糸井嘉男

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糸井 嘉男
オリックス・バファローズ #7
Itoi yoshio.jpg
2016年5月17日 こまちスタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 京都府与謝郡与謝野町
生年月日 1981年7月31日(35歳)
身長
体重
187 cm
88 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2003年 自由獲得枠
初出場 2007年3月27日
年俸 2億8,000万円(2016年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
WBC 2013年

糸井 嘉男(いとい よしお、1981年7月31日 - )は、オリックス・バファローズに所属するプロ野球選手投手外野手)。

NPB入り後の投手から野手へのコンバート成功者の代表格[2][3]。野手転向後に首位打者1度、最高出塁率3度、ゴールデングラブ賞6度、ベストナイン4度の実績を残している。愛称はヨッピ[4][5]

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

学生時代は投手田中雅彦中村真人らと同期だった近畿大学では期待されながら、1年秋から先発を務めていた同学年でエースの野村宏之や、1学年下の貴志款八(その後日本新薬)の陰に隠れ3年春まで関西学生野球連盟のリーグ戦出場がなかった。3年時の2002年秋にリーグ戦デビュー。4年時にエースを任され、春季リーグ戦は5勝無敗(完封勝利2)の大活躍で最優秀選手、最優秀投手、ベストナインの3タイトルを獲得した。通算9勝1敗。2003年秋、日本ハムに自由獲得枠で投手として入団。背番号は26。血液型=A型

プロ入り後[編集]

日本ハム時代[編集]

日本ハム時代(2009年11月3日、東京ドーム)
2004年-2005年
187cmの長身から投げ下ろす最速153km/hの速球は球威があったが、制球力と変化球に難があり、故障も多かったためプロ入り後は伸び悩み、2年間で一軍登板はなかった。二軍では36試合登板、8勝9敗3セーブ防御率は4.86。
2006年
投手としては伸び悩んだが打撃センスと50m5秒台の俊足と強肩が注目されていたため、高田繁ゼネラルマネージャーに野手としての素材を見込まれ、4月25日付で正式に外野手に転向した。シーズン中の一軍出場はなかったが、2006年のアジアシリーズでは28人枠入りし、11月11日のチャイナスターズ(中国野球リーグ選抜チーム)戦に途中出場した。二軍では天性の打撃センスを見せつけ、転向5ヶ月にして9月度のイースタン・リーグ月間MVPを受賞(月間打率.397)。最終的に打率.306、8本塁打、8盗塁を記録した。
2007年
春季キャンプから期待され、開幕一軍入りを果たすが結果を残せず二軍落ち。その後故障もあったが9月に再昇格し、プロ初安打・初盗塁を記録。しかしその盗塁の際に足を痛めてしまい、すぐに二軍落ちとなった。二軍では金子洋平に次いでイースタン・リーグ2位の12本塁打をはじめ、打率.319、長打率.579、14盗塁と好成績を残した。
2008年
左翼手として初の開幕戦先発出場を果たすが、3月30日に楽天戦で負った肉離れを押して試合に出続けた事により、故障箇所悪化させてしまい二軍落ち。一軍復帰後にはプロ入り初を含む5本塁打を打つ。クライマックスシリーズ第1ステージでは一番打者に抜擢され、守備でも好返球を見せた。
2009年
7番中堅手として2年連続で開幕戦先発出場を果たすと、そのままレギュラーに定着。打順は主に2番や7番、ポジションは森本稀哲を押しのけ主にセンターを守り自己最多の131試合に出場。チームの優勝に貢献し、個人成績は自身初の規定打席到達シーズンにして打率3割(.306、リーグ7位)、2ケタ本塁打(15)という大台をクリア。さらに24盗塁(同7位)、40二塁打(同1位)、特にOPSではAランクに相当する9割超え(.901、同3位)という数字を残した。さらにゴールデングラブ賞ベストナイン(外野手部門)を初受賞。一気に覚醒を遂げたシーズンとなった。6月には初の月間MVPを受賞。監督推薦によりオールスターゲームにも初出場。月間MVPの受賞会見では、「不安ばかりだった中で必死に練習してきた。起用してくれた監督、コーチ、打者転向を打診してくれた高田監督(当時ヤクルト監督)に感謝したい。」と述べた。
2010年
前年5番に座ったスレッジが退団したため、その穴を埋める「5番センター」としてシーズンを通して活躍。4月30日西武戦(札幌ドーム)の延長10回裏に、プロ初のサヨナラ打を放つと、6月15日東京ヤクルトスワローズ戦(神宮)では史上10人目の1試合4二塁打を記録。7月1日には、選手間投票により2年連続でのオールスターゲーム選出決定。本拠地最終戦の9月26日の西武戦(札幌ドーム)では9回裏にサヨナラ打を放ち、前日の2度のバントミスを取り返した。2年連続で打率3割(.309)と2ケタ本塁打(15)、20盗塁(26)をクリア。出塁率は初の4割台となる.407を記録した。2年連続でゴールデングラブ賞を受賞。オフの契約更改では年俸が大台の1億円に達した。そして背番号は同年まで坪井智哉がつけていた7に変更された。背番号7に変更された際、「坪井さんの付けてた背番号なので相当な重みを感じています。」とコメントしていた。この記事を見た坪井は自身の公式ブログで「涙が出そうになった」とコメントしている[6]
2011年
打順は稲葉篤紀に代わる3番にまで昇格。統一球の導入により多くの打者が苦しむ中で安定した調子を維持し、打率.319はリーグ2位、OPSRC27もリーグ2位をマーク。出塁率は両リーグで唯一4割を超え、最高出塁率を獲得した。さらにチームトップで自身初の大台30盗塁となる31盗塁をマーク。オールスターゲームには初めてファン投票で選出され3年連続で出場。2年ぶり2度目のベストナインと3年連続のゴールデングラブ賞に選出される。
2012年
強肩を生かすため中堅手から右翼手コンバートされた。9月に打率.380、15打点でリーグ2位、出塁率.473、長打率.608はリーグトップ[7]。5本の先制打、1本の勝ち越し打を放ちチームの3年ぶりのリーグ制覇の大きな原動力となり[8]、3年ぶり2度目の月間MVPを獲得。シーズン打率はチームトップでリーグ3位の.304をマークし、4年連続の打率3割を達成。2年連続となる最高出塁率のタイトルも獲得。2年連続3度目のベストナインと4年連続のゴールデングラブ賞にも輝いた。
クライマックスシリーズファイナルステージ(札幌ドーム)では2本塁打、4打点を記録しMVPを受賞した[9]
オフの11月6日に、「侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」」の日本代表が発表され[10]代表入りした[11]。背番号1を背負い、第2戦(札幌ドーム)では自身初の侍JAPANの4番に抜擢された。
12月4日に、第3回WBC日本代表候補選手34人が発表され[12]候補入りした[13]
また、1度目の契約交渉では僅か1,000万円増の2億円の提示を受けこれに保留[14]。球団は1,000万円の増額となった理由について「糸井の成績は上がっているわけではない」とした。2度目の交渉からは代理人を伴ったが再び保留し[15]、交渉は年をまたぎ、2013年1月22日付の地元スポーツ紙道新スポーツには、前日に2013年オフにポスティングシステムを行使してのメジャー挑戦を希望していて、2013年のシーズンオフ以降はメジャー移籍についての話し合いを持つことなどが確認され、2013年の契約もまとまったことが報じられた[16][17]

オリックス時代[編集]

2013年
1月25日木佐貫洋大引啓次赤田将吾との交換トレード八木智哉と共にオリックスへ移籍することが発表された[18]。球界を揺るがす電撃トレードに、チームメイトの武田勝は「痛手であることは間違いない。僕らも気持ちの整理をつけてキャンプに臨みたい」と語り[19]、日ハム時代に一緒にトレーニングをする仲だったという元同僚で現テキサス・レンジャースダルビッシュ有も「糸井さんトレードとか、ありえん」と自身のツイッターにツイートし、衝撃が走ったことを素直に表現した[20]。また糸井を批判するツイートには「糸井さんの何を知ってますか?」と怒りを露にした[21]。翌26日ほっともっとフィールド神戸で記者会見した糸井は、「関西出身なので、小さいころからよくテレビで見ていた。大好きなチームだった。優勝目指して頑張りたい」と抱負を語った[22]。背番号は日本ハム時代と同じ7となった。
2月20日に、第3回WBC日本代表選手28人が発表され[23]代表入りした[24][25]。この大会では全7試合に出場し、打率.286、1本塁打、7打点、OPS1.024を記録した[26]
同シーズンでは5年連続打率3割を達成。157安打、17本塁打、33盗塁はいずれもそれまでで自己最高の成績であった。
契約更改では自己最高の2億5,000万円プラス出来高(推定)で契約を更改した。その会見の際に「今は将来のことは考えていない。(メジャーへの思いは)でっかい大胸筋の奥に秘めておきます。」と冗談混じりに大リーグ挑戦の思いを一時的に封印すると述べた[27]
2014年
5月10日の日本ハム戦(ほっと神戸)には5号先制3ラン本塁打を放ち、続く7回にも自身初の2打席連続本塁打となる6号ソロ本塁打を放った[28]6月8日広島戦(マツダ)でプロ初の4番に座り8号決勝2ラン本塁打を放った[29][30]。この試合以降は4番として出場し、8月14日からまた3番に戻ったが、多くの試合で4番として出場した[31]。シーズン終盤まで1位であった盗塁は、過去にパ・リーグでシーズン50試合以上で4番に座り盗塁王を獲得した選手はいないため、パ史上初の「4番で盗塁王」なるかと注目された[32]7月18日19日に行われたMAZDAオールスターゲーム2014には、487,246票で2年連続でファン投票両リーグ最多得票を集め、さらに初めて選手間投票でも両リーグ最多得票で選出され、6年連続での出場を果たした[33]。シーズン成績は自己最高の打率.331で初の首位打者、同じく出塁率.424で2年ぶり3度目の最高出塁率に輝く。19本塁打(リーグ8位)、81打点(同5位)、166安打(同3位)、70四球(同6位)はいずれも自己最多であった。さらに2年ぶり4度目のベストナインと、6年連続のゴールデングラブ賞を獲得。
シーズン終了後の日米野球2014には、日本代表[34]の3番打者として出場。契約更改では1億円増の年俸3億5000万円プラス出来高払いでサインしている[35]
2015年
人生で初めて、チームの主将に就任[36]。一軍公式戦では、5月20日に通算1,000安打[37]9月2日に通算1000試合出場[38]を達成した。また、7月30日の対日本ハム戦(わかさスタジアム京都)で、プロ入り後初め地元・京都府内での公式戦に出場。1回裏に8号2点本塁打で先制すると、5回裏には9号3点本塁打を放ったことで、一軍公式戦通算100号本塁打を達成した[39]。チームも勝利したため、試合後のヒーローインタビューでは、「思いが詰まった球場で(通算100本塁打を)達成できて嬉しい。光栄です」と述べた[40]。、
その一方で、シーズン序盤から満身創痍の状態で出場を続けた結果、7月2日に右肘靱帯や右足首腱の損傷で戦線を離脱した[41]。ただし、パ・リーグ外野手部門のファン投票で3位に選ばれたオールスターゲームには、指名打者として強行出場。以降の公式戦にも、指名打者として出場を続けながらシーズンを全うした。その影響で、シーズンの通算打率は.262で、7年振りに3割を下回った。
シーズン終了後には、推定年俸2億8,000万円(7,000万円減)で契約を更改[42]。さらに、PRP療法(自身から採取した血小板で左膝組織の修復や再生を図る自己多血小板血漿療法)を受けることで、左膝の回復を図った[43]
2016年
開幕戦から10試合連続安打を記録する[44]と、チームが開幕戦から13試合連続ノーアーチ(2リーグ制を導入した1950年以降のプロ野球におけるチームワースト記録)に至った翌日の4月13日の日本ハム戦(京セラD大阪)の5回裏の打席では、自身およびチームのシーズン初本塁打を放った[45]。その後も、おおむね打率3割をキープ。オールスターゲームにも、前年に続いて、パ・リーグ外野手部門のファン投票3位で出場を果たした[46]。さらに、8月13日の対西武戦(西武ドーム)第1打席で一軍公式戦4000打数(NPBにおける通算打率の規定打数)に到達。この試合が終了した時点で、通算打率がNPB歴代23位の.300(4003打数1202安打)になった[47]
走塁面では、5月8日ロッテ戦(QVCマリン)で、一軍公式戦通算200盗塁を記録[48]。35歳の誕生日を迎えた7月31日の対西武戦(京セラD大阪)でシーズン自己最多の34盗塁を記録する[49]と、9月6日の対ソフトバンク戦(ヤフオクドーム)の7回表にニ盗を成功させたことによって、シーズン50盗塁に到達した[50][51]。NPBの一軍公式戦で35歳以上の選手がシーズン50盗塁を達成した事例は、通算盗塁数の日本記録を保持している福本豊1983年に35歳で達成して以来、33年振り史上2人目である[52][53]
開幕戦から長らく3番打者に起用されてきたが、例年を上回るペースで盗塁を量産していることなどを背景に、8月下旬からは1番打者に定着している。9月14日の対日本ハム戦(札幌ドーム)では、3回表1死1・3塁で迎えた第2打席で、大谷翔平が投じた日本球界最速(164km/h)のストレートを右前に弾き返して2点適時打を記録[54]。翌15日の同カードでは、1回表に先発投手ルイス・メンドーサの初球で13号先頭打者本塁打を放ったことを皮切りに、2回に14号2点本塁打、四球を挟んで7回にも15号ソロ本塁打放ち、公式戦では自身初の3打数連続本塁打を記録。NPB史上初の同一選手による1回表の先頭打者初球本塁打を含む1試合3本塁打を達成した[55][56]。さらに9月17日のソフトバンク戦(ヤフオクドーム)でも2試合連続となる16号本塁打を放ち、翌日の同カードで自身初の3試合連続本塁打となる特大の17号2点本塁打を放った[57][58]
また、シーズン開幕直後の3月28日に出場選手登録日数が8年に達し国内FA権を取得し[59]、「オフにどういう気持ちになっているか分からない」と話した[60]。チームのクライマックス・シリーズ進出の可能性がなくなった9月13日には「もう35歳やからね。1年でも長く(現役を)やりたいと思っているよ」と発言[61]。シーズン中に複数のメディアに巨人阪神などが興味を示しているのではないかと報道された[62][63][64][65]。また、オリックスは球団幹部が「誰が見ても必要な戦力」と語り[66]、瀬戸山隆三球団本部長は糸井に関して「絶対に残ってもらわないといけない選手。できるだけのことはするつもり。社長もオーナーも同じ気持ちでしょう」、FA宣言前の交渉についても「当然。そのつもり」と他球団との交渉解禁を待たない一気の残留決着の意向があると語った[67]9月19日には残留交渉が開始したことが初めて分かり、その席上で糸井が「オリックスで優勝したい」という趣旨の発言をしたことも明らかになった[68]

選手としての特徴[編集]

50メートル走5秒76、垂直跳び87センチメートル、遠投120メートル、握力70キログラムという高い身体能力を持つ[69][70]

打撃[編集]

芯でボールをとらえた時に日本人離れした打球の速さと飛距離を見せるパワーを持ち[71]、広い札幌ドームでも左方向に本塁打を放つことができる技術と[72]、カウントに応じて打球方向を変える器用さ[73]、8打席に1つ近い割合で四球を選ぶ選球眼も兼ね備える。打者転向当初の2008年から2010年までは左投手に対して打率.278と苦手にしていたが、統一球導入後の2011年からは対左通算打率.304と克服した[73]。 長距離打者と思われがちだが、20本塁打の経験はなく、実際には中距離打者である。

守備[編集]

一塁到達まで4秒を切ることも珍しくなく、バントヒットで一塁到達3.54秒を計測したこともある脚力を生かした広い守備範囲と[74]、投手として150km/h台を記録したこともある強肩を生かした力強い送球を持ち味とし[75]、中堅守備では中堅後方の打球に強く2010年にはUZR0.9を記録[76]。2012年からは右翼手として起用され、同年には右翼守備でUZR25.9を記録した[77]。一方で「内野手みたい」と自ら語るなど失策も多く[78]、2010年から3年連続で外野手リーグ最多失策を記録。2013年は失策数を1に留め、外野手としてリーグ4位の守備率.995を記録したが[79]、UZRは右翼守備でマイナスを記録した(-10.2)[80]

走塁[編集]

50メートル5秒76の俊足をも持ち、牽制でベースに戻ることひとつ取っても、研ぎ澄まされたセンスと能力を持ち合わせているから盗塁の失敗率が低い[81]。また、スタートを判断する嗅覚に優れている[82]2009年のレギュラー定着から6年連続で20盗塁(うち3度30盗塁)を記録。2015年は膝の故障の影響により11盗塁とその数は減少。この年のオフに左膝の改善を図り、自身から採取した血小板を使って組織の修復や再生を図るPRP注射と呼ばれる治療を受けた[83]。さらに膝に負担のかからない走り方をマスターしたことで[84]翌年の盗塁数は急増。2016年、35歳という年齢ながら開幕からリーグトップの盗塁数を誇り、7月31日に早くも自己最多の34盗塁を記録すると、9月6日に50盗塁に到達。プロ野球で35歳以上の選手が50盗塁以上を記録した前例は、1983年福本豊が35歳11か月で54盗塁したのみで、糸井は33年振り史上2人目の快挙を成し遂げた[85]

人物[編集]

父はトライアスロンの元選手で、母はバレーボールの元国体選手[86]。祖父は元高校体育教師で、教え子には野村克也がいる[73]

オリックス移籍後の2015年には、当時の森脇浩司一軍監督からの任命を受けて、野球人生で自身初の主将に就任した[87]。しかし、チームは優勝候補と目されながら、森脇がシーズン途中で休養(後に監督を辞任)するなど低迷。糸井自身も、「(前年の好成績から)長打を増やすことを意識し過ぎたことに加えて、主将の肩書がプレッシャーになった」と述懐するなど、開幕から極度の打撃不振に見舞われた[88]。2016年には、前年途中から一軍監督代行を務めていた福良淳一新監督の方針で主将を置いていないが、糸井は「(2015年限りで)主将をクビになった」と受け止めている[89]

2013年より自身が打席に入る際の登場曲としてSMAPSHAKE (SMAPの曲)を使用している[90][91]。オリックスの本拠地の京セラドーム大阪ほっともっとフィールド神戸では、バファローズファンがサビの「二人ならヤレルヤ~♪」の部分を、替え歌で「糸井ならヤレルヤ~♪」と合唱するのが恒例となっている。

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2007 日本ハム 7 11 11 1 1 0 0 0 1 0 1 0 0 0 0 0 0 1 0 .091 .091 .091 .182
2008 63 205 188 19 45 14 1 5 76 21 13 3 5 0 10 1 2 53 6 .239 .285 .404 .689
2009 131 496 425 74 130 40 3 15 221 58 24 6 18 1 46 8 6 93 6 .306 .381 .520 .901
2010 138 583 488 86 151 33 3 15 235 64 26 8 13 1 71 2 10 94 7 .309 .407 .482 .889
2011 137 578 489 72 156 30 0 11 219 54 31 6 9 2 59 2 19 91 5 .319 .411 .448 .859
2012 134 597 510 72 155 21 3 9 209 48 22 9 0 1 75 2 11 86 9 .304 .404 .410 .813
2013 オリックス 141 601 524 75 157 33 2 17 245 61 33 9 0 3 66 1 8 93 6 .300 .384 .468 .852
2014 140 590 502 73 166 36 2 19 263 81 31 9 0 4 70 7 14 73 7 .331 .424 .524 .948
2015 132 565 484 61 127 22 0 17 200 68 11 4 0 1 72 2 8 78 10 .262 .366 .413 .779
NPB:9年 1022 4222 3619 532 1087 229 14 108 1668 455 192 54 45 13 469 25 78 662 56 .300 .395 .468 .865
  • 2015年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別打撃成績所属リーグ内順位[編集]

年度 年齢 所属リーグ 打率 安打 二塁打 三塁打 本塁打 打点 盗塁 出塁率 OPS
2007 26 パ・リーグ - - - - - - - - -
2008 27 - - - - - - - - -
2009 28 7位 - 1位 - - - 7位 6位 3位
2010 29 - - 6位 10位 - - 5位 5位 7位
2011 30 2位 7位 4位 - - - 5位 1位 2位
2012 31 3位 2位 - - - - 6位 1位 4位
2013 32 10位 9位 2位 - - - 3位 9位 9位
2014 33 1位 3位 1位 - 8位 5位 3位 1位 3位
2015 34 - - - - 9位 - - 10位 -
  • -は10位未満(打率、出塁率、OPSは規定打席未到達の場合も-と表記)

年度別打撃成績所属チーム内順位[編集]

年度 年齢 所属チーム 打率 安打 二塁打 三塁打 本塁打 打点 盗塁 出塁率 OPS
2007 26 日本ハム - - - - - - - - -
2008 27 - 10位 8位 5位 6位 7位 3位 - -
2009 28 2位 6位 1位 5位 3位 6位 2位 2位 1位
2010 29 3位 4位 3位 3位 3位 3位 2位 2位 1位
2011 30 1位 1位 2位 - 4位 2位 1位 1位 1位
2012 31 1位 1位 4位 2位 4位 4位 1位 1位 1位
2013 32 オリックス 2位 2位 1位 2位 2位 3位 1位 2位 2位
2014 33 1位 1位 1位 5位 3位 2位 1位 1位 1位
2015 34 1位 1位 1位 - 1位 1位 3位 1位 1位
  • -は10位未満(打率、出塁率、OPSは規定打席未到達の場合も-と表記)

WBCでの成績[編集]

















































O
P
S
2013 日本 7 31 21 4 6 2 0 1 11 7 2 0 1 0 6 0 3 2 0 .286 .500 .524 1.024
出場:1回 7 31 21 4 6 2 0 1 11 7 2 0 1 0 6 0 3 2 0 .286 .500 .524 1.024

年度別守備成績[編集]


外野
試合 刺殺 補殺 失策 併殺 守備率
2007 3 0 0 0 0 ----
2008 61 112 4 2 1 .983
2009 125 234 7 2 2 .992
2010 138 302 4 5 0 .984
2011 136 286 9 7 1 .977
2012 131 266 8 5 0 .982
2013 125 194 5 1 1 .995
2014 139 223 5 3 3 .987
2015 88 119 3 0 0 1.000
通算 946 1736 45 25 8 .986

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

初記録
節目の記録
年齢による記録

35歳以上のシーズン50盗塁:50盗塁(2016年、35歳)[92][93]※2016年9月6日現在

通算記録
  • 打率.300(4003打数1202安打、史上23位)[94]
  • 出塁率.391(4620(打数-犠打数)1805出塁、史上7位)※共に2016年8月13日現在。
その他の記録

背番号[編集]

  • 26 (2004年 - 2010年)
  • 7 (2011年 - )
  • 1WBC2013親善試合)
  • 9WBC2013)※正式メンバー34人

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

  1. ^ オリックス・糸井、7000万円減の2億8000万円で更改日本経済新聞(2015年12月17日) 2015年12月18日閲覧
  2. ^ 投手から野手転向 開花した糸井、雄平の才能に続くのは誰
  3. ^ http://news.livedoor.com/lite/article_detail/9905250/糸井嘉男など投手から転向し成功した外野手選手たち]
  4. ^ 糸井SMAP存続に「ヨッピハッピシェイクやね」
  5. ^ オリ・糸井、SMAP存続に超ゴキゲン!「ヨッピハッピシェイクやね」
  6. ^ プロの(T . T)坪井智哉オフィシャルブログ「TSUBOCHIKA SPIRITS」、2013年1月24日。
  7. ^ (パシフィック・リーグ)
  8. ^ (パシフィック・リーグ)
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]