三上朋也

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三上 朋也
横浜DeNAベイスターズ #35
20140429 Tomoya Mikami pitcher of the Yokohama DeNA BayStars, at Yokohama Stadium.JPG
2014年4月29日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岐阜県多治見市
生年月日 1989年4月10日(26歳)
身長
体重
190 cm
90 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2013年 ドラフト4位
初出場 2014年3月28日
年俸 3,000万円 (2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

三上 朋也(みかみ ともや、1989年4月10日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属する岐阜県多治見市出身のプロ野球選手投手)。妻は、東海テレビ出身のフリーアナウンサー関根和歌香[1]

三上選手の投球フォーム 2014年3月8日 横浜スタジアムにて

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

岐阜県多治見市立南ヶ丘中学校3年生の時に、全国中学校軟式野球大会への出場を経験している。

岐阜県立岐阜商業高等学校の2年生だった2006年の夏に、内野手として第88回全国高等学校野球選手権大会岐阜県代表として出場。チームは1回戦で智弁学園和歌山高等学校に敗れたものの、「7番・三塁手」として出場した三上は1安打を放っている。3年生で投手に転向した[2]が、全国大会への出場を果たせなかった。

1m90cm台の長身、高校通算18本塁打の長打力、投手としてエースを務められるほどの強肩を買われて、2007年ドラフト会議の前には、複数の球団が三上を「野手」として指名する動きを見せていた。しかし、あくまでも投手にこだわる三上は、法政大学へ進学。東京六大学野球では、リーグ戦通算10勝8敗、防御率2.52という成績を残した。大学の1年先輩・加賀美希昇、1年後輩の三嶋一輝(いずれも右投手)とは、後にDeNAでもチームメイトになっている[3]

大学卒業後の2012年に、JX-ENEOS野球部へ入部。入部2年目の2013年には、先発投手として、都市対抗野球大会でチームの大会史上最多優勝(11回)およびチーム51年振りの連覇に貢献した [4]

2013年のドラフト会議横浜DeNAベイスターズから4巡目指名を受けたこと[5]から、契約金5000万円、年俸950万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は35

プロ入り後[編集]

2014年

公式戦の開幕を一軍で迎えると、3月28日の対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)に2番手投手としてプロ入り初登板。この試合から中継ぎで8試合(12イニング)連続無失点を記録したことや、クローザーを任されていたホルヘ・ソーサが開幕から不調だったことを受けて、4月29日の対中日ドラゴンズ戦(横浜スタジアム)から「野球人生で初めて」というクローザーへ転向した[6]5月には、6日の対読売ジャイアンツ(巨人)戦(東京ドーム)から31日の対千葉ロッテマリーンズ戦(QVCマリンフィールド)までの登板で7セーブを記録。新人投手による月間最多セーブの球団記録を更新した[7]。このような活躍を受けて、オールスターゲームにも、セントラル・リーグの監督推薦選手として出場[8]9月14日の対巨人戦(東京ドーム)で19セーブを記録するとともに、新人投手によるシーズン最多セーブの球団記録を更新した[9]。結局、シーズンを通じて一軍へ帯同するとともに、一軍公式戦でチーム最多の65試合に登板。13試合に登板した巨人戦では、3ホールド、6セーブ、防御率0.00という好成績で、チームの9年振りカード勝ち越しに貢献した[10]。また、通算のセーブ数は21で、NPBの新人投手としては歴代5位の多さであった[11]。シーズン終了後の12月11日には、 推定年俸3200万円(2250万円増)で契約を更改するとともに、ファンサービスの一環で年俸の一部を横浜スタジアムの年間シート(2席)の購入に充てる意向を示した[10]

2015年

春季キャンプ中に右肘が炎症を起こしたため、8月8日の対阪神タイガース戦(横浜)に4番手投手として登板するまでは二軍で調整[12]。一軍復帰後は、前年の自身と同じく新人の山崎康晃がクローザーに定着していたため、山崎につなぐセットアッパーに起用された。9月29日の対阪神戦(阪神甲子園球場)では、同点で迎えた9回裏に登板したところ、先頭打者・江越大賀振り逃げを許した際に暴投を記録。この暴投によって、チームのシーズン暴投数がNPBタイ記録の68に達した[13]。さらに、野手陣の失策捕逸で江越を本塁に生還させたため、被安打・与四死球0ながらサヨナラ負けを喫した[14]。結局、一軍公式戦での登板数が前年の3分の1(21試合)にとどまった影響で、12月15日に推定年俸3000万円(200万円減)で契約を更改[15]。ただし、通算の防御率は0点台と低く、山崎が調子を落とした9月には一時クローザーへ復帰した。その一方で、シーズンの序盤には、自身と同じ法政大学出身で5歳年上の関根と結婚している[1]

選手としての特徴[編集]

JX-ENEOS時代の2013年に、基本の投球フォームをオーバースローからサイドスローに変更。変化球と低めへの制球力に磨きを掛けた。ただし、サイドスローへ完全に転向したわけではなく、勝負どころではスリークォーターから速球を投げ込むこともある。スリークォーターから投げるストレートは、DeNA入団後の公式戦で最速151km/hを記録。一部のメディアでは、このような変幻自在の投球フォームを「千手観音投法」と表現している[2]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2014 DeNA 65 0 0 0 0 1 4 21 13 .200 279 65.2 55 3 27 4 4 67 2 1 18 17 2.33 1.25
2015 21 0 0 0 0 1 1 0 9 .500 93 22.1 16 0 9 0 1 20 3 0 3 2 0.81 1.12
通算:2年 86 0 0 0 0 2 5 21 22 .286 372 88.0 71 3 36 4 5 87 5 1 21 19 1.94 1.22
  • 2015年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
野手記録
その他の記録

背番号[編集]

  • 35 (2014年 - )

登板曲[編集]

  • Avicii ft Aloe Blacc - Wake Me Up(2014年 - )

出典[編集]

  1. ^ a b DeNA三上 女子アナと結婚していた 5歳上の関根和歌香さんと(『スポーツニッポン2015年12月14日付記事)
  2. ^ a b キヨシ監督指名!新守護神に千手観音投法のドラフト4位・三上(『サンケイスポーツ2014年4月29日付記事)
  3. ^ キヨシが仰天の「法大トリオリレー」提案(『日刊スポーツ』2014年1月29日付記事)
  4. ^ ENEOS、51年ぶり連覇/都市対抗(『日刊スポーツ』2013年7月24日付記事)
  5. ^ 横浜DeNA:4位三上「プロ実感」仮契約 (『神奈川新聞2013年11月9日付記事)
  6. ^ 中畑監督「怖いもの知らず」三上を抑えに(『日刊スポーツ』2014年4月22日付記事)
  7. ^ DeNA三上が月間7S 球団新人新記録(『日刊スポーツ』2014年5月31日付記事)
  8. ^ DeNA 三上と井納が初選出「夢の舞台ではありますけど…」 (『スポーツニッポン』2014年7月3日付記事)
  9. ^ DeNA 三上が球団新人新19セーブ目「他球団に比べたら…」(『スポーツニッポン』2014年9月15日付記事)。ただし、2015年に山崎が37セーブで記録を更新した。
  10. ^ a b DeNA三上「感謝」2250万円増!両リーグ新人王超え昇給(『スポーツニッポン』2014年12月12日付記事)
  11. ^ 横浜に歓喜をもたらす“小さな大魔神” 山崎康晃が打たれない理由(『BASEBALL KING』2015年5月19日付記事)。ただし、2015年に山崎が37セーブでNPBの新人投手記録も達成したことによって、歴代6位になった。
  12. ^ 5位転落も・・・尚成&三上好投が救い(『スポーツニッポン』2015年8月9日付記事)
  13. ^ DeNA シーズン68暴投のプロ野球ワーストタイ記録(『スポーツニッポン』2015年9月29日付記事)。DeNAでは、投手陣が以降の公式戦で1暴投を記録したことによって、シーズンワースト記録の69暴投を達成している。
  14. ^ 阪神、無安打でサヨナラ勝ち!振り逃げ、落球、最後はパスボール(『スポーツニッポン』2015年9月29日付記事)
  15. ^ DeNA・三上200万円減3000万円サイン「予想通り…当然かなと」(『スポーツニッポン』2015年12月15日付記事)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]