青山浩二

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青山 浩二
K aoyama20160419.jpg
東京ドームにて(2016年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 北海道函館市
生年月日 (1983-08-12) 1983年8月12日(37歳)
身長
体重
180 cm
80 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2005年 大学生・社会人ドラフト3巡目
初出場 2006年3月25日
最終出場 2020年9月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

青山 浩二(あおやま こうじ、1983年8月12日 - )は、北海道函館市出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。野球解説者

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小中学時代は主に外野手を務め、北海道函館工業高等学校時代から本格的に投手に転向。高校3年春の全道大会では決勝で北海高等学校に敗れて準優勝。高校3年の夏は南北海道大会でベスト4に進出した。高校1年次のエースは大学の先輩でもある石川賢だった。

青森県八戸大学に進学し、大学通算20勝無敗の成績を挙げた。2005年明治神宮野球大会代表決定戦では、東北福祉大戦でのちにチームメイトとなる松崎伸吾と投げ合い、延長10回の末、6-5で敗れた。

2005年大学生・社会人ドラフト会議東北楽天ゴールデンイーグルスから3巡目指名を受け入団した。背番号は41。

楽天時代[編集]

2006年、レギュラーシーズンの開幕から一軍に入ると、主に中継ぎとして起用された。先発投手が早く降板した試合ではロングリリーフも務めた。セ・パ交流戦終了時にはチーム最多の34試合に登板。5月31日の阪神タイガース戦でプロ初勝利を挙げた。阪神リードで8回裏2アウトから登板し、4球しか投げなかったが、9回に味方が逆転したため勝利投手となった。その後、8月上旬に二軍降格。9月下旬に再び一軍に合流し、最終戦に中継ぎで登板。11月1日、仙台市内の病院で秋季キャンプ練習中に傷めた右膝(半月板損傷)の手術を受けた。

2007年、開幕から先発ローテーション入りを果たし、開幕2戦目の西武ライオンズ戦に先発し、6回1失点に抑えて先発での初勝利を挙げた。5月7日には、北京オリンピックアジア予選日本代表第一次候補に選出される(最終メンバーには入れず)と、5月13日のオリックス・バファローズ戦では、初完投、初完封、初無四球試合を記録。しかし、その後は9試合で1勝7敗の成績で中継ぎに配置転換された。7月下旬には二軍に降格し、9月下旬に再び一軍に合流した。

2008年は抑え投手として起用、3月30日の日本ハム戦でプロ初セーブを挙げた。シーズン途中で小山が抑えに起用されると、中継ぎと谷間の先発をどちらもこなすスウィングマンを担った。

2009年、故障により出遅れる。5月19日の昇格後は抑えを務めるが、7月からは日本球界に復帰した福盛和男が守護神で固定された。以降は中継ぎを務めていたが、7月中盤には二軍降格。9月の再昇格後は先発として起用され、楽天の球団史上初となるクライマックスシリーズ進出を決めた10月3日の西武戦(Kスタ宮城)で先発して3本の本塁打を打たれるも9回5失点で2年ぶりの完投勝利を挙げた[1]。またこの年の7月に高校時代の同級生の女性と結婚した。

2010年、3月31日の千葉ロッテマリーンズ戦で先発するが、左脇腹痛を起こしわずか2球で降板した[2]。先発投手が2球で降板は球団の最短記録である(先頭打者の西岡剛との対戦がカウント1ボール1ストライクで完了する前に降板したため、対戦打者数は0人)。復帰後は中継ぎで起用されセットアッパーに定着し、片山博視小山伸一郎との勝利の方程式「スリーマウンテンズ[3]」の一角を担った。この年は41試合に登板し、自己最多の5勝、チーム最多タイの15ホールドポイント、防御率1.72の成績を残した。

2011年、開幕当初は先発で、開幕カードでも先発登板したが中継ぎに戻った。二軍降格を経験するが、51試合に登板し、3勝4敗2セーブ、チーム最多の26ホールドポイント、防御率2.79を記録した。

2012年3月18日、横浜スタジアムにて

2012年、1月5日に函館市内の病院で第一子となる長男が誕生した[4]。キャンプではダレル・ラズナーからの守護神の奪還を目標に掲げ[5]、5月からはそのラズナーの故障により抑えに定着。同9日から15日にかけて6試合連続セーブの日本タイ記録を達成、初の月間MVPにも選ばれた。オールスターにも監督推薦で初出場した。そのままシーズンを通して抑えを務め、チーム最多の61試合に登板。2006年に福盛和男が挙げた21セーブを超える22セーブを挙げて球団記録を更新した[6]

2013年、抑えとして起用されるが、5月の後半からはラズナーと役割が入れ替わり中継ぎとして起用されるようになる。その後は6月12日~8月3日まで16試合連続無失点を記録するなど、セットアッパーとして復調。この年も60試合に登板し、2年連続の60試合登板と監督推薦でのオールスター出場を果たした。リーグ優勝を決めた試合では、共にブルペンを支えながら怪我により無念の途中離脱となっていたラズナーのユニホームを着込みビールかけに参加[7]日本シリーズでは怪我のためベンチ入り出来なかった。オフの契約更改では年俸は大台となる1億円となった。

2014年、キャンプでは守護神争いに加わるも、開幕一軍に入ることができなかった。昇格後は中継ぎとして起用されたものの、5月に二軍落ちとなる。また、セットアッパーとして福山博之が台頭したこともあり、再昇格した6月28日には自身3年ぶりとなる先発登板を経験し6試合に先発する。8月に再び二軍へ降格となり、最終的な登板数はプロ入り最少となり、2007年以来のセーブ数0に終わる。

2015年、守護神奪回をテーマに掲げたが、クローザーは高卒2年目の松井裕樹で固定されることとなった。セットアッパーとして開幕を迎えた。自身最多タイとなる61試合に登板し、WHIPも初めて1を切るなどリーグ2位タイの35ホールドポイントをマーク。これは前年に福山博之が記録した27HPを上回り、球団新記録となった。また、6月28日には通算400試合登板、9月14日には通算100ホールドをそれぞれ記録し、海外FA権も取得。5歳上の小山伸一郎がこのシーズン限りで引退となったことにより、生え抜き投手では最年長となった。同年の7月1日には仙台市内の病院で第二子となる長女が誕生した[8]

2016年、主に8回のセットアッパーを任される。開幕3戦目となる3月27日の福岡ソフトバンクホークス戦で延長10回に登板すると、2/3イニングを5失点と打ち込まれ、敗戦投手となった。他の中継ぎ投手も不安定だったことからその後も接戦で起用されるが、6月15・16日の読売ジャイアンツ戦では2試合連続で救援に失敗。前半戦は5敗、防御率は6.39の成績で前半戦終了と共に二軍降格となった。その後ファームでは8試合で無失点を記録し、8月19日に再昇格。9月は登板した全13試合を無失点に抑えるなど、15試合連続無失点のままシーズンを終える。オフに海外FA権は行使せず、楽天の残留を表明[9]

2017年、キャンプ中に右太もも内側を負傷。完治まで約3週間を要し、開幕一軍を逃した。4月に昇格するも、3試合の登板で降格。その後は3か月近くをファームで過ごしたため自身最少の登板となったが、再昇格となった7月27日以降は14試合連続無失点を記録。10月9日には史上99人目、球団の生え抜きでは初となる500試合登板を達成した[10]。球団は青山を自由契約にすることも視野に入れていたが、球団取締役副会長だった星野仙一の進言で留まり、オフの契約更改では減額制限(25%)を大幅に超える67%減(6000万→2000万)でサインした[11]

2018年、1月に沖縄での自主トレへ出発する前日に、軸足である右足首の靭帯を損傷。しかし自分が厳しい立場にあったことを自覚していたため治療はせずに周囲に隠したまま自主トレやキャンプを強行した[12]。シーズンでは、開幕一軍は逃したが4月25日に一軍昇格。当初はビハインドや大差での起用が中心だったが、勝ちパターンの松井や福山などが不調だったことから5月末頃からセットアッパーに定着。52試合に登板して防御率1.85と、8年ぶりに1点台を記録。チーム最多の30ホールドポイントを挙げた。また、得点圏での被打率は.098と、パ・リーグの30イニング以上投球者で唯一となる0割台を記録した[13]

2019年、一軍へフルシーズン帯同しながら、試合展開に応じた多彩な役割で救援を重ねた[14]末に、一軍公式戦としては自己最多の62試合に登板した。6月2日の対ソフトバンク戦(ヤフオクドーム)では、2点リードの7回1死満塁からの登板で内川聖一を併殺に仕留めたことによって、NPB史上6人目の公式戦通算150ホールドを達成した[15]。さらに、8月14日に楽天生命パークで催された同カードで、球団生え抜きの投手では初めて(NPBでは史上41人目)の一軍公式戦通算600試合登板を達成した[16]

2020年、春季キャンプからレギュラーシーズンの前半戦まで二軍で調整した後に、9月2日から一軍に合流[17]。9月4日の対オリックス戦(楽天生命パーク)でシーズン初勝利を挙げたことによって、入団1年目から始まった一軍公式戦でのシーズン勝利記録を15年連続にまで伸ばした[18]。その後の登板試合でも1勝を挙げたものの、一軍公式戦での通算登板数は自己最少の11試合で、シーズン最終盤の11月2日に球団から戦力外通告。通告の直後には他球団での現役続行を模索していた[19]が、11月21日に現役を引退することを発表した[20]。12月2日に自由契約選手としてNPBから公示された[21]が、12月5日には、球団の主催による楽天生命パークでのファン感謝祭で引退セレモニーに参加。同期入団の選手でただ1人、翌2021年以降も楽天でのプレーを続ける銀次を相手に「ラストピッチング」を披露したほか、引退の挨拶を「野球選手(としての生活は)めちゃくちゃ楽しかった!」という絶叫で締めくくった[22]

現役引退後[編集]

2021年以降も、楽天野球団に職員として残留。球団が運営する「楽天イーグルス ベースボールアカデミー」のコーチとして活動する傍ら、在仙放送局の東北放送(TBCテレビ・TBCラジオ)とJ SPORTS野球解説者としても活動する[22][23]

選手としての特徴[編集]

最高球速151km/h(平均球速約143km/h)のストレート[24]と、スライダーが武器。楽天への入団後は、一軍公式戦でのシーズン40試合以上登板を10回、50試合以上登板を7回記録しながら、肩や肘の大きな故障に見舞わないまま楽天一筋でプロ生活を全うした。現役投手としての在籍年数(15年)、一軍公式戦での通算登板数(625)・通算ホールド数(159)はいずれも、2020年の現役引退時点で楽天の球団記録に当たる。

楽天での現役時代には、スライダーが毎年の投球総数の4割以上を占めていた[25]一方で、フォークボールシュートカーブも駆使。2012年までは、カットボールチェンジアップを稀に織り交ぜていた。以降は使用を控えていたが、2018年から再び投げていた。その一方で、投球後のフィールディングの動作が遅く、一塁へのベースカバーが間にあわずに内野安打を許すことも多かった。

2018年のNPBレギュラーシーズン途中から楽天野球団のゼネラルマネジャーを務めている石井一久は、青山の引退表明に際して、現役の投手時代に救援を一時経験した立場から青山の実績や投球術を高く評価。「楽天一筋でキャリアを終えたことは『すごく立派だったな』と思う。(一軍の公式戦で)600試合(登板)を超えてくる投手がなかなか出ず、リリーフ(専門の投手)が4年ぐらいしか実績を残し続けられない(NPBの)中で、打たれたり抑えたりしながら毎試合(のように)投げ続けられたことはすごい」「真っすぐ(ストレート)とスライダーが生命線だったからこそ、キャリアを長く積めた。『リリーフは(勝負球の種類を)2つに特化していれば、(相手打者を)抑えて実績を作れる』『さまざまなことに手を出すのではなく、1つの特色を磨いてもプロで生きていける』といったことを証明してくれた。(チームの)若手投手には、このようなことを学んで欲しい」という賛辞を送っている[26]

人物[編集]

特技の習字は硬筆・毛筆ともに七段を取得済み[27]

好物はカレーライス[28]。 スタンドではエスビー食品の「カレーの王子さま」をもじった「カレーの浩二様」という応援ボードが掲げられる事もあり、球場では青山がプロデュースしたカレーが販売されている。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2006 楽天 42 2 0 0 0 1 3 0 4 .250 305 65.2 90 6 18 1 3 46 6 0 48 43 5.89 1.64
2007 26 12 1 1 1 4 8 0 0 .333 385 84.2 101 10 33 0 4 62 1 0 54 44 4.68 1.59
2008 41 6 0 0 0 3 8 4 5 .273 348 78.2 86 8 26 0 4 61 3 0 39 34 3.89 1.42
2009 28 6 1 0 0 3 5 5 2 .375 281 62.1 70 10 25 1 4 53 1 0 43 38 5.49 1.52
2010 41 1 0 0 0 5 1 1 15 .833 217 52.1 48 2 14 0 0 63 1 0 13 10 1.72 1.19
2011 51 2 0 0 0 3 4 2 23 .429 290 71.0 58 4 23 2 3 64 3 0 23 22 2.79 1.14
2012 61 0 0 0 0 5 4 22 2 .556 260 64.2 48 2 19 0 4 54 1 0 18 18 2.51 1.04
2013 60 0 0 0 0 3 5 11 17 .375 263 60.1 61 6 20 2 1 60 3 0 24 23 3.43 1.34
2014 22 6 0 0 0 1 4 0 1 .200 230 52.2 52 6 20 0 2 49 3 0 30 26 4.44 1.37
2015 61 0 0 0 0 4 5 0 31 .444 223 57.2 37 3 18 1 1 58 2 0 18 18 2.81 0.95
2016 50 0 0 0 0 1 5 0 14 .167 227 50.1 53 5 24 0 0 46 3 0 29 27 4.83 1.53
2017 17 0 0 0 0 1 1 0 3 .500 68 15.2 12 1 6 0 3 16 0 0 4 4 2.30 1.15
2018 52 0 0 0 0 4 1 0 26 .800 200 48.2 35 2 21 2 4 37 1 0 11 10 1.85 1.15
2019 62 0 0 0 0 2 4 0 16 .333 208 53.1 37 8 18 4 0 36 1 0 16 16 2.70 1.03
2020 11 0 0 0 0 2 0 0 0 1.000 50 10.1 11 0 6 0 0 8 1 0 6 5 4.35 1.65
通算:15年 625 35 2 1 1 42 58 45 159 .420 3555 828.1 799 73 291 13 33 713 30 0 376 338 3.67 1.32
  • 2020年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



投手












2006 楽天 42 2 9 1 0 .917
2007 26 3 11 1 0 .933
2008 41 5 4 0 1 1.000
2009 28 1 10 0 1 1.000
2010 41 3 2 0 0 1.000
2011 51 3 10 0 3 1.000
2012 61 5 12 0 1 1.000
2013 60 4 6 0 0 1.000
2014 22 0 7 0 0 1.000
2015 61 3 6 0 0 1.000
2016 50 2 5 0 0 1.000
2017 17 0 4 0 0 1.000
2018 52 1 4 0 0 1.000
2019 62 1 7 0 0 1.000
2020 11 0 0 0 0 ----
通算 625 33 97 2 6 .985
  • 2020年度シーズン終了時

表彰[編集]

  • 月間MVP:1回 (投手部門:2012年5月)

記録[編集]

初記録
節目の記録
  • 100ホールド:2015年9月14日、対埼玉西武ライオンズ23回戦(コボスタ宮城)、8回表2番手で救援登板、1回無失点
  • 150ホールド:2015年9月14日、対福岡ソフトバンクホークス11回戦(ヤフオクドーム)、7回表3番手で救援登板、2/3回無失点[15]
  • 500試合登板:2017年10月9日、対北海道日本ハムファイターズ25回戦(Koboパーク宮城)、8回表に3番手で救援登板、1回無失点 ※史上99人目[10]
  • 600試合登板:2019年8月14日、対福岡ソフトバンクホークス19回戦(楽天生命パーク宮城)、7回表に3番手で救援登板、1回無失点 ※史上41人目[16]
その他の記録

背番号[編集]

  • 41 (2006年 - 2020年)

登場曲[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ “青山143球!完投で3勝目”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2009年10月3日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2009/10/03/kiji/K20091003Z00001630.html 2013年11月5日閲覧。 
  2. ^ “初回緊急リリーフ!長谷部が初勝利”. スポニチ Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2010年4月1日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/04/01/kiji/K20100401Z00002100.html 2013年11月5日閲覧。 
  3. ^ 柴川友次 (2015年9月27日). “楽天球団創設時を知る唯一の投手。リリーフ専門、闘将が絶大な信頼を寄せた小山伸一郎”. ベースボールチャンネル. 2019年10月18日閲覧。
  4. ^ 青山浩二選手 第一子(長男)誕生のお知らせ”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2012年1月5日). 2019年9月14日閲覧。
  5. ^ “楽天青山抑え宣言、ラズナーから奪いたい”. 日刊スポーツ. (2012年2月14日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/p-bb-tp0-20120214-903535.html 2012年9月15日閲覧。 
  6. ^ “楽天 勝率5割復帰!牧田先制2ラン 青山球団新22S”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年10月6日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/10/06/kiji/K20121006004272930.html 2012年10月8日閲覧。 
  7. ^ “右肘手術で帰国 ラズナーのユニ青山が着込んだ”. スポニチアネックス. (2013年9月27日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/09/27/kiji/K20130927006697420.html 2018年7月30日閲覧。 
  8. ^ 青山浩二選手に第二子(長女)誕生”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2015年7月1日). 2019年9月14日閲覧。
  9. ^ “「楽天イーグルスが好き」青山残留表明 聖沢に続いた”. スポニチアネックス. (2016年11月10日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/11/10/kiji/K20161110013696840.html 2016年11月10日閲覧。 
  10. ^ a b “楽天青山、12年目で生え抜き初の500試合登板”. 日刊スポーツ. (2017年10月9日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/201710090000665.html 2018年7月30日閲覧。 
  11. ^ “【楽天】青山、減額制限超え67%減…来季は「中継ぎ陣に割って入る」”. スポーツ報知. (2017年12月21日). https://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20171220-OHT1T50179.html 2018年7月30日閲覧。 
  12. ^ “<E番ノート・球譜>最古参青山、復活の年 逆境越え堂々の成績”. 河北新報. (2018年10月17日). https://www.kahoku.co.jp/sports/eagles/20181017_01.html 2018年10月22日閲覧。 
  13. ^ “見逃し&空振り奪三振王は…パの“表彰されない部門ランキング”【投手・守備編】”. Full-count. (2018年11月28日). https://full-count.jp/2018/11/28/post256731/ 2019年11月21日閲覧。 
  14. ^ “600試合登板、楽天・青山を救った星野仙一の「稼ぎたくないんかい!」。”. Number Web. (2019年9月26日). https://number.bunshun.jp/articles/-/840857?page=5 2019年11月21日閲覧。 
  15. ^ a b 楽天青山150ホールド、1死満塁で内川を併殺斬り”. 日刊スポーツ (2019年6月3日). 2020年9月4日閲覧。
  16. ^ a b 楽天青山、生え抜き初600試合達成に平石監督敬意”. 日刊スポーツ (2019年8月14日). 2019年9月14日閲覧。
  17. ^ 楽天青山浩二投手と石原彪捕手が今季初の一軍昇格”. 日刊スポーツ (2020年9月2日). 2020年9月4日閲覧。
  18. ^ 【楽天】鉄腕・青山浩二が今季初白星で、球団創設2年目から15年連続勝利の偉業「今日は勝たせてもらいました」”. スポーツ報知 (2020年9月2日). 2020年9月4日閲覧。
  19. ^ “青山が戦力外通告…楽天一筋15年、37歳現役続行へ”. サンケイスポーツ. (2020年11月3日). https://www.sanspo.com/baseball/news/20201103/gol20110305020001-n1.html 2020年11月3日閲覧。 
  20. ^ 青山浩二は永久に不滅、優しさの化身/引退惜しむ声 - プロ野球 : 日刊スポーツ” (日本語). nikkansports.com. 2021年1月16日閲覧。
  21. ^ 2020年度自由契約選手NPB日本野球機構
  22. ^ a b “楽天・青山 引退セレモニーで絶叫「楽しかった!」今後は球団アカデミーコーチ就任へ”. スポーツニッポン. (2020年12月5日). https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2020/12/05/kiji/20201205s00001173190000c.html 2020年11月3日閲覧。 
  23. ^ 東京新聞2021年3月9日元楽天投手の青山浩二さん指導者に
  24. ^ 『2012プロ野球オール写真選手名鑑』日本スポーツ企画出版社、2012年、67頁。ISBN 978-4-905411-04-8
  25. ^ “<楽天Eデータ>チーム支えるベテラン右腕/青山スライダーに自信”. 河北新報. (2019年6月28日). https://www.kahoku.co.jp/sports/eagles/20190628_01.html 2019年11月21日閲覧。 
  26. ^ “楽天石井監督「立派な数字」引退の青山をねぎらう”. 日刊スポーツ. (2020年11月23日). https://www.nikkansports.com/baseball/news/202011230000354.html 2020年11月23日閲覧。 
  27. ^ 楽天・青山浩二投手「習字は毛筆、硬筆ともに7段です」/プチ自慢”. 週刊ベースボールONLINE (2019年4月19日). 2019年10月7日閲覧。
  28. ^ 楽天・青山浩二投手「中辛と甘口を混ぜたような感じのカレーが好き」/おふくろの味”. 週刊ベースボールONLINE (2018年10月19日). 2019年10月7日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]