藤岡貴裕

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藤岡 貴裕
千葉ロッテマリーンズ #18
2012 marines fujioka.jpg
2012年3月28日、QVCマリンフィールドにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 群馬県渋川市
生年月日 (1989-07-17) 1989年7月17日(27歳)
身長
体重
183 cm
85 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2011年 ドラフト1位
初出場 2012年4月1日
年俸 3,850万円(2016年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

藤岡 貴裕(ふじおか たかひろ、1989年7月17日 - )は、千葉ロッテマリーンズに所属するプロ野球選手投手)。

経歴[編集]

高校まで[編集]

群馬県渋川市出身。長尾小学校2年生で長尾イースターズに所属し野球を始める。子持中学校在学中は野手としてプレー、2年時には一塁手として出場し秋の県大会ベスト8。

桐生第一高等学校進学後に投手に転向。入学当初は身体も小さく球速は120km/h程度だったが、走り込みと筋力トレーニングの成果が出始め、2年時の第88回全国高等学校野球選手権大会では外野手の控え選手で出場。初戦の佐賀商業戦に外野手として途中出場し2打席ノーヒット。次戦の東洋大姫路戦では出場の機会なしでチームは敗退。この時の東洋大姫路で登板したピッチャーが、のちに東洋大学で1学年先輩となる乾真大である。

翌年の第79回選抜高等学校野球大会は外野手兼控え投手(背番号9)として出場し、初戦で都城泉ヶ丘と対戦し敗退。9回で被安打6、奪三振数8、自責点2。3年時には球速140キロの直球を武器に県内屈指の左腕に成長、エースとして臨んだ夏の群馬大会は決勝戦で前橋商業高に敗れたものの、得意の直球で勝負を挑み、前橋商業の樺沢健主将(のち東京農業大学トヨタ自動車)に勝ち越しの本塁打を打たれたことに対して「悔いはない」と答えている[1]

東洋大学時代[編集]

東洋大学時代(2011年)

高校卒業後は東洋大学経営学部経営学科に進学。1年次の春からリーグ戦に出場。2009年秋から2010年春にかけて、39回連続無失点を記録。3年次には開幕から3試合連続で完封勝利。6勝を挙げてチームの優勝に貢献し大会MVPを受賞。続く第59回全日本大学野球選手権大会でも2完投の活躍で優勝に貢献し、最高殊勲選手賞と最優秀投手賞を受賞した。秋も最優秀投手賞を受賞し第5回世界大学野球選手権日本代表に選出された(背番号17)。

4年次から副将を務め、2011年東都大学春季リーグ戦では全11試合に登板(内、先発が7試合)5勝を挙げて2度目のMVPと最優秀投手賞を受賞。6月の第60回全日本大学野球選手権記念大会では2回戦で大会タイ記録の1試合19奪三振を達成[2]、決勝も延長10回を完投するなどの活躍を見せて東洋大の連覇に貢献し、2年連続のMVPを受賞した[3][4]。7月に米国で開催された第38回日米大野球選手権大会の大学日本代表に選出(背番号17)。第二戦で先発登板し、6回を被安打6、9奪三振。第五戦で2番手で登板、2回を被安打0、2奪三振。

東都大学リーグで投球する藤岡(2011年)

2011年東都大学秋季リーグでは8試合に登板し、6勝1敗、防御率 0.93。2011年10月11日神宮球場にて行われた秋季リーグ第6週の対亜細亜大学戦では通算奪三振数300を記録して完投勝利を挙げ、東洋大学・高橋昭雄監督のリーグ史上2人目の通算500勝目を[5]、続く10月25日、最終週でリーグ新記録となる高橋昭雄監督通算502勝目となる試合で完投勝利を挙げた[6]。2011年秋リーグでベストナイン、敢闘賞、最優秀投手賞受賞。通算成績は東都大学リーグ戦で49試合に登板27勝9敗、奪三振数323、防御率1.31。全国大会で登板試合11試合、投球回数59、奪三振数74、防御率0.92。野村祐輔明大)、菅野智之東海大)とともに「大学ビッグ3」と呼ばれ注目される[7]

2011年のドラフト会議では千葉ロッテマリーンズ横浜ベイスターズ東北楽天ゴールデンイーグルスの3球団から1巡目指名を受ける。抽選の結果、ロッテが交渉権を獲得し[8]11月11日の午前11時11分11秒(2011年も含め14個の1並びとなる)に仮契約を結んだ。背番号は「18[9]

ロッテ時代[編集]

2012年
2012年の開幕は、同期入団投手の中後悠平益田直也と共に1軍登録でのスタートとなる。新人選手が3人同時に1軍スタートとなるのは、2008年以来4年ぶり。
プロ初勝利のウイニングボールを手にする藤岡(2012年4月1日)
4月1日、東北楽天ゴールデンイーグルス戦(Kスタ宮城)でプロ入り初登板を果たす。150km/hを記録した直球と、内外に投げ分けたコントロール抜群のスライダー、球速差の大きいカーブを織り交ぜた投球内容で、7回2/3を投げ、打者29人に対し投球数128、被安打4、与四球2、失点2、奪三振6という内容で初勝利を挙げた。なお4回まで毎回となる6奪三振はすべて空振りで奪っている。この勝利でチームとしては1957年以来55年ぶりの開幕3連勝という記念試合になった。今期の12球団の新人投手としては、初勝利は一番乗り。試合後のヒーローインタビューで手にしたウイニングボールは「母親にあげます」と笑顔で語り、その後球場に観戦に来ていた両親へと手渡された。ロッテの新人投手の初先発初勝利は、2008年4月26日の福岡ソフトバンクホークス戦で唐川侑己が記録して以来4年ぶり、ドラフト制度以降ではチーム5人目となる。また開幕カードでの初先発初勝利は、1950年に榎原好(当時:毎日オリオンズ)が完投勝利を挙げて以来、球団史上2人目[10]
続く4月15日のソフトバンク戦(ヤフードーム)で先発し9回を10奪三振1失点の内容でプロ初完投勝利をあげ2勝目、4月30日のソフトバンク戦(QVCマリン)で6回4安打3失点の内容で3勝目。新人が4月までに3勝を記録したのが、毎日時代の荒巻淳榎原好上野重雄中西勝己に次いで球団史上56年ぶり5人目の快挙[11]。この日は同期入団の投手中後悠平益田直也と共に3人でお立ち台にあがり、本拠地球場で初のヒーローインタービューとなった。その後は勝ち星も伸び悩み、2軍降格も経験するなど、シーズンを通して6勝7敗という成績で終わった。
2013年
開幕から先発ローテーションに入るものの、調子が上がりきらず5月10日に登録抹消[12]
1軍復帰後はロングリリーフでの起用が主となり、39試合に登板。防御率、勝ち星、イニング数、被安打、四死球などが前年よりやや劣った成績となった。
2014年
規定投球回に満たなかったが、リーグワーストの被本塁打19本を記録し、防御率も4点台中頃と大きく成績を悪化させた。
2015年
開幕ローテーション入りし、4月1日の北海道日本ハムファイターズ戦に先発したが、5回4失点で敗戦投手となり2軍落ちとなった[13]。その後2軍で調整を進め、5月2日に1軍昇格して日本ハム戦で先発したが今度はさらに内容を悪くし、3回8失点と大きく打ち込まれてしまい、前日に続いて投手陣が崩壊し、怒り心頭の伊東勤監督から「プロ野球の投手じゃない」と酷評され、またも2軍落ちとなってしまった[14]。6月に再昇格したがその後は中継ぎで登板した。最終的にこの年は31試合に登板し、2勝2敗6ホールド、防御率3.79、中継ぎでの成績は防御率2.21の成績を残した。

選手としての特徴[編集]

藤岡の投球フォーム(2010年、第五回世界大学野球にて)

スリークォーターから平均球速約139km/h[15]、最速153km/h(プロ入り後の最速は150km/h)のストレートと縦横二種類のスライダーカーブ、稀にフォークを投げ分ける[16]。投球のほとんどがストレートかスライダーである[17]。決め球であるスライダーを中心に奪三振能力は高い[18]が、プロ入り前に高く評価されていた制球力はプロ入り後の通算与四球率3.59と精彩を欠く。また2014年度は被本塁打が規定未到達ながらリーグトップであった。2012年度シーズンのオフに、同僚の成瀬善久からチェンジアップを教えてもらったが[19]、実戦では一度も投げていない。

クイックやフィールディングに優れ[20]、野手としても非凡な才能を持ち、学生時代は「バットコントロールには自信がある」と言っていた[21]。50メートル6.2秒、遠投110メートルと身体能力が高く、高校時代には監督から「中堅手をやらせたらピカイチ」とも評された[21]

東洋大学野球部では、ウエイトトレーニングではなく主に走り込みと投球練習での身体作りが推奨されており、太もも周りは63センチ[22]という藤岡のがっしりと安定した下半身も、このトレーニングの成果といわれる[23]

人物[編集]

2012年1月2日、QVCマリンフィールドの初売りイベントにて

初のチームイベント参加となった2012年1月2日の新春初売りイベント(QVCマリンフィールド)でトークショーを担当し[24]、今季の目標を「新人王」と書き初めをしファンに披露した[25]

日本プロ野球機構新人選手研修会恒例の「話し方、インタビューへの対応」講義において、模擬インタビューでの受け答えを講師役の元ニッポン放送アナウンサー深沢弘氏から100点満点と評された[26]

さいたま市にあるロッテの新人寮へ入寮する際、一年前のドラフト1位伊志嶺翔大、一昨年前のドラフト1位荻野貴司が入った出世部屋に入ることが決まったが[27]、活躍して早く退寮したいという想いから荷物は最低限のものだけしか持ってこなかったという。

また、入寮の際は大学ビッグ3と呼ばれた同期の野村祐輔菅野智之と共に撮った一番の宝物としていた写真を、準備に焦って持って来るのを忘れ[28]、沖縄県石垣島でのキャンプでは、キャンプ用にわざわざ用意した抱き枕を持ってくるのを忘れる[29]という素顔のマイペースな一面をみせるエピソードが続いた。

自身の話題があがる日に、何故か必ず別の話題や出来事が起きたりするということを藤岡自身も語っており[30]、ドラフト指名当日には巨人単独1位指名確実と言われた東海大学菅野智之が競合の末、日本ハムファイターズに1位指名されるという大きなサプライズが、正式契約の日には読売巨人軍清武英利球団代表兼GM(当時)が渡邉恒雄球団会長を告発するという事件が、新人寮への入寮時には同期入団の中後悠平益田直也が電車を乗り間違えて入寮に大遅刻をするというハプニングが発生、初のブルペン入りを果たした当日は、ダルビッシュ有がMLBレンジャースと正式契約となり、初の対外チームとの先発予定試合で、相手は巨人澤村拓一と話題になるには充分な舞台が用意されたものの雨天中止、本拠地QVCマリンフィールドでのオープン戦初先発の日(2012年3月25日)には、アイドルグループAKB48前田敦子がグループを卒業すると突然の発表を行ったというニュースがあり、話題をさらわれている。

2012年3月23日に行われた東洋大学の卒業式で、学長賞と創立125周年スポーツ報奨制度表彰を受けた[31]。同校の同期で共に受賞した箱根駅伝で4年連続区間賞の柏原竜二とは式典で初対面となり、お互いの活躍を祈ってエールを送りあった[32]

両親も自身も血液型はAB型。大学時代の野球部同期に二重人格を疑われるほどマウンド上と日常の様子が違うというが、本人にはその自覚は無いらしい[33]

同期の中後悠平益田直也とプライベートでも仲が良く、自前のRV車で移動している[34]。代々プロ野球でルーキーは一年通してシーズンの過ごし方を体験していないから試合に集中させるためルーキーは球場から宿泊先、寮までバス移動が基本で車移動の容認は異例の待遇だと言う[35]

2013年1月14日、約5年間交際した6歳年上の女性と同年1月8日に結婚したことを発表した[36]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2012 ロッテ 21 21 1 0 0 6 7 0 0 .462 508 115.1 113 9 51 1 4 83 2 0 48 43 3.36 1.42
2013 39 11 0 0 0 6 10 0 3 .375 509 118.1 116 9 46 1 6 76 1 0 54 52 3.95 1.37
2014 27 21 1 0 0 6 10 0 1 .375 584 132.2 142 19 51 3 4 97 6 2 71 66 4.48 1.45
2015 31 3 0 0 0 2 2 0 6 .500 234 54.2 51 4 20 2 4 52 4 0 25 23 3.79 1.30
通算:4年 118 56 2 0 0 20 29 0 10 .408 1835 421.0 422 41 168 7 18 308 13 2 198 184 3.93 1.40
  • 2015年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

記録[編集]

投手記録
打撃記録

背番号[編集]

  • 18 (2012年 - )

登場曲[編集]

  • Beyonce 『Love On Top』(2012年 - )
  • Various Artists 『Just Stand Up!』(2012年8月26日 - )
  • Alicia Keys 『Empire State of Mind (partII) Broken down』(2014年- 打席曲)

脚注[編集]

  1. ^ 直球勝負に「悔いはない」 桐生第一・藤岡貴裕投手 asahi.com:高校野球 2007年7月28日
  2. ^ 全日本大学野球選手権大会 大会記録(個人成績)
  3. ^ 劇的サヨナラ本塁打!東洋大 史上5校目の2連覇 スポーツニッポン(2011年6月12日)
  4. ^ 東洋大が連覇、藤岡は史上初の2年連続MVP 日刊スポーツ
  5. ^ 藤岡303K 高橋監督は500勝/東都大学ス日刊スポーツ 2011年10月12日
  6. ^ 東洋大・高橋監督 東都大学リーグ新の通算502勝 スポーツニッポン
  7. ^ “G菅野、野村超え宣言!10勝&防御率1点台”. SANSPO.COM (産経新聞社): p. 2. (2012年11月22日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20121122/gia12112205050003-n2.html 2012年11月22日閲覧。 
  8. ^ 2011年 新人選手選択会議(千葉ロッテマリーンズ)
  9. ^ ロッテドラ1の藤岡 目標「11勝」の理由は… スポーツニッポン
  10. ^ ロッテ藤岡 大リーグボールで1勝 日刊スポーツ 2012年4月2日
  11. ^ ロッテ56年ぶり藤岡4月3勝日刊スポーツ 2012年5月1日
  12. ^ [1]
  13. ^ 一発病出た・・・試合後に2軍落ち決定Sponichi Annex
  14. ^ 【ロッテ】14失点大ブーイング!藤岡3回8失点KO野球:スポーツ報知
  15. ^ 『2013 プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2013年、174頁。ISBN 978-4-905411-11-6
  16. ^ 『アマチュア野球 vol.31』 日刊スポーツ出版社、2011年、4-7頁。ISBN 978-4-8172-5513-6
  17. ^ 競合覚悟!日本ハム 東洋大・藤岡1位指名へ スポニチ Sponichi Annex、2011年8月23日
  18. ^ 大学生選手名鑑 藤岡貴裕(東洋大学) スポニチ Sponichi Annex、2011年
  19. ^ 藤岡 成瀬直伝の新球チェンジアップ披露 菅野にライバル心も”. スポニチ Sponichi Annex (2013年2月3日). 2013年3月13日閲覧。
  20. ^ 藤岡完封 ロッテほれ直した ソフトB「守備もうまい」横浜「即ローテ」 スポニチ Sponichi Annex、2011年9月5日
  21. ^ a b 大学ナンバーワン左腕の高校時代『野球小僧』2011年10月号、白夜書房、雑誌18801-10、66-73頁。
  22. ^ 【プロ野球】【プロ野球】新フォームで挑む由規の決意「大卒1年目には負けたくない」 集英社スポルティーバ、2012年3月7日
  23. ^ 【プロ野球】最下位脱出へ、実力派ルーキートリオがロッテ投手陣を救う! 集英社スポルティーバ、2012年2月24日
  24. ^ 2012年新春初売り 千葉ロッテマリーンズ
  25. ^ ロッテ1位藤岡「海の神」目指します 日刊スポーツ 2012年1月3日
  26. ^ 深沢アナ「藤岡君は100点」 日刊スポーツ、2012年3月6日
  27. ^ ロッテの新人が入寮!藤岡は“出世部屋”に スポーツニッポン、2012年1月8日
  28. ^ 藤岡“大物”入寮…一番大事な宝物を忘れてきちゃった スポーツニッポン、2012年1月8日
  29. ^ ロッテD1・藤岡、初日から全開だ サンケイスポーツ、2012年1月31日
  30. ^ 【ロッテ】藤岡はダル渡米にホッ? 日刊スポーツ、2012年1月19日
  31. ^ 【ロッテ】藤岡“山の神”に刺激 日刊スポーツ、2012年3月24日
  32. ^ 藤岡 卒業式で山の神・柏原と初対面 日刊スポーツ、2012年3月24日
  33. ^ ロッテ“ドラ1”藤岡の素顔…実は太鼓の達人 zakzak スポーツ、2012年3月29日掲載
  34. ^ ロッテ・藤岡、22歳リレーで快挙! サンスポドットコム
  35. ^ MXテレビ放送パ・リーグ主義2012年5月6日放送分での本間満の弁
  36. ^ 藤岡 6歳上の小学校教諭と結婚!目指すは18勝”. スポニチ Sponichi Annex (2013年1月15日). 2013年6月25日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]