清田育宏

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清田 育宏
千葉ロッテマリーンズ #1
Ikuhiro Kiyota2011.jpg
2011年
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 千葉県鎌ケ谷市
生年月日 (1986-02-11) 1986年2月11日(34歳)
身長
体重
180 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 2009年 ドラフト4位
初出場 2010年5月24日
年俸 6,000万円(2020年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

清田 育宏(きよた いくひろ、1986年2月11日 - )は、千葉県鎌ケ谷市出身のプロ野球選手外野手)。右投右打。千葉ロッテマリーンズ所属。

来歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

父の実家は鎌ケ谷市の名産である農家[2]市立柏高時代は投手で、球速は最速で140km/h前半。制球も良く、スカウトから注目されていたが、東洋大学へ進学。野球部でも投手を務めたが、大学3年間のプレー成績が不安定だったことから野手へ転向。4年春には打順4番で3本塁打・14打点の打撃成績を残しベストナインに輝いた。

大学卒業後はNTT東日本に入社した。野球部では入社1年目の2008年第79回・翌2009年には第80回と2年連続出場。特に第79回はJR東日本の補強選手として出場、この時後にチームメートとなる木村雄太東京ガスから補強)とも一緒にプレーしている[3]

2009年のプロ野球ドラフト会議にて、地元の千葉ロッテマリーンズから4位指名を受けた。また、清田と同い年の右打ち外野手である荻野貴司が1位指名を受けたこともあってロッテへの入団にためらいはあったものの[4]、1位と同等の年俸と背番号1を用意され無事入団にこぎつけた。

プロ入り後[編集]

2011年8月6日、QVCマリンフィールドにて

2010年は、春季キャンプで左脇腹を痛め、開幕は二軍で迎えたが、5月に右膝を負傷した荻野貴と入れ替わりに一軍に昇格。5月24日の阪神タイガース戦(阪神甲子園球場)で福浦和也の代走としてプロ初出場を果たすと、同26日の広島東洋カープ戦(千葉マリンスタジアム)で、ソリアーノからプロ初安打を放つ。8月4日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦(クリネックススタジアム宮城)でプロ初本塁打を放つと、その後はスタメン出場する機会も増え、最終的に64試合に出場。打率.290、2本塁打、18打点という成績を残した。クライマックスシリーズファイナルステージ第2戦では、和田毅から本塁打を放った。パリーグの新人選手がプレーオフ[注 1]で本塁打を放ったのは清田が初めてとなった[5]。さらに第5戦でも森福允彦から本塁打を放った。新人選手がポストシーズンで複数の本塁打を放ったのは読売ジャイアンツ長嶋茂雄原辰徳仁志敏久以来、4人目であり、パリーグでは初となった[6]日本シリーズ第1戦では、吉見一起から、1958年の長嶋以来52年ぶりとなる、新人の初戦本塁打を放ち、一躍時の人になった[7]。これでポストシーズン3本目の本塁打となり、長嶋、原、仁志の2本を超え、新人記録を更新した[8]。さらに第3戦では同点の4回に山井大介から3点適時三塁打を放ち、1986年清原和博以来、24年ぶりとなる新人選手の日本シリーズでの勝利打点を記録[9]。第5戦では中田賢一から2点適時打を放ち、岩下光一、原、上川誠二のもつ、日本シリーズでの新人打点記録の6打点に並んだ[9][10]。最終的に全7試合にフル出場し30打数10安打1本塁打6打点の活躍を見せ、MVPこそ今江敏晃に譲ったものの、優秀選手賞を獲得した[11]

2011年は、プロ入り後初の開幕一軍を果たした[12]が、中堅手のレギュラーの座を岡田幸文に奪われ、前半戦は伊志嶺翔大と、後半戦は角中勝也と併用される形で、主に右翼手として出場。6月1日の東京ヤクルトスワローズ戦(ZOZOマリンスタジアム)で死球を受け骨折し[13]、途中離脱したこともあったが、前年を上回る72試合に出場し、打率.244、3本塁打、25打点という成績を残した。左投手相手には打率.330と強さを見せたが、右投手相手には打率.178とあまり打てなかった。また、本塁打は少なかったが規定打席未到達者の中ではトップタイ(リーグ14位タイ)の21二塁打を記録した。

2012年1月1日に高校時代の同級生と結婚した[14]。2年連続の開幕一軍入りを果たし、3月30日に行われた楽天との開幕戦(日本製紙クリネックススタジアム宮城)に「1番・右翼手」として先発出場。自身初の開幕スタメンに名を連ねた。しかし、7月末までに65試合の出場で打率.232と低調で、8月初頭に出場選手登録を抹消された。1か月余りを二軍で過ごし、9月12日に一軍復帰したあとは.383の打率を残す等打撃も好調[15]。シーズン最後の2試合では4番打者として起用された[15]。最終的な打率を.281まで上げ、契約更改では400万円増の3000万円で更改した。

2013年は、故障防止のため10kgほど減量してシーズンに臨み、3年連続となる開幕一軍を果たした。3月29日に行われたオリックス・バファローズとの開幕戦(QVCマリン)では「7番・右翼手」で先発出場した。最終的に68試合の出場と前年よりも出場試合数を減らし、打率は.255だった。クライマックスシリーズでは、7試合で打率.313と活躍したが[16]、チームはファイナルステージで敗退した。

2014年は、オープン戦で規定未満ながら打率.395と結果を残し[15]、3月28日に行われた福岡ソフトバンクホークスとの開幕戦(福岡ヤフオク!ドーム)に「1番・中堅手」として先発出場。4月4日から6日の北海道日本ハムファイターズ戦にかけて3打席連続で本塁打を放つ[17]など、序盤は長打力を発揮したものの、確実性を欠き、一軍と二軍を行き来するシーズンとなった。出場試合数はプロ入り後最少となる24試合に留まり、打率も.170と、2割を切った。しかし、この年に放った8安打のうち7安打が長打、内4安打が本塁打と、大器の片鱗を見せた[18]

2015年は、シーズン序盤はスタメンを外れることが多かったが、5月に入ると「1番・右翼手」に定着[18]。この年は打席の中での立ち位置を心持ち本塁ベースから離れるようにし、追い込まれてからは足を上げずに打つノーステップ打法に変更。コンパクトに振りぬき内角にも対応できるようになったこともあり[19]、5月9日の埼玉西武ライオンズ戦(QVCマリン)で猛打賞を記録してから、5月16日の楽天戦(Kスタ宮城)まで球団新記録となる4試合連続猛打賞[20]、5月20日の西武戦(西武プリンスドーム)まで4試合連続マルチ安打[21]、6月9日の中日ドラゴンズ戦(QVCマリン)まで23試合連続安打を記録[22][23]。5月は24試合に出場し、打率.396、6本塁打で、2010年9月の西岡剛に次ぐ球団2位タイとなる月間40安打を放ち[24]、一時は首位打者にも立った[18]。6月12日の巨人戦(QVCマリン)ではバスターで決勝の本塁打を放つ離れ業を見せた[25]。6月29日にはオールスターゲームに選手間投票で初選出され[26]、7月17日の第1戦で菅野智之から一時勝ち越しとなる3点本塁打を放ち、敢闘選手賞を受賞した[27]。7月16日には第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出されたことが発表された[28]。オールスターゲーム以後は、主に「3番・右翼手」として起用された[29]。8月7日のソフトバンク戦ではバンデンハークからプロ入り2回目となる危険球を顔面に受けて途中交代、そのまま病院へ直行し唇を4針縫った[30]が、翌日にはベンチ入り、翌々日には代打で出場しファンに元気な姿を見せた[31]。9月10日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表候補選手に選出されたことが発表された[32]。9月22日の楽天戦(QVCマリン)で三塁へスライディングした際に背中を痛め、10月2日の楽天戦(QVCマリン)では守備でヘッドダイビングした際に右肩を痛め、翌日右肩関節捻挫と診断されるなど、シーズン終盤は満身創痍だった[16]。それでも、最終的に130試合に出場(うち125試合に先発)して、自身初めての規定打席到達。リーグ4位となる打率.317、15本塁打、67打点を記録。特に打率はパ・リーグの右打者に限ればトップの記録となった[15]クライマックスシリーズファーストステージでは、第1戦で適時打と本塁打を放ち勝利に貢献すると、ファイナルステージ第1戦でも先制適時打を放ったが、日本シリーズ進出はならなかった[16]。シーズンオフには、ベストナインゴールデングラブ賞を初受賞し、飛躍のシーズンとなった[15]

2016年は、開幕前の2月15日に「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」の日本代表26名に選出されたことが発表された[33]。シーズンでは、3月25日に行われた北海道日本ハムファイターズとの開幕戦に「3番・右翼手」として開幕スタメン。その後も3番として起用されたが、調子が上がらず、6番や7番に降格したこともあった[34]。3番に復帰した5月7日のオリックス戦(QVCマリン)では、同点弾に加え、プロ初のサヨナラヒットを放つ活躍を見せた[34]が、5月以後も徐々に調子が上がらず、7月13日に一軍登録を抹消された。終盤に戻ってくると調子を上げてきたが、9月8日の西武戦で郭俊麟から、プロ3回目となる頭部死球を受け登録抹消[35]。再び一軍に戻ってくると今度は9月21日の楽天戦で美馬学から、プロ入り後4回目となる頭部死球を受け、同じ月に二度頭部死球を受けるという事態が起きた[35]。通算4度目の危険球は日本記録となった(当時)[36]。最終的に、前年と同様、主に右翼手として106試合に出場(うち95試合に先発)したが、打率.225、6本塁打、38打点と前年から大きく成績を落としてしまい、規定打席にわずかに届かないなど、不本意なシーズンになってしまった。クライマックスシリーズファーストステージは2戦とも「1番・右翼手」として出場。第一戦目に千賀滉大、二戦目はバンデンハークからそれぞれ初回先頭打者ホームランを放ち、プレーオフ・日本シリーズ含め、ポストシーズン初の2試合連続初回先頭打者ホームランという記録を残した[37]。しかしチームは敗れ、ファイナルステージ進出とはならなかった。シーズンオフの12月3日に、300万円ダウンの年俸5700万円で契約更改したが、その際、「納得いく打席が少ない、本当に苦しい1年でした」と述べている[38]

2017年は、5月14日の日本ハム戦(東京ドーム)でメンドーサからプロ入り後5回目となる頭部死球を受けた[39]。5月26日のオリックス戦(ZOZOマリンスタジアム)では自身2度目となるサヨナラ打を[40]、翌日の同カードでは先制打を放ち、2日連続でお立ち台に上がる活躍を見せる[41]こともあったが、好不調の波が激しく、シーズンを通して一軍と二軍を往復する日々が続き、79試合の出場で打率.203、3本塁打という結果に終わった。

2018年は、2月下旬に左ふくらはぎ肉離れで離脱したが、開幕4戦目から一軍に復帰[42]。5月24日の日本ハム戦(ZOZOマリン)では、自身3度目となるサヨナラ打を放ち[43]、月間サヨナラ賞を初受賞した[44]。しかし、この年は岡大海がトレードで加入し、平沢大河が右翼手に挑戦したこともあり、後半戦は出場機会が減少[45]。最終的に96試合で打率.226、2本塁打、27打点の成績を残した。

2019年は、オープン戦で打率.412の好成績をマーク[46]し、1軍で開幕を迎える。同じ外野手で前年ドラフト1位ルーキーの藤原恭大に経験を積ませるチーム方針もあり、シーズン序盤は代打での起用が主だったが、少ない機会で結果を残して徐々にスタメン出場を勝ち取ると、「7番・右翼手」で出場した5月9日の西武戦(県営大宮)で3安打1打点と活躍し、勝利に貢献する[47]と、これ以降はほぼレギュラーに定着。打率.340と調子を上げると、5月16日以降は不調だった中村奨吾に代わり、主に3番打者として起用された[48]。 5月21日のオリックス戦(京セラドーム大阪)から同25日のソフトバンク戦(ZOZOマリン)にかけて、チームの日本人選手では09年5月9~13日の井口資仁(現監督)以来10年ぶりとなる、4試合連続本塁打を記録[46]。6月6日の阪神戦(ZOZOマリン)では1点ビハインドの9回裏2死2塁の場面でクローザーのドリスから同点適時打を放つ[49]など、要所で活躍し打線を支えた。6月に調子を落とし、7月にはマーティンが加入したことにより、再び代打での出場が増えた[50]が、7月28日の楽天戦(ZOZOマリン)で自身4度目のサヨナラ安打を放ち[50]、8月6日の日本ハム戦(ZOZOマリン)では、人生初となるサヨナラ本塁打を放った[51]。このサヨナラ本塁打で、2度目の月間サヨナラ賞を受賞した[52]。9月23日の日本ハム戦(ZOZOマリン)では西村天裕から、プロ入り後6回目となる頭部死球を受けるもスライダーがすっぽ抜けた投球だった為、危険球とはならなかった。最終的にシーズンを通して1度も登録抹消される事なく一軍に帯同し、117試合に出場、打率.253、10本塁打、57打点を記録し、自身5年振りとなる二桁本塁打を達成した。

2020年は、角中勝也菅野剛士らと併用される形で、主に左翼手として70試合に出場。打率.278、7本塁打、23打点という成績を残した。特に代打では、21試合の出場で、打率.500、2打点、出塁率は.619と、結果を残した[53]。10月6日に新型コロナウイルスに感染したことで出場選手登録を抹消された[54]が、それ以外で登録抹消されることはなかった。新型コロナウイルス感染から復帰後は、10月23日のオリックス戦(京セラドーム)で5年ぶりとなる1試合2本塁打を放つ[55]など、16試合で打率.333、4本塁打、7打点と好調で、シーズン最終盤の10月31日からは不振の安田尚憲に代わって4番として出場[56]。翌11月1日の楽天戦(ZOZOマリン)では4番として初の本塁打を放ち、史上13人目の全打順本塁打を達成した[57]クライマックスシリーズでは、第1戦に「4番・指名打者」、第2戦に「3番・指名打者」として先発出場し、打率.375(8-3)と活躍したが、チームは共に敗戦し、日本シリーズ進出はならなかった。

選手としての特徴[編集]

広角に打ち分けるバッティングを得意とし[24]、特に右方向へ鋭い打球を打つことな定評がある[7]

ドラフト会議で指名された際の、スカウトのコメントは「パワーある打撃に加え、肩の強い守備が特徴。全てに可能性がある選手。」[58]

頭部死球を受けることが多く、2010年9月16日にソフトバンクの甲藤啓介から[59]、2015年8月7日にソフトバンクのバンデンハークから[30]、2016年9月8日に西武の郭俊麟から[35]、同21日に楽天の美馬学から[35]、2017年5月14日に日本ハムのメンドーサから[39]、2019年9月23日に日本ハムの西村天裕から[注 2]と、計6回受けている。また、2017年に参加したフェニックスリーグでのサムスン・ライオンズ戦でも頭部死球を受けている[60]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2010 ロッテ 64 223 186 34 54 11 0 2 71 18 5 1 11 1 19 0 6 51 3 .290 .373 .382 .755
2011 78 262 238 16 58 21 0 3 88 25 2 1 3 3 15 0 3 63 2 .244 .293 .370 .663
2012 87 292 253 28 71 15 2 3 99 29 5 5 3 2 34 1 0 46 5 .281 .363 .391 .754
2013 68 223 184 23 47 9 2 3 69 18 3 2 6 2 29 0 2 51 5 .255 .359 .375 .734
2014 24 59 47 8 8 2 1 4 24 10 0 1 2 0 8 0 2 16 1 .170 .316 .511 .826
2015 130 548 489 67 155 38 4 15 246 67 10 4 0 2 54 0 3 93 11 .317 .387 .503 .890
2016 106 417 365 39 82 17 1 6 119 38 5 0 3 0 40 2 9 76 12 .225 .316 .326 .642
2017 79 263 231 28 47 8 1 3 66 21 3 0 5 0 24 0 3 61 8 .203 .287 .286 .573
2018 96 303 261 18 59 10 1 2 77 27 2 2 6 4 32 3 0 63 8 .226 .306 .295 .601
2019 117 377 336 49 85 8 2 10 127 57 1 3 2 2 35 1 2 77 6 .253 .325 .378 .703
2020 70 209 180 18 50 13 0 7 84 23 0 0 5 0 22 2 2 52 6 .278 .363 .467 .829
通算:11年 919 3176 2770 328 716 152 14 58 1070 333 36 19 46 16 312 9 32 649 67 .258 .339 .386 .725
  • 2020年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績[編集]



外野












2010 ロッテ 59 101 2 2 1 .981
2011 67 139 4 1 0 .993
2012 82 186 3 3 0 .984
2013 63 131 3 2 1 .985
2014 24 26 1 0 0 1.000
2015 126 232 4 0 0 1.000
2016 105 167 1 1 1 .994
2017 75 114 1 2 1 .983
2018 92 136 4 1 0 .993
2019 80 108 4 0 1 1.000
2020 28 30 0 0 0 1.000
通算 801 1370 27 12 5 .991

表彰[編集]

記録[編集]

その他の記録
  • 日本シリーズ新人初戦本塁打:2010年10月30日、対中日ドラゴンズ1回戦(ナゴヤドーム)※長嶋茂雄以来52年ぶり
  • 日本シリーズ新人選手通算最多打点:6(2010年)※NPBタイ記録[10]
  • ポストシーズン新人選手通算本塁打:3(2010年)※NPB記録[8]
  • 4試合連続猛打賞(2015年5月9日 - 16日) ※球団記録、パ・リーグ史上7人目[61]
  • ポストシーズン2試合連続先頭打者本塁打(2016年10月8日・9日) ※史上初[37]
  • 全打順本塁打:2020年11月1日、対東北楽天ゴールデンイーグルス24回戦(ZOZOマリンスタジアム)、4番で先発出場、1回裏に瀧中瞭太から左越2ランを放ち達成 ※史上13人目[57][62]
  • オールスターゲーム出場:1回 (2015年

背番号[編集]

  • 1 (2010年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 2004〜2006年のプレーオフ、2007年〜のクライマックスシリーズのことを指す。
  2. ^ スライダーがすっぽ抜けただけのため、危険球とは判断されなかった

出典[編集]

  1. ^ ロッテ - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2020年8月20日閲覧。
  2. ^ 佑に対抗ロッテ清田 鎌ケ谷は僕の町
  3. ^ 2年目の第80回は自チームで出場。
  4. ^ ロッテ4位清田、順位納得せず入団拒否も”. nikkansports.com (2009年11月5日). 2012年1月7日閲覧。
  5. ^ 【ロッテ】清田初回弾「真芯に」/CS”. 日刊スポーツ (2010年10月15日). 2020年11月29日閲覧。
  6. ^ ロッテ清田新人4人目ポストS2発/CS”. 日刊スポーツ (2010年10月19日). 2020年11月29日閲覧。
  7. ^ a b ロッテ・清田育宏に、ファンが心の奥底で望んでいることとは?”. spaia (2019年5月26日). 2020年12月1日閲覧。
  8. ^ a b 清田PS男だ同点弾!ロッテ先勝/日本S”. 日刊スポーツ (2010年10月31日). 2020年11月29日閲覧。
  9. ^ a b ロッテのキヨ!元祖以来新人V打/日本S”. 日刊スポーツ (2010年11月3日). 2020年11月29日閲覧。
  10. ^ a b ロッテ清田6打点 新人最多タイ/日本S”. 日刊スポーツ (2010年11月5日). 2020年11月29日閲覧。
  11. ^ 【ロッテ】今江がMVP獲得/日本S”. 日刊スポーツ (2010年11月8日). 2020年11月29日閲覧。
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  15. ^ a b c d e 清田選手”. 株式会社パムス. 2020年12月1日閲覧。
  16. ^ a b c 【球界ここだけの話(330)】ロッテ・清田、実は重傷だった右肩捻挫…最後のもうひと踏ん張りを期待”. サンケイスポーツ (2015年10月16日). 2020年12月3日閲覧。
  17. ^ 清田2試合で3連発 4発目は「打ちたかったけど甘くない」”. スポニチ Sponichi Annex (2014年4月7日). 2015年1月8日閲覧。
  18. ^ a b c ロッテ・清田育宏「崖っぷちの未完の大器から、首位打者への挑戦」”. ベースボールキング (2015年6月1日). 2020年12月1日閲覧。
  19. ^ スタイル変え大化け ロッテ清田、22試合連続安打中”. 日本経済新聞 (2015年6月9日). 2020年12月1日閲覧。
  20. ^ ロッテ・清田、5試合連続猛打賞ならず それでも2安打で5戦連続マルチ”. ベースボールキング (2015年5月17日). 2020年12月1日閲覧。
  21. ^ 敬遠気味にブーイング…ロッテ清田 連続試合マルチ7で止まる”. スポーツニッポン (2015年5月22日). 2020年12月1日閲覧。
  22. ^ ロッテ清田育宏の原動力とは 22試合連続安打中の首位打者が見せた決意”. full-count (2015年6月8日). 2020年12月1日閲覧。
  23. ^ ロッテ清田「力不足」連続試合安打23でストップ”. 日刊スポーツ (2015年6月10日). 2020年12月1日閲覧。
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]