長峰昌司

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長峰 昌司
CD-Syouji-Nagamine.jpg
中日時代(2008年7月4日、阪神甲子園球場)
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 茨城県鹿島郡鉾田町(現・鉾田市
生年月日 (1984-08-08) 1984年8月8日(33歳)
身長
体重
192 cm
94 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2002年 ドラフト5巡目
初出場 2004年7月17日
最終出場 2010年6月2日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

長峰 昌司(ながみね しょうじ、1984年8月8日 - )は、茨城県鹿島郡鉾田町(現・鉾田市)出身の元プロ野球選手投手)。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

茨城県立水戸商業高等学校では、2年春に第73回選抜高等学校野球大会に出場するも3回戦で敗退する。2002年のドラフト中日ドラゴンズから5巡目指名され入団。

中日時代[編集]

ルーキーイヤーの2003年は一軍登板なしに終わる。2004年シーズンに一軍に抜擢。7月17日の対阪神タイガース戦で初登板。金本、桧山、アリアスの主軸三人を全員三振に斬る完璧な投球を見せた。8月29日の対横浜ベイスターズ戦では5回1失点に抑え、先発初勝利を挙げる。

しかし2005年は再び一軍登板無し。二軍でも防御率4点台に終わり、ウエスタン・リーグでも6敗を喫してしまった。2006年も一軍では2試合の登板にとどまったが、二軍では防御率2.60と復調し、同年オフには高橋聡文と共にドミニカ共和国ウィンターリーグに参加。先発要員として活躍し、所属球団の監督に「長峰は十分メジャーリーグで通用する」とコメントされた。なお長峰はこの年以降、全てのシーズンオフにウィンターリーグへ派遣されている。

2007年はオープン戦で上々の成績を残し、先発要員としてプロ入り5年目にして初の開幕一軍を果たす。しかし公式戦に入ると結果を出せず、先発3戦目の4月18日の対阪神戦で2/3回を自責点6でKOされたため、あえなく二軍落ちとなる。その後はウェスタンリーグで5連勝し防御率2.95を記録したものの、上腕三頭筋の故障もあり一軍復帰は果たせなかった。

2008年は中継ぎに回るとワンポイントに、先発経験を生かしたロングリリーフに活躍し、33試合に登板。ただ、防御率5点台、被安打63など改善点を残した。

2009年は二軍で先発・中継ぎを任され、7勝1敗、防御率2.61の成績で、蕭一傑山井大介とともにウエスタン・リーグ最多勝のタイトルを獲得した。

2011年11月11日に戦力外通告を受け[1]、12月19日にオリックス・バファローズが獲得を発表した。

オリックス時代[編集]

2012年は一度も一軍昇格することなく、10月4日に二度目の戦力外通告を受けた[2]

引退後[編集]

2013年からは高校時代の先輩である大久保博元が主宰する「デーブ・ベースボール・アカデミー」講師に就任[3]水戸校塾長となり、小・中学生の指導をしている[4]

選手としての特徴[編集]

長身からのトルネード気味の投法で、球速は140キロ台中盤を出す程度。スライダーを軸にフォークシュートを織り交ぜるなど、変化球とのコンビネーションで打ち取る投球を信条としており、同僚だった山本昌は長峰の技術を絶賛している。

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2004 中日 14 4 0 0 0 2 0 0 -- 1.000 129 30.1 30 6 12 0 1 25 0 0 17 17 5.04 1.38
2006 2 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 21 4.0 7 0 3 0 0 3 0 0 2 2 4.50 2.50
2007 3 3 0 0 0 0 1 0 0 .000 58 11.2 19 2 5 1 0 7 0 0 13 12 9.26 2.06
2008 33 1 0 0 0 2 1 0 3 .667 198 43.0 63 1 10 1 3 30 1 0 28 27 5.65 1.70
2009 6 0 0 0 0 1 2 0 0 .333 21 4.2 4 0 3 1 0 5 0 0 4 4 7.71 1.50
2010 11 0 0 0 0 0 1 0 1 .000 80 17.2 19 1 8 0 0 19 0 0 11 8 4.08 1.53
通算:6年 69 8 0 0 0 5 5 0 4 .500 507 111.1 142 10 41 3 4 89 1 0 75 70 5.66 1.64

記録[編集]

  • 初登板:2004年7月17日、対阪神タイガース16回戦(阪神甲子園球場)、4回裏に2番手で救援登板、1回無失点
  • 初奪三振:同上、4回裏に金本知憲から
  • 初先発:2004年7月20日、対読売ジャイアンツ15回戦(ナゴヤドーム)、5回5失点
  • 初勝利:2004年7月28日、対阪神タイガース19回戦(阪神甲子園球場)、10回裏に6番手で救援登板、1回無失点
  • 初先発勝利:2004年8月29日、対横浜ベイスターズ25回戦(ナゴヤドーム)、5回1失点
  • 初ホールド:2008年7月9日、対広島東洋カープ11回戦(広島市民球場)、4回裏2死に2番手で救援登板、2回1/3を無失点

背番号[編集]

  • 68(2003年 - 2011年)
  • 69(2012年)

脚注[編集]

  1. ^ 来季の選手契約について、中日ドラゴンズ公式サイト、2011年11月11日閲覧
  2. ^ 戦力外通告のお知らせ」オリックス・バファローズ公式サイト、2012年10月4日閲覧
  3. ^ 新任コーチのお知らせ」デーブベースボールアカデミーブログ 2013年3月8日閲覧
  4. ^ デーブ・ベースボールアカデミー水戸校が開校致しました!」デーブベースボールアカデミー活動レポート 2014年5月4日閲覧[リンク切れ]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]