ヤディアー・モリーナ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
この名前は、スペイン語圏の人名慣習に従っています。第一姓(父方の)はモリーナ第二姓(母方の)はマッタです。(Template:スペイン語圏の姓名
この記事の項目名には以下のような表記揺れがあります。
  • ヤディエル・モリーナ
ヤディアー・モリーナ
Yadier Molina
セントルイス・カージナルス #4
Yadier Molina on April 23, 2009.jpg
2009年4月23日
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 プエルトリコの旗 プエルトリコ自治連邦区バヤモン
生年月日 (1982-07-13) 1982年7月13日(39歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
205 lb =約93 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2000年 MLBドラフト4巡目
初出場 2004年6月3日
年俸 $9,000,000(2021年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム プエルトリコの旗 プエルトリコ
WBC 2006年2009年2013年2017年
獲得メダル
男子 野球
プエルトリコの旗 プエルトリコ
ワールド・ベースボール・クラシック
2013 野球
2017 野球

ヤディアー・ベンジャミン・モリーナ・マッタスペイン語: Yadier Benjamin Molina Matta[2][注釈 1], 1982年7月13日 - )は、プエルトリコバヤモン出身のプロ野球選手捕手)。MLBセントルイス・カージナルス所属。愛称はヤディ(Yadi)[5]

2008年から2015年まで8年連続を含む9度のゴールドグラブ賞受賞、2009年から7年連続を含む9度のオールスター選出、ワールドチャンピオン2度(2006年2011年)の経歴をもつ。この実績から現役最高の捕手の一人に数えられている。

2000年の入団以来、カージナルス一筋のフランチャイズプレイヤーである。

長兄ベンジー、次兄ホセは共にMLBで活躍した捕手(後述)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

1982年7月13日、プエルトリコのバヤモンに出生。父ベンジャミンはプエルトリコのアマチュア野球リーグで強打の選手として活躍しており、プロからのオファーもあったという[6]。しかしベンジャミンは、ヤディアーが1歳のときに現役を引退し、息子達に野球を教える道を選ぶ[7]。安定した生活を求めていたベンジャミンは引退後、毎朝6時に工場へ出勤[6]。ヤディアーによると、ベンジャミンは毎日午後3時55分に帰宅し、10分後には野球の準備を整えていた[7]

ベンジャミンは捕手ではなかったが、3兄弟は全員が捕手になった。ヤディアーは兄2人が捕手になったきっかけを知らないが、自身も15歳のときに初めて捕手をしてみて「すごく大事な場所だし、すべてのプレーのキーになるし、リーダーになるし、絶対このポジションでプレーするんだって思った」という[8]。当時の憧れの選手は、自身と同じプエルトリコ出身の捕手サンディー・アロマー・ジュニアだった[9]

プロ入りとカージナルス時代[編集]

2000年MLBドラフト4巡目(全体113位)でセントルイス・カージナルスに指名され、兄2人に続いてプロ入りを果たす。マイナーリーグ時代から、ヤディアーの捕手としての潜在能力は兄2人を凌ぐと言われていた[10]

2004年6月3日にメジャーデビューを果たし、この年51試合に出場。盗塁阻止率(47.1%)や捕手防御率(3.64)などで正捕手マイク・マシーニーの残した数字(29.6%、3.84)を上回った[10]。ヤディアーの才能を高く評価したカージナルスは、シーズン終了後にFAとなった正捕手のマシーニーとの契約を見送り、ヤディアーのためにポジションを空けている[11]。このオフに背番号を「4」に変更した(球団殿堂のマーティー・マリオンと同じ)。

2005年7月8日のダイヤモンドバックス戦でクラウディオ・バルガス英語版から死球を受け、左手の骨折により故障者リスト入り[12]。このため約40日にわたって戦線離脱したものの、114試合に出場し、盗塁阻止率はリーグ1位の64.1%だった。

2006年はシーズン開幕前の3月に開催された第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)プエルトリコ代表に選出された。同大会では2次リーグまでの全6試合が地元プエルトリコのヒラム・ビソーン・スタジアムで行われ、ヤディアーは4試合に出場。イバン・ロドリゲスがチームの正捕手となったため先発出場はなかったが、5打数3安打1打点を記録した。シーズンでは打撃成績が前年より下降したが、ポストシーズンでは16試合で53打数19安打打率.368・2本塁打・8打点と好成績を記録し、カージナルスのワールドシリーズ優勝に貢献。

2007年4月1日

2007年は左手首の骨折や右膝の手術によって出場試合数は減少したものの、111試合の出場で打率.275を記録。盗塁阻止率は54.0%だった。この年初めてフィールディング・バイブル・アワードを受賞。

2008年1月にカージナルスと4年1550万ドルで契約を延長。監督のトニー・ラルーサは「長期契約には何のリスクもない」とヤディアーを高く評価した[13]。同年の目標をゴールドグラブ賞の初受賞に定め、オフの間に体重を10-15 lb(約4.5-6.8 kg)絞ってスプリングトレーニングに合流[14]。シーズンで成績を伸ばしたのは守備ではなく打撃だった。初めてシーズン100安打、打率3割を記録した。本人によれば「インパクトの瞬間までしっかりボールを見ることを常に心がけている。基本中の基本と言われるだろうが、自分はそれができていなかった」[15]。守備では、失策数が初の2桁となる10を記録、盗塁阻止率も34.6%だったが、捕逸数は2005年以降の自己最少となる5個にとどめ、盗塁阻止率もリーグ順位では2位タイだった。そしてゴールドグラブ賞を受賞した[16]

2009年はシーズン開幕前の3月に開催された第2回WBCプエルトリコ代表に選出され、2大会連続2度目の選出を果たした。同大会では3月9日のオランダ戦と16日のベネズエラ戦の2試合に先発出場。打撃では6打数1安打と振るわなかったが、守備では2試合18イニングで3失点と投手陣をリードした。

2010年は盗塁阻止率は48.5%でリーグ1位、守備防御点が自身最高の+20で、ゴールドグラブ賞とフィールディング・バイブル・アワードを同時に受賞した。

2011年は守備の数値が悪く、盗塁阻止率が29.2%と落ち込む。4年連続でゴールドグラブ賞は獲得したもののフィールディング・バイブル・アワードの受賞を逃したが、この年から創設されたプラチナ・ゴールド・グラブを受賞した。打撃面は好調で、打率、長打率、本塁打、打点で自身最高を記録した。またチームのワールドシリーズ優勝に貢献した。

2012年はさらに打撃がよくなり、打率、出塁率、長打率、本塁打、打点などで自身最高の成績だった。守備でも守盗塁阻止率47.9%がメジャー2位と復活し、一塁走者を刺す捕手けん制刺が5回で1位タイ。ゴールドグラブ賞を5年連続で受賞し、フィールディング・バイブル・アワードを2年ぶりに満票で受賞した[17]し、2年連続でプラチナ・ゴールド・グラブを受賞した。

2013年はシーズン開幕前の3月に開催された第3回WBCプエルトリコ代表に選出され、3大会連続3度目の選出を果たした。同大会では大会を通してレギュラー捕手・4番・チームリーダーを務め、チームの準優勝に貢献。大会ベストナインにも選ばれた。シーズンで6年連続でゴールドグラブ賞を受賞した。

2014年オールスターゲームに選出されたが、7月10日に右手親指の故障で15日間の故障者リスト入りし[18]、辞退した。8月29日に復帰した。リーグチャンピオンシップシリーズの第2戦で再び右手親指を負傷し、第3戦以降は欠場したが、2004年のワールドシリーズ第3戦からポストシーズンで歴代最長となる83試合連続出場を記録した。オフには7年連続となるゴールドグラブ賞と、2年振りとなるプラチナ・ゴールド・グラブを受賞した。

2015年9月20日のシカゴ・カブス戦で、本塁に突入してきたアンソニー・リゾにタッチしたときに左手親指の靭帯を部分断裂し、以後レギュラーシーズン閉幕まで欠場した。136試合に出場して2年ぶりに規定打席に到達し、打率.270・4本塁打・61打点という成績を記録した。守備面では、134試合で7失策守備率.994・盗塁阻止率41%をマークし、8年連続でゴールドグラブ賞を受賞。プレーオフでは10月12日のディビジョンシリーズの第3戦で再び左手親指を負傷し、第4戦以降を欠場した。オフの10月15日に左手親指の手術を受けた。

2016年

2016年は自身最多の147試合に出場し好調を維持。3年ぶりの3割超えとなる打率.307・8本塁打・58打点、リーグ9位タイとなる38二塁打を記録した。守備面では、146試合でマスクを被り、2失策・守備率.998だったが、盗塁阻止率が21%に留まった。シーズンオフのゴールドグラブ賞投票では、バスター・ポージーに賞をさらわれて、9シーズンぶりに受賞はならなかった。オフの12月5日に第4回WBCプエルトリコ代表に選出され、4大会連続4度目の選出を果たした[19]

2017年はシーズン開幕前に選出されていた第4回WBCに参加。3月22日の決勝アメリカ合衆国戦に敗戦し、2大会連続で準優勝となったが[20]、6試合で打率.333・2本塁打・6打点・OPS.917などを記録し、大会最優秀捕手賞を受賞した[21]。開幕直前の4月に2020年までの3年6000万ドルで契約延長した[22]。この年は136試合に出場し、打率.273・18本塁打・82打点を記録した。

2018年はシーズン開幕前の1月15日に契約満了予定の2020年シーズン限りでの現役引退を表明した[23]。シーズンでは7月14日に監督のマイク・マシーニーが解任されたときに現役最終年の選手兼任監督就任に興味を示した[24]ものの、8月28日に監督代行としてマイク・シルトが昇格して正式就任、2020年まで契約延長した[25]。この年は123試合に出場し、打率.261・20本塁打(自身6年ぶり)・74打点を記録した。オフに、前年のハリケーン・マリアで被害に遭った故郷プエルトリコの復興に貢献したことが評価されて、カージナルスの選手としては5人目となるロベルト・クレメンテ賞を受賞した[26]。 また、2018日米野球のMLB選抜の一員として訪日している。

2019年の開幕戦で捕手の球団記録となる15年連続先発出場[27]。4月1日のピッツバーグ・パイレーツ戦ではジェド・ジョーコの怪我により急遽三塁手の守備に就いた。5月31日には右手親指の腱を痛めて故障者リスト入り[28]。最終的に113試合に出場して打率.270・10本塁打・57打点を記録した。ポストシーズン、NLDS第4戦で同点適時打とサヨナラ犠飛を打った[29]

2020年アダム・ウェインライトに次いでリーグで2番目に年長の選手となった[30]。2018年にはこの年限りでの現役引退を示唆していたが、開幕が遅れたことによって心境の変化があり、翌シーズンの現役続行を表明した[31]。8月4日に球団内でのCOVID-19の集団感染でモリーナも含まれていることが発表された[32]。9月23日のミルウォーキー・ブルワーズ戦で球団史上6人目、MLBの捕手として12人目となる通算2000安打を達成した[33]。60試合制の短縮シーズンで、打率.262、4本塁打、16打点だった。一方で捕手の守備ではリーグワーストの5失策を喫した。ポストシーズンでは史上5人目となる通算100安打を記録した[34]。オフにFAとなった[35]

2021年2月10日にカージナルスと1年900万ドルで再契約した[36]。7月10日に辞退した選手の代替選手として通算10度目となるオールスターゲームに選出された[37]が、辞退した[38]。その後、8月24日にカージナルスと1年1000万ドルで契約延長し、2022年のシーズン終了後に現役引退する予定であることを明かした[39][40]。9月3日のブルワーズ戦でアダム・ウェインライトとのバッテリーで先発出場し、史上4例目の通算300試合目の同バッテリー出場となった。 オフにはゴールドグラブ賞の候補になったが、受賞にはいたらなかった[41]

選手としての特徴[編集]

2016年

カージナルス公式ウェブサイトに強肩を "Rocket launcher"(ロケットランチャー)と称されている[42]。チームメイトのアダム・ウェインライトは「彼がマスクをかぶっていれば、走者に気を使う必要がない。打者にさえ集中していればいいんだ」とコメントしている[43]

捕球技術については、「ESPNマガジン」のインタビューで、投手の制球が悪い時はミットをずらさずに体だけ少しずらしてポケットで捕球すれば、ボール球を10~12個くらいストライクにできると語っている[44]

リードの能力が高く評価され、投手陣の信頼が厚い。アダム・ウェインライトは「こっちが何を投げたいかちゃんと分かっている。ワンバウンドのカーブをしっかりブロックしてくれるから、何のためらいもなくカーブを投げられるのもいい。彼との間には言葉で言い尽くせない信頼があるんだ」と言い、ハイメ・ガルシアは「彼の出すサインには1球1球意味がある。ぼくのピッチングは自分自身への信頼、自分の投げるボールへの信頼、彼への信頼の三位一体で成り立っているんだ。」と言う[45]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2004 STL 51 151 135 12 36 6 0 2 48 15 0 1 2 1 13 3 0 20 4 .267 .329 .356 .684
2005 114 421 385 36 97 15 1 8 138 49 2 3 8 3 23 3 2 30 10 .252 .295 .358 .654
2006 129 461 417 29 90 26 0 6 134 49 1 2 8 2 26 2 8 41 15 .216 .274 .321 .595
2007 111 396 353 30 97 15 0 6 130 40 1 1 2 4 34 5 3 43 18 .275 .340 .368 .708
2008 124 485 444 37 135 18 0 7 174 56 0 2 3 5 32 4 1 29 21 .304 .349 .392 .740
2009 140 544 481 45 141 23 1 6 184 54 9 3 6 1 50 2 6 39 27 .293 .366 .383 .749
2010 136 521 465 34 122 19 0 6 159 62 8 4 2 5 42 6 7 51 19 .262 .329 .342 .671
2011 139 518 475 55 145 32 1 14 221 65 4 5 5 4 33 4 1 44 21 .305 .349 .465 .814
2012 138 563 505 65 159 28 0 22 253 76 12 3 3 5 45 4 5 55 10 .315 .373 .501 .874
2013 136 541 505 68 161 44 0 12 241 80 3 2 0 3 30 4 3 55 14 .319 .359 .477 .836
2014 110 445 404 40 114 21 0 7 156 38 1 1 1 6 28 4 6 55 14 .282 .333 .386 .719
2015 136 530 488 34 132 23 2 4 171 61 3 1 1 9 32 3 0 59 16 .270 .310 .350 .660
2016 147 581 534 56 164 38 1 8 228 58 3 2 0 2 39 1 6 63 22 .307 .360 .427 .787
2017 136 543 501 60 137 27 1 18 220 82 9 4 1 9 28 4 4 74 14 .273 .312 .439 .751
2018 123 503 459 55 120 20 0 20 200 74 4 3 0 6 29 0 9 66 15 .261 .314 .436 .750
2019 113 452 419 45 113 24 0 10 167 57 6 0 0 5 23 0 5 58 14 .270 .312 .399 .711
2020 42 156 145 12 38 2 0 4 52 16 0 0 1 1 6 0 3 21 7 .262 .303 .359 .662
2021 121 473 440 45 111 19 0 11 163 66 3 0 0 3 24 1 5 79 16 .252 .297 .370 .667
MLB:18年 2146 8284 7555 758 2112 400 7 171 3039 998 69 37 43 74 537 50 74 882 277 .280 .330 .402 .733
  • 2021年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]



捕手(C)






















2004 STL 51 256 16 2 1 .993 4 17 9 8 .471
2005 114 684 66 7 4 .991 8 39 14 25 .641
2006 127 734 79 4 6 .995 7 66 37 29 .439
2007 107 582 63 6 8 .991 7 50 23 27 .540
2008 119 653 70 10 7 .986 5 52 34 18 .346
2009 138 884 82 5 6 .995 4 54 32 22 .407
2010 135 895 79 5 10 .995 7 68 35 33 .485
2011 137 857 67 5 5 .995 7 65 46 19 .292
2012 136 962 88 3 12 .997 6 73 38 35 .479
2013 131 976 63 4 11 .996 3 46 26 20 .435
2014 107 810 56 2 10 .998 3 44 23 21 .477
2015 134 1064 56 7 9 .994 4 63 37 26 .413
2016 146 1113 60 2 5 .998 8 85 67 18 .212
2017 133 1082 55 7 13 .994 6 67 43 24 .358
2018 121 966 42 2 8 .998 4 39 27 12 .308
2019 111 916 30 1 5 .999 4 30 22 8 .267
2020 42 307 16 5 1 .985 3 11 6 5 .455
2021 118 869 49 3 10 .997 6 44 26 18 .409
MLB 2107 14610 1037 80 131 .995 95 913 545 368 .403
内野守備


一塁(1B) 三塁(3B)
























2005 STL 1 0 0 0 0 ---- -
2006 4 5 0 1 1 .833 -
2007 1 1 0 0 0 1.000 -
2008 2 13 3 0 1 1.000 -
2009 6 10 1 0 2 1.000 -
2010 7 7 0 0 2 1.000 -
2011 2 3 0 1 0 .750 -
2012 3 11 2 0 0 1.000 -
2013 5 17 1 0 1 1.000 -
2014 1 10 1 0 0 1.000 -
2016 2 10 1 0 0 1.000 -
2017 1 4 0 0 0 1.000 -
2018 5 9 2 1 3 .917 -
2019 4 6 0 0 1 1.000 1 0 0 0 0 ----
2020 2 3 0 0 0 1.000 -
2021 1 1 1 0 0 1.000 -
MLB 47 110 12 3 11 .976 1 0 0 0 0 ----
  • 2021年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 各年度の太字年ゴールドグラブ賞受賞

表彰[編集]

MLB
プエルトリコ代表

記録[編集]

兄弟選手としての記録[編集]

兄のベンジー(ジャイアンツ)と対戦するヤディアー

2004年にヤディアーがデビューしたことで、先にデビューしていた2人の兄とともに、3兄弟が同時期にMLB球団に所属することとなった。これは "クルーズ3兄弟"(ホセトミーヘクター)の1977年以来のことだった[11]。また、兄2人が所属していたアナハイム・エンゼルス2002年に、ヤディアーの所属するカージナルスは2006年に、それぞれワールドシリーズを制覇したため、3兄弟全員がチャンピオンリングを所有している。これはMLB史上初であり[49]、3兄弟2つずつ合計6つのチャンピオンリング所有の記録(長兄のベンジーは2010年シーズン途中にサンフランシスコ・ジャイアンツからテキサス・レンジャーズトレードされ、2010年のワールドシリーズでレンジャーズはジャイアンツに敗れたにも関わらず、チャンピオンリングを受け取った)ギネス世界記録にも認定された[50]

2人の兄は2001年から2005年までの5シーズンにわたりエンゼルスに一緒に所属していた。兄弟がともに捕手として同一チームに同時期に所属していたのは、1901年以降では史上初のことだった[6]。これに対して、ヤディアーは兄とチームメイトになったことはなかったが、2013年WBCにてプエルトリコ代表に選出され、同じ捕手で次兄のホセも選出され初めてチームメイトとなった。

背番号[編集]

  • 41(2004年 - 2005年)
  • 4(2006年 - )

代表歴[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ スペイン語発音: [ɟ͡ʝa.ˈðjɛɾ bɛ̃ŋ.ˈxa.mĩn mo.ˈli.na ˈmat̚.ta][3] ジャディエル・ベンハミン・モリーナ・マッタ,英語発音: [ˌjɑdiˈɝ ˈbɛnd͡ʒəmən məˈlinə ˈmætə][4] ヤディアー・ベンジャミン・マリーナ・マタ

出典[編集]

  1. ^ Yadier Molina Contract Details, Salaries, & Earnings” (English). Spotrac. 2021年9月26日閲覧。
  2. ^ Yadier Molina”. Baseball Reference. Sports Reference. 2021年5月15日閲覧。
  3. ^ スペイン語の発音記号変換ツール”. easypronunciation.com. 2021年5月15日閲覧。
  4. ^ 英語のIPA発音記号変換(アメリカ英語)”. tophonetics.com. 2021年5月15日閲覧。
  5. ^ Cards' Players Weekend nicknames explained MLB.com (英語) (2017年8月24日) 2017年9月20日閲覧
  6. ^ a b c 樋口浩一 「ベンジー・モリーナ&ホゼ・モリーナ/エンゼルスの本塁を兄弟で共有する感覚」 『月刊メジャー・リーグ』2004年7月号、ベースボール・マガジン社、2004年、雑誌08625-7、24-25頁。
  7. ^ a b Jack Curry, "3 Weeks to Pitchers and Molinas," New York Times, January 29, 2007. 2008年11月23日閲覧。
  8. ^ 阿部寛子 「連載企画 MLB TALK SHOW ヤーディアー・モリーナ[カージナルス]」 『月刊スラッガー』2006年11月号、日本スポーツ企画出版社、2006年、雑誌15509-11、67-69頁。
  9. ^ Jorge L. Ortiz, USA TODAY, "Cards' Molina making Puerto Rico proud," USATODAY.com, October 23, 2006. 2009年11月1日閲覧。
  10. ^ a b 友成那智村上雅則『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2005』廣済堂出版、2005年、304頁。ISBN 978-4-331-51093-3
  11. ^ a b 出村義和野球一家の血統に期待高まる今シーズン。」 『Number Web』、2005年6月9日。2008年3月15日閲覧。
  12. ^ Matthew Leach / MLB.com, "Molina out after being hit by pitch / Catcher's status unknown after leaving in the eighth," stlcardinals.com, July 8, 2005. 2009年2月22日閲覧。
  13. ^ Associated Press, "Yadier Molina gets four-year, $15.5 million contract with Cardinals," ESPN.com, January 21, 2008. 2008年11月23日閲覧。
  14. ^ Derrick Goold, "Molina is set to pursue his golden dream," St. Louis Post-Dispatch, February 14, 2008. 2008年11月23日閲覧。
  15. ^ 澤田敏典 「MLB30球団レポート&全選手個人成績 セントルイス・カージナルス/STL もはや守るだけの捕手ではない」 『月刊スラッガー』2008年9月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-9、86頁。
  16. ^ Matthew Leach / MLB.com, "Molina honored with first Gold Glove / Catcher's long-recognized defense finally nabs top NL award," stlcardinals.com, November 5, 2008. 2008年11月23日閲覧。
  17. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2013』 廣済堂出版、2013年、354頁。ISBN 978-4-331-51711-6
  18. ^ Cardinals place Molina on 15-day D.L.; recall Perez from Memphis”. MLB.com Cardinals Press Release (2014年7月10日). 2014年7月11日閲覧。
  19. ^ 24 All-Stars among initial confirmed players for 2017 World Baseball Classic MLB.com Press Release (英語) (2016年12月5日) 2016年12月15日閲覧
  20. ^ American Beauty: USA dominates PR in final World Baseball Classic (英語) (2017年3月22日) 2017年3月23日閲覧
  21. ^ Yadi, Balentien among All-Classic Team standouts World Baseball Classic (英語) (2017年3月22日) 2017年3月23日閲覧
  22. ^ カージナルスのモリーナが3年69億円で契約延長”. 日刊スポーツ (2017年4月3日). 2018年10月27日閲覧。
  23. ^ カージナルスのモリーナ捕手、20年引退の意向”. 日刊スポーツ (2018年1月16日). 2018年10月27日閲覧。
  24. ^ Yadier Molina of St. Louis Cardinals 'very open' to player-manager role in 2020”. ESPN (2018年7月17日). 2018年10月27日閲覧。
  25. ^ カージナルス シルト監督代行を正式監督に昇格 2020年までの契約”. スポーツニッポン (2018年8月29日). 2018年10月27日閲覧。
  26. ^ a b クレメンテ賞にモリーナ、ハリケーン被害のプエルトリコ支援に尽力”. フランス通信社 (2018年10月25日). 2018年10月27日閲覧。
  27. ^ ACKERMAN: Molina still going strong after 15 openers”. KMOX-AM. 2019年3月28日閲覧。
  28. ^ カージナルス・モリーナIL入り、右手親指の腱痛め”. nikkansports.com. 2019年11月22日閲覧。
  29. ^ カージナルス、モリーナの犠飛で劇的サヨナラ 地区シリーズ2勝2敗で決戦の行方は最終第5戦へ【MLB地区シリーズ】”. ベースボールチャンネル. 2019年11月22日閲覧。
  30. ^ 2020 National League Awards, All-Stars, & More Leaders”. Baseball-Reference.com. 2021年1月2日閲覧。
  31. ^ モリーナ、移籍も視野に入れながら現役続行に意欲”. 日刊スポーツ (2020年4月30日). 2021年1月2日閲覧。
  32. ^ カージナルス、モリーナらコロナ感染の6選手公表”. 日刊スポーツ (2020年8月5日). 2021年1月2日閲覧。
  33. ^ カージナルス・モリーナに新たな勲章!通算2000安打達成”. スポーツニッポン (2020年9月24日). 2021年1月2日閲覧。
  34. ^ Molina hits 100th postseason milestone twice”. MLB.com (2020年10月2日). 2021年1月2日閲覧。
  35. ^ 2020-21 free agents, position by position” (英語). MLB.com. 2020年11月2日閲覧。
  36. ^ 'This is my home': Molina ready to chase titleMLB公式サイト
  37. ^ Brian Murphy (2021年7月11日). “ASG subs bring number of 1st-timers to 40” (英語). MLB.com. July 18, 2021閲覧。
  38. ^ Zachary Silver (2021年7月11日). “Yadi named ASG replacement, won't attend” (英語). MLB.com. 2021年7月18日閲覧。
  39. ^ Cardinals Sign Yadier Molina To One-Year Extension” (英語). MLB Trade Rumors. 2021年8月26日閲覧。
  40. ^ Yadier Molina: 2022 "Will Be My Final Season"” (英語). MLB Trade Rumors. 2021年8月26日閲覧。
  41. ^ Zachary Silver (2021年11月8日). “Cards first team to win 5 -- FIVE!! -- GGs” (英語). MLB.com. 2021年11月9日閲覧。
  42. ^ Matthew Leach / MLB.com, "Cardinals Opening Day outlook / Club to address some offensive issues early in season," stlcardinals.com, March 30, 2007. 2008年11月23日閲覧。
  43. ^ 出野哲也 「4人の若き司令塔たち 頭文字M」 『月刊スラッガー』2008年6月号、日本スポーツ企画出版社、2008年、雑誌15509-6、12-16頁。
  44. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2010』 廣済堂出版、2010年、331頁。ISBN 978-4-331-51439-9
  45. ^ 友成那智、村上雅則 『メジャーリーグ・完全データ選手名鑑2011』 廣済堂出版、2011年、345頁。ISBN 978-4-331-51518-1
  46. ^ St. Louis Cardinals at Pittsburgh Pirates Box Score, May 9, 2015”. Baseball-Reference.com (2015年5月9日). 2021年1月2日閲覧。
  47. ^ St. Louis Cardinals at Boston Red Sox Box Score, August 15, 2017”. Baseball-Reference.com (2017年8月15日). 2021年1月2日閲覧。
  48. ^ Milwaukee Brewers at St. Louis Cardinals Box Score, September 27, 2020”. Baseball-Reference.com (2020年9月27日). 2021年1月2日閲覧。
  49. ^ Chris Haft / MLB.com, "Molina brothers may unite in Classic / Giants have seven on provisional rosters for world tournament," MLB.com, January 19, 2009. 2009年11月1日閲覧。
  50. ^ Most siblings to win the baseball World Series” (英語). Guinness World Records. 2014年3月6日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]