千賀滉大

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千賀 滉大
福岡ソフトバンクホークス #41
千賀滉大20120330.jpg
2012年3月30日、雁の巣球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県蒲郡市
生年月日 (1993-01-30) 1993年1月30日(24歳)
身長
体重
186 cm
86 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 育成選手ドラフト4位
初出場 2012年4月30日
年俸 6,500万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本代表
WBC 2017年

千賀 滉大(せんが こうだい、1993年1月30日 - )は、愛知県蒲郡市出身[2]プロ野球選手投手)。右投左打。福岡ソフトバンクホークス所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

実父が岩城滉一のファンであることから、出生時に「大」と命名[3]。小学校2年生から三谷東若葉、4年生からは北部サニーボーイズに所属した[4]蒲郡市立中部中学校時代には、軟式野球部で三塁手としてプレー[2]愛知県立蒲郡高等学校への進学後に投手へ転向した。

蒲郡高校では、1年時から公式戦に登板すると、2年時からはエースとしてチームを牽引。2年秋と3年春は故障などで公式戦に登板しなかったが[2]、3年時の夏に全国高等学校野球選手権愛知大会へ出場。3回戦で敗退した。

2010年の育成ドラフト会議で、福岡ソフトバンクホークスからの4巡目指名を受けて入団[5]。「アマ球界に詳しい」という愛知県名古屋市のスポーツショップ「西正ベースボールショップ」の経営者・西川正二からの薦め[6]で、当時のスカウト・小川一夫が千賀の獲得を決めたという[2][7]

プロ入り後[編集]

2011年

この年から二軍監督に就任した小川の下で、もっぱら三軍戦に登板[8][リンク切れ]ウエスタン・リーグ公式戦への登板機会はなかった[7]が、シーズン終了後のみやざきフェニックスリーグで二軍戦デビューを果たすと、4試合の登板で通算3回1/3イニングを無失点に抑えた。

2012年

若手選手主体のB組に参加した春季キャンプの紅白戦で好成績を残したことから、キャンプ終盤に一軍へ抜擢[9][10]。しかし、読売ジャイアンツ(巨人)とのオープン戦(3月9日)登板中に左足首をひねって緊急降板を余儀なくされた[11]ため、開幕を二軍で迎えた。ウエスタン・リーグ公式戦で開幕から先発ローテーションに入るほど好調だったことを受けて、4月23日支配下選手契約へ移行するとともに、背番号を「21[注 1]に変更した[12][13]同月30日にプロ入り後初の出場選手登録を果たすと、同日の対千葉ロッテマリーンズ戦(QVCマリンフィールド)に先発投手として一軍デビュー[14][15][16]。しかし、レギュラーシーズン全体では、一軍公式戦2試合の登板(オール先発)で0勝1敗という成績に終わった[17]。その一方で、ウエスタン・リーグでは、9月20日の対オリックス・バファローズ戦で9回1死まで無安打無得点と好投。シーズン通算では、18試合の先発登板でリーグ最多の108イニングを投げるとともに、最優秀防御率(1.33)[18]のタイトルを獲得した[19]。また、7勝(リーグ2位タイ)、勝率.700(同3位)、83奪三振(同2位)という成績[20]で、チームのリーグ優勝に貢献した。その一方で、シーズン終了後に右肩痛を発症した[21]ため、秋季キャンプに参加しなかった[22]

2013年

先発からセットアッパーに転向した岩嵜翔と交換する格好で、背番号を「21」から「41」に変更[23]。1月の自主トレーニング中から投球フォームの改良へ積極的に取り組んだ[7]末に、中継ぎ要員として自身初の開幕一軍入りを果たした[24]3月31日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦で一軍初救援を経験すると、4月3日の対北海道日本ハムファイターズ戦(福岡ヤフオク!ドーム)から6月21日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(郡山総合運動場開成山野球場)まで、セットアッパーとして27登板試合連続無失点を達成。この間には、4月11日の対オリックス戦(福岡ヤフオク!ドーム)で一軍初ホールド5月12日の対埼玉西武ライオンズ戦(熊本県藤崎台県営野球場)で一軍初勝利を挙げている[25]。初めてクローザーに起用された6月26日北海道日本ハムファイターズ戦(東京ドーム)では、延長10回裏に一塁手中村晃のタイムリーエラーで自責点0ながらサヨナラ負けを喫した[26]一方で、救援投手による公式戦連続無失点イニング(34回3分の1)パシフィック・リーグタイ記録を樹立[27][28]。この試合から4登板試合連続で敗戦投手になった[29]ことから[30][31]7月4日に出場選手登録を抹消されたが、同月14日にセットアッパーとして一軍へ復帰した。パシフィック・リーグの監督推薦選手として初めて出場したオールスターゲーム[32]では、第2戦(明治神宮野球場)の4回裏から2番手として初登板。2イニングを無失点・(クリーンナップから4者連続を含む)5奪三振と好投した[33]ことから、敢闘選手賞を受賞した[34][35]。リーグ戦の再開後は、7月26日の対日本ハム戦(福岡ヤフオク!ドーム)でクローザーとして一軍初セーブを挙げたものの、8月以降の登板では救援失敗が相次いだ。さらに、9月4日の日本ハム戦(東京ドーム)では、5回裏に7球を投げたところで左脇腹に痛みを訴えて緊急降板[36]。翌5日の診察で左腹斜筋の肉離れが判明した[37]ため、同日に出場選手登録を再び抹消されると、そのままシーズンを終えた。シーズン終了後の12月9日には、推定年俸3,300万円(408パーセント増)で契約を更改する一方で、球団フロントに対して先発への再転向を訴えている[38]

2014年

春季キャンプのスタートを主力選手中心のA組で迎えた[39]が、調整不足で早々にB組へと降格[40]。オープン戦では、6試合の登板で2セーブ、防御率1.50(6イニング1失点)という好成績を残した。一軍でのロングリリーフを求める首脳陣の判断で2年連続の開幕一軍を逸した[41]が、4月4日にシーズン初の出場選手登録。登録後は、点差とは無関係の局面での救援登板が続いた。5月23日の対阪神タイガース戦(福岡ヤフオク!ドーム)で自身1年振りの勝利を挙げた[42]が、右肩に違和感が生じたことから、6月15日に登録を抹消。抹消後の検査では「疲労」と診断された[43]ものの、結果としてシーズン中の実戦復帰には至らず、投球練習の再開は12月下旬にまで持ち越された[44]

2015年

前年発症した右肩痛のリハビリを経て、春季キャンプ前の自主トレーニングから、先発への再転向を視野に調整[45]。ウエスタン・リーグ公式戦でも開幕から先発で好投を続けていたが、一軍先発陣の層が厚いことなどから、シーズン初の一軍昇格は8月18日にまで持ち越された。同日の対オリックス・バファローズ戦(京セラドーム大阪)で一軍公式戦3年振りの先発登板を果たすと、7回を被安打4の無失点と好投。一軍公式戦では自身3年振り、一軍の先発では自身初の勝利を挙げた[3]。また、ウエスタン・リーグでは、公式戦16試合に登板。規定投球回に達しなかったものの、9勝2敗、2完投、96奪三振、防御率2.00という好成績で、リーグ史上初の4連覇に貢献した。一軍公式戦では4試合の登板(先発3試合)で2勝1敗という成績を残したが、チームのリーグ連覇で迎えたポストシーズンでは、ロングリリーフ要員として起用[46]千葉ロッテマリーンズとのクライマックスシリーズ ファイナルステージでは、第1戦(10月15日[47]および第3戦(同月17日、いずれも福岡ヤフオク!ドーム)[48]の救援でピンチを完璧に凌いだことによって、チームを日本シリーズ進出に導いた。東京ヤクルトスワローズとの日本シリーズでは、10月27日の第3戦で、1点リードの5回裏2死1塁から2番手投手としてシリーズデビュー。山田哲人から逆転の2点本塁打(シリーズ史上初の3打席連続本塁打)を浴びて敗戦投手になった[49]が、翌28日の第4戦(いずれも神宮)では、2点リードの7回裏からの登板で2イニングを完璧に抑えた[50]。なお、シーズン終了後の12月26日には、自身と同じ年齢の一般女性と結婚したことを発表している[51]

2016年

一軍の先発ローテーションの一角を担うべく、公式戦開幕直後の3月30日にシーズン初の出場選手登録を果たすと、当日の対西武戦(ヤフオクドーム)でシーズン初勝利[52]。この試合以降も、4月14日の対西武戦(埼玉県営大宮公園野球場)で一軍初の完投勝利を挙げる[53]など、オール先発で8連勝を記録した。8月6日の対日本ハム戦(ヤフオクドーム)でシーズン初黒星を喫した[54]ものの、同月20日の対日本ハム戦(札幌ドーム)でシーズン10勝目に到達。NPB育成ドラフト出身投手のオール先発によるシーズン10勝と、パ・リーグの育成ドラフト出身投手によるシーズン10勝は、いずれも初めてであった[55]9月3日の対楽天戦(コボスタ宮城)では、自身2度目の完投でシーズン12勝目を挙げたことによって、NPBの育成ドラフト出身投手による一軍公式戦でのシーズン最多勝利記録を達成している[56]。勝率は.800だったものの、規定の13勝にあと1勝届かず、勝率第一位投手のタイトルを逃した。自身初の規定投球回到達となる169イニングで防御率2.61(リーグ3位)・181奪三振(同2位)を記録。その一方で、ポストシーズン中の10月18日には、野球日本代表に初めて選出。シーズン終了後の11月中旬には、東京ドームで開かれた「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」2試合で救援登板を果たした[57]

2017年

レギュラーシーズン開幕前の3月に開かれた2017 ワールド・ベースボール・クラシックで、日本代表の第2先発要員として、1次ラウンドから通算4試合に登板。準決勝のアメリカ戦で敗戦投手になったものの、4試合を通じて防御率0.82を記録した。また、通算の奪三振数は16で、本大会に登板した投手としては最も多かった[58]。このような活躍が高く評価されたことから、大会終了後の3月22日には、日本代表選手からただ1人「オールスターチーム」(主催者が出場選手の中から選ぶ表彰選手)に選出。「投手部門(3人)の1人」という扱いながら、大会の最優秀投手になった[59][60]。上記の活躍が評価され、5月22日蒲郡市スポーツ栄誉賞を受賞する[61]

選手としての特徴[編集]

スリークォーターから投げるストレートは力強く、2013年にリリーフとして起用された際には平均球速約149km/h[62]、最速156km/h[63]。落差の大きいフォーク(通称「お化けフォーク」)[64]、縦のスライダーで空振りを奪う[65]。2017年に先発として起用された際には平均球速約148km/h[66]

ストレートについては、高校時代に最速144km/hを記録。プロ1年目には、基礎体力の養成を優先した結果、1年間で最速記録を152km/hにまで伸ばした[7]。2年目には、当時の先輩投手・近田怜王の勧めで、スポーツトレーナーの鴻江寿治が主宰する合同自主トレーニングへ近田、チェン・ウェイン吉見一起上野由岐子などと共に参加。鴻江から身体の使い方を学んだことをきっかけに、低めへのストレートの伸びを大幅に向上させた[7]。地元球団である中日ドラゴンズのスカウトは、ソフトバンク入団後に二軍での千賀の投球を視察した際に「愛知にこんな選手がいたなんて…」と悔しがった[3]

高校時代には浅めに握るスプリットフィンガード・ファストボール(スプリット)を投げていたが、スライダー回転していたため人差し指を縫い目にかける工夫をした。制球難に苦しんでいた千賀は2012年1月の自主トレで球界屈指のコントロールを誇る吉見に積極的にアドバイスを求め[67]、親指の使い方を教わり 「20球に1球しかまともに落ちなかったフォーク」が毎回真下に落ちる完成度の高いフォークへ変わり[68]、お化けフォークとまで呼ばれるようになる[64]

救援投手として起用され始めた2013年のレギュラーシーズンでは、一軍公式戦でチームトップの51試合に登板。同点の局面で登板した7試合のうち、5度救援に失敗した。その一方で、僅差でのリードを背負って登板した18試合では、17試合を無失点で凌いでいた。当時は直球とフォークを主体に投球を組み立てていたが、2015年の先発再転向後は、スライダーを配球に加えることで投球の幅と安定感を増している[3]

人物[編集]

2015年のオフ、22歳の時に結婚している[69]

チームメイトの柳田悠岐中村晃石川柊太らと同様に、ももいろクローバーZのファン(モノノフ)である[70]。本拠地での自身の入場曲に、同グループの楽曲を使用することもある[71]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2012 ソフトバンク 2 2 0 0 0 0 1 0 0 .000 29 4.2 7 0 8 0 0 1 0 0 7 5 9.64 3.21
2013 51 0 0 0 0 1 4 1 17 .200 232 56.1 32 1 26 0 1 85 10 1 16 15 2.40 1.03
2014 19 0 0 0 0 1 1 0 3 .500 90 22.2 17 0 5 0 1 28 1 0 5 5 1.99 0.97
2015 4 3 0 0 0 2 1 0 0 .667 85 22.1 9 0 10 0 0 21 0 0 2 1 0.40 0.85
2016 25 25 3 0 0 12 3 0 0 .800 681 169.0 125 16 53 0 6 181 7 1 52 49 2.61 1.05
2017 22 22 0 0 0 13 4 0 0 .765 572 143.0 107 15 46 0 2 151 6 0 47 42 2.64 1.07
通算:6年 123 52 3 0 0 29 14 1 20 .674 1689 418.0 297 32 148 0 10 467 24 2 129 117 2.45 1.06
  • 2017年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

WBCでの投手成績[編集]










































2017 日本 4 1 1 1 0 41 11.0 7 0 1 0 1 16 0 0 1 1 0.82

タイトル[編集]

表彰[編集]

NPB
国際大会
受賞

記録[編集]

投手記録
打撃記録
その他の記録

背番号[編集]

  • 128 (2011年 - 2012年4月22日)
  • 21 (2012年4月22日 - 同年終了)
  • 41 (2013年 - )

登場曲[編集]

[72]

代表歴[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 先発投手として活躍していた和田毅が、前年末にFA権の行使ボルチモア・オリオールズへ移籍するまで着用した背番号。なお、和田は2016年のソフトバンク復帰を機に、この背番号を再び付けている。

出典[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]