菅野智之

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菅野 智之
読売ジャイアンツ #18
Giants suganotomoyuki19.JPG
2016年
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県相模原市南区
生年月日 (1989-10-11) 1989年10月11日(30歳)
身長
体重
186 cm
95 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2012年 ドラフト1位
初出場 2013年3月30日
年俸 6億5,000万円(2019年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
WBC 2017年
プレミア12 2015年
獲得メダル
日本の旗 日本
WBSCプレミア12
2015 野球

菅野 智之(すがの ともゆき、1989年10月11日 - )は、神奈川県相模原市[2]出身のプロ野球選手投手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。

平成最後の沢村栄治賞を受賞、ポストシーズン史上初のノーヒットノーランを達成している。

母方の祖父は、元東海大相模高校野球部監督の原貢。母方の伯父読売ジャイアンツ監督の原辰徳

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

小学校に上がる直前の1995年10月8日に伯父・原辰徳の引退試合を観戦したことがきっかけで本格的に野球を始める[注釈 1]。軟式の少年野球クラブ「東林ファルコンズ」に所属し、当時から投手を務めた。新町中学時代は3年夏に県大会優勝。関東大会でもベスト8に進出した。

東海大相模高校進学後は2年秋から主戦として活躍。最速148km/hを記録するなどプロからも注目を集めたが、甲子園出場は一度も果たせなかった[注釈 2]。3年生夏の神奈川大会準決勝の横浜高校戦では打者として珍しい「振り逃げ3ラン」を記録するなどし、6-4で勝利したが、続く決勝戦で桐光学園に8-10で敗退した。高校時代の野球部の同学年に田中広輔(田中とは大学も同じ)、1学年後輩には大田泰示がいる。

大学は東海大学へ進学し硬式野球部へ入部。1年秋から主戦を任され、2年春から4季連続で首都大学リーグの優秀投手を受賞。2年時には第37回日米大学野球選手権大会日本代表第25回アジア野球選手権大会日本代表に選出され、U-26 NPB選抜 対 大学日本代表にも出場。3年春の第59回全日本大学野球選手権大会では準々決勝の同志社大学戦で7回参考記録ながらノーヒットノーランを達成し、準決勝の慶應大学戦では最速155km/hを記録し4安打17奪三振の好投で完封勝利を挙げたが、決勝で藤岡貴裕擁する東洋大に完封され敗退。夏の第5回世界大学野球選手権大会では予選リーグのキューバ戦のアルフレド・デスパイネに対しての打席で自己最速となる157km/hを記録。4年秋にはリーグ新記録の通算14完封を記録しチームのリーグ優勝に貢献。最高殊勲選手と最優秀投手、ベストナイン、特別功労賞を受賞した。首都大学リーグでの通算成績は37勝4敗、防御率0.57、347奪三振。大学時代の野球部の1学年先輩には伊志嶺翔大が、同期には田中広輔が、1学年後輩には坂口真規伏見寅威がいる。特に捕手である伏見とは2年以上バッテリーを組んでいた。

ドラフト会議を巡る経緯[編集]

2011年のドラフト会議では野村祐輔明大)、藤岡貴裕東洋大)とともに「大学ビッグ3」と呼ばれ注目を集めた[4]。伯父の原辰徳が監督を務める読売ジャイアンツの単独指名が濃厚と噂されていた[5]が、北海道日本ハムファイターズの予想を反しての1位指名により、抽選の結果日本ハムが交渉権を獲得した。ドラフト後には祖父の原貢が日本ハムの事前挨拶なしでの指名を「人権蹂躙」などと非難する発言を行った[6]

11月7日には日本ハムの指名挨拶に同席し、進路については「目先のことだけではなく、その先の野球人生を考えた上で判断したい」とコメント[7]したが、21日には日本ハム入団を拒否する意向を表明[8]社会人野球や国内独立リーグ、海外のプロリーグ等に進んだ場合は2年間指名されることができないため、プロ・アマのいずれの球団にも属さず、浪人することを選択[9]。東海大の卒業延期制度を利用し大学に残り[10]、大学の練習施設を使用して自主練習をしながら翌年以降のドラフト指名を待つことになった[8]。入団拒否の理由としては「日本ハムさんからいろいろなお話を聞いて光栄に思いました。しかし、それ以上に、自分が小さいころからの夢、そういうものがそれ以上に強かったということです」と述べ[11]、決め手になったという『小さいころからの夢』については「(言葉にするのは)難しいところですが、どうですかね……。分かってください」と語った[12]

これに対し日本ハムは「この程度で諦めるなら最初から指名しなかった。交渉期限のギリギリまで説得を続けたい」としたが[13]、交渉期限最終日の2012年3月31日に菅野の獲得断念を発表[14]。その後、一時は2012年のドラフトでの再指名の可能性を公言したが[注釈 3][15]、後にその方針を変え、日本ハムGM山田正雄が「うちとしては(1位は)その年の一番力がある選手。1年間のブランクがあることを考えたら(菅野が)一番力のある投手じゃないと思います」との理由で指名を回避するとコメントし、実際に大谷翔平を1位指名した[注釈 4][16]。同時にこの年のドラフトで意中の球団以外が交渉権を獲得した場合について、東海大監督の横井人輝が「アメリカに行くであろうと思う。野球留学も含めて、本人もいろいろ興味があるみたい」と発言し[17]、本人も「また去年と同じことが起こるのだとしたら……。何というんですかね……日本で野球をやりたくないかもしれませんね」と発言したことや横浜DeNAベイスターズの調査書の受け取りを拒否したこともあり[18][19]横浜DeNAベイスターズGMの高田繁や監督の中畑清東北楽天ゴールデンイーグルス監督の星野仙一から批判された[20][21]

東海大の卒業延期制度を利用して引き続き在学しての野球浪人であったが、浪人中は大学野球の規定により対外試合に出場できなかったため、東海大野球部を練習拠点とし、投げ込みやチームメイト相手の紅白戦やシート打撃に登板して実戦感覚から遠ざかることを防いだ。ただし、紅白戦やシート打撃での登板は、緊張感や重圧という点では実戦とは異なるため、ブランクが懸念された[22]。菅野自身は、大学野球だけでなく、高校野球や日本プロ野球やメジャーリーグなどを積極的に観戦をし、野球選手としてプラスになったと語っている。2012年の1月末から1ヶ月半の間アリゾナ州で過ごし、MLBプレイヤーをはじめ様々な競技のアスリートが集まる施設で陳偉殷王建民を紹介してもらったりアドバイスを貰ったりした[23]

2012年10月25日に開催されたドラフト会議では、当初はDeNAや楽天も指名の可能性を公言していたものの、巨人の単独1位指名となり、かねてより熱望していた巨人との交渉権を獲得した。ドラフト会議後には伯父であり巨人の監督である原辰徳が東海大を訪れ、背番号19」とネームの入った巨人のユニフォームに袖を通した[24]。11月21日に仮契約を締結[25]。23日に開催されたファン感謝デーで入団発表された[26]

巨人時代[編集]

2013年、3月30日の対広島東洋カープ戦(東京ドーム)でプロ入り初登板・初先発し、7回を投げ5安打9奪三振1失点の好投する。試合は12回1対1の引き分けに終わった[27]。4月6日の対中日ドラゴンズ戦(東京ドーム)で8回を6安打4失点でプロ入り初勝利を挙げた [28]。5月4日の対広島戦(東京ドーム)で、自身のプロ初ヒット、初打点を記録した。6月15日の対福岡ソフトバンクホークス戦(ヤフオクドーム)で、プロ初完投勝利した[29]オールスターゲームには監督推薦で初出場した[30]。リーグ優勝がかかった9月22日の対広島戦(東京ドーム)では、8回1失点の好投で、勝利投手になり、チームはリーグ優勝を決めた[31]。ヤクルトの小川泰弘、阪神の藤浪晋太郎との新人王を争い[32]、この年はチームトップタイの13勝を挙げ、リーグ優勝に貢献した(勝率もチームトップタイ、防御率、奪三振、イニング数はチームトップの成績だった。)。新人王は逃すが(16勝した小川が受賞)、藤浪と共に新人特別賞を受賞した。広島とのクライマックスシリーズファイナルステージ(東京ドーム)では第2戦に先発登板し、前田健太と投げ合い、9回3安打11奪三振の内容で、セ・リーグのCSでは史上初の完投、完封勝利を挙げ、クライマックスシリーズMVPを受賞。チームもアドバンテージを含めた4勝0敗で日本シリーズに進出する[33]東北楽天ゴールデンイーグルスとの日本シリーズでは、第2戦と第6戦に先発登板し、いずれも今季シーズン公式戦から無敗の田中将大と投げ合い、第2戦では5回を投げ2失点で敗戦投手となり楽天に球団シリーズ史上初勝利を献上したが[34]、第6戦では7回2失点で勝利投手となり、田中にこの年シーズン公式戦とポストシーズンを通じて唯一の黒星をつけた[35]。しかし、チームは第7戦で負け、3勝4敗で、日本一は逃してしまった。

2014年、3月28日の対阪神タイガース戦(東京ドーム)で自身初の開幕投手を務め、7回を投げ、被安打8、4失点(自責0)ながらも打線の援護に助けられ、シーズン初勝利を挙げた。入団2年目までの投手が開幕戦で勝利を挙げたのは巨人では1960年伊藤芳明以来54年振りである。さらに4月29日の対東京ヤクルトスワローズ戦(東京ドーム)に先発し、9回を投げ7安打4失点で完投勝利を挙げ、球団史上4人目となる「4月中でのリーグ全球団勝利」を達成した。ドラフト制度以降では球団史上初[36]。この活躍が評価され、同年3、4月の月間MVPを受賞した。オールスターには、自身初の選手間投票1位で出場した[37]。最終的には12勝5敗、防御率2.33で最優秀防御率を獲得し、ベストナインも受賞。チームのリーグ3連覇に貢献したが、シーズン終盤、右手中指炎症と右肘靭帯損傷の影響でポストシーズン(ファイナルステージの対阪神戦(東京ドーム))の登板は叶わなかった。その結果、自身の不在は大きく響き、チームはCS史上初の4連敗をし、アドバンテージを含めた1勝4敗で敗退した。それでもリーグ優勝に貢献したことが評価され、セ・リーグMVPを獲得した[38]

2015年、3月28日の対横浜DeNAベイスターズ戦(東京ドーム)で前年に続いての開幕投手を務め、7回を投げ、5奪三振、1失点でシーズン初勝利を挙げた。5月19日の対阪神戦(甲子園)で入団3年目にして初完封勝利を記録した。オールスターには、監督推薦で出場した[39]。シーズンは最終的に10勝11敗、防御率1.91で入団から3年連続二桁勝利をマークしたが、好投しても打線の援護に恵まれなかったことや、勝ち投手の権利を持って降板後にリリーフ陣が追いつかれることが多く、プロ入り後初めて負け越しとなった(防御率はセリーグ及び両リーグの規定到達投手の中でも2位の成績だった。)。チームもリーグ2位で優勝を逃した。CSファーストステージの対阪神戦では第2戦に登板し、ランディ・メッセンジャーと投げ合うも、4回4失点(自責3)で敗戦投手に[40]。チームは2勝1敗で、ファーストステージを勝ち上がるが、続くファイナルステージの対ヤクルト戦では第3戦に登板し、館山昌平と投げ合い、6回2失点の好投するも、打線の援護が無く、またしても敗戦投手になった[41]。チームは、ヤクルトのアドバンテージを含んだ1勝4敗でファイナルステージを敗退した。10月9日には第1回WBSCプレミア12の最終ロースター28名に選出された[42]。11月21日のメキシコ戦との3位決定戦において、2番手でリリーフ登板し、プロ入り後自身最速となる155km/hを計測した[43]。チームはこの試合に勝利し、日本代表はプレミア12を3位で終えた。プレミア12での個人成績は1勝0敗、7回3失点、防御率3.86だった。

2016年、「圧倒」をテーマに掲げ、自主トレでワンシームを習得しシーズンに臨む[44]。3月25日の対ヤクルト戦(東京ドーム)で3年連続開幕投手を務め、7回無失点の好投で1993年から1996年にかけての斎藤雅樹以来となる3年連続開幕先発勝利投手となった。4月6日の対阪神戦(東京ドーム)では自身初となる無四球および東京ドームでの完封勝利を挙げ、同年4月13日の対ヤクルト戦(神宮球場)で2試合連続完封勝利を挙げるとともに、これまで1度も勝てなかった神宮球場での初勝利を記録した。4月は4試合33イニングを自責点0、月間防御率0.00をマークし月間MVPに選出された[45]。5月13日ヤクルト戦で33イニングぶりに四球を出すものの球団史上4人目となる3試合連続2桁奪三振を記録[46]。オールスターも初めてファン投票1位に選ばれ、4年連続で出場する[47]。その後もシーズンを通して防御率1点台後半をキープしていたが、最終登板の対中日戦(東京ドーム)で5回2失点で降板した段階で防御率が2点台に。それでも最優秀防御率と最多奪三振のタイトルを獲得し、ゴールデングラブも受賞。ただ、前年に引き続き味方の援護が少なく勝利数は9勝に留まり、入団後初めて2ケタ勝利に届かなかった。チームはリーグ2位で終え、ポストシーズンに進むも、CSファーストステージの対横浜DeNA戦(東京ドーム)は体調不良で登板回避し、チームも1勝2敗で敗退した。オフの10月18日には「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」の日本代表に選出された[48]が、コンディション不良により出場登録を抹消された。試合に出られないと知りながらもチームに帯同し、代表への熱い忠誠心を見せた[49]

2017年第4回ワールド・ベースボール・クラシック日本代表に選出され、監督の小久保裕紀からエースと指名された[50]。特に準決勝の対アメリカ戦(ドジャー・スタジアム)では、小雨が降りコンディションが悪い中、4番ノーラン・アレナドを3三振に打ち取るなど6回1失点(被安打3、自責0)と好投。しかし後続の味方投手が1失点し、1対2でチームは敗退。ベスト4で終えるも、アメリカ代表のジム・リーランド監督は、「彼はメジャーリーグのピッチャーに相当する」と賛辞を送った[51]。また、アメリカ代表のクリスチャン・イエリッチは、この日登板した菅野と千賀滉大に対して、「チーム内で話題になるくらいすごかった。今すぐでもメジャーでいける」と称賛した [52]。 WBCでの個人成績は、0勝0敗、14回1/3を投げ、6失点(自責5)、防御率3.14だった。WBC終了後も好調を維持し、開幕投手こそマイルズ・マイコラスに譲ったが、4月18日の対ヤクルト戦から5月2日の対横浜DeNA戦まで3試合連続完封勝利を達成。リーグでは1989年に斎藤雅樹が達成して以来、28年ぶりの記録であった[53]。オールスターも、2年連続でファン投票1位に選ばれ、5年連続で出場を果たした[54]。最終的にチームは4位で終え、ポストシーズンに進めなかったが、25試合に登板し17勝5敗、防御率1.59とキャリアハイの成績を残す。17勝以上で防御率1.60未満は、セ・リーグでは村山実以来51年ぶりとなった[55]。タイトルも、最多勝と最優秀防御率の2冠を達成し、ベストナインとゴールデングラブも受賞。平成生まれ初の沢村賞に選出された[56]。巨人の投手の沢村賞受賞は2002年の上原浩治以来15年ぶりのことだった。シーズンオフのインタビューにて将来的なMLB挑戦の可能性について、「僕はまだ彼(大谷翔平)ほどの絶対的な力は持っていない。しっかり絶対的な実力をつけて、文句なしで行けるように。」[57]と将来的な可能性を述べた。また、2020年の東京オリンピックについても「生きているうちに1度あるかないか。絶対に出たいし、そこまで最前線でいたい」[58]と意欲を示している。

2018年、春季キャンプでは新たにシンカーを習得[59]。3月30日、阪神との開幕戦で2年ぶり4度目の開幕投手を務めたが、制球に苦しみ7回5失点で敗戦投手となった。二度目の登板だった4月6日の対ヤクルト戦でも6回5失点で自身初の開幕2連敗を喫する。この結果を受け、新球シンカーを封印して臨んだ4月13日の対広島戦では8回1失点の好投でシーズン初勝利を挙げる[60]。自身の連敗とチームの6連敗をストップさせた。5月11日の対中日戦では被安打5、自身最多タイの13奪三振で完封勝利をあげた。5月18日の対横浜DeNA戦(東京ドーム)では、筒香嘉智に本塁打を打たれ、連続イニング無失点が29回2/3でストップしたが、打撃面では石田健大からプロ入り320打席目にして初の本塁打を放った[61]。6月15日の対千葉ロッテマリーンズ戦(ZOZOマリンスタジアム)で完封勝利を挙げ、所属している巨人以外の全11球団勝利を達成した[62]。オールスターには、選手間投票1位に選ばれ、6年連続で出場した [63]。7月28日の中日戦(東京ドーム)で、プロ通算1000投球回に到達した[64]。 シーズン終盤の9月以降は3試合連続完封勝利など、CS進出争いを繰り広げるチームに大きく貢献した。CS進出がかかったシーズン最終戦の10月9日の阪神戦(甲子園)で、リードした展開で、9回にリリーフ登板し、1回を無失点で抑え、試合に勝利し、チームは3位でCSに進出した[65]。タイトルも最多勝、最優秀防御率、最多奪三振を獲得し、記録面では自身初となる三冠王(史上19人目)に加え、200投球回と200奪三振を達成した(同球団では1981年の江川卓以来37年ぶり)。また、3年連続最優秀防御率は1958年の稲尾和久以来史上2人目(4回目の最優秀防御率は史上3人目)、シーズン8度の完封勝利は1978年の鈴木啓示以来40年ぶり(同球団では1963年の伊藤芳明以来55年ぶり)の快挙[66]となった。さらに、10月14日のクライマックスシリーズファーストステージ第2戦の対東京ヤクルト戦(神宮)で、原樹理と投げ合い、自身初のノーヒットノーランを達成し、チームのファイナルステージ進出に貢献した(なお、ノーヒットノーランはクライマックスシリーズ及び日本シリーズも含めたポストシーズン史上初[67])。この試合で出塁を許したのは山田哲人への四球1つのみだった[68]。チームは2勝0敗でファーストステージを勝ち上がるが、続くファイナルステージの対広島戦で3連敗し、広島のアドバンテージを含めた0勝4敗で敗退。結果、自身のファイナルステージでの登板は無かった。その後、前年に引き続きベストナインとゴールデングラブも受賞。10月29日、史上5人目となる2年連続の「沢村賞」が決まり、平成最後の沢村賞を受賞した(沢村賞の複数回受賞は史上14人目)。また、沢村賞の選考基準全項目をクリアしての受賞だった[69]日米野球の日本代表に選ばれていたが、扁桃腺の手術の為、辞退した[70]。契約更改で年俸が6億5000万円に上昇し、佐々木主浩と並ぶ日本人選手トップタイの年俸となった。

2019年から背番号を18に変更し[71]、3月29日、広島との開幕戦(マツダスタジアム)で2年連続5度目の開幕投手を務めたが、7回を投げ、安部友裕のソロ本塁打による1点に抑えたものの、打線が広島の開幕投手・大瀬良大地に抑えられ、前年に続いての開幕戦敗戦投手となった。4月5日の対横浜DeNA戦(横浜スタジアム)では9回137球でネフタリ・ソト、筒香のソロ本塁打による2失点で完投。シーズン初勝利を挙げた。5月1日の対中日戦(東京ドーム)では9回を10奪三振、1失点で完投勝利を挙げ、新元号・令和第1号の勝利投手に加え、プロ通算1000奪三振を記録した。5月7日の対横浜DeNA戦(新潟)で、6回を投げ5失点(自責4)するも、味方の打線からの援護があり、勝ち投手になる。また、菅野が5失点以上してでの勝ち星はプロ入り後初めての事だった[72]。5月21日に腰の違和感で登録が抹消されたが、セ・パ交流戦の6月9日の対ロッテ戦(東京ドーム)で復帰し、6回2失点の好投で勝利投手になった[73]。6月16日の対日本ハムファイターズ戦(札幌ドーム)でも、7回3失点の好投で、勝利投手になるが[74]、交流戦の優勝がかかった6月23日の対福岡ソフトバンク戦(東京ドーム)では初回に、福田秀平に先頭打者本塁打を打たれるなどで、4失点(自責2)し、2回先頭の和田毅に四球を与えた所で降板し、敗戦投手になった。これにより、チームは5年ぶりの交流戦優勝を逃してしまった。また、1回0/3での降板は自身のプロ最短であった[75]。7月2日の対中日戦(東京ドーム)で、無四球でのシーズン初完封勝利をした[76]。オールスターには監督推薦で選ばれ、第2戦目に先発して、7年連続で出場した。2回を無失点で抑え、打線の援護もあり、オールスターでの自身初の勝利投手になった[77][78]。8月21日の対中日戦(ナゴヤドーム)でシーズン10勝目を挙げ、3年連続6度目となる二桁勝利を達成。しかし、9月4日の対中日戦(前橋)で腰痛が再発し、2回4失点で降板。翌日に登録抹消された[79]。9月15日の対阪神戦(東京ドーム)で再度復帰するも腰痛が再発し4回4失点で降板。その後試合はチームメイトのアレックス・ゲレーロの逆転ホームランなどもあり自身の黒星は消え、チームは勝利し優勝マジックも減ったが、翌日登録抹消した[80]。この試合がレギュラーシーズン最後のマウンドとなった。最終的に11勝を挙げ、自身3度目となるチームのリーグ優勝に貢献するも防御率は自己ワーストの3.89で入団から6年連続で満たしていた規定投球回も逃した[81]

選手としての特徴[編集]

スリークォーターから繰り出す、平均約147km/h[82]・最速157km/h(プロ入り後は155km/h[83])のストレート、平均146km/hのシュートツーシームワンシーム[82][84][注釈 5]、平均131km/hの空振りが取れる[85]スライダー[82]、平均約123km/hのカーブ[82]、平均約136km/hのカットボール[82]、平均約136km/hのフォーク[82][86]や真っスラ[87]など、多彩な球種を持ち球とする[88]。主にストレート、シュート、スライダーの3球種で全投球の約8割を占め、中でもスライダーが高く評価されている[89]。 他にもオフの自主トレでシンカーチェンジアップも習得はしているが、試合では殆ど使用していない[90]

2013年〜2015年は打たせて取るスタイルだったが、2016年以降はパワーピッチャーのスタイルになっている [91]

2016年から、指力を鍛えた事によって、スピンが増し、ストレートの質が上がった[92]。 2017年WBCの準決勝・米国戦、この試合のストレートの平均回転数は2,513rpm、またカーブも平均2,859rpmを計測し、メジャーの平均値より上だった[93]

東海大監督の横井人輝は「指先の感覚が今まで見てきたどの投手よりも優れている」と評しており[3]、菅野自身も「覚えようと思って覚えられなかった球種はない」と述べ[94]、シュートは雑誌で涌井秀章の握りを見てすぐに使えるようになったという[3][95][96]。一方で、2013年に、原辰徳からは、小技に頼らず「もう少し、力投派、速球派という部分でマウンドに上がるべき」と課題を指摘されていた[97]

巨人に入団した当初から制球力を高く評価されており[98]、自らも「試合でボールがコントロールできずに困ったことはほとんどない」と豪語する[3]。一例として2016年シーズンを挙げると、制球力を示す与四死球率(1.47)やK/BB(7.27)が、いずれもセ・リーグ1位(規定投球回以上)を記録している[99]。浪人中の2012年にはMLBのテレビ中継に没頭し、グレッグ・マダックスの「27球で27個のアウトを取る」という考えが理想になったという[18]。また、ロイ・ハラデイの投球を見て「ピッチングはやっぱりコントロール」と再認識したといい、浪人中はボール1個分の出し入れができる制球力を目指して練習してきたという[18][100]

俊敏な牽制フィールディングの技術も備える[96]。持論は「投手は投げるだけじゃない」で、打撃にもこだわりがある[101]。2017年12月には、「本塁打を打って、1-0で完封したいですね。それはもう、僕の夢ですね」[102]と述べている。

配球に対しては、「よく配球と言いますが、配球って正解があるようでないというか。僕としては捕手のリードで抑えることはあっても、リードで打たれることってあまりないのかなと。投手がしっかり投げれば抑えられる。打たれたら投手の責任です。捕手の球種のサインに首を振る権利もある訳ですから。」という考えである[103]

野球解説者の野村克也は、菅野を「自分をわかっていて、頭を使える投手」と評している[104]。特に2018年のCSの投球を見た際は「ピッチングと会話ができる投手。これ以上に楽しい投手いないよ。俺も引退したけど、受けてみたくなる投手。」と賛辞を送った[105]

また、ダルビッシュ有Twitterユーザーから「平成最強の投手は?」と質問され、ダルビッシュは「上原さん、松坂さん、斉藤和巳さん、 杉内さん、和田さん、田中将大、菅野智之はじめすごい投手が良すぎて1人は決められないです」と返し、菅野の名前も挙げている[106]

人物[編集]

「原貢の孫、原辰徳の甥」という立場については「いやなことのほうが多かった」と言い、「そこは自分の中のモチベーションでもある。『菅野智之』として認められることを、ずっと目標にしています」と語っている[3][96][107]。高校3年時には周囲からプロ入りも勧められていたが「原監督の甥だからプロに行けたと思われるのがイヤだったんです。大学で文句なしの実力をつけてプロに行きたい」として進学を選んだという[3][107]。伯父のもとでプレーすることについては、2011年のドラフト会議後に「小さい頃には一緒にできたらいいなというくらいしか思ってなかったのが、大学にいってある程度実績を残せるようになって、それが夢ではなく現実となるように自分の中で思い描いていたのはある」と語った[108]

プロ入り後は、毎年ハワイで自主トレを行っており、巨人の後輩の宮國椋丞畠世周中川皓太桜井俊貴阪神西勇輝 などと共にトレーニングをしている[109]

食事はシーズン中の体調を良くする為に「グルテンフリー」を取り入れており、小麦粉や麺類、揚げもの、乳製品などを摂取しないようにしている[110]

同い年の小林誠司とバッテリーを組むことが多く、小林と組む時はメディアで「スガコバ」の愛称で呼ばれている[111]

高校野球に関しては球数制限を設ける、木製バットの使用、タイブレークを延長戦に入る10回表から導入するべきの考えで、球数制限によってピッチャー1人1人の適性を生かした役割が明確になり最大限に力を発揮することにつながる、早い内から木製バットに対応する事で野球の底辺の技術の向上などのメリットを挙げている[112]

スポーツではゴルフも趣味としており、大学4年時にはベストスコア100を記録した[113]

ソーシャルゲームもやっており、城とドラゴンの公式動画にゲストで出演している[114]

クレイジージャーニーのファンで、キャリーバッグにはクレイジージャーニーのステッカーを貼っている[115]

香水はルイ・ヴィトンを使用している[116]

社会福祉活動では、介助犬への支援を2015年から続けている[117]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2013 巨人 27 26 1 0 0 13 6 0 0 .684 729 176.0 166 10 37 0 5 155 2 0 70 61 3.12 1.15
2014 23 23 3 0 1 12 5 0 0 .706 640 158.2 138 12 36 3 2 122 6 0 50 41 2.33 1.10
2015 25 25 6 2 0 10 11 0 0 .476 710 179.0 148 10 41 4 7 126 3 0 46 38 1.91 1.06
2016 26 26 5 2 3 9 6 0 0 .600 726 183.1 156 12 26 0 4 189 1 0 46 41 2.01 0.99
2017 25 25 6 4 3 17 5 0 0 .773 713 187.1 129 10 31 0 1 171 1 0 36 33 1.59 0.85
2018 28 27 10 8 4 15 8 0 0 .652 801 202.0 166 14 37 1 3 200 3 0 52 48 2.14 1.00
2019 22 22 3 1 1 11 6 0 0 .647 577 136.1 138 20 32 2 3 120 0 0 65 59 3.89 1.25
NPB:7年 176 174 34 17 12 87 47 0 0 .649 4896 1222.2 1041 88 240 10 25 1083 16 0 365 321 2.36 1.04
  • 2019年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別投手(先発)成績所属リーグ内順位[編集]





















2013 24 セ・リーグ - - 3位 2位 4位 3位 6位
2014 25 1位 - 3位 2位 - 6位 1位
2015 26 2位 3位 10位 10位 6位 8位 2位
2016 27 1位 2位 8位 4位 2位 1位 1位
2017 28 1位 1位 1位 2位 2位 2位 1位
2018 29 1位 1位 1位 4位 1位 1位 1位
2019 30 2位 5位 3位 - - 9位 -
  • - は10位未満

WBSCプレミア12での投手成績[編集]










































2015 日本 2 0 1 0 0 28 7.0 6 2 2 0 1 6 0 0 3 3 3.86

WBCでの投手成績[編集]










































2017 日本 3 3 0 0 0 58 14.1 14 2 1 0 1 16 0 0 6 5 3.14

年度別守備成績[編集]



投手












2013 巨人 27 9 36 2 2 .957
2014 23 9 35 1 2 .978
2015 25 11 39 1 1 .978
2016 26 11 37 0 3 1.000
2017[118] 25 11 36 2 2 .959
2018 28 5 23 1 0 .966
通算 154 56 206 7 10 .974

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

投手記録
打撃記録
  • 初安打・初打点:2013年5月4日、対広島東洋カープ8回戦(東京ドーム)、2回裏に中崎翔太から右前適時打
  • 初本塁打:2018年5月18日、対横浜DeNAベイスターズ9回戦(東京ドーム)、5回裏に石田健大から左越決勝ソロ
節目の記録
その他の記録
  • 投手三冠王:1回 (2018年)※史上19人目
  • クライマックスシリーズノーヒットノーラン:2018年10月14日、対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)ファーストステージ第2戦 ※CS史上初、PS史上初
  • セ・リーグクライマックスシリーズ完投・完封勝利:2013年10月17日、対広島東洋カープ戦(東京ドーム)ファイナルステージ第2戦、9回3安打11奪三振 ※セ・リーグCS史上初[119]
  • オールスターゲーム出場:7回 (ファン投票選出:2016年、2017年/選手間投票選出:2014年、2018年/監督推薦:2013年、2015年、2019年)
  • 開幕投手:5回(2014年 - 2016年、2018年、2019年)

背番号[編集]

  • 19(2013年 - 2018年)
  • 18(2019年 - )

日本代表

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ただし本人は後のインタビューで「(当時は)幼稚園児だったので具体的には覚えていない。それがきっかけというのは少し“作り”が入っているかもしれない。しかし、引退式を見たことは覚えている。ああいう人になりたいなと思った」と語っている[3]
  2. ^ なお、在籍時にチームは甲子園出場(2006年の選抜)はしているが、その時はベンチ入りできなかった。
  3. ^ 日本の野球協約では「一度入団拒否をされた選手を再指名するには本人の同意が必要」だとされているのだが、「進学その他の事由により、その選手が再び就学した場合はそれに該当しない」との記述もあり、浪人して東海大に籍を置き続けている菅野は「再就学」に相当するので、本人の同意が無くとも再指名が可能だと日本ハム側は主張していた。
  4. ^ 日本ハムは2012年のドラフトで、メジャー志望を公言していた大谷翔平を1位で“強行”指名し、説得に成功、入団にこぎつけている。
  5. ^ シンカーなどとも表記される[18]

出典[編集]

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  114. ^ https://twitter.com/TokyoGiants/status/1066071958721200128 =読売ジャイアンツ 公式Twitter 参照])
  115. ^ ( 松本人志驚かせた、巨人・菅野の「クレイジージャーニー愛」 視聴者も「好感度上がった」https://www.j-cast.com/2019/03/07352080.html?p=all=J-CASTニュース 参照])
  116. ^ ( 菅野はヴィトン、松坂はランバン、丸は?https://friday.kodansha.co.jp/article/56313 =FRIDAY DIGITAL 参照])
  117. ^ 株式会社スポーツニッポン新聞社マルチメディア事業本部「[https://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2019/02/20/kiji/20190219s00001173205000c.html 巨人・菅野 「日本介助犬協会」へ支援金285万円を贈呈 - スポニチ Sponichi Annex 野球]」『スポニチ Sponichi Annex』。
  118. ^ 読売ジャイアンツ個人守備成績NPB.jp 日本野球機構
  119. ^ 菅野 セCS初完封でマエケンに投げ勝った!「前回のリベンジ」スポーツニッポン2013年10月17日配信

関連項目[編集]

外部リンク[編集]