糸井嘉男

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糸井 嘉男
オリックス・バファローズ #7
Bs Yoshio Itoi.JPG
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府与謝郡与謝野町
生年月日 1981年7月31日(34歳)
身長
体重
187 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2003年 自由獲得枠
初出場 2007年3月27日
年俸 3億5,000万円(2015年)
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
WBC 2013年

糸井 嘉男(いとい よしお、1981年7月31日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手外野手)で、同チームの主将である。

日本球界最高のプレーヤーの一人に数えられ、6年連続の「シーズン打率3割・20盗塁ゴールデングラブ賞受賞の同時達成」は、史上初の記録である。また、現在の日本人外野手最高年俸プレーヤーである。愛称は「よっぴ」、「超人」。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

京都府与謝郡与謝野町出身。学生時代は投手田中雅彦中村真人らと同期だった近畿大学では期待されながら、1年秋から先発を務めていた同学年でエースの野村宏之や、1学年下の貴志款八(その後日本新薬)の陰に隠れ3年春まで関西学生野球連盟のリーグ戦出場がなかった。3年時の2002年秋にリーグ戦デビュー。4年時にエースを任され、春季リーグ戦は5勝無敗(完封勝利2)の大活躍で最優秀選手、最優秀投手、ベストナインの3タイトルを獲得した。通算9勝1敗。2003年秋、日本ハムに自由獲得枠で投手として入団。背番号は26

プロ入り後[編集]

日本ハム時代[編集]

日本ハム時代(2009年11月3日、東京ドーム)

187cmの長身から投げ下ろす最速151km/hの速球は威力があったが、コントロールと変化球に難があり、故障も多かったためプロ入り後は伸び悩み、2004年からの2年間で一軍登板なし。二軍では36試合登板、8勝9敗3セーブ防御率は4.86。

投手としては伸び悩んだが打撃センスと50m5秒台の俊足と強肩は注目されていたため、高田繁ゼネラルマネージャーに野手としての素材を見込まれ、2006年4月25日付で正式に外野手に転向した。シーズン中の一軍出場はなかったが、2006年のアジアシリーズでは28人枠入りし、11月11日のチャイナスターズ(中国野球リーグ選抜チーム)戦に途中出場した。二軍では天性の打撃センスを見せつけ、転向5ヶ月にして9月度のイースタン・リーグ月間MVPを受賞(月間打率.397)。最終的に打率.306、8本塁打、8盗塁を記録した。

2007年は春季キャンプから期待され、開幕一軍入りを果たすが結果を残せず二軍落ち。その後故障もあったが9月に再昇格し、プロ初安打・初盗塁を記録。しかしその盗塁の際に足を痛めてしまい、すぐに二軍落ちとなった。二軍では金子洋平に次いでイースタン・リーグ2位の12本塁打をはじめ、打率.319、長打率.579、14盗塁と好成績を残した。

2008年には左翼手として初の開幕戦先発出場を果たすが、3月30日に楽天戦で負った肉離れを押して試合に出続けた事により、故障箇所を悪化させてしまい二軍落ち。一軍復帰後にはプロ入り初を含む5本塁打を打つ。クライマックスシリーズ第1ステージでは一番打者に抜擢され、守備でも好返球を見せた。

2009年は7番中堅手として2年連続で開幕戦先発出場を果たすと、そのままレギュラーに定着し、主に2番や7番として131試合に出場。自身初の規定打席到達シーズンにして、打率3割(.306)、2桁本塁打(15本)、20盗塁(24個)の成績を残し、ゴールデングラブ賞ベストナイン(外野手部門)を初受賞するなど、一気に覚醒を遂げた。6月には初の月間MVPを受賞。監督推薦によりオールスターゲームにも初出場。月間MVPの受賞会見では、「不安ばかりだった中で必死に練習してきた。起用してくれた監督、コーチ、打者転向を打診してくれた高田監督(当時ヤクルト監督)に感謝したい。」と述べた。

2010年はその実力が本物であることを示すシーズンとなった。4月30日西武戦(札幌ドームの延長10回裏に、プロ初のサヨナラ打を放つと、6月15日東京ヤクルトスワローズ戦(神宮)では史上10人目の1試合4二塁打を記録。7月1日には、選手間投票により2年連続でのオールスターゲーム選出決定。シーズン終盤本拠地最終戦の9月26日の西武戦(札幌ドーム)では9回裏にサヨナラ打を放ち、前日の2度のバントミスを取り返した。シーズンを通して前年5番打者で退団したスレッジの穴を埋める5番打者として活躍。2年連続で打率3割と2ケタ本塁打、20盗塁、ゴールデングラブ賞をクリアした。ベストナインは外野手部門の4位であった。オフの契約更改では年俸が大台の1億円に達した。そして背番号を7に変更した。

2011年からは前年まで稲葉篤紀の定位置であった3番を任されるようになり、チームを代表する選手としてさらに進化を遂げた。オールスターゲームには初めてファン投票で選出され、3年連続で出場する。首位打者獲得はならなかったものの、安定した調子を維持しリーグ2位の打率.319をマーク。OPSRC27もリーグ2位をマーク、出塁率は両リーグで唯一4割を超え、自身初の打撃タイトルとなる最高出塁率を獲得した。さらにチームトップで自身初の30盗塁となる31盗塁をマーク。RCWINではそれまでで自己最高の数値を記録するなど、傑出度ではそれまでで自己最高の成績を収めた。2年ぶり2度目のベストナインと、3年連続のゴールデングラブ賞に選出されるなど、球界を代表する選手にまで成長した。

2012年はその肩を生かすため中堅手から右翼手コンバートされる。前半戦は打率.289、2本塁打、8月中旬で2割8分台前半と低調で、レギュラー定着後続けてきた打率3割のマークは厳しい状況となるが、9月には打率.380、3本塁打をマークし月間MVPを獲得するなどの激しい追い上げを見せ、結局打率はチームトップでリーグ3位の.304をマークした。シーズン成績は、打率は結局リーグ3位の.304をマークし4年連続打率3割も達成。2年連続となる最高出塁率のタイトルも獲得し、2年連続3度目のベストナインと4年連続のゴールデングラブ賞にも輝いた。クライマックス・シリーズファイナルステージ(札幌ドーム)では、第1戦と第2戦に2試合連続で本塁打を放つなどの活躍で、クライマックス・シリーズMVPを受賞した。 オフの11月6日に、「侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」」の日本代表が発表され[1]代表入りした[2]。第2戦(札幌ドーム)では日本の4番に抜擢された。

12月4日に、第3回WBC日本代表候補選手34人が発表され[3]候補入りした[4]

また、1度目の契約交渉では僅か1,000万円増の2億円の提示を受けこれに保留[5]。球団は1,000万円の増額となった理由について「糸井の成績は上がっているわけではない」とした。2度目の交渉からは代理人を伴ったが再び保留し[6]、交渉は年をまたぎ、2013年1月22日付の地元スポーツ紙道新スポーツには、前日に2013年オフにポスティングシステムを行使してのメジャー挑戦を希望していて、2013年のシーズンオフ以降はメジャー移籍についての話し合いを持つことなどが確認され、2013年の契約もまとまったことが報じられた[7][8]

オリックス時代[編集]

2013年1月23日に、日本ハム、オリックス両球団より日本ハムから糸井と八木智哉、オリックスから木佐貫洋大引啓次赤田将吾の2:3の交換トレードが成立したことが発表される。日本ハムの主軸を担い、このとき既に「球界No.1外野手」と言われていた糸井を中心とした電撃トレードについて、日本ハムの栗山英樹監督は球団を通じて「監督としてこれほど悲しいことはない。」とコメントし、元同僚で現テキサス・レンジャーズダルビッシュ有も自身のTwitterで「糸井さんトレードとか、ありえん」とツイートするなど、球界関係者、また全国のプロ野球ファンの間にも大きな衝撃が走った。そして1月25日にオリックスに正式に移籍し、翌26日にほっともっとフィールド神戸で行われた移籍会見では「最初に聞いた時は驚きました。最初は別れるのがつらいと思った。ゼロの選手をここまでにしてくれた。」と古巣についての思いを口にし、「今はオリックスが優勝争いをして、最後にてっぺんをとれるように頑張りたい」と新天地での抱負を口にした。[9]。背番号は日本ハム時代と同じ7となった。

2月20日に、第3回WBC日本代表選手28人が発表され[10]代表入りした[11][12]。この大会では、全7試合に出場し、打率.286、1本塁打、7打点、OPS1.024と活躍した。公式戦では5年連続打率3割を達成。157安打、17本塁打、33盗塁はいずれもそれまでで自己最高の成績であった。また、打率と同じく5年連続となるゴールデングラブ賞も受賞。

2014年は首位打者の獲得をはじめとして、ほぼ全ての打撃部門においてキャリアハイの成績を残す過去最高のシーズンとなった。ソフトバンクとの2強体制を築き、シーズン最終盤まで優勝争いを繰り広げた末に2位に躍進したチームの打撃陣を、唯一の3割バッターとして、また50試合は4番として強く牽引した。特に前半戦は絶好調で、暫定の首位打者、盗塁王最多安打、最高出塁率の4冠で終えた。そしてMAZDAオールスターゲーム2014には、ファン投票では2年連続の両リーグ最多得票の487,246票、選手間投票でも両リーグ最多得票の571票で選出と、ファンからも選手からも圧倒的な支持の高さを見せつけた。8月から9月の中旬まで大きなスランプに陥り成績を下げたものの、打率.331で初の首位打者、出塁率.424で2年ぶり3度目の最高出塁率と、自身初めて2つの打撃タイトルを獲得し、2年ぶり4度目のベストナインと、6年連続となるゴールデングラブ賞を獲得した。本塁打も自己最多の19本放ち、同じく81打点もあげた。そしてこの年で6年連続のシーズン打率3割・20盗塁を達成し、松井稼頭央と並ぶ史上1位タイとなった。さらに、この二つに同じく6年連続で受賞し続けたゴールデングラブ賞も合わせると、史上最長の連続記録となるなど、名実ともに日本球界No. 1バッターの一人であることを印象付けるシーズンとなった。
オフの10月9日に、日米野球2014日本代表に選出された事が発表された[13]。大会では主に日本の3番打者として出場した。契約更改では、メジャーへの挑戦は一時的に封印し、日本人外野手最高年俸となる3億5,000万円の契約を結び残留した。

2015年森脇監督からチームの主将に任命され、就任した[14]。5月20日には通算1000安打を達成した。しかし開幕直後からそれまで経験したことのないほどの打撃不振に陥り、負担軽減のため前年多く座った3番や4番ではなく、1番や6番で出場することもあった。不調は続くものの、前年まで2年連続でオールスターゲームのファン投票両リーグ最多得票に輝いた人気は健在で、6月26日にはファン投票でオールスターゲームに7年連続7度目の選出を果たした。しかし7月4日、右肘内側側副靭帯の損傷及び右腓骨筋損傷により移籍後初の登録抹消。離脱前までの成績は本塁打(7)、打点(31)は例年並みであったが、打率.229と出塁率.331、6盗塁は昨季首位打者と最高出塁率を獲得し、リーグ3位の31盗塁をマークした選手のそれとは思えない数字であった。7月16日に、第1回WBSCの日本代表第1次候補選手に選出された事が発表された[15]

選手としての特徴[編集]

均整の取れた体格をしており、50メートル走6秒、垂直跳び87センチメートル、遠投120メートル、握力70キログラムという高い身体能力を誇る[16]日刊ゲンダイによるとメジャーの関係者からは「下半身が安定した打撃はメジャー投手にも対応できる。足が速く、肩も強いので守備範囲も広い。すぐにでもメジャーで通用する」と評されている[17]

打撃[編集]

芯でボールをとらえた時に日本人離れした打球の速さと飛距離を見せるパワーを持ち[18]、広い札幌ドームでも左方向に本塁打を放つことができる技術と[19]、カウントに応じて打球方向を変える器用さ[20]、8打席に1つ近い割合で四球を選ぶ選球眼も兼ね備える。打者転向当初の2008年から2010年までは左投手に対して打率.278と苦手にしていたが、統一球導入後の2011年からは対左通算打率.304と克服した[20]

守備・走塁[編集]

一塁到達まで4秒を切ることも珍しくなく、バントヒットで一塁到達3.54秒を計測したこともある脚力を生かした広い守備範囲と[21]、投手として150km/h台を記録したこともある強肩を生かした力強い送球を持ち味とし[22]、中堅守備では中堅後方の打球に強く2010年にはUZR0.9を記録[23]。2012年からは右翼手として起用され、同年には右翼守備でUZR25.9を記録した[24]。一方で「内野手みたい」と自ら語るなど失策も多く[25]、2010年から3年連続で外野手リーグ最多失策を記録。2013年は失策数を1に留め、外野手としてリーグ4位の守備率.995を記録したが[26]、UZRは右翼守備でマイナスを記録した(-10.2)[27]

人物[編集]

父はトライアスロンの元選手で、母はバレーボールの元国体選手[28]。祖父は元高校体育教師で、教え子には野村克也がいる[20]

凄く天然で珍発言が多く、同僚からは「宇宙人」と呼ばれる[20]。ドラフト後の球団関係者との会食の後、「どうでしたか?」という記者からの質問に対して「エビフライでした」と料理名を答えた他[20]、当時の打撃コーチを務めていた大村巌から「目標は世界中の投手を打つことだ」と言われた際には「オレ、日本ハムをクビになるんですか?」と答え[20]、2012年にチームが首位争いをしていたソフトバンクとの試合で勝利後、同じく首位争いをしていた西武の敗戦の報せが入った際には「で、バンク(ソフトバンク)はどうだったの?」と発言し周囲を唖然させた[29]など、数々の珍発言を発しており、特にニコニコして固まっている時はその場の空気を把握できていないという[20]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2007 日本ハム 7 11 11 1 1 0 0 0 1 0 1 0 0 0 0 0 0 1 0 .091 .091 .091 .182
2008 63 205 188 19 45 14 1 5 76 21 13 3 5 0 10 1 2 53 6 .239 .285 .404 .689
2009 131 496 425 74 130 40 3 15 221 58 24 6 18 1 46 8 6 93 6 .306 .381 .520 .901
2010 138 583 488 86 151 33 3 15 235 64 26 8 13 1 71 2 10 94 7 .309 .407 .482 .889
2011 137 578 489 72 156 30 0 11 219 54 31 6 9 2 59 2 19 91 5 .319 .411 .448 .859
2012 134 597 510 72 155 21 3 9 209 48 22 9 0 1 75 2 11 86 9 .304 .404 .410 .813
2013 オリックス 141 601 524 75 157 33 2 17 245 61 33 9 0 3 66 1 8 93 6 .300 .384 .468 .852
2014 140 590 502 73 166 36 2 19 263 81 31 9 0 4 70 7 14 73 7 .331 .424 .524 .948
NPB:8年 891 3661 3137 472 961 207 14 91 1469 387 181 50 45 12 397 23 70 584 46 .306 .395 .468 .865
  • 2014年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別打撃成績所属リーグ内順位[編集]

年度 年齢 所属リーグ 打率 安打 二塁打 三塁打 本塁打 打点 盗塁 出塁率 OPS
2007 26 パ・リーグ - - - - - - - - -
2008 27 - - - - - - - - -
2009 28 7位 - 1位 - - - 7位 6位 3位
2010 29 - - 6位 10位 - - 5位 5位 7位
2011 30 2位 7位 4位 - - - 5位 1位 2位
2012 31 3位 2位 - - - - 6位 1位 4位
2013 32 10位 9位 2位 - - - 3位 9位 9位
2014 33 1位 3位 1位 - 8位 5位 3位 1位 3位
  • -は10位未満(打率、OPSは規定打席未到達の場合も-と表記)

年度別打撃成績所属チーム内順位[編集]

年度 年齢 所属チーム 打率 安打 二塁打 三塁打 本塁打 打点 盗塁 出塁率 OPS
2007 26 日本ハム - - - - - - - - -
2008 27 - 10位 8位 5位 6位 7位 3位 - -
2009 28 2位 6位 1位 5位 3位 6位 2位 2位 1位
2010 29 3位 4位 3位 3位 3位 3位 2位 2位 1位
2011 30 1位 1位 2位 - 4位 2位 1位 1位 1位
2012 31 1位 1位 4位 2位 4位 4位 1位 1位 1位
2013 32 オリックス 2位 2位 1位 2位 2位 3位 1位 2位 2位
2014 33 1位 1位 1位 5位 3位 2位 1位 1位 1位
  • -は10位未満(打率、出塁率、OPSは規定打席未到達の場合も-と表記)

WBCでの成績[編集]

















































O
P
S
2013 日本 7 31 21 4 6 2 0 1 11 7 2 0 1 0 6 0 3 2 0 .286 .500 .524 1.024
出場:1回 7 31 21 4 6 2 0 1 11 7 2 0 1 0 6 0 3 2 0 .286 .500 .524 1.024

年度別守備成績[編集]


外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2007 3 0 0 0 0 ----
2008 61 112 4 2 1 .983
2009 125 234 7 2 2 .992
2010 138 302 4 5 0 .984
2011 136 286 9 7 1 .977
2012 131 266 8 5 0 .982
2013 125 194 5 1 1 .995
2014 139 223 5 3 3 .987
通算 858 1617 42 25 8 .985

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
連続シーズン記録
  • 6年連続シーズン打率3割:2009年〜2014年 (継続中) ※史上8位タイ
  • 6年連続シーズン打率3割・20盗塁:2009年〜2014年(継続中) ※史上1位タイ(松井稼頭央と並ぶ。)
  • 6年連続シーズン打率3割・ゴールデングラブ賞受賞:2009年〜2014年(継続中) ※史上2位(イチローに次ぐ。)
  • 6年連続シーズン打率3割・20盗塁・ゴールデングラブ賞受賞:2009年〜2014年(継続中) ※史上単独1位
その他記録

背番号[編集]

  • 26 (2004年 - 2010年)
  • 7 (2011年 - )
  • 1WBC2013親善試合)
  • 9WBC2013)※正式メンバー34人

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 侍ジャパンマッチ2012 日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  2. ^ 日本代表メンバー NPB公式サイト (2012年11月6日) 2015年4月14日閲覧
  3. ^ 2013WBC日本代表候補選手発表 日本野球機構 (2012年12月4日) 2015年4月3日閲覧
  4. ^ 2013 WORLD BASEBALL CLASSIC 日本代表候補選手 日本野球機構 (2012年12月4日) 2015年4月3日閲覧
  5. ^ ハム糸井沈黙は金ならず…2億円保留日刊スポーツ、2012年12月7日。
  6. ^ ハム糸井越年「納得するまでやる」日刊スポーツ、2012年12月22日。
  7. ^ 糸井、ポスティングでのメジャー挑戦申し入れ…日本ハムスポーツ報知、2013年1月23日
  8. ^ 糸井 メジャー挑戦へ 今オフのポスティング要望「伝えましたよ」Sponichi Annex、2013年1月23日
  9. ^ トレード(2012年度シーズン終了後 ~ )”. 日本野球機構 (2013年1月25日). 2013年1月30日閲覧。
  10. ^ 2013WBC日本代表28選手の発表 日本野球機構オフィシャルサイト (2013年2月20日) 2015年4月2日閲覧
  11. ^ 2013 Tournament Roster WBC公式サイト 英語 2015年4月2日閲覧
  12. ^ 2013 WORLD BASEBALL CLASSIC 日本代表メンバー 日本野球機構オフィシャルサイト (2013年2月20日) 2015年4月2日閲覧
  13. ^ 2014年10月9日 侍ジャパン「2014 SUZUKI 日米野球」出場選手発表! 侍ジャパン公式サイト (2014年10月9日) 2015年3月26日閲覧
  14. ^ オリ糸井3・5億円 来季の主将に任命 プロ野球ニュース : nikkansports.com 2014年12月15日
  15. ^ トップチーム第一次候補選手発表!11月に行われる「WBSC世界野球プレミア12」へ向けて65名が名を連ねる 野球日本代表 侍ジャパンオフィシャルサイト (2015年7月16日) 2015年8月4日閲覧
  16. ^ 2008年6月15日深夜放送の『FFFFF』(北海道テレビ放送)のインタビュー
  17. ^ ダルビッシュを追いかけるメジャースカウトが絶賛したのは「ナカジマ」ではなく「イトイ」”. 日刊ゲンダイ. 2014年5月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年11月30日閲覧。
  18. ^ 小関順二、西尾典文、石川哲也、場野守泰 『プロ野球スカウティングレポート2011』 廣済堂出版、2011年、152-153頁。ISBN 978-4-331-51519-8
  19. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2010』 白夜書房、2010年、90頁。ISBN 978-4-86191-595-6
  20. ^ a b c d e f g 『週刊プロ野球データファイル』2011年31号、ベースボール・マガジン社、雑誌27743-11/16、5-6頁。
  21. ^ 小関順二、西尾典文、泉直樹 『プロ野球スカウティングレポート2010』 アスペクトムック、2010年、264-265頁。ISBN 978-4-7572-1744-7
  22. ^ 『野球小僧 世界野球選手名鑑2011』 白夜書房、2011年、58頁。ISBN 978-4-86191-710-3
  23. ^ Baseball Lab守備評価~Center FielderSMR Baseball Lab
  24. ^ DELTA OFFICIAL WEB SITE コラム 2013年1月24日
  25. ^ ハム糸井ポカ厳禁!「1つだけにします」日刊スポーツ、2011年12月22日。
  26. ^ 2013年度 パシフィック・リーグ 個人守備成績(規定以上) 2014年3月2日閲覧。
  27. ^ 『2014プロ野球オール写真選手名鑑』 日本スポーツ企画出版社、2014年、221頁。ISBN 978-4-905411-17-8
  28. ^ 日本ハム 糸井嘉男外野手-マイタウン北海道 - asahi.com
  29. ^ 日本ハム、首位ガッチリ!糸井弾で2.5差SANSPO.COM、2012年9月19日。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]