宮西尚生

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宮西 尚生
北海道日本ハムファイターズ #25
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 兵庫県西宮市[1]
生年月日 (1985-06-02) 1985年6月2日(32歳)
身長
体重
180 cm
75 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2007年 大学生・社会人ドラフト3巡目
初出場 2008年3月25日
年俸 2億円+出来高(2017年)[2]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
WBC 2017年

宮西 尚生(みやにし なおき、1985年6月2日 - )は、兵庫県西宮市出身[1]プロ野球選手投手)。左投左打。北海道日本ハムファイターズ所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学1年から野球を始め、中学時代はボーイズリーグの尼崎ボーイズでプレーし南大阪大会で優勝する。尼崎市立尼崎高校時代は1年先輩の金刃憲人と共に注目されるが全国大会には縁がなかった。

高校卒業後、関西学生野球連盟所属の関西学院大学に進学。1年先輩に清水誉、同期に荻野貴司、1学年後輩に岸敬祐がいる。1年秋からベンチ入りし、2年春のリーグ戦では先発投手リリーフの両方でフル回転し、48回1/3連続無失点のリーグ記録を達成。第16回IBAFインターコンチネンタルカップ北京プレオリンピック野球日本代表など4度日本代表に選出された。しかし、3年次以降は球速を上げようとしてフォームを崩したため、成績は伸び悩んだ。リーグ戦通算46試合登板、19勝13敗、防御率1.58、奪三振291。梨田昌孝の長男・和利とは大学の4年間チームメイトだった。

プロ入り後[編集]

2007年11月19日に行われた大学生・社会人ドラフト会議において北海道日本ハムファイターズから3巡目指名を受け入団。後年、入団当時を振り返って「大学3年から思うような成績を残せず、落ち目のところで山田正雄GMに拾ってもらった。感謝しかない」と述べている[3]

2008年3月25日埼玉西武ライオンズ戦でプロ初登板。一軍公式戦通算の防御率が4点台ながら、チームに数少ない左の中継ぎとして一軍の戦力となった。

2009年8月に新型インフルエンザに罹り入院したが、復帰後初登板した8月28日の試合で7勝目を挙げ、岸孝之の6連勝を超えて開幕からの連勝記録でリーグトップとなった。8月29日までは防御率1点台を維持した。閉幕時は防御率2.89まで低下したが、58登板は菊地和正と並んでチーム最多、20ホールドポイントはリーグ8位。

2010年5月19日にプロ初セーブを挙げた。8月21日に伝染性のウイルス性結膜炎に感染したため一時的に出場選手登録を外れたが、同年に記録したチーム最多(リーグ6位)の61登板、リーグ7位の25ホールドポイント、防御率1.70は前年度の成績を上回った。また、この年で、入団1年目から一軍公式戦3年連続50試合登板を達成。(前身球団を含む)日本ハムの投手としては、1969年から1972年金田留広が記録した以来39年振りの記録であった。

2011年4月14日5月6日に右打者に本塁打を打たれ敗戦投手となった。この年の敗戦は本塁打による得点によるものだけであった。一軍公式戦全体では、防御率2.21、14ホールドと前年度から成績を落としながらも、チーム最多の61試合に登板。11月13日札幌市在住の女性と結婚した。

2012年増井浩俊武田久とともに勝ちパターンの一角として主に7回を任された。後半戦はやや調子を落としたものの、登板数・ホールド数とも自己最多であった。

2013年も前年同様勝ちパターンの一角を担い、自身3年ぶりとなる防御率1点台、さらにリーグ2位となる30ホールドを記録するなど結果を残した。

2014年は新加入のマイケル・クロッタアンソニー・カーターがリリーバーとして加わるも、不動のセットアッパーとして62試合に登板、自己最多となる41ホールドを記録し、引き続き勝ちパターンの一角を担った。8月19日国内FA権を取得するもオフの11月8日に残留を発表。11月22日のファン感謝祭では2015年からチームの主将に就任することが発表された[4]

2015年には、9月22日の対福岡ソフトバンクホークス戦(札幌ドーム)での救援登板で、金田正一米田哲也山口鉄也に並ぶNPB歴代3位の8年連続一軍公式戦シーズン50試合登板を達成[5]。3勝3敗25ホールド、防御率2.70という成績を残したほか、オールスターゲームにもパシフィック・リーグの監督推薦選手として初出場を果たした[6]。しかし、シーズンを通じて左肘の遊離軟骨の痛みに悩まされたため、9月23日に出場選手登録を抹消。その後は戦線に復帰せず、10月19日に左肘のクリーニングおよび神経移行術を受けた[7]。なお、7月16日には第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出された[8]が、11月開催の本大会には出場していない。また、前述の手術からのリハビリに取り組んでいた12月21日には、自宅付近で転倒した際に右手の第5中骨を骨折。全治約5週間と診断された[9]。11月に行われたファン感謝祭で、キャプテンを大野奨太に譲ることとなった。

2016年は去年10月左肘の手術の影響で3月開幕は2軍からスタート。それでもリハビリが良く出来て、4月8日大嶋匠と共に一軍に合流。そして次の日の9日の楽天イーグルス戦今季初登板を成した。5月14日の西武戦で史上2人目となる通算200ホールドを記録[10]。同年はリーグ最多の39ホールドを記録し、自身初のタイトルとなる最優秀中継ぎ投手に選ばれた。10月18日に「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」の日本代表に選出された[11]

2017年は開幕を1軍で迎え、8月3日の千葉ロッテマリーンズ戦で史上2人目となる通算250ホールドを達成した[12]。この記録はパ・リーグ史上初の記録となった。9月26日のオリックス・バファローズ戦では岩瀬仁紀以来となる史上2人目の10年連続50試合登板を達成した[13]。この記録もパ・リーグ史上初となった。この年、海外FA権を取得したが、行使せず残留した。

選手としての特徴[編集]

サイドスローから[14]平均球速約140km/h[15]、最速147km/h[16]ストレートスライダーカーブを投げる[14]。球種の比率のほぼ全てをストレートとスライダーが占める時期もあったが、近年はシンカーも織り交ぜる。 2017年シーズン現在、プロ入りしてから一度も先発投手を経験していない。

人物[編集]

プロ1年目の2008年に「スライダーが通用しなくなったら(実家がある)尼崎に帰る」と語っている。その時チームメートだった建山義紀はその言葉を聞いたあと「帰れ」と語った。

2011年11月、札幌在住の女性と結婚[17]。2012年7月長男誕生[18]。2015年7月次男誕生[19]。2015年5月のインタビューで、当時2歳長男が野球を始めており「長男と家でキャッチボールをする時、速い球を投げる」と自画自賛する一方、特に野球をやらせようとは思っておらず、将来は手堅くサラリーマンがいいと話している[20]

武田勝とは2005年IBAFワールドカップで日本代表のチームメイトだったのが出会い。慣れない海外、当時大学生は宮西1人だけでストレスだらけだった時に優しく接したのが武田だった。[21]。その後日本ハムでも引き続き仲が良いチームメイトになり、2016年武田が引退する時には「俺のために優勝しろ」という言葉に応えて、「11年間お疲れさまでした。みんなで勝さんのために優勝してやったぞ!」という言葉を自分が率先して横断幕を作るほどいれこんだ[22]。この言葉はTシャツ化の上11月18日から発売開始[23]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2008 日本ハム 50 0 0 0 0 2 4 0 8 .333 198 45.1 47 5 15 1 2 25 2 1 24 22 4.37 1.37
2009 58 0 0 0 0 7 2 0 13 .778 189 46.2 39 6 15 3 1 55 0 0 15 15 2.89 1.16
2010 61 0 0 0 0 2 1 1 23 .667 181 47.2 29 1 9 0 4 49 0 0 9 9 1.70 0.80
2011 61 0 0 0 0 1 2 0 14 .333 218 53.0 38 3 14 2 8 56 2 0 15 13 2.21 0.98
2012 66 0 0 0 0 2 2 0 39 .500 244 60.0 51 4 14 1 4 56 0 0 18 15 2.25 1.08
2013 57 0 0 0 0 3 1 0 30 .750 197 46.2 40 1 16 3 2 39 1 0 12 9 1.74 1.20
2014 62 0 0 0 0 1 5 0 41 .167 218 50.0 47 2 23 4 4 46 0 0 14 12 2.16 1.40
2015 50 0 0 0 0 3 3 0 25 .500 163 40.0 29 4 11 1 1 30 1 0 19 12 2.70 1.00
2016 58 0 0 0 0 3 1 2 39 .750 190 47.1 28 0 22 1 5 36 1 0 11 8 1.52 1.06
2017 51 0 0 0 0 4 5 0 25 .444 164 40.2 34 3 12 0 0 24 2 0 19 15 3.32 1.13
通算:10年 574 0 0 0 0 28 26 3 257 .519 1962 477.1 382 29 151 16 31 416 9 1 156 130 2.45 1.12
  • 2017年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
  • 100ホールド:2012年8月18日、対千葉ロッテマリーンズ15回戦(札幌ドーム)、7回表に2番手で救援登板、1回無失点 ※史上17人目(5年目での到達はパ・リーグ最速)
  • 200ホールド:2016年5月14日、対埼玉西武ライオンズ10回戦(札幌ドーム)、7回表に3番手で救援登板、1回無失点 ※山口鉄也に次いで史上2人目(パ・リーグ史上初)
  • 500試合登板:2016年7月27日、対埼玉西武ライオンズ16回戦(西武プリンスドーム)、8回表に3番手で救援登板、1回無失点 ※史上96人目
  • 250ホールド:2017年8月3日、対千葉ロッテマリーンズ16回戦(ZOZOマリンスタジアム)、6回裏に2番手で救援登板、1回無失点 ※山口鉄也に次いで史上2人目(パ・リーグ史上初)[24]
その他の記録
  • 9年連続50試合登板 (2008年 - 2016年)
  • 12登板連続ホールド (2013年8月23日 - 9月30日) ※パ・リーグ記録
  • オールスターゲーム出場:1回 (2015年

背番号[編集]

  • 25 (2008年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b Naoki Miyanishi Japanese Leagues Statistics & History”. Baseball-Reference.com. 2017年8月19日閲覧。
  2. ^ 日本ハム増井、2億2000万円で更改 宮西・田中賢は2億円”. 日本経済新聞 (2016年12月2日). 2017年4月4日閲覧。
  3. ^ 日本ハム宮西FA移籍「考えたい」 日刊スポーツ 2014年10月27日
  4. ^ “日本ハム 来季主将は宮西 ヤクルト移籍の大引の後を受け”. http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/11/22/kiji/K20141122009331970.html スポーツニッポン 2014年11月22日
  5. ^ “日本ハム宮西8年連続50試合登板 歴代3位タイ”. http://www.nikkansports.com/baseball/news/1542282.html 日刊スポーツ 2015年9月22日
  6. ^ マツダオールスターゲーム2015 出場者(パシフィック・リーグ)
  7. ^ “日本ハム宮西が左肘手術終了「開幕に間に合うよう」”. http://www.nikkansports.com/baseball/news/1555129.html 日刊スポーツ 2015年10月20日
  8. ^ トップチーム第一次候補選手発表!11月に行われる「WBSC世界野球プレミア12」へ向けて65名が名を連ねる[リンク切れ] 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年7月16日) 2015年8月4日閲覧
  9. ^ “日本ハム宮西、自宅で転倒し右手骨折 全治5週間”. http://www.nikkansports.com/baseball/news/1582525.html 日刊スポーツ 2015年12月22日
  10. ^ “日本ハム・宮西が通算200ホールド”. http://www.daily.co.jp/newsflash/baseball/2016/05/14/0009083467.shtml デイリースポーツオンライン 2016年5月14日
  11. ^ 11月に東京ドームで開催する侍ジャパン強化試合に出場する選手28名が決定 野球日本代表 侍ジャパン オフィシャルサイト (2016年10月18日) 2016年10月18日閲覧
  12. ^ “日本ハム 4連敗で止める 宮西 パ・リーグ初の通算250ホールド達成」”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2017年8月3日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2017/08/03/kiji/20170803s00001173387000c.html 2017年8月3日閲覧。 
  13. ^ “日本ハム宮西10年連続50戦登板 岩瀬以来2人目”. https://www.nikkansports.com/baseball/news/201709270000030.html 日刊スポーツ 2017年9月27日
  14. ^ a b 小関順二 『プロ野球スカウティングレポート2014』 廣済堂出版、2014年、217頁。ISBN 978-4-331-51810-6
  15. ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2012年、25頁。ISBN 978-4-905411-04-8
  16. ^ “関学スポーツ : nikkansports.com”. http://univ.nikkansports.com/press/kwangaku/big-miyanishi.html 日刊スポーツ 2007年12月10日
  17. ^ “【日本ハム】4年目宮西が結婚”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2011年11月13日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20111113-862979.html 2011年11月13日閲覧。 
  18. ^ “日ハム・宮西尚生選手に第1子男児誕生”. Oricon Style (オリコン). (2012年7月31日). http://www.oricon.co.jp/news/2015063/full/ 2012年7月31日閲覧。 
  19. ^ “日ハム・宮西尚生選手に第2子男児誕生”. Oricon Style (オリコン). (2015年7月24日). http://www.oricon.co.jp/news/2056591/full/ 2015年7月24日閲覧。 
  20. ^ “斉藤こずゑのファイターズじゃないと”. 財界さっぽろ (株式会社財界さっぽろ). (2015年5月15日). http://www.zaikaisapporo.co.jp/sports_fighters/宮西尚生 2015年5月15日閲覧。 
  21. ^ 宮西尚生 (2015年7月27日). “[http://column.sp.baseball.findfriends.jp/?pid=column_detail&id=046-20150803-03 日本ハム・ロッカールーム/今週のテーマ「海外の思い出」 宮西尚生投手「海外は苦手です」]”. 週刊ベースボールONLINE. ベースボール・マガジン社. 2015年7月27日閲覧。
  22. ^ “日本ハム武田勝が号泣127キロで三振「11年分」”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2016年10月1日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1717987.html= 2016年10月1日閲覧。 
  23. ^ “【日本ハム】日本一記念「優勝してやったぞ!!Tシャツ」発売!”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2016年11月5日). http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20161105-OHT1T50104.html 2016年11月5日閲覧。 
  24. ^ 日本ハム宮西パ・リーグ初250H、史上2人目”. 日刊スポーツ (2017年8月3日). 2017年8月3日閲覧。
  25. ^ 2012年選手登場曲”. 北海道日本ハムファイターズ. 2016年10月13日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年12月13日閲覧。
  26. ^ 2013年選手登場曲”. 北海道日本ハムファイターズ. 2016年12月13日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]