品川駅
| 品川駅 | |
|---|---|
|
高輪口(2011年5月15日) | |
|
しながわ Shinagawa | |
| 所在地 | 東京都港区 |
| 所属事業者 |
東日本旅客鉄道(JR東日本・駅詳細) 東海旅客鉄道(JR東海・駅詳細) 日本貨物鉄道(JR貨物) 京浜急行電鉄(駅詳細) |
品川駅(しながわえき)は、東京都港区高輪三丁目および港南二丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東海旅客鉄道(JR東海)・日本貨物鉄道(JR貨物)・京浜急行電鉄(京急)の駅である。
目次
乗り入れ路線[編集]
JR東日本の在来線各線(後述)、JR東海の東海道新幹線、京浜急行電鉄の本線が乗り入れるターミナル駅である。このうち、JR東日本の駅には「SGW」のスリーレターコード、京急の駅には「KK01」の駅番号が付与されている。
JR東日本の駅に乗り入れている路線は、線路名称上は東海道本線と山手線の2路線で(詳細は路線記事および「鉄道路線の名称」を参照)、そのうち、東海道本線を当駅の所属線とし、山手線は当駅が起点となっている。東海道本線は川崎駅経由の本線と武蔵小杉駅経由の支線(通称:品鶴線)とが当駅で分岐する。この中で東海道本線東京駅方面を除く3方向ではJR貨物が第二種鉄道事業者として貨物営業を行っている。旅客列車の運転系統は次の4系統であり、それぞれ専用の線路が割り当てられている。旅客案内でも以下の系統名称が使用される。
東海道線:東海道本線東京駅方面 - 当駅 - 川崎駅方面の列車線を走行する中距離電車・特急列車および近距離快速電車。上り列車は東京駅から東北本線列車線(上野東京ライン)、さらに上野駅(・日暮里駅・大宮駅)から宇都宮線・高崎線・常磐線への直通運転も実施している。 - 駅番号「JT 03」
京浜東北線:東海道本線東京駅方面 - 当駅 - 川崎駅方面の電車線を走行する近距離電車。北行は東京駅から東北本線電車線へ、南行は横浜駅から根岸線への直通運転も実施している。 - 駅番号「JK 20」
山手線:東海道本線東京駅方面の電車線と線路名称上の山手線渋谷駅方面の電車線とを直通運転する環状路線 - 駅番号「JY 25」
横須賀線:東海道本線東京駅方面の地下線と東海道本線支線品鶴線武蔵小杉駅方面とを直通運転。下り列車は大船駅より線路名称上の横須賀線に乗り入れる。大船駅発着の特急「成田エクスプレス」もこのルートで運転される。上り列車は多くの列車が東京駅を経由し、総武快速線へ直通する。 - 駅番号「JO 17」- このほか、湘南新宿ラインを含む新宿駅方面を発着する中距離電車・特急列車・ホームライナーは列車運行上は大崎駅から当駅を経由せず大崎支線経由で品鶴線西大井駅方面に直通するが、運賃計算上は大崎駅 - 西大井駅間は当駅を経由するものとして扱う。大崎駅 - 当駅間は山手線、当駅 - 西大井駅間は品鶴線である。
京浜急行電鉄は、当駅を経由し、都営地下鉄浅草線、京成電鉄、北総鉄道北総線、芝山鉄道芝山鉄道線まで最大で5社の相互直通運転を実施している。
JR品川駅の事務管コードは、▲460106である。
JR東日本・JR東海の駅は、特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属する。
2027年に開業する予定のJR東海リニア中央新幹線の首都圏側の始発駅になることも正式に決まっている。
歴史[編集]
品川駅の西口側は三田 - 高輪台に跨る台地の裾野に位置する。開業当初、線路は海岸線に沿って建設され、線路よりも東側は海だった。港南側の大部分は明治時代以降に埋め立てにより造成された土地である。
1889年(明治22年)頃、八ツ山橋から見る品川駅と海。跨線橋は1882年(明治15年)設置[1]の物か。
国鉄→JR[編集]
- 1871年(明治4年)9月10日:品川駅舎工事着工[2]。
- 1872年(明治5年)
- 1885年(明治18年)3月1日:日本鉄道品川線(現・山手線)が乗り入れ。
- 1898年(明治31年)4月1日:貨物の取り扱いを開始。
- 1906年(明治39年)11月1日:日本鉄道が鉄道国有法により国有化。
- 1909年(明治42年)10月12日:線路名称制定により東海道本線の所属となる。
- 1914年(大正3年)12月20日:京浜線(現・京浜東北線)運転開始。
- 1945年(昭和20年)5月24日:太平洋戦争による空襲で被災。
- 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道(国鉄)が発足。
- 1964年(昭和39年)10月1日:コンテナ貨物の取り扱いを開始。
- 1976年(昭和51年)10月1日:総武快速線が当駅まで乗り入れ。
- 1980年(昭和55年)10月1日:総武快速線と横須賀線の運転系統が統一され、直通運転を開始(SM分離)。一般向けコンテナ・車扱貨物の取り扱いを全廃。駅南東に広がっていた貨物ホーム撤去。これに伴い、横須賀線は東海道線ホーム発着ではなくなった。
- 1986年(昭和61年)11月1日:荷物の取り扱いを廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化、国鉄の駅は東日本旅客鉄道(JR東日本)・日本貨物鉄道(JR貨物)が継承。
- 1994年(平成6年)12月3日:貨物列車の設定がなくなる。
- 1997年(平成9年)5月26日:東海道新幹線品川新駅起工式挙行[4]。
- 1998年(平成10年)
- 3月26日:構内のJR貨物品川機関区が川崎貨物駅構内に移転、川崎機関区(現・新鶴見機関区川崎派出)に改称[5]。
- 11月1日:東西連絡通路(レインボーロード)が完成、橋上駅舎化[6]。
- これ以前には、当駅には線路を越えて東西を結ぶ自由通路が設置されておらず、東口方面と西口方面を歩いて行き来するには入場券を購入して駅の改札内を経由する必要があった[6]。その関係で当駅には定期入場券を購入する利用者が多く存在していたが、東西連絡通路の完成で解消されることとなった。
- かつての品川駅には、西口改札を入って左にある階段を降りたところにJR線の各ホームへ向かう連絡通路が設置されていた。この連絡通路は地下にあったため豪雨で冠水することがあり、これが原因で列車の運行に支障をきたしたこともあったが、駅の橋上化により解消された。
- 2001年(平成13年)
- 2003年(平成15年)10月1日:JR東海の東海道新幹線品川駅が開業。開業記念セレモニーの一環で、ソニーの「QRIO」が当駅から静岡駅まで「ロボットの乗客としては初めて[要出典]」新幹線に乗り込んだ。
- 2004年(平成16年)3月3日:港南口駅ビル(JR品川イーストビル・アトレ品川)が開業。
- 2005年(平成17年)10月1日:ecuteが開業。大宮駅に次ぐ2例目。
- 2008年(平成20年)3月15日:この日のJRグループのダイヤ改正により、東海道新幹線は全列車停車となる。また、横須賀線新ホームの使用を開始し、当駅始発・終着列車が新設される。
- 2015年(平成27年)3月14日:上野東京ライン(東北縦貫線)が完成し、上野駅が終着であった宇都宮線・高崎線・常磐線の列車と東海道本線の列車の相互乗り入れを開始した。
京急[編集]
- 1904年(明治37年)5月8日:品川駅(現:北品川駅) - 八幡駅(現:大森海岸駅)開業。
- 1905年(明治38年)12月24日:品川(現・北品川) - 神奈川駅間開通。
- 1925年(大正14年)3月11日:京浜電気鉄道の高輪駅が開業[8]。従来の品川駅を移転し、さらに北品川駅に改名[9]。高輪 - 北品川間の一部は東京市電と共用とした。
- 1933年(昭和8年)4月1日:高輪 - 北品川間の市電共用を廃止し、自前で品川乗り入れを実施すべく品川 - 北品川間に線路新設、同時に品川駅開設。横浜駅以北を改軌 (1372 mm → 1435 mm) し、当駅 - 浦賀駅間直通運転開始。湘南電車品川駅へ乗り入れ、高輪駅は廃止となる。
- 1942年(昭和17年)5月1日:東京急行電鉄の駅となる。
- 1944年(昭和19年)5月1日:当駅 - 黄金町駅間および横浜駅 - 浦賀駅間に運転系統を分離。
- 1948年(昭和23年)
- 1952年(昭和27年)7月6日:当駅 - 逗子線逗子海岸駅(現新逗子駅)間で「海水浴特急」運行開始。
- 1968年(昭和43年)6月21日:当駅から泉岳寺駅までが開通。都営地下鉄1号線(現:浅草線)と相互乗り入れ開始。主に特急・急行が乗り入れ。
- 1992年(平成4年)4月16日:「京急ウィング号」運行開始。
- 1993年(平成5年)4月1日:空港線の羽田駅(現・天空橋駅)開業に伴い、同線直通列車の運行を開始。
- 1995年(平成7年)4月1日:快速特急の最高速度を当駅 - 横浜駅間120km/h、横浜駅以南110km/hに引き上げ。特急は全線110km/hで運行。
- 1997年(平成9年)10月4日:都営浅草線直通特急の12両運転区間が当駅まで延長される。空港線へ直通する特急が登場し、都営浅草線直通列車を大幅に増発。
- 1998年(平成10年)11月18日:空港線羽田空港駅(現・羽田空港国内線ターミナル駅)開業に伴い「エアポート快特」・「エアポート特急」運行開始。
- 1999年(平成11年)7月31日:京急線の白紙ダイヤ改正が実施される。
- 2002年(平成14年)10月12日:日中の当駅発着快特を泉岳寺駅発着に延長、浅草線に連絡する。
- 2007年(平成19年)3月18日:ICカードPASMOを導入、Suicaとの相互利用開始。同時に首都圏の私鉄としては初めての試みとして全駅構内(売店、飲食店、自動販売機)でPASMO電子マネーを導入。
- 2009年(平成21年)2月25日:くるりの「赤い電車」を駅メロディとして使用開始。
- 2010年(平成22年)5月16日:この日のダイヤ改正により新設された「エアポート急行」の停車駅となる。同時に「エアポート快特」は当駅 - 羽田空港駅間のノンストップ運転となる。
駅構造[編集]
西側から京急、JR東日本、JR東海と大きく分けて3つの部分で構成される。
JR東日本[編集]
| JR東日本 品川駅 | |
|---|---|
|
コンコース(2017年12月16日撮影) | |
|
しながわ Shinagawa SGW | |
| 所在地 | 東京都港区高輪三丁目26-27 |
| 所属事業者 |
東日本旅客鉄道(JR東日本) 日本貨物鉄道(JR貨物) |
| 電報略号 | シナ |
| 駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
| ホーム | 8面15線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
378,566人/日(降車客含まず) -2017年- |
| 開業年月日 | 1872年6月12日(明治5年5月7日) |
| 乗入路線 5 路線 | |
| 所属路線 |
■東海道線* (東海道本線列車線) (■■常磐線直通含む) |
| 駅番号 | □JT 03 |
| キロ程 | 6.8km(東京起点) |
|
◄JT 02 新橋 (4.9km) (11.4km) 川崎 JT 04► | |
| 所属路線 |
■京浜東北線* (東海道本線電車線) |
| 駅番号 | □JK 20 |
| キロ程 |
6.8km(東京起点) 大宮から37.1km |
|
◄JK 22 田町 (2.2km) (2.4km) 大井町 JK 19► | |
| 所属路線 |
■山手線* (山手線電車線・東海道本線電車線) |
| 駅番号 | □JY 25 |
| キロ程 | 0.0km(品川起点) |
|
◄JY 27 田町 (2.2km) (2.0km) 大崎 JY 24► | |
| 所属路線 |
■横須賀線* (東海道本線地下別線・品鶴線) |
| 駅番号 | □JO 17 |
| キロ程 |
0.0km(品川起点)** 東京から6.8km |
|
◄JO 18 新橋 (4.9km) (3.6km) 西大井 JO 16► | |
| 備考 |
みどりの窓口 有 |
構内の中央に位置し、西側から山手線、京浜東北線、東海道線、横須賀線のホームがある。島式ホーム7面14線と単式ホーム1面1線で構成され、西から1番線 - 15番線と並ぶ。東海道線は6・12番線が本線である。京浜急行電鉄と1・2番線ホームの間には山手線の留置線が6本ある。また、東海道下り本線にある電留線(札の辻群線3 - 22番)や洗浄線(白金群線)などは当駅構内の所有である。よって、本線からの到着以外のルート構成は品川駅にある高輪信号所が扱っている。
改札内コンコースは、駅の北側と南側にそれぞれ東西に伸びるものがある。中央にある改札外のコンコースで分断され、直接にはつながっておらず、両コンコース間をホームや改札を通らずに行き来することはできない。
南側の改札内コンコースの西側には京急のきっぷうりばや京急連絡改札口があり、京急の下りホームに直結している。構内には駅ナカ商業施設として「ecute 品川」と「ecute 品川サウス」がある。かつて当駅にはチップトイレが存在していた(2011年5月30日現在)。
1番線の東京寄りに、山手線の0キロポストがある。
9・10番線はかつて臨時ホームとして機能していて、東海道線が早朝・深夜に設定している当駅発着の列車が臨時ホームを使用していた。また、当駅止まりの「湘南ライナー」の到着にも使われている。時折行われるジョイフルトレインなどの鉄道車両の展示イベント以外に、東海道線や横須賀線のダイヤ乱れの場合にはこのホームが使用され、湘南新宿ラインが大崎駅ではなくこのホームを使用することもある。団体列車などの臨時列車の発着にも使われる。2015年3月14日からは上野東京ラインが使用し、主に常磐線が発着するホームとして機能している。
上野東京ラインの開業により、常磐線の始発駅となっていることから、利用客の待ち合わせも多いこともあり、大型ディスプレイと複数のベンチを並べた待合スペース(仕切り等なしの屋外型)が設けられている。2015年3月14日の上野東京ライン開業日には、開通記念セレモニーが9・10番線ホームで行われ、最初の列車となったひたち1号の先頭車両10号車付近のホーム場に赤じゅうたん等を敷いてイベントスペースが設けられた。
上野東京ライン開業前の臨時ホームの駅名標は、両隣の駅が川崎駅・新橋駅と東海道線に準拠した表示になっていた。また、下り方は東海道線以外に横須賀線(西大井方面)・山手貨物線(渋谷・新宿方面)の発着が各番線で可能である。
戦前、鉄道省では品川 - 東京間に複線を増設し、京浜東北線の一部と横須賀線を走らせる「京浜急行線計画」が存在していた。その計画では、1番線が山手線内回り、2番線が山手線外回り、3番線が京浜東北線北行、4番線が「京浜急行線」北行、5番線が京浜東北線南行、6番線が「京浜急行線」南行、7・8番線が東海道線上り、9番線が横須賀線上り、10番線が横須賀線下り、11・12番線が東海道線下りとなる予定であった。臨時ホームはこの計画に基づいて建設されたものである。この計画は対米戦により未成に終わったが、その一部は、京浜東北線と山手線の分離運転(「東京縦貫複々線工事」という)に活用された。
なお、田町寄りには本来横須賀線が使用するはずだった高架橋の一部が残されていたが、田町駅と当駅の間に、新駅が造られることから取り壊された。これは現在当駅に乗り入れている「京浜急行電鉄本線」とは関係なく、当時の名称は「京浜電気鉄道」だった。
1960年代には新幹線が東海道新幹線しかなく、高速道路網も未整備で鉄道輸送のシェアが大きかった。年末や旧盆の帰省ラッシュ時に東北本線、奥羽本線や磐越西線方面への下り臨時列車が当駅臨時ホーム始発、山手貨物線経由で運行されたことがある[10]。(一部は東京駅・上野駅経由、ただし両駅での客扱いなし[11])。当駅始発の最初は1960年(昭和35年)12月28日から31日までの4日間で、15本の列車がその対象となり、1975年(昭和50年)まで続いた[10]。当時の東北方面へのターミナル駅である上野駅の混雑を緩和する目的で設定されたのである。乗客は提灯に導かれて駅の東側に回り、多数張られた白いテントの中で列車を待った[12]。このテント待合所は俗にテント村と呼ばれた。1965年5月に3000人収容の団体待合室が完成して、待合場所が変更された[13]。
全ホームに東京圏輸送管理システム (ATOS) が導入されている
特急「成田エクスプレス」は、横浜駅・大船駅発着の臨時を除く全列車と横浜駅・大船駅発着設定のない時間帯の新宿駅方面発着の列車(11・12・17・18・21・22・27・28・33・34号)が停車する。結果として1〜54号までの全列車が品川駅に停車する。
2014年6月3日に田町駅との間には高輪ゲートウェイ駅(泉岳寺駅付近、現在の東京総合車両センター田町センター周辺)が2020年に暫定開業されると公式発表された[広報 2]。
山手線には、深夜に当駅止まりの電車が設定されている。東海道線には、常磐線直通系統の当駅発着列車以外に早朝の当駅始発下り横浜方面への列車・朝の宇都宮線および高崎線からの当駅止まりの列車・深夜の東海道線横浜方面からの当駅止まり列車の設定もある。横須賀線は、下り始発列車が当駅始発、上り最終列車が当駅止まりとなっている。総武快速線直通は、平日朝に2本、夕方に1本、当駅発着列車が設定されている。
寝台特急を除いた昼行特急ではスーパービュー踊り子の一部列車は当駅を通過するが、通過設定されていない新幹線停車駅で昼行特急列車が通過する設定をしている唯一の駅である。
のりば[編集]
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 内回り | 東京・上野・駒込方面 | ||
| 2 | 外回り | 渋谷・新宿・池袋方面 | ||
| 3 | 北行 | 東京・上野・大宮方面 | ||
| 4 | 使用停止 | |||
| 5 | 南行 | 大井町・大森・蒲田・横浜・大船方面 | ||
| 6・7 | (宇都宮・高崎線) |
上り | 東京・上野・大宮・宇都宮・高崎方面 | 日中は6番線から発車。 |
| 8 | ■(臨時ホーム) | - | ||
| 9 | ■ 上野東京ライン (常磐線) |
- | 〈常磐線特急〉「ひたち」・「ときわ」 東京・上野・柏・土浦・水戸・いわき方面 |
|
| 10・11 | (常磐線) |
- | 東京・上野・松戸・柏・成田・取手・土浦・水戸・高萩方面 | |
| 11・12 | 下り | 川崎・横浜・小田原・熱海・伊東方面 □特急「踊り子」・「スーパービュー踊り子」 |
一部列車は10番線 日中は12番線から発車。 | |
| 13・14 | 上り | 錦糸町・船橋・千葉・ ■特急「成田エクスプレス」 |
主に13番線から発車。 始発列車は14番線から発車。 | |
| 14・15 | 下り | 鎌倉・逗子・久里浜方面 | 一部列車は9番線 日中は15番線から発車。 | |
(出典:JR東日本:駅構内図)
- 当駅の東海道線上りホームの案内は直通先の「上野東京ライン(宇都宮・高崎線)」・「上野東京ライン(常磐線)」[注釈 1](ただし、いずれのホームも駅名標等に表示される駅ナンバリングは東海道線の「JT 03」となっている)、横須賀線上りホームの案内は直通先の「総武線(快速)」のみである。
- 東海道線の朝4時台の横浜・小田原・熱海方面行きは10番線(朝5:10発は11番線)、横須賀線の朝4時台の逗子・久里浜方面行きは9番線から発車する。
・当駅では横須賀線・総武快速線の始発列車もあり、平日2本設定されている。 (出典:JR東日本:駅構内図)
JR東海[編集]
| JR東海 品川駅 | |
|---|---|
|
東海道新幹線ホーム(2016年7月) | |
|
しながわ Shinagawa | |
|
◄東京 (6.8km) (22.0km) 新横浜► | |
| 所在地 | 東京都港区港南二丁目1-78 |
| 所属事業者 | 東海旅客鉄道(JR東海) |
| 所属路線 | 東海道新幹線 |
| キロ程 | 6.8km(東京起点) |
| 電報略号 | シナ |
| 駅構造 | 地上駅(橋上駅) |
| ホーム | 2面4線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
36,000人/日(降車客含まず) -2017年- |
| 開業年月日 | 2003年(平成15年)10月1日 |
| 備考 |
駅長配置駅(管理駅) JR全線きっぷうりば 有 |
東側に位置する島式2面4線のホームで、S字状に緩くカーブしている。22・23番線から東京寄りに総延長958mの引き上げ線が3本あり(内2本の間には長さ355mの乗務員用の島式ホームもある)、列車の折り返しが可能である。
東海道新幹線ホームやその東側は、1990年代半ばまで品川機関区や貨物取り扱い施設、新幹線の車両基地があった。東海道新幹線開業から2003年の同線の品川駅開業までは、東京第一運転所(開業時より開設)およびその支所である大井支所(1973年開設)への入出庫を目的とした信号場として、品川信号場の名称で設置していた。
駅上部のJR東海品川ビルには、JR東海東京本社が入居する。
東海道新幹線品川駅の構想自体は日本国有鉄道(国鉄)時代から存在し、国鉄分割民営化時にJR東海に継承された。JR東海がJR東日本から新幹線ホーム建設用地を購入する際、JR東海はJR東日本が品川駅周辺の土地を旧国鉄から簿価で引き継いだことを持ち出し、簿価で売却するようJR東日本に要求したが、JR東日本は時価売却を主張した。最終的に、バブル崩壊後で地価が下落していたこともあり、JR東海が時価での売却に合意した[14]。駅舎などの設備は1997年5月26日に着工し[4]、6年4か月かけて2003年9月15日に完成した。東海道新幹線の駅としては最も新しい駅である。
東海道新幹線品川駅が建設された理由として、当駅折り返し列車の設定による東海道新幹線の輸送力増強が大きな目的とされ、東京駅から東京第一車両所・東京第二車両所に出入りする回送列車との競合を、当時の品川信号場構内扱いであった分岐点より西側に駅を設置することで回避して、1時間に4本の増発が可能であるとされたが、2003年10月1日の開業以降しばらくの間当駅折り返し定期列車が設定されていなかった。2007年7月1日ダイヤ改正にて、N700系による当駅始発列車「のぞみ」99号博多行(6時00分発)が新設された。
ホーム上には売店などの店舗はない。売店等はホーム上のコンコース・改札内に出店している。改札内の待合室を兼ねるコーナーには一部に無線LANコーナー(電源付き)がある。新幹線ホームは駅舎の内側にあるため、地下駅のようになっている。上下線とも外側が本線(通過線)となっており、転落防止のために可動式安全柵(ホームドア)が設置されている。また内側は副本線(待避線)であり、固定柵が設置されている。
2008年3月15日ダイヤ改正から全列車が停車。これにより一部相互発着という手法で列車を停車させている。改正前日までは新大阪駅発着の「ひかり」のみ全列車が停車し、「のぞみ」は約6割停車、広島駅・岡山駅発着の「のぞみ」と一部の「ひかり」は通過となっていた。
2014年よりJR東海は東海道新幹線停車駅の自動改札機を順次更新する計画があるが、品川駅は最初に新型の自動改札機が設置される予定である[広報 3]。なお、東海道新幹線の駅で初めて、開業当初からフルカラーLED式発車標が設置されていた。
新幹線北乗換窓口が新幹線メンテナンス東海に委託されている他は直営である。
2018年11月現在、中央新幹線の島式プラットホーム2面4線が工事中である[15]。
のりば[編集]
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 21・22 | 上り | 東京行 | |
| 23・24 | 下り | 名古屋・新大阪方面 |
国鉄・JR線地上ホームの変遷[編集]
この節の加筆が望まれています。 |
以下の表は当駅地上ホームの変遷を記したものである。なお、下表に示す以外に工事等によりホームが一時的に撤去されている場合もある。
| 時期 | 第1ホーム | 第2ホーム | 第3ホーム | 第4ホーム | 第5ホーム | 第6ホーム | 第7ホーム | 第8ホーム | 第9ホーム | 第10ホーム |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1976年 10月1日 - |
1番線 ■山手線 内回り 2番線 ■山手線 外回り |
3番線 ■京浜東北線 北行 4番線 ■京浜東北線 南行 |
5・6番線 ■東海道線 上り ■横須賀線 上り |
7・8番線 ■臨時ホーム |
9・10番線 ■臨時ホーム |
11・12番線 ■東海道線 下り ■横須賀線 下り |
13・14番線 ■総武線(快速) |
未設置 | 未設置 | 未設置 |
| 1980年 10月1日 - |
5・6番線 ■東海道線 上り |
11・12番線 ■東海道線 下り |
13番線 ■総武線(快速) 14番線 ■横須賀線 | |||||||
| 2003年 10月1日 - |
21・22番線 ■東海道新幹線 上り |
23・24番線 ■東海道新幹線 下り | ||||||||
| 2008年 3月15日 - |
13番線 ■総武線(快速) 14番線 ■横須賀・総武線(快速) |
15番線 ■横須賀線 | ||||||||
| 2011年 10月2日 - |
9番線 ■臨時ホーム 10番線 ■東海道線 下り |
11番線 ■東海道線 下り 12番線 使用停止 | ||||||||
| 2012年 9月23日 - |
9・10番線 使用停止 |
11・12番線 ■東海道線 下り | ||||||||
| 2013年 11月24日 - |
7・8番線 使用停止 |
9・10番線 ■臨時ホーム | ||||||||
| 2014年 12月7日 - |
5番線 ■東海道線 上り 6番線 使用停止 |
7番線 使用停止 8番線 ■東海道線 上り | ||||||||
| 2015年 3月14日 - |
5番線 ■上野東京ライン (■宇都宮・高崎線) 6番線 使用停止 |
7番線 使用停止 8番線 ■上野東京ライン (■宇都宮・高崎線) |
9番線 ■上野東京ライン (■常磐線(特急)) 10番線 ■上野東京ライン (■■常磐線(快速)) |
11番線 ■東海道線 ■上野東京ライン (■■常磐線(快速)) 12番線 ■東海道線 | ||||||
| 2016年 11月20日 - |
5番線 使用停止 6番線 ■上野東京ライン (■宇都宮・高崎線) |
7番線 ■臨時ホーム 8番線 ■上野東京ライン (■宇都宮・高崎線) | ||||||||
| 2017年 3月4日 - |
7番線 ■上野東京ライン (■宇都宮・高崎線) 8番線 ■臨時ホーム | |||||||||
| 2017年 10月14日 - |
7番線 ■上野東京ライン (■宇都宮・高崎線) 8番線 ■上野東京ライン (■常磐線) | |||||||||
| 2018年 3月17日 - |
7番線 ■上野東京ライン (■宇都宮・高崎線) 8番線 ■臨時ホーム | |||||||||
| 2018年 6月17日 - |
3番線 ■京浜東北線 北行 4番線 使用停止 |
5番線 ■京浜東北線 南行 6番線 ■上野東京ライン (■宇都宮・高崎線) |
備考[編集]
- 1950年頃は京浜東北線と山手線のホーム配置が現在と異なっており、合わせて3面5線で、1番線が山手線内回り、2番線が山手線出庫用、3番線が山手線外回り、4番線が京浜東北線北行、5番線が京浜東北線南行であった。このため、京浜東北線横浜方面から山手線渋谷方面への乗り換えは同一ホームで可能だった。同一方向での同一ホーム乗り換えは北隣の田町駅で行われており、これは現在も同じである。また、この関係は現在の代々木駅と新宿駅における山手線と中央緩行線の関係に近い。
- 2008年3月15日のダイヤ改正より、横須賀線13・14番線ホームと新幹線21・22番線の間に新設された1面1線の単式ホームである15番線の使用が開始された。これにより横須賀線列車の当駅折り返しが可能になり、「成田エクスプレス」の当駅発着列車・横須賀線(総武快速線直通)の当駅止まりの列車が新設された。2004年10月16日のダイヤ改正で湘南新宿ラインを大幅に増発して以降、横須賀線東京 - 品川間の運転が減少傾向にあったが、この15番線ホームの使用開始で改善された。また、湘南新宿ラインのダイヤが乱れた時に臨時ホームで折り返す事で東海道線の遅延を招いていたが、14番線(一部は15番線)ホームを使用することで他線区への影響を抑制することができる。
- 2011年10月2日より、10番線ホームの供用を開始し、下り「湘南ライナー」が停車するようになった。同時に11番線ホームの停止位置目標が100m程横浜寄りに移動し、12番線が工事のため使用停止になった。
- 2012年9月23日より、工事のため使用停止されていた12番線の使用が再開され、9・10番線ホームが工事のため使用停止になった。
- 2013年11月24日からは、9・10番線ホームが使用を再開し、7・8番線ホームが工事のため使用停止になった。同時に東京総合車両センター田町センター新車両基地の使用を開始した[広報 4][16]。
- 2014年12月7日からは、8番線ホームが使用を再開し、6番線ホームが工事のため使用停止になった。
- 2016年11月19日・20日に線路切換工事が実施され、6・7番線ホームの使用を再開し、5番線ホームが使用停止になった[広報 5]。
- 2018年6月16日・17日に線路切換工事が実施され、5番線ホームの使用を再開し、4番線ホームが使用停止になった[広報 6]。
京浜急行電鉄[編集]
| 京急 品川駅 | |
|---|---|
|
ホーム(2012年7月16日) | |
|
しながわ Shinagawa | |
|
◄A 07 泉岳寺 (1.2km) (0.7km) 北品川 KK02► | |
| 所在地 | 東京都港区高輪三丁目26-26 |
| 駅番号 | ○KK01 |
| 所属事業者 | 京浜急行電鉄(京急) |
| 所属路線 | ■本線 |
| キロ程 | 0.0km(品川起点) |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 2面3線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
284,888人/日 -2017年- |
| 開業年月日 | 1933年(昭和8年)4月1日 |
|
当駅は起点であるが正式には当駅 - 泉岳寺駅間の1.2kmも京急本線であるため、書類上は途中駅になる。 | |
構内の西側に位置し、2面3線のホームを有する高架駅である。東側(JR品川駅側)に単式ホーム(1番線)、西側に島式ホーム(2・3番線)が配置され、3番線は泉岳寺方が行き止まりとなっている。横浜・羽田空港方面(1番線)のホーム上に中間改札があり、JRのコンコースに直結する。この中間改札は、裏面が黒(磁気)でJR・京急線にまたがる前提の乗車券か、PASMOおよび相互利用可能なICカードで利用可能である。裏面に磁気のない切符や、京急線・JR線いずれかの切符で本駅下車ののち、他方の会社線に乗る場合は、改札横の窓口(京急→JRは右、JR→京急は左)で、使用したきっぷの回収とこれから乗車する会社線の乗車券を購入することで、中間改札を利用できる。
各ホームには「京急ウィング号」のWing Ticket(着席整理券)自動券売機が設置され(改札外にも設置)、跨線橋にはJR東海のエクスプレス予約乗車券類受取機が設置されている。
2番線に到着した当駅止まりの列車は、泉岳寺寄りにある引き上げ線に入って折り返し、1番線に転線する(なお、この引き上げ線には業務用のホームがあり、京急の品川駅職員は「新品川」と呼称している[広報 7]。)。一部列車は3番線に入線し、そのまま折り返す。ただし、ダイヤの乱れで引き上げ線が使用できない場合は、3番線に入線した電車が一旦北品川方面への本線へと転線し、そこから1番線へ入線する場合もある。
1・2番線のホーム有効長は12両編成分、3番線は10両編成分である。
当駅は途中駅ながら本線の起点という扱いである。泉岳寺駅も京急の駅で、当駅と泉岳寺駅の間も京急本線だが、支線の扱いとなっている[17]。支線へ直通する列車は、当駅から「普通」または「快速」「通勤特急」「アクセス特急」など、京成電鉄の種別に変更される。ただし泉岳寺行きは種別は変更されず、都営浅草線内「エアポート快特」で運転する種別は押上駅で京成の種別に変更される。
当駅は京成の列車種別を含めると、京急の全列車種別が停車する駅である(「モーニング・ウィング号」「京急ウィング号」「エアポート快特」「快特(京急)・快速特急(京成)[注釈 2]」「アクセス特急」「特急」「通勤特急」「快速」「エアポート急行」「普通」の10種別)[注釈 3]。
1番線のみ自動放送が導入されている(担当:大原さやか)。早朝やダイヤ乱れ時は簡易放送に変更される。当駅では下り列車の今度の発車案内放送を流すが、羽田空港行以外の場合はその発車時刻が最後に放送される。2008年11月18日より、羽田空港行列車の入線時の案内放送の冒頭に羽田空港旅客ターミナルで使用されているチャイム音をアレンジしたものが追加された。また、羽田空港行の列車の案内では英語放送も実施される。
発車標は、1998年までは京急川崎駅などに設置されている反転フラップ式発車標より一世代前の反転フラップ式の発車標が使用されていたが、1998年に3色LED式へ交換、そして2009年2月にフルカラーLED式へ交換され、同時に後述の「駅メロディ」も開始された。最初は2・3番線のものが交換され、その次に1番線のものが交換された。この発車標は日本語・英語以外にも中国語・韓国語も表示されるようになった。また同時にLCD式の乗車位置案内も設置された。なお、1階改札前の発車標も2009年2月にLCD式へ交換された。2017年6月には1番線の横浜寄りの発車標が新型のものに交換され、7月には全て新型へ交換された。[18]
京急の駅では、スルッとKANSAI 3day (2day) チケットを発売していた。
開業当初の番線は山側(上りホーム)から付番され、6番線(4線)まであった。旧1・2番線は3番線と同様に泉岳寺方面は行き止まりであった。またホームは行先別に使用されており、旧1・2番線が穴守線(現:空港線)直通列車、旧3・4番線(現3番線)が黄金町行列車、旧5番線(現2番線)が湘南線直通列車(浦賀方面)、旧6番線(現1番線)が団体臨時列車用であった。また、旧5・6番線を除き奇数番線は降車ホーム、偶数番線は乗車ホームであった。
のりば[編集]
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 下り | |||
| 2 | 上り | 「モーニング・ウィング1号」降車ホーム | ||
| 3 | 下り | 上大岡・三浦海岸方面 | 「京急ウィング号」乗車ホーム | |
| 北品川・鮫洲方面 | 平日朝ラッシュ時の普通車 |
(出典:京急電鉄:駅構内図)
接近メロディ[編集]
2009年2月25日から、京急のCMソングであるくるりの「赤い電車」が接近メロディとして使用されている[広報 8][19]。なお、この曲は羽田空港国内線ターミナル駅でも使用されており、下りホームは同駅と同じアレンジ、上りホームは同駅と異なるアレンジのメロディが使用されている。
貨物取り扱い[編集]
JR貨物の駅は車扱貨物の臨時取り扱い駅となっており、定期貨物列車の発着はなくなっている。ただし、JR東日本の甲種車両輸送列車が年に数回発着している[注釈 4]。
1994年までは定期列車として紙輸送列車が発着しており、日本製紙が使用していた倉庫の専用線があった。列車は石巻港駅や伏木駅などを発駅とし、有蓋車(ワム80000形)で列車は編成されていたが、コンテナ化されて廃止になった。なお、倉庫は改修され、田町CKビルとなっている。
また、1980年に廃止されるまで駅南東には広大な貨物ターミナルが広がり、コンテナホームや海上コンテナの荷役作業に用いるクレーンなどが設置されていた。
駅弁[編集]
主な駅弁は下記の通り[20]。過去には常盤軒が駅弁販売を行っていたが、2010年に撤退した。
- 八戸真さば寿司
- 日本海真あじ寿司
- 400kcal台弁当
- チキン弁当
- 鳥めし弁当
- 鶏照焼き重
- 深川めし
- 30品目バランス弁当
- 30品目以上にぎわい弁当
- やきとり弁当
- 焼売炒飯弁當
- 生姜焼きとメンチカツ弁当
- 五目わっぱめし
- 鯵鯖よくばり寿司
- 鯵の押寿し
- やさいたっぷり弁当
- 品川貝づくし・深川めし
- 東海道新幹線弁当
- 厚切りロースとんかつ弁当
- トラウトサーモン西京焼き弁当
- 牛肉弁当
- つまんで良し、食べて良し 酒肴弁当
- すきやき弁当
- 牛ダブル焼肉重
- ポケモン弁当(土曜・休日のみ)
- 品川弁当
- 鮭はらこ弁当
- 宮城県産黒毛和牛すき弁当
- 日本の味博覧会
- こだわりのとんかつ弁当
- タレかつと豚重
- ~厳選素材~よくばり弁当
- 牛たん弁当
- 日本のおもてなし弁当
- こだわりのひれかつ弁当
- 国産牛ハンバーグ弁当
- 味噌カツ・ひつまぶし風弁当
- 伝承 鰺の押寿し
- まぐろいくら弁当
- 牛たん弁当 - 前述の商品とは価格の異なる商品
- 新幹線E7系弁当
- 八戸鯖棒寿司
- 特製幕之内御膳
- 季節の吹き寄せ弁当
- しらす膳
- 50品目バラエティ弁当
- 北海うまいもん弁当
- ぜいたく穴子弁当
- あったかうなぎ弁当
- 大人の休日弁当
利用状況[編集]
2016年における各社の1日平均乗降人員は約100万人(計算値で約109.3万人)である[広報 9]。また、近年は増加が著しく2014年度に1日平均乗降人員が100万人を超えた。
- JR東日本 - 2017年度の1日平均乗車人員は378,566人である[利用客数 1]。
- JR東海 - 2017年度の1日平均乗車人員は36,000人[利用客数 2]。
- 京浜急行電鉄 - 2017年度の1日平均乗降人員は284,888人である[利用客数 3]。
- 同社の駅の中では横浜駅に次ぐ第2位。「モーニング・ウィング号」「京急ウィング号」も含めた全種別の列車が停車する駅の中では第1位である。
年度別1日平均乗降人員[編集]
各年度の1日平均乗降人員は下表の通り(JRを除く)。
| 年度 | 京浜急行電鉄 | |
|---|---|---|
| 1日平均 乗降人員 |
増加率 | |
| 2002年(平成14年) | 237,881 | |
| 2003年(平成15年) | 240,942 | 1.3% |
| 2004年(平成16年) | 241,995 | 0.4% |
| 2005年(平成17年) | 240,469 | −0.6% |
| 2006年(平成18年) | 242,804 | 1.0% |
| 2007年(平成19年) | 251,393 | 3.5% |
| 2008年(平成20年) | 254,093 | 1.1% |
| 2009年(平成21年) | 250,177 | −1.5% |
| 2010年(平成22年) | 250,414 | 0.1% |
| 2011年(平成23年) | 248,778 | −0.7% |
| 2012年(平成24年) | 253,920 | 2.1% |
| 2013年(平成25年) | 261,780 | 3.1% |
| 2014年(平成26年) | 264,309 | 1.0% |
| 2015年(平成27年) | 272,500 | 3.1% |
| 2016年(平成28年) | 279,218 | 2.5% |
| 2017年(平成29年) | 284,888 | 2.0% |
年度別1日平均乗車人員(1870年代 - 1930年代)[編集]
各年度の1日平均乗車人員は下表の通り。
| 年度 | 日本鉄道 / 国鉄 |
出典 |
|---|---|---|
| 1872年(明治5年) | [備考 1] | |
| 1878年(明治11年) | 510 | [東京府統計 1] |
| 1879年(明治12年) | 503 | [東京府統計 1] |
| 1880年(明治13年) | 555 | [東京府統計 2] |
| 1881年(明治14年) | 642 | [東京府統計 2] |
| 1882年(明治15年) | 777 | [東京府統計 2] |
| 1883年(明治16年) | 700 | [東京府統計 2] |
| 1884年(明治17年) | 647 | [東京府統計 3] |
| 1885年(明治18年) | 601 | [東京府統計 3] |
| 1886年(明治19年) | 535 | [東京府統計 4] |
| 1888年(明治21年) | 703 | [東京府統計 5] |
| 1889年(明治22年) | 792 | [東京府統計 6] |
| 1890年(明治23年) | 879 | [東京府統計 7] |
| 1891年(明治24年) | 728 | [東京府統計 8] |
| 1892年(明治25年) | 919 | [東京府統計 9] |
| 1893年(明治26年) | 959 | [東京府統計 10] |
| 1895年(明治28年) | 1,421 | [東京府統計 11] |
| 1896年(明治29年) | 2,000 | [東京府統計 12] |
| 1897年(明治30年) | 2,493 | [東京府統計 13] |
| 1898年(明治31年) | 2,653 | [東京府統計 14] |
| 1899年(明治32年) | 3,048 | [東京府統計 15] |
| 1900年(明治33年) | 2,533 | [東京府統計 16] |
| 1901年(明治34年) | 2,814 | [東京府統計 17] |
| 1902年(明治35年) | 2,591 | [東京府統計 18] |
| 1903年(明治36年) | 2,960 | [東京府統計 19] |
| 1904年(明治37年) | 2,905 | [東京府統計 20] |
| 1905年(明治38年) | 2,606 | [東京府統計 21] |
| 1907年(明治40年) | 1,794 | [東京府統計 22] |
| 1908年(明治41年) | 1,715 | [東京府統計 23] |
| 1909年(明治42年) | 1,812 | [東京府統計 24] |
| 1911年(明治44年) | 3,024 | [東京府統計 25] |
| 1912年(大正元年) | 3,359 | [東京府統計 26] |
| 1913年(大正2年) | 3,524 | [東京府統計 27] |
| 1914年(大正3年) | 3,446 | [東京府統計 28] |
| 1915年(大正4年) | 4,208 | [東京府統計 29] |
| 1916年(大正5年) | 5,817 | [東京府統計 30] |
| 1919年(大正8年) | 9,107 | [東京府統計 31] |
| 1920年(大正9年) | 10,525 | [東京府統計 32] |
| 1922年(大正11年) | 12,890 | [東京府統計 33] |
| 1923年(大正12年) | 15,028 | [東京府統計 34] |
| 1924年(大正13年) | 15,878 | [東京府統計 35] |
| 1925年(大正14年) | 18,825 | [東京府統計 36] |
| 1926年(昭和元年) | 19,215 | [東京府統計 37] |
| 1927年(昭和2年) | 19,407 | [東京府統計 38] |
| 1928年(昭和3年) | 20,152 | [東京府統計 39] |
| 1929年(昭和4年) | 19,448 | [東京府統計 40] |
| 1930年(昭和5年) | 19,229 | [東京府統計 41] |
| 1931年(昭和6年) | 18,167 | [東京府統計 42] |
| 1932年(昭和7年) | 17,005 | [東京府統計 43] |
| 1933年(昭和8年) | 17,186 | [東京府統計 44] |
| 1934年(昭和9年) | 16,412 | [東京府統計 45] |
| 1935年(昭和10年) | 17,346 | [東京府統計 46] |
年度別1日平均乗車人員(1953年 - 2000年)[編集]
| 年度 | 国鉄 / JR東日本 |
京浜急行電鉄 | 出典 |
|---|---|---|---|
| 1953年(昭和28年) | 34,671 | [東京都統計 1] | |
| 1954年(昭和29年) | 36,695 | [東京都統計 2] | |
| 1955年(昭和30年) | 38,305 | [東京都統計 3] | |
| 1956年(昭和31年) | 43,190 | 48,011 | [東京都統計 4] |
| 1957年(昭和32年) | 46,824 | 53,872 | [東京都統計 5] |
| 1958年(昭和33年) | 49,342 | 59,991 | [東京都統計 6] |
| 1959年(昭和34年) | 54,972 | 64,437 | [東京都統計 7] |
| 1960年(昭和35年) | 62,679 | 70,261 | [東京都統計 8] |
| 1961年(昭和36年) | 63,111 | 79,635 | [東京都統計 9] |
| 1962年(昭和37年) | 69,191 | 85,246 | [東京都統計 10] |
| 1963年(昭和38年) | 74,114 | 87,581 | [東京都統計 11] |
| 1964年(昭和39年) | 78,646 | 25,330 | [東京都統計 12] |
| 1965年(昭和40年) | 77,616 | 25,815 | [東京都統計 13] |
| 1966年(昭和41年) | 79,942 | 26,574 | [東京都統計 14] |
| 1967年(昭和42年) | 81,649 | 27,594 | [東京都統計 15] |
| 1968年(昭和43年) | 81,502 | 29,454 | [東京都統計 16] |
| 1969年(昭和44年) | 77,050 | 30,834 | [東京都統計 17] |
| 1970年(昭和45年) | 75,591 | 33,041 | [東京都統計 18] |
| 1971年(昭和46年) | 88,186 | 33,913 | [東京都統計 19] |
| 1972年(昭和47年) | 90,830 | 35,685 | [東京都統計 20] |
| 1973年(昭和48年) | 94,471 | 36,613 | [東京都統計 21] |
| 1974年(昭和49年) | 101,665 | 37,150 | [東京都統計 22] |
| 1975年(昭和50年) | 95,098 | 36,421 | [東京都統計 23] |
| 1976年(昭和51年) | 136,318 | 78,115 | [東京都統計 24] |
| 1977年(昭和52年) | 139,558 | 79,709 | [東京都統計 25] |
| 1978年(昭和53年) | 144,605 | 82,810 | [東京都統計 26] |
| 1979年(昭和54年) | 148,268 | 83,975 | [東京都統計 27] |
| 1980年(昭和55年) | 143,362 | 84,748 | [東京都統計 28] |
| 1981年(昭和56年) | 144,531 | 84,726 | [東京都統計 29] |
| 1982年(昭和57年) | 148,101 | 86,663 | [東京都統計 30] |
| 1983年(昭和58年) | 150,798 | 88,536 | [東京都統計 31] |
| 1984年(昭和59年) | 152,789 | 90,822 | [東京都統計 32] |
| 1985年(昭和60年) | 154,876 | 92,915 | [東京都統計 33] |
| 1986年(昭和61年) | 165,038 | 96,169 | [東京都統計 34] |
| 1987年(昭和62年) | 170,456 | 99,615 | [東京都統計 35] |
| 1988年(昭和63年) | 189,690 | 104,329 | [東京都統計 36] |
| 1989年(平成元年) | 196,438 | 106,761 | [東京都統計 37] |
| 1990年(平成2年) | 206,035 | 110,619 | [東京都統計 38] |
| 1991年(平成3年) | 213,929 | 114,590 | [東京都統計 39] |
| 1992年(平成4年) | 215,477 | 114,805 | [東京都統計 40] |
| 1993年(平成5年) | 219,071 | 115,077 | [東京都統計 41] |
| 1994年(平成6年) | 227,460 | 86,805 | [東京都統計 42] |
| 1995年(平成7年) | 233,197 | 115,478 | [東京都統計 43] |
| 1996年(平成8年) | 234,699 | 112,359 | [東京都統計 44] |
| 1997年(平成9年) | 231,668 | 109,581 | [東京都統計 45] |
| 1998年(平成10年) | 233,959 | 111,337 | [東京都統計 46] |
| 1999年(平成11年) | [JR東日本 1]247,564 | 115,678 | [東京都統計 47] |
| 2000年(平成12年) | [JR東日本 2]253,575 | 119,238 | [東京都統計 48] |
年度別1日平均乗車人員(2001年以降)[編集]
| 年度 | JR東日本 | JR東海 | 京浜急行電鉄 | 出典 | ||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 定期外 | 定期 | 合計 | ||||
| 2001年(平成13年) | [JR東日本 3]257,361 | 120,252 | [東京都統計 49] | |||
| 2002年(平成14年) | [JR東日本 4]264,815 | 121,101 | [東京都統計 50] | |||
| 2003年(平成15年) | [JR東日本 5]283,705 | [JR東海 1]8,394 | 121,473 | [東京都統計 51] | ||
| 2004年(平成16年) | [JR東日本 6]295,949 | 122,578 | [東京都統計 52] | |||
| 2005年(平成17年) | [JR東日本 7]302,862 | [JR東海 2]21,871 | 121,910 | [東京都統計 53] | ||
| 2006年(平成18年) | [JR東日本 8]308,681 | [JR東海 3]23,800 | 123,112 | [東京都統計 54] | ||
| 2007年(平成19年) | [JR東日本 9]324,253 | 125,822 | [東京都統計 55] | |||
| 2008年(平成20年) | [JR東日本 10]328,439 | 126,233 | [東京都統計 56] | |||
| 2009年(平成21年) | [JR東日本 11]321,739 | 124,142 | [東京都統計 57] | |||
| 2010年(平成22年) | [JR東日本 12]321,711 | 29,000 | 124,112 | [東京都統計 58] | ||
| 2011年(平成23年) | [JR東日本 13]323,893 | 30,000 | 123,473 | [東京都統計 59] | ||
| 2012年(平成24年) | [JR東日本 14]138,788 | [JR東日本 14]190,890 | [JR東日本 14]329,679 | 31,000 | 126,266 | [東京都統計 60] |
| 2013年(平成25年) | [JR東日本 15]142,078 | [JR東日本 15]193,582 | [JR東日本 15]335,661 | 33,000 | 130,221 | [東京都統計 61] |
| 2014年(平成26年) | [JR東日本 16]146,777 | [JR東日本 16]195,680 | [JR東日本 16]342,458 | 33,000 | 131,550 | [東京都統計 62] |
| 2015年(平成27年) | [JR東日本 17]154,681 | [JR東日本 17]206,785 | [JR東日本 17]361,466 | 34,000 | 135,148 | [東京都統計 63] |
| 2016年(平成28年) | [JR東日本 18]159,278 | [JR東日本 18]212,508 | [JR東日本 18]371,787 | 35,000 | 138,507 | [東京都統計 64] |
| 2017年(平成29年) | [JR東日本 19]161,810 | [JR東日本 19]216,755 | [JR東日本 19]378,566 | 36,000 | ||
- JR貨物
各年度の車扱貨物の年間発着トン数は下表の通り。2006年度以降は実績なし。またコンテナ貨物の取扱はない。
| 年度 | 総数 | 車扱貨物 | コンテナ貨物 | |||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 発送トン数 | 到着トン数 | 発送トン数 | 到着トン数 | 発送トン数 | 到着トン数 | |
| 1990年(平成2年) | 1,684 | 198,162 | 1,684 | 198,162 | ||
| 1991年(平成3年) | 5,211 | 187,078 | 5,211 | 187,078 | ||
| 1992年(平成4年) | 2,802 | 148,886 | 2,802 | 148,886 | ||
| 1993年(平成5年) | 1,937 | 138,975 | 1,937 | 138,975 | ||
| 1994年(平成6年) | 1,151 | 66,681 | 1,151 | 66,681 | ||
| 1995年(平成7年) | ||||||
| 1996年(平成8年) | 1,200 | 1,200 | ||||
| 1997年(平成9年) | 800 | 800 | ||||
| 1998年(平成10年) | 1,600 | 1,600 | ||||
| 1999年(平成11年) | 800 | 800 | ||||
| 2000年(平成12年) | 2,000 | 2,000 | ||||
| 2001年(平成13年) | 2,800 | 2,800 | ||||
| 2002年(平成14年) | 3,200 | 3,200 | ||||
| 2003年(平成15年) | 800 | 800 | ||||
| 2004年(平成16年) | 4,000 | 4,000 | ||||
| 2005年(平成17年) | 1,200 | 1,200 | ||||
| 2006年(平成18年) | ||||||
- 備考
- ^ 1872年6月12日開業。
駅周辺[編集]
西側(高輪口)[編集]
駅ビルと呼べるほどの施設はないが、京急グループの複合商業施設「ウィング高輪EAST」が併設されている。長距離バスの始発点である品川バスターミナルにもほど近い。第一京浜沿いのビジネス街に並んでいるほか、高輪、御殿山などの住宅街を背後に控えている。
1977年1月4日に発生した青酸コーラ無差別殺人事件は、当時の品川スポーツランド(現:品川プリンスホテル本館)前にあった電話ボックスで発生した。
駅周辺には大規模なシティホテルが多い。
- 品達(旧:麺達七人衆 品達ラーメン、品達どんぶり五人衆)
- ウィング高輪EAST・WEST
- SHINAGAWA GOOS(旧:ホテルパシフィック東京)
- 高輪京急ホテル
- 品川バスターミナル
- 東横イン 品川駅高輪口
- 高輪東武ホテル
- ザ・プリンスさくらタワー東京
- グランドプリンスホテル高輪
- グランドプリンスホテル新高輪
- 品川プリンスホテル
- マクセル アクアパーク品川(旧:エプソン 品川アクアスタジアム→エプソン アクアパーク品川→アクアパーク品川)
- 国道15号
- 品川税務署
- 品川駅前郵便局
- 駐日ロシア連邦通商代表部
- 駐日アイスランド大使館
東側(港南口)[編集]
従来、工場や倉庫などが広がる地帯で、駅構内からこちら側に出るには延々と長い地下通路を経由する必要があった。その頃の駅周辺で名立たる企業はファッションアパレルメーカーのJUN本社、東洋水産本社、コクヨ東京オフィス、中日新聞東京本社(東京新聞・東京中日スポーツの編集・発行所、2006年に移転)程度で、少し先には荒涼とした空き地が広がっていた。
平成に入ってから貨物ターミナルや新幹線車両基地(旧東京第一車両所、1992年移転)の跡地が再開発され、1994年に品川インターシティ、さらに2001年 - 2002年頃より再開発によるタワーマンションと超高層ビルの建設が始まり、2004年3月には港南地区におけるタワーマンションの先駆けである品川Vタワーを含む品川グランドコモンズがオープン、以降はコスモポリス品川、シティタワー品川、ワールドシティタワーズなどタワーマンションの建設ラッシュが相次いだことで「湾岸戦争」と揶揄されるようになった。こうして2000年代後半には都内でも有数のオフィス街およびマンション街へと劇的な変貌を遂げた。これらの再開発事業はバブル景気以降の不景気に起因する負債圧縮のため企業が数多く所有していた工場や倉庫などの敷地を不動産業者へ売却処分したためとされる。さらに新幹線の駅が開業し、中京圏・近畿圏とのアクセスが向上したこともあって、企業の本社などの集積が進んでいる。
朝ラッシュ時は駅通路や歩道が港南口方面の企業へと出社する大勢の会社員で混雑するため、港南口へ向かう利用客は連絡通路中央部を、港南口からJR線・京急線へと進む利用客は通路両端部を進むよう推奨されている。
また、東京湾アクアラインを経由する高速バスのうち品川駅 - 袖ケ浦バスターミナル - 木更津駅東口線、品川駅 - 袖ケ浦バスターミナル - 袖ケ浦駅 - 長浦駅北口線が発着しており、木更津市や袖ケ浦市といった房総半島西部への玄関口ともなっている。これらの路線は定期券の導入・深夜バス運行などにより、東京地区への通勤路線の一端を担っている。
- JR東海品川ビル - JR東海東京本社が入居。
- JR品川イーストビル - アトレ品川やゼンショー、ダイセル東京本社など入居
- 品川グランドコモンズ
- 品川イーストワンタワー - 大東建託本社、ストリングスホテル東京インターコンチネンタル
- 太陽生命品川ビル - 太陽生命保険本社、 山善東京本社などが入居。
- 品川グランドセントラルタワー - 日本マイクロソフト、NTTテクノクロス本社などが入居
- 三菱重工ビル -
- キヤノンSタワー - キヤノンマーケティングジャパン本社
- 京王品川ビル - 電通国際情報サービス本社などが入居
- 品川フロントビル - 豊田通商東京本社
- 品川インターシティ(A棟・B棟・C棟)
- アレア品川 - NTTデータ
- NTT品川ツインズ NTT品川ツインズアネックス - NTT東日本、NTTデータ、NTTコムウェア本社
- ソニーシティ - ソニー本社
- 品川TSビル - 東洋水産本社
- 三菱UFJ信託銀行港南ビル - 三菱UFJトラストシステム本社など。
- NTTドコモ品川ビル
- 港港南郵便局
- 東京都下水道局 港南水再生センター
- 東京都中央卸売市場食肉市場
- 東京海洋大学 海洋科学部
- 東京都交通局 品川自動車営業所
- 東京都交通局 品川営業所港南支所
バス路線[編集]
- 一般路線バスでは都営バス・東急バス・フジエクスプレスなどが運行、高速路線バスでは京浜急行バス・東京空港交通・富士急行グループなどが運行。その他、東口の港南口からJR東海道新幹線沿いに、品川区の大井埠頭方面などへ向かう企業輸送向け専用バスが発着する(ワールド自興・中日臨海バスなど)。
西口(高輪口)[編集]
品川駅前・品川駅高輪口[編集]
- 1番乗り場
- 2番乗り場
- 3番乗り場
- 5番乗り場
- 6番乗り場
- 7番乗り場
品川駅西口[編集]
- [ちぃばす高輪ルート] 三田駅前方面/品川駅東口行(フジエクスプレス)
品川プリンスホテル、グランドプリンスホテル高輪他[編集]
- [リムジンバス] 成田空港行(東京空港交通)
- [高速バス] 苗場プリンスホテル行(冬季のみ運行)(西武観光バス)※品川プリンスホテルのみ
- [高速バス] 軽井沢プリンスホテル・軽井沢駅行(冬季は軽井沢プリンスホテルスキー場まで運行)(京浜急行バス、西武観光バス)※品川プリンスホテルのみ
- [高速バス] 箱根湯本駅・ザ・プリンス箱根芦ノ湖行(西武観光バス)※品川プリンスホテルのみ
シナガワグース[編集]
品川バスターミナル[編集]
- [夜行高速バス](京急、括弧内は共同運行会社)
- 弘前・五所川原(弘南バス)
- 盛岡・宮古・山田(岩手県北自動車)
- 仙台(JRバス東北単独運行)
- 四日市・伊賀上野・名張(三重交通単独運行)
- 福知山・綾部・舞鶴(京都交通)
- 津山・岡山(両備HD・東北急行バス)
- 鳥取・倉吉(日本交通・日ノ丸自動車)
- 米子(日本交通・日ノ丸自動車)
- 徳島駅・阿南・吉野川市(鴨島・川島)(徳島バス)
- 浜松駅(遠州鉄道単独運行)
- ※詳細は品川バスターミナルを参照。
東口(港南口)[編集]
品川駅港南口・品川駅東口[編集]
- 1番乗り場
- 2番乗り場
- [品98甲] 品川清掃工場・セントラルビル経由 大田市場行(都営) ※平日9時まで、休日は大田市場北門止まり
- [品98丙] 大田市場行(急行)(都営) ※市場開催日早朝1本のみ
- 3番乗り場
- 4番乗り場
- 5番乗り場
- [品96乙] 天王洲アイル経由 りんかい線天王洲アイル駅行(都営)
- 6番乗り場
- 7番乗り場
- 8番乗り場
- こうなん星の公園前乗り場
- [高速バス] 木更津金田バスターミナル・袖ケ浦バスターミナル経由 木更津駅東口行(京急・小湊鐵道・日東交通)
- [高速バス] 木更津金田バスターミナル・袖ケ浦バスターミナル経由 袖ケ浦駅・長浦駅北口行(京急・小湊鐵道・日東交通)
- [高速バス] 三井アウトレットパーク 木更津行(京急・小湊鐵道)
- [高速バス] 御殿場プレミアム・アウトレット行(京急)
- [リムジンバス(早朝便)] 羽田空港国際線ターミナル行(京急)
- [高速バス] 富士急ハイランド・河口湖駅・富士山駅行(京急・富士急山梨)
- ちぃばす乗り場
将来[編集]
- 中央リニア新幹線関連
- JR東海が2027年の開業を目指している中央リニア新幹線について、当駅は東京側の始発駅になることが決定している。当初から社長の松本正之は「始発は東京駅か品川駅」という見解を示していたが、横浜・羽田アクセスや東京駅付近の地下使用状況などを考慮している。JR東日本も協力的で[21]、同社がボーリング調査を施した[22]。これを受け、JR東海は同線の始発駅を品川駅とする方針を固め、JR東日本と東京都に伝えた[23]。
- 2011年6月7日に開かれた記者会見において、品川駅は中央リニア新幹線の首都圏側の始発駅となることが正式に発表された[24]。
- 2016年1月27日に駅建設工事が着工されている[25]。
- 品川車両基地跡地再開発関連
- 都心部・品川地下鉄構想
- 京浜急行連続立体交差事業
- 国道15号・品川駅西口駅前広場事業計画
駅名について[編集]
古くからの当地の周辺地名、東海道の宿場町品川宿およびその北側の江戸湾沿岸部の呼称品川湊に由来する。江戸時代は江戸湾内での海上旅客交通にも規制があり、品川宿の伝馬制度を保護する目的で、大山参詣や富士山参詣などで江戸湾を船で南下し神奈川方面へ向かう旅客もそのまま海路で直行できず、品川宿入口の北側(八ツ山または谷ツ山)で下船し陸路東海道品川宿を通って神奈川宿方面に向かうよう規制されていた。また、品川宿があった目黒川河口付近(利田神社付近が砂嘴の先端部)より北側の江戸湾は浅瀬で外洋航路の大型船は入船できず、この付近では外洋航路の大型船から小型船に積み荷を載せ替えが行われ海上交通の結節点として船舶で賑わった(品川湊の項も参照)[31]。
- 品川駅の所在地は東京都品川区ではなく東京都港区であるが、駅名は品川駅である。これは開設当時、目黒川河口付近が「品川湊」と呼ばれていたこと、また、品川駅計画時点ではこの地域が「品川県」であったことによる。
- 当駅の南にある京急本線の駅「北品川駅」は、江戸時代以来の地名、東海道の宿場町品川宿北品川に基づく。
隣の駅[編集]
※東日本旅客鉄道(JR東日本)の特急、「湘南ライナー」ならびに京浜急行電鉄「モーニング・ウィング号」、「京急ウィング号」の停車駅は各列車記事を参照
- 東日本旅客鉄道(JR東日本)
東海道線
京浜東北線
山手線
- 田町駅 (JY 27) - 高輪ゲートウェイ駅 (JY26)(事業中) - 品川駅 (JY 25) - 大崎駅 (JY 24)
横須賀線
- 特急「成田エクスプレス」停車駅
- 新橋駅 (JO 18) - 品川駅 (JO 17) - 西大井駅 (JO 16)
- 京浜急行電鉄(京急)
本線
- □「モーニング・ウィング号」停車駅
- □「京急ウィング号」始発駅
脚注[編集]
注釈[編集]
- ^ 上野東京ライン開業当初、東海道線・宇都宮線・高崎線系統の北行を「東海道線(上野東京ライン)」、常磐線系統を「上野東京ライン(常磐線)」と表記していたが、2016年11月の構内線路切り替えに合わせ、前者についても順次「上野東京ライン(宇都宮・高崎線)」に表記が変更されている。これにより、東海道線上りは当駅の多くの表示板では上野駅からの直通先で案内され、「東海道線」の案内表記は下り熱海方面に主に使用される。
- ^ 京急と京成には「快特」「快速特急」が存在し、横浜・羽田空港方面が「快特」と案内されるのに対し、京成線青砥・船橋方面は京成の案内に合わせて「快速特急」と案内される。また、ホームの電光掲示板には、いずれの場合も「快特」と略して表示される。なお、通勤特急に関しても「通特」と略して表示される。ちなみに、アクセス特急に関しては「アクセス特急」とそのまま表示される。
- ^ ただし「モーニング・ウィング号」「京急ウィング号」は列車名であり、いずれも正式な種別は「快特」であるため、これらを除けば当駅のほかに泉岳寺駅も含まれる。また京急線内だけで用いられる種別であれば、上大岡駅・金沢文庫駅も含まれる。
- ^ JR貨物による貨物輸送となる、JR東日本管轄外の地域にある鉄道車両メーカーなどと、当駅に近接する田町車両センター(田町センター)との車両輸送(甲種輸送)があるため。
出典[編集]
記事本文の出典[編集]
- ^ 三浦彩子、小野田滋「明治期における鉄道跨線橋の沿革に関する研究」、『日本建築学会技術報告集』第15巻第30号、日本建築学会、2009年6月、 577-580頁、 doi:10.3130/aijt.15.577、 NAID 40016793253。による。同論文では『各省所管官有財産目録』(貴族院、1896年)、『鉄道線路各種建造物明細録』(鉄道庁、1896年)を典拠としている。この2冊は国立国会図書館近代デジタルライブラリーで閲覧可能。
- ^ a b 『港区史 下巻』 港区役所、1960年、580頁。
- ^ 国鉄の駅であり、現在の都営大江戸線、ゆりかもめの同名駅とは異なる。
- ^ a b 『鉄道ジャーナル』第31巻第8号、鉄道ジャーナル社、1997年8月、 85頁。
- ^ 『鉄道ジャーナル』第32巻第7号、鉄道ジャーナル社、1998年7月、 98頁。
- ^ a b “「レインボーロード」あす開通”. 日本経済新聞 (東京都: 日本経済新聞社): p. 25(首都圏経済・東京). (1998年10月31日)
- ^ “品川駅港南口 交通広場の供用開始”. 交通新聞 (交通新聞社): p. 1. (2001年4月11日)
- ^ 佐藤良介『京急の駅 今昔・昭和の面影』p.38、ISBN 4533061753
- ^ 佐藤良介『京急の駅 今昔・昭和の面影』p.44、ISBN 4533061753
- ^ a b 佐藤正樹、『「座る」鉄道のサービス 座席から見る鉄道の進化』、交通新聞社、2013年、pp122-123.。
- ^ 『国鉄監修 交通公社の時刻表』1971年1月号の巻頭pp.15 - 24「年末年始の帰省列車」より。東京駅・上野駅が非経由扱いとなっている列車と、レ(通過扱い)になっているものの両方ある。
- ^ 『列車ダイヤの話』阪田貞之、昭和39年、中公新書
- ^ 山田亮『上野発の夜行列車・名列車』、Jtbパブリッシング、2015年、p.68
- ^ “JR東海名誉会長・葛西敬之氏に聞く「東海道新幹線が革命的といえる点は2つ」 (4/4ページ)”. SankeiBiz(産業経済新聞社) (2014年8月5日). 2017年10月10日閲覧。
- ^ ターミナル駅の工事|リニア中央新幹線|JR東海
- ^ JR東日本、品川駅の線路切替工事で東海道線など運休…11月22 - 24日の約34時間 - レスポンス、2013年9月18日、2013年9月18日閲覧。
- ^ 同様の例として東京メトロ千代田線があり、同線は北綾瀬駅と代々木上原駅の間を結ぶ路線だが、起点は途中駅の綾瀬駅(北綾瀬駅の1つ隣)であり、北綾瀬駅と綾瀬駅の間は支線の扱いとなっている。
- ^ yoshi223 (2017-08-17), 京急品川駅 新設された発車案内ディスプレイ 2018年11月18日閲覧。
- ^ よこいち (2017-07-07), 京急品川駅接近メロディー「赤い電車」 (音質向上後) 2018年11月18日閲覧。
- ^ 『JR時刻表』2017年3月号、交通新聞社、2017年、 134頁。
- ^ リニア、品川始発の公算大 JR東、東海の調査に協力へ(2009年1月29日 朝日新聞)
- ^ リニア始発駅、品川駅の直下に=6月から調査実施-JR東日本社長[リンク切れ](2009年7月2日 時事通信、記事のリンク先はgoo マネー 経済ニュースに掲載された記事)
- ^ 朝日新聞夕刊2010年8月9日第4版を閲覧
- ^ “リニア中間駅は1県1駅 JR東海、計画案発表”. フジサンケイビジネスアイ. (2011年6月8日). オリジナルの2011年8月22日時点によるアーカイブ。 2011年6月9日閲覧。
- ^ “JR東海 リニア中央新幹線品川駅建設安全祈願・起工式”. 交通新聞 (交通新聞社). (2016年1月28日)
- ^ “田町~品川駅間の新駅の駅名決定について (PDF)”. 東日本旅客鉄道株式会社 (2018年12月4日). 2018年12月4日閲覧。
- ^ “東京圏における今後の都市鉄道のあり方について(案) (PDF)”. 東京圏における今後の都市鉄道のあり方に関する小委員会. 国土交通省 (2016年4月20日). 2018年11月7日閲覧。
- ^ “平成30年度事務事業概要 (PDF)”. 品川区都市環境部. p. 117. 2018年11月7日閲覧。
- ^ “平成29年版 事業概要 (PDF)”. 東京都都市整備局. p. 85. 2017年12月6日閲覧。 該当箇所:図表 2-2-8 品川駅・田町駅周辺地域の都市基盤整備のあり方。
- ^ “国道15号・品川駅西口駅前広場事業計画◆中間とりまとめ◆”. 国土交通省. 2018年12月10日閲覧。
- ^ 品川区公式HP「東海道品川宿のはなし 第27回」
広報資料・プレスリリースなど一次資料[編集]
- ^ Suicaご利用可能エリアマップ(2001年11月18日当初)
- ^ http://www.jreast.co.jp/press/2014/20140604.pdf を参照のこと。
- ^ 【社長会見】東海道新幹線 新型自動改札機への取替について - 東海旅客鉄道ニュースリリース 2013年7月10日
- ^ 品川駅線路切換工事に伴う列車の運休等について - 東海旅客鉄道、2013年9月17日、2013年9月18日閲覧。
- ^ 東海道線品川駅線路切換工事に伴う列車の運休について - 東日本旅客鉄道、2016年9月13日。
- ^ 品川駅線路切換工事に伴う列車の運休について (PDF) - 東日本旅客鉄道、2018年6月17日。
- ^ 「ニコニコ超会議2」に京急電鉄が出店![リンク切れ] (PDF) - 京急電鉄プレスリリース、2013年4月22日。
- ^ 「16駅の駅メロディ採用曲が決定いたしました!」 京急電鉄
- ^ 2 品川駅周辺の開発事業の推進 - 京急電鉄オフィシャルサイト
- ^ [1] JR東日本プレスリリースより
利用状況の出典[編集]
- JR・私鉄の1日平均利用客数
- ^ 各駅の乗車人員 - JR東日本
- ^ ファクトシート2018 事業概要 - 東海旅客鉄道
- ^ 駅別1日平均乗降人員 (PDF) - 京急
- JR東日本の1999年度以降の乗車人員
- ^ 各駅の乗車人員(1999年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2000年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2001年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2002年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2003年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2004年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2005年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2006年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2007年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2008年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2009年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2010年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2011年度) - JR東日本
- ^ a b c 各駅の乗車人員(2012年度) - JR東日本
- ^ a b c 各駅の乗車人員(2013年度) - JR東日本
- ^ a b c 各駅の乗車人員(2014年度) - JR東日本
- ^ a b c 各駅の乗車人員(2015年度) - JR東日本
- ^ a b c 各駅の乗車人員(2016年度) - JR東日本
- ^ a b c 各駅の乗車人員(2017年度) - JR東日本
- JR東海の乗車人員
- JR・私鉄の統計データ
- 東京府統計書
- ^ a b 明治15年
- ^ a b c d 明治16-17年
- ^ a b 明治18年
- ^ 明治19年
- ^ 明治21年
- ^ 明治22年
- ^ 明治23年
- ^ 明治24年
- ^ 明治25年
- ^ 明治26年
- ^ 明治28年
- ^ 明治29年
- ^ 明治30年
- ^ 明治31年
- ^ 明治32年
- ^ 明治33年
- ^ 明治34年
- ^ 明治35年
- ^ 明治36年
- ^ 明治37年
- ^ 明治38年
- ^ 明治40年
- ^ 明治41年
- ^ 明治42年
- ^ 明治44年
- ^ 大正元年
- ^ 大正2年
- ^ 大正3年
- ^ 大正4年
- ^ 大正5年
- ^ 大正8年
- ^ 大正10年
- ^ 大正11年
- ^ 大正12年
- ^ 大正13年
- ^ 大正14年
- ^ 昭和元年
- ^ 昭和2年
- ^ 昭和3年
- ^ 昭和4年
- ^ 昭和5年
- ^ 昭和6年
- ^ 昭和7年
- ^ 昭和8年
- ^ 昭和9年
- ^ 昭和10年
- 東京都統計年鑑
- ^ 昭和28年 (PDF) - 13ページ
- ^ 昭和29年 (PDF) - 10ページ
- ^ 昭和30年 (PDF) - 10ページ
- ^ 昭和31年 (PDF)
- ^ 昭和32年 (PDF)
- ^ 昭和33年 (PDF)
- ^ 昭和34年
- ^ 昭和35年
- ^ 昭和36年
- ^ 昭和37年
- ^ 昭和38年
- ^ 昭和39年
- ^ 昭和40年
- ^ 昭和41年
- ^ 昭和42年
- ^ 昭和43年
- ^ 昭和44年
- ^ 昭和45年
- ^ 昭和46年
- ^ 昭和47年
- ^ 昭和48年
- ^ 昭和49年
- ^ 昭和50年
- ^ 昭和51年
- ^ 昭和52年
- ^ 昭和53年
- ^ 昭和54年
- ^ 昭和55年
- ^ 昭和56年
- ^ 昭和57年
- ^ 昭和58年
- ^ 昭和59年
- ^ 昭和60年
- ^ 昭和61年
- ^ 昭和62年
- ^ 昭和63年
- ^ 平成元年
- ^ 平成2年
- ^ 平成3年
- ^ 平成4年
- ^ 平成5年
- ^ 平成6年
- ^ 平成7年
- ^ 平成8年
- ^ 平成9年
- ^ 平成10年 (PDF)
- ^ 平成11年 (PDF)
- ^ 平成12年
- ^ 平成13年
- ^ 平成14年
- ^ 平成15年
- ^ 平成16年
- ^ 平成17年
- ^ 平成18年
- ^ 平成19年
- ^ 平成20年
- ^ 平成21年
- ^ 平成22年
- ^ 平成23年
- ^ 平成24年
- ^ 平成25年
- ^ 平成26年
- ^ 平成27年
- ^ 平成28年
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 品川駅(各駅情報) - 東日本旅客鉄道
- JR東海 品川駅
- 京浜急行電鉄 品川駅
- 品川駅の歴史/株式会社交建設計
| ||||||||||||
乗り入れ路線と駅の一覧 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||