吉田一将

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吉田 一将
オリックス・バファローズ #14
20140316 Kazumasa Yoshida, pitcher of the ORIX Buffaloes, at Yokohama Stadium.JPG
2014年3月16日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 奈良県橿原市
生年月日 (1989-09-24) 1989年9月24日(29歳)
身長
体重
191 cm
94 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 投手
プロ入り 2013年 ドラフト1位
初出場 2014年4月6日
年俸 3,000万円(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
派遣歴

吉田 一将(よしだ かずまさ、1989年9月24日 - )は、奈良県橿原市出身のプロ野球選手投手)。右投左打。オリックス・バファローズ所属。

JR東日本硬式野球部時代
(2013年10月31日、京セラドーム大阪にて)

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

鴨公小学校2年時から鴨公クラブで野球を始める[2]。八木中学時代は香芝ボーイズに所属し、3年次に全国大会に出場。同年次に青森山田中学校に転入した。

そのまま内部進学した青森山田高校では硬式野球部に所属。二年先輩に柳田将利(元ロッテ)がいた。同校は2年夏と3年夏の全国高等学校野球選手権大会に出場するも、身長の急速な伸びに体全体の成長がついていけないが故に慢性的に故障を抱えていた[3]吉田は、一年先輩の野田雄大(元東芝)や同期の石井裕大(元西濃運輸)らの陰に隠れた控え投手であり甲子園での登板機会は無かった[4]

日本大学入学後リハビリと本格的なウェートトレーニングが功を奏し、基礎体力が付き怪我もなくなった。2年春にリーグ戦デビューし、3年春からは主戦を務めるようになる。4年春には東都二部リーグながら4勝、入れ替え戦でも國學院大学相手に完封勝利を挙げ一部昇格に大きく貢献し、二部最優秀投手にも選出される。4年秋は初の一部リーグで3勝6敗と負け越すもフル回転し、12試合73回2/3を投げ防御率はリーグ9位の2.69という成績を残しチームの一部残留に貢献した。

大学卒業後はJR東日本に入社し硬式野球部に所属。大学時代はスリークォーター気味だった投球フォームを山本浩司投手コーチの助言で変え、長身を活かしたオーバースローに戻したところ潜在能力が完全開花。即戦力として期待された白崎勇気が故障で出遅れた[5]こともあり春先から主戦を担い、プロ入りした前エース十亀剣の穴を埋める活躍を見せた。同年の第83回都市対抗野球大会では全5試合26イニングに登板(うち4試合に先発)し、2勝(1敗)防御率0.69の活躍でチームの準優勝に貢献。敢闘賞にあたる久慈賞と新人賞にあたる若獅子賞を同時受賞した(両賞の同時受賞は第73回大会の平野佑介投手(Honda熊本(九州三菱自動車から補強))以来大会史上10年ぶり2人目)。秋の日本選手権でもチームは準優勝。吉田自身は3試合に先発し2勝(1敗)防御率2.41でこちらも敢闘賞を受賞した。

社会人2年目のシーズンも安定感は相変わらずで、4月の第42回JABA四国大会で初優勝に導き、自身もMVPに輝く。第84回都市対抗野球大会では、予選こそ第二代表決定戦でセガサミー・浦野博司との投手戦に敗れるなどして東京都第三代表に甘んじたが、本戦では準決勝までの4試合中2試合に先発し17回2/3を投げ被安打4、無失点と圧巻の投球を見せる。しかし前年の雪辱を誓ったJX-ENEOSとの決勝では、初回3者連続三振の立ち上がりも2回に打球が肘に当たり緊急降板。結局後続投手が打たれ、吉田に決勝点となる自責点も付いて敗戦投手となり、チームも無念の準優勝に終わった。

2013年度のプロ野球ドラフト会議では、即戦力投手の目玉として複数球団からの1巡目入札が予想されたが、オリックス・バファローズが単独で1巡目指名。出来高分を含む契約金1億5,000万円、年俸1,500万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は14

プロ入り後[編集]

2014年、公式戦開幕直後の4月6日に、先発投手として対埼玉西武ライオンズ戦(京セラドーム大阪)で一軍デビュー。4月20日の同カード(西武ドーム)で一軍初勝利を挙げたが、以降の登板試合で制球が安定しなかったため、セ・パ交流戦期間中に出場選手登録を抹消された。一軍に復帰した7月には、3試合で19.1イニングを投げて1失点と安定。しかし、シーズン終盤に再び調子を落としたため、一軍公式戦全体では5勝6敗と負け越した。

2015年、公式戦の開幕前に左脇腹痛を発症。5月26日の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)に先発投手としてシーズン初の一軍マウンドに臨んだが、4点の援護を受けながら3点を失って1回1/3で降板。翌27日に出場選手登録を抹消された。8月の再登録後も先発に起用されものの、登板試合で5戦全敗を喫したため、9月中旬から中継ぎに転向。9月10日の対千葉ロッテマリーンズ戦(QVCマリンフィールド)でシーズン初勝利、12日の同カードでプロ入り初ホールドを挙げた。シーズン終了後には、山﨑福也と共にプエルトリコウィンターリーグへ派遣。帰国後の契約更改では、9歳年上の一般女性と1月に結婚したことを公表した。

2016年、救援要員として4月中旬にシーズン初の一軍昇格を果たすと、19日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦(東京ドーム)で一軍初セーブを挙げた。シーズン全体では、塚原頌平と共に、一軍のセットアッパーとして活躍。先発登板の機会はなかったが、塚原と並んでチーム2位の54試合に登板すると、5勝2敗1セーブ、チーム最多の21ホールド・26ホールドポイント、防御率2.66という成績を残した。

2017年は29試合に登板。うち2試合は先発で登板し、9月29日のロッテ戦でプロ初完封勝利を挙げた[6]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2014 オリックス 15 14 0 0 0 5 6 0 0 .455 318 75.2 70 9 24 0 2 62 2 0 34 32 3.81 1.24
2015 14 6 0 0 0 1 5 0 1 .167 191 42.2 51 7 19 2 1 25 1 0 28 25 5.27 1.64
2016 54 0 0 0 0 5 2 1 21 .714 204 50.2 37 4 16 0 3 36 3 0 17 15 2.66 1.05
2017 29 2 1 1 0 2 1 0 6 .667 166 43.0 25 6 14 1 0 31 1 0 13 13 2.72 0.91
NPB:4年 112 22 1 1 0 13 14 1 28 .481 713 212.0 183 26 73 3 6 154 7 0 92 85 3.61 1.21
  • 2017年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



投手












2014 オリックス 15 3 11 0 1 1.000
2015 14 3 9 2 0 .857
2016 54 1 6 0 0 1.000
2017 29 1 7 0 2 1.000
通算 112 8 33 2 3 .953
  • 2017年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録

背番号[編集]

  • 14 (2014年 - )

登場曲[編集]

アマチュア時代[編集]

主な表彰・タイトル

代表歴[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ オリックス - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2018年6月2日閲覧。
  2. ^ 週刊ベースボール別冊秋嵐号 ドラフト候補名鑑』、ベースボール・マガジン社、2013年、53頁
  3. ^ 『ホームラン』2013年11月号、廣済堂出版、2013年、20頁
  4. ^ 『週刊ベースボール別冊秋嵐号 ドラフト候補名鑑』、ベースボールマガジン社、2013年、52頁
  5. ^ 『グランドスラム』、41巻、小学館、2013年、11頁。ISBN 978-4-09-102377-3
  6. ^ 吉田一、プロ初完封にびっくり「先発でヒーローインタビューできるとは」スポニチ 2017年9月29日掲載
  7. ^ オリックス4位確定 マレーロ10万号 吉田一はプロ初完封”. スポニチ Sponichi Annex (2017年9月29日). 2017年9月29日閲覧。
  8. ^ チーム情報 - 選手登場曲”. オリックス・バファローズ オフィシャルサイト. 2017年8月13日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]