田口竜二
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| 基本情報 | |
|---|---|
| 国籍 |
|
| 出身地 | 広島県廿日市市 |
| 生年月日 | 1967年1月8日(52歳) |
| 身長 体重 |
185 cm 88 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 左投左打 |
| ポジション | 投手 |
| プロ入り | 1984年 ドラフト1位 |
| 初出場 | 1986年10月14日 |
| 最終出場 | 1986年10月14日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
この表について
| |
田口 竜二(たぐち りゅうじ、1967年1月8日 - )は、広島県出身の元プロ野球選手(投手)。
来歴・人物[編集]
都城高等学校のエースとして1984年春の選抜に出場。準決勝に進み、KKコンビのPL学園と対戦。桑田真澄と投げ合うが、延長11回サヨナラ負けを喫する[1]。この姿に感動した女子から段ボール箱10個に満杯のファンレターが届いたという。同年夏の選手権にも出場、3回戦で再びPL学園と当たるが1-9で大敗した[2]。1年下のチームメートに遊撃手の田中幸雄がいる。
大型左腕と騒がれ1984年ドラフト1位で南海ホークス入団。しかし怪我により大成することなく1990年引退[3]。引退翌年より打撃投手となる[3]。打撃投手就任後に制球力の高い投手の投球フォームを研究し、実践していく内にフォームが見違えるほど良くなる[3]。首脳陣はそんな田口に注目し、1994年に現役復帰を遂げる[3]。しかし左肘靭帯の故障により1年で引退した[3]。
引退後は用具係、営業職等を経て2005年退団[4]。2006年より医療関連企業の白寿生科学研究所に勤める[4]。同社では営業本部プロモーター部人材開発グループ長としてスポーツ選手のセカンドキャリア支援を多く手掛けており、現在『週刊ベースボール』にてセカンドキャリア支援に関する連載も受け持っている。
詳細情報[編集]
年度別投手成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
登 板 |
先 発 |
完 投 |
完 封 |
無 四 球 |
勝 利 |
敗 戦 |
セ 丨 ブ |
ホ 丨 ル ド |
勝 率 |
打 者 |
投 球 回 |
被 安 打 |
被 本 塁 打 |
与 四 球 |
敬 遠 |
与 死 球 |
奪 三 振 |
暴 投 |
ボ 丨 ク |
失 点 |
自 責 点 |
防 御 率 |
W H I P |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1986 | 南海 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 6 | 1.0 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 9.00 | 3.00 |
| 通算:1年 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | -- | ---- | 6 | 1.0 | 1 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 1 | 9.00 | 3.00 | |
記録[編集]
背番号[編集]
- 28 (1985年 - 1988年)
- 56 (1989年 - 1990年)
- 114 (1991年 - 1993年)
- 59 (1994年)
- 116 (1996年 - 1998年)
脚注[編集]
関連項目[編集]
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