貨物列車

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貨物列車(かもつれっしゃ)とは鉄道において貨物の輸送を目的とする列車であり、鉄道発祥以来運転されている。機関車貨車を牽引する形態が主流であるが、貨車自体が動力を有する電動貨車や気動貨車、あるいは動力分散方式の貨物電車もみられる。客車と貨車を併結する混合列車(こんごうれっしゃ)という形態もある(後述)。

運用と実情[編集]

大量輸送という観点からすれば鉄道による貨物輸送以前は船舶による輸送があり、そのために内陸部では運河が作られた。船舶による輸送は運河の建築に膨大な労力を必要とし、輸送力を増強するために船舶の大型化か船舶の数量を増やすしかなかった。鉄道の発明により、より少ない労力で内陸部の輸送網を作り上げることが可能となり産業革命後大いに発展することとなった。

鉄道が陸運の主力であった時代は鉱山工場・建設現場などへ専用線が敷かれることが多く、貨物輸送を主目的として開業する鉄道会社・線区も多かった。

鉄道による輸送の利点は貨車を増やし大量輸送が可能となることであったが、それは同時に時間における柔軟性を欠くことでもあった。政策的な自動車道路網の整備によるモータリゼーションの発展とトラックの性能の向上により、鉄道を利用する貨物輸送はきめの細かい貨物輸送の手段としての価値を失ってゆく。しかし、近年は大気汚染地球温暖化の深刻化などを受け、企業は環境保護の取り組みが社会的に要求されるようになったことから環境負荷の低い鉄道貨物輸送を見直すモーダルシフトの動きが出ている。

欧米の貨物列車[編集]

ダブルスタックカーを連ねたアメリカのコンテナ列車(アリゾナ州

欧米では現在においても最も安価で効率的な貨物の陸上輸送手段として物流の主役であり、特にアメリカ合衆国カナダなど北アメリカは海上コンテナを2段積みにしたダブルスタックカーを100両近く連ねた長大な貨物列車が運転され、ピギーバック輸送やデュアルモードトレーラーシステムなど、他の陸上輸送手段との連携も進んでいる。

大陸横断鉄道を用いて従来船舶で輸送していた貨物を陸上輸送にシフトするランドブリッジ構想が提唱されている。高速な輸送が可能となる利点があるが一方で鉄道施設の近代化、通過国の関税上の扱い、盗難・損傷などの問題、密輸対策など課題も多い。欧州と中国沿岸部・ロシア極東部を結ぶユーラシアランドブリッジが有名である。

アメリカ合衆国[編集]

米国は1830年に客車を貨車をけん引する蒸気機関車が開業し[1]1916年に鉄道路線の総延長が42万kmに達して世界一となった[1]。第二次世界大戦後は高速道路網と航空便が発達し、大都市圏の通勤輸送などを除き鉄道による旅客輸送は急速に衰退した[1]。一方、貨物輸送は輸送力が大きくなるほど高速道路や航空輸送に対して有利であり現代に至るまで鉄道による貨物輸送は活発である[1]

ヨーロッパ[編集]

フランスTGVでは郵便列車や小包列車などが運行されている[2]。ヨーロッパではユーロトンネル・シャトルなど自動車を積載したカートレインも運行されている[2]

中国の貨物列車[編集]

中国では鉄道の貨物輸送の需要が急激に増大しており、2009年に貨物輸送量が2兆5239億1700万トンキロに達し、米国を抜いて世界第一位の鉄道貨物輸送量となった[3]。米国とは異なり鉄道による旅客輸送量も増加しており、貨物列車による輸送力を強化できないことから旅客列車と貨物列車の鉄路を分ける貨客分離が進められている[3]。一部の炭鉱鉄道では蒸気機関車がけん引する石炭輸送列車が運行されている[3]

日本の貨物列車[編集]

日本のコンテナ貨物列車(2006年
M250系貨物電車

歴史[編集]

日本では1873年9月15日に当時の新橋駅横浜駅の間で初めて運転された。

鉄道開業以来、貨物列車を操車場で組替えながら貨車を継送し、各駅で貨車を解結するヤード輸送方式が主流であった。この方式は貨物到着までに日数を要しかつ不確定で、高速道路網や高規格の国道の整備によってトラックによる輸送時間が飛躍的に短縮されると、鉄道利用の場合に発生する貨物の積み替えが不要になることもあり高度成長期以降、一気に衰退した。

日本国有鉄道(国鉄)は大きな赤字を生み出していた貨物輸送体系を抜本的に見直し、ヤード輸送方式は1984年2月1日に全廃された。以降はコンテナ貨車および石油・化成品・セメント類などの物資適合貨車(専用貨車)を主体とした拠点間直行輸送のみとなり、数多くの貨物取り扱い駅が廃止されて多くの専用線も使命を終えた。

工業地帯が臨海部に集中し、鉄道規格も軌間が1067mm狭軌で、地形が入り組んでいるため曲線区間が多いなど、欧米に比べて制限が厳しく、貨物列車は他の輸送機関に対して競争力が低かった。

モーダルシフトの取り組みの一環として、佐川急便JR貨物と共同でM250系貨物電車「スーパーレールカーゴ」を開発し東京 - 大阪間の深夜高速輸送を行っている。2010年代以降は、ドライバーの人手不足から貨物輸送をトラックから鉄道に切り替える動きが進んでおり、2017年にJR貨物が発足以来初となる鉄道事業の黒字化を達成している[4]

2010年現在、日本で最長距離を走破する貨物列車は札幌 - 福岡間のコンテナ専用列車で、北海道農産物などを積載して札幌貨物ターミナル駅を発ち、青函トンネルから本州に入り日本海縦貫線東海道本線山陽本線を経由して九州福岡県福岡貨物ターミナル駅までの2127.7kmを約40時間余りで走破する。

営業区間[編集]

日本では日本貨物鉄道(JR貨物)がJR旅客鉄道(JR)各社、および整備新幹線開業による並行在来線を転換した第三セクター鉄道会社の保有する線路(路線)の多くを借受ける形で第二種鉄道事業者として営業している。これに接続するごく少数の私鉄秩父鉄道三岐鉄道西濃鉄道、工場地帯の臨海鉄道など)や専用鉄道が末端部の輸送を受け持っている。

かつて鉄道は旅客と貨物をともに営業し、駅の貨物扱いも通常業務であった。中小私鉄はもとより、大手私鉄でも狭軌線で、明治・大正時代に未電化(蒸気機関車)で開業した歴史を有す東武鉄道西武鉄道名古屋鉄道南海電気鉄道などの会社は、旅客列車の合間に貨物列車を多く運行した。戦後は中小私鉄の路線自体の廃止やトラックへの転移、前述の1984年の貨物列車の方式変更により、多くの会社で貨物列車が廃止・縮小された。大手私鉄で最後まで貨物営業した東武も2003年に貨物列車が全廃され、大手私鉄で自社関連の車両輸送以外の貨物列車を運行している会社は存在しない。

混合列車[編集]

DD51形の牽引する、根室本線の混合列車。貨車はコキ10000形(1984年1月)

混合列車(こんごうれっしゃ)は1本の列車客車貨車の両方を連結する運行形態である。英語"Mixed train"より「ミキスト(またはミクスト)」とも呼ばれる。ローカル路線においては機関車の車両数や乗務員駅員数に幹線のようなゆとりがないケースが多く、別個の列車により運行するより1本の列車にまとめた方が合理的な面がある。

一方で貨車の入換作業に時間を要するため、途中駅での停車時間を多く確保する必要があり、その分速達性が損なわれ、貨車の両数により客車がホームを外れ、客車の連結位置により機関車から熱源を供給する列車暖房が使用できなくなることもある。かつての客車の暖房は機関車から供給される蒸気を使用していたが、客車と機関車の間に引き通し用の蒸気管を持たない貨車が入ることで暖房用蒸気の供給ができなくなる。肥薩線などのように機関車の次位に客車を連結してその後に貨車を連結した例もあるが、この場合は入換作業が不便となる。北海道や東北では蒸気管が使えない場合、ダルマストーブウェバスト式・五光式など独立式の暖房装置を用いていた。

必ずしも客車列車によるものとは限らず、貨物が僅少な路線の場合、宮之城線旭川電気軌道など一部ローカル私鉄のように電車気動車が貨車を牽引した例もある。この場合は駅での入換は客を乗せたまま行うことになる。貨物が中心の鉄道では、福知山線支線となり1981年に旅客営業が廃止された塚口駅 - 尼崎港駅間の通称尼崎港線など、貨物列車の最後尾にごく少数の客車を連結している例も見られた。

日本の普通鉄道では1987年三菱石炭鉱業大夕張鉄道線の廃止とともに消滅したが、その後に運転された「カートレイン」も客車と貨車を併結した形態の列車である。ワキ8000形のように貨客両用という車両も存在したが、この場合の「客」は荷物列車で乗客を乗せていない。2010年代以降は宅配業者との連携で一般列車に荷物を混載して運行する事例も増えている。

このほか、鋼索鉄道で近鉄西信貴鋼索線のコ7形が、貨物車であるコニ7形を連結可能で、立山ケーブルカーも貨車を連結して運転することがある。

参考文献[編集]

  • 小学館『コロタン文庫51 時刻表全百科』(1980年5月31日初版発行)

脚注[編集]

  1. ^ a b c d PHP研究所 『貨物列車のひみつ』、2013年、122頁。
  2. ^ a b PHP研究所 『貨物列車のひみつ』、2013年、124頁。
  3. ^ a b c PHP研究所 『貨物列車のひみつ』、2013年、125頁。
  4. ^ JR貨物、人手不足の順風 ビール4社の共同輸送開始 日本経済新聞 2017年9月13日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]