杉浦稔大

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杉浦 稔大
北海道日本ハムファイターズ #57
Kokugaku Sugiura.JPG
國學院大學時代
(2013年10月17日、明治神宮野球場にて)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道帯広市
生年月日 (1992-02-25) 1992年2月25日(25歳)
身長
体重
189 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2013年 ドラフト1位
初出場 2014年9月10日
年俸 1,500万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

杉浦 稔大(すぎうら としひろ、1992年2月25日 - )は、北海道帯広市出身[2][3]プロ野球選手投手)。右投右打。現在は北海道日本ハムファイターズに所属。妻は元モーニング娘。5期メンバーで、元テレビ東京アナウンサー紺野あさ美

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学校3年生から野球を始め、中学時代は軟式野球部に所属していた。野球と並行して中学時代までアイスホッケー選手[4]としても活躍した。帯広大谷高等学校野球部3年時には決勝まで進んだ。しかし、決勝で後に大学でチームメイトとなる柿田竜吾擁する旭川大学高等学校に敗れ、甲子園出場はならなかった。その後、プロ志望届を提出したが指名漏れとなる[3]

高校卒業後は東都大学野球連盟に加盟する國學院大學文学部)に進学。硬式野球部では、竹田利秋(1年の春季までは監督、後に総監督)の指導を受ける。2年の春季リーグ戦から試合に出場[5]したが、チームはリーグ戦優勝の翌季に最下位・入れ替え戦にも敗れ2部降格という戦国東都の厳しさを味わう[6]。2年秋季は出番がなかったが、3年春季からエース格となり、2部で3勝、2完封を記録し、2部優勝に貢献した。日本大学との入れ替え戦では國學院が1戦目敗戦の後、2戦目に先発登板し完投勝利。1勝1敗のタイに持ち込んだ3戦目は4-4の同点で迎えた7回表の途中からリリーフ登板。7回裏にチームが勝ち越し、8回表に1点差まで迫られたが後続を断ち、接戦を逃げ切り勝利投手となり、3季ぶりの1部復帰を決めている[7]。1部復帰した3年秋季は1部の投手の中で最長となる48回2/3イニングを投げ、2完封を含む4勝を挙げた。この頃には日々のトレーニングにより球速が高校時代と比較し10キロ以上もアップ[3]。長いリーチを活かしたゆったりとしたフォームで、140km/h台後半のキレのある直球と多彩な変化球で注目を浴び、ドラフト1位候補の逸材と評された[8]。4年春季は怪我もあり不本意な成績であったが、リーグ戦後には第39回日米大学野球選手権大会日本代表に選出されている[9]。4年秋季には柿田竜吾と左右のWエースを形成し、リーグ戦後半まで亜細亜大学との熾烈な優勝争いを演じ、チームの躍進と2位浮上に大きく貢献した。東都大学野球1部リーグでは通算22試合に登板し12勝7敗、防御率1.84[10]

2013年度ドラフト会議でそれぞれ松井裕樹大瀬良大地を外した福岡ソフトバンクホークス東京ヤクルトスワローズの2球団に指名され、抽選の末ヤクルトが交渉権を獲得。12月2日に契約金1億円プラス出来高払い、年俸1500万円(金額は推定)で契約した[11]背番号は「18」。

プロ入り後[編集]

2014年は、即戦力として期待されたがキャンプ中に右肘を痛め離脱[12]。その後の検査で右肘靭帯を断裂していたことが分かり、開幕は絶望となった[12][13]。手術を受けずにリハビリに励み[12]、7月21日の2軍戦で実戦復帰し[14]、9月10日の横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)でプロ初登板・初先発。6回を4安打2失点9奪三振と好投したが、打線の援護に恵まれず敗戦投手となった[14]。9月24日の広島東洋カープ戦(神宮)で3本塁打を浴びながらも5回を投げ切り、自らのタイムリーを含む大量の援護点もあってプロ初勝利を挙げた[12][15]。また、この試合でバッテリーを組み、1本塁打を含む3安打4打点で勝利に貢献した西田明央は、北海道北照高出身で、高校時代の杉浦とは練習試合で対戦経験があった[12]。2014年シーズンの登板は4試合のみだったが、23イニングで28奪三振と能力の片鱗を見せた。

2015年は、キャンプから期待を受け、開幕から先発ローテーションに入った。開幕3戦目の先発を任されるも、その試合から援護に見放され3連敗を喫する。そして4月末に肘の違和感から登録を抹消され長期離脱となってしまう。しかし、9月に1軍に復帰すると、阪神戦でチームが一度も黒星をつけていない藤浪晋太郎との投げあいを演じ、勝ち星はつかずとも好投しチームの勝利につなげる活躍を見せた。続く中日戦ではシーズン初勝利をあげてチームの優勝マジック1をたぐりよせるなど、最後の2先発で結果を残した。 日本シリーズでは第3戦に先発し5回途中まで投げ4失点だったが、その後チームが逆転勝利を挙げた為勝敗は付かなかった。

2016年は、成瀬善久、ルーキー原樹理らとのローテーション争いに負け、初の中継ぎを経験するも適性がなく二軍落ち。その後先発として6月19日に一軍復帰したが、怪我により離脱。秋に復帰し勝ち星をあげた。防御率はキャリア最低ながら勝ち星はキャリア最多の3勝をあげた。オフに背番号を「58」へ変更[16]

2017年の元日に元モーニング娘。5期メンバーで、テレビ東京アナウンサーの紺野あさ美と結婚したことがテレビ東京公式サイトで発表された。4月6日の対阪神戦(京セラドーム大阪)は延長10回からイニングを跨いで登板。10回はランナーを出しながらも無失点に抑えたが、続く11回、原口文仁にプロ入り初となるサヨナラホームランを献上し、シーズン初黒星を喫した。7月24日、屋宜照悟との交換トレードで北海道日本ハムファイターズヘ移籍することが発表された[17]

選手としての特徴・人物[編集]

肘を柔らかく使った、球持ち良いフォームのスリークォーターから最速149km/h[5]ストレートと、スライダーカーブスプリットを操る[4][18]

大学4年間で東都大学1部リーグでは通算144イニング3分の1を投げ、四死球は22個(9イニング換算では1.37個)と制球力も評価が高い[19]

杉浦自身は自らのスタイルを、「切れの良いまっすぐをしっかりとコーナーに投げ分け、討ち取っていく」と述べている[3]

また、2014年1月に埼玉県戸田市のヤクルトの寮に入寮した際、友人からプレゼントされた地元・帯広の焼酎『十勝無敗』を持参し、「シーズン10勝したら飲もうかな?無敗でいければ一番いい」と語った[20]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2014 ヤクルト 4 4 0 0 0 2 2 0 0 .500 92 23.0 23 5 2 0 1 28 0 0 9 9 3.52 1.09
2015 7 6 0 0 0 1 3 0 0 .250 164 37.0 35 2 21 1 0 25 1 0 12 12 2.92 1.51
2016 17 11 0 0 0 3 2 0 0 .600 252 51.2 75 6 25 2 1 45 2 0 43 41 7.14 1.90
2017 5 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 18 4.2 3 2 1 0 0 9 0 0 2 2 3.86 0.87
通算:4年 33 21 0 0 0 6 8 0 0 .429 526 116.1 136 15 49 3 2 107 3 0 66 64 4.95 1.59
  • 2017年度シーズン終了時

記録[編集]

初記録
投手記録
打撃記録
  • 初安打・初打点:2014年9月24日、対広島東洋カープ20回戦(明治神宮野球場)、4回裏に野村祐輔から左越適時二塁打
その他の記録
  • 初登板で対戦した第一打者に被本塁打:1回裏4球目を梶谷隆幸に右越ソロ ※史上65人目、初登板の初打者に初回先頭打者本塁打は史上17人目

背番号[編集]

  • 18 (2014年 - 2016年)
  • 58 (2017年 - 同年途中)
  • 57 (2017年途中 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ ヤクルト - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年12月7日閲覧。
  2. ^ 国学院大・杉浦5年越し大願成就だ 日刊スポーツ 2013年10月23日
  3. ^ a b c d 北海道新聞、2013年10月25日 「道産子 夢つかむ ヤクルト1位・杉浦投手 オリックス5位・吉田外野手」
  4. ^ a b 【ドラフト候補の大型右腕】杉浦稔大(投手 國學院大学) 高木遊の『熱闘通信』 スポーツナビ+ 2013年2月27日
  5. ^ a b 2013年ドラフト 杉浦稔大 スポニチアネックス 2013年11月2日閲覧
  6. ^ 国学院大 前季優勝校から一転…2部降格 スポニチアネックス 2011年6月6日
  7. ^ 国学院大が3季ぶり1部復帰/東都大学日刊スポーツ 2012年6月12日
  8. ^ 週刊ベースボール増刊 大学野球2013春季リーグ展望号 P.90、P.107、108
  9. ^ 第39回日米大学野球選手権大会大学日本代表に本学から2人選出 國學院大學 2013年6月24日
  10. ^ 週刊ベースボール、2013年11月11日号 P.19
  11. ^ “ヤクルトのドラ1・杉浦が大トリ仮契約、背番号「18」”. スポニチアネックス. (2013年12月3日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/12/03/kiji/K20131203007125310.html 2014年9月13日閲覧。 
  12. ^ a b c d e 北海道新聞、2014年9月25日 「道産バッテリー 主ヤク 杉浦 初勝利 西田 初本塁打」
  13. ^ “ヤクルトD1・杉浦、右肘靭帯断裂しリハビリも…今季開幕は絶望”. SANSPO.COM. (2014年3月16日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20140316/swa14031603380002-n1.html 2014年9月13日閲覧。 
  14. ^ a b “ヤクルト・D1位の杉浦、プロデビュー戦は6回2失点”. SANSPO.COM. (2014年9月10日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20140910/swa14091020070002-n1.html 2014年9月13日閲覧。 
  15. ^ “ヤクルトドラ1杉浦 チーム135戦目で「やっと」プロ初勝利”. スポーツニッポン. (2014年9月25日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/09/25/kiji/K20140925008987830.html 2014年12月27日閲覧。 
  16. ^ ヤクルト杉浦は200万減「ケガなく2桁勝ちたい」日刊スポーツ 2016年12月1日掲載
  17. ^ 東京ヤクルトスワローズとトレードが成立北海道日本ハムファイターズ公式サイト 2017年7月24日閲覧
  18. ^ プロ野球ドラフト会議”. 東京ヤクルトスワローズ公式サイト (2013年10月24日). 2013年10月24日閲覧。
  19. ^ 神宮つばメ~ル(第1、3月曜更新) : 第41回 ドラフト1位・杉浦稔大、しなやかなタフマン”. スポーツコミュニケーションズ (2013年12月2日). 2013年12月2日閲覧。
  20. ^ 北海道新聞、2014年1月8日 「ヤクルト杉浦が入寮」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]