大西崇之

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大西 崇之
読売ジャイアンツ 一軍外野守備走塁コーチ #86
Oonishi takayuki.jpg
2012年5月13日・こまちスタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 大阪府東大阪市
生年月日 (1971-07-02) 1971年7月2日(45歳)
身長
体重
176 cm
73 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 外野手
プロ入り 1994年 ドラフト6位
初出場 1996年5月26日
最終出場 2006年7月29日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 読売ジャイアンツ (2009 - )

大西 崇之(おおにし たかゆき、1971年7月2日 - )は、大阪府東大阪市出身のの元プロ野球選手外野手)で、現在は読売ジャイアンツの一軍外野守備・走塁コーチ。血液型はAB型。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

1971年7月2日大阪府東大阪市で生まれる。小学校3年生の時に内野手として野球を始め、主に一塁手としてプレーする。中学校の入学と同時に外野手に転向し、中堅手一筋になる。

1987年大阪産大高校大東校舎に進学するが、1年の夏に中退。その後に転入した鹿児島商工高等学校では3年の春と3年の夏にいずれも1番・中堅手として甲子園に出場。

亜細亜大学に進学するが、1年の秋に中退。その後は天城ベースボールクラブに入団して、江藤慎一の指導を受ける。「ヤオハンジャパン硬式野球部」となった1994年には都市対抗野球大会にも出場し、1回戦のいすゞ自動車戦では2本の本塁打を放っている。

中日時代[編集]

同年のドラフト6位で中日ドラゴンズに入団。念願のプロ入りを果たした。背番号は「58」。

1996年5月26日の対横浜戦で代走として一軍に初出場し、6月4日の対阪神戦では10回表に古溝克之から一軍での初安打となる中前安打を放つ。8月6日の対広島戦では8番・中堅手として一軍で初先発出場を果たし、9月24日の対横浜戦で9回表に戸叶尚から一軍での初本塁打となる左越え2ラン本塁打を放つ。

その後は長く二軍生活が続いていたが、プロ入り4年目の年となった1998年から代走守備固めとして数多く起用され、一軍に定着した。「守備の人」というイメージが強かったが、2002年には打撃面でもブレイクした。

2003年は規定打席には満たなかったものの、2年連続で高打率を記録した。この年は主に左翼手として関川浩一と併用されて出場することが多かった。

2004年は打撃が振るわず、出場機会を減らした。

2005年は前年に引き続き、中堅手にはアレックス・オチョア、右翼手には福留孝介がいたために、左翼手のポジションを巡って井上一樹森野将彦英智大友進との争奪戦となった。この年の大西は何回かの活躍があったものの、出場機会は大幅に減少。結局、同年後半は出場機会には恵まれなかった。

巨人時代[編集]

2005年レギュラーシーズン終了後に金銭トレードで読売ジャイアンツ(巨人)に移籍した。背番号は「00」。

2006年末に現役引退を表明した。

引退後[編集]

2007年より巨人の東海地区スカウトマンを担当。中井大介らを獲得し、東海地区の人材開拓に大きく貢献した。

2009年から巨人の二軍外野守備・走塁コーチに就任した。背番号は「79」。

2011年からは一軍外野守備・走塁コーチを務めている。攻撃時には一塁ベースコーチとしてグラウンドに立つ。

2016年1月28日に「侍ジャパン強化試合 日本 vs チャイニーズタイペイ」の日本代表外野守備・走塁コーチを務めることが発表された[1]。10月18日に「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」の日本代表コーチを務めることが発表された[2]

人物[編集]

現役時代は俊足堅守の外野手として活躍した。1998年8月21日の対横浜戦では9回表に守護神・佐々木主浩から同点2ラン本塁打を放った。この年のMVPに輝いた佐々木にとっては、これが唯一の被本塁打であり、大西自身も同年唯一の本塁打であった[3]。後に中日応援団は「守護神粉砕・大西崇之」と入った横断幕を作成した。

妻は女子プロゴルファーの坂上晴美。

詳細情報[編集]

通算打撃成績[編集]

















































O
P
S
1996 中日 48 11 11 16 3 0 0 1 6 2 5 0 0 0 0 0 0 5 0 .273 .273 .545 .818
1997 6 9 8 0 2 0 0 0 2 0 2 0 1 0 0 0 0 3 0 .250 .250 .250 .500
1998 95 111 94 20 25 5 0 1 33 8 16 6 5 0 11 0 1 22 1 .266 .349 .351 .700
1999 55 34 27 14 5 0 0 0 5 2 2 1 2 0 3 0 2 5 0 .185 .313 .185 .498
2000 49 54 50 12 11 5 0 1 19 5 5 0 2 0 2 0 0 9 1 .220 .250 .380 .630
2001 87 120 105 21 24 3 2 0 31 6 1 4 3 0 10 0 2 22 3 .229 .308 .295 .603
2002 115 247 215 30 66 12 3 2 90 23 9 2 9 0 17 0 6 36 5 .307 .374 .419 .793
2003 119 365 332 51 104 16 1 9 149 35 5 5 10 1 16 1 6 56 3 .313 .355 .449 .804
2004 80 146 132 18 32 8 0 4 52 15 1 1 3 1 10 1 0 23 3 .242 .294 .394 .688
2005 49 73 65 7 16 3 1 0 21 12 0 0 3 0 4 0 1 14 1 .246 .300 .323 .623
2006 巨人 20 34 30 1 4 0 0 0 4 0 0 1 3 0 1 0 0 1 0 .133 .161 .133 .294
通算:11年 723 1204 1069 190 292 52 7 18 412 108 46 20 41 2 74 2 18 196 17 .273 .330 .385 .715

記録[編集]

背番号[編集]

  • 58 (1995年 - 2005年)
  • 00 (2006年)
  • 79 (2009年 - 2015年)
  • 86 (2016年 - )

コーチ歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 侍ジャパン強化試合「日本vsチャイニーズ・タイペイ」コーチングスタッフ発表! 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2016年1月28日) 2016年2月17日閲覧
  2. ^ 11月に東京ドームで開催する侍ジャパン強化試合に出場する選手28名が決定 野球日本代表 侍ジャパン オフィシャルサイト (2016年10月18日) 2016年10月18日閲覧
  3. ^ 星野は、守備は出来ても攻めることが出来ないことの例えとして大西を「自衛隊」と呼んでいた。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]