浜松町駅
| 浜松町駅 | |
|---|---|
|
JR浜松町駅とモノレール浜松町駅 (2006年6月) | |
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はままつちょう Hamamatsuchō | |
| 所在地 | 東京都港区 |
| 所属事業者 |
東日本旅客鉄道(JR東日本・駅詳細) 東京モノレール(駅詳細) |
| 乗換 |
大門駅 (都営地下鉄浅草線・大江戸線) |
浜松町駅(はままつちょうえき)は、東京都港区にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)・東京モノレールの駅である。ただし、東京モノレールでは、モノレール浜松町駅(モノレールはままつちょうえき)が正式な駅名である。
所在地は、JR東日本が海岸一丁目、東京モノレールが浜松町二丁目となっている。
目次
乗り入れ路線[編集]
JR東日本の各線(後述)と、東京モノレールの東京モノレール羽田空港線が乗り入れている。また、JR東日本の駅には「 HMC 」のスリーレターコードが付与されている。
- JR東日本:各線(後述)
- 東京モノレール:
東京モノレール羽田空港線 - 駅番号「MO 01」
JR東日本の駅に乗り入れている路線は、線路名称上は東海道本線1路線のみである(詳細は路線記事および鉄道路線の名称参照)が、当駅には電車線を走る京浜東北線電車および山手線電車のみが停車し、旅客案内では「東海道(本)線」とは案内されていない。このほか、東京貨物ターミナル駅方面への東海道本線支線(東海道貨物線)の起点駅となっているが、現在、当駅 - 東京貨物ターミナル駅間は休止中である。
また、当駅はJRの特定都区市内制度における「東京都区内」および「東京山手線内」に属する。
歴史[編集]
当駅付近では日本の鉄道開業当時から列車の運行が行われていたが、この時点ではまだ当駅は開設されていなかった。開設されるのは、市街高架線の部分開通に伴って国有鉄道東海道本線の品川 - 烏森(後の新橋駅)間が開通する1909年(明治42年)12月16日のことであった。鉄道開業当初の新橋駅は後に貨物駅となる汐留駅で、また東京から北へ鉄道網を伸ばしていた日本鉄道のターミナル駅は上野駅となっていたが、この間を結ぶ鉄道がなく、連絡が課題となっていた。このため、この間を連絡する高架鉄道の建設が行われることになった。この際に当駅付近で旧線から分岐する形で高架橋を建設した。この時点では旧新橋駅が東海道本線の起点で、当駅は東海道本線支線上の駅であった。開業時点では山手線の電車のみが停車する駅で、島式プラットホーム1面2線が設置され、プラットホームの長さは約93.6 mあった。すぐ東側には竹芝や芝浦など東京港の桟橋があり、伊豆七島へ向かう航路などへの連絡駅でもあった[1][2]。
1914年(大正3年)12月20日に東京駅が開業し、これに合わせて東京駅を起点とする市街高架線が東海道本線となり、当駅も東海道本線上の駅となった。東海道本線の長距離列車の運転もこの際に開始されたが、当駅には長距離列車用のプラットホームは無く、引き続き近距離の電車のみの停車する駅であった。東京駅開業に合わせて京浜線電車(後の京浜東北線)が運転を開始し、当駅にも停車するようになった[1]。
山手線と京浜東北線は田町 - 田端間で同一の線路を共用して運転してきたが、旅客の増加に伴い捌ききれなくなってきたため、線路を増設して分離する工事が行われ、1956年(昭和31年)11月19日に供用開始された。これにより、当駅のJRホームは現在に見るように島式ホーム2面4線の駅となった[3]。
1964年(昭和39年)9月17日には東京モノレールが乗り入れて空港連絡のターミナル駅となり[4][5]、さらに2000年(平成12年)12月12日には近くに都営地下鉄大江戸線の大門駅が開業している[1]。
かつては東海道新幹線のさらに海側に東京貨物ターミナル駅につながる貨物線(通称:大汐線)が通っていたが、都営地下鉄大江戸線の工事に伴い休止となった。なお、行楽シーズンには貨物線上に設置した当駅の特設ホームから九州や北海道方面へのカートレインが1990年から末期の1998年まで発着していた(それ以前の恵比寿駅から移転)。
年表[編集]
- 1909年(明治42年)12月16日 - 鉄道院東海道本線品川 - 烏森間開通と同時に開業。旅客営業のみの旅客駅。
- 1914年(大正3年)12月20日 - 京浜線電車(現在の京浜東北線)が運転開始。
- 1949年(昭和24年)6月1日 - 日本国有鉄道発足。
- 1956年(昭和31年)11月19日 - 京浜東北線と山手線の分離運転開始。
- 1964年(昭和39年)
- 1965年(昭和40年)11月 - 東京モノレールの全額負担で国鉄南口改札および国鉄とモノレールとの連絡跨線橋が開設[6]。
- 1968年(昭和43年)10月1日 - 国鉄駅での荷物取り扱いを廃止。
- 1974年(昭和49年)9月 - モノレールのホーム有効長を90mに延伸し、現行の長さになる[7]。
- 1984年(昭和59年)
- 1985年(昭和60年)前年竣工した浜松町構内跨線人道橋が土木学会田中賞を受賞。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄分割民営化により、国鉄の駅はJR東日本の駅となる。
- 1988年(昭和63年)3月13日 - 京浜東北線の快速運転開始により、日中は同線が通過するようになる。
- 1989年(平成元年)7月 - モノレール浜松町駅にホームに冷房装置が設置される[10]。
- 1990年(平成2年)5月21日 - 営業キロの設定により、東海道貨物線が当駅経由扱いとなる。これはカートレインの運行に伴うもので、実際にカートレインの浜松町発着が開始されたのはこの年の12月21日からであった。
- 1996年(平成8年)7月18日 - モノレール浜松町駅に南口が開設[11]。
- 1998年(平成10年)
- 2000年(平成12年)12月12日 - 都営地下鉄大江戸線の大門駅が開業。
- 2001年(平成13年)11月18日 - JR東日本でICカード「Suica」の利用が可能となる。
- 2002年(平成14年)
- 2003年(平成15年)7月19日 - JRと東京モノレールとの連絡通路新設[15]。
- 2008年(平成20年)11月27日 - MCAT閉店[16]。
- 2012年(平成24年)10月31日 - びゅうプラザ閉店。
駅構造[編集]
JR東日本[編集]
| JR 浜松町駅 | |
|---|---|
|
北口(2010年3月19日) | |
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はままつちょう Hamamatsuchō HMC | |
| 所在地 | 東京都港区海岸一丁目3-1 |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 電報略号 | ハテ |
| 駅構造 | 地上駅(一部橋上駅) |
| ホーム | 2面4線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
158,368人/日(降車客含まず) -2017年- |
| 開業年月日 | 1909年(明治42年)12月16日 |
| 乗入路線 3 路線 | |
| 所属路線 | ■京浜東北線* |
| 駅番号 | □JK 23 |
| キロ程 |
3.1km(東京起点) 大宮から33.4km |
|
◄JK 24 新橋 (1.2km) (1.5km) 田町 JK 22► | |
| 所属路線 | ■山手線* |
| 駅番号 | □JY 28 |
| キロ程 | 3.1km(東京起点) |
|
◄JY 29 新橋 (1.2km) (1.5km) 田町 JY 27► | |
| 所属路線 |
東海道本線貨物支線* (東海道貨物線) |
| キロ程 | 0.0km(浜松町起点) |
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(7.1km) 東京貨物ターミナル► | |
| 備考 |
みどりの窓口 有 |
|
*いずれも正式には東海道本線 | |
出入口は、新橋寄り地上階の北口、ホーム中程の階段・エスカレーター・エレベーターを上がった場所にある中央口、同じくコンコース経由で東芝ビルや日の出桟橋方面および金杉橋方面への南口の3か所である。中央口と南口はホームの上層にある橋上駅舎で、改札口から世界貿易センタービルとの連絡通路やその北側にある通路を通って東京モノレールへの乗り換えが可能である。
2002年にJR東日本が東京モノレールを買収してからは、コンコースの改修工事によってエスカレーターの増設やエレベーターの新設、それに東京モノレールの駅に直結する連絡通路と出口専用の改札口を新設し、JRから東京モノレールへの乗り換えの円滑化が図られた。
のりば[編集]
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | 北行 | 新橋・東京・上野・大宮方面 | |
| 2 | 内回り | 新橋・東京・上野・池袋方面 | |
| 3 | 外回り | 品川・渋谷・新宿方面 | |
| 4 | 南行 | 品川・横浜・大船方面 |
(出典:JR東日本:駅構内図)
小便小僧[編集]
山手線外回り・京浜東北線南行ホーム(3・4番線ホーム)の田町寄りに像がある。名称は「小便小僧」で、季節によって衣装を変えることで知られ、通勤・通学客の目を楽しませている。
1952年(昭和27年)10月14日の鉄道開通80周年に際して、当時の浜松町駅長の椎野栄三郎が、何か記念になるものはないかと新橋駅の嘱託歯科医だった友人の小林光に相談し、小林の長男誕生記念に作られて診療所の庭に置かれていた白い陶器製の小便小僧が寄贈されたのが最初である。このホームは当時未供用で、1956年(昭和31年)の山手線と京浜東北線の分離運転開始でようやく利用が開始されている。1955年(昭和30年)5月にプラットホームの改修工事が行われ、小林から新たにブロンズ製の小便小僧が寄贈された。
当初は衣装はなく、裸の状態であった。ある寒い日に女の子が毛糸の帽子を被せたのが衣装を着せる最初であったとされている。その後、浜松町の会社に勤務していた田中栄子という女性が衣装を作成して着せるようになった。1955年のブロンズ製の像の除幕式でも、田中の作った衣装でキューピッド姿で現れている。その後30年あまりに渡って田中が200着以上の衣装を作り続けてきたが、田中の死去により再び裸に戻った。
1986年(昭和61年)には、東京消防庁芝消防署から防災PR用に小便小僧に着せる消防服を作って欲しいと港区の手芸グループ「あじさい」に依頼があった。それをきっかけとして同年11月から再び着せ替えが始まり、それ以降は「あじさい」により衣装が毎月変更されている。像は動かせないので、人間のように衣服を着用することはできず、仮縫いまで済ませた服を持ち込んで現地で縫い合わせることで着用させている。
当初の白い陶器の小便小僧が作られたきっかけであった小林光の長男・小林光道は、現在も駅近くの世界貿易センタービル14階で歯科医院を開いている[17][18][19]。
2009年(平成21年)の開業100周年記念で、改札外コンコースに小便小僧のモザイクレリーフが設置された。
東京モノレール(モノレール浜松町駅)[編集]
| モノレール浜松町駅 | |
|---|---|
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中央口(2016年6月) | |
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モノレールはままつちょう Monorail Hamamatsuchō | |
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(4.0km) 天王洲アイル MO 02► | |
| 所在地 | 東京都港区浜松町二丁目4-12 |
| 駅番号 | □MO 01 |
| 所属事業者 | 東京モノレール |
| 所属路線 | 東京モノレール羽田空港線 |
| キロ程 | 0.0km(モノレール浜松町起点) |
| 駅構造 | 高架駅 |
| ホーム | 2面1線 |
| 乗降人員 -統計年度- |
114,939人/日 -2017年- |
| 開業年月日 | 1964年(昭和39年)9月17日[4][5] |
世界貿易センタービルに隣接したモノレールビルに位置している。頭端式ホーム2面1線を有し、東側から乗車ホームと降車ホームに分かれている。
前述の通り、東京モノレールの駅の正式名称は「モノレール浜松町」だが、駅や列車内の自動放送、行先表示、発車標では単に「浜松町」とされており、その他の旅客案内でも「モノレール浜松町」と「浜松町」が混在している。
出入口は、開業時に設置された中央口と1990年代後半に天王洲アイル寄りに設置された南口の2か所である。中央改札口には定期券売り場が設置されている。
エレベーターは、降車ホーム - 中央改札口間、降車ホーム - 南改札口間、東京モノレール本社内(1階 - 3階間は乗客も利用可能)に加えて、中央改札口と1階を連絡するものも新設された。なお、降車ホーム - 中央改札口間はホームから改札までの一方通行であり、中央改札口に併設した出口専用の幅広型自動改札機につながっている。エスカレーターも多数設置されているが、JR東日本が東京モノレールを買収してからは3階とJRコンコースを結ぶものを2基新設したので、前述のエレベーターや京浜東北線の快速が停車するようになったことと合わせて、羽田空港からの乗客の移動をスムーズにしている。かつてはMCAT(モノレールシティエアターミナル)が設置されていたが、有人カウンターは2010年3月31日、自動チェックイン機は同年9月30日をもって営業を終了した[16]。跡地には、中央改札口 - 乗車ホーム間のエレベーターとシティバンク銀行の出張所(2012年12月28日営業終了)が設置された。シティバンク銀行跡に、保険代理店のほけんの窓口が2013年6月7日に開業した。合わせて入口専用の幅広型自動改札機も設置された。
2009年6月に東京モノレールが国土交通省に提出した計画によれば、開業以来45年間軌道1本(単線)だった現在の世界貿易センタービル横にある駅施設をホーム2面・軌道2本(複線)に改良する予定である。JR線路の東側に移転することも検討されたが、コスト面などの理由で、現在の場所にある駅の拡張にとどまった。計画が検討された旧新幹線線路の移設で空いた敷地は、2009年時点では一部を有料駐車場や事業用車両の駐車場として利用されていたが、2013年4月の時点で、閉鎖され、新駅舎建築に向けボーリング調査が始まっている。東日本旅客鉄道(JR東日本)の定例会見で、浜松町駅西口周辺開発にあわせて、JRとモノレールを対象とする駅全体の改築を計画していることを明らかにした。モノレールの東京駅への延伸構想については、工期やコストなどの観点から、現時点での事業化は難しいとの考えを示した。
都心と羽田空港のアクセス面では、東京モノレールと京急、リムジンバス等で、利用者獲得競争が続いている。
のりば[編集]
| ホーム | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 東側 | 下り | 天王洲アイル・羽田空港国際線ビル・羽田空港第1ビル・羽田空港第2ビル方面 | |
| 西側 | 上り | 降車ホーム |
利用状況[編集]
- JR東日本 - 2017年度の1日平均乗車人員は158,368人であった[利用客数 1]。
- JR東日本の駅の中では大崎駅に次いで第17位。
- 東京モノレール - 2017年度の1日平均乗降人員は114,939人であった[利用客数 2]。
年度別1日平均乗降人員[編集]
各年度の1日平均乗降人員は下表の通り(JRは除く)[20]。
| 年度 | 東京モノレール | |
|---|---|---|
| 1日平均 乗降人員 |
増加率 | |
| 2004年(平成16年) | 113,888 | |
| 2005年(平成17年) | 111,079 | −2.5% |
| 2006年(平成18年) | 113,259 | 2.0% |
| 2007年(平成19年) | 116,536 | 2.9% |
| 2008年(平成20年) | 113,681 | −2.4% |
| 2009年(平成21年) | 109,098 | −4.0% |
| 2010年(平成22年) | 108,918 | 0.2% |
| 2011年(平成23年) | 105,126 | −3.5% |
| 2012年(平成24年) | 107,992 | 2.7% |
| 2013年(平成25年) | 108,134 | 0.1% |
| 2014年(平成26年) | 107,380 | −0.6% |
| 2015年(平成27年) | 107,380 | 0.0% |
| 2016年(平成28年) | 108,414 | 1.0% |
| 2017年(平成29年) | 114,939 | 6.0% |
年度別1日平均乗車人員(1900年代 - 1930年代)[編集]
各年度の1日平均乗車人員は下表の通り。
| 年度 | 日本鉄道 / 国鉄 |
出典 |
|---|---|---|
| 1909年(明治42年) | [備考 1]155 | [東京府統計 1] |
| 1911年(明治44年) | 422 | [東京府統計 2] |
| 1912年(大正元年) | 470 | [東京府統計 3] |
| 1913年(大正2年) | 487 | [東京府統計 4] |
| 1914年(大正3年) | 473 | [東京府統計 5] |
| 1915年(大正4年) | 515 | [東京府統計 6] |
| 1916年(大正5年) | 805 | [東京府統計 7] |
| 1919年(大正8年) | 1,521 | [東京府統計 8] |
| 1920年(大正9年) | 2,265 | [東京府統計 9] |
| 1922年(大正11年) | 3,615 | [東京府統計 10] |
| 1923年(大正12年) | 4,147 | [東京府統計 11] |
| 1924年(大正13年) | 4,941 | [東京府統計 12] |
| 1925年(大正14年) | 6,025 | [東京府統計 13] |
| 1926年(昭和元年) | 7,200 | [東京府統計 14] |
| 1927年(昭和2年) | 8,576 | [東京府統計 15] |
| 1928年(昭和3年) | 10,078 | [東京府統計 16] |
| 1929年(昭和4年) | 9,753 | [東京府統計 17] |
| 1930年(昭和5年) | 7,756 | [東京府統計 18] |
| 1931年(昭和6年) | 7,665 | [東京府統計 19] |
| 1932年(昭和7年) | 7,547 | [東京府統計 20] |
| 1933年(昭和8年) | 8,012 | [東京府統計 21] |
| 1934年(昭和9年) | 8,083 | [東京府統計 22] |
| 1935年(昭和10年) | 8,635 | [東京府統計 23] |
年度別1日平均乗車人員(1953年 - 2000年)[編集]
| 年度 | 国鉄 / JR東日本 |
東京 モノレール |
出典 |
|---|---|---|---|
| 1953年(昭和28年) | 23,859 | 未開業 | [東京都統計 1] |
| 1954年(昭和29年) | 24,696 | [東京都統計 2] | |
| 1955年(昭和30年) | 23,668 | [東京都統計 3] | |
| 1956年(昭和31年) | 25,518 | [東京都統計 4] | |
| 1957年(昭和32年) | 26,732 | [東京都統計 5] | |
| 1958年(昭和33年) | 29,197 | [東京都統計 6] | |
| 1959年(昭和34年) | 33,464 | [東京都統計 7] | |
| 1960年(昭和35年) | 35,119 | [東京都統計 8] | |
| 1961年(昭和36年) | 36,958 | [東京都統計 9] | |
| 1962年(昭和37年) | 38,836 | [東京都統計 10] | |
| 1963年(昭和38年) | 41,369 | [東京都統計 11] | |
| 1964年(昭和39年) | 46,219 | [備考 2]6,462 | [東京都統計 12] |
| 1965年(昭和40年) | 46,769 | 3,845 | [東京都統計 13] |
| 1966年(昭和41年) | 45,686 | 4,558 | [東京都統計 14] |
| 1967年(昭和42年) | 45,795 | 8,749 | [東京都統計 15] |
| 1968年(昭和43年) | 47,554 | 11,194 | [東京都統計 16] |
| 1969年(昭和44年) | 47,170 | [東京都統計 17] | |
| 1970年(昭和45年) | 54,022 | 20,838 | [東京都統計 18] |
| 1971年(昭和46年) | 58,161 | 23,680 | [東京都統計 19] |
| 1972年(昭和47年) | 60,723 | 27,778 | [東京都統計 20] |
| 1973年(昭和48年) | 63,222 | 32,438 | [東京都統計 21] |
| 1974年(昭和49年) | 66,611 | 35,370 | [東京都統計 22] |
| 1975年(昭和50年) | 65,997 | 36,473 | [東京都統計 23] |
| 1976年(昭和51年) | 67,290 | 39,132 | [東京都統計 24] |
| 1977年(昭和52年) | 67,819 | 41,877 | [東京都統計 25] |
| 1978年(昭和53年) | 67,216 | 34,745 | [東京都統計 26] |
| 1979年(昭和54年) | 69,317 | 35,142 | [東京都統計 27] |
| 1980年(昭和55年) | 69,044 | 35,458 | [東京都統計 28] |
| 1981年(昭和56年) | 72,126 | 37,490 | [東京都統計 29] |
| 1982年(昭和57年) | 75,658 | 37,992 | [東京都統計 30] |
| 1983年(昭和58年) | 79,057 | 38,913 | [東京都統計 31] |
| 1984年(昭和59年) | 104,707 | 43,310 | [東京都統計 32] |
| 1985年(昭和60年) | 107,466 | 44,671 | [東京都統計 33] |
| 1986年(昭和61年) | 109,315 | 47,238 | [東京都統計 34] |
| 1987年(昭和62年) | 115,899 | 49,257 | [東京都統計 35] |
| 1988年(昭和63年) | 122,548 | 52,438 | [東京都統計 36] |
| 1989年(平成元年) | 128,912 | 58,167 | [東京都統計 37] |
| 1990年(平成2年) | 139,241 | 62,627 | [東京都統計 38] |
| 1991年(平成3年) | 151,224 | 66,227 | [東京都統計 39] |
| 1992年(平成4年) | 157,690 | 71,129 | [東京都統計 40] |
| 1993年(平成5年) | 159,153 | 73,866 | [東京都統計 41] |
| 1994年(平成6年) | 156,682 | 73,688 | [東京都統計 42] |
| 1995年(平成7年) | 158,967 | 73,481 | [東京都統計 43] |
| 1996年(平成8年) | 162,778 | 76,685 | [東京都統計 44] |
| 1997年(平成9年) | 163,890 | 76,685 | [東京都統計 45] |
| 1998年(平成10年) | 161,953 | 76,767 | [東京都統計 46] |
| 1999年(平成11年) | [JR 1]156,886 | 69,989 | [東京都統計 47] |
| 2000年(平成12年) | [JR 2]152,620 | 66,959 | [東京都統計 48] |
年度別1日平均乗車人員(2001年以降)[編集]
| 年度 | JR東日本 | 東京 モノレール |
出典 |
|---|---|---|---|
| 2001年(平成13年) | [JR 3]149,246 | 64,418 | [東京都統計 49] |
| 2002年(平成14年) | [JR 4]148,144 | 62,597 | [東京都統計 50] |
| 2003年(平成15年) | [JR 5]142,956 | 58,626 | [東京都統計 51] |
| 2004年(平成16年) | [JR 6]141,430 | 58,745 | [東京都統計 52] |
| 2005年(平成17年) | [JR 7]144,085 | 57,200 | [東京都統計 53] |
| 2006年(平成18年) | [JR 8]147,355 | 58,126 | [東京都統計 54] |
| 2007年(平成19年) | [JR 9]153,496 | 59,697 | [東京都統計 55] |
| 2008年(平成20年) | [JR 10]158,700 | 58,060 | [東京都統計 56] |
| 2009年(平成21年) | [JR 11]155,145 | 55,367 | [東京都統計 57] |
| 2010年(平成22年) | [JR 12]153,594 | 55,348 | [東京都統計 58] |
| 2011年(平成23年) | [JR 13]151,480 | 53,358 | [東京都統計 59] |
| 2012年(平成24年) | [JR 14]153,104 | 54,715 | [東京都統計 60] |
| 2013年(平成25年) | [JR 15]155,784 | 54,436 | [東京都統計 61] |
| 2014年(平成26年) | [JR 16]152,910 | 53,997 | [東京都統計 62] |
| 2015年(平成27年) | [JR 17]155,334 | 53,538 | [東京都統計 63] |
| 2016年(平成28年) | [JR 18]155,294 | 54,351 | [東京都統計 64] |
| 2017年(平成29年) | [JR 19]158,368 |
- 備考
駅周辺[編集]
周辺は大企業から中小企業のオフィスが建ち並ぶ都内有数のオフィス街である。駅に隣接して西側に世界貿易センタービル、東側には旧芝離宮恩賜庭園がある。北口は汐留シオサイトの南の玄関口で、大型のオフィスビル、汐留芝離宮ビルディング、汐留ビルディングの完成により、乗降客が増加している。
東京都交通局(都営地下鉄)の大門駅が近く、大江戸線では副名称が「浜松町」となっている(建設時の仮称も「浜松町」)。
JR線からは大江戸線のみ乗り換え案内されている。浅草線は隣の新橋で乗り換えた方が便利である。
また、伊豆諸島や小笠原諸島へ向かう定期船の出港地である竹芝桟橋、水上バスや海上バスの出港地である日の出桟橋や、東京タワー、芝公園、増上寺、港区役所まで徒歩でアクセスすることが可能である。
- 世界貿易センタービル
- 日本生命浜松町クレアタワー
- 日本生命保険
- 資生堂ジャパン
- アイリスオーヤマ東京本部(2018年11月新設予定)
- シノケングループ東京本社(2018年11月移転予定)
- 朝日放送グループホールディングス東京オフィス
- 朝日放送テレビ東京支社
- 朝日放送テレビ東京支社
- スカイ・エー東京支社
- ABCフロンティアホールディングス
- ABCアニメーション
- ABCインターナショナル
- ABCライツビジネス
- エー・ビー・シー開発東京支社
- 港浜松町郵便局
- 芝公園郵便局
- 芝大神宮
- 東京ガス 本社
- 浜松町ビルディング
- シーバンス
- JR東日本アートセンター四季劇場[春]・[秋]・自由劇場
- 文化放送メディアプラス
- 浜松町スクエア
- 汐留芝離宮ビルディング
- 汐留ビルディング
- ニューピア竹芝
- 港竹芝郵便局
- ホテルアジュール竹芝
- ホテルインターコンチネンタル東京ベイ
- 旧芝離宮恩賜庭園
- 東京都立芝商業高等学校
- 東京都立産業貿易センター浜松町館
- 大門駅(都営地下鉄浅草線・大江戸線) - 世界貿易センタービルの連絡通路を経由して乗り換えができる。
- 竹芝駅(ゆりかもめ) - 北口から東へ徒歩10分
バス[編集]
バス停留所は、駅前通りにある浜松町駅前と世界貿易センタービル内にある浜松町バスターミナルとなる。
- 浜松町駅前
東京都交通局により運行されている。
- 浜松町バスターミナル
周辺整備計画[編集]
駅周辺は都市再生緊急整備地域の指定を受け、国土交通省、東京都、港区、JR東日本、東京モノレールの5者による浜松町周辺地区の交通施設整備計画が進められている。これは、2008年1月に完了した汐留再開発(汐留シオサイト)による同地への訪問を含めた乗降客の増加、そして2010年10月21日に予定されている羽田空港国際線定期便就航および新駅「羽田空港国際線ビル駅」開業によるモノレールの乗り換え客の増加に対応するものである。
港区は当駅周辺の交通結節機能を強化するため、駅北口から汐留方面へ延長約75m・幅員約20mの「浜松町駅東西自由通路」の整備を計画している。これは京浜東北線・山手線・東海道本線・東海道新幹線を跨ぐものであり、世界貿易センタービルのデッキ・文化放送側デッキおよび汐留のペデストリアンデッキに接続する。2009年度内に事業費負担をJR東日本と協定を結び、概略設計に着手する予定である。これに併せてJR東日本も北側に駅舎などの関連設備を整備し、以前の東京モノレール新駅予定地に設置する計画である。東京モノレールについても現行の駅位置において軌道を1本増設して複線化する2面2線化とコンコースの拡幅の実現を図り、1時間あたりの最大運転本数を現在の18本から24本に増やす予定である。
2012年10月に当駅周辺の交通施設整備計画の概要が発表され、コンコースを大幅に拡幅するほか、2014年度から世界貿易センタービルの建て替えを行い、2024年度に完成させるなどの施策が行われる[21]。2013年2月のJR東日本の定例会見によれば、JR駅、モノレール両浜松町駅全体の改築が発表された[22]。
現在山手線各駅ではホームドアの設置を進めているが、当駅への設置は大規模改良工事後に行われる。
2013年9月現在、北口付近と竹芝通りをまたいだ汐留ペデストリアンデッキ接続ブリッジの工事が、2014年3月末竣工の予定で進められている。
隣の駅[編集]
- 東日本旅客鉄道
京浜東北線
山手線
- 新橋駅 (JY 29) - 浜松町駅 (JY 28) - 田町駅 (JY 27)
- 東海道本線貨物支線(東海道貨物線)
- 浜松町駅 - 東京貨物ターミナル駅
- 東京モノレール
東京モノレール羽田空港線
- ■空港快速
- モノレール浜松町駅 (MO 01) - 羽田空港国際線ビル駅 (MO 08)
- ■区間快速・■普通
- モノレール浜松町駅 (MO 01) - 天王洲アイル駅 (MO 02)
- ■空港快速
脚注[編集]
- ^ a b c 駅の歴史、p.149
- ^ 小野田滋 『高架鉄道と東京駅[下]』 交通新聞社、2012年2月15日、第1刷、pp.90-91。ISBN 978-4-330-26812-5。
- ^ 駅の歴史、p.127
- ^ a b c 50年史、p.9。
- ^ a b c 上沢博之(2015年2月14日). “東京五輪物語 浜松町-羽田モノレール開通 空港まで15分、突貫工事”. 朝日新聞(朝日新聞社)
- ^ 50年史、p.249。
- ^ 50年史、p.15。
- ^ 50年史、p.25。
- ^ 石川尹巳「モノレール浜松町駅改修工事完成」、『鉄道ピクトリアル』第435号、1984年8月、 91頁。
- ^ 50年史、p.59。
- ^ 50年史、p.60。
- ^ 50年史、p.62。
- ^ a b 50年史、pp.74-75。
- ^ 「鉄道記録帳」、『RAIL FAN』第49巻第10号、鉄道友の会、2002年10月号、 22頁。
- ^ 「鉄道記録帳2003年7月」、『RAIL FAN』第50巻第10号、鉄道友の会、2003年10月1日、 22頁。
- ^ a b 50年史、p.63。
- ^ 交通新聞2009年7月15日
- ^ 【街物語】(18) 小便小僧との30年 ある女性の記録 MSN産経ニュース 2008年4月6日
- ^ 芝地区地域情報誌第9号 (PDF) p.2 港区
- ^ “東京モノレール DATA BOOK 2015/2016年度版”. 株式会社モノレール・エージェンシー. 2017年7月22日閲覧。
- ^ 世界貿易センタービルを建て替え 老朽化で、24年度完成 2012/10/18 19:02 共同通信
- ^ 浜松町駅改築を検討/西口周辺開発にあわせ/JR東日本 2013-02-06 建設通信新聞
出典[編集]
- JR・私鉄の1日平均利用客数
- ^ 各駅の乗車人員 - JR東日本
- ^ 会社概要(ページ下段) 1日あたり駅別乗降人員 - 東京モノレール
- JR東日本の1999年度以降の乗車人員
- ^ 各駅の乗車人員(1999年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2000年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2001年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2002年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2003年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2004年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2005年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2006年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2007年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2008年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2009年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2010年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2011年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2012年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2013年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2014年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2015年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2016年度) - JR東日本
- ^ 各駅の乗車人員(2017年度) - JR東日本
- JR・私鉄の統計データ
- 東京府統計書
- 東京都統計年鑑
- ^ 昭和28年 (PDF) - 9ページ
- ^ 昭和29年 (PDF) - 9ページ
- ^ 昭和30年 (PDF) - 9ページ
- ^ 昭和31年 (PDF) - 9ページ
- ^ 昭和32年 (PDF) - 9ページ
- ^ 昭和33年 (PDF) - 9ページ
- ^ 昭和34年
- ^ 昭和35年
- ^ 昭和36年
- ^ 昭和37年
- ^ 昭和38年
- ^ 昭和39年
- ^ 昭和40年
- ^ 昭和41年
- ^ 昭和42年
- ^ 昭和43年
- ^ 昭和44年
- ^ 昭和45年
- ^ 昭和46年
- ^ 昭和47年
- ^ 昭和48年
- ^ 昭和49年
- ^ 昭和50年
- ^ 昭和51年
- ^ 昭和52年
- ^ 昭和53年
- ^ 昭和54年
- ^ 昭和55年
- ^ 昭和56年
- ^ 昭和57年
- ^ 昭和58年
- ^ 昭和59年
- ^ 昭和60年
- ^ 昭和61年
- ^ 昭和62年
- ^ 昭和63年
- ^ 平成元年
- ^ 平成2年
- ^ 平成3年
- ^ 平成4年
- ^ 平成5年
- ^ 平成6年
- ^ 平成7年
- ^ 平成8年
- ^ 平成9年
- ^ 平成10年 (PDF)
- ^ 平成11年 (PDF)
- ^ 平成12年
- ^ 平成13年
- ^ 平成14年
- ^ 平成15年
- ^ 平成16年
- ^ 平成17年
- ^ 平成18年
- ^ 平成19年
- ^ 平成20年
- ^ 平成21年
- ^ 平成22年
- ^ 平成23年
- ^ 平成24年
- ^ 平成25年
- ^ 平成26年
- ^ 平成27年
- ^ 平成28年
参考文献[編集]
- 『停車場変遷大事典 国鉄・JR編』 JTB、1998年10月1日、初版。
- 『駅の歴史 東京のターミナル』 交通博物館、河出書房新社、2006年2月28日、初版。ISBN 4-309-76075-9。
- 『東京駅誕生』 島秀雄、鹿島出版会、1990年6月20日。ISBN 4-306-09313-1。
- 東京モノレール株式会社社史編纂委員会 『東京モノレール50年史』 東京モノレール株式会社、2014年9月、9頁。
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- 浜松町駅(各駅情報) - 東日本旅客鉄道
- 東京モノレール モノレール浜松町駅
乗り入れ路線と駅の一覧 | |||||||||||||||||||||||||
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