鶴岡慎也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
鶴岡 慎也
福岡ソフトバンクホークス #8
HAWKS8-TSURUOKA.jpg
2014年4月13日 福岡ヤフオク!ドーム
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 鹿児島県肝属郡肝付町(旧・高山町[1]
生年月日 1981年4月11日(34歳)
身長
体重
177 cm
77 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 捕手
プロ入り 2002年 ドラフト8巡目
初出場 2005年9月7日
年俸 7,600万円(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

鶴岡 慎也(つるおか しんや、1981年4月11日 - )は、福岡ソフトバンクホークスに所属するプロ野球選手捕手)。前所属球団の日本ハムファイターズでは2012年から選手会長を務めた。東邦ガス野球部に所属する鶴岡和紘捕手は実弟。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

肝付町立高山小学校時代は高山ソフトボールスポーツ少年団に所属していて投手だった[2]高山中学ではボーイズリーグ・鹿屋ベイスターズで硬式野球を始め、投手を希望していたが監督により捕手へと転向させられた。(断って投手を続けていたらプロにはなれなかったと振り返っている)[3]。捕手として全国大会で準優勝を経験[4]

樟南高校では捕手として甲子園に2度出場。1998年は2年春の第70回選抜高等学校野球大会に出場したが1回戦でPL学園に敗れた[5]。2年夏は鹿児島県大会準決勝で鹿児島実業高等学校杉内俊哉に1失点完投され予選敗退となった[6]

1999年は主将を務め[7]、3年春は九州大会の準々決勝で日南学園に完封負けを喫し、敗退[8]。3年夏の鹿児島県大会では枕崎高校との準決勝では逆転打を含む2本の三塁打で活躍し、鹿児島実業との決勝戦ではエース上野弘文を1失点完投勝利に導き予選を突破[9]第81回全国高等学校野球選手権大会では秋田高校との1回戦で甲子園初本塁打を記録[10]都城高校との3回戦では先制点となるスクイズを決め、守備では1失点に抑えた[11]。準々決勝では上野をリードして青森山田を完封した[12]。しかし準決勝の桐生第一群馬県代表)戦で、後に日本ハムファイターズでチームメイトとなる正田樹と対戦し、1安打を放ったがチームは完封負けを喫した[13]。なお、当時の樟南高校には上野弘文の他、一学年下に青野毅も在籍していた[14]。その後は全日本選抜チームとして高校日米親善大会にも出場し、正田とバッテリーを組み活躍[15][16]

社会人野球三菱重工横浜硬式野球クラブへ進み、3番打者を任され[15]、後に日本ハムでチームメイトとなる石井裕也とバッテリーを組んでいた[16]2001年に日本ハムの入団テストを受けたが不合格となった。2002年に再び日本ハムの入団テストを受けて合格し、11月20日2002年のプロ野球ドラフト会議で日本ハムから8巡目指名され入団した[17]。同クラブでは1993年石井貴(元・埼玉西武ライオンズ)以来のプロ野球選手となった[18]

日本ハム時代[編集]

日本ハム時代(2012年)
2003年

1年目はイースタン・リーグで45試合に出場し、シーズン終盤は先発で常時出場した[19]。 打率.231、2本塁打だった[20]。10月11日のファーム日本選手権では8番捕手として先発出場したが無安打に終わり敗戦[21]

2004年

5月23日のイースタン・リーグ対湘南シーレックス[22]の2回第1打席で若田部健一から右腕に死球を受け、3回守備の際に途中退場、後に右上腕尺骨骨折が発覚し、約2ヶ月間欠場した。7月27日のイースタンリーグ対読売ジャイアンツ戦で途中出場して実戦復帰を果たした[23]。怪我の影響もあり二軍でも25試合の出場にとどまった。

2005年

二軍41試合で打率.282という好調から7月24日にサンマリンスタジアム宮崎で行われたフレッシュオールスターゲームに8番捕手として先発出場して長峰昌司から先制本塁打を放ち[24]、同試合の最優秀選手賞を受賞した[25][16]。9月3日に一軍へ昇格、9月7日の対西武戦で代打起用によりプロ初出場を果たし、松坂大輔にライトフライに打ち取られたが、守備では岩本勉をリードし6者連続の凡退に抑えた[26]。9月19日の対西武戦では本拠地・札幌ドームでの初出場を果たした[27]。9月25日の対オリックス・バファローズ戦では9番捕手として初のスタメン出場・フル出場を果たし、守備では9回2失点に抑えて勝利に貢献、4回第2打席でジョッシュ・スチュワートからタイムリー打を放ってプロ初安打・初打点を記録、さらに二盗を成功してプロ初盗塁も記録した[28][29]

2006年

プロ入り後初めて開幕を一軍で迎えた。正捕手だった高橋信二が故障により5月の月間打率.063という打撃不振となったことから併用起用となりスターティングメンバーに定着した。5月13日に札幌ドームで行われた対横浜ベイスターズ戦で秦裕二の初球ストレートを左中間スタンドに運び初本塁打を記録し、これが決勝打となった[30]。5月18日の対阪神タイガース戦では逆転タイムリー打を含む3安打でプロ初の猛打賞を記録した[31]。5月19日の対広島東洋カープ戦では八木智哉をリードし8回を無失点に抑えて自身初の完封勝利(降雨コールド)を果たした[32]。6月20日から7月7日まで球団タイ記録となる45年ぶりの11連勝の際に10試合で先発出場した[33]。最終的にレギュラーシーズンは67試合に先発出場し、フル出場した16試合では10勝6敗、5完封勝利だった。スタメン時はプロ2年目のダルビッシュ有と15試合、同年の新人王・プロ1年目・八木智哉と14試合とのバッテリーで大幅に勝ち越した。

プレーオフでは全2試合にフル出場を果たし、完封勝利を含む2試合18イニング1失点のリードで25年ぶりのチームのリーグ優勝に貢献[34][35]日本シリーズは4試合に出場したが無安打に終わった。第1戦・第2戦で先発出場するも中日ドラゴンズにリードを許し、第3戦・第4戦は控えとなったが、王手を掛けた10月26日第5戦では5回1点ビハインドの場面では後の同点スクイズに繋がる送りバントを決め[36]、守っては中日打線を8イニング1失点に抑えて勝利し、前身の東映以来となる44年ぶり2度目の日本一に貢献した[37]アジアシリーズでは11月9日予選リーグ第1戦の対サムスン・ライオンズ戦でフル出場し、9回1失点に抑えて勝利した[38]。11月12日のLa Newベアーズとの決勝戦では先発出場して、ダルビッシュ降板までの7回0/3を無失点に抑え[39]、7回一死三塁の場面ではトニー・フィオーレから決勝打となる先制タイムリーヒットを放ち[40][41]、アジア制覇に貢献した。

2007年

開幕を一軍で迎えたが、正捕手は高橋信二となり大半が控えでの出場となった。チームが借金3となった4月13日から先発出場が増え、14試合で自身の打率.300と好調だったが悪い流れは止められず併用起用となった。スタメンマスクのほぼ半分がダルビッシュ有(同年・沢村栄治賞)とのコンビで19試合で13勝2敗3完封と相性も良く、専用捕手となっていた[42]。他には1年目・吉川光夫と2年目・木下達生を初完封勝利へと導いた[43][44]。しかし八木智哉の不振の影響もあり先発出場は減少した。チームは9月29日にリーグ連覇を達成したが、同日の出場はなかった[45]。最終的にレギュラーシーズンは43試合に先発出場し、フル出場23試合では12勝11敗5完封勝利だった。打撃では打率.203と前年から大幅に成績を落とした。

クライマックスシリーズ第2ステージではダルビッシュが先発した2試合で先発出場した。10月13日第1戦は2安打1得点、守っては7回2失点のリードで勝利に貢献した[46]。10月18日第5戦ではダメ押しのタイムリー打で成瀬善久ノックアウト[47]、守っては8回1失点のリードで日本シリーズ進出を決めた[48]日本シリーズは4試合出場したが無安打に終わった。10月27日第1戦は中日打線を9回1失点に抑えるリードで、ダルビッシュを1999年ダイエー工藤公康以来のシリーズタイ記録13奪三振完投へ導き先勝に貢献した[49]。チームは第2・第3試合を高橋信二先発マスクで落とし、10月31日第4戦で吉川光夫とのコンビで先発機会を得たが、初回の味方のミスをカバーできず敗戦[50]、11月1日第5戦はダルビッシュを8回1失点とリードしたが、その犠牲フライの1点が決勝打となり中日に完全試合を喫し、日本シリーズ敗退となった[51]

オフの12月に視力矯正手術を行った[52][53]。12月25日に一般女性と入籍[54]

2008年

3月20日の対千葉ロッテ戦でプロ入り後初めて開幕マスクを被り、守ってはダルビッシュ有を完封勝利へ導き、打っては2安打で決勝点の走者として生還した[55][56]。高橋信二、前年まで一軍未出場であった小山桂司に時折スタメンマスクを譲りながらも春から正捕手として出場を続けた。しかし自身の打率が1割台となった7月中旬頃から高橋信二の起用が大幅に増えてシーズン終盤まで2人の併用となった。オールスターゲームのファン投票では捕手部門3位だったが選出はされなかった[57]。9月29日の本拠地最終戦ではCSマジック3が点灯した千葉ロッテを迎えたが、ダルビッシュを9回1失点の完投勝利に導きCSへの望みを繋いだ[58]。 最終的にはレギュラーシーズンで自己最多の97試合に出場し、86試合に先発出場し[59]、スタメンマスクの5人の中で飛びぬけた勝率.607を残した[60]。フル出場した40試合では33勝6敗1分け、2完封勝利だった。ダルビッシュが先発した全24試合でマスクを被り16勝4敗。ブライアン・スウィーニーとは25試合中20試合組んで10勝を挙げ、多田野数人とも14試合試合で6勝を挙げた。吉川・八木の不調で結果を出せず、ヤクルトから移籍してきた藤井秀悟とは10試合で1勝5敗と相性が悪かった。またシーズン後半は抑え投手・MICHEALの登板時に中嶋聡と交代することが増えた。打撃ではスクイズを何度も成功させる場面があった[61][62][63]

クライマックスシリーズ第1ステージは10月11日第1戦で8番捕手としてフル出場を果たし、ダルビッシュを9回1失点の完投勝利に導き、6回には4点目となるダメ押し犠飛も放った[64]。第2ステージは3試合に先発出場し10打数4安打2打点と2勝に貢献した。10月18日第2戦に8番捕手でフル出場し、ダルビッシュを3安打完封勝利に導き、打っては3回にヒットで出塁して先制の走者として生還、ダメ押しの犠飛と活躍[65]。10月19日第3戦では西武先発・帆足和幸との相性から人生初の2番打者として起用され[66]、3回の4得点に繋がる安打、8回の追加点に繋がる犠打など勝利に貢献した[67]。これはプロ野球のポストシーズンで初となる捕手の2番起用となった[68]。8月25日以来となる武田勝とのコンビで連日の先発起用だったが、制球に苦しんだ武田を強気なリードで5回2失点(自責点1)とリードした[66][69]。第4戦は2安打1打点と活躍したが、先発・スウィーニーと組んで3回で7失点と序盤で試合を壊した[70][71]

2009年

2年連続開幕マスクとなったが3月4月は高橋信二や新人の大野奨太との併用となった。同年は八木智哉が復調して再びコンビを組み、5月12日の対楽天戦ではフル出場して9回1失点完投勝利しチームも単独首位へと導いた[72]。5月19日の対巨人戦では自身2度目の4打点を挙げた[73]。翌日5月20日の同カードでは打っては勝ち越し二塁打、守っては2度のピンチを肩で救い、チームの貯金を11に伸ばした[74][75]。8月19日にチーム単位の集団インフルエンザ感染による発熱で大野とともに離脱し、5月から右膝痛で一塁手および指名打者となっていた高橋やバッテリーコーチ兼任の40歳中嶋聡がスタメンマスクを被る事態を招いた[76][77]。その影響で福岡 Yahoo! JAPANドームで7戦全勝していたダルビッシュ有も敗戦しチームは5連敗した[78][79]。8月22日に治療を終えてチームに合流した[80]。10月4日の対ソフトバンク戦では1点ビハインド4回二死満塁の場面で大隣憲司から押し出し四球をもぎ取り同点とし、チームの猛攻を呼んで優勝マジック1を点灯させた[81][82]。10月6日の対西武戦では2回に先制のタイムリー二塁打を打ち、リーグ優勝に貢献した[83]。最終的にレギュラーシーズンでは自己最多となる122試合に出場、83試合に先発出場し、フル出場した52試合では43勝9敗、3完封勝利だった。ダルビッシュ(同年のMVP)、八木先発時のほぼ全ての試合で先発マスクを被り高い勝率を残した。また大野マスクで3敗していたプロ3年目・糸数敬作と6月30日からコンビを組み、プロ初勝利・プロ初完投を含む4勝を挙げ、リーグ優勝決定日も試合を作った。また抑え投手・武田久が登板する時に自身も抑え捕手として出場し、前年より出場機会を増やした。

クライマックスシリーズ第2ステージは全4試合に出場して3試合で先発出場した。第1戦で7回6失点し代打で交代となったが、10月22日第2戦ではフル出場して楽天打線をソロ本塁打のみの1点に抑えた[84]。10月24日第4戦では1点リードの7回守備から途中出場し、タイムリー内野安打を放ってリードを3点に広げ日本シリーズ進出を決めた[85]日本シリーズでは全6試合に出場し5試合で先発マスクを被った。11月1日第2戦では指を骨折したまま一軍に復帰したダルビッシュをリードし、ツーランホームランの2失点のみに抑えて勝利した[86][87][88]。第3戦では糸数をリードしたが3本のソロ本塁打を打たれて敗戦[89]。11月5日第5戦では8回代打から守備についたが、1点リードから追いつかれ、再び勝ち越した9回にも同年負けなしの武田久をリードしたが本塁打を2本浴びて逆転サヨナラ負けの原因となった[90]。11月7日第6戦では途中交代する7回まで2失点に抑えたが完封負けした。シーズン守備率は嶋基宏(.99699)と6差の2位(.99693)で[91]捕逸も2と少なかったことから三井ゴールデン・グラブ賞を初受賞した。球団としては1993年の田村藤夫以来の捕手での受賞となった[92]。ダルビッシュがクイックモーションが苦手だった事で盗塁阻止率は.238とリーグ5位だった[93]

2010年

開幕から26打席無安打と打撃不振に陥り[94]、5月まで打率は1割台だったが[95]、6月7日の対横浜戦ではプロ初の1試合4安打、同じく初の2試合連続本塁打を記録するなど調子を上げ[96][97]、6月は月間62打数18安打の打率.290、3本塁打、11打点を残した。8月17日の対千葉ロッテ戦の2点リード二死一二塁守備の場面では井口資仁の右翼への打球方向を見て立っていた所、一塁から本塁を狙った今江敏晃の体当たりのようなスライディングにより転倒させられて激高し、あわや乱闘の騒ぎとなった[98][99]。翌日の同カードでは5回に二度のブロックでピンチを救った[100][101]。8月19日の同カードでは新人・中村勝を5回まで無失点とリードしたが6回にサブローに満塁本塁打を浴びてチームの自力優勝を消滅させた[102]。9月21日の対オリックス戦では9回2点リード二死二三塁の場面で北川博敏にタイムリー打を打たれたが本塁を狙ったアーロム・バルディリスの体当たりを受けながらもボールを死守して勝利し、眼下にいたオリックスの自力CS進出を消滅させた[103][104]。最終的に83試合で先発マスクを被り、フル出場した48試合では37勝10敗1分け、7完封勝利だった。ダルビッシュ有、新外国人のボビー・ケッペルとのコンビで各12勝を上げたが、他の先発投手ではあまり結果が出ず、同年最多勝の武田勝と組んだ大野奨太の台頭を許した。盗塁阻止率はリーグ2位タイの.333だった[105]。オフの11月20日に来季の背番号が22へ変更されることが発表された[106]

2011年

2月23日の春季キャンプの守備練習中にぎっくり腰を発症し[107]、リハビリ調整となった[108]。オープン戦には守備で出場したものの[109]、教育リーグでの二軍調整となり[110]、3月31日のイースタン・リーグ対千葉ロッテ戦で眉間左に自打球を当てて担架で運ばれ、埼玉県内の病院で検査の結果、顔面の陥没骨折と診断され[111][112]、4月6日に東京都内の病院で修復手術を受けた[113]。5月23日に一軍へ合流し[114]、5月24日に出場選手登録されて代打で復帰して安打を放ち、5月26日には守備で途中出場した[115]。6月3日の対東京ヤクルトスワローズで先発マスクを被ったが、3回に吉川光夫が畠山和洋にタイムリー打を浴び、チームの連続無失点イニング記録が52のタイ記録で止まり、プロ野球新記録とはならなかった[116][117]。最終的にレギュラーシーズンは66試合でスタメンマスクを被り、フル出場した34試合では22勝10敗2分け、9完封勝利だった。骨折の影響で正捕手を大野奨太に奪われたが、途中からダルビッシュ有と再びコンビを組み6勝、ケッペルとのコンビで10勝を挙げた。新人・斎藤佑樹とは7月からコンビを組んで84日ぶりの勝利に導いたものの[118]、9月に4連敗して12試合で4勝4敗だった。

クライマックスシリーズファーストステージは10月29日第1戦の延長11回同点の場面から守備で出場したが3失点を喫して敗戦した[119]。オフの12月4日に2012年度の選手会長に就任することを発表した[120]。また、長らくコンビを組んでいたダルビッシュがMLBへ移籍。

2012年

開幕マスクで勝利したが、大野奨太と併用起用され、7月上旬の大野抹消をきっかけに正捕手となった。自身の誕生日である4月11日に北九州市民球場で行われた対ソフトバンク戦では先制打を放ち、八木智哉を3年ぶりの完封勝利に導いた[121]。4月20日の対オリックス戦で2年目の斎藤佑樹を初の完封勝利に導いた[122]。6月25日に捕手部門のファン投票1位でオールスター選出が発表された[123]オールスターは全3試合に出場した。7月20日第1戦で9番捕手で先発出場し無安打、7回4失点だった[124]。第2戦・第3戦は守備のみの出場だった[125][126]。8月21に旭川スタルヒン球場で行われた対オリックス戦では5回に2本のタイムリー打で3打点を挙げ、1966年東映時代に並ぶ1イニング11得点の球団記録に貢献した[127]。9月28日に2位西武を本拠地で迎えた首位攻防戦で先発マスクを被り、吉川光夫を完封勝利に導いて優勝マジック4を点灯させた[128][129]。最終的にレギュラーシーズンは94試合でスタメンマスクを被り、フル出場した59試合では44勝9敗6分、10完封勝利(1完封引き分け)だった。同年のMVPを受賞した吉川とのコンビでは14勝を挙げて、10月23日に最優秀バッテリー賞を初受賞した。日本ハムでは1993年金石昭人田村藤夫以来の受賞だった[130][131]。また4月以降勝ち星に見放されていた武田勝と7月10日にコンビを組んで勝ち越し打を放ち武田の誕生日を白星で飾ると、その後4連勝して最終的に7勝2敗の成績を残した[132]。打撃では打率.266と自己最高の成績を残した。

CSの調整で出場した10月11日のみやざきフェニックスリーグ対中日戦の2回に本塁突入した際に前田章宏と交錯して右足首を傷めて負傷交代[133][134][135]クライマックスシリーズファイナルステージは全3試合に出場して無安打だった。10月17日第1戦でフル出場して9回2失点のリードで勝利、10月18日第2戦もフル出場でソフトバンク打線を完封した[136]。10月19日第3戦は7回3点リードから守備で出場して2 2/3を1失点にまとめて日本シリーズ進出を決めた。 日本シリーズ第1戦はスタメンマスクで7回8失点と敗れ、第3戦は9回から守備で出場して1回無失点だった。10月31日第4戦はスタメン出場して代打を送られるまで巨人打線を9回無失点に抑えた[137]。11月1日第5戦で再びスタメンマスクを被ったが4回の守備で主審・柳田浩一の誤審により[138]、多田野数人が危険球退場させられ[139][140]、試合を立て直せず7イニングで8失点し敗戦した。第6戦では9回1点ビハインドの代打で当シリーズ初安打を放ったものの後続が倒れて日本一を逃した[141]。オフの11月19日に捕手部門でベストナインを初受賞した[142][143]。11月25日に2013年度も選手会長を留任することが決まった[144]

2013年

開幕マスクで勝利したが、同年も大野奨太と併用起用となった。4月は好ブロックで完封試合を作るなど順調だったが[145]、5月5日からの先発マスクで6連敗した(チームは9連敗[146])。6月1日の対中日戦で出た2年ぶりの本塁打が新人・大谷翔平の初勝利を援護する逆転弾となった[147]。6月16日の対ソフトバンク戦では8回同点二死一二塁の場面で代打起用されるとプロ初のヘッドスライディングでブライアン・ファルケンボーグから内野安打をもぎ取り、稲葉篤紀の勝ち越し打を呼んだ[148]。6月26日の同カードでは10回無死二塁の場面でバントした所、一塁手の中村晃が悪送球し、チームは同年初のサヨナラ勝利で最下位を脱出した[149]。7月1日に監督推薦でオールスターへ選出された[150]。オールスターでは7月19日第1戦で4回守備から途中出場して澤村拓一から安打したが2盗塁・同点打を許した[151]。第2戦は6回の守備のみ出場して1盗塁・1失点を許した[152]。8月10日の対千葉ロッテ戦11回同点一死三塁の場面で代打起用され、藤岡貴裕からプロ11年目にして初のサヨナラタイムリー打を放った[153][154]。8月23日の対オリックス戦では初めて指名打者で先発出場して2打点を挙げた[155]。9月14日から先発マスクで6連敗し、チームは前年優勝からの最下位に終わった。最終的に76試合に先発出場して(指名打者1試合)、フル出場した41試合で24勝17敗、3完封勝利だった。移籍してきた木佐貫洋とのコンビで初勝利・完封勝利を含む9勝を挙げたものの、他の主力投手では負け越してチームの借金の大半を背負った。盗塁阻止率もリーグワーストの.188だった[156][157]。打撃では規定未到達ながら自己最高の打率.295で終えた。

11月14日にFA宣言を行い、11月30日に福岡ソフトバンクホークスへ移籍することを表明した[158]

ソフトバンク時代[編集]

2013年

12月7日に同じくFAで中日ドラゴンズから移籍してきた中田賢一と共に入団会見を行い、背番号は8に決まった[159]。年俸は同年と同額の7,600万円からの変動制で4年最大総額5億円プラス出来高払いの複数年契約を結んだ(金額は推定)[160]

2014年

1月に第3子が誕生したこともあり家族を札幌に置いての単身赴任となった[161]。前年の正捕手・細川亨が左肩痛で出遅れ、自身はオープン戦で打率.417と打撃好調だったため[162]、3月28日の対千葉ロッテ戦では開幕マスクを被り、フル出場して勝利した[163]。3月29日の同カードの6回2点リード無死満塁の場面で松永昂大から四球を選んで移籍後初打点を挙げた[164]。4月1日に行われた古巣の日本ハムとの試合でルイス・メンドーサから移籍後初安打を打った[165]。開幕3戦目以降は先発に勝ち星が付かない事が続き、4月は細川と併用となり、5月以降は完全に第2捕手扱いとなり、期待されていた打撃も6月上旬まで打率1割台と極度の不振でオールスター以降は完全に細川に正捕手を奪われた。6月6日の対広島戦では九里亜蓮からプロ初となる1イニング2長打を放った[166]。6月9日の対阪神戦では同年に移籍したジェイソン・スタンリッジを初完封勝利に導いた[167]。7月4日の対楽天戦では細川の負傷交代で4回守備からマスクを被り、9回同点一死一二塁の場面では福山博之から二塁打を放って移籍後初のサヨナラタイムリーで初のお立ち台に立った[168][169]。7月8日のオリックスとの首位攻防戦では走者が三塁にいる状態で2併殺を含む3凡退とチャンスを潰し、チームは対オリックス戦4連敗を喫して2位に転落した[170][171]。8月2日の対日本ハム戦で2本の犠飛で古巣から初打点を挙げた[172]。最終的にレギュラーシーズンは49試合で先発マスクを被り、フル出場した19試合では15勝4敗、2完封勝利だった。中田賢一とのコンビでは開幕5連勝を含む9勝を挙げて中田の二桁勝利に貢献したが、他の投手とは目立つ成績を残せなかった。打撃では6月4日の対巨人戦[173]、 8月10日の対日本ハム戦[174]、9月3日の対オリックス戦でスクイズを成功させた[175]など移籍後もスクイズを決める場面があったが、打率は前年から大幅に下げた。自主トレでスローイングを重点に行った結果[176]、盗塁阻止率はリーグ2位の.390だった[177]。古巣・日本ハムとの試合では4月23日の試合(東京ドーム)で5被弾を喫し[178]、4月までの5試合で被本塁打10本中9本を打たれるなど相性が悪く[179]、先発マスクを被った全6試合で1度も先発投手に白星を付けることができず、打撃も17打数1安打の打率.059に抑えられた。

日本ハムとのクライマックスシリーズファイナルステージは10月15日第1戦で1点ビハインドの8回守備から出場して2回無失点に抑えてサヨナラ勝利を呼んだが[180]、第2戦・第3戦でビハインドの場面から途中出場して連日失点した事により以降の試合は出場できなかった。クライマックスシリーズ後に扁桃炎を発症して10月22日から全体練習を2日間欠場した[181]日本シリーズは全試合にベンチ入りしたが出場はなかった[182]

2015年

正捕手・細川亨の骨折、高谷裕亮のインフルエンザ出遅れにより移籍後2年連続の開幕マスクとなった。4月11日の対日本ハム戦では自身の誕生日に故郷・鹿児島県立鴨池野球場でプロ初出場・初安打を記録した[183][184](前年は雨天中止[185])。

プレースタイル[編集]

「投手に気持ち良く投げさせることがキャッチャーの一番の仕事」だと言い[186]、生きた球を投手に投げて貰う為に投手の投げたい球を中心に配球し、ベテラン打者に対しては感性による読み合いを大事にしている[187][188]。投手の持ち味を生かした柔軟なリードとインサイドワークに定評がある[189][186]

肩はスピードガンで135km/h前後と決して強くないが、送球動作が速く安定したスローイングに定評がある[190]。2010年、2014年は盗塁阻止率リーグ2位となったが2013年はリーグワーストを記録した。

持ち前の当たり強さを活かしたブロックにも非常に定評があり、捕球とブロックのどちらか一方を優先させるのではなく、バランス良く確実な捕球とブロックの調和が取れる捕手である[191]

足が遅く、日本ハム時代に梨田昌孝監督から何度も話題にされた[192][193]

打撃は2014年度終了時点で三振率.163と三振は少ないが、四球も少なく通算出塁率.270と低い。

人物[編集]

日本ハム時代は愛嬌のあるキャラクターで地元ファンの人気も高く[194]、チーム屈指のムードメーカーだった[97]

前歯が出ており、顔がガチャピンに似ていると言われることがある[195][186]。2011年2月のキャンプで初対面し[196]、同年同月と2012年6月にガチャピンと鶴岡とのコラボレーション商品が発売された[197][198]

三菱重工横浜時代に目標としていた選手は古田敦也[1]。2002年には日本ハム以外に福岡ダイエーホークスの入団テストも受けていた[199]

2010年オフに建山義紀テキサス・レンジャーズに移籍した際、配球のイロハを教わった事から「ほかの人がつけるなら自分」と背番号変更を決めた[106]

日本人では数少ないウイルソンブランドプロテクターとキャッチャーマスクを使用している[200]。キャッチャーマスクの衝撃吸収スポンジにカーキ色の素材を使用したものを使っていた(日本ハムの場合通常黒色)。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2005 日本ハム 4 8 8 1 1 0 0 0 1 1 1 0 0 0 0 0 0 1 0 .125 .125 .125 .250
2006 76 218 203 18 49 9 1 3 69 21 2 1 11 1 3 0 0 51 5 .241 .251 .340 .591
2007 57 146 133 7 27 2 1 0 31 13 0 2 7 1 5 0 0 27 0 .203 .230 .233 .463
2008 97 285 248 24 52 14 0 1 69 18 0 1 22 2 12 0 1 49 4 .210 .247 .278 .525
2009 122 304 263 25 58 14 1 1 77 29 1 1 17 2 20 1 2 48 6 .221 .279 .293 .572
2010 105 284 254 21 60 12 0 3 81 26 0 0 22 3 4 1 1 32 6 .236 .248 .319 .567
2011 76 202 185 12 44 9 1 1 58 15 1 2 12 1 3 0 1 24 2 .238 .253 .314 .566
2012 116 328 289 22 77 10 1 0 89 25 3 2 23 1 14 0 1 41 11 .266 .302 .308 .611
2013 114 276 244 22 72 9 0 2 87 26 1 1 13 1 16 0 2 28 7 .295 .342 .357 .699
2014 ソフトバンク 98 190 162 12 35 4 3 0 45 25 0 2 17 4 7 0 0 23 5 .216 .243 .278 .521
通算:10年 865 2241 1989 164 475 83 8 11 607 199 9 12 144 16 84 2 8 324 46 .239 .270 .305 .578
  • 2014年度シーズン終了時

年度別守備成績[編集]

捕手
守備率 試合 刺殺 補殺 失策 併殺 捕逸 企図数 許盗塁 盗塁刺 阻止率
2005 1.000 4 16 0 0 0 0 1 1 0 .000
2006 .992 76 365 29 3 1 3 53 39 14 .264
2007 .997 55 290 33 1 3 2 25 16 9 .360
2008 .998 95 582 37 1 7 4 54 38 16 .296
2009 .997 121 612 37 2 11 2 63 48 15 .238
2010 .997 105 589 37 2 6 4 60 40 20 .333
2011 .998 75 397 46 1 7 5 54 39 15 .278
2012 .994 116 608 51 4 4 4 65 46 19 .292
2013 .994 110 456 51 3 10 0 69 56 13 .188
通算 .997 757 3915 321 17 49 24 444 323 121 .273
  • 2013年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
その他記録

背番号[編集]

  • 64 (2003年 - 2010年)
  • 22 (2011年 - 2013年)
  • 8 (2014年 - )

登場曲[編集]

関連情報[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 三菱重工横浜 硬式野球部ホームページ
  2. ^ 鹿児島 1万9千人が熱戦満喫、鴨池でホークス公式戦 2015年4月12日 朝日新聞デジタル
  3. ^ 「SPECIAL INTERVIEW 鶴岡慎也」 『週刊ベースボール』2009年6月1日号、ベースボール・マガジン社、2009年、雑誌20441-6/1、6-9頁。
  4. ^ 2003年プロ野球選手名鑑 日本ハムファイターズ 2003年スポニチアネックス
  5. ^ 第70回選抜高校野球大会第1日 asahi.com
  6. ^ '98高校野球 鹿児島大会 asahi.com
  7. ^ 99高校野球・代表校紹介 鹿児島 asahi.com
  8. ^ 99年センバツ・各地区秋季大会結果 日刊スポーツ
  9. ^ 日刊スポーツ・野球・第81回全国高校野球選手権・鹿児島決勝
  10. ^ 日刊スポーツ・野球・第81回全国高校野球選手権大会特集・8月10日第2試合
  11. ^ 日刊スポーツ・野球・第81回全国高校野球選手権大会特集・8月18日第3試合
  12. ^ 日刊スポーツ・野球・第81回全国高校野球選手権大会特集・8月19日第4試合
  13. ^ 日刊スポーツ・野球・第81回全国高校野球選手権大会特集・8月20日第2試合
  14. ^ 巨人・杉内は鹿児島“御三家”が生んだ最高左腕 2012年6月17日ZAKZAK
  15. ^ a b 2002年ドラフト日本ハムファイターズ nikkansports.com
  16. ^ a b c 鶴岡がMVP!フレッシュオールスターは日本ハム祭り 2005年7月25日SANSPO.COM
  17. ^ 日本ハムが鶴岡慎也捕手と仮契約 2002年11月22日SANSPO.COM
  18. ^ 鶴岡選手が指名を受ける 2002年11月 三菱重工横浜 硬式野球クラブ トピックス
  19. ^ 2004年プロ野球選手名鑑 スポニチアネックス
  20. ^ 2003 日本ハム・ファイターズ 個人打撃成績
  21. ^ 2003年度ファーム日本選手権 試合結果
  22. ^ イースタンリーグ 05月23日(日) 2004年 北海道日本ハムファイターズオフィシャルホームページ
  23. ^ イースタンリーグ 07月27日(火) 2004年 北海道日本ハムファイターズオフィシャルホームページ
  24. ^ 2005年度フレッシュオールスター・ゲーム 試合結果
  25. ^ プロ野球フレッシュオールスターゲーム2005 表彰選手
  26. ^ the baseball 9月7日(水) 西武 vs 日ハム(試合詳細)
  27. ^ 日本ハム対西武 nikkansports.com
  28. ^ the baseball 9月25日(日) オリックス vs 日ハム(試合詳細)
  29. ^ 日本ハム鶴岡がプロ初の先発マスク 2005年9月25日 日刊スポーツ(リンク切れ)
  30. ^ 日本ハム鶴岡が驚きのプロ初本塁打 2006年5月13日 北海道日刊スポーツ
  31. ^ エキサイトベースボール | 5月18日(木) 阪神 vs 日本ハム(試合詳細)
  32. ^ エキサイトベースボール | 5月19日(金) 広島 vs 日本ハム(試合詳細)
  33. ^ エキサイトベースボール | 7月7日(金) 西武 vs 日本ハム(試合詳細)
  34. ^ エキサイトベースボール | 10月11日(水) 日本ハム vs ソフトバンク(試合詳細)
  35. ^ エキサイトベースボール | 10月12日(木) 日本ハム vs ソフトバンク(試合詳細)
  36. ^ ファイターズ 日本一おめでとう! 2006年10月27日道新スポーツ
  37. ^ エキサイトベースボール | 10月26日(木) 日本ハム vs 中日(試合詳細)
  38. ^ 2006年度 KONAMI CUP アジアシリーズ 試合結果(予選リーグ)
  39. ^ 2006年度 KONAMI CUP アジアシリーズ 試合結果(決勝戦)
  40. ^ 鶴岡が値千金の先制打/アジアS 2006年11月12日 日刊スポーツ
  41. ^ このヒットが決定打に 日本ハム - photos.nikkansports.com 2006年11月13日 日刊スポーツ
  42. ^ 日本ハムが“ダル専用捕手”鶴岡を起用 2007年8月22日 日刊スポーツ
  43. ^ エキサイトベースボール | 7月12日(木) 日本ハム vs オリックス(試合詳細) 2007年7月12日
  44. ^ ソフトバンク対日本ハムスコア速報 : nikkansports.com 2007年5月19日
  45. ^ エキサイトベースボール | 9月29日(土) ロッテ vs 日本ハム(試合詳細)
  46. ^ エキサイトベースボール | 10月13日(土) 日本ハム vs ロッテ(試合詳細)
  47. ^ 【日本ハム】鶴岡が適時二塁打 2007年10月18日 日刊スポーツ
  48. ^ エキサイトベースボール | 10月18日(木) 日本ハム vs ロッテ(試合詳細)
  49. ^ エキサイトベースボール | 10月27日(土) 日本ハム vs 中日(試合詳細)
  50. ^ エキサイトベースボール | 10月31日(水) 中日 vs 日本ハム(試合詳細)
  51. ^ エキサイトベースボール | 11月1日(木) 中日 vs 日本ハム(試合詳細)
  52. ^ 鶴岡 慎也さんの体験談 | 神戸神奈川アイクリニック
  53. ^ 北海道日本ハムファイターズ 鶴岡慎也さんの体験談動画| 神戸神奈川アイクリニック
  54. ^ 日本ハム鶴岡がXマス&友引に婚姻届け 2007年12月25日 日刊スポーツ
  55. ^ 2008年3月20日成績詳細 | 北海道日本ハムファイターズ
  56. ^ 日本ハム鶴岡が三盗を冷静に阻止 2008年3月21日 日刊スポーツ
  57. ^ マツダオールスターゲーム2008 ファン投票結果
  58. ^ 賢介ら日本ハム27歳トリオ激闘演出! 2008年9月30日 日刊スポーツ
  59. ^ ハム鶴岡は3200万円で合意 2008年12月9日スポニチ
  60. ^ “ダル専属捕手”バットでアピール2安打3打点 2009年2月13日スポニチ
  61. ^ 日本ハムが快勝、横浜5連敗で40敗目 2008年6月8日スポニチ
  62. ^ 【日本ハム】鶴岡のスクイズで先制 2008年7月26日 日刊スポーツ
  63. ^ 武田久で…ハム痛恨の逆転負け 2008年8月25日スポニチ
  64. ^ 【日本ハム】6回集中打で3点追加/CS 2008年10月11日 日刊スポーツ
  65. ^ 10月18日ゲームレポート | 北海道日本ハムファイターズ
  66. ^ a b 梨田采配で連勝!“ダル再利用”内角攻め 2008年10月20日スポニチ
  67. ^ 2008年10月19日テキスト速報 | 北海道日本ハムファイターズ
  68. ^ こっちの鶴岡は初体験 攻守に活躍 2008年10月20日スポニチ
  69. ^ ハム梨田監督奇策で連勝、タイだ/CS 2008年10月20日 日刊スポーツ
  70. ^ 【日本ハム】1、2番の連打で反撃/CS 2008年10月21日 日刊スポーツ
  71. ^ 2008年10月21日成績詳細 | 北海道日本ハムファイターズ
  72. ^ 日本ハム単独首位!楽天1カ月ぶりの連敗… 2009年5月12日スポニチ
  73. ^ 日本ハム鶴岡2安打4打点、満塁男だ! 2009年5月20日 日刊スポーツ
  74. ^ 日本ハム 貯金を今季最多の11に 2009年5月20日スポニチ
  75. ^ 【日本ハム】好調打線が2回5連打で逆転 2009年5月20日 日刊スポーツ
  76. ^ インフル余波…中田が急きょ1軍合流 2009年8月19日スポニチ
  77. ^ ダルもインフル検査…全員陰性も新たに6人が発熱 2009年8月20日スポニチ
  78. ^ ダルが6点も失った、やはりインフルの影響か… 2009年8月21日スポニチ
  79. ^ ダルでもインフル・ショック止められず3連敗 2009年8月22日スポニチ
  80. ^ 日本ハム鶴岡が隔離生活からチームに合流 2009年8月22日 日刊スポーツ
  81. ^ 日本ハム“おいしい”逆転勝ち!ついにM1 2009年10月4日スポニチ
  82. ^ 走塁、打撃、そして応援!自滅誘うチームカラー 2009年10月4日スポニチ
  83. ^ 【日本ハム】鶴岡の右翼線二塁打で先制 2009年10月6日 日刊スポーツ
  84. ^ 2009年10月22日成績詳細 | 北海道日本ハムファイターズ
  85. ^ 日本ハムが日本シリーズ進出!ノムさん執念実らず 2009年10月24日スポニチ
  86. ^ 宮西&金森&武田久 気合の無失点リレー 2009年11月2日スポニチ
  87. ^ 2009年11月2日テキスト速報 | 北海道日本ハムファイターズ
  88. ^ 周囲に打ち明けず…日本ハム・ダル、骨折していた! 2009年11月10日SANSPO.COM
  89. ^ 2009年11月3日成績詳細 | 北海道日本ハムファイターズ
  90. ^ 2009年11月5日成績詳細 | 北海道日本ハムファイターズ
  91. ^ 2009年度 パシフィック・リーグ 個人守備成績(規定以上)
  92. ^ 内野手部門を独占!日本ハム最多7人重賞 2009年11月11日スポニチ
  93. ^ 鶴岡がダルに厳しい注文“クイックしろ” 2009年12月9日スポニチ
  94. ^ 鶴岡が27打席目で今季初安打 2010年4月10日スポニチ
  95. ^ 【日本ハム】鶴岡自分でもビックリ!1号 2010年6月5日 日刊スポーツ
  96. ^ 鶴岡 積極性取り戻してプロ入り初4安打! 2010年6月8日スポニチ
  97. ^ a b ハム大勝!鶴岡2戦連発&初の4安打 2010年6月8日 日刊スポーツ
  98. ^ 逆転勝利呼んだ!井口が右打ち3連勝弾 2010年8月18日スポニチ
  99. ^ 中田初の乱闘“参戦”もタイミングが… 2010年8月18日スポニチ
  100. ^ ロッテ連勝3でストップ…安易だった西岡本塁突入 2010年8月19日スポニチ
  101. ^ テキスト速報 | 北海道日本ハムファイターズ 2010年8月18日
  102. ^ 昨年覇者早くも…日本ハムの自力V消滅 2010年8月19日スポニチ
  103. ^ ハムが全員野球で3位死守 2010年9月22日 日刊スポーツ
  104. ^ Bs自力CS消滅…バルディリスの本塁突入実らず 2010年9月22日スポニチ大阪
  105. ^ 2010年度 パシフィック・リーグ 盗塁阻止率(捕手)【リーダーズ(守備部門)】
  106. ^ a b メジャー目指す建山、サプライズ胴上げに感涙 2010年11月21日スポニチ
  107. ^ 陽、3ランでアピール 日ハムが紅白戦 2011年2月23日北海道新聞
  108. ^ ハム小谷野 右手首骨折開幕絶望 2011年3月3日 日刊スポーツ
  109. ^ 鶴岡がオープン戦初出場「体的には大丈夫。あとは感覚」 2011年3月6日スポニチ
  110. ^ ハム鶴岡今季初実戦出場 回復へ手応え 2011年3月10日 日刊スポーツ
  111. ^ 【日本ハム】ダル女房鶴岡骨折開幕アウト 2011年3月31日 日刊スポーツ
  112. ^ 鶴岡が顔面陥没骨折 プレーまでは2~3カ月 2011年4月1日スポニチ
  113. ^ 【日本ハム】鶴岡の顔面修復手術が終了 2011年4月6日 日刊スポーツ
  114. ^ 【日本ハム】顔面骨折の鶴岡が1軍合流 2011年5月23日 日刊スポーツ
  115. ^ 鶴岡 今季初マスクで捕逸「言い訳ができない」 2011年5月26日スポニチ
  116. ^ 【日本ハム】鶴岡連続無失点終了に放心… 2011年6月4日 日刊スポーツ
  117. ^ 69年ぶりに52イニング無失点の日本タイ記録をマーク 2011年6月5日配信 北海道日本ハムファイターズ公式サイト
  118. ^ 斎藤“持ってる”3勝目 84日ぶり勝利で日本ハム首位浮上 2011年7月18日スポニチ
  119. ^ テキスト速報 | 北海道日本ハムファイターズ 2011年10月29日
  120. ^ 【日本ハム】鶴岡が新選手会長就任 2011年12月4日 日刊スポーツ
  121. ^ 鶴岡 誕生日に自ら花添える「キャリアハイの成績を残したい」 2012年4月11日スポニチ
  122. ^ 斎藤佑、プロ初完封!日本ハム 単独首位に浮上 2012年4月20日スポニチ
  123. ^ ハム球宴ジャックだ8人選出 斎藤、セにやり返したい 2012年6月26日スポニチ
  124. ^ 2012年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第1戦)
  125. ^ 2012年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第2戦)
  126. ^ 2012年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第3戦)
  127. ^ ド派手再奪首!ハム、46年ぶり球団タイ1イニング11点 2012年8月22日スポニチ
  128. ^ ハム鶴岡好リード 今季初三塁打も 2012年9月29日 日刊スポーツ
  129. ^ 田2発5打点!日本ハム、西武との直接対決制しM4点灯 2012年9月28日スポニチ
  130. ^ 吉川 ダル抜け新エース受賞「間違いなく鶴岡さんのおかげ」 2012年10月24日スポニチ
  131. ^ 【日本ハム】吉川と鶴岡にバッテリー賞 2012年10月23日 日刊スポーツ
  132. ^ 武田勝 34歳誕生日に4月以来の5勝目「やっと勝てた」 2012年7月10日スポニチ
  133. ^ 日本ハム・鶴岡、負傷交代…CS大丈夫? 2012年10月12日SANSPO.COM
  134. ^ ファーム | 北海道日本ハムファイターズ 2012年10月11日
  135. ^ 10/11 日本ハムvs中日 試合結果 (みやざきフェニックスリーグ2012)
  136. ^ 松田宣浩を封じて日本Sへ王手!日ハムの“陰の功労者”鶴岡慎也。 2012年10月19日Number Web
  137. ^ 成績詳細 | 北海道日本ハムファイターズ 2012年10月31日
  138. ^ 「誤審」から一夜…巨人とNPBに「厳しい意見」 2012年11月3日SANSPO.COM
  139. ^ 鶴岡は「最初、ファウルと言われた」 2012年11月2日 日刊スポーツ
  140. ^ 【日本ハム】危険球は「木の音がした」 2012年11月2日 日刊スポーツ
  141. ^ 【日本ハム】鶴岡「来年やり返したい」 2012年11月4日 日刊スポーツ
  142. ^ 2012年度 表彰選手 投票結果(ベストナイン)
  143. ^ リーグ最多の4選手がベストナインを受賞 2012年11月19日配信 北海道日本ハムファイターズ公式サイト
  144. ^ ハム金子乾杯音頭「連覇に向け頑張ろう」 2012年11月26日 日刊スポーツ
  145. ^ 流れ呼んだ!日本ハム捕手鶴岡の捕球とブロックの調和 2013年4月11日スポニチ
  146. ^ 禁じ手も…日本ハム泥沼9連敗 栗山監督は選手に“謝罪” 2013年5月16日スポニチ
  147. ^ ハム鶴岡、大谷援護の2年ぶり弾 2013年6月2日 日刊スポーツ
  148. ^ ハム鶴岡必死の激走、稲葉V打につないだ 2013年6月26日 日刊スポーツ
  149. ^ 日本ハム 最下位脱出 両軍計7本塁打の空中戦の結末はエラーでサヨナラ 2013年6月26日スポニチ
  150. ^ 雄星が青山が「ブランコと対戦を」 オリックス佐藤達「うそかと思った」 2013年7月1日スポニチ
  151. ^ 2013年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第1戦)
  152. ^ 2013年度マツダオールスターゲーム 試合結果(第2戦)
  153. ^ プロ11年目の初サヨナラ打 鶴岡「どうリアクションしていいか…」 2013年8月10日スポニチ
  154. ^ ハム鶴岡、「人生初」だサヨナラ打 2013年8月11日 日刊スポーツ
  155. ^ 陽岱鋼 同点ソロにV犠飛、3番で役目果たす「援護したかった」 2013年8月23日スポニチ
  156. ^ 2013年度 パシフィック・リーグ 【盗塁阻止率(捕手)】 リーダーズ(守備部門)
  157. ^ ソフトB鶴岡“復肩”期す盗塁阻止4割だ 2013年12月13日 日刊スポーツ
  158. ^ 鶴岡選手が福岡ソフトバンクホークス移籍を表明 2013年11月30日配信 北海道日本ハムファイターズ公式サイト
  159. ^ 鶴岡選手と中田投手がW入団会見「地元九州に帰ってきた!」 2013年12月7日配信 選手ニュース | 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト
  160. ^ 鶴岡&中田賢がソフトBダブル入団会見 2013年12月8日 日刊スポーツ
  161. ^ ソフトB鶴岡殊勲打、移籍後初のお立ち台 2014年7月5日 日刊スポーツ
  162. ^ 2014年度 福岡ソフトバンクホークス 個人打撃成績(オープン戦)
  163. ^ 成績詳細 | 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト 2014年3月28日
  164. ^ テキスト速報 | 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト 2014年3月29日
  165. ^ ソフトB鶴岡初安打「ホッとしました」 2014年4月1日 日刊スポーツ
  166. ^ ソフトB鶴岡がプロ初1イニング2長打 2014年6月7日 日刊スポーツ
  167. ^ ソフトB鶴岡 スタン移籍後初完封好リード 2014年6月10日 日刊スポーツ
  168. ^ 最終回、9番・鶴岡のツーベースでサヨナラ勝ち! 2014年7月4日 ゲームレポート | 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト
  169. ^ ソフトB鶴岡サヨナラ!前打者敬遠に発奮 2014年7月4日 日刊スポーツ
  170. ^ ソフトB オリ戦4連敗…鶴岡の併殺響く 2014年7月9日スポニチ
  171. ^ テキスト速報 | 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト 2014年7月8日
  172. ^ テキスト速報 | 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト 2014年8月2日
  173. ^ ゲームレポート | 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト 2014年6月4日
  174. ^ ソフトB鶴岡 飛ぶスクイズでダメ押し 2014年8月11日 日刊スポーツ
  175. ^ テキスト速報 | 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト 2014年9月3日
  176. ^ 【ソフトB】鶴岡「スローイングに重点」 2014年1月27日 日刊スポーツ
  177. ^ 2014年度 パシフィック・リーグ 【盗塁阻止率(捕手)】 リーダーズ(守備部門)
  178. ^ ソフト4発も5被弾 バッテリーぼうぜん 2014年4月24日 日刊スポーツ
  179. ^ 古巣ハムから4発…鶴岡に「打たれすぎ」の声 2014年04月24日 東スポWeb
  180. ^ 成績詳細 | 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト 2014年10月15日
  181. ^ ソフトB鶴岡がへんとう炎から復帰 2014年10月24日 日刊スポーツ
  182. ^ ソフトB鶴岡もう1度正捕手獲りへ挑戦 2014年12月15日 日刊スポーツ
  183. ^ 鶴岡、重圧×3に苦笑 地元、誕生日、対古巣 2015年
  184. ^ 成績詳細 | 福岡ソフトバンクホークス オフィシャルサイト 2015年4月11日
  185. ^ ソフトB鶴岡“母親参観”練習 2014年6月18日 日刊スポーツ
  186. ^ a b c 『週刊プロ野球データファイル』2012年71号、ベースボール・マガジン社、雑誌27202-9/12、9-10頁。
  187. ^ ダル 女房役変更へ…直球系から好調球種軸のリードに 2012年4月18日スポニチ
  188. ^ 細川亨&鶴岡慎也 ~2人で導く、頂点~ 2014年2月9日 夢空間スポーツ|FBS福岡放送
  189. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2008』 白夜書房、2008年、84頁。ISBN 978-4-86191-374-7
  190. ^ 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2009』 アスペクトムック、2009年、123頁。ISBN 978-4-7572-1628-0
  191. ^ 流れ呼んだ!日本ハム捕手鶴岡の捕球とブロックの調和”. スポニチ Sponichi Annex (2013年4月11日). 2014年5月12日閲覧。
  192. ^ 11残塁…日本ハム 今季初3連敗 2008年4月17日スポニチ
  193. ^ 一番面白かった?梨田監督、披露宴で舌好調! 2008年12月8日スポニチ
  194. ^ 日本ハム鶴岡が出場機会減でFA移籍視野 2013年9月24日 日刊スポーツ
  195. ^ ハム鶴岡 優勝してガチャピン披露するぞ 2012年1月11日 日刊スポーツ
  196. ^ 早く治りますように・・・ 2011年2月22日ガチャピン日記
  197. ^ GACHAPIN×TSURUOKAコラボグッズがついに発売! - 北海道日本ハムファイターズ公式サイト
  198. ^ 選手プロデュースデー 選手プロデュースTシャツ 2012発売! 2012年6月8日配信 北海道日本ハムファイターズ公式サイト
  199. ^ 鶴岡、ソフトバンク入り表明「新しいところで一からやりたい」 2013年11月30日スポニチ
  200. ^ PLAYERS - Wilson Baseball | Wilson Sporting Goods
  201. ^ 稲葉、田中、鶴岡が参院選の“顔” 2010年6月18日 日刊スポーツ

関連項目[編集]

外部リンク[編集]