石川雅規

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石川 雅規
東京ヤクルトスワローズ #19
YS-Masanori-Ishikawa20130503.jpg
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 秋田県秋田市
生年月日 (1980-01-22) 1980年1月22日(37歳)
身長
体重
167 cm
73 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2001年 自由獲得枠
初出場 2002年4月4日
年俸 1億8,000万円(2017年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
五輪 2000年

石川 雅規(いしかわ まさのり、1980年1月22日 - )は、東京ヤクルトスワローズに所属するプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

秋田市立秋田商業高等学校ではエースとして、第79回全国高等学校野球選手権大会に出場した(石川とバッテリーを組んでいた主将で捕手の太田直は現在、秋田市立秋田商業高等学校硬式野球部監督である)。1回戦の対島根県立浜田高等学校戦では、和田毅との投げ合いを制して完投勝利を挙げた。続く2回戦の対沖縄県立浦添商業高等学校戦では完投するも8失点を許し、チームは敗退した。同年代の藤田太陽仁部智、後松重栄と共に秋田県内では注目される存在だった[要出典]。また中学時代のチームメートには中泉松司(後の秋田県県議会議員、参議院議員)がいる。

1998年青山学院大学へ進学。シンカーを習得し、東都大学リーグではエースとして活躍した。1999年第30回明治神宮野球大会2回戦の対創価大学戦では延長18回を完投した[1]。大学3年生でシドニーオリンピックに出場。大学時代の通算記録は、51試合23勝8敗、防御率1.63、284奪三振。最高殊勲選手1回(2年生春)、最優秀投手3回(2年生春・秋、4年生春)、ベストナイン3回(2年生春・秋、4年生春)を受賞した。

2001年自由獲得枠ヤクルトスワローズに入団。なお秋田北中で1年先輩だった鎌田祐哉も前年度ヤクルトに入団している。

プロ入り後[編集]

2002年
春季キャンプで一軍に帯同。開幕一軍こそ逃したものの、4月4日の広島東洋カープ戦(明治神宮野球場)で先発。6回2/3を無失点で抑えて初登板を初勝利で飾った。この年は新人ながらローテーションを守り続け、12勝をマークし、新人王を受賞した(秋田県出身のプロ野球選手としては初受賞)。
2003年
年間を通してローテーションを守り抜き、12勝をマークして優秀JCB・MEP賞を受賞した。また、7月13日にプロ入り後初の地元(秋田県立野球場)で凱旋登板し、勝利を収めて故郷に錦を飾った。オフに青山学院大学で同級生だった元客室乗務員と結婚した。
2004年
春季キャンプ中に発症した左肘痛の影響で開幕は二軍でスタート。4月半ばに一軍に昇格。昇格後はローテーションを守り抜き、11勝をマーク。オフに長男が誕生した。
2005年
オフに左足を疲労骨折したが、開幕には間に合わせる。初の開幕投手を務め、7回1失点で勝利を収める。6月には交流戦の休養日の影響で自身初のシーズン中の二軍落ちを経験。最終的には10勝をマークし、入団から4年連続で二桁勝利(球団では佐藤進西村竜次に次いで3人目)を記録した。
2006年
二年連続で開幕投手を務め、6回2失点で勝利投手となる。7月、監督推薦でオールスターゲームに初出場。1試合目の3番手として登板し、2回を1奪三振の無失点に抑えた。チームのローテーション投手が安定しない中、唯一ローテーションを守り10勝をマークする。ヤクルトでは球団史上初、セ・リーグでは堀内恒夫江夏豊に次ぐ3人目の、入団から5年連続の2桁勝利を達成した。
2007年
シーズン序盤は不調に苦しみ、中継ぎへ配置転換される。5月に二軍に降格。再び昇格するものの6月に再度二軍に降格した。シーズン中盤からは復調し、7点台だった防御率を4点台まで改善させた。9月13日の読売ジャイアンツ戦(神宮)でプロ初完封を果たす。成績は序盤の大不振がたたり、入団後初めて規定投球回に到達せず、自己最低の4勝に終わった。
2008年
投手キャプテンに就任。シュートを習得してシーズンに臨んだ。自身3度目の開幕投手を務め、6回2/3を2失点で勝利投手となった。4月までに5勝、防御率1点台をマークし、月間MVPを受賞。交流戦では12球団1位の防御率1.18という好成績を残した。8月には監督推薦でオールスターゲームに2度目の出場。第2戦に2番手として登板し、見事勝利投手に輝いた。この年は、自己最多のイニング数を投げ、前年の不振を払拭する活躍を見せたが、打線の援護から見放された為に勝ち星は12勝にとどまった。10月12日の横浜ベイスターズ戦(神宮)においてシーズン初のリリーフ登板。1/3を無失点に抑え広島のコルビー・ルイスを0.003差で逆転して初タイトルとなる最優秀防御率を獲得する。またゴールデングラブ賞を受賞した(投手部門での受賞は球団初)。10月に次男が誕生。
2009年
選手会長を務める。2年連続の開幕投手になったが、4回5失点でKOされ敗戦投手になったが、次の中日ドラゴンズ戦でシーズン初勝利を挙げる。前半戦は不調だったが、後半戦から調子を取り戻し、館山昌平と共にヤクルト投手陣の屋台骨を支えた。クライマックスシリーズ出場を賭けた10月9日の阪神タイガース戦では7回1/3を自責点0で勝ち投手となり、チーム初のクライマックスシリーズ出場に貢献した。この年は自己最多の13勝を記録。勝率はプロ入り8年目で初めて6割を超えた。
2010年
3年連続の開幕投手を務めたが、調子が上がらず開幕から6連敗、防御率は4点台と安定感を欠いていた。チームの成績不振の責任をとって高田繁監督が休養した直後の試合でようやく初勝利を挙げるものの、6月終了の時点では2勝8敗と散々な成績だった。しかし7月以降に急激に盛り返す。7月には自身2度目の月間MVPに輝き、無傷の11連勝を記録するなど抜群の安定感を誇った。最終的には13勝8敗、防御率3.53と前年とほぼ同じ成績まで持ち直してシーズンを終えた。
2011年
4年連続の開幕投手を務めた。5月14日の横浜ベイスターズ戦(横浜スタジアム)で史上128人目の通算100勝を達成した(球団では通算5人目)。10年目の100勝達成は球団としては金田正一に次ぐスピード記録だった。この年は勝ち星が思うように伸びなかったが、最終的に10勝をマーク、4年連続の二桁勝利を達成した。
2012年
5年連続の開幕投手を務め、開幕戦の巨人戦(東京ドーム)で9回1死まで巨人打線を無安打に抑えた。史上初の開幕戦ノーヒットノーランは果たせなかったが、トニー・バーネットとの完封リレーで4年ぶりに開幕戦を勝利で飾り、球団新記録である開幕戦4勝目を挙げた。8月21日の巨人戦(神宮)で谷佳知から史上132人目の通算1000奪三振を達成した。しかしシーズン通しての防御率は3点台後半にとどまり、二桁勝利も途切れた。
2013年
新球フォークを習得して臨んだシーズン、この年はチームの低迷に沿うように自身の勝利数も伸び悩む。自身のシーズン最終登板で11度目となる規定投球回数に到達し、前年度より成績は持ち直したものの、不運な失点や途中離脱も重なり自身の役割を全うできないシーズンとなった。オフには新たに3年契約(年俸1億8000万円・3年契約中2年目経過で契約の見直し)を結んだ。
2014年
開幕から絶不調で、3,4月の月間防御率は7.24と打ちこまれる登板が続いた。しかし、5月7日の広島戦(神宮)で自身2年ぶりの完封で今季初勝利をあげると、ここから順調に調子を上げていき、6月11日の東北楽天ゴールデンイーグルス戦で、山田哲人の先頭打者ホームランの1点を守り切り今季2度目の完封勝利を達成。1回表の先頭打者本塁打による1-0の勝利は球団では1959年の国鉄時代以来55年ぶりと記録的快挙となった。最終的にはチーム唯一ローテーションを1年間守り切り、唯一規定投球回に到達。両リーグ1位の援護率5.86と強力打線にも恵まれ、自身3年ぶり10度目の二桁勝利を達成し、6勝に終わった昨年から巻き返しを果たすシーズンとなった。ただし、四球は自己最多、昨年より防御率は悪化し規定投球回に到達したなかではセ・リーグ最下位に陥るなど、課題も残るシーズンとなった。
2015年
シーズン序盤は調子が上がらず登録抹消された期間もあったが、8月25日の登板以降は6連勝を記録し、チームの14年振りのリーグ優勝に貢献した。9月の成績は、5戦5勝防御率1.21と抜群の安定感でチームを牽引し、この活躍が評価され自身3度目の月間MVPを受賞した[2]。9月10日の明治神宮球場での対DeNA戦で6回を1失点に抑え現役最多11度目の二桁勝利を達成。9月27日の2位巨人との直接対決では中4日で登板し、体調不良に見舞われながらも5回を1失点に抑え、更には決勝点となる適時打を打っており、9月の活躍の象徴となった[3]。また、この試合で自身最多タイとなる13勝目を記録し、規定投球回数にも到達した。12月7日の契約更改では約2000万円増の年俸2億円でサインした。2012、2013年に並ぶ自己最高額となった[4]
2016年
左ふくらはぎに不安をかかえ迎えたシーズン序盤は不安定な投球が多く、5月18日の広島東洋カープ戦後の5月22日に左ふくらはぎ痛で登録抹消。6月1日の北海道日本ハムファイターズ戦で復帰するが、3回4失点と怪我の影響を隠しきれず再び登録抹消。7月18日の横浜DeNAベイスターズ戦で復帰し、7回1失点で勝ち投手となりその後は比較的安定した投球を重ねる。8月27日の阪神タイガース戦で9回途中2失点で史上48人目の通算150勝を達成(球団では史上3人目)。しかし怪我での長期離脱が響き3年ぶりに2桁勝利に届かず、また2007年以来2度目の規定投球回に到達しなかった。

選手としての特徴[編集]

スリークォーターからスライダーシンカーカットボールシュート、稀にカーブチェンジアップなど、多彩な変化球で打たせて取る投球が持ち味であり、球界を代表する技巧派投手の一人と称される[5]。基本的に速球は平均球速約135km/h[6]、最速140km/h序盤と遅いため、変化球のキレとコマンド力で補っている。四隅に精密に投げきる程の制球力はないものの、ストライクをとる能力に非常に長けていて四球が少なく、通算与四球率1.67を記録している。これは「精密機械」と呼ばれた北別府学の1.90、小山正明の1.80といった名投手達の記録を上回っており、かつ通算2000投球回以上に達している投手の中では最高記録である。

2008年の日本シリーズでの岸孝之の活躍に刺激を受け、オフに90km/h前後のスローカーブを習得。「カツオカーブ」と名付ける。カツオカーブの名は本人のあだ名(エピソード参照)と、の泳ぐ速さがおよそ時速80kmであることからきている[7]

人物・エピソード[編集]

  • 公称167cmの小柄な体格から、「小さな巨人」「小さな大投手[8][9]といったキャッチフレーズが用いられている。
  • 巨人球団代表の清武英利は、2001年当時のスカウトからの伝聞として、次のような話を紹介している。この年のドラフトで巨人は、当初は石川を獲得する方針だった。当時のドラフト制度では、自由獲得枠で大学・社会人出身の有力選手を獲得することが可能だったため、大学出身の石川を獲得できる可能性は高く、巨人のスカウトは、石川の関係者とも話が進んでいた。しかし、同年夏の高校野球・甲子園大会では、寺原隼人日南学園高校)の活躍が世間の注目を集めたため、長嶋茂雄監督(当時)の意向で、自由獲得枠の対象ではない高校出身の寺原を1巡目で指名することになった。結果的に石川は、自由獲得枠でヤクルトに入団することになった。寺原には4球団(巨人・ダイエー中日横浜)が競合し、抽選の結果、ダイエーが獲得した。巨人は外れ指名として、真田裕貴を獲得した[10]
  • 打撃も比較的得意であり、2003年には1試合複数安打を3度記録、2007年までに1試合3打点も2度達成している。打撃練習が好きで、プロで本塁打を打つことを目標のひとつにしている。
  • 脚力があり、2006年10月13日には選手兼任監督だった古田敦也の代走として途中出場したことがある。
  • 2005年オフに川島亮・米野智人青木宣親と自主トレをした際に、サザエさんの登場人物である「磯野カツオ」に似ている風貌から、青木に「カツオ」とニックネームを付けられた。本人も気に入っているようで、石川の着るアンダーシャツの首の部分にはをデザインしたマークが入っている。
  • 2005年5月9日のソフトバンク戦でトニー・バティスタに死球を当て、走りながら向かってくるそぶりを見せたバティスタから逃げ出したことがある。実際、バティスタ本人は走って行く動きだけで乱闘はせず、そのまま一塁まで走っていった。これには石川本人も苦笑いを見せ、ソフトバンクベンチからも笑いが起こった。さらに動揺しているところを次の打者の松中信彦にツーランホームランを打たれた。この様子はプロ野球珍プレーなどでたびたび紹介されている。
  • 2009年から球団でも「カツオボーイフィギュア」を発売するなど、カツオキャラクターを使ったファンサービスを行っている。ヤクルトの球団マスコットのつば九郎からは「かつおくん」と呼ばれている[11]
  • 牛乳が大の苦手。バラエティ番組で寝起きドッキリを受けた際、牛乳を無理矢理飲まされて表情を強張らせたことがある。
  • 同じ左腕である山本昌のような息の長い投手を目指しており、山本と石川自身の年度別成績表を自身のロッカーに貼っている。山本とはかつてオフに自主トレを共に行っていた。
  • ロジンバッグに触れた後、手についたロジンを息で拭き落とすという動作を投球前に頻繁に行う。
  • 2010年より地元秋田市で活動するプロバスケットボール球団、秋田ノーザンハピネッツに対して継続支援している[12]
  • 2015年ドラフト1位の原樹理が11月に施設見学した際に神宮のクラブハウスに入れず立ち往生した際に石川に「どうしたの?」と声を掛けられたことに感激。「野球で凄い方は人間的にも素晴らしい。練習への姿勢とか一から教わりたい」と語った[13]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2002 ヤクルト 29 28 2 0 2 12 9 0 -- .571 735 178.1 183 20 29 2 2 104 5 3 76 66 3.33 1.19
2003 30 30 3 0 2 12 11 0 -- .522 793 190.0 201 21 33 4 7 97 3 1 88 80 3.79 1.23
2004 27 27 1 0 0 11 11 0 -- .500 708 163.1 200 21 22 2 5 72 4 1 90 79 4.35 1.36
2005 26 25 0 0 0 10 8 0 0 .556 637 149.2 180 18 24 1 4 105 7 0 82 81 4.87 1.36
2006 29 28 0 0 0 10 10 0 0 .500 648 151.0 191 12 17 1 3 81 4 0 82 76 4.53 1.38
2007 26 15 3 2 2 4 7 0 2 .364 405 96.2 104 15 16 2 5 50 2 0 51 47 4.38 1.24
2008 30 29 3 1 2 12 10 0 1 .545 792 195.0 180 21 41 2 4 112 2 0 59 58 2.68 1.13
2009 29 29 3 0 0 13 7 0 0 .650 810 198.1 203 25 28 3 6 84 4 0 81 78 3.54 1.16
2010 28 28 2 1 1 13 8 0 0 .619 783 186.1 209 20 27 1 7 98 9 0 81 73 3.53 1.27
2011 27 27 1 0 0 10 9 0 0 .526 731 178.1 168 18 42 2 5 127 1 0 57 54 2.73 1.18
2012 27 27 2 1 0 8 11 0 0 .421 721 172.2 175 14 41 2 5 100 4 0 77 69 3.60 1.25
2013 24 24 2 0 1 6 9 0 0 .400 623 148.1 149 15 33 1 6 85 6 1 73 58 3.52 1.23
2014 27 27 2 2 0 10 10 0 0 .500 725 165.0 181 20 49 1 6 101 2 0 97 87 4.75 1.39
2015 25 25 1 1 1 13 9 0 0 .591 598 146.2 150 16 28 1 3 90 3 0 59 54 3.31 1.21
2016 20 20 0 0 0 8 8 0 0 .500 500 116.2 126 15 33 1 2 52 3 1 59 58 4.47 1.35
通算:15年 404 389 25 8 11 152 137 0 3 .526 10209 2436.1 2600 271 463 26 70 1358 59 7 1112 1018 3.76 1.26
  • 2016年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

投手記録
打撃記録
節目の記録
  • 1000投球回:2008年5月29日、対北海道日本ハムファイターズ2回戦(明治神宮野球場)、1回表1死目に高口隆行を投犠打で達成 ※史上311人目
  • 1500投球回:2010年9月28日、対横浜ベイスターズ23回戦(横浜スタジアム)、1回裏1死目に石川雄洋を見逃し三振で達成 ※史上163人目
  • 2000投球回:2013年9月24日、対読売ジャイアンツ18回戦(明治神宮野球場)、9回完投で達成 ※史上86人目
  • 100勝:2011年5月14日、対横浜ベイスターズ5回戦(横浜スタジアム)、8回2/3を6安打無四球無失点 ※史上128人目
  • 1000奪三振:2012年8月21日、対読売ジャイアンツ15回戦(明治神宮野球場)、5回表に谷佳知から空振り三振 ※史上132人目
  • 150勝:2016年8月27日、対阪神タイガース21回戦(阪神甲子園球場)、8回2/3を6安打2失点 ※史上48人目
その他の記録

背番号[編集]

  • 19 (2002年 - )

関連情報[編集]

著書[編集]

  • 『頭で投げる。』(ベースボール・マガジン社:2011年5月)
  • 『石川雅規のピッチングバイブル』(ベースボール・マガジン社:2016年5月)

脚注[編集]

  1. ^ 公益財団法人 日本学生野球協会
  2. ^ 9月の月間MVPが発表!優勝のヤクルトが今季2度目のW受賞、山田は3カ月連続
  3. ^ 混セに終止符!石川“熱”投&V打でヤクルト14年ぶりVへM3
  4. ^ ヤクルト石川、年俸2億円に復帰 来季は「最多勝目指す」 - 日本経済新聞(2015/12/7 18:55)
  5. ^ 【野球】小さな大投手・ヤクルト石川 長く活躍する秘けつとは”. デイリースポーツ. 2017年1月21日閲覧。
  6. ^ 『2011プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2011年、183頁。ISBN 978-4-930942-98-2
  7. ^ 石川「カツオカーブ」で開幕“釣り上げる””. スポニチ Sponichi Annex (2009年1月14日). 2010年9月4日閲覧。
  8. ^ 石川雅規(投手総合成績)Sports@nifty[リンク切れ]、2010年9月4日閲覧。
  9. ^ 【野球】小さな大投手・ヤクルト石川 長く活躍する秘けつとは”. デイリースポーツ. 2017年1月21日閲覧。
  10. ^ 清武英利著『巨魁』(ワック、2012年)より。
  11. ^ 球団マスコットのつば九郎が書いている公式ブログつば九郎ひと言日記」および「つば九郎ひとこと日記」より。
  12. ^ “【5周年継続パートナー その2】石川雅規 選手(東京ヤクルトスワローズ)にお話を伺いました” (プレスリリース), (2015年2月10日), http://www.happinets.net/news-cate08-entry/2015/02/10/15263/ 
  13. ^ ヤクルトドラ1原 石川に学ぶ 立ち往生した際、声を掛けられ感激”. スポニチ Sponichi Annex (2015年12月12日). 2010年9月4日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]