筒井和也

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筒井 和也
阪神タイガース #20
HT-Kazuya-Tsutsui.jpg
2008年7月4日 阪神甲子園球場にて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 愛媛県伊予市
生年月日 1981年10月5日(34歳)
身長
体重
184 cm
87 kg
選手情報
投球・打席 左投右打
ポジション 投手
プロ入り 2003年 自由獲得枠
初出場 2004年10月7日
年俸 2,200万円(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

筒井 和也(つつい かずや、1981年10月5日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

愛媛県立松山北高等学校では2年夏からベンチ入りし、2年秋からはエースとなった。愛知学院大学では2年生の時に出場した全日本大学野球選手権大会2回戦で対戦した東海大学に対し敗れたものの、大会記録となる8者連続奪三振を達成し敢闘賞に選ばれた。愛知大学野球リーグでは24連勝を記録し、6季連続優勝に貢献した。02年春季MVP、大学での通算成績は29勝4敗、防御率1.04。

2003年のドラフト会議で自由獲得枠指名を経て阪神に入団。契約内容は契約金1億円、出来高5,000万円、年俸1,500万円(いずれも推定)だった。

プロ入り後[編集]

2004年10月7日の横浜ベイスターズ戦でプロ初登板初先発を記録。5回1/3を1失点に抑え初勝利を飾る。

2005年4月27日の中日ドラゴンズ戦でプロ2度目の登板・先発するも3回2失点で降板。しかしチームは勝利した為負けはつかなかった。これがこの年唯一の登板となり、その後2007年途中まで一軍登板はなくなる。また、先発登板に限ると2009年8月まで空くことになる。

2006年はプロ入り後唯一登板がない年となった(2015年シーズン終了現在)。

2008年はオープン戦での好調が評価されたことと、他の主な中継ぎ投手達の調整の遅れから、初の開幕一軍の切符を手にする。しかし、3月、4月はJFKが開幕からフル回転して活躍を見せていたため登板機会がなかなか訪れず、4月に3試合登板しただけで2軍降格が決まり、そのままペナントレース終了まで一軍に再び復帰することは出来なかった。

2009年、今季から背番号が20に変更された。開幕当初、主に中継ぎ投手として敗戦処理を担当していた。しかし、7月11日の読売ジャイアンツ戦で延長10回に登板しプロ初ホールドを記録するなど、次第に安定感を発揮するようになり、勝ち試合にも起用されるようになった。8月8日の広島東洋カープ戦では2005年4月以来の先発登板を果たすも、3回1/3で4失点しプロ初敗戦を記録。同15日の巨人戦にも先発したが2回6失点と打ち込まれ連敗してしまった(これが最後の先発登板となる)。最終的には45試合に登板し、プロ入り後では最高となる成績を収めた。

2010年は打ちこまれることが多く、1軍と2軍を往復するシーズンとなった。結局、23試合に登板したものの防御率は6.65に終わった。

2011年はシーズン終盤に1軍に昇格し、疲労が見えてきた中継ぎ陣をカバーする活躍を見せた。12試合に登板し、防御率1.26の好成績を残した。

2012年はシーズン序盤から好リリーフを見せ、9月19日の横浜DeNAベイスターズ戦では9回を無失点に抑えプロ初セーブを記録。時折不安定さを覗かせるものの、最終的にキャリアハイの58試合に登板した。オフの11月6日に、「侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」」の日本代表が発表され[1]代表入りした[2]

2013年は怪我の影響で開幕には間に合わなかったが、1軍復帰後はセットアッパーとして活躍し、39試合に登板した。

2014年は防御率5.03と苦しんだシーズンとなった。

2015年は6試合に登板し、防御率5.40と大幅に出場機会が減少し、満足できる成績を残せなかった[3]

選手としての特徴[編集]

スリークォーターから平均球速約140km/h[4]、最速151kmの速球を繰り出す。変化球は、スライダーチェンジアップ(サークルチェンジ)を軸に、カーブ(スローカーブ)・フォークを主に投げ、ごく稀に縦スライダー・ツーシームスクリューなども投げる。

2006年の秋からは投球フォームをサイドスローに改造していた。2008年の春季キャンプでは前までよりやや腕が上がったサイドとスリークォーターの中間のようなフォームになっていた。

入団時は、球界でも珍しい左投右打の選手であった。プロ入り後、右打の場合、利き腕の左腕が投手側になるため左打に転向した。その後、2009年シーズンからは再び右打となっている。しかし、リリーフ投手であるため打席に立つシーンは滅多に見ることができない[5]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2004 阪神 1 1 0 0 0 1 0 0 -- 1.000 24 5.1 7 0 2 0 0 6 1 0 1 1 1.69 1.69
2005 1 1 0 0 0 0 0 0 0 ---- 16 3.0 4 1 3 0 1 4 0 0 2 2 6.00 2.33
2007 4 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 28 5.0 8 0 5 0 0 3 0 0 6 6 10.80 2.60
2008 3 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 19 4.0 5 1 1 0 1 5 0 0 1 1 2.25 1.50
2009 45 2 0 0 0 1 2 0 1 .333 232 53.1 45 5 22 0 4 45 1 0 25 22 3.71 1.26
2010 23 0 0 0 0 0 2 0 2 .000 103 21.2 27 3 9 2 3 15 1 0 18 16 6.65 1.66
2011 12 0 0 0 0 0 0 0 3 ---- 57 14.1 13 1 4 0 1 12 0 0 2 2 1.26 1.19
2012 58 0 0 0 0 2 1 2 18 .667 209 50.0 45 3 19 3 3 46 1 0 19 18 3.24 1.28
2013 39 0 0 0 0 4 1 1 3 .800 179 45.1 34 4 11 0 1 39 0 0 13 13 2.58 0.99
2014 28 0 0 0 0 0 0 0 2 ---- 146 34.0 31 2 14 0 1 33 2 0 22 19 5.03 1.32
2015 6 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 25 5.0 8 0 3 0 0 7 0 0 3 3 5.40 2.20
通算:11年 220 4 0 0 0 8 6 3 29 .571 1038 241.0 227 20 93 5 15 215 6 0 112 103 3.85 1.33
  • 2015年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
  • 初登板・初先発・初勝利:2004年10月7日、対横浜ベイスターズ27回戦(横浜スタジアム)、5回1/3を1失点
  • 初奪三振:同上、1回裏に多村仁から空振り三振
  • 初ホールド:2009年7月11日、対読売ジャイアンツ8回戦(阪神甲子園球場)、10回表に4番手で救援登板、1回無失点
  • 初セーブ:2012年9月19日、対横浜DeNAベイスターズ23回戦(阪神甲子園球場)、9回表に3番手で救援登板・完了、1回無失点
打撃記録

背番号[編集]

  • 19 (2004年 - 2008年)
  • 20 (2009年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 侍ジャパンマッチ2012 日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  2. ^ 日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  3. ^ “秋山&筒井 Vで故郷・愛媛盛り上げる”. デイリースポーツ. (2015年12月28日). http://www.daily.co.jp/tigers/2015/12/28/0008680367.shtml 2016年3月30日閲覧。 
  4. ^ 『2013 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2013年、78頁。ISBN 978-4-905411-11-6
  5. ^ 公式戦では、一軍では2009年(2打席)、二軍では2008年(1打席)を最後に打席に立ったことはない。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]