嶋基宏

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嶋 基宏
東北楽天ゴールデンイーグルス #37
M shima20170705.jpg
ZOZOマリンスタジアムにて(2017年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 岐阜県海津市
生年月日 (1984-12-13) 1984年12月13日(32歳)
身長
体重
179 cm
82 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2006年 大学生・社会人ドラフト3巡目
初出場 2007年3月28日
年俸 1億円(2017年)[1]
※2014年から4年契約(年俸変動制)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本代表
プレミア12 2015年

嶋 基宏(しま もとひろ、1984年12月13日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属するプロ野球選手捕手)。労働組合日本プロ野球選手会第8代会長(現職)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

現在の岐阜県海津市出身。海津市立吉里小学校1年から「吉里少年団」で投手として野球を始め、海津市立日新中学校では軟式野球部に所属して2年時に第20回全国中学校軟式野球大会に出場し、3年時には主将を務めた。子供のころから中日ドラゴンズのファンだった[2]。小学生の頃から成績優秀、運動神経抜群で、テレビでも取り上げられた(情熱大陸にて)。

中京大中京高校では1年秋からベンチ入りし、上級生が引退した後は主将となり秋季東海大会で優勝。明治神宮大会ベスト4。3年春の第74回選抜高等学校野球大会二塁手として出場。1回戦で西村健太朗白濱裕太らを擁する広陵高校と対戦し初戦敗退。夏は愛知大会決勝で東邦高校に敗れ準優勝。野球部の同期には深町亮介がいる。

高校の大藤敏行監督が東都大学野球連盟に所属する國學院大學硬式野球部竹田利秋監督に推薦し、本人も「野球のためだけではなく教師になりたかったから」という理由で同大学に進学。強肩を見込まれて捕手にコンバートされ[2]、1年春からベンチ入りした。2年春のリーグ戦以降正捕手となり、3年時は春季リーグ戦で首位打者を獲得して秋からは主将となった。4年春には二部リーグで優勝してMVPに選出され、入れ替え戦を制して1993年春以来となる一部昇格に貢献。秋の一部リーグ戦では3試合目に左足首を負傷したが、「後輩のためにも絶対に降格は出来ない」と痛み止めを飲まずテーピングのみで出場。チームは優勝争いを演じて3位となり、自身はベストナイン(捕手)に輝く。大学の1年後輩にはプロでも同僚となる聖澤諒がいた。

2006年大学生・社会人ドラフト東北楽天ゴールデンイーグルスより3巡目指名を受け入団。野村克也監督が縁起を担いでいる「足して10になる数字」にあやかり背番号は37に決定。入団会見の挨拶では「19(野村監督の現役時代の背番号)が欲しかった」と冗談混じりに発言し、その場で監督から「いい捕手になったら19番を譲る」と約束された。

プロ入り後[編集]

2007年
チーム内の新人で唯一開幕一軍登録され、125試合に出場。盗塁阻止率リーグ2位を記録し、オールスターにもファン投票で出場した。打撃ではシーズン通して打率2割未満だったが、リーグ8位の20犠打を記録した。
2008年
藤井彰人井野卓の台頭などにより、出場機会が減少。打撃は前年の3分の2弱の打席数ながら打率.230と2割を超えて三振の割合は減り四球の割合が増え、出塁率長打率も向上した。オフの12月4日契約更改の記者会見時に大学の同級生だった女性との入籍を発表。
2009年
シーズン前半から出場機会が多く、藤井が怪我で離脱してからは岩隈久志ともバッテリーを組むようになった。しかし、正捕手へ定着するには至らなかった。
2010年
開幕から打撃好調で5月29日の対広島東洋カープ戦では、10回裏1死満塁の場面で永川勝浩から自身初のサヨナラ安打を記録した[3]。また、オールスターには選手間投票で選出された。自身初で楽天の捕手としても初めて規定打席に到達し、パ・リーグの捕手としては2005年城島健司以来の3割超となる打率.315を記録した。また、球団史上初となるゴールデングラブ賞を受賞し、ベストナインにも選出された。同年オフ、選手会長に就任することが決定した。楽天生え抜きの選手としては初めてとなる。
2011年
2011年8月30日、こまちスタジアムにて
4月2日に東日本大震災の復興支援のために行われた慈善試合の前にスピーチした際の「見せましょう、野球の底力を」という言葉が注目を集めた。
シーズンでは藤井がFA移籍したため、5年目で初の開幕スタメンマスクを被り、試合では成瀬善久から決勝打となる勝ち越し3点本塁打を放ち勝利に貢献した[4]。しかし前年に見られた巧打は精彩を欠き、伊志嶺忠が2番手捕手として台頭した影響もあって僅かながら規定打席には到達せず、打率は.224と成績を落とした。一方この年、嶋とバッテリーを組んだ時の田中将大の成績は18勝2敗、防御率0.998というとても優秀なものだったこともあり、田中との最優秀バッテリー賞を受賞した。
2012年
4月30日に第一子が誕生。シーズン開幕から不動の正捕手として起用され続け、5月12日の試合終了時点で打率.319と打撃も好調だったが、13日の対オリックス戦で川端崇義のファウルチップを右手に受けて負傷交代[5]。その後は、23日の中日戦まで痛みを押して強行出場を続けていたが、24日に仙台市内の病院で第1中手骨基底部の骨折で全治1か月と診断され、同日登録抹消となる[6]。7月6日に一軍復帰を果たしたが、復帰後は離脱中に台頭した新人の岡島豪郎と併用での起用となった。オールスターには3年連続での出場となり、特に第3戦ではスタメン出場し、田中将大と塩見貴洋を好リードし、三浦大輔から右前打を放つ活躍を見せた。91試合の出場は2008年に次ぐ少なさとなったが、打率は.291と前年の不振を払拭する数字を残した。守備率はリーグ2位、自己最高の.997を記録した。
オフの11月6日に、「侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」」の日本代表が発表され[7]代表入りした[8]
12月6日、阪神タイガース新井貴浩の後を継ぎ、パ・リーグ生え抜きの選手として初めて、労働組合日本プロ野球選手会の第8代目会長に史上最年少の27歳で就任した。
2013年
開幕直後は打撃好調で、4月上旬の時点で2012年度の本塁打・打点数を超え、ケーシー・マギーからは『打点マシン』とあだ名される[9]など、打点ランキングの上位に食い込んだ。
シーズン後半に調子を落とすものの、7月26日に田中の開幕14連勝を決めるサヨナラヒットを放つなど田中将大の無敗記録を守備、打撃面からアシスト。さらに球団創設初のリーグ制覇、日本一に貢献した。この功績が認められ自身二度目となる最優秀バッテリー賞、ベストナイン、ゴールデングラブ賞を受賞した。
オフの11月には、台湾で行われた「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」の日本代表に選出された[10]
2014年
わずかに規定打席に届かず、安打数も100を割ったが、打率は前年より上がった。
オフの10月9日に、日米野球2014日本代表に選出された事が発表された[11]
2015年
2月16日に、「GLOBAL BASEBALL MATCH 2015 侍ジャパン 対 欧州代表」の日本代表に選出された事が発表された[12]。3月10日の第1戦に「9番捕手」で先発出場している[13]。3月11日の第2戦には途中出場している[14]
シーズンでは序盤は打撃では打率3割以上をマークするなど好調であったが、徐々に調子を落としていった。6月13日中日戦でファールチップを受け、肋骨を骨折した。1ヶ月後の7月14日に復帰すると、その後はほぼスタメンを守り抜いた。規定打席には骨折した影響もあり、届かず、打率は.219とプロ入り2番目に低い打率だが、IsoDは.119を記録するなど、数字以上の活躍をした。7月16日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表第1次候補選手に選出された事が発表された[15]。9月10日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表候補選手に選出された事が発表された[16]。オフの10月9日に、第1回WBSCプレミア12の日本代表最終ロースター28名に選出された事が発表された[17]
10月30日、シーズン中に取得していた海外FA権を行使せずにチームに残留することを表明した[18]。12月8日に第二子が誕生。
2016年
公式戦の開幕前に「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」の日本代表へ選出された[19]が、左手甲部分の打撲を理由に辞退[20]。公式戦でも、5月18日の対オリックス戦(盛岡市営野球場)の守備中にファウルチップを左手首に受けて骨折した[21]ため、2ヶ月間の戦線離脱を余儀なくされた[22]
オフの10月18日に「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」の日本代表に選出されたことが発表された[23]
2017年
「第4回 ワールド・ベースボール・クラシック」の日本代表メンバーに選出されたが、右ふくらはぎの張りで調整が遅れたため3月4日に代表辞退が発表された。

プレースタイル[編集]

守備[編集]

1.9秒台の二塁送球をコンスタントに記録する[24]素早く正確なスローイングに定評があり[25]、プロ入り以来リーグ上位の盗塁阻止率を記録してきたが数字自体は徐々に下降している。

リード面ではエース級の投手では自信を持ってサインを出すものの、力の落ちる投手に対しての配球に迷いを見せることがあったが[25]、当時の楽天監督野村克也の薫陶を受け着実に成長。楽天のエースだった岩隈久志は「正捕手になってからは自信を持ってサインを出している。(中略)今は打者を打ち取ることをイメージできてるし、立ち居振る舞いも堂々としてきましたね。」と評し、その成長を認めている[26]

捕球面ではショートバウンドの処理を手だけで行うクセなどが指摘されていたが[27]、2007年にリーグワーストを記録した捕逸数も、年を追うごとに少なくなり、2012年には規定試合数に出場した捕手のなかではリーグ最少の1個のみであった。

投手とのコミュニケーションを大切にしており、外国人投手に対しても積極的に接する。その甲斐あって、2011年に楽天に所属した5人の外国人投手が嶋とバッテリーを組んだ時の通算防御率は3.25、他の捕手と組んだ時は6.63と、外国人投手との相性が非常に良い[26]

元々内野手だったこともあり、バント処理時には動きの良い所を見せている[28]

東京ドームにて(2016年)

打撃[編集]

プロ入り当初はスイングの弱さ等が指摘されており[27]、プロ1年目には一時期バスター打法にしたり流し打ちに取り組んだりした。その後は年々着実に力強さとミートの上手さが増してきており[25]、2010年には打率.315、2012年には打率.291のハイアベレージをマークし、完全に殻を破った。プロ入り以降例年右方向への打球割合が45パーセントを越えるなど、打球方向は中堅から右翼方向が多い、典型的な右打ちのアベレージヒッターである。左投手に強く、特に2009年からは2010年にかけては対右打率.268に対し左では.319を残している。近年では打席で粘りを見せて四球を選ぶ事が増えてきており、2014年から2016年はIsoDが0.1以上を記録するように出塁率が上がってきている。

バント等の小技も上手く、過去には2番打者として出場したこともあり、満塁セーフティスクイズを決めたこともある。一塁到達4.22秒と捕手としては足も遅くなく[28]、2010年には12球団の捕手で最多タイとなる9盗塁を記録している。

人物[編集]

読書が趣味で、特技の書道は六段の腕前。好物は肉じゃが。座右の銘は「愛情」「真心」。口癖は「決定打に欠けるなあ」

尊敬する野球選手谷繁元信。谷繁が自宅から近い國學院大學グラウンドを毎年自主トレ場に使っており、学生時代からその姿に魅了されたという。実戦でも谷繁から直接譲り受けたミットを使用している。

中学時代は野球部の主将に加えて生徒会執行部、体育祭の応援団長を務め、学業でも9教科でオール5の成績だった[29]

高校時代は実家のある岐阜県海津市から電車で片道1時間半かけて通学していた。愛知県外出身者としては中京大中京高校史上初めての主将であった[29]

高校入学当初は強豪野球部の中では目立たぬ存在で、二塁手としては補欠の三番手ということもあり、二年時には「マネージャーとしてチームに貢献したい」と申し出るも、大藤敏行監督に「怪我人も出るかもしれんし、まだチャンスはある」と諭され慰留している。

大学時代の監督で、仙台育英高校東北高校の監督として27回の甲子園出場経験が有る竹田利秋は「嶋ほど人間性やコミュニケーションに優れた学生や、頭脳、心、洞察力を持った選手は見たことがない」「嶋は相手を見抜く洞察力と投手の力を引き出す能力がある。監督が何を考えているかをくみ取ってゲームメークできる。佐々木主浩の天職がクローザーなら、嶋は捕手が天職」と高く評価している[29]

元楽天監督の野村克也は捕手は頭脳が良くなければいけないという持論から、コーチに頼んで正捕手候補数名の中学時代の通知票を取り寄せたところ、嶋がオール5だったことからルーキーでの一軍起用を即決したという[30]。嶋は野村に試合中でも怒られ、時には野村の横で立たされて“公開説教”を受けることもあった[31]

プロ野球選手会会長を前会長の新井貴浩から最初の打診を受けたときは、「経験があまりにも少ないし、ほかの先輩たちが納得しないのでは。自分には務まらない」と断ったが、「やはりおまえしかいない。選手会を引っ張っていってくれ。引き受けてくれるまでこの電話を絶対切らない」と新井の熱意に押し切られた[32]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2007 楽天 125 354 312 33 57 6 0 2 69 16 3 2 20 1 20 0 1 74 6 .183 .234 .221 .455
2008 85 223 196 20 45 13 0 0 58 19 4 1 11 0 16 0 0 40 6 .230 .288 .296 .584
2009 106 294 249 27 58 9 0 1 70 14 1 4 20 0 22 2 3 55 5 .233 .303 .281 .584
2010 127 485 422 33 133 17 0 3 159 43 9 5 17 1 45 1 0 90 15 .315 .380 .377 .757
2011 129 421 362 33 81 16 1 2 105 28 7 3 24 2 30 1 3 85 7 .224 .287 .290 .577
2012 91 316 265 32 77 4 2 1 88 8 3 4 13 1 33 0 4 51 5 .291 .376 .332 .710
2013 134 507 447 44 115 13 1 4 142 48 3 3 16 3 39 2 2 92 14 .257 .318 .318 .635
2014 126 432 350 43 92 13 0 1 108 36 6 4 11 5 65 1 1 84 13 .263 .375 .309 .684
2015 117 411 338 28 74 9 1 4 97 18 6 3 11 1 60 4 1 69 11 .219 .338 .287 .624
2016 80 256 199 26 54 9 1 2 71 17 4 4 17 0 40 0 0 43 6 .271 .393 .357 .750
通算:10年 1120 3699 3140 319 786 109 6 20 967 247 46 33 160 14 370 11 15 683 88 .250 .331 .308 .639
  • 2016年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績[編集]

年度 捕手 一塁
守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 捕逸 企図数 許盗塁 盗塁刺 阻止率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2007 .991 125 773 101 8 10 13 126 80 46 .365 -
2008 .991 85 526 49 5 7 8 56 36 20 .357 -
2009 .996 106 616 47 2 7 2 70 50 20 .286 -
2010 .991 127 834 69 8 5 6 104 80 24 .231 1 0 0 0 0 ----
2011 .988 126 809 74 11 9 7 101 78 23 .228 -
2012 .997 88 573 44 2 4 1 77 63 14 .182 -
2013 .997 133 888 96 3 12 10 117 78 39 .333 -
2014 .994 123 763 76 5 10 6 110 83 27 .245 1 5 1 0 2 1.000
2015 .993 116 792 88 4 5 9 108 81 27 .245 -
2016 .995 78 523 55 4 4 4 62 50 12 .194 -
通算 .993 1107 7097 699 52 73 66 931 679 252 .271 2 5 1 0 2 1.000
  • 2016年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
  • 1000試合出場:2015年8月9日、対北海道日本ハムファイターズ21回戦(札幌ドーム)、7番・捕手で先発出場 ※史上472人目
その他の記録

背番号[編集]

  • 37 (2007年 - )

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 楽天 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年11月27日閲覧。
  2. ^ a b 野球浪漫 嶋基宏『週刊ベースボール』2011年12月5日号、ベースボール・マガジン社、2011年、雑誌20442-12/5, 54-57頁。
  3. ^ “嶋“初体験”楽天、延長10回サヨナラ!”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2010年5月30日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2010/05/30/kiji/K20100530Z00002870.html 2013年4月19日閲覧。 
  4. ^ 嶋が届けた 楽天に東北に「特別な」1勝 スポーツニッポン 2011年4月13日付記事
  5. ^ “嶋が負傷交代 ファウルボールを右手親指に受ける”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年5月13日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/05/13/kiji/K20120513003245460.html 2013年4月19日閲覧。 
  6. ^ “楽天・嶋 右親指骨折 近日中に手術へ 全治1カ月”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年5月25日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/05/25/kiji/K20120525003318910.html 2013年4月19日閲覧。 
  7. ^ 侍ジャパンマッチ2012 日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  8. ^ 日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  9. ^ ““打点マシン”嶋 肉食変身のV打 リーグ1位14打点”. Sponichi Annex. (2013年4月12日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/04/13/kiji/K20130413005598900.html 2013年4月21日閲覧。 
  10. ^ 2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ トップチーム 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト 2015年3月30日閲覧
  11. ^ 2014年10月9日 侍ジャパン「2014 SUZUKI 日米野球」出場選手発表! 侍ジャパン公式サイト (2014年10月9日) 2015年3月26日閲覧
  12. ^ 欧州代表戦、侍ジャパン出場選手発表!6選手が小久保体制下で初招集 侍ジャパン公式サイト (2015年2月16日) 2015年3月22日閲覧
  13. ^ ひかりTV 4K GLOBAL BASEBALL MATCH 2015 侍ジャパン 対 欧州代表 第1戦 2015年3月10日(火) 東京ドーム 打席結果・投打成績 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年3月10日) 2016年3月10日閲覧
  14. ^ ひかりTV 4K GLOBAL BASEBALL MATCH 2015 侍ジャパン 対 欧州代表 第2戦 2015年3月11日(水) 東京ドーム 打席結果・投打成績 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年3月11日) 2016年3月10日閲覧
  15. ^ トップチーム第一次候補選手発表!11月に行われる「WBSC世界野球プレミア12」へ向けて65名が名を連ねる 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年7月16日) 2015年8月4日閲覧
  16. ^ 「WBSC世界野球プレミア12」侍ジャパントップチーム候補選手45名を発表 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年9月10日) 2015年9月20日閲覧
  17. ^ 「WBSC プレミア12」侍ジャパントップチーム最終ロースター28名発表!! 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年10月9日) 2015年10月9日閲覧
  18. ^ “【楽天】海外FA権取得の嶋、残留表明「もう一度、東北の方々と優勝を」”. スポーツ報知. (2015年10月30日). http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20151030-OHT1T50093.html 
  19. ^ 3月開催の侍ジャパン強化試合、出場26選手発表! 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2016年2月15日) 2016年2月17日閲覧
  20. ^ 侍ジャパン強化試合 出場選手変更のお知らせ野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト
  21. ^ “楽天嶋が骨折、交流戦絶望的 18日ファウル直撃”. 日刊スポーツ. (2016年5月20日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1649947.html 
  22. ^ “楽天嶋、22日ロッテ戦で骨折から2カ月ぶり復帰へ”. 日刊スポーツ. (2016年5月20日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1681693.html 
  23. ^ 11月に東京ドームで開催する侍ジャパン強化試合に出場する選手28名が決定 野球日本代表 侍ジャパン オフィシャルサイト (2016年10月18日) 2016年10月18日閲覧
  24. ^ 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2007』 アスペクトムック、2007年、226頁。ISBN 978-4-7572-1338-8
  25. ^ a b c 小関順二、西尾典文、石川哲也、場野守泰 『プロ野球スカウティングレポート2011』 廣済堂出版、2011年、236頁。ISBN 978-4-331-51519-8
  26. ^ a b 『週刊プロ野球データファイル』2011年25号、ベースボール・マガジン社、雑誌27741-10/5、10頁。
  27. ^ a b 『野球小僧 世界野球選手名鑑2010』 白夜書房、2010年、97頁。ISBN 978-4-86191-595-6
  28. ^ a b 小関順二、西尾典文、石川哲也、場野守泰 『プロ野球スカウティングレポート2012』 廣済堂出版、2012年、198頁。ISBN 978-4-331-51613-3
  29. ^ a b c 楽天は田中将大だけじゃない新人捕手・嶋基宏に期待!web R25、2007年5月31日。
  30. ^ 決勝3ラン楽天嶋 復興へ奇跡呼ぶ怒られ役の“底力” zakzak、2011年4月13日。
  31. ^ 山村宏樹 (2013年7月18日). “首位ターン・楽天を牽引する嶋基宏の成長と苦悩”. Yahoo! 個人. 2013年7月23日閲覧。
  32. ^ 歴代最年少のプロ野球選手会会長 楽天・嶋基宏日本経済新聞、2013年1月12日。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]