金剛弘樹

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金剛 弘樹
CD-Hiroki-Kongo.jpg
中日時代
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県入間市
生年月日 (1979-02-12) 1979年2月12日(38歳)
身長
体重
181 cm
83 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2004年 ドラフト9巡目
初出場 2005年4月8日
最終出場 2010年6月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

金剛 弘樹(こんごう ひろき、1979年2月12日 - )は、埼玉県入間市出身の元プロ野球選手投手)。

来歴・人物[編集]

プロ入り前[編集]

帝京高では、1995年夏の第77回全国高等学校野球選手権大会優勝も含めて3度出場。ただし控え投手のため試合出場は2試合で、途中から外野守備に就いたのみで登板機会はなかった。

立正大学に進学し、東都大学野球に加盟する同校野球部に入部すると150km/hをマークして一躍スカウトから注目されたが、2年生の時に右肘を故障してプロ入りの機会を逃す。大学では武田勝と同期であった。

大学卒業後の2001年朝日生命に入社。都市対抗野球にも出場したが、その年限りで同社の野球部が廃部となり、日本通運に移籍。後に中日に同期入団する川井進とともに左右の2枚看板として活躍した。

過去何度もドラフト候補に挙げられていたが、2004年プロ野球ドラフト会議中日ドラゴンズから9位指名を受けて念願のプロ入りを果たした。

プロ入り後[編集]

2005年の春期キャンプでは、揺れて落ちるフォークボールが「フォークボールの神様」と呼ばれた杉下茂に絶賛された(杉下は日本の投手がフォークと呼んで投げている球の殆どはスプリットであると主張していて、フォークを褒めることはほとんどない)。しかし2005年、2006年とも二軍で防御率5点台に終わった。

2007年、背番号を0に変更。二軍でクローザーとして活躍し、チーム最多の36試合に登板して防御率0.68、11セーブの好成績で、ウエスタン・リーグ最多セーブ投手に輝いた(阪神筒井和也と同数受賞)。9月29日に行われたファーム日本選手権でも終盤に登板し、ファーム日本一の胴上げ投手となった。

2008年は二軍で防御率2.00、一軍ではプロ入り最多の12試合に登板するも一軍に定着することはできなかった。

2009年は二軍でリーグ最多の42試合に登板し、防御率3.21、2勝4敗13セーブの成績で2度目のウエスタン・リーグ最多セーブを獲得した。

2011年は二軍で31試合に登板し、防御率0.62、1勝14セーブの成績で3度目のウエスタン・リーグ最多セーブを獲得した(同僚の矢地健人と同数受賞)。

2012年は二軍で43試合に登板したが一軍登板はなく、10月2日に球団から戦力外通告を受けた[1]。その後、現役を引退。二軍では8年間で282試合に登板したが、これはウェスタン・リーグにおける最多登板記録である。

現役引退後[編集]

引退後は読売新聞グループ読売情報開発に再就職した[2]

2016年学生野球資格回復研修を受講した上で、翌2017年2月7日に日本学生野球協会より学生野球資格回復の適性認定を受けたことにより、学生野球選手への指導が可能となった[3]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2005 中日 9 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 53 11.0 14 4 7 0 1 6 2 0 11 11 9.00 1.91
2007 4 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 15 2.2 5 0 2 1 0 3 2 0 2 2 6.75 2.63
2008 12 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 60 12.2 19 0 5 0 0 10 1 0 10 9 6.39 1.89
2010 2 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 12 2.1 4 1 2 1 0 1 0 0 4 4 15.43 2.61
通算:4年 27 0 0 0 0 0 1 0 1 .000 140 28.2 42 5 16 2 1 20 5 0 27 26 8.16 2.03

記録[編集]

背番号[編集]

  • 33 (2005年 - 2006年)
  • 0 (2007年 - 2012年)

脚注[編集]

  1. ^ 来季の契約について”. 中日ドラゴンズ (2012年10月2日). 2012年10月5日閲覧。
  2. ^ 惜別球人 【中日】金剛弘樹 投手”. スポニチ Sponichi Annex (2012年12月20日). 2013年1月24日閲覧。
  3. ^ 元ヤクルト宮本慎也氏ら132人が学生野球資格回復 - 大学・社会人”. 日刊スポーツ (2017年2月8日). 2017年2月8日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]