陳偉殷

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チェン・ウェイン (陳 偉殷)
千葉ロッテマリーンズ #58
Wei-Yin Chen Mariners ST.jpg
シアトル・マリナーズ傘下時代
(2020年)
基本情報
国籍 中華民国の旗 中華民国台湾
出身地 高雄県仁武郷
生年月日 (1985-07-21) 1985年7月21日(35歳)
身長
体重
183 cm
90 kg
選手情報
投球・打席 左投右打
ポジション 投手
プロ入り 2004年
初出場 NPB / 2005年4月3日
MLB / 2012年4月10日
最終出場 MLB / 2019年9月28日
年俸 MIA / 800万ドル (2020年)[1]
千葉ロッテ / 3,000万円 (2020年)[2]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム チャイニーズタイペイの旗 チャイニーズタイペイ
五輪 2004年2008年
陳 偉殷
各種表記
繁体字 陳 偉殷
拼音 Chén Wěiyīn
和名表記: ちん いいん
発音転記: チェン・ウェイン
英語名 Chen Wei-Yin
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陳 偉殷(チェン・ウェイン、1985年7月21日 - )は、台湾中華民国)の高雄県出身のプロ野球選手投手)。左投右打。千葉ロッテマリーンズ在籍。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

高校時代に公式戦で22奪三振を記録する。プロ入りに際してはMLB球団を含む複数球団からオファーを受けていたが、当時中日ドラゴンズのアジア地区担当スカウトであった大豊泰昭が交渉にあたり、2003年末に国立体育大学学生の身分のまま中日に入団した。

中日時代[編集]

2004年は、一軍昇格するが登板はなかった。アテネオリンピックで台湾(チャイニーズタイペイ)代表に選出。2005年にプロ初セーブを記録。母国での兵役期間が短縮され、オフに2週間の兵役を完了。しかし2006年秋に左ひじの靱帯断裂と疲労骨折が判明し、手術を受けた。翌2007年はそのリハビリも兼ねて育成選手として契約。

2008年には肘が完治し、再び支配下選手として契約。登録名を本名から「チェン」に変更した。4月2日の対巨人戦で山本昌が負傷降板した後に登板し来日初勝利、7月16日の対巨人戦で先発での初勝利。北京オリンピック台湾(チャイニーズタイペイ)代表として日本国内球団所属選手から唯一代表に選出された。9月22日の対ヤクルト戦で4被安打、プロ初の完投完封

2009年はストレート(フォーシーム)の被打率は球界トップの.183。開幕3戦目の4月5日の対横浜ベイスターズ戦で今季初先発し、6回3安打無失点で初勝利を挙げた。8月の月間成績は4試合33イニングで1完封を含む3勝0敗、防御率0.82、WHIP0.79の活躍で自身初の月間MVPを受賞。クオリティ・スタート(6回3失点以内)を19回記録したが、そのうち11回で勝ち星がつかないなど打線の援護に恵まれず、6月の故障離脱もあり8勝に終わった。二桁勝利には届かなかったものの、シーズンを通して安定感を誇り、防御率1.54と2位以下に大差をつけ最優秀防御率のタイトルを獲得した[3]。また、シーズン通算4完封は吉見一起涌井秀章と並び両リーグ最多であった。

クライマックスシリーズ第1ステージ(対ヤクルト)第1戦、第2ステージ(対巨人)第2戦に先発するも敗戦投手となり、中日のクライマックスシリーズ先発投手の中では唯一勝ち星が付かなかった。オフには6年間交際をしていた台湾人女性と結婚し[4]、また、自身がメジャーリーグを志望している事を公言し[5]オクタゴン・ワールドワイドと代理人契約を結んだ[6]

2010年は開幕2戦目に先発して完封勝利を挙げる。その後も安定した投球を続け、7月には4勝0敗、防御率2.25、WHIP1.11の活躍。9月には2勝1敗、防御率0.69、WHIP1.04の好投でチームのリーグ優勝に貢献。最終的にはチームトップの13勝10敗、防御率2.87、WHIP1.14を記録した。日本シリーズでは2試合に登板。第2戦に勝利し、第6戦も好投したもののこの年ホールドポイントの日本記録を樹立、中継ぎとして大車輪の活躍だった浅尾拓也が8回に同点タイムリーを打たれ勝利投手の権利が消滅。1勝に終わった。

2011年のキャンプでは臨時コーチとして訪問した杉下茂からフォークボールを学んだが、左足の故障で開幕を出遅れる。5月に復帰し防御率、WHIP共に前年より良化させたが、6月には月間防御率3.29、WHIP1.10ながら4試合の登板で1点しか援護が得られず、4連敗を喫するなど打線の援護に恵まれないことも多く、防御率とWHIPは前年より良化したものの、8勝10敗と負け越した。オフに自身のメジャー挑戦の意思が尊重され自由契約となる。

オリオールズ時代[編集]

2012年1月10日、ボルチモア・オリオールズと3年総額1200万ドル(4年目は年俸475万ドルの球団オプション)で契約する[7]。4月10日のニューヨーク・ヤンキース戦でメジャー初先発し、5回2/3を7安打、4失点で降板[8]。17日のシカゴ・ホワイトソックス戦で、5回1/3を6安打、2失点でメジャー初勝利[9]。6月1日のレイズ戦で「あこがれの選手。全力で勝負したい」という松井秀喜と対戦し、初回に2点本塁打を打たれる[10]。前半戦は17試合の先発で7勝5敗、防御率3.93、WHIP1.27の成績で折り返し、29日のオークランド・アスレチックス戦では5回1/3を3安打、1失点、台湾人メジャーリーガー史上最多となる12奪三振を記録する[11]。8月からは11試合の先発で防御率4.75、WHIP1.35、チーム最多の12勝を挙げ、この年のアリーグ最優秀新人賞投票では4位の票を得る。ポストシーズンではニューヨーク・ヤンキースとのディビジョンシリーズ第2戦に先発し、6回1/3を8安打2失点で勝利投手となるがチームは第5戦で敗退する[12]

2013年、代理人をスコット・ボラスに変更。シーズンに入ると先発ローテーションの2番手を担ったが、5月12日のミネソタ・ツインズ戦で右脇腹を痛め、14日には故障者リスト入りとなった[13]。7月10日にテキサス・レンジャース戦で復帰[14]し、規定投球回には到達しなかったが、7勝を記録した。

2014年、31試合に先発登板してリーグ4位タイとなる16勝とリーグ単独4位となる勝率.727を記録した[15]

2015年もオリオールズの先発ローテーションに入って投げ、チーム1位の191.1イニングを記録[16]。リーグ7位の防御率3.34、11勝8敗、11月2日にFAとなる[17]

マーリンズ時代[編集]

2016年1月19日にマイアミ・マーリンズと5年総額8000万ドルで契約した[18]。オプションとして2017年シーズン終了後に契約を破棄できるオプトアウト権と、出来高が最大100万ドル含まれている。台湾人選手として王建民に次ぐ2人目となるメジャー開幕投手を務めた。7月24日に左肘の捻挫で15日間、故障者リスト入りした[19]。左肘靭帯の部分断裂でも故障者リスト入りしたが、PRP療法を選択して手術はしなかった。22試合に先発登板し、防御率4.96、5勝5敗、WHIP1.28。

2017年5月5日に左肘の疲労のため故障者リスト入り。およそ4ヶ月戦列を離れ、9月にリリーフとして復帰。しかし、4試合を投げた後、再び左肘に強い違和感を感じてシーズンを終えた[20]。オフの11月5日にオプトアウト権を行使せず、3年総額6000万ドルで残留することが発表された[21]

2018年4月28日のコロラド・ロッキーズ戦で復帰し、勝利した。しかし、最終成績は26先発で防御率4.79、6勝12敗、WHIP1.34だった。

マイアミ・マーリンズ時代
(2019年4月27日)

2019年スプリングトレーニングで5登板(4先発)して防御率9.37と結果を残せず、リリーフに配置転換された[22]。シーズンでは45試合に登板して0勝1敗、防御率6.59、WHIP1.54に終わった[23]。オフの11月20日にDFAとなった[24]。同月25日、解雇された。

マリナーズ傘下時代[編集]

2020年2月11日にシアトル・マリナーズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することが発表された[25]。メジャー昇格の際には給与として球団から56万3500ドルが支払われる。また、マーリンズとの契約が残り1年残っており、2200万ドルがシーズン終了後に支払われる。

6月27日に自由契約となった[26]

千葉ロッテ時代[編集]

2020年9月21日に千葉ロッテマリーンズと契約[27]。背番号は58[28]。9年ぶりの日本球界復帰となった。新型コロナウイルス感染防止のための自主隔離期間を経てから、10月4日に入団会見を行った[29]。二軍公式戦での調整登板を経てから一軍昇格の予定だったが、同時期にロッテ所属選手の新型コロナウイルス感染症の集団感染が発生[30]。一軍・二軍選手の大量入れ替えにより、二軍公式戦が行えない状況に陥ったため、8日に実戦形式のシート打撃に投げただけで、10月14日の対東北楽天ゴールデンイーグルス戦に“ぶっつけ本番”で先発登板することとなってしまった[31][32]。試合では6回を88球、被安打7・自責点2にまとめたものの、味方の援護が1点にとどまり敗戦投手となった[33]。以降、3試合に先発登板し、いずれもクオリティ・スタートにまとめあげる安定感を見せるも、味方打線の援護に全く恵まれず、1勝も記録できなかった。レギュラーシーズンで26回を投げ、援護は初登板時の1点のみだった。味方からの台湾ファンからはこの沈黙するロッテ打線を「死体打線」などと揶揄するコメントが相次いだ[34]クライマックスシリーズでは第2戦に先発。初回に味方打線から3点の援護を得るも、中村晃の2本に加えて松田宣浩の計3本の本塁打を浴びて再び敗戦投手となった[35]

選手としての特徴[編集]

2019年の投球データ[37]
球種 配分 平均球速
% mph km/h
フォーシーム 53.20 91.64 147.48
スライダー 22.04 85.37 137.39
カーブ 10.25 73.76 118.71
チェンジアップ 11.79 83.52 134.41
シンカー 2.72 91.14 146.68
投球フォーム

中日入団当初は長嶋茂雄から中日往年の左腕エースの今中慎二を比較対象として挙げられた[38]

右肩が最後まで開かず球の出所が見えにくい腕の振り(スリークォーター[39])から[40]平均91.3mph[41](約146.9km/h)、最速96mph[42](約154km/h)の速球フォーシームツーシーム)、80mph台前半のスライダー、70mph台前半のカーブ、80mph台前半のチェンジアップを投げ分ける[41]。伸びのあるストレート(フォーシーム)を武器とし、2009年には被打率でもセ・パ両リーグトップの.183をマークし[43]、コース別でも被打率3割以上を記録することがなく、真ん中でも被打率.275を誇った[44]。カーブは中日時代には投手コーチの森繁和から球速を抑えるように言われていたものの、物にすることができずにいたが、オリオールズ移籍後に「あの時はできなかったのに、できた」と、時折球速70mph(約113km/h)以下のスローカーブも投げるとされている[45]

NPB時代の登録は左打ちだったが、実際にはスイッチヒッターであり、2005年は登録上も両打ちだった。一時期は右打ちだったが、投げる方の左肩を守るという理由でスイッチヒッターを経て左打ちに転向した。しかしMLB移籍後は右打ち登録に戻し、[46]実際に左右両方の打席に立っている[47]

人物[編集]

中日在籍当時は同い年で同期入団でもある堂上剛裕中川裕貴と仲がよかった。中日の寮長を務めていた堂上照曰く「あんなにすごいピッチングするけど、中川たちとゲームやっているときは普通の高卒の選手と一緒の顔するよな」とのこと。また吉見一起とは兄弟のように仲がよい(吉見が兄でチェンが弟)[48]

元読売ジャイアンツの姜建銘とは同い年で台湾時代からのライバル。

2009年にはアンダーシャツの首部分には自身の名と、中華民国国章の「青天白日」を組み合わせたマークが使われていた。現在でもグラブには「青天白日」の刺繍を入れている。

中日時代には外国人選手としては珍しく日本プロ野球選手会に所属し、現在ではインタビューも日本語で受け答えできるほど日本語が上達している。同じく台湾出身で中日でプレーした郭源治のすすめもあり、来日当初から専属通訳が付かなかったので必死で日本語を覚えたとのこと。「8年間日本に住んで日本人みたいなもの。後輩としてほかの方たちにもあいさつしたい」と、オリオールズ移籍後も日本人選手のいるチームとの対戦の際にはあいさつに向かっている[49][50]。登板後には台湾、アメリカ(通訳付き)、日本の3か国から取材を受けている[51]

国立体育学院やアテネ五輪代表時に付けていた背番号「54」は、中国語(台湾華語)での発音が「5」=「我」、「4」=「死」となるため「不吉な番号」として他選手はつけることを嫌っていたが、あえてこの番号を選んで付けていたという。

2011年秋にJRAの馬主資格を取得していたことが分かった[52]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2005 中日 10 1 0 0 0 0 0 1 1 ---- 92 19.1 29 3 6 0 0 20 2 0 17 13 6.05 1.81
2008 39 14 1 1 0 7 6 0 12 .538 474 114.2 101 7 33 0 5 107 5 0 40 37 2.90 1.17
2009 24 23 5 4 2 8 4 0 0 .667 644 164.0 113 10 40 0 3 146 2 0 32 28 1.54 0.93
2010 29 27 3 2 0 13 10 0 1 .565 773 188.0 166 21 49 2 8 153 5 0 63 60 2.87 1.14
2011 25 24 4 1 2 8 10 0 0 .444 659 164.2 138 9 31 2 5 94 2 0 57 49 2.68 1.03
2012 BAL 32 32 0 0 0 12 11 0 0 .522 818 192.2 186 29 57 0 5 154 2 1 97 86 4.02 1.26
2013 23 23 0 0 0 7 7 0 0 .500 572 137.0 142 17 39 2 2 104 3 0 62 62 4.07 1.32
2014 31 31 0 0 0 16 6 0 0 .727 772 185.2 193 23 35 2 3 136 2 0 77 73 3.54 1.23
2015 31 31 0 0 0 11 8 0 0 .579 792 191.1 192 28 41 0 5 153 3 0 78 71 3.34 1.22
2016 MIA 22 22 0 0 0 5 5 0 0 .500 520 123.1 134 22 24 0 3 100 1 0 69 68 4.96 1.28
2017 9 5 0 0 0 2 1 0 0 .667 132 33.0 25 3 9 0 1 25 1 0 14 14 3.82 1.23
2018 26 26 0 0 0 6 12 0 0 .333 572 133.1 131 19 47 6 1 111 4 1 75 71 4.79 1.34
2019 45 0 0 0 0 0 1 0 3 .000 307 68.1 87 15 18 2 5 63 0 2 54 50 6.59 1.54
2020 ロッテ 4 4 1 0 0 0 3 0 0 .000 102 26.0 22 4 4 1 0 14 2 0 7 7 2.42 1.00
NPB:6年 131 93 14 8 4 36 33 1 14 .522 2744 676.2 569 54 163 5 21 534 18 0 216 194 2.58 1.08
MLB:8年 219 170 0 0 0 59 51 0 3 .536 4485 1064.2 1090 156 270 12 25 846 16 4 526 495 4.18 1.28
  • 2020年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績[編集]



投手(P)












2005 中日 10 0 0 0 0 ----
2008 39 5 12 1 0 .944
2009 24 3 24 1 1 .964
2010 29 9 37 2 2 .958
2011 25 10 35 1 3 .978
2012 BAL 32 7 31 1 2 .974
2013 23 4 16 0 3 1.000
2014 31 7 24 0 1 1.000
2015 31 12 22 2 4 .944
2016 MIA 22 4 15 0 1 1.000
2017 9 3 8 0 0 1.000
2018 26 4 11 0 2 1.000
2019 45 5 7 0 0 1.000
2020 ロッテ 4 2 6 0 0 1.000
NPB 131 29 114 5 6 .966
MLB 219 46 134 3 13 .984
  • 2020年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

NPB投手記録
  • 初登板:2005年4月3日、対横浜ベイスターズ3回戦(ナゴヤドーム)、6回表に4番手で救援登板、2回5失点
  • 初奪三振:同上、6回表に万永貴司から空振り三振
  • 初ホールド:2005年7月27日、対横浜ベイスターズ9回戦(山形県野球場)、4回裏1死に2番手で救援登板、3回2/3を無失点
  • 初先発:2005年8月4日、対ヤクルトスワローズ14回戦(浜松球場)、3回2/3を4失点(自責点3)
  • 初セーブ:2005年8月7日、対横浜ベイスターズ12回戦(横浜スタジアム)、11回裏に8番手で救援登板・完了、1回無失点
  • 初勝利:2008年4月2日、対読売ジャイアンツ2回戦(東京ドーム)、2回裏に2番手で救援登板、5回2/3を無失点
  • 初先発勝利:2008年7月16日、対読売ジャイアンツ14回戦(札幌ドーム)、7回1失点
  • 初完投勝利・初完封勝利:2008年9月22日、対東京ヤクルトスワローズ21回戦(ナゴヤドーム)、4安打10奪三振
  • 最多完封:2009年
NPB打撃記録
  • 初安打:2005年8月4日、対ヤクルトスワローズ14回戦(浜松球場)、3回裏に石川雅規から遊撃内野安打
  • 初打点:2009年8月4日、対阪神タイガース12回戦(ナゴヤドーム)、8回裏にジェン・カイウンから二塁ゴロ野手選択の間に記録
MLB投手記録

背番号[編集]

  • 74(2004年)
  • 31(2005年)
  • 28(2006年)
  • 203(2007年)
  • 21(2008年 - 2011年)
  • 16(2012年 - 2015年)
  • 54(2016年 - 2018年)
  • 20(2019年)
  • 58(2020年 - )

登録名[編集]

  • 陳偉殷(2004年 - 2007年)
  • チェン・ウェイン(2008年 - 2011年、2020年9月21日 - )

登場曲[編集]

  • 「ここにいるよ Feat.青山テルマSoulJa(2008年)
  • 「パリピポ」GReeeeN(2009年)
  • 「Lipstick」Alesha Dixon(2010年)
  • 「Just the way you are」Bruno Mars(2011年)
  • 「Dance Monkey」Tones And I(2020年 - )

脚注[編集]

  1. ^ Wei-Yin Chen Contract Details, Salaries, & Earnings” (英語). Spotrac. 2020年10月21日閲覧。
  2. ^ "ロッテで「日本一」チェン・ウェイン年俸3000万". nikkansports.com. 日刊スポーツ新聞社. 21 September 2020. 2020年9月21日閲覧
  3. ^ 年度別成績 2009年 セントラル・リーグ
  4. ^ チェン、結婚していた 中日スポーツ 2010年2月10日付
  5. ^ チェン、来オフにポスティングも 中日スポーツ 2009年12月22日付
  6. ^ チェン代理人にアラン・ニーロ氏15日にも会談へ…中日 - スポーツ報知・2010年11月13日
  7. ^ チェンと3年契約=米大リーグ・オリオールズ=ニューヨーク時事”. スポーツナビ (2012年1月11日). 2012年1月11日閲覧。 Taiwanese LHP Wei-yin Chen agrees with Orioles FOX SPORTS、2012年1月10日
  8. ^ チェン、デビュー戦6回途中4失点で降板日刊スポーツ、2012年4月11日。
  9. ^ チェン初勝利の陰に「谷繁の言葉」 日刊スポーツ、2012年4月19日。
  10. ^ ショック大きいチェン「何が起きたのか」 日刊スポーツ、2012年6月2日。これが松井の現役最後のホームランとなる。
  11. ^ チェン、台湾出身最多12Kで9勝目 日刊スポーツ、2012年7月30日。
  12. ^ チェン「CSや日本S」の経験生き好投 日刊スポーツ、2012年10月9日。チェン米1年目終了「また出て世界一に」 日刊スポーツ、2012年10月13日。
  13. ^ Wei-Yin Chen placed on DL” (英語). ESPN.com (2013年5月15日). 2013年11月3日閲覧。
  14. ^ Orioles' Wei-Yin Chen beats Rangers in return from DL” (英語). USA TODAY (2013年7月10日). 2013年11月3日閲覧。
  15. ^ http://mlb.mlb.com/stats/sortable.jsp#elem=%5Bobject+Object%5D&tab_level=child&click_text=Sortable+Player+pitching&game_type='R'&season=2014&season_type=ANY&league_code='AL'&sectionType=sp&statType=pitching&page=1&ts=1429525834318&timeframe=&playerType=QUALIFIER&sportCode='mlb'&split=&team_id=&active_sw=&position=&page_type=SortablePlayer&sortOrder='desc'&sortColumn=w&results=&perPage=50&last_x_days=&extended=0
  16. ^ 2015 Baltimore Orioles Pitching Statistics - Baseball-Reference.com (英語) . 2015年10月5日閲覧。
  17. ^ Transactions | orioles.com” (英語). MLB.com (2015年11月2日). 2015年11月3日閲覧。
  18. ^ Mark Bowman (2016年1月19日). “Marlins introduce left-hander Chen” (英語). MLB.com. 2016年1月20日閲覧。
  19. ^ マーリンズ 元中日チェンが離脱 左肘捻挫で15日間のDL入り”. スポニチ Sponichi Annex (2016年7月25日). 2016年11月28日閲覧。
  20. ^ 元中日・チェン、来季絶望の可能性 左肘靭帯の部分断裂再発”. ベースボールチャンネル. 2019年9月2日閲覧。
  21. ^ Chen exercises option to stay with Marlins” (英語). MLB.com. 2020年2月13日閲覧。
  22. ^ 年俸25億円の元中日チェンが救援へ配置転換「精一杯努力するだけ」”. Full-count. 2019年10月23日閲覧。
  23. ^ 防御率6.59…元中日チェン、年俸23億も来季戦力外!? 番記者「見切りつけるかも」”. Full-count. 2019年10月23日閲覧。
  24. ^ Joe Frisaro (2019年11月20日). “Marlins DFA Chen, add 6 prospects to 40-man” (英語). MLB.com. 2019年11月25日閲覧。
  25. ^ Chen, Mariners agree to Minors deal” (英語). MLB.com. 2020年2月13日閲覧。
  26. ^ 元中日チェンがマリナーズ自由契約、日本復帰も - MLB : 日刊スポーツ” (日本語). nikkansports.com. 2020年6月29日閲覧。
  27. ^ "新規支配下選手登録(2020年度)". NPB.jp. 日本野球機構. 21 September 2020. 2020年9月21日閲覧
  28. ^ 【ロッテ】元・中日でマリナーズ自由契約のチェン・ウェイン入団を発表 背番号は「58」 - スポーツ報知・2020年09月21日
  29. ^ チェン・ウェイン投手 入団会見のお知らせ”. 千葉ロッテマリーンズ (2020年10月4日). 2020年10月14日閲覧。
  30. ^ PCR検査結果について”. 千葉ロッテマリーンズ (2020年10月6日). 2020年10月14日閲覧。
  31. ^ “ロッテ・チェン・ウェインが14日楽天戦先発「日本の球場で野球ができる幸せ」中日時代以来9年ぶりNPBマウンドへ”. 中日スポーツ. (2020年10月13日). https://www.chunichi.co.jp/article/136478/ 2020年10月14日閲覧。 
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]