川島慶三

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川島 慶三
福岡ソフトバンクホークス #4
HAWKS35-Kawashima.jpg
2014年8月14日 福岡ヤフオク!ドーム
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 長崎県佐世保市
生年月日 (1983-10-05) 1983年10月5日(33歳)
身長
体重
172 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 二塁手遊撃手
プロ入り 2005年 大学生・社会人ドラフト3巡目
初出場 2006年4月2日
年俸 3,500万円(2017年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

川島 慶三(かわしま けいぞう、1983年10月5日 - )は、長崎県佐世保市出身のプロ野球選手内野手外野手)。現在は福岡ソフトバンクホークスに所属。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

1983年10月5日長崎県佐世保市で生まれる[1]佐世保市立戸尾小学校では1年生の時にソフトボールを始め、佐世保市立旭中学校1年生の時に軟式野球を始め、1番・三塁手として活躍した。

佐世保実業高校では遊撃手二塁手として活躍し、4季連続九州大会に出場した[1]。高校3年の夏の県大会ではベスト8に入ったが甲子園出場は叶わなかった。

九州国際大学法学部法律学科に進学した。九州六大学リーグでは、二塁手として早くから頭角を現し、2年秋と3年春に2期連続で首位打者となった[2][3]

2005年、4年秋には本塁打王も獲得し、MVPに選出された。大学通算打率.408と同リーグでは圧倒的な打力を誇り、九州No.1の野手と評価されていた。

11月18日、2005年度プロ野球ドラフト会議(大学生・社会人ほか対象)で北海道日本ハムファイターズから3巡目指名を受けて入団[1]

日本ハム時代[編集]

2006年

指名時点で球団は外野手として期待していたが、川島が二塁手を続ける事を希望した[1]。春季キャンプは一軍で開始した[4]。2月26日にオープン戦初打席で場外サヨナラスリーランホームランを放つ[5]など勝負強い打撃と堅実な守備を見せ、開幕一軍の座を掴んだ。4月2日の対オリックス・バファローズ戦で7回に代打としてプロ初出場し、山本省吾相手に中飛で倒れ、そのまま左翼手として守備についた[6]。4月3日に一旦抹消され、4月14日に再昇格すると、4月15日に敵地・福岡 Yahoo! JAPANドームで行われた対福岡ソフトバンクホークス戦で9回から代打として出場し、延長12回同点一死一三塁の場面で、馬原孝浩にショートゴロを打たされたが、チームが禁止していたヘッドスライディングを敢行してセーフとなる間に三塁走者小笠原道大が生還し、同試合の決勝点を挙げ、これがプロ初打点となった[7]。また直後に馬原-山崎勝己バッテリーからプロ入り初盗塁も記録した[8]。4月16日の同カードで1番二塁手として初の先発出場を果たし、7回に杉内俊哉からレフト前ヒットでプロ初安打を放ち、フェルナンド・セギノールの二塁打で生還しプロ初得点も記録した[9]。4月22日の千葉ロッテマリーンズ戦で本拠地・札幌ドームで初出場した。調子は続かず打率.130となった所で5月12日に二軍へ降格。7月20日に東京ドームで行われたフレッシュオールスターゲームに6番・右翼手で先発起用され、4打数無安打だったが、2回にショートゴロでチーム初打点を挙げた[10]。8月3日に再昇格すると、8月6日の対埼玉西武ライオンズ戦で4回に代打で起用され西口文也から二塁打を放ち代打での初安打を記録し、7回にも再び西口から二塁打を打ち初のマルチヒットを達成した[11]。8月20日に二軍へ降格し、9月16日に再昇格すると、同日の対千葉ロッテ戦では9回に代打で出場し、ジャスティン・ミラーから二塁打を打ち本拠地初安打を記録した[12]。リーグ戦1位通過を決めた9月27日のシーズン最終戦には代走でのみ出場した[13]。1年目の先発出場は9試合、打率182でシーズンを終えた。守備面では失策はなかったが内野手失格となり、5月以降は外野手や指名打者で起用された[14]。二軍ではリーグ6位タイの9本塁打(207打数)を記録した[15]

プレーオフは2試合ともベンチ入りしたが出場機会がなかった。10月16日に抹消され日本シリーズにはベンチ入りできなかった。アジアシリーズでは11月10日予選リーグ第2戦の対La Newベアーズ戦に8番・左翼手で先発出場したがケニー・レイボーンに2三振を喫し、代打を送られ途中交代した[16]。シーズンオフの12月11日に一般女性と入籍[17]

2007年

前年の契約更改の席で外野に専念したい意向を球団に伝え、同年から外野手登録となった[18][19]。春季キャンプで右肩を痛め[20]、開幕は二軍で迎えた。6月14日に一軍昇格、7月9日に二軍へ降格、9月11日に再昇格、9月17日に降格、9月30日に再昇格と昇降を繰り返したが、工藤隆人の台頭などにより10試合の出場(先発起用4試合)に終わった。 クライマックスシリーズ第2ステージは第2戦、第4戦の2試合に出場した。日本シリーズは第2戦から第4戦までの3試合に途中出場し、1打席1死球だった。

2008年

1月11日、藤井秀悟坂元弥太郎三木肇との3対3の交換トレード橋本義隆押本健彦と共に東京ヤクルトスワローズへ移籍[21][22]

ヤクルト時代[編集]

2008年

1月22日に入団会見を行い、背番号は期待も込められて00となった[23]。また、移籍により再び内野手登録に戻した[24]オープン戦で2位の打率を残し[25]、開幕を一軍で迎えた。3月28日に本拠地・明治神宮野球場で行われた読売ジャイアンツとの開幕戦で1番・三塁手で先発出場し、2回第2打席でタイムリー打を打ち、移籍後初安打・初打点さらに初得点を記録、4回にはショートゴロで出塁して高橋尚成阿部慎之助から移籍後初盗塁も記録し、高田繁監督のヤクルトでの初勝利にも貢献した[26] [27]。4月3日の対横浜ベイスターズ戦で7回に右手親指付け根の痺れで途中交代し[28]、 東京都内の病院で検査の結果、右手親指付け根の靭帯損傷と診断され、4月4日に一軍選手登録を抹消された。4月25日に再昇格すると、4月26日の対中日ドラゴンズ戦で小笠原孝から4打数3安打を放ってプロ入り初の猛打賞を記録した[29][30]。翌4月27日には吉見一起から4回第2打席にレフトにソロ本塁打を放ち、これがプロ入り初本塁打となった[31][32]。4月30日の対阪神タイガース戦でも猛打賞を記録し、4月終了時点では打率.333(42打数14安打)だった。6月29日の対阪神戦では7回同点一死一三塁の場面で代打起用され、ジェフ・ウィリアムスからレフトに決勝打となる犠牲フライを打ち[33]、これが代打でのプロ入り初打点となった。6月21日以降ウィルソン・バルデスが足を故障した宮本慎也に代わる遊撃手として出場していたが、7月16日に川島が代打からプロ初の遊撃手の守備に付いたのをきっかけに[34]、7月20日の対広島東洋カープ戦で遊撃手でプロ初の先発起用となり[35]、その後正遊撃手の座を獲得した。8月31日から9月10日、9月12日から9月20日に8試合連続安打を2度記録するなど9月は月間打率.378(74打数28安打)と好調だった。規定打席に29打席足りなかったものの、自己最多の121試合(先発96試合)に出場し、初めてシーズンを通して一軍に定着。リーグ7位の20盗塁を記録し、盗塁成功率.952(企図数21)は同年の10盗塁以上の選手の中でリーグトップだった。

また同年は3月31日に北京オリンピック野球日本代表の第1次候補選手に追加選出されたが[36][37]、最終メンバーには選出されなかった[38]

2009年

開幕を一軍で迎えて、4月3日の開幕戦から2番遊撃手として先発出場、阪神との開幕カード第2戦・第3戦でプロ初の2試合連続本塁打を放つなど好スタートを切った。4月19日の対広島戦では3安打4打点と活躍した[39]。4月21日の対読売戦で出身県・長崎ビッグNスタジアムでのプロ初の出場を果たしたが4打数無安打と活躍はできなかった[40]。5月13日の対中日戦では3安打4打点の活躍をした[41]。その後もスタメンでの出場を続けていたが、9月19日の練習時に古傷である右肘の痛みを訴え出場選手登録を抹消され[42]、そのままシーズンを終えた。翌年の開幕出場を希望し、手術でなく保存療法を選択した[43]。自己最多の116試合に先発出場し、クリーンナップ以外全ての打順で出場、初めて規定打席にも到達し、安打・本塁打・打点すべて自己最多を更新した。一方、盗塁は成功数、成功率ともに著しく減少した。

2010年

2月に入っても回復が思わしくなかったこともあり春季キャンプ中に考えを改め[44]、3月4日、群馬県館林市内の病院で右肘の手術を行った[45]。シーズン全てをリハビリに費やし、一軍、二軍ともに試合出場の機会はなかった。

2011年

開幕を一軍で迎え、4月12日の読売との開幕戦に8番遊撃手で先発出場したが、6回第2打席で東野峻から右手に死球を受けて負傷交代した。4月13日に北九州市内の病院で右手第5中手骨の骨折と診断され[46]、4月19日に右手甲の整復固定手術を受けた[47]。7月26日に一軍に復帰し、7月30日の対読売戦では開幕以来の2番遊撃手で先発起用され、骨折の原因となった東野から初回に安打を放ち同点の走者として生還、6回には勝ち越しの犠牲フライを放って東野を降板させた[48]。8月は打率.308(26打数8安打)と好調だったがわずか1打点とチームの勝利に結びつかず、川端慎吾から正遊撃手の座を奪うことはできなかった。10月3日に右肘の痛みを訴えて一軍登録を抹消され、10月20日に群馬県館林市内の病院で靱帯再建手術を受けた[49]。怪我の影響で先発出場は9試合にとどまった。12月17日の契約交渉で減額制限を超える年俸55パーセントダウンの1200万円で更改した[50]

2012年

シーズンをリハビリに費やし、一軍、二軍ともに試合出場の機会はなかった。

2013年

開幕を一軍で迎え、3月29日の開幕戦では守備から遊撃手で途中出場し、3月30日から8番遊撃手で先発出場し、正遊撃手に復帰した。打率が2割を切ったのを境に4月20日以降控えでの起用も増え、遊撃手は森岡良介との併用となった。最終的に101試合(先発出場61試合)に出場し、本塁打も打ったが打率を大幅に下げた。

2014年

右肩と右肘の違和感を訴えてキャンプは二軍で迎え、3月8日の駿河台大学との練習試合で三塁打を放った際のスライディングで左手親指を負傷し[51]、3月10日に東京都内の病院で検査の結果、左手の母指末節骨骨折と診断された[52]。5月23日に一軍へ昇格し、代走や守備での途中出場から結果を出し、6月13日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦で8番遊撃手として先発起用され、3回に二塁打で出塁し同点の走者として生還した[53]。続く6月14日から再び控えへ戻り、7月13日から8番遊撃手で4試合連続先発起用された。7月14日の対読売戦では内海哲也から決勝打となるタイムリー打を放ち、5打席全て出塁と活躍した[54]

7月20日に日高亮と共に新垣渚山中浩史との交換トレードで福岡ソフトバンクホークスへ移籍[55]

ソフトバンク時代[編集]

2014年

7月22日、日高と共に入団会見を行った[56]。7月25日、ウエスタン・リーグの対オリックス戦(福岡 ヤフオク!ドーム)で3安打3打点の活躍により一軍へ昇格し[57][58]、同日同球場で行われた一軍の対オリックス戦の7回裏に代打で移籍後一軍初出場を果たした。中山慎也に死球を受けて出塁し、直後に中山-伊藤光バッテリーから二盗を成功させ移籍後初盗塁を記録し、今宮健太の内野安打により生還し移籍後初得点も記録した[59][60]。7月31日の対楽天戦で塩見貴洋から移籍後初安打を記録した[61][62]。8月13日の対楽天戦で松井裕樹から移籍後初タイムリーとなるセンター前ヒットを打った[63]。しかし吉村裕基の一軍復帰により、翌日8月14日に二軍降格となりそのままシーズンを終えた。12月2日の契約交渉後に新入団した飯田哲也一軍外野守備走塁コーチの勧めもあり、2015年は外野守備に再挑戦することを表明した[64]

2015年

新任の工藤公康監督の方針で出場機会が増加する。77試合に出場し、移籍後初となるソロ本塁打(5月17日 対西武戦)、チーム最多となる4本の三塁打を記録した。クライマックスシリーズファイナルステージでは1、2戦でセカンドで先発出場を果たし、両試合で1安打を記録した(3戦目は代打出場)。古巣ヤクルトとの日本シリーズでは、サウスポーの石川雅規が先発登板した第一戦と第五戦に一番レフトでスタメン出場を果たし、両試合で一安打を記録した(初戦はタイムリーヒット)。また、代打起用された第三戦でも安打を記録し、打率.333の好成績を残した。

プレースタイル[編集]

プロ入り前は50メートル走のタイムは5秒7の俊足、遠投110メートルの強肩の身体能力で、大学時代の通算成績は240打数98安打14本塁打、打率.408だった[65]

小柄な体格ながらパンチ力を秘めており、右打ちにも長けた器用さを兼ね備えた打撃である[3]。盗塁成功率も高い(2014年終了現在で通算81.5パーセント)。

内野外野複数のポジションを務めることができるユーティリティープレイヤーであり、2015年シーズンには一軍で一塁の守備に就き内野全てのポジションを経験した。なおその時ファーストミットを用意できなかったため、外野用グラブを着用し一塁守備をこなした。

人物[編集]

佐世保実業高校では共に野球部でプレーしていた兄の川島勝が、その後競輪に転向してS級プロ選手になっており、川島自身も指名されなかったら競輪選手を目指すつもりだったと入団時に語っている[65]

大学時代に九州6大学選抜でハワイに遠征した際に、フロリダ・マーリンズから獲得を打診された事がある[66]

甘いマスクであり入団1年目はスター候補として期待されていた[67]。ドラフト指名時に大学時代の伊藤健治監督は「顔も評価された」と述べた[65]。ヤクルト時代の同僚・武内晋一は「明るくて、ムードが和む。ベンチの盛り上げ役」と評価した[68]

ヤクルトへ移籍する際に、2007年まで日本ハムのゼネラルマネージャー(GM)を務めていたヤクルト元監督高田繁は川島を高く評価しており「出血覚悟で藤井の名前を出したら乗ってきた」と語っていた[69]。川島は入団会見で高田の胴上げを目標に掲げた[23]

2011年オフに川島亮がヤクルト退団したため、マスメディアでの表記は「川島」になったが、スコアボード表記の「川島慶」と場内アナウンスのフルネーム呼称は継続されていた。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2006 日本ハム 24 37 33 6 6 3 0 0 9 2 2 0 1 0 2 0 1 8 0 .182 .250 .273 .523
2007 10 21 18 2 4 1 0 0 5 0 1 0 1 0 0 0 2 3 0 .222 .300 .278 .578
2008 ヤクルト 121 417 353 52 90 16 4 4 126 35 20 1 19 4 32 1 9 60 11 .255 .329 .357 .686
2009 118 485 427 49 109 13 2 12 162 43 8 7 17 3 32 0 6 77 9 .255 .314 .379 .693
2011 40 54 46 8 12 0 0 0 12 3 3 0 1 1 4 0 2 8 0 .261 .340 .261 .600
2013 101 268 225 27 48 5 0 4 65 14 7 2 14 1 23 2 5 38 4 .213 .299 .289 .588
2014 19 36 26 8 7 2 0 0 9 1 1 0 2 0 7 2 1 6 2 .269 .441 .346 .787
ソフトバンク 10 21 17 1 3 0 0 0 3 1 2 0 0 0 3 0 1 5 0 .176 .333 .176 .510
'14計 29 57 43 9 10 2 0 0 12 2 3 0 2 0 10 2 2 11 2 .233 .400 .279 .679
2015 77 194 157 34 43 6 4 2 63 20 7 2 9 3 22 0 3 29 2 .274 .368 .401 .769
2016 20 50 40 4 5 0 0 0 5 3 0 3 1 0 8 0 2 10 0 .125 .286 .125 .411
NPB:10年 540 1583 1342 201 327 46 10 24 459 122 52 12 72 12 133 5 31 244 28 .244 .323 .342 .665
  • 2016年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]

内野守備

一塁 二塁 三塁 遊撃




























2006 - 7 12 18 0 5 1.000 - -
2008 - - 42 28 74 5 4 .953 54 68 141 4 24 .981
2009 - - - 118 187 371 9 67 .984
2011 - - - 30 18 35 0 6 1.000
2013 - - - 95 98 197 9 35 .970
2014 - - 8 4 8 0 0 1.000 19 16 32 0 7 1.000
2015 2 1 0 1 1 .500 47 87 92 0 21 1.000 - 1 1 0 0 0 1.000
通算 2 1 0 1 1 .500 54 99 110 0 26 1.000 50 32 82 5 4 .958 317 388 776 22 139 .981
外野守備

外野







2006 6 5 0 0 0 1.000
2007 7 9 0 0 0 1.000
2008 43 26 2 1 0 .966
2013 2 0 0 0 0 .000
2015 10 6 0 0 0 1.000
通算 68 46 2 1 0 .980
  • 2015年度シーズン終了時

記録[編集]

背番号[編集]

  • 39 (2006年 - 2007年)
  • 00 (2008年 - 2013年)
  • 13 (2014年 - 同年7月20日)
  • 35 (2014年7月22日 - 2016年)
  • 4 (2017年 - )

登場曲[編集]

  • アフリカ-DANCE HALL LOVERS SEAON FIVE
  • 今夜はブギーバック

・スタート ・音色

関連項目[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 決勝点となる。この試合で日本ハム投手陣(八木智哉武田久MICHEAL)は、ともにプロ野球史上初となる「延長回を含む試合で投手継投によるノーヒットノーラン」および「3投手継投によるノーヒットノーラン」を記録。

出典[編集]

  1. ^ a b c d 九州国際大の川島と仮契約/ドラフト3巡目指名
  2. ^ 中田の2試合完投で北九大がV/九6 2004年5月30日 日刊スポーツ九州
  3. ^ a b 2006年度北海道日本ハムファイターズ名鑑 スポニチ
  4. ^ 新人の八木、川島が1軍へ/春季キャンプ日程を確認 2006年1月13日北海道日刊スポーツ(リンク切れ)
  5. ^ 日本ハム・川島“プロ初打席”の一発にしてやったり
  6. ^ プロ野球スコア速報 オリックス−日本ハム nikkansports.com
  7. ^ 日本ハム・八木惜しい!!延長十回ノーヒットノーランのまま降板 2006年4月16日SANSPO.COM
  8. ^ プロ野球スコア速報 ソフトバンク−日本ハム nikkansports.com
  9. ^ プロ野球スコア速報 ソフトバンク−日本ハム nikkansports.com
  10. ^ 2006年度フレッシュオールスター・ゲーム 試合結果
  11. ^ エキサイトベースボール | 8月6日(日) 西武 vs 日本ハム(試合詳細)
  12. ^ プロ野球スコア速報 日本ハム−ロッテ nikkansports.com
  13. ^ プロ野球スコア速報 日本ハム−ソフトバンク nikkansports.com
  14. ^ 競争激化!日本ハム川島が二塁挑戦プラン 2007年12月27日 日刊スポーツ北海道
  15. ^ 2006年度 イースタン・リーグ 本塁打【リーダーズ(打撃部門)】
  16. ^ 2006年度 KONAMI CUP アジアシリーズ 試合結果(予選リーグ)
  17. ^ 日本ハム「イケメン」川島が入籍 2006年12月11日 日刊スポーツ北海道
  18. ^ 日本ハム川島が外野で定位置狙う 2007年1月6日 日刊スポーツ北海道
  19. ^ 沖縄春季キャンプ参加選手のお知らせ 2007年1月28日 北海道日本ハムファイターズ公式サイト
  20. ^ 日本ハム川島&陽が別メニュー調整 2007年2月13日 日刊スポーツ北海道
  21. ^ ニュース | トレードのお知らせ | 北海道日本ハムファイターズ 2008年1月11日配信
  22. ^ 燕・藤井が日本ハムへトレード!高田監督“古巣”相手に豪腕 2008年1月10日SANSPO.COM
  23. ^ a b ヤクルト、交換トレードで移籍した押本ら3選手が入団会見 2008年1月23日SANSPO.COM
  24. ^ 東京ヤクルトスワローズ 2008年度 選手一覧
  25. ^ 2008年度 オープン戦 個人打撃成績(規定打席以上)
  26. ^ 高田燕、開幕巨倒で初勝利!ラミ&グラ奪われた恨み晴らした
  27. ^ プロ野球スコア速報 ヤクルト対巨人 : nikkansports.com 2008年3月29日SANSPO.COM
  28. ^ ランランラン!走る燕が首位浮上で6戦セ最多の13盗塁 2008年4月4日SANSPO.COM
  29. ^ チャンスで一本出ず、接戦落とす… 今季3度目の完封負けで勝率5割 スコアボード | 東京ヤクルトスワローズ
  30. ^ プロ野球スコア速報 ヤクルト対中日 : nikkansports.com
  31. ^ 川島慶選手のプロ初アーチなどで詰め寄るも及ばず、今季初の借金1… スコアボード | 東京ヤクルトスワローズ
  32. ^ プロ野球スコア速報 ヤクルト対中日 : nikkansports.com
  33. ^ 飯原選手、川島慶選手の代打陣の活躍! 青木選手、2試合連続弾! 粘りの逆転勝利!! スコアボード | 東京ヤクルトスワローズ
  34. ^ チャンス作るも1本が出ず、今季6度目の完封負けで連勝ストップ スコアボード | 東京ヤクルトスワローズ
  35. ^ 頼れる2番、主将・宮本選手が決勝打!! 接戦制し、今季初の4連勝で勝率5割復帰!! スコアボード | 東京ヤクルトスワローズ
  36. ^ 星野ジャパン代表候補77人を発表
  37. ^ “G倒効果”で福川ら北京候補入り 2008年4月1日スポニチ
  38. ^ 日本代表24人決定!上原、新井も… 2008年7月17日 スポニチ
  39. ^ 漫才じゃない!“ダブル川島”神宮の拍手独占 2009年04月20日スポニチ
  40. ^ プロ野球スコア速報 巨人対ヤクルト : nikkansports.com
  41. ^ プロ野球スコア速報 中日対ヤクルト : nikkansports.com
  42. ^ 川島慶 復帰厳しい…右ひじ痛再発で抹消 2009年9月20日スポニチ
  43. ^ 川島慶「開幕に行くために」手術回避へ 2009年10月25日スポニチ
  44. ^ ヤクルト・川島慶、右ひじ手術の方向で調整 2010年2月22日SANSPO.COM
  45. ^ 川島慶が右ひじ手術、無事終える 2010年3月4日スポニチ
  46. ^ 川島 12日の死球で骨折…復帰初戦での悪夢 2011年4月14日スポニチ
  47. ^ 川島慶が右手甲を手術…全治2カ月半 2011年4月19日スポニチ
  48. ^ 川島慶 開幕以来の先発…“因縁”東野から犠飛で号泣 2011年7月31日スポニチ
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  51. ^ 2軍調整中の燕・川島、骨折か…練習試合で左手親指を負傷 2014年3月9日サンスポ紙面
  52. ^ 川島が左手骨折 ヤクルト遊撃手一番手はドラ2新人 2014年3月10日スポニチ
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  54. ^ エキサイトベースボール | プロ野球速報 | 7月14日(月) 巨人 vs ヤクルト(試合詳細)
  55. ^ トレード成立のお知らせ 東京ヤクルトスワローズ球団公式サイト2014年7月20日配信
  56. ^ トレード入団の川島選手、日高投手が会見 福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト 選手ニュース 2014年7月22日配信
  57. ^ ソフトバンク川島、アピール実り1軍登録 2014年7月25日 日刊スポーツ
  58. ^ 川島選手、日高投手がファーム戦に出場 福岡ソフトバンクホークスオフィシャルサイト 選手ニュース 2014年7月25日配信
  59. ^ ヤクからトレードのソフトB川島 初出場で二盗スポーツニッポン2014年7月26日配信
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  61. ^ 川島が移籍後初ヒットを放つも、連勝は「6」でストップ… ゲームレポート | 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト
  62. ^ ソフトB川島 移籍後初先発初安打 2014年8月1日 日刊スポーツ
  63. ^ 一球速報 | 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト
  64. ^ ソフトB川島、来季は外野挑戦へ 2014年12月3日 日刊スポーツ
  65. ^ a b c 3巡目川島「兄弟キャンプ」で開幕1軍狙う/大学・社会人ドラフト 2005年11月19日 北海道日刊スポーツ
  66. ^ 大学・社会人ドラフト3巡目川島バックスクリーンへプロ初本塁打 2006年2月12日北海道日刊スポーツ
  67. ^ 日本ハムのルーキー川島は次期スター候補 2006年4月25日 日刊スポーツ北海道
  68. ^ 川島慶三 | 東京ヤクルトスワローズ公式サイト
  69. ^ Number 701号より。
  70. ^ 感涙!ファンへ背中の文字でメッセージ新庄カウントダウン プロ野球 : nikkansports.com 2016年10月26日閲覧(2006年9月28日紙面)

外部リンク[編集]