宮西尚生

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宮西 尚生
北海道日本ハムファイターズ #25
Fs Naoki Miyanishi 20211007.jpg
京セラドーム大阪にて(2021年10月07日)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県尼崎市[1]
生年月日 (1985-06-02) 1985年6月2日(36歳)
身長
体重
180 cm
79 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 大学生・社会人ドラフト3巡目
初出場 2008年3月25日
年俸 2億5000万円+出来高(2021年)※2021年から2年契約
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
WBC 2017年
獲得メダル
日本の旗 日本
ワールド・ベースボール・クラシック
2017 野球

宮西 尚生(みやにし なおき、1985年6月2日 - )は、北海道日本ハムファイターズに所属する兵庫県尼崎市出身[1]プロ野球選手投手)。左投左打。

経歴[編集]

公式戦における通算373ホールド、通算409ホールドポイントのNPB記録保持者で、両部門における世界プロ野球記録の保持者ともされている[注釈 1]。また、最優秀中継ぎ投手のタイトルを、通算で3回獲得。この回数も、最優秀中継ぎ投手部門では歴代最多タイ記録である(いずれも2020年シーズン終了時点)。

大野奨太は、互いの妻が姉妹であるため義兄弟に当たる[3]

プロ入り前[編集]

小学1年時から野球をスタート。中学校時代に所属したボーイズリーグの尼崎ボーイズでは、南大阪大会での優勝を経験した。尼崎市立尼崎高校への進学後は、1年先輩で同じ左腕投手の金刃憲人と共に注目されるが、全国大会には縁がなかった。

高校卒業後に地元の関西学院大学へ進学。1年先輩に清水誉、同期に荻野貴司、1学年後輩に岸敬祐がいる。関西学生野球のリーグ戦では、1年次の秋季からベンチ入り。2年の春季のリーグ戦では、先発リリーフで併用されながら、48回1/3連続無失点のリーグ記録を達成。在学中には、リーグ戦通算46試合に登板。19勝13敗、防御率1.58、291奪三振という成績を残した。

大学3年次以降は球速を上げようとして、フォームを崩したため、成績は伸び悩んだ。その一方で、第16回IBAFインターコンチネンタルカップ北京プレオリンピック野球日本代表などで、日本代表に4度選出。4年生だった2007年のNPB大学生・社会人ドラフト会議で、北海道日本ハムファイターズから3巡目指名を受け、契約金7000万円、年俸1000万円(年俸は推定)という条件で入団した。宮西自身は後年、「大学3年時から思うような成績を残せず、落ち目のところで山田正雄GMに拾ってもらった。感謝しかない」と述べている[4]

日本ハム時代[編集]

2008年には、開幕一軍入りを果たすと、3月25日の対埼玉西武ライオンズ戦(札幌ドーム)8回表に救援投手として公式戦にデビュー。チームに数少ない左のリリーフ要員として、シーズンを通して重宝された。1年目から50試合に登板し、2勝4敗8ホールド防御率4.37を記録した。後のインタビューで、開幕前の春季キャンプで「フォームを元に戻してくれ」という山田GMの一言が、飛躍のきっかけになったと語っている[5]。シーズン終了後に、前年から倍増の推定年俸2000万円で契約を更改[6]

2009年には、開幕から6連勝を果たしながら、シーズン中の8月中旬に新型インフルエンザへの感染で入院を余儀なくされた。8月28日の対福岡ソフトバンクホークス戦(札幌ドーム)で一軍に復帰すると、シーズン7勝目を挙げるとともに、チームの優勝マジック点灯に貢献[7]。また、開幕から8月29日の同カードまで防御率1点台を維持した。後に調子を落とし2敗を喫したが、菊地和正と並んでチーム最多の58試合に登板した。全て救援登板にもかかわらず、リーグ8位の20ホールドポイント(7救援勝利+13ホールド)、防御率2.89を記録した。シーズン終了後に、推定年俸3800万円(前年から1800万円増)という条件で契約を更改した。

2010年には、5月19日の読売ジャイアンツ戦(札幌ドーム)で公式戦初セーブを挙げた。伝染性ウイルス性結膜炎への感染で8月下旬に一時戦列を離れるも、チーム最多の61試合に登板すると、1セーブ、リーグ7位の25ホールドポイント(2救援勝利+23ホールド)、防御率1.70を記録した。シーズン終了後に、推定年俸6800万円(前年から3000万円増)という条件で契約を更改。

2011年には、前年に続いて、一軍公式戦でチーム最多の61試合に登板。1勝2敗14ホールド、15ホールドポイント、防御率2.21を記録した。また、2敗はいずれも右打者からの被本塁打による失点が絡んでいた。シーズン終了後には、札幌市在住の女性との結婚を発表した[8]ほか、推定年俸9000万円(前年から2200万円増)という条件で契約を更改した[9]

2012年には、増井浩俊武田久とともに「勝利の方程式」を担った末に、チームを3年ぶりのリーグ優勝に導いた。レギュラーシーズンでは、セットアッパーとして自己最多の66試合に登板したことによって、「入団1年目から5シーズン連続で一軍公式戦50試合以上に登板」という球団記録を樹立。2勝2敗39ホールド、41ホールドポイント、防御率2.25を記録した。さらに、シーズン終了後に推定年俸1億2000万円という条件で契約を更改したことによって、入団5年目で1億円プレイヤーの仲間入りを果たした[10]

2013年には、8月23日の対オリックス・バファローズ戦(札幌ドーム)から9月30日の対千葉ロッテマリーンズ戦(QVCマリンフィールド)まで「12登板試合連続登板ホールド」、通算で57試合へ登板したことによって「6年連続50試合登板」[11]のパ・リーグ記録を樹立。リーグ2位の33ホールドポイント(3救援勝利+30ホールド)、防御率1.74も記録した。シーズン終了後に、推定年俸1億4000万円(前年から2000万円増)という条件で契約を更改[12]

2014年には、新入団のマイケル・クロッタアンソニー・カーターが「勝利の方程式」に加わるチーム事情を背景に、セットアッパーとして2人と併用。実際には62試合の登板で、1勝5敗41ホールド、42ホールドポイント、防御率2.16を記録した。8月16日の対西武戦(西武ドーム)で、NPB史上7人目の一軍公式戦7年連続50試合登板を達成[13]。シーズン中の8月19日付で国内FA権の取得要件を満たしたが、11月8日に権利を行使せずチームに残留することが球団を通して発表された[14]。後に、推定年俸1億8000万円という条件をベースに、2年契約を締結。この契約には、最高で2000万円分の出来高と、「一軍公式戦でシーズン50試合以上登板」という条件を契約期間中の全シーズンで達成した場合に3年目の契約を保証するオプション(選択権)も付けられた[15]

2015年には、国内FA権の行使によって東京ヤクルトスワローズへ移籍した大引啓次の後を受けて、チームのキャプテンを1年間務めた[16]。7月には、パ・リーグの監督推薦選手としてオールスターゲームへ初めて出場[17]。レギュラーシーズンでは、9月22日の対ソフトバンク戦(札幌ドーム)まで通算で3勝3敗25ホールド、防御率2.70という成績を残していた。しかし、シーズンを通じて左肘の遊離軟骨の痛みに悩まされたため、翌23日に出場選手登録を抹消。その後は戦線に復帰せず、10月19日に左肘のクリーニング手術と神経移行術を受けた[18]。なお、シーズン中の7月には第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出されたが、前述した事情で11月開催の本大会には出場していない。また、左肘手術からのリハビリに取り組んでいた12月21日には、自宅付近で転倒した際に右手の第5中骨を骨折した[19]

2016年には、前年10月に受けた左肘手術の影響で、公式戦の開幕を二軍でスタート。しかし、4月上旬から一軍へ復帰すると、前年を上回る58試合に登板した。5月14日の対西武戦(札幌ドーム)では、NPB史上2人目の一軍公式戦通算200ホールドを記録[20]。シーズン通算でも、リーグトップの39ホールドを記録し、42ホールドポイントで自身初となる最優秀中継ぎ投手のタイトルを受賞した。シーズン終了後には、野球日本代表の一員として、オランダ代表・メキシコ代表との強化試合に参加し[21]、2試合に登板した。

2017年には、オープン戦期間中に開かれたワールド・ベースボール・クラシック(WBC)日本代表として参加[22]。本大会では、救援投手として4試合に登板した。WBC閉幕後のレギュラーシーズンでは、8月3日の対ロッテ戦(ZOZOマリンスタジアム)でパ・リーグ史上初(NPBでは史上2人目)の一軍公式戦通算250ホールド[23]、同月26日の対オリックス戦(札幌ドーム)でパ・リーグ史上初(NPB史上2人目)の10年連続一軍公式戦50試合以上登板を達成[24]。シーズン通算では51試合の登板で、4勝5敗25ホールド、防御率3.32を記録した。シーズン中に海外FA権の取得要件を満たしたが、権利を行使せずチームに残留した[25]

2018年には、一軍公式戦55試合に登板。6月30日のオリックス戦(札幌ドーム)で、NPB史上40人目の一軍公式戦通算600試合登板と、史上4人目の600試合連続救援登板を同時に達成した。新人時代から1つの球団にとどまったまま、一軍公式戦の初登板から全試合救援で以上の記録を達成した投手は、宮西がNPB史上初めて。また、7月6日の対ロッテ戦(ZOZOマリン)で通算274ホールド[26]。9月27日の対オリックス戦(京セラドーム大阪)で通算324ホールドポイント(32救援勝利+293ホールド)のNPB新記録を達成した[27]。さらに、オールスターゲームにもパ・リーグ中継ぎ投手部門のファン投票1位で3年ぶりに出場。シーズン通算では55試合の登板で、防御率1.80、リーグトップの37ホールド・41ホールドポイントを記録した末に、最優秀中継ぎ投手のタイトルを再び獲得した。シーズン終了後の11月5日に左肘骨棘滑膜切除の手術を受けた[28]が、前年から保有している海外FA権を行使せず、年俸総額5億円(出来高分を含む推定額)という条件の2年契約でチームに残留[29]。契約更改後の記者会見では、「必要としてくれるなら、ずっとファイターズに残りたい」というコメントを残した。

2019年には、4月13日のロッテ戦(札幌ドーム)で、NPB史上初の公式戦通算300ホールドを達成[30]オールスターゲームにも、前年に続いてパ・リーグ中継ぎ投手部門のファン投票1位で出場した。本人曰く「(前年に手術を受けたにもかかわらず)左肘の状態が最悪」であったが、実際には12年連続の一軍公式戦50試合登板を達成。結局、55試合の登板で防御率1.71、2年連続リーグ最多の43ホールド・44ホールドポイントを記録したことによって、前年に続いて最優秀中継ぎ投手のタイトルを受賞した。このシーズンが2年契約の1年目に当たることから、シーズン終了後の11月29日に、推定年俸2億円という条件で契約を更改[31]。この年に首脳陣が初めて導入したオープナー戦術が、救援陣による試合中のブルペン調整に混乱を来していたことから、更改の席ではオープナー起用試合の明確化を球団に要望した[32]

2020年には、一軍公式戦でチームトップの50試合に登板。7月29日の対オリックス戦(札幌ドーム)8回表の救援登板で、NPB史上17人目の一軍公式戦通算700登板を達成した[33]。救援による700試合登板は史上5人目で、デビュー戦からの700試合連続救援登板を、パ・リーグの球団だけで記録した投手は史上初めてであった[33][注釈 2]。さらに、8月12日の対ロッテ戦(ZOZOマリン)で、NPB公式戦史上初の通算350ホールドを達成した[34]。この年の一軍救援陣ではクローザー秋吉亮の調子が安定せず、中継ぎで好調だった玉井大翔と役割を入れ替えても状況が好転しなかったため、9月14日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(楽天生命パーク)ではクローザーとして4年ぶりのセーブを記録[35]。以降の登板試合でもクローザーを任されたところ、10月30日の対オリックス戦(札幌ドーム)で13年連続のシーズン50試合登板を達成した[36]。シーズン全体では、防御率2.05、2勝1敗21ホールド、23ホールドポイント、8セーブを記録。この年で2年契約の期間を満了したが、シーズンの終了後には海外FA権を行使せず、年俸総額6億円(出来高分を含む推定額)という条件の2年契約でチームに残留した[37]

2021年には、レギュラーシーズンの開幕から4月中旬までに、一軍公式戦9試合の登板で6ホールドポイント(1救援勝利+5ホールド)をマーク。その一方で、リードからの逆転を3度、逆転負けを2度喫していた。通算の防御率が10.57に達するなど投球に精彩を欠いたほか、登板中に左脚を気にする仕草が見られたこともあって、4月26日から二軍で再調整[38]。明確な故障以外の理由による異例の再調整だった[39]が、イースタン・リーグ公式戦1試合の登板を経て、5月14日から一軍に復帰した[40]。5月18日の対楽天戦(楽天生命パーク)7回裏に復帰後2試合目の登板を果たすと、シーズン6個目のホールドを記録したことによって通算400ホールドポイント(36救援勝利+364ホールド)を達成[41]。復帰当初は「勝利の方程式」から外れていたが、9月以降は好調で、10月26日の対西武戦(札幌ドーム)では入団以来14年連続の一軍公式戦シーズン50試合登板に至った[42]。結局、この試合での登板でシーズンを終了。一軍公式戦全体では防御率が3.65ながら、1勝2敗15ホールドという成績で、通算のホールドポイントを409(36救援勝利+373ホールド)にまで伸ばしている。

選手としての特徴[編集]

サイドスローから[43]平均球速約140km/h[44]、最速147km/h[45]ストレートスラーブシンカーを投げる[43]

日本ハムへ入団してからは、2020年のシーズン終了時点まで、NPBの一軍公式戦734試合に登板している。入団1年目から13シーズン連続で50試合以上の救援登板を経験している一方で、先発のマウンドに立ったことは一度もなく、打席に立ったことも一度しかない(結果は三振)。また、靱帯の外側に遊離軟骨ができやすい体質のため、2019年までに2度にわたって左肘のクリーニング手術を受けた。もっとも、2018年のシーズン終了後に受けた2度目の手術では、左肘内側の側副靱帯が手術を要するほど伸び切っていたにもかかわらず、普通に投げられるほど靱帯の伸縮性が保たれていることが事前の診察で判明した。このように靱帯の柔軟性が非常に高いため、投球の際には、左肘が外側に倒れる傾向が見られる。ちなみに、左肘が痛む時の登板では、投球時に左肘の位置や角度などを変えることでリスクの回避に努めているという[30]

2018年に達成した11シーズン連続の50試合登板はパ・リーグ記録であるが、セントラル・リーグでは、自身と同じ左腕投手の岩瀬仁紀中日ドラゴンズでの現役時代に(入団1年目の1999年から)15シーズン連続50試合登板のNPB記録を樹立している。宮西自身も、岩瀬の現役最終年だった2018年に11シーズン連続の50試合登板を達成した直後に、「リリーフは辛いことばかりだが、岩瀬さんの存在は大きく(自分の)目標になる」との表現で岩瀬に賛辞を贈った[46]。なお、翌2019年には、シーズン50試合登板の通算回数(12回)でもパ・リーグ記録を達成[47]。この記録を13年連続に伸ばした2020年末に、日本ハム球団との間で2年契約を結び直したことから、パ・リーグおよび日本ハム一筋で岩瀬の記録に並ぶ余地を残している。契約1年目の2021年に、上記の連続記録を14年に更新。

人物[編集]

愛称は「ミヤ[48][49]

日本ハム入団後の2011年11月に、札幌市在住の女性と結婚[50]。2012年7月長男誕生[51]。2015年7月次男誕生[52]。2015年5月のインタビューで、当時2歳長男が野球を始めており「長男と家でキャッチボールをする時、速い球を投げる」と子煩悩を発揮する一方、特に野球をやらせようとは思っておらず、将来は手堅くサラリーマンがいいと話している[53]

兵庫県出身者ながら日本ハムや本拠地・北海道への愛着が強く、入団後の2014年から国内FA権と海外FA権を相次いで取得しても、一切行使せずにチームへ残留している。国内FA権を最初に取得した後で、この権利を行使しない意向を記者会見で表明した際には、「『新たな環境でゼロから始めた方が良いのではないか?』と思うほど悩みながら(自分の野球人生の)『原点』を改めて考えたところ、大学2年生の時点で周囲から高い評価を受けていたにもかかわらず、3・4年の時に実戦で結果が残せなかった自分を指名してくれたファイターズへの感謝の気持ちこそが『原点』であることに気付いた。関西育ちで関西が大好きだったが、気が付けば北海道へ戻るたびに『あ~帰ってきたな』と思うようになるほど、北海道はもはや『第二の故郷』になっている。それだけに、『北海道を代表するこのチームで、活躍を続けられたらいいな』と思う」と語っている[14]

武田勝とは2005年IBAFワールドカップで日本代表のチームメイトだったのが出会い。慣れない海外、当時大学生は宮西1人だけでストレスだらけだった時に優しく接したのが武田だった[54]。その後日本ハムでも引き続き仲が良いチームメイトになり、2016年武田が引退する時には「俺のために優勝しろ」という言葉に応えて、「11年間お疲れさまでした。みんなで勝さんのために優勝してやったぞ!」という言葉を自分が率先して横断幕を作るほどいれこんだ[55]。この言葉はTシャツ化の上11月18日から発売開始[56]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2008 日本ハム 50 0 0 0 0 2 4 0 8 .333 198 45.1 47 5 15 1 2 25 2 1 24 22 4.37 1.37
2009 58 0 0 0 0 7 2 0 13 .778 189 46.2 39 6 15 3 1 55 0 0 15 15 2.89 1.16
2010 61 0 0 0 0 2 1 1 23 .667 181 47.2 29 1 9 0 4 49 0 0 9 9 1.70 0.80
2011 61 0 0 0 0 1 2 0 14 .333 218 53.0 38 3 14 2 8 56 2 0 15 13 2.21 0.98
2012 66 0 0 0 0 2 2 0 39 .500 244 60.0 51 4 14 1 4 56 0 0 18 15 2.25 1.08
2013 57 0 0 0 0 3 1 0 30 .750 197 46.2 40 1 16 3 2 39 1 0 12 9 1.74 1.20
2014 62 0 0 0 0 1 5 0 41 .167 218 50.0 47 2 23 4 4 46 0 0 14 12 2.16 1.40
2015 50 0 0 0 0 3 3 0 25 .500 163 40.0 29 4 11 1 1 30 1 0 19 12 2.70 1.00
2016 58 0 0 0 0 3 1 2 39 .750 190 47.1 28 0 22 1 5 36 1 0 11 8 1.52 1.06
2017 51 0 0 0 0 4 5 0 25 .444 164 40.2 34 3 12 0 0 24 2 0 19 15 3.32 1.13
2018 55 0 0 0 0 4 3 0 37 .571 186 45.0 29 1 20 3 5 39 0 0 11 9 1.80 1.09
2019 55 0 0 0 0 1 2 0 43 .333 182 47.1 32 1 6 0 3 51 1 0 13 9 1.71 0.80
2020 50 0 0 0 0 2 1 8 21 .667 197 48.1 34 4 22 2 4 53 1 0 12 11 2.05 1.16
2021 50 0 0 0 0 1 2 0 15 .333 189 44.1 42 3 15 1 4 49 3 0 20 18 3.65 1.29
通算:14年 784 0 0 0 0 36 34 11 373 .514 2716 662.1 519 38 214 22 47 608 14 1 212 177 2.41 1.11
  • 2021年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高、赤太字はNPBにおける歴代最高

WBCでの投手成績[編集]










































2017 日本 4 0 0 0 0 10 2.0 3 0 1 0 0 4 0 0 0 0 0.00

年度別守備成績[編集]



投手












2008 日本ハム 50 2 10 1 0 .923
2009 58 3 6 0 1 1.000
2010 61 3 10 0 2 1.000
2011 61 6 6 0 0 1.000
2012 66 1 12 1 0 .929
2013 57 3 10 0 0 1.000
2014 62 4 16 1 0 .952
2015 50 7 12 0 0 1.000
2016 58 3 6 0 0 1.000
2017 51 2 15 0 0 1.000
2018 55 1 8 1 0 .900
2019 55 2 10 0 0 1.000
2020 50 2 6 0 0 1.000
2021 50 1 8 0 1 1.000
通算 784 40 135 4 4 .978
  • 2021年度シーズン終了時

タイトル[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
  • 100ホールド:2012年8月18日、対千葉ロッテマリーンズ15回戦(札幌ドーム)、7回表に2番手で救援登板、1回無失点 ※史上17人目(5年目での到達はパ・リーグ最速)
  • 200ホールド:2016年5月14日、対埼玉西武ライオンズ10回戦(札幌ドーム)、7回表に3番手で救援登板、1回無失点 ※山口鉄也に次いで史上2人目(パ・リーグ史上初)
  • 500試合登板:2016年7月27日、対埼玉西武ライオンズ16回戦(西武プリンスドーム)、8回表に3番手で救援登板、1回無失点 ※史上96人目
  • 250ホールド:2017年8月3日、対千葉ロッテマリーンズ16回戦(ZOZOマリンスタジアム)、6回裏に2番手で救援登板、1回無失点 ※山口鉄也に次いで史上2人目(パ・リーグ史上初)[58]
  • 600試合登板:2018年6月30日、対オリックス・バファローズ10回戦(札幌ドーム)、7回表一死に2番手で救援登板、2/3回を無失点 ※史上40人目(600試合連続救援登板は史上4人目、1球団所属かつ初登板から連続救援登板での達成は史上初)
  • 300ホールド:2019年4月13日、対千葉ロッテマリーンズ2回戦(札幌ドーム)、7回表に3番手で救援登板、1回無失点 ※プロ野球史上初[59]
  • 700試合登板:2020年7月29日、対オリックス・バファローズ8回戦(札幌ドーム)、8回表に4番手で救援登板、1回無失点 ※史上17人目[33]
  • 350ホールド:2020年8月12日、対千葉ロッテマリーンズ8回戦(ZOZOマリンスタジアム)、8回裏に6番手で救援登板、1回無失点 ※プロ野球史上初[57]
  • 400ホールドポイント:2021年5月18日、対東北楽天ゴールデンイーグルス10回戦(楽天生命パーク宮城)、7回裏に5番手で救援登板、1回無失点 ※プロ野球史上初[60]
その他の記録
  • 14年連続50試合以上登板(2008年 - 2021年)※プロ野球歴代2位、パ・リーグ記録、球団記録[42]
  • 12登板連続ホールド(2013年8月23日 - 9月30日) ※パ・リーグ記録
  • 700試合救援登板(2008年 - 2020年) ※史上5人目[33]
  • デビュー戦からの700試合連続救援登板(2008年 - 2020年) ※パ・リーグ記録、五十嵐亮太に次ぐNPB史上2人目[33]
  • 通算373ホールド(2021年シーズン終了時点)※世界プロ野球記録
  • 通算409ホールドポイント(2021年シーズン終了時点)※同記録
  • オールスターゲーム出場:3回(2015年2018年 - 2019年

背番号[編集]

  • 25(2008年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

注釈[編集]

  1. ^ NPBとMLBでは公式記録上における「ホールド」の定義や解釈が異なるため、厳密には両者の間でホールド数を単純に比較できない[2]
  2. ^ セ・リーグでは五十嵐亮太が823試合連続救援登板を記録していたため、NPB全体では史上2人目の記録。
  3. ^ 岩瀬仁紀森慎二藤川球児久保田智之攝津正浅尾拓也山口鉄也佐藤達也福原忍清水昇と同回数でタイ記録。

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b 【隠しマイク】ハム宮西の悩み「みんなに西宮出身と言われる」”. スポニチ Sponichi Annex 野球 (2018年9月16日). 2018年11月6日閲覧。
  2. ^ 宮西尚生の300ホールドは世界一?実は日米で違う「中継ぎ」の地位。(2/4)”. Number Web (2019年5月8日). 2021年10月28日閲覧。
  3. ^ “【俺とデスクの座談会】日本ハムFA選手とススキノの深い関係、伝説的な美人双子姉妹と結婚したのは…”. zakzak. (2017年10月31日). https://www.zakzak.co.jp/spo//news/171031/spo1710310001-n1.html 2021年2月4日閲覧。 
  4. ^ 日本ハム宮西FA移籍「考えたい」 日刊スポーツ 2014年10月27日
  5. ^ ハム宮西1年目から6年連続50試合登板 - プロ野球ニュース”. 日刊スポーツ (2013年9月5日). 2020年12月3日閲覧。
  6. ^ 日本ハム宮西、巨人金刀にならい貯金”. 日刊スポーツ (2008年11月27日). 2020年12月3日閲覧。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]