笠原祥太郎

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本来の表記は「笠原祥太郎」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。
笠原祥太郎
中日ドラゴンズ #47
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 新潟県新潟市秋葉区
生年月日 (1995-03-17) 1995年3月17日(23歳)
身長
体重
177 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2016年 ドラフト4位
初出場 2017年6月30日
年俸 1,200万円(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

笠原 祥太郎(かさはら しょうたろう、1995年3月17日 - )は、新潟県新潟市秋葉区出身のプロ野球選手投手)。左投左打。中日ドラゴンズ所属。名前の「」は正確には示へんを崩さずに「」と書く。

経歴[編集]

「逆転サヨナラ負け」の高校時代[編集]

小学校2年生の時に、姉[注釈 1][2]からキャッチボールに誘われたことをきっかけに、野球に興味を持ち、地元の少年スポーツクラブに加入し、中学(新潟市立新津第二中学校)では軟式野球部に所属した[3]

県立新津高校に進学すると、2年生(2011年)春からエース番号を与えられるが、当時は平凡な投手であり、夏の大会は2年時に県予選1回戦の帝京長岡戦で敗退。2対1でリードして9回裏2アウトランナーなしから、三振振り逃げ、内野安打、エラー、押し出しが重なり、逆転サヨナラ負けを喫した。3年時(2012年)も県予選で2回戦の県内強豪の新潟明訓戦で敗退。ここでも、4対3と1点をリードして9回裏に入ったものの、自身のバント処理の失敗などから、逆転サヨナラ負けを喫した[4]。結果として、公式戦2勝にとどまり、球速も最速130キロ台半ばでこちらも平凡であった。

新潟医療福祉大学で急成長[編集]

新潟医療福祉大

高校野球生活が終わった笠原は、理学療法士を目指し、地元の新潟医療福祉大学を志望して、受験勉強に打ち込むことになった[5]。ところが、3年時に負けた新潟明訓野球部監督の佐藤和也が新潟医療福祉大学に新設される野球部の監督に就任するという噂を聞きつけると、スパルタと無縁の名将を慕い、志望学科も健康スポーツ学科に変更し、一般受験で進学し、大学でも野球を続けることになった[6][7]。しかし、当初はプロ野球は念頭になく、「社会人野球に進めればいいかなという程度」であった[4]。佐藤も「入ってきた時はコントロールが全然駄目。経験もないので、すぐにひるんだりしていた」と評している。

ところが、硬式野球部は強化指定クラブに指定されており、新たな練習環境で体も大きくなった笠原の球速は2年冬のトレーニングから一気に増した。入学直後から登板機会も多くメンタル面も強化され、成長曲線は急カーブを描き、3年生(2015年)秋には、笠原の活躍もあり、新潟医療福祉大学も関甲新学生リーグの1部に昇格した。チーム内では、全体練習の時間は短く、自主練習の時間が長かったため、自分で考える力を養うことになった[8]。そして、その年の秋リーグでは、リーグ新記録の73奪三振(投球回:55回1/3)をマークし、プロのスカウトの注目を集めるようになる。

2016年春のリーグでは、同大は2位で優勝は逃したものの、笠原個人は6勝(0敗)・防御率0.72・奪三振64と、すべてでリーグ最高を記録する大健闘、球速は147km/hまでアップし、同大と練習試合を行った関東の強豪大学の監督らは、笠原を「No.1左腕」と口をそろえて評した[9]。笠原自身もプロ入りを意識するようになり、下半身を中心にさらに強化し、体重も入学時の74kgから85kgに増量した。その結果、4年生になった2016年6月には、大学日本代表選考会のメンバー50人にも選出された。しかし、2泊3日の選考に挑むも、そこでは落選した。7月に第40回日米大学野球選手権が開幕し、ハードオフエコスタジアム新潟で2試合が開催され、笠原は内野スタンドで球拾いを担当することになった。笠原は、「その試合、先発の柳(裕也)がすごくて。カーブで三振の山を築いていました。決勝タイムリーは京田(陽太)でした」[4]と振り返るが、柳と京田とは後に中日ドラゴンズでチームメートとなる。

ドラフトを意識するようになった4年の秋リーグでは大きく調子を崩すが、2016年10月、ドラフト会議において中日ドラゴンズから4位で指名され、同11月21日に契約金4000万円、年俸800万円で合意し、入団した[10]新潟県の大学から、社会人野球などを経ずにNPB入りしたのは笠原が初めてであった[11]

プロ入り後[編集]

1年目[編集]

ルーキーイヤーの2017年6月30日、公式戦で中継ぎとして初登板。以後8月末までに16回2/3を投げ、防御率4.86ながら17奪三振(奪三振率9.18)を記録して三振が取れるポイントをアピールした。9月からは先発に回って9月1日に4回2失点、9月8日に5回1失点と着実に成果を上げ、3回目の登板となった9月18日は8回を投げて被安打2、無失点に抑えて初勝利を飾るなど、先発投手が不足しているチーム事情の中で存在感を示した。9月24日の登板でも7回2失点と、勝ち負けはつかなかったものの、試合を作り、先発の役割を果たした。 同年10月3日、自身最終戦となった試合では被安打3と好投し、初完投を果たしたが、味方の援護がなく負け投手となった。同年、先発に転向してからの成績は合計5試合で32回を投げて1勝2敗、被安打18、自責点8、防御率2.25、奪三振率7.31と健闘した。しかし同時に与四死球22(与四死球率6.19)を記録した。

2年目[編集]

2年目の2018年シーズンは、開幕ローテーション入りを果たした。ところが、4月25日の巨人戦で1アウトも取れずに6失点し、さらに5月13日の巨人戦で1回2/3を5失点で降板すると、翌日、登録抹消になった。2軍降格後に初登板となった5月20日のオリックス戦では、2回終了時点で6安打4失点となったところで、小笠原孝コーチから「顔から全く自信を感じない。これではチームの士気に関わる。打たれてもいい。四球を出してもいい。3回から自信満々で投げてみないか」と一喝され、自信を取り戻したという[4]。そして、6月15日、昇格後の西武戦では、立ち上がりに四球を連発するものの、動じることなく、7回2安打無失点の好投を見せた。「自信」の二文字は、プロ入り後に大学の監督からもらった色紙に書かれていた言葉でもあり、笠原にとって「最も大切な言葉」になった[4]

人物[編集]

2018年1月5日に入籍。相手は高校1年時の同級生で保育士の一般女性。笠原は「(自分は)人見知りなんで会話が続かないとキツイ。(相手が)しゃべってくれるタイプなので、それが楽でいい」との事。挙式は2018年オフの予定[12]。家庭では、新潟の言葉で通しており、チームメートの小笠原慎之介からも「優しいし、方言も使うので面白い人」、「笠原さんはその優しさがマウンドで出ない」と評されている[5]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2017 中日 18 5 1 0 0 1 3 0 0 .250 206 48.2 38 4 21 1 7 43 0 0 17 17 3.14 1.21
NPB:1年 18 5 1 0 0 1 3 0 0 .250 206 48.2 38 4 21 1 7 43 0 0 17 17 3.14 1.21
  • 2017年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録
  • 初打席:2017年9月1日、対阪神タイガース21回戦(阪神甲子園球場)、3回表に青柳晃洋から投ゴロ
  • 初安打:2017年10月3日、対横浜DeNAベイスターズ24回戦(横浜スタジアム)、5回表に綾部翔から中前安打
  • 初打点:2018年7月24日、対横浜DeNAベイスターズ15回戦(浜松球場)、2回裏に井納翔一から適時中安打

背番号[編集]

  • 47 (2017年 - )

登場曲[編集]

  • 「ピースサイン」米津玄師(2017年)
  • 「英雄」doa(2018年-)

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 姉も大学まで硬式野球を続け、女子硬式野球部のある埼玉栄高校から防衛大学校に進んで男子硬式野球部に所属していた。ポジションは捕手。

出典[編集]

  1. ^ 中日 - 契約更改 - プロ野球”. 日刊スポーツ. 2018年6月13日閲覧。
  2. ^ 白球に代え、「パイロットの夢」追う 防衛大学校硬式野球部唯一の女子部員、笠原千鶴さん(22) 産経ニュース
  3. ^ 新潟県の大学から初のプロ誕生!越後のドクターK笠原祥太郎 - BBCrix 2017年10月23日。
  4. ^ a b c d e 高校時代の苦い記憶……中日の“名もなき左腕”笠原祥太郎は、英雄になれるか―文春野球コラム ペナントレース2018 - 若狭敬一、文春オンライン、2018年7月10日。
  5. ^ a b ドラゴンズ笠原祥太郎投手がオススメの新潟グルメは“イタリアン”? - ドラ魂KING、2017年12月07日。
  6. ^ BSN NEWS ゆうなび 2016年6月
  7. ^ 月刊ドラゴンズ2017年11月号
  8. ^ 硬式×軟式野球対談 - 『新潟医療福祉大学同窓会誌GOTOH』13号、2017年。
  9. ^ 今年No.1左腕だ!新潟医療福祉大の147キロ左腕・笠原スポニチ)2017年9月9日閲覧
  10. ^ 中日、D4・笠原と合意 契約金4000万円サンスポ)2017年9月9日閲覧
  11. ^ 笠原祥太郎週刊ベースボールオンライン)2017年9月9日閲覧
  12. ^ 笠原、結婚 高1クラスメート出会いから7年 中日スポーツWeb版。2017年12月23日閲覧

関連項目[編集]

外部リンク[編集]