福山博之

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
福山 博之
東北楽天ゴールデンイーグルス #64
H fukuyama20170520.jpg
ZOZOマリンスタジアムにて(2017年)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 島根県雲南市
生年月日 (1989-03-27) 1989年3月27日(29歳)
身長
体重
172 cm
70 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2010年 ドラフト6位
初出場 2011年8月13日
年俸 1億2,000万円(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

福山 博之(ふくやま ひろゆき、1989年3月27日 - )は、東北楽天ゴールデンイーグルスに所属する島根県雲南市出身のプロ野球選手投手)。右投右打。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

雲南市立大東中学校時代に、野球部の二塁手として島根県大会での優勝を経験。島根県立大東高等学校への進学後も、二塁手として1年春からレギュラーの座を確保すると、2年秋に県大会3位で中国大会へ出場している[2]。しかし、高校への在学中は、春夏とも甲子園球場の全国大会へ出場できなかった[3]

大阪商業大学に一般入試で進学すると[4]、二塁手から投手へ転向。「高校時代は投手だった」と嘘を付いた末の転向ながら[4]、1年時の秋から阪神大学野球のリーグ戦で登板した。3年時には、春季リーグ戦を3勝無敗で終えると、秋季リーグ戦ではエースとして6勝3敗を記録。記者クラブ賞を受賞するとともに、投手としてベストナインに選ばれた。4年時には、春季リーグ戦で3勝5敗と負け越す一方で、防御率1.82を記録。秋季リーグ戦では、9試合の登板で4勝2敗を記録するとともに、最優秀投手に選ばれた。在学中には、リーグ戦で通算46試合に登板。17勝11敗、防御率1.67、176奪三振という成績を残した[5]

2010年のNPBドラフト会議で、横浜ベイスターズから6巡目で指名。契約金2,000万円、年俸740万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は45

横浜・DeNA時代[編集]

横浜時代(2012年)

2011年には、8月13日の対中日ドラゴンズ戦(平塚球場)で、救援投手として一軍公式戦にデビュー[6]。一軍公式戦全体では、19試合の登板で、0勝1敗、防御率5.76という成績を残した。、

2012年には、一軍公式戦で2試合に登板、勝敗なしの防御率18.00という成績で、9月25日に球団から投手としての契約を更新しない旨を通告された。通告の際には、「50メートル6秒前半」という福山の俊足を生かすべく、球団から福山に対して野手への転向を打診[7]。しかし、福山がその打診を断ったことから[8]、球団では10月2日に契約の解除を改めて通告した[9]

楽天時代[編集]

2012年11月26日に、投手として東北楽天ゴールデンイーグルスと契約したことが、球団から発表された[10]。背番号は64

2013年には、開幕直後の4月9日に、移籍後初めての出場選手登録を果たした。9月10日の対千葉ロッテマリーンズ戦(QVCマリンフィールド)では、先発のケニー・レイが2回裏無死でライナーを顔面に受けて降板したことから緊急登板。4回を投げて1失点で凌いだ[11]。9月25日の対埼玉西武ライオンズ戦(西武ドーム)でも、先発のジム・ハウザーが1回裏二死に栗山巧への危険球で退場を宣告されたことから急遽登板する[12]と、4回3分の1を投げて無失点に抑えたことでプロ入り後初のホールドポイントを記録した。10月12日の対オリックス・バファローズ戦(クリネックススタジアム宮城)では、7回裏にアンドリュー・ジョーンズが四球で出塁したことを受けて、ポストシーズンでの緊急事態に備えた対策の一環としてジョーンズの代走に起用(投手としては登板せず)[8]読売ジャイアンツとの日本シリーズでは、出場資格選手の1人[13]として全試合でベンチに入っていたが、登板や出場の機会はなかった。

東京ドームにて(2014年)

2014年には、プロ入り後初の開幕一軍登録を経て、4月6日の対福岡ソフトバンクホークス戦(楽天Koboスタジアム宮城)で一軍公式戦初勝利をマーク[14]オールスターゲームにも、パシフィック・リーグ(パ・リーグ)の監督推薦選手として初出場を果たした[15]。シーズン通算では、一軍公式戦65試合に登板。4勝2敗1セーブ23ホールド、防御率1.87という好成績を残した。

2015年も、一軍公式戦の開幕当初から、中継ぎ陣の一角でフル回転。前半戦だけで18ホールドを記録した。後半戦に入ると、7月21日の北海道日本ハムファイターズ戦(札幌ドーム)での登板を最後に、21登板試合連続でホールドが付かなかった。塁上に走者を置いた場面からの救援登板で、走者を本塁へ生還させることが相次いだものの、10月には登板5試合で3ホールド(無失点)と好投。シーズン全体では、リーグ3位(2年連続チーム1位)の65試合に登板するとともに、防御率2.76とリーグ6位の22ホールドを記録した。シーズン終了後の契約交渉では、年俸4,500万円(1,500万円増)で契約を更改。楽天入団時の年俸600万円(金額は推定)から、わずか3年で7.5倍もの増額を勝ち取った[16]

西武プリンスドームにて(2016年)

2016年には、5月6日の千葉ロッテマリーンズ戦(コボスタ宮城)8回表に、中村奨吾への頭部死球で危険球による退場処分を受けた[17]。しかし、オール救援で球団史上初の3年連続一軍公式戦60試合登板を達成[18]。9月23日の対日本ハム戦(札幌ドーム)で3年連続の65試合登板を記録すると、リーグトップの69試合登板でシーズンを終えた。2点差以内での登板が41試合、3点以上リードでの登板が15試合、3点以上ビハインドでの登板が11試合、5点以上の点差を付けられた展開での登板が12試合、延長戦での登板が6試合、5回以前の登板が5試合、複数イニングにまたがる登板が9試合(2イニング以上の連続登板が4試合)と、起用法が多岐にわたったにもかかわらず、4勝5敗19ホールドを記録。通算防御率(2.71)は前年を下回った[19]

2017年には、3月31日にオリックスとの開幕戦(京セラドーム)でシーズン初ホールドを記録したことを皮切りに、主にセットアッパーとして公式戦に登板。この開幕戦から、7月20日の対日本ハム戦(札幌ドーム)8回裏にブランドン・レアードからの3点本塁打で自責点3を記録するまで、36登板試合連続無失点を記録した[20]。また、この間に無敗のまま5勝を挙げたほか、6月24日の対日本ハム戦(札幌ドーム)で一軍公式戦2年振りのセーブをマーク[21]。後に自身の連勝を6まで伸ばした[22]ほか、クローザー松井裕樹が故障で戦線を離脱した6月下旬から、松井が復帰する8月下旬まではフランク・ハーマンと交互にクローザーを任されていた[23]。結局、一軍公式戦で4年連続の65試合登板を果たすとともに、6勝7セーブ23ホールド、防御率1.06という自己最高の成績でレギュラーシーズンを終えた。チームのレギュラーシーズン3位で臨んだクライマックスシリーズ(CS)でも、西武とのファーストステージ(メットライフドーム)第2戦からソフトバンクとのファイナルステージ(福岡ヤフオク!ドーム)第2戦まで、4試合連続の登板で3ホールドを記録。チームのファーストステージ突破と4連勝に貢献した。10月20日のファイナルステージ第3戦でも同点の8回裏に登板したものの、中村晃からの2点本塁打による救援失敗の末に、この年の公式戦初黒星を喫した[24]。それでも、シリーズ終了後の12月9日には、推定年俸1億2,000万円(前年から4,500万円増)で契約を更改。DeNAで事実上の戦力外通告を受けてから5年で、1億円プレーヤーの仲間入りを果たした[25]

2018年には、3月30日に、ロッテとの開幕カード第2戦(ZOZOマリンスタジアム)延長11回からレギュラーシーズン初登板。2イニングを無失点で凌いだ末に白星を挙げたため、前年からのレギュラーシーズンにおける自身の連勝記録を7にまで伸ばした。しかし、3試合目の登板(4月4日の対日本ハム戦)でシーズン初失点を記録。同月25日の対ロッテ戦(いずれも楽天生命パーク)では、レギュラーシーズン2年振りの黒星を喫した[26]。開幕から15試合の登板で1勝2敗、防御率7.47と振るわなかったことに加えて、「(この成績でも)敗戦処理要員としては使いたくない」という梨田昌孝監督の方針で、5月16日に出場選手登録を抹消[27]

選手としての特徴[編集]

身長172cmと投手としては小柄で華奢な身体ながら、ティム・リンスカムのフォームを参考に[2]左足を胸の高さまでダイナミックに上げ、体を目いっぱい使ったオーバースローから最速150km/hの直球を投げる。変化球の主な持ち球は、スライダーチェンジアップである。

その一方で、横浜時代に野手への転向を打診されたほどの俊足の持ち主であった。楽天移籍後の2013年には、公式戦で代走に起用される前日(10月11日)の練習において、俊足で知られるキャプテン(当時)の松井稼頭央に30m走で勝ったほどである[8]。50m走のタイムについては諸説あり、6秒前半[28]、元チームメイトであった高森勇気によれば6秒を切るとされている[29]

人物[編集]

福山がプロを意識し始めたのは大学4年の春で、入学当初は指導者への道を考えていた[3]。またプロ志望届提出後は、プロから指名されなかった際について「田舎に帰って、畑でも田んぼでもする」と並々ならぬ決心を固めていた[30]

大学で投手に転向する際に二塁手と迷っていたが、友達に相談した結果、「投手」と言われたために決断した[31]。転向直後はストレートでの最速記録が128km/hどまりであった[32]が、大学近くの公園で偶然知り合った金城龍彦の叔父からの指導で球速を伸ばした[32]

福山の性格について、実父は「昔からリードオフマン的な性格で、場を盛り上げることが多かった」と評している[33]。福山自身も、大学で二塁手から未経験の投手へ転向したことについて、「投手になれば目立つことができるから」と述べている。

愛称はサブちゃん。横浜への新入団発表では「鼻の穴が大きいので、北島三郎に似ています。『ハマのサブちゃん』と呼んでください」と発言し、会場を笑いの渦に巻き込んだ。これには加地隆雄球団会長も「その元気のよさを待っていました」と大喜びされた[33]。ちなみに、横浜・DeNAへの在籍中には、北島の代表曲である「まつり」を登場曲に使っていた。

楽天入団後の2016年度自主トレーニング期間中には、「自身初の一軍公式戦シーズン70試合登板に向けて胃を鍛える」と称して、健康上のリスクの高さゆえシーズン中は敬遠しがちな食物(生肉や生牡蠣など)をあえて積極的に摂取していることを明かした[34]。もっとも2017年には、体調不良や大きな故障に見舞われることなく、(ポストシーズンを含めた)一軍公式戦で通算70試合(レギュラーシーズン65試合とCS5試合)登板を達成。契約更改直後の記者会見では、年俸が1億円を突破したことを背景に、「増額分の年俸で、(大学時代を過ごした)大阪の(焼肉料理店が密集していることで有名な)鶴橋で安くておいしい肉を『よく焼いて』食べたり、七輪やガスバーナーを購入して自分で肉を焼いたりしたい」というコメントで報道陣を笑わせた[25]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2011 横浜
DeNA
19 0 0 0 0 0 1 0 0 .000 113 25.0 27 1 5 0 1 10 1 1 20 16 5.76 1.28
2012 2 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 10 2.0 3 0 1 0 1 0 0 0 4 4 18.00 2.00
2013 楽天 22 0 0 0 0 0 0 0 1 ---- 145 34.2 34 1 10 0 0 20 0 0 17 17 4.41 1.29
2014 65 0 0 0 0 4 2 1 23 .667 265 67.1 63 2 12 1 1 32 0 0 14 14 1.87 1.11
2015 65 0 0 0 0 2 3 1 22 .400 248 58.2 62 2 21 2 1 29 3 0 21 18 2.76 1.41
2016 69 0 0 0 0 4 5 0 19 .444 294 69.2 65 2 19 5 0 30 1 1 24 21 2.71 1.21
2017 65 0 0 0 0 6 0 7 23 1.000 237 59.2 49 2 14 1 3 31 2 0 8 7 1.06 1.06
通算:7年 307 0 0 0 0 16 11 9 88 .593 1312 317.0 303 10 82 10 7 152 7 2 108 97 2.75 1.21
  • 2017年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 横浜(横浜ベイスターズ)は、2012年にDeNA(横浜DeNAベイスターズ)に球団名を変更

年度別守備成績[編集]



投手












2011 横浜
DeNA
19 2 12 3 0 .824
2012 2 0 0 0 0 .---
2013 楽天 21 3 5 0 0 1.000
2014 65 1 23 0 0 1.000
2015 65 7 11 0 0 1.000
2016 68 9 23 0 1 1.000
2017 65 4 14 1 0 .947
通算 305 26 88 4 1 .966
  • 2017年度シーズン終了時

記録[編集]

投手記録
その他の記録

背番号[編集]

  • 45 (2011年 - 2012年)
  • 64 (2013年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 楽天 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2018年5月22日閲覧。
  2. ^ a b 週刊ベースボール 2010年12/13号 32,33P
  3. ^ a b 2010年11月16日 山陰中央テレビ TSKスーパーニュース「“遅咲き”がつかんだプロへの道〜一般入試で大学野球へ 島根から横浜ベイへ〜」
  4. ^ a b 戦力外から球宴へ。楽天・福山博之の奇想天外すぎる野球人生”. Sportiva (2014年7月17日). 2014年8月4日閲覧。
  5. ^ 山陰中央新報 2010年10月29日付16面記事 「福山(大東高-大商大)横浜6位 『うれしさでいっぱい』」
  6. ^ “横浜・福山、プロ初登板3人ピシャリ!”. サンケイスポーツ. (2011年8月14日). http://www.sanspo.com/baseball/news/110814/bse1108140505000-n1.htm 
  7. ^ “選手会長・新沼ら3選手、来季構想外…DeNA”. スポーツ報知. (2012年9月20日). http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20120920-OHT1T00301.htm 2012年9月28日閲覧。 
  8. ^ a b c “星野監督 サブちゃんを代走に起用 稼頭央より速い右腕「頑張ります」”. スポーツニッポン. (2013年10月12日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/10/12/kiji/K20131012006797820.html 2013年10月12日閲覧。 
  9. ^ 来季の選手契約について”. 横浜DeNAベイスターズ (2012年10月2日). 2012年10月6日閲覧。
  10. ^ 契約合意に関して”. 東北楽天ゴールデンイーグルス (2012年11月26日). 2012年11月26日閲覧。
  11. ^ “【楽天】レイ、ライナー直撃で病院送り”. 日刊スポーツ. (2013年9月10日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20130910-1187132.html 2013年9月29日閲覧。 
  12. ^ “【楽天】ハウザー1回2死で危険球退場”. 日刊スポーツ. (2013年9月25日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20130925-1195014.html 2013年9月29日閲覧。 
  13. ^ “楽天VS巨人 日本シリーズ出場資格者を発表”. スポーツニッポン. (2013年10月24日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/10/24/kiji/K20131024006872120.html 2013年11月6日閲覧。 
  14. ^ “マー君同級生福山 4年目プロ初勝利 戦力外乗り越え「恥ずかしい投球できない」”. スポーツニッポン (スポニチ Sponichi Annex). (2014年4月6日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/04/06/kiji/K20140406007924450.html 2014年4月7日閲覧。 
  15. ^ “楽天福山が初球宴、先輩村田との対戦熱望”. 日刊スポーツ (nikkansports.com). (2014年7月3日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20140703-1328094.html 2014年7月3日閲覧。 
  16. ^ “3年で7.5倍!福山4500万 目標は3年連続60試合以上登板”. スポーツニッポン (Sponichi Annex). (2015年11月26日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2015/11/26/kiji/K20151126011577510.html 2016年10月8日閲覧。 
  17. ^ “福山 頭部死球で危険球退場”. スポーツニッポン (Sponichi Annex). (2016年5月6日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/05/06/kiji/K20160506012533610.html 2016年10月8日閲覧。 
  18. ^ “楽天福山、球団初3年連続60試合登板「積み重ね」”. 日刊スポーツ (nikkansports.com). (2016年9月10日). http://www.nikkansports.com/baseball/news/1707951.html 2016年10月8日閲覧。 
  19. ^ “見事な火消しで3年連続65試合登板超え!福山の鉄腕ぶりを分析”. スポーツニッポン (Sponichi Annex). (2016年10月6日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2016/10/06/kiji/K20161006013485110.html 2016年10月8日閲覧。 
  20. ^ “楽天の防御率ゼロ男”福山ついに打たれる 今季37戦目、痛恨3ラン被弾”. デイリースポーツ (2017年7月20日). 2017年7月20日閲覧。
  21. ^ <楽天>延長戦を制す 福山2季ぶりセーブ”. 河北新報 (2017年6月25日). 2017年7月30日閲覧。
  22. ^ “サブちゃん”楽天・福山 雪辱の1回0封6勝目「切り替えられた」”. デイリースポーツ (2017年7月22日). 2017年7月30日閲覧。
  23. ^ 楽天・松井裕 左肩負傷で4週間離脱へ 梨田監督「仕方ない」”. スポーツニッポン (2017年7月28日). 2017年7月30日閲覧。
  24. ^ ソフトバンク中村晃V弾で2勝2敗 楽天福山が1敗”. 日刊スポーツ (2017年10月21日). 2017年10月21日閲覧。
  25. ^ a b 楽天・福山「拾ってもらい」戦力外から5年で1億2000万円”. スポーツニッポン (2017年12月10日). 2017年12月11日閲覧。
  26. ^ 【楽天】福山、同点の延長10回に4失点「僕が試合を崩してしまった」”. 日刊スポーツ (201 8-4-25). 2018年4月30日閲覧。
  27. ^ 不調の楽天・福山が抹消 梨田監督「敗戦処理では使いたくない」”. デイリースポーツ (201 8-4-25). 2018年6月12日閲覧。
  28. ^ “選手会長・新沼ら3選手、来季構想外…DeNA”. スポーツ報知. (2012年9月20日). http://hochi.yomiuri.co.jp/baseball/npb/news/20120920-OHT1T00301.htm 2012年9月28日閲覧。 
  29. ^ 戦力外から球宴へ。楽天・福山博之の奇想天外すぎる野球人生”. Sportiva (2014年7月17日). 2014年8月4日閲覧。
  30. ^ スポーツ報知、2010年9月9日号
  31. ^ 2010年11月16日 山陰中央テレビ TSKスーパーニュース「“遅咲き”がつかんだプロへの道〜一般入試で大学野球へ 島根から横浜ベイへ〜」
  32. ^ a b 戦力外から球宴へ。楽天・福山博之の奇想天外すぎる野球人生”. Sportiva (2014年7月17日). 2014年8月4日閲覧。
  33. ^ a b 福山は「ハマのサブ」、登板曲「まつり」 - 日刊スポーツ、2010年12月7日付記事
  34. ^ “選手会長・新沼ら3選手、来季構想外…DeNA”. スポーツ報知. (2017年1月19日). http://www.hochi.co.jp/baseball/npb/20170119-OHT1T50244.html 2017年12月11日閲覧。 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]