武田勝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
武田 勝
NF-Masaru-Takeda20120310.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛知県名古屋市西区
生年月日 (1978-07-10) 1978年7月10日(38歳)
身長
体重
176 cm
73 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2005年 大学生・社会人ドラフト4巡目
初出場 2006年3月26日
最終出場 2016年9月30日
年俸 4,000万円+出来高(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

武田 勝(たけだ まさる、1978年7月10日 - )は、愛知県名古屋市出身の元プロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

1978年、名古屋市に生まれる。「勝」の名前は、父が当時の中日ドラゴンズの若手だった宇野勝のファンだったことに由来する。父親は関西出身で大の阪神ファン、幼少時は大の中日ファンでナゴヤ球場によく足を運び、家では父と応援合戦をしたという。宇野勝や落合博満のようなホームランバッターに憧れていた[1]。上名古屋小学校4年生から部活で野球を始めた[2]

中学時代はちょっと知られた軟式野球の投手だった[3]。浄心中学校3年の時、武田の噂を聞いて中京大中京高校との練習試合で名古屋に来た関東一高小倉全由監督(当時)に呼ばれて投球練習をした。しかし一球投げただけで、小倉から関東一高への進学の勧めを受ける。本人はなぜ一球だけで誘われるのか不思議だった[2](小倉は「目が澄んでいる」人間性に感動した[2])。この頃に両親が離婚するなど不安定な時期もあったが[4]、早く世に出て母を楽にさせたい一心で野球に打ち込んだ[2]。1年生ながら控え投手として甲子園へ出場したが、自分がチームの中心になるに従ってチームは弱体化。幼少時からプロ野球へ行く夢はあったが、これではプロ入りは無理と判断[3]。先輩の森谷茂の誘いで立正大学に進学する[2]

立正大学1年生から試合で投げていたが、自身曰く「自分以上にいい」金剛弘樹がバリバリに速い球を投げていた。「自分とはモノが違う」と思ったという[3]。2年生の春に公式戦にデビューするも、卒業まで東都1部に昇格することはなかった[2]。 立正大学在学中、武田を応援していた専修大学野球部GM(元監督)江崎久が、当時可愛がっていたマネージャーは後にになる女性[2]

卒業後はシダックスに入社した。シダックス入社1年目に臨時コーチに来た高橋一三からフォームの指導を受けた[5]。(のちに現役を2016年9月引退時、プロで生きていける技術を教わって感謝していると話した)。入社1年後に野間口貴彦が入ってくるが、ブルペンで150km/hを超える球をどんどん投げている姿を見て「本当に高校から来たばかりなのか」と驚いた[5]が、その野間口とともにエースとして活躍。

2002年秋、野村克也が監督兼GMに就任。会うなり「シュートを覚えろ、それからチェンジアップも覚えろ」と言われる。実は既にチェンジアップは投げていたが、自分のような球威ならもっと投球の幅を広げろということを指摘され、武田自身も同じことを考えていたから自分の考えを裏付けてくれた気がして嬉しかったと振り返る[5](2016年9月現役引退時、プロで生きていける基礎を教わって感謝していると話した)。

2003年都市対抗野球ではシダックスを準優勝に導いた(だが、決勝のマウンドには立ってない。自身は悔しいとか残念という気持ちはなかった[5]2003年のドラフト会議では読売ジャイアンツが野間口とともに獲得を目指していたが、野村から「野間口と武田が同時に抜けるのは(チームとして)困る」と発言して拒否した[6]。野村は武田に対して「(シダックス野球部を)退部してドラフトを受ける手もある」と裏技を教えたが、武田は逆に野村の気遣いを意気に感じてシダックス残留を決めた[4]。先輩投手2人がプロに行く、武田のお礼奉公の姿を山田正雄が見つけて人間性を見出し、後のドラフト指名に繋がる[2]

2005年に左肘を故障して夏場まで復帰できなかったが[4]、懸命なリハビリが功を奏し、第36回IBAFワールドカップ日本代表にも選出された。2005年のドラフト会議にて、小山桂司とともに北海道日本ハムファイターズに指名され(武田は4巡目、小山は5巡目)、入団。日本ハムとの仮契約はカラオケボックス「渋谷シダックスビレッジクラブ」で行われた。

プロ入り後[編集]

2006年
3月26日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(札幌ドーム)で先発した江尻慎太郎が負傷降板したことを受けてプロ初登板を果たす。同年より楽天の監督に就任したシダックス時代の監督だった野村克也の目の前でプロ初勝利を挙げた。7月1日の楽天戦(札幌ドーム)では高須洋介の打球を左手に受け、6回2/3を無安打に抑えたまま負傷降板となった。日本シリーズ中日ドラゴンズ戦)では第3戦に先発し、5回0/3を1失点の投球で勝ち星を挙げ、日本一に貢献した。アジアシリーズでは台湾代表のLa Newベアーズ戦で先発、7回1失点の投球で日本シリーズに続いてアジアシリーズでも勝ち星を挙げ、アジアシリーズ制覇にも貢献した。
2007年
リリーフとして開幕を迎えたが、5月27日の中日ドラゴンズ戦(ナゴヤドーム)では今季初の先発となり6回2失点の投球も勝ち星は付かなかった。今季最終登板となった9月30日の千葉ロッテマリーンズ戦(千葉マリンスタジアム)では7回無失点の投球で1点のリードを守るが8回から登板した金森敬之が失点を喫し、二桁勝利を逃したが自身初の規定投球回到達を果たし、リーグ6位となる防御率2.54を記録。しかしクライマックスシリーズ日本シリーズ中日ドラゴンズ戦)では精彩を欠いた。
2008年
4月29日のロッテ戦(千葉マリン)で試合前の練習中に相手チームのフリー打撃の打球が左手親指に受け、その日に先発予定だった試合を回避。診断結果は左親指末節骨骨折と診断され登録抹消された[7]。復帰戦となった6月29日のオリックス・バファローズ戦(京セラドーム大阪)で6回1失点の投球で4勝目を挙げる[8]。7月13日のソフトバンク戦(札幌ドーム)では8回2失点の投球も敗戦投手となり、プロ入り以来続いていたソフトバンク戦での無敗記録が11試合で、連勝が6で途切れた[9]クライマックスシリーズ埼玉西武ライオンズ戦)では第3戦の先発を任され、5回2失点の投球で勝ち星を挙げた[10]。オフには第2回WBCの日本代表候補メンバーに選出されるも[11]、日本代表入りは果たせなかった。
2009年
オープン戦から体調を崩した影響で調整が遅れたため開幕には間に合わず二軍でのスタートとなった。今季初登板初先発となった4月16日のオリックス戦(札幌ドーム)で9回1失点の投球で今季初の勝ち星がプロ初完投勝利となった[12]。10月10日の楽天戦(札幌ドーム)では7回2/3を1失点の投球で2年ぶりとなる規定投球回到達と自身初の二桁勝利となる10勝目を挙げた[13]クライマックスシリーズ(楽天戦)では第1戦の先発を任されるも精彩を欠く投球で6回1/3を5失点で降板となった[14]日本シリーズ(巨人戦)では第1戦と第6戦の先発を任されたがいずれも敗戦投手となり日本一を逃した。
2010年
6月22日のソフトバンク戦(福岡Yahoo!Japanドーム)でプロ初完封勝利を記録[15]。8月22日の西武戦(札幌ドーム)では僅か89球の球数で9回1失点の投球で完投勝利を挙げた[16]。この試合で今季3度目の無四死球での完投勝利となり、球団としては1992年の金石昭人以来となる18年ぶりの記録となった[16]。また、7月8日 - 9月16日にかけて先発登板した試合では8連勝を記録[17]。この年は防御率・勝利数・奪三振・投球回・先発登板はいずれもキャリアハイ。防御率2.41はリーグ2位であり、14勝はチームトップの勝利数となった。
2011年
4月27日 - 5月23日にかけて先発登板した5試合全てにおいて味方打線が0点に抑えられ、5試合連続で完封負けでの敗戦投手となった[18]。これは68年ぶりプロ野球史上2人目の記録であり、2リーグ制以降では史上初の記録となった[18]。5月29日の広島東洋カープ戦(札幌ドーム)では前田健太との1-0の投手戦を制し、7回無失点の投球で4月21日以来となる勝ち星を挙げた[19]。その後も勝ち星を積み重ねて6連勝を記録[20]。自身初のオールスターゲームにも選出されたが1イニング・1試合4被本塁打、1イニング8者連続被安打、1イニング8失点、1試合9失点などオールスター記録を更新してしまった[21]。8月7日の楽天戦(クリネックススタジアム宮城)では防御率リーグ1位の田中将大に投げ勝ち6回1失点の投球で9勝目を挙げ、この時点で防御率が1.30となり田中を抜いてリーグ1位となるが[22]、その後は精彩を欠く投球が続いたため最終的には防御率が2.46まで悪化した。
2012年
4月だけで2度の完封勝利を含む4勝を挙げるなど自身初の月間MVPを受賞するが[23]、その後は先発登板した9試合連続で勝ち星が付かず[24]、自身の誕生日である7月10日のロッテ戦(札幌ドーム)で7回1/3を1失点の投球で10試合ぶりの勝ち星を挙げた[25]。この年も前年と同じく11勝を挙げ左投手としては球団史上初の4年連続二桁勝利を達成した[26]。また、先発登板数28試合はリーグ最多タイであり、防御率・完封数・完投数・投球回もキャリアハイだった2010年を上回る成績を残すなどチームを3年ぶりのリーグ優勝に貢献した。クライマックスシリーズ(ソフトバンク戦)では第2戦の先発を任され、6回無失点の投球で4年ぶりとなるクライマックスシリーズでの勝ち星を挙げた[27]日本シリーズ(巨人戦)では第2戦と第6戦の先発を任され、第2戦では6回1失点の投球も味方打線が0点に抑えられて敗戦投手となった。この試合では10奪三振を記録し、日本シリーズ史上16人目(18度目)となる二桁奪三振を記録した[28]。第6戦では精彩を欠く投球で2回3失点で降板するも敗戦投手にはならなかったがチームは敗れて日本一を逃した。
2013年
開幕戦である3月29日の西武戦(西武ドーム)で自身初の開幕投手を務めたが[29]、4回裏に先頭打者の炭谷銀仁朗を一ゴロに打ち取った際、左ふくらはぎの張りを訴えて降板となった[30]。診断結果は左ふくらはぎの筋挫傷と診断され登録抹消された[31]。復帰戦となった4月28日のオリックス戦(札幌ドーム)では6回無失点の投球で今季初の勝ち星を復帰戦で挙げるが[32]、その後は勝利投手の権利である5回を持たずに大量失点を喫して降板する試合が目立つなど精彩を欠く投球が続いた。そのため2009年から続いていた規定投球回到達と二桁勝利は4年で途切れた。
2014年
今季初先発から精彩を欠く投球が続き、7月8日の楽天戦(コボスタ宮城)では1回だけで6失点を喫するなど1回1/3を7失点で降板。この時点で防御率が7.30となり、翌日の7月9日には登録抹消となる。その後は自身の成績不振やリリーフ左腕不足の解消のため中継ぎに配置転換された。
2015年
4月5日のオリックス戦(京セラ)で5回2失点の投球で今季初の勝ち星が278日ぶりとなる先発での勝利となった[33]。しかし、6月20日のソフトバンク戦(ヤフオクドーム)では3回7失点を喫し、翌日の6月21日には登録抹消となった。
2016年
9月23日に現役引退を発表[34]。会見後に一軍の試合前の円陣に加わり「俺のために優勝しろ」と書いた紙を見せて、チームを鼓舞した[35]。チームがリーグ優勝を果たすと、引退試合となった9月30日のロッテ戦で先発し、先頭打者の清田育宏を空振り三振に抑え、現役最後の登板を終えた[36]。試合後の引退セレモニーで「俺のために日本一になれ」と叫んだ[37]。その後のクライマックスシリーズ日本シリーズにも裏方としてチームに同行[38]、日本一に輝き栗山監督に続いて3度宙を舞った[39]

引退後[編集]

2017年より、日本ハム球団から派遣される形で石川ミリオンスターズのコーチ・フロントに就任[40]

選手としての特徴[編集]

  • 左腕を上に挙げた時に球を一瞬持ち変えるような仕草を見せる変則的なスリークォーターから、平均で129km/h[41]速球スライダーチェンジアップシュートを投げ分け、遅い球速を差し引ける配球で打者を打ち取って行くのが真骨頂。
  • アマチュア時代に左肘を繰り返し故障したため、左肘は可動域がないほど曲がっている[42]が、武田自身は「真っすぐの握りでわざと手首を寝かすだけでボールは勝手にシュートしてくれる。ひねらなくてもいいんですよ」と前向きにとらえている[43]
  • 好調時・不調時、果ては打球を手首に受けて骨折しても表情がほとんど変わらないポーカーフェイスと言われてきたが、実際には「(ポーカーフェイスは)イメージだけで先発登板前にはプレッシャーによる腹痛でトイレに駆け込んで、吐き気に見舞われることを繰り返し、良いコンディションで投げられたのは1年のうち2、3回あればいいほう。あとはメンタルだけで何とか勝利に結びつけた」という[44]。一方で2013年のオフでは自らを「トークショー芸人」と称する[45]などファンサービスへの意識が高い。

人物・エピソード[編集]

  • 北海道テレビ(HTB)制作のバラエティ番組『水曜どうでしょう(水どう)』の熱烈なファンとして、番組の関係者と面識を持っている。
    • 自身の公式ホームページに「簡易onちゃん」を被った写真を載せているほか、『FFFFF』の企画で「タコ星人」ポンチョを着用して出演したこともある。
    • 『水どう』の同行ディレクター・藤村忠寿とは2010年オフに『FFFFF』の企画で対談しており、その際に藤村から「サラリーマンに夢を与える存在」などと評されている。
    • 試合の登場曲には『水どう』再放送版のエンディングテーマ、樋口了一の『1/6の夢旅人2002』を採用している。自身の引退セレモニーで共演し、最後はオカリナを演奏した。
    • 2013年9月に開催された『水曜どうでしょう祭り UNITE 2013』への出演を熱望したが、プロ野球のシーズン中で仙台へ遠征していたために叶わず、鶴の着ぐるみを着て平岸高台公園にて撮影されたビデオレターが会場で披露された。
    • 新作DVDが出る度に、HTBのアナウンサー・谷口直樹から届けてもらっている(なお、谷口とはプライベートでも食事に行くほど仲がいい)[46]
  • 2013年オフィシャルガイドブックでは好きなタレントに大泉洋の名前をあげている。理由は北海道に来てから「水どう」を見て、自然な自分をテレビで出せていると思ったから[47]。なお、2015年当時「トークのうまさが勉強になる」という理由で好きな女性芸能人にマツコ・デラックスの名前をあげた[48]
  • 虫が大の苦手。2010年には試合中に右肩にセミが止まる珍事が発生した[49]
  • 北海道内の町おこしに寄与する「179市町村応援大使」に2013年上ノ国町、2014年西興部村、2015年浦臼町、2016年羽幌町に任命
    • 2013年11月28日に上ノ国町を訪問した際、上ノ国町の道の駅でオカリナを購入、マイブームと公言するほどの趣味となった。後日ライリッシュ・オカリナ連盟から1台5万円する最高級のオカリナを2台贈呈され、引退セレモニーや優勝パレードの際にオカリナを披露して、大きな反響を与えた。[50][51]
  • スポーツ報知の元番記者曰く、カラオケで山根康広の『Get Along Together』を歌わせると極上である[52]
  • 将来の目標として「自分の背番号(38)と同じ年齢までプレーする」ことを挙げている。実際に38歳で引退し、本懐を遂げた。
  • 愛猫家であり、2016年10月現在で8歳になるスコティッシュフォールドの「みー太郎」を自宅で飼っている[53]。出会いは当時の同僚だった藤井秀悟に見せてもらった携帯電話の写メールに写った真っ白い姿に一目惚れしたこと。すぐに妻とペットショップに行き購入[53]
    • みー太郎の名前の由来は、男の子で初めて抱っこした時ずっと「みー」と鳴いていたから[53]
    • ブログに掲載していたのは「自分が載るのは恥ずかしいから」[1]。ブログを自身はあまりやりたくない、自分の写真を載せたくないがみー太郎の力を借りて更新していた[53](2015年元旦で更新はストップしている)
    • 2013年7月のどさんこワイドのインタビューでは、みー太郎は段ボールが好きでこだわりがあり常にストックを準備していること、みー太郎といる時は野球を忘れて心から癒されると話した[54]
    • 初の10勝をあげた2009年には、捨て猫のチャリティーを行った。背番号の38番と猫を組み合わせたグッズを作り、収益を動物保護団体に寄付した[55]
  • 引退を決めてからは「○○(ファイターズ、みー太郎の缶詰を購入する等々)のために」というのが自分自身のキーワードになっている[53]
  • 左投げ左打ちであるが、ペンや食事は右利きであり、マイクも右手で持つ。
  • 2011年3月11日に発生した東日本大震災の被災地へ日本赤十字社を通じて義援金として100万円を寄付した[56]
  • 2012年からは選手会副会長に就任[57]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2006 日本ハム 29 7 0 0 0 5 2 1 5 .714 326 84.0 68 5 15 1 3 54 1 0 20 19 2.04 0.99
2007 35 18 1 0 1 9 4 0 8 .692 569 149.0 113 18 17 1 6 101 0 0 42 42 2.54 0.87
2008 20 19 1 0 0 8 7 0 0 .533 493 121.2 110 18 19 0 5 68 1 0 44 40 2.96 1.06
2009 24 23 2 0 1 10 9 0 0 .526 592 144.1 150 17 20 3 4 99 0 1 58 57 3.55 1.18
2010 26 26 3 1 3 14 7 0 0 .667 661 168.1 161 12 19 1 1 106 0 0 47 45 2.41 1.07
2011 25 25 3 0 2 11 12 0 0 .478 647 164.2 143 7 18 0 3 87 0 0 51 45 2.46 0.98
2012 28 28 4 2 2 11 7 0 0 .611 709 182.2 159 10 30 1 4 90 0 0 50 48 2.36 1.03
2013 22 22 2 0 0 8 7 0 0 .533 546 129.0 139 11 27 1 4 47 2 0 62 56 3.91 1.32
2014 25 9 0 0 0 3 4 0 2 .429 278 61.2 72 12 20 1 2 33 0 0 43 41 5.98 1.49
2015 9 9 0 0 0 3 2 0 0 .600 168 37.0 51 6 5 0 4 15 1 0 26 24 5.84 1.51
2016 1 1 0 0 0 0 0 0 0 ---- 1 0.1 0 0 0 0 0 1 0 0 0 0 0.00 0.00
通算:11年 244 187 16 3 9 82 61 1 15 .573 4990 1242.2 1166 116 190 9 36 701 5 1 443 417 3.02 1.09
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

記録[編集]

投手記録
打撃記録
節目の記録
  • 1000投球回:2012年9月18日、対オリックス・バファローズ23回戦(札幌ドーム)、4回表1死目に野中信吾を見逃し三振に打ち取り達成 ※史上330人目
その他の記録

背番号[編集]

  • 38 (2006年 - 2016年)

脚注[編集]

  1. ^ a b 「財界さっぽろ ファイターズ選手の横顔 武田勝」(2011年5月11日掲載)
  2. ^ a b c d e f g h “日本ハム・武田勝みんなに愛された「ハイ」の男”. 東スポWeb (東京スポーツ新聞社). (2016年9月29日). http://www.tokyo-sports.co.jp/sports/baseball/598341/ 2016年9月29日閲覧。 
  3. ^ a b c 「非エリートの思考法「2番目で生きるための自己分析力」」、『Number』2011年8月4日号、文藝春秋、 42頁、 雑誌26851-8/4。
  4. ^ a b c 「男の野球道 一途な想いと感謝を胸に 武田勝」 『週刊ベースボール』2009年6月1日号、ベースボール・マガジン社、2009年、雑誌20441-6/1、35-39頁。
  5. ^ a b c d 「非エリートの思考法「2番目で生きるための自己分析力」」、『Number』2011年8月4日号、文藝春秋、 44頁、 雑誌26851-8/4。
  6. ^ プロ野球ドラフト会議において、プロ野球球団が社会人チームの投手を2人以上指名する場合は、事前にその投手が所属するチームの許可が必要となる。
  7. ^ “日本ハムが骨折の武田勝に代わり宮本登録”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20080430-354316.html  2008年4月30日
  8. ^ “日本ハム武田勝6回1失点82日ぶり4勝”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20080630-377974.html  2008年6月30日
  9. ^ “ハム武田勝、ソフトBに初黒星”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20080714-383572.html  2008年7月14日
  10. ^ “武田勝今年は違うCS初勝利/CS”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20081020-420895.html  2008年10月20日
  11. ^ “ハムから5人の“サムライ・ジャパン””. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20081122-432285.html  2008年11月22日
  12. ^ “ハム武田勝“開幕戦”でプロ初完投勝利”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20090417-483825.html  2009年4月17日
  13. ^ “武田勝 初の10勝!規定投球回にも到達”. スポーツニッポン. http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2009/10/11/kiji/K20091011Z00001860.html  2009年10月11日
  14. ^ “【日本ハム】武田勝5失点「残念」/CS”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20091021-558075.html  2009年10月21日
  15. ^ “武田勝プロ初完封!最下位脱出見えた”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20100623-644660.html  2010年6月23日
  16. ^ a b “武田勝、89球完投!ダル超え11勝目”. スポーツニッポン. http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/08/23/kiji/K20100823Z00002040.html  2010年8月23日
  17. ^ “ハム武田勝8連勝チーム単独トップ13勝”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20100917-679516.html  2010年9月17日
  18. ^ a b “武田勝てない…5戦連続ハム0点”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20110524-780254.html  2011年5月24日
  19. ^ “武田勝「今浪さんありがとうございます」”. スポーツニッポン. http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/05/29/kiji/K20110529000917520.html  2011年5月29日
  20. ^ “【日本ハム】大量援護で武田勝6連勝”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20110715-805635.html  2011年7月15日
  21. ^ “武田勝悪夢1回4被弾&8連打/球宴”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20110723-809282.html  2011年7月23日
  22. ^ “日本ハム3連勝!武田勝は9勝目で防御率首位に”. スポーツニッポン. http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/08/07/kiji/K20110807001369920.html  2011年8月7日
  23. ^ “館山&バレ、武田勝&稲葉が月間MVP”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20120508-947415.html  2012年5月8日
  24. ^ “ハム武田勝、9戦連続勝ち星なし”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20120704-977603.html  2012年7月4日
  25. ^ “34歳誕生日の武田勝 10試合、72日ぶり勝った”. スポーツニッポン. http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/07/11/kiji/K20120711003653390.html  2012年7月11日
  26. ^ “ハム武田勝快挙 球団初左腕4年連続10勝”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20120912-1015618.html  2012年9月12日
  27. ^ “【日本ハム】武田勝4年ぶり勝った/CS”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20121018-1034359.html  2012年10月18日
  28. ^ “武田勝10Kも1球に泣く”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20121029-1039335.html  2012年10月29日
  29. ^ “ハム武田勝8年目で初の開幕投手”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20130329-1104534.html  2013年3月29日
  30. ^ “武田勝 左ふくらはぎの張りで4回途中降板「重いものではない」”. スポーツニッポン. http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/03/29/kiji/K20130329005506360.html  2013年3月29日
  31. ^ “日本ハム・武田勝 抹消 左ふくらはぎ筋挫傷”. スポーツニッポン. http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/03/31/kiji/K20130331005512270.html  2013年3月31日
  32. ^ “【日本ハム】武田勝1勝!復帰戦6回0封”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20130428-1119231.html  2013年4月28日
  33. ^ “36歳武田勝 先発278日ぶり勝利「自信になる」”. スポーツニッポン. http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2015/04/06/kiji/K20150406010119510.html  2015年4月6日
  34. ^ “日本ハム 武田勝が引退発表「若手を応援していく気持ちになっていた」”. スポーツニッポン. http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/09/23/kiji/K20160923013409090.html  2016年9月23日
  35. ^ “日本ハム、大谷休ませ本拠地・札幌で足踏み…栗山監督「見ての通り」”. SANSPO.COM (サンケイスポーツ). (2016年9月24日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20160924/fig16092405050002-n1.html 2016年9月24日閲覧。 
  36. ^ “日本ハム武田勝が号泣127キロで三振「11年分」”. 日刊スポーツ. (2016年10月1日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1717987.html 2016年12月3日閲覧。 
  37. ^ “「俺のために日本一になれ!」引退の武田勝、絶叫 夢はまだ終わらない”. スポーツニッポン. (2016年9月30日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/09/30/kiji/K20160930013452630.html 2016年12月3日閲覧。 
  38. ^ “引退の日本ハム武田勝 裏方でポストシーズン同行?”. 日刊スポーツ. (2016年10月2日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1718743.html 2016年12月3日閲覧。 
  39. ^ “武田勝も胴上げ!3度宙に舞い「最高のプレゼント」”. スポーツニッポン. (2016年10月29日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/10/29/kiji/K20161029013627290.html 2016年12月3日閲覧。 
  40. ^ “勝、再出発も技巧派 コーチとフロントの二刀流 独立リーグ・石川に派遣  営業、編成にも挑戦”. 道スポ (北海道新聞). (2016年11月16日). http://dd.hokkaido-np.co.jp/sports/baseball/fighters/1-0338613.html 2016年11月16日閲覧。 
  41. ^ 『2011プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2011年、183頁。ISBN 978-4-930942-98-2
  42. ^ “「肘が相当に曲がっていて」/梨田監督”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2016年9月24日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1714553.html 2016年9月24日閲覧。 
  43. ^ 二宮清純 (2013年5月13日). “「日ハム武田勝の“失うことで得られるもの”」”. 現代ビジネスプレミアム. 講談社. 2016年10月4日閲覧。
  44. ^ 「武田勝からのメッセージ(下)」、北海道新聞2016年11月16日
  45. ^ “武田勝の公約 来季はお立ち台でオカリナ吹く!”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2013年12月13日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/12/16/kiji/K20131216007213230.html?f 2013年12月13日閲覧。 
  46. ^ 「特集 お疲れさま武田勝 涙と笑いの引退セレモニー「勝さんの人望の厚さは自分を犠牲にしたから」」、『財界さっぽろ』2016年11月号、株式会社財界さっぽろ、 105頁、 雑誌04015-11。
  47. ^ 2013年3月26日放映「どさんこワイド」
  48. ^ 2015年11月25日放映分「どさんこワイド」
  49. ^ “ハム武田勝セミに負けず2年連続10勝日”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2010年8月16日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20100816-666499.html 2016年9月30日閲覧。 
  50. ^ “武田勝、青ひげコスプレ披露 5万のオカリナ演奏”. nikkansports.com (日刊スポーツ新聞社). (2016年12月2日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1746242.html 2016年12月2日閲覧。 
  51. ^ “8月15日、日本ハムファイターズ公式フェイスブック”. (2016年8月15日). https://www.facebook.com/fighters.official/posts/1265974263447836 2016年12月5日閲覧。 
  52. ^ “【日本ハム】武田勝引退 元番記者からの「おつかれさま」”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2016年9月23日). http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20160923-OHT1T50042.html 2016年9月23日閲覧。 
  53. ^ a b c d e 「特集 お疲れさま武田勝 涙と笑いの引退セレモニー「独占手記 ありがとうみー太郎」」、『財界さっぽろ』2016年11月号、株式会社財界さっぽろ、 104頁、 雑誌04015-11。
  54. ^ どさんこワイド2013年7月11日放映分より
  55. ^ “武田勝 捨て猫保護のチャリティーやる!”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2009年12月30日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/special/2009npb/fighters/KFullNormal20091230033.html 2009年12月30日閲覧。 
  56. ^ “日本ハムの武田勝が義援金100万円”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2011年3月25日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/03/25/kiji/K20110325000499160.html 2011年3月25日閲覧。 
  57. ^ “ハム武田勝が投手リーダー&選手会副会長”. 日刊スポーツ. http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20111216-877176.html  2011年12月16日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]