高宮和也

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高宮 和也
阪神タイガース #34
2014T34.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府岸和田市
生年月日 1981年12月4日(35歳)
身長
体重
173 cm
73 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2005年 希望入団枠
初出場 2006年4月6日
年俸 2,600万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

高宮 和也(たかみや かずや、1981年12月4日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手投手)。大阪府岸和田市出身。

来歴・人物[編集]

横浜時代[編集]

2005年オフ、大学・社会人ドラフト希望枠で横浜ベイスターズに入団。背番号は15

2006年春季キャンプでは大体大浪商高の先輩にあたる牛島和彦監督からフォークを伝授されるなど、即戦力として期待されていた。その後貴重な左投手として開幕1軍入りを果たす。4月6日の対中日戦の6回表に2番手として初登板し、先頭の立浪和義三振に仕留めたが、後続に打たれて敗戦投手になってしまう。その後も数試合に中継ぎ登板したものの、結果は残せなかった。しかし、4月20日の対広島戦でプロ初先発を務め、6回5失点ながら味方の援護で幸運な初勝利を手にした。以降、先発ローテーションに定着したがやはり結果は出ず。先発投手が不足していたことで辛抱強く起用してもらったが、6月17日に左手中指の捻挫で登録を抹消された。最終的な成績は2勝6敗、防御率は6.83。

2007年はリリーフとして22試合に登板したが、最後の4試合で10失点するなど防御率7.71と結果を残せず、後半は二軍生活だった。6月24日オリックス戦では1死も取れずに降板し、その投球内容からベイスターズ主催試合のネット中継ハマスタWAVEで「水差し野郎」「横須賀へ帰れ」などとこの日実況の椎野茂から酷評され、その動画がインターネット上で話題になった[2]

2008年も、10試合に登板して防御率11.12と打ち込まれ、結果を残せなかった。2009年8月にサイドスローへ改造し、コントロールと変化球を徹底的に磨いた。9月にようやく昇格して主に中継ぎで起用された。2010年もリリーフで21試合に登板したが、防御率は5.23と今ひとつの成績に終わった。12月6日、寺原隼人とともに山本省吾喜田剛と交換トレードでオリックス・バファローズへ移籍。背番号は40

オリックス時代[編集]

オリックス時代(2011年6月15日・神戸サブ球場

2011年は、キャンプ中に監督の岡田の勧めもありサイドスローから元のオーバースローに戻す[3]。その後は開幕一軍入りを果たすもビハインドでの登板が専らで、20試合に登板して、失点を喫したのは4試合で、奪三振率は8.74などの結果を残した。特に、WHIPは横浜時代よりも優秀な1.24を記録した。

2012年は主に二軍で過ごし、一軍では7月18日の対ソフトバンク戦で登板したのみであった。二軍戦ではリリーフで41試合に登板して3勝1敗3セーブ、防御率2.49の成績を残した。

阪神時代[編集]

2013年には、平野恵一FA権行使による移籍に伴う人的補償で、1月11日に阪神タイガースへ移籍。背番号は、オリックス時代に続いて40。7月24日に移籍後初めて一軍に登録されると、翌日のヤクルト戦で移籍後初登板。しかし、1回3失点で降板すると、翌日に登録を抹消された。ウエスタン・リーグでは、公式戦35試合に登板。1勝3敗、防御率4.08に終わった。シーズン終了後には、DeNAから移籍した鶴岡一成に背番号40を譲る格好で、34に変更した。

2014年には、5月1日にシーズン初の一軍登録を果たした。延長12回にまでもつれ込んだ同月7日の中日戦(ナゴヤドーム)では、同点で迎えた11回裏2死に7番手で登板。代打に起用された左打者の野本圭を三邪飛に打ち取ると、12回表の打席で梅野隆太郎と交代した。その後、チームは梅野の2点本塁打などで3点差を付けた末に逃げ切り勝利、自身も6年振りの勝利投手となった[4]。終盤は不振の加藤康介筒井和也に代わって貴重な中継ぎ左投手として活躍し、最終的には22試合の登板、防御率2.89の成績を挙げた。クライマックスシリーズではファイナルステージで対戦する読売ジャイアンツ阿部慎之助対策のワンポイントリリーフとして期待され、実際に第1〜3戦の3日連続で対戦して3打数無安打2三振と完璧に抑え込み、チームの日本シリーズ進出に貢献した[2]

2015年には、開幕一軍こそは逃すも4月3日に一軍登録されるとワンポイントなどで活躍。夏場に一度不調で抹消されるも再登録後は自身最多を大きく更新する52試合に登板し、チーム三位となる10ホールドポイントをあげ、自身最高のシーズンとなった。

横浜時代(2010年4月3日・神宮球場

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2006 横浜 18 8 0 0 0 2 6 0 1 .250 250 55.1 74 8 19 0 1 29 0 0 46 42 6.83 1.68
2007 22 0 0 0 0 0 0 0 3 ---- 91 18.2 27 4 9 0 2 12 3 1 16 16 7.71 1.93
2008 10 0 0 0 0 1 0 0 0 1.000 28 5.2 9 0 2 0 1 2 0 0 7 7 11.12 1.94
2009 11 0 0 0 0 0 1 0 2 .000 36 8.0 9 3 5 1 0 6 0 0 4 4 4.50 1.75
2010 21 0 0 0 0 0 0 0 3 ---- 56 10.1 18 0 1 0 5 11 0 0 7 6 5.23 1.84
2011 オリックス 20 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 96 22.2 22 0 6 0 4 21 0 0 10 10 3.97 1.24
2012 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 4 1.0 2 1 0 0 0 0 0 0 1 1 9.00 2.00
2013 阪神 1 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 6 1.0 3 2 0 0 0 1 0 0 3 3 27.00 3.00
2014 22 0 0 0 0 1 0 0 2 1.000 78 18.2 18 3 3 0 1 14 1 0 7 6 2.89 1.13
2015 52 0 0 0 0 2 0 0 8 1.000 157 35.2 35 2 15 0 3 27 2 0 14 12 3.03 1.40
通算:10年 178 8 0 0 0 6 7 0 20 .462 802 177.0 217 23 60 1 17 123 6 1 115 107 5.44 1.56
  • 2015年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
打撃記録
  • 初安打・初打点:2007年5月13日、対広島東洋カープ9回戦(横浜スタジアム)、5回裏に黒田博樹から中前適時打

背番号[編集]

  • 15 (2006年 - 2010年)
  • 40 (2011年 - 2013年)
  • 34 (2014年 - )

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]