “ストーリーの幸せな結末――山崎康晃、通算150セーブへの道程/FOR REAL - in progress -”. (2019年7月23日). https://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=097-20190723-15 2022年5月16日閲覧。 
  7. ^ “亜大・山崎がDeNAと入団合意 三浦目標に「日々成長して力に」”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年11月7日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/11/07/kiji/K20141107009244170.html 2015年1月8日閲覧。 
  8. ^ “DeNA武居邦生スカウトが勇退 山崎康晃、今永昇太、上茶谷大河らを発掘”. 日刊スポーツ. (2021年11月9日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/202111080000668.html 2022年4月13日閲覧。 
  9. ^ 2015年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第1戦)”. 日本野球機構 (2015年7月17日). 2016年10月6日閲覧。
  10. ^ DeNA・山崎康、セーブ機会初失敗・・・九回1点リード守れず”. サンケイスポーツ (2015年9月5日). 2021年6月28日閲覧。
  11. ^ a b “広島栗林良吏新人最多タイ37セーブ 予言通り?初被弾も20戦連続S締め”. 日刊スポーツ. (2021年11月1日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/202111010001086.html 2022年2月25日閲覧。 
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]