宮西尚生

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宮西 尚生
北海道日本ハムファイターズ #25
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県尼崎市[1]
生年月日 (1985-06-02) 1985年6月2日(35歳)
身長
体重
180 cm
79 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 大学生・社会人ドラフト3巡目
初出場 2008年3月25日
年俸 2億円(2020年)※2019年から2年契約
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
WBC 2017年
獲得メダル
日本の旗 日本
ワールド・ベースボール・クラシック
2017 野球

宮西 尚生(みやにし なおき、1985年6月2日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属する兵庫県尼崎市出身[1]プロ野球選手投手)。左投左打。

公式戦における通算337ホールド、通算370ホールドポイント(いずれも2019年シーズン終了時点)のNPB記録保持者で、両部門における世界プロ野球記録の保持者ともされている[注釈 1]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学1年時から野球をスタート。中学校時代に所属したボーイズリーグの尼崎ボーイズでは、南大阪大会での優勝を経験した。尼崎市立尼崎高校への進学後は、1年先輩で同じ左腕投手の金刃憲人と共に注目されるが、全国大会には縁がなかった。

高校卒業後に地元の関西学院大学へ進学。1年先輩に清水誉、同期に荻野貴司、1学年後輩に岸敬祐がいる。関西学生野球のリーグ戦では、1年次の秋季からベンチ入り。2年の春季のリーグ戦では、先発リリーフで併用されながら、48回1/3連続無失点のリーグ記録を達成。在学中には、リーグ戦通算46試合に登板。19勝13敗、防御率1.58、291奪三振という成績を残した。

大学3年次以降は球速を上げようとして、フォームを崩したため、成績は伸び悩んだ。その一方で、第16回IBAFインターコンチネンタルカップ北京プレオリンピック野球日本代表などで、日本代表に4度選出。4年生だった2007年のNPB大学生・社会人ドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズから3巡目指名を受け、契約金7,000万円、年俸1,000万円(年俸は推定)という条件で入団した。宮西自身は後年、「大学3年時から思うような成績を残せず、落ち目のところで山田正雄GMに拾ってもらった。感謝しかない」と述べている[2]

日本ハム時代[編集]

2008年には、開幕一軍入りを果たすと、3月25日の対埼玉西武ライオンズ戦(札幌ドーム)8回表に救援投手として公式戦にデビュー。チームに数少ない左の中継ぎ要員として、シーズンを通じて一軍で重宝された。シーズン全体では、一軍公式戦50試合に登板。通算の防御率が4点台(4.37)ながら、2勝4敗8ホールドを挙げた。

2009年には、開幕から6連勝を果たしながら、シーズン中の8月中旬に新型インフルエンザへの感染で入院を余儀なくされた。しかし、一軍復帰後初めて登板した8月28日の対福岡ソフトバンクホークス戦(札幌ドーム)で7勝目を挙げるとともに、チームの優勝マジック点灯に貢献[3]。また、シーズン初登板から8月29日の同カードまでは、防御率1点台を維持した。後に2敗を喫するなど調子を落としたため、シーズン通算の防御率は2.89であったが、菊地和正と並んでチーム最多の58試合に登板。リーグ8位の20ホールドポイント(7勝13ホールド)も記録した。

2010年には、伝染性ウイルス性結膜炎への感染で8月下旬に一時戦列を離れながらも、一軍公式戦でチーム最多の(リーグ6位)の61試合に登板。リーグ7位の25ホールドポイント、防御率1.70を記録するとともに、5月19日の対読売ジャイアンツ戦(札幌ドーム)で一軍公式戦初セーブを挙げた。

2011年には、一軍公式戦に2年連続でチーム最多の61試合に登板すると、1勝2敗14ホールド、防御率2.21をマーク。2敗はいずれも、右打者からの被本塁打による失点が絡んでいた。シーズン終了後の11月13日に、札幌市在住の女性と結婚。

2012年には、一軍公式戦66試合に登板。入団1年目からの一軍公式戦シーズン50試合以上登板を5シーズンにまで伸ばしたことによって、球団記録を更新した。実際には、増井浩俊武田久とともに「勝利の方程式」へ組み込まれたことによって、7回を中心に登板。後半戦にやや調子を落とした影響で、2勝2敗にとどまりながらも、39ホールドを記録した。

2013年にも、前年と同様の起用法で、一軍公式戦57試合に登板。自身3年振りの防御率1点台(1.74)、リーグ2位の30ホールドを記録した。8月23日の対オリックス・バファローズ戦(札幌ドーム)から9月30日の対千葉ロッテマリーンズ戦(QVCマリンフィールド)までは、12登板試合ですべてホールドを記録。連続登板ホールドのパ・リーグ記録を達成した。

2014年には、新入団のマイケル・クロッタアンソニー・カーターが「勝利の方程式」に加わるチーム事情を背景に、セットアッパーとして一軍公式戦62試合に登板。1勝5敗ながら、自己最多の41ホールドを記録した。なお、シーズン中の8月19日付で国内FA権の取得要件を満たしたが、権利を行使せずにチームへ残留した。

2015年には、国内FA権の行使によって東京ヤクルトスワローズへ移籍した大引啓次の後を受けて、チームのキャプテンを1年間務めた[4]。この年も、一軍公式戦の開幕から「勝利の方程式」に定着。オールスターゲームにも、パ・リーグの監督推薦選手として初出場を果たした[5]。9月22日の対ソフトバンク戦(札幌ドーム)まで通算で3勝3敗25ホールド、防御率2.70という成績を残したが、シーズンを通じて左肘の遊離軟骨の痛みに悩まされたため、翌23日に出場選手登録を抹消。その後は戦線に復帰せず、10月19日に左肘のクリーニングおよび神経移行術を受けた[6]。なお、シーズン中の7月には第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出されたが、前述した事情で、11月開催の本大会には出場していない。また、左肘手術からのリハビリに取り組んでいた12月21日には、自宅付近で転倒した際に右手の第5中骨を骨折した[7]

2016年には、前年10月に受けた左肘手術の影響で、公式戦の開幕を二軍でスタート。しかし、4月上旬から一軍へ復帰すると、前年を上回る58試合に登板した。5月14日の対西武戦(札幌ドーム)では、NPB史上2人目の一軍公式戦通算200ホールドをマーク[8]。シーズン通算でも、リーグトップの39ホールドを記録したことによって、パ・リーグ最優秀中継ぎ投手のタイトルを初めて獲得した。シーズン終了後には、野球日本代表の一員として、オランダ代表・メキシコ代表との強化試合に参加[9]。2試合に登板した。

2017年には、オープン戦期間中に開かれたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)に、日本代表として参加[10]。救援投手として4試合に登板した。WBC閉幕後のレギュラーシーズンでは、8月3日の対ロッテ戦(ZOZOマリンスタジアム)でパ・リーグ史上初(NPB史上2人目)の一軍公式戦通算250ホールドを達成[11]。9月26日の対オリックス戦(札幌ドーム)では、パ・リーグ史上初(NPB史上2人目)の10年連続50試合以上登板を達成した[12]。実際には、通算51試合の登板で4勝5敗25ホールド、防御率3.32をマーク。シーズン中に海外FA権の取得要件を満たしたものの、結局は権利を行使せずにチームへ残留した[13]

2018年には、一軍公式戦55試合に登板。6月30日の対オリックス戦(札幌ドーム)で、NPB史上40人目の一軍公式戦通算600試合登板および、史上4人目の600試合連続救援登板を達成した。新人時代から1つの球団にとどまったまま、一軍公式戦の初登板から全試合救援で以上の記録を達成した投手は、宮西が初めてである。さらに、7月6日の対ロッテ戦(ZOZOマリン)では通算274ホールド[14]、9月27日の対オリックス戦(京セラドーム大阪)では通算324ホールドポイント(32救援勝利293ホールド)のNPB記録を達成[15]オールスターゲームにも、パ・リーグ中継ぎ投手部門のファン投票1位で3年振りに出場した。さらに、リーグトップの37ホールドで最優秀中継ぎ投手のタイトルを獲得。シーズン終了後の11月5日に左肘骨棘滑膜切除の手術を受けた[16]が、前年から保有している海外FA権を行使せず、4日後(9日)に球団との間で翌2019年からの2年契約を締結した[17]

2019年には、本人曰く「(前年に手術を受けたにもかかわらず)左肘の状態が最悪」でありながら、一軍公式戦55試合に登板[18]。チームが初めて導入したオープナー戦術が、救援陣による試合中のブルペン調整に混乱を来していた[19]にもかかわらず、4月13日の対日本ハム戦(札幌ドーム)7回表の救援登板でNPB史上初の一軍公式戦通算300ホールドを達成した[20]。また、オールスターゲームにも、前年に続いてパ・リーグ中継ぎ投手部門のファン投票1位で出場。シーズン通算のホールドポイントは自己最多の44で、最優秀中継ぎ投手のタイトルも2年連続で受賞した。この年が2年契約の1年目に当たることから、シーズン終了後の11月29日に、推定年俸2億円という条件で契約を更改[18]

2019年には、7月29日の対オリックス戦(札幌ドーム)8回表に救援でレギュラーシーズン16試合目の登板を果たしたことによって、NPB史上17人目の一軍公式戦通算700登板を達成した。オール救援による700試合登板および、デビュー戦からの700試合連続救援登板を、パ・リーグの球団だけで記録した投手は宮西が初めてである[21]

選手としての特徴[編集]

サイドスローから[22]平均球速約140km/h[23]、最速147km/h[24]ストレートスライダーカーブを投げる[22]。球種の比率のほぼ全てをストレートとスライダーが占める時期もあったが、近年はシンカーも織り交ぜる。また、カーブに近い軌道のスライダー、スラーブを投げることもある。

日本ハムへ入団してからは、2019年のシーズン終了時点まで、NPBの一軍公式戦684試合に登板している。入団1年目から12シーズン連続で50試合以上の救援登板を経験している一方で、先発のマウンドに立ったことは一度もなく、打席に立ったことも一度しかない(結果は三振)。また、靱帯の外側に遊離軟骨ができやすい体質のため、2019年までに2度にわたって左肘のクリーニング手術を受けた。もっとも、2018年のシーズン終了後に受けた2度目の手術では、左肘内側の側副靱帯が手術を要するほど伸び切っていたにもかかわらず、普通に投げられるほど靱帯の伸縮性が保たれていることが事前の診察で判明した。このように靱帯の柔軟性が非常に高いため、投球の際には、左肘が外側に倒れる傾向が見られる。ちなみに、左肘が痛む時の登板では、投球時に左肘の位置や角度などを変えることでリスクの回避に努めているという[20]

2018年に達成した11シーズン連続の50試合登板はパ・リーグ記録であるが、セントラル・リーグでは、自身と同じ左腕投手の岩瀬仁紀中日ドラゴンズでの現役時代に(入団1年目の1999年から)15シーズン連続50試合登板のNPB記録を樹立している。宮西自身も、岩瀬の現役最終年だった2018年に11シーズン連続の50試合登板を達成した直後に、「リリーフは辛いことばかりだが、岩瀬さんの存在は大きく、(自分の)目標になる」との表現で岩瀬に賛辞を贈った[25]。なお、翌2019年には、シーズン50試合登板の通算回数(12回)でもパ・リーグ記録を達成している[26]

人物[編集]

日本ハム入団後の2011年11月に、札幌市在住の女性と結婚[27]。2012年7月長男誕生[28]。2015年7月次男誕生[29]。2015年5月のインタビューで、当時2歳長男が野球を始めており「長男と家でキャッチボールをする時、速い球を投げる」と自画自賛する一方、特に野球をやらせようとは思っておらず、将来は手堅くサラリーマンがいいと話している[30]

武田勝とは2005年IBAFワールドカップで日本代表のチームメイトだったのが出会い。慣れない海外、当時大学生は宮西1人だけでストレスだらけだった時に優しく接したのが武田だった。[31]。その後日本ハムでも引き続き仲が良いチームメイトになり、2016年武田が引退する時には「俺のために優勝しろ」という言葉に応えて、「11年間お疲れさまでした。みんなで勝さんのために優勝してやったぞ!」という言葉を自分が率先して横断幕を作るほどいれこんだ[32]。この言葉はTシャツ化の上11月18日から発売開始[33]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2008 日本ハム 50 0 0 0 0 2 4 0 8 .333 198 45.1 47 5 15 1 2 25 2 1 24 22 4.37 1.37
2009 58 0 0 0 0 7 2 0 13 .778 189 46.2 39 6 15 3 1 55 0 0 15 15 2.89 1.16
2010 61 0 0 0 0 2 1 1 23 .667 181 47.2 29 1 9 0 4 49 0 0 9 9 1.70 0.80
2011 61 0 0 0 0 1 2 0 14 .333 218 53.0 38 3 14 2 8 56 2 0 15 13 2.21 0.98
2012 66 0 0 0 0 2 2 0 39 .500 244 60.0 51 4 14 1 4 56 0 0 18 15 2.25 1.08
2013 57 0 0 0 0 3 1 0 30 .750 197 46.2 40 1 16 3 2 39 1 0 12 9 1.74 1.20
2014 62 0 0 0 0 1 5 0 41 .167 218 50.0 47 2 23 4 4 46 0 0 14 12 2.16 1.40
2015 50 0 0 0 0 3 3 0 25 .500 163 40.0 29 4 11 1 1 30 1 0 19 12 2.70 1.00
2016 58 0 0 0 0 3 1 2 39 .750 190 47.1 28 0 22 1 5 36 1 0 11 8 1.52 1.06
2017 51 0 0 0 0 4 5 0 25 .444 164 40.2 34 3 12 0 0 24 2 0 19 15 3.32 1.13
2018 55 0 0 0 0 4 3 0 37 .571 186 45.0 29 1 20 3 5 39 0 0 11 9 1.80 1.09
2019 55 0 0 0 0 1 2 0 43 .333 182 47.1 32 1 6 0 3 51 1 0 13 9 1.71 0.80
通算:12年 684 0 0 0 0 33 31 3 337 .516 2330 569.2 443 31 177 19 39 506 10 1 180 148 2.34 1.08
  • 2019年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高、赤太字はNPBにおける歴代最高

WBCでの投手成績[編集]










































2017 日本 4 0 0 0 0 10 2.0 3 0 1 0 0 4 0 0 0 0 0.00

年度別守備成績[編集]



投手












2008 日本ハム 50 2 10 1 0 .923
2009 58 3 6 0 1 1.000
2010 61 3 10 0 2 1.000
2011 61 6 6 0 0 1.000
2012 66 1 12 1 0 .929
2013 57 3 10 0 0 1.000
2014 62 4 16 1 0 .952
2015 50 7 12 0 0 1.000
2016 58 3 6 0 0 1.000
2017 51 2 15 0 0 1.000
2018 55 1 8 1 0 .900
2019 55 2 10 0 0 1.000
通算 684 37 121 4 3 .975
  • 2019年度シーズン終了時

タイトル[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
  • 100ホールド:2012年8月18日、対千葉ロッテマリーンズ15回戦(札幌ドーム)、7回表に2番手で救援登板、1回無失点 ※史上17人目(5年目での到達はパ・リーグ最速)
  • 200ホールド:2016年5月14日、対埼玉西武ライオンズ10回戦(札幌ドーム)、7回表に3番手で救援登板、1回無失点 ※山口鉄也に次いで史上2人目(パ・リーグ史上初)
  • 500試合登板:2016年7月27日、対埼玉西武ライオンズ16回戦(西武プリンスドーム)、8回表に3番手で救援登板、1回無失点 ※史上96人目
  • 250ホールド:2017年8月3日、対千葉ロッテマリーンズ16回戦(ZOZOマリンスタジアム)、6回裏に2番手で救援登板、1回無失点 ※山口鉄也に次いで史上2人目(パ・リーグ史上初)[34]
  • 600試合登板:2018年6月30日、対オリックス・バファローズ10回戦(札幌ドーム)、7回表一死に2番手で救援登板、2/3回を無失点 ※史上40人目(600試合連続救援登板は史上4人目、1球団所属かつ初登板から連続救援登板での達成は史上初)
  • 300ホールド:2019年4月13日、対千葉ロッテマリーンズ2回戦(札幌ドーム)、7回表に3番手で救援登板、1回無失点 ※プロ野球史上初[35]
  • 700試合登板:2020年7月29日、対オリックス・バファローズ8回戦(札幌ドーム)、8回表に4番手で救援登板、1回無失点 ※史上17人目
その他の記録
  • 12年連続50試合以上登板 (2008年 - 2019年)※プロ野球歴代2位、パ・リーグ記録
  • 12登板連続ホールド (2013年8月23日 - 9月30日) ※パ・リーグ記録
  • 通算337ホールド(2019年シーズン終了時点)※世界記録
  • 通算370ホールドポイント(2019年シーズン終了時点)※世界記録
  • オールスターゲーム出場:3回 (2015年2018年2019年

背番号[編集]

  • 25 (2008年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ただし、NPBとMLBでは公式記録上における「ホールド」の定義や解釈が異なるため、厳密には両者の間でホールド数を単純に比較できない(参考)。

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 【隠しマイク】ハム宮西の悩み「みんなに西宮出身と言われる」”. スポニチ Sponichi Annex 野球 (2018年9月16日). 2018年11月6日閲覧。
  2. ^ 日本ハム宮西FA移籍「考えたい」 日刊スポーツ 2014年10月27日
  3. ^ 2009/08/28(金)北海道日本ハム vs 福岡ソフトバンク第18回戦ゲームレポート北海道日本ハムファイターズ公式サイト 2009年8月28日
  4. ^ “日本ハム 来季主将は宮西 ヤクルト移籍の大引の後を受け”. http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/11/22/kiji/K20141122009331970.html スポーツニッポン 2014年11月22日
  5. ^ マツダオールスターゲーム2015 出場者(パシフィック・リーグ)
  6. ^ “日本ハム宮西が左肘手術終了「開幕に間に合うよう」”. http://www.nikkansports.com/baseball/news/1555129.html 日刊スポーツ 2015年10月20日
  7. ^ “日本ハム宮西、自宅で転倒し右手骨折 全治5週間”. http://www.nikkansports.com/baseball/news/1582525.html 日刊スポーツ 2015年12月22日
  8. ^ “日本ハム・宮西が通算200ホールド”. http://www.daily.co.jp/newsflash/baseball/2016/05/14/0009083467.shtml デイリースポーツオンライン 2016年5月14日
  9. ^ 11月に東京ドームで開催する侍ジャパン強化試合に出場する選手28名が決定 野球日本代表 侍ジャパン オフィシャルサイト (2016年10月18日) 2016年10月18日閲覧
  10. ^ “WBC侍28人決定、全12球団から選出/一覧”. 日刊スポーツ. https://www.nikkansports.com/baseball/wbc/2017/news/1769183.html  2017年1月28日
  11. ^ “日本ハム 4連敗で止める 宮西 パ・リーグ初の通算250ホールド達成」”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2017年8月3日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2017/08/03/kiji/20170803s00001173387000c.html 2017年8月3日閲覧。 
  12. ^ “日本ハム宮西 パ初10年連続50試合登板「休んだ記憶ない」”. スポニチ Sponichi Annex. https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2017/09/27/kiji/20170926s00001173299000c.html  2017年9月27日
  13. ^ 宮西尚生投手契約合意のお知らせ|北海道日本ハムファイターズ”. 北海道日本ハムファイターズ (2017年11月8日). 2018年1月20日閲覧。
  14. ^ “日本ハム・宮西が通算274ホールドのプロ野球新記録”. SANSPO.COM (サンケイスポーツ). (2018年7月6日). https://www.sanspo.com/baseball/news/20180706/fig18070622210004-n1.html 2018年11月9日閲覧。 
  15. ^ “日本ハム・宮西、プロ野球新記録の325ホールドポイント”. SANSPO.COM (サンケイスポーツ). (2018年9月27日). https://www.sanspo.com/baseball/news/20180927/fig18092721110004-n1.html 2018年11月9日閲覧。 
  16. ^ “日本ハムの鉄腕宮西が左肘手術、全治3~4カ月”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2018年11月5日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201811050000483.html 2018年11月9日閲覧。 
  17. ^ “日本ハム宮西尚生「ずっとやりたい」2年5億で残留”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2018年11月9日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201811090000595.html 2018年11月9日閲覧。 
  18. ^ a b “吉川4000万円減、宮西は現状維持、公文1900万円増…日ハムが7選手と契約更改”. FullCount. (2019年11月29日). https://full-count.jp/2019/11/29/post619503/2/ 2019年12月3日閲覧。 
  19. ^ “日ハム宮西が「オープナー」について球団に“要望” 吉村GMも納得「非常に前向き」”. FullCount. (2019年11月29日). https://full-count.jp/2019/11/29/post619479/ 2019年12月3日閲覧。 
  20. ^ a b “日本ハム宮西奇跡の左肘で偉業 伸びた靱帯医師驚き”. https://www.nikkansports.com/baseball/news/201904130000873.html 日刊スポーツ 2019年4月13日
  21. ^ “日本ハム宮西が通算700試合登板 史上17人目”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2020年7月29日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/202007290001102.html 2020年8月1日閲覧。 
  22. ^ a b 小関順二『プロ野球スカウティングレポート2014』廣済堂出版、2014年、217頁。ISBN 978-4-331-51810-6
  23. ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2012年、25頁。ISBN 978-4-905411-04-8
  24. ^ “関学スポーツ : nikkansports.com”. http://univ.nikkansports.com/press/kwangaku/big-miyanishi.html 日刊スポーツ 2007年12月10日
  25. ^ “日ハム宮西、11年連続50試合登板達成で感じる中日岩瀬の凄さ「大きな存在」”. https://full-count.jp/2018/09/15/post204294/ FullCount 2018年9月15日
  26. ^ “日本ハム宮西12年連続50試合登板、史上2人目”. https://www.nikkansports.com/baseball/news/201909040000901.html 日刊スポーツ 2019年9月4日
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]