菅野智之

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菅野 智之
読売ジャイアンツ #18
Giants suganotomoyuki19.JPG
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県相模原市南区
生年月日 (1989-10-11) 1989年10月11日(29歳)
身長
体重
186 cm
92 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2012年 ドラフト1位
初出場 2013年3月30日
年俸 4億5,000万円(2018年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム 日本の旗 日本
WBC 2017年
プレミア12 2015年

菅野 智之(すがの ともゆき、1989年10月11日 - )は、神奈川県相模原市[2]出身のプロ野球選手投手)。右投右打。読売ジャイアンツ所属。

母方の祖父は、元東海大相模高校野球部監督の原貢。母方の伯父は読売ジャイアンツ監督の原辰徳

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

神奈川県相模原市出身。小学校に上がる直前の1995年10月8日に伯父・原辰徳の引退試合を観戦したことがきっかけで本格的に野球を始める[注釈 1]。軟式の少年野球クラブ「東林ファルコンズ」に所属し、当時から投手を務めた。新町中学時代は3年夏に県大会優勝。関東大会でもベスト8に進出した。

東海大相模高校進学後は2年秋から主戦として活躍。最速148km/hを記録するなどプロからも注目を集めたが、甲子園出場は一度も果たせなかった[注釈 2]。3年生夏の神奈川大会準決勝の横浜高校戦では打者として珍しい「振り逃げ3ラン」を記録するなどし、6-4で勝利したが、続く決勝戦で桐光学園に8-10で敗退した。高校時代の野球部の同学年に田中広輔(田中とは大学も同じ)、1学年後輩には大田泰示がいる。

大学は東海大学へ進学し硬式野球部へ入部。1年秋から主戦を任され、2年春から4季連続で首都大学リーグの優秀投手を受賞。2年時には第37回日米大学野球選手権大会日本代表第25回アジア野球選手権大会日本代表に選出され、U-26 NPB選抜 対 大学日本代表にも出場。3年春の第59回全日本大学野球選手権大会では準々決勝の同志社大学戦で7回参考記録ながらノーヒットノーランを達成し、準決勝の慶應大学戦では最速155km/hを記録し4安打17奪三振の好投で完封勝利を挙げたが、決勝で藤岡貴裕擁する東洋大に完封され敗退。夏の第5回世界大学野球選手権大会では予選リーグのキューバ戦のアルフレド・デスパイネに対しての打席で自己最速となる157km/hを記録。4年秋にはリーグ新記録の通算14完封を記録しチームのリーグ優勝に貢献。最高殊勲選手と最優秀投手、ベストナイン、特別功労賞を受賞した。首都大学リーグでの通算成績は37勝4敗、防御率0.57、347奪三振。大学時代の野球部の1学年先輩には伊志嶺翔大が、同期には田中広輔が、1学年後輩には坂口真規伏見寅威がいる。特に捕手である伏見とは2年以上バッテリーを組んでいた。

ドラフト会議を巡る経緯[編集]

2011年のドラフト会議では野村祐輔明大)、藤岡貴裕東洋大)とともに「大学ビッグ3」と呼ばれ注目を集めた[4]。伯父の原辰徳が監督を務める読売ジャイアンツの単独指名が濃厚と噂されていた[5]が、北海道日本ハムファイターズの予想を反しての1位指名により、抽選の結果日本ハムが交渉権を獲得した。ドラフト後には祖父の原貢が日本ハムの事前挨拶なしでの指名を「人権蹂躙」などと非難する発言を行った[6]

11月7日には日本ハムの指名挨拶に同席し、進路については「目先のことだけではなく、その先の野球人生を考えた上で判断したい」とコメント[7]したが、21日には日本ハム入団を拒否する意向を表明[8]社会人野球や国内独立リーグ、海外のプロリーグ等に進んだ場合は2年間指名されることができないため、プロ・アマのいずれの球団にも属さず、浪人することを選択[9]。東海大の卒業延期制度を利用し大学に残り[10]、大学の練習施設を使用して自主練習をしながら翌年以降のドラフト指名を待つことになった[8]。入団拒否の理由としては「日本ハムさんからいろいろなお話を聞いて光栄に思いました。しかし、それ以上に、自分が小さいころからの夢、そういうものがそれ以上に強かったということです」と述べ[11]、決め手になったという『小さいころからの夢』については「(言葉にするのは)難しいところですが、どうですかね……。分かってください」と語った[12]

これに対し日本ハムは「この程度で諦めるなら最初から指名しなかった。交渉期限のギリギリまで説得を続けたい」としたが[13]、交渉期限最終日の2012年3月31日に菅野の獲得断念を発表[14]。その後、一時は2012年のドラフトでの再指名の可能性を公言したが[注釈 3][15]、後にその方針を変え、日本ハムGM山田正雄が「うちとしては(1位は)その年の一番力がある選手。1年間のブランクがあることを考えたら(菅野が)一番力のある投手じゃないと思います」との理由で指名を回避するとコメントし、実際に大谷翔平を1位指名した[注釈 4][16]。同時にこの年のドラフトで意中の球団以外が交渉権を獲得した場合について、東海大監督の横井人輝が「アメリカに行くであろうと思う。野球留学も含めて、本人もいろいろ興味があるみたい」と発言し[17]、本人も「また去年と同じことが起こるのだとしたら……。何というんですかね……日本で野球をやりたくないかもしれませんね」と発言したことや横浜DeNAベイスターズの調査書の受け取りを拒否したこともあり[18][19]横浜DeNAベイスターズGMの高田繁や監督の中畑清東北楽天ゴールデンイーグルス監督の星野仙一から批判された[20][21]

東海大の卒業延期制度を利用して引き続き在学しての野球浪人であったが、浪人中は大学野球の規定により対外試合に出場できなかったため、東海大野球部を練習拠点とし、投げ込みやチームメイト相手の紅白戦やシート打撃に登板して実戦感覚から遠ざかることを防いだ。ただし、紅白戦やシート打撃での登板は、緊張感や重圧という点では実戦とは異なるため、ブランクが懸念された[22]。菅野自身は、大学野球だけでなく、高校野球や日本プロ野球やメジャーリーグなどを積極的に観戦をし、野球選手としてプラスになったと語っている。2012年の1月末から1ヶ月半の間アリゾナ州で過ごし、MLBプレイヤーをはじめ様々な競技のアスリートが集まる施設で陳偉殷王建民を紹介してもらったりアドバイスを貰ったりした[23]

2012年10月25日に開催されたドラフト会議では、当初はDeNAや楽天も指名の可能性を公言していたものの、巨人の単独1位指名となり、かねてより熱望していた巨人との交渉権を獲得した。ドラフト会議後には伯父であり巨人の監督である原辰徳が東海大を訪れ、背番号19」とネームの入った巨人のユニフォームに袖を通した[24]。11月21日に仮契約を締結[25]。23日に開催されたファン感謝デーで入団発表された[26]

巨人時代[編集]

2013年3月30日の対広島東洋カープ戦(東京ドーム)でプロ入り初登板・初先発し、7回を投げ5安打9奪三振1失点の好投。試合は12回1対1に引き分けに終わった[27]。同年4月6日の対中日ドラゴンズ戦(東京ドーム)で8回を6安打4失点でプロ入り初勝利を挙げた [28]。オールスターゲームには監督推薦で出場[29]、第2戦(神宮)で先発登板し2回2安打1失点[30]。ヤクルトの小川泰弘、阪神の藤浪晋太郎との新人王を争い[31]、この年は13勝を挙げた。広島とのクライマックスシリーズファイナルステージ(東京ドーム)では第2戦に先発登板し9回3安打11奪三振の内容で、セ・リーグのCSでは史上初の完投、完封勝利を挙げた[32]。楽天との日本シリーズでは、第2戦と第6戦に先発登板し、いずれも今季シーズン公式戦から無敗の田中将大と投げ合い、第2戦では5回を投げ2失点で敗戦投手となり楽天に球団シリーズ史上初勝利を献上したが[33]、第6戦では7回2失点で勝利投手となり、田中にこの年シーズン公式戦とポストシーズンを通じて唯一の黒星をつけた[34]

2014年3月28日の対阪神タイガース戦(東京ドーム)で自身初の開幕投手を務め、7回を投げ、被安打8、4失点(自責点は0)ながらも打線の援護に助けられ、シーズン初勝利を挙げた。入団2年目までの投手が開幕戦で勝利を挙げたのは巨人では1960年伊藤芳明以来54年振りである。さらに4月29日の対東京ヤクルトスワローズ戦(東京ドーム)に先発し、9回を投げ7安打4失点で完投勝利を挙げ、球団史上4人目となる「4月中でのリーグ全球団勝利」を達成した。ドラフト制度以降では球団史上初[35]。この活躍が評価され、同年3、4月の月間MVPを受賞した。最終的には12勝5敗、防御率2.33で最優秀防御率を獲得し、チームのリーグ3連覇に貢献したが、シーズン終盤、右手中指炎症と右肘靭帯損傷の影響でポストシーズンの登板は叶わなかった。その結果、自身の不在は大きく響き、チームはCS史上初の4連敗で敗退した。それでもリーグ優勝に貢献したことが評価され、セ・リーグMVPを獲得した[36]

2015年3月28日の対横浜DeNAベイスターズ戦(東京ドーム)で前年に続いての開幕投手を務め、7回を投げ、5奪三振、1失点でシーズン初勝利を挙げた。5月19日の対阪神戦(甲子園)で入団3年目にして初完封勝利を記録した。シーズンは最終的に10勝11敗、防御率1.91で入団から3年連続二桁勝利をマークしたが、好投しても打線の援護に恵まれなかったことや、勝ち投手の権利を持って降板後にリリーフ陣が追いつかれることが多く、プロ入り後初めて負け越しとなった。10月9日には第1回WBSCプレミア12の最終ロースター28名に選出された[37]11月21日メキシコ戦との3位決定戦において、2番手でリリーフ登板し、プロ入り後自身最速となる155km/hを計測した[38]

2016年、「圧倒」をテーマに掲げ、自主トレでワンシームを習得しシーズンに臨む[39]3月25日の対ヤクルト戦(東京ドーム)で3年連続開幕投手を務め、7回無失点の好投で1993年から1996年にかけての斎藤雅樹以来となる3年連続開幕先発勝利投手となった。4月6日の対阪神戦(東京ドーム)では自身初となる無四球および東京ドームでの完封勝利を挙げ、同年4月13日の対ヤクルト戦(神宮球場)で2試合連続完封勝利を挙げるとともに、これまで1度も勝てなかった神宮球場での初勝利を記録した。4月は4試合33イニングを自責点0、月間防御率0.00をマークし月間MVPに選出された[40]。5月13日ヤクルト戦で33イニングぶりに四球を出すものの球団史上4人目となる3試合連続2桁奪三振を記録[41]。その後もシーズンを通して防御率1点台後半をキープしていたが、最終登板を5回2失点で降板した段階で防御率が2点台に。それでも防御率と最多奪三振のタイトルを獲得。ただ、前年に引き続き味方の援護が少なく勝利数は9勝に留まり、入団後初めて2ケタ勝利に届かなかった。CSファーストステージの対DeNA戦は体調不良で登板回避し、チームも1勝2敗で敗退した。オフの10月18日には「侍ジャパン 野球オランダ代表 野球メキシコ代表 強化試合」の日本代表に選出された[42]が、コンディション不良により出場登録を抹消された。試合に出られないと知りながらもチームに帯同し、代表への熱い忠誠心を見せた[43]

2017年第4回ワールド・ベースボール・クラシック日本代表に選出され、監督の小久保裕紀からエースと指名された[44]。特に準決勝の対アメリカ戦では、小雨が降りコンディションが悪い中、4番ノーラン・アレナドを3三振に打ち取るなど6回1失点(被安打3、自責0)と好投。アメリカ代表のジム・リーランド監督は、「彼はメジャーリーグのピッチャーに相当する」と賛辞を送った[45]。WBC終了後も好調を維持し、開幕投手こそマイルズ・マイコラスに譲ったが、4月18日の対ヤクルト戦から5月2日の対DeNA戦まで3試合連続完封勝利を達成。リーグでは1989年に斎藤雅樹が達成して以来、28年ぶりの記録であった[46]。25試合に登板し17勝5敗、防御率1.59とキャリアハイの成績を残す。17勝以上で防御率1.60未満は、セ・リーグでは村山実以来51年ぶりとなった[47]。タイトルも、最多勝と最優秀防御率の2冠を達成し、平成生まれ初の沢村賞に選出された[48]。巨人の投手の沢村賞受賞は2002年の上原浩治以来15年ぶりのことだった。シーズンオフのインタビューにて将来的なMLB挑戦の可能性について、「僕はまだ彼(大谷翔平)ほどの絶対的な力は持っていない。しっかり絶対的な実力をつけて、文句なしで行けるように。」[49]と将来的な可能性を述べた。また、2020年の東京オリンピックについても「生きているうちに1度あるかないか。絶対に出たいし、そこまで最前線でいたい」[50]と意欲を示している。

2018年、春季キャンプでは新たにシンカーを習得[51]3月30日、阪神との開幕戦で2年ぶり4度目の開幕投手を務めたが、制球に苦しみ7回5失点で敗戦投手となった。二度目の登板だった4月6日の対東京ヤクルト戦でも6回5失点で自身初の開幕2連敗を喫する。この結果を受け、新球シンカーを封印して臨んだ4月13日の対広島戦では8回1失点の好投でシーズン初勝利を挙げる[52]。自身の連敗とチームの6連敗をストップさせた。5月11日の対中日戦では被安打5、自身最多タイの13奪三振で完封勝利をあげた。5月18日の対横浜DeNA戦(東京ドーム)では、筒香嘉智に本塁打を打たれ、連続イニング無失点が29回2/3でストップしたが、打撃面では石田健大からプロ入り320打席目にして初の本塁打を放った[53]。シーズン終盤の9月以降は3試合連続完封勝利など、CS進出争いを繰り広げるチームに大きく貢献した。記録面では自身初となる三冠王に加え、200投球回と200奪三振を達成した(同球団では1981年の江川卓以来37年ぶり)。また、3年連続最優秀防御率は1958年の稲尾和久以来史上2人目、シーズン8度の完封勝利は1978年の鈴木啓示以来40年ぶり(同球団では1963年の伊藤芳明以来55年ぶり)の快挙[54]となった。さらに、10月14日クライマックスシリーズファーストステージ第2戦の東京ヤクルト戦(神宮)で自身初のノーヒットノーランを達成し、チームのファイナルステージ進出に貢献した(なお、ノーヒットノーランはクライマックスシリーズ史上初)。10月29日、2年連続の「沢村賞」受賞が決まった。[55]

2019年から背番号を18に変更する[56]

選手としての特徴[編集]

スリークォーターから繰り出す、平均約147km/h[57]・最速157km/h(プロ入り後は155km/h[58])のストレート[注釈 5]、平均146km/hのシュート[57][59][注釈 6]、平均131km/hの空振りが取れる[60]スライダー[57]の3球種で全投球の約8割を占め、その他に平均約123km/hのカーブ[57]、平均約136km/hのカットボール[57]、平均約136km/hのフォーク[57][61][注釈 7]など多彩な球種を持ち球とする[62]

2017年WBCの準決勝・米国戦、この試合のストレートの平均回転数は2,513rpm、またカーブも平均2,859rpmを計測し、メジャーの平均値より上だった[63]東海大監督の横井人輝は「指先の感覚が今まで見てきたどの投手よりも優れている」と評しており[3]、菅野自身も「覚えようと思って覚えられなかった球種はない」と述べ[64]、シュートは雑誌で涌井秀章の握りを見てすぐに使えるようになったという[3][65][66]。一方で、元巨人監督の原辰徳からは、小技に頼らず「もう少し、力投派、速球派という部分でマウンドに上がるべき」と課題を指摘されている[67]

巨人に入団した当初から制球力を高く評価されており[68]、自らも「試合でボールがコントロールできずに困ったことはほとんどない」と豪語する[3]。一例として2016年シーズンを挙げると、制球力を示す与四死球率(1.47)やK/BB(7.27)が、いずれもセ・リーグ1位(規定投球回以上)を記録している[69]。浪人中の2012年にはMLBのテレビ中継に没頭し、グレッグ・マダックスの「27球で27個のアウトを取る」という考えが理想になったという[18]。また、ロイ・ハラデイの投球を見て「ピッチングはやっぱりコントロール」と再認識したといい、浪人中はボール1個分の出し入れができる制球力を目指して練習してきたという[18][70]

俊敏な牽制フィールディングの技術も備える[66]。持論は「投手は投げるだけじゃない」で、打撃にもこだわりがある[71]。2017年12月には、「本塁打を打って、1-0で完封したいですね。それはもう、僕の夢ですね」[72]と述べている。

野球解説者の野村克也は、度々菅野を「自分をわかっていて、頭を使える投手」と絶賛している[73]。特に2018年のCSの投球を見た際は「ピッチングと会話ができる投手。これ以上に楽しい投手いないよ。俺も引退したけど、受けてみたくなる投手。」と最大級の賛辞を送った[74]

人物[編集]

「原貢の孫、原辰徳の甥」という立場については「いやなことのほうが多かった」と言い、「そこは自分の中のモチベーションでもある。『菅野智之』として認められることを、ずっと目標にしています」と語っている[3][66][75]。高校3年時には周囲からプロ入りも勧められていたが「原監督の甥だからプロに行けたと思われるのがイヤだったんです。大学で文句なしの実力をつけてプロに行きたい」として進学を選んだという[3][75]。伯父のもとでプレーすることについては、2011年のドラフト会議後に「小さい頃には一緒にできたらいいなというくらいしか思ってなかったのが、大学にいってある程度実績を残せるようになって、それが夢ではなく現実となるように自分の中で思い描いていたのはある」と語った[76]

スポーツではゴルフも趣味としており、大学4年時にはベストスコア100を記録した[77]

詳細情報[編集]

年度別投手成績[編集]





















































W
H
I
P
2013 巨人 27 26 1 0 0 13 6 0 0 .684 729 176.0 166 10 37 0 5 155 2 0 70 61 3.12 1.15
2014 23 23 3 0 1 12 5 0 0 .706 640 158.2 138 12 36 3 2 122 6 0 50 41 2.33 1.10
2015 25 25 6 2 0 10 11 0 0 .476 710 179.0 148 10 41 4 7 126 3 0 46 38 1.91 1.06
2016 26 26 5 2 3 9 6 0 0 .600 726 183.1 156 12 26 0 4 189 1 0 46 41 2.01 0.99
2017 25 25 6 4 3 17 5 0 0 .773 713 187.1 129 10 31 0 1 171 1 0 36 33 1.59 0.85
2018 28 27 10 8 4 15 8 0 0 .652 801 202.0 166 14 37 1 3 200 3 0 52 48 2.14 1.00
NPB:6年 154 152 31 16 11 76 41 0 0 .650 4319 1086.1 903 68 208 8 22 963 16 0 300 262 2.17 1.02
  • 2018年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別投手(先発)成績所属リーグ内順位[編集]

















W
H
I
P






2013 24 セ・リーグ 6位 4位 - - - 7位 3位 2位 3位
2014 25 1位 - 1位 - 2位 2位 3位 2位 6位
2015 26 2位 6位 2位 3位 - 4位 10位 10位 8位
2016 27 1位 2位 1位 2位 1位 1位 8位 4位 1位
2017 28 1位 2位 1位 1位 1位 1位 1位 2位 2位
2018 29 1位 1位 1位 1位 1位 1位 1位 4位 1位
  • -は10位未満

WBSCプレミア12での投手成績[編集]










































2015 日本 2 0 1 0 0 28 7.0 6 2 2 0 1 6 0 0 3 3 3.86

WBCでの投手成績[編集]










































2017 日本 3 3 0 0 0 58 14.1 14 2 1 0 1 16 0 0 6 5 3.14

年度別守備成績[編集]



投手












2013 巨人 27 9 36 2 2 .957
2014 23 9 35 1 2 .978
2015 25 11 39 1 1 .978
2016 26 11 37 0 3 1.000
2017[78] 25 11 36 2 2 .959
2018 28 5 23 1 0 .966
通算 126 51 183 6 10 .975

タイトル[編集]

表彰[編集]

記録[編集]

投手記録
打撃記録
  • 初安打・初打点:2013年5月4日、対広島東洋カープ8回戦(東京ドーム)、2回裏に中崎翔太から右前適時打
  • 初本塁打:2018年5月18日、対横浜DeNAベイスターズ9回戦(東京ドーム)、5回裏に石田健大から左越決勝ソロ
節目の記録
その他の記録
  • 投手三冠王:1回 (2018年)
  • セ・リーグクライマックスシリーズ完投・完封勝利:2013年10月17日、対広島東洋カープ戦(東京ドーム)ファイナルステージ第2戦、9回3安打11奪三振 ※セ・リーグCS史上初[79]
  • オールスターゲーム出場:6回 (2013年 - 2018年)
  • クライマックスシリーズノーヒットノーラン:2018年10月14日、対東京ヤクルトスワローズ戦(明治神宮野球場)ファーストステージ第2戦 ※CS史上初、PS史上初

背番号[編集]

  • 19(2013年 - 2018年)
  • 18(2019年 - )

日本代表

登場曲[編集]

代表歴[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ ただし本人は後のインタビューで「(当時は)幼稚園児だったので具体的には覚えていない。それがきっかけというのは少し“作り”が入っているかもしれない。しかし、引退式を見たことは覚えている。ああいう人になりたいなと思った」と語っている[3]
  2. ^ なお、在籍時にチームは甲子園出場(2006年の選抜)はしているが、その時はベンチ入りできなかった。
  3. ^ 日本の野球協約では「一度入団拒否をされた選手を再指名するには本人の同意が必要」だとされているのだが、「進学その他の事由により、その選手が再び就学した場合はそれに該当しない」との記述もあり、浪人して東海大に籍を置き続けている菅野は「再就学」に相当するので、本人の同意が無くとも再指名が可能だと日本ハム側は主張していた。
  4. ^ 日本ハムは2012年のドラフトで、メジャー志望を公言していた大谷翔平を1位で“強行”指名し、説得に成功、入団にこぎつけている。
  5. ^ フォーシームとも表記される
  6. ^ ツーシームワンシームシンカーなどとも表記される[18]
  7. ^ スプリットとも表記される

出典[編集]

  1. ^ 巨人 - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2018年6月7日閲覧。
  2. ^ 巨人菅野「皆さんに感謝」故郷相模原へ寄付で恩返し - 日刊スポーツ
  3. ^ a b c d e f 鷲田康「原家三代」、『Sports Graphic Number』第790号、文藝春秋、 78-83頁、 雑誌26852-11/10。
  4. ^ “G菅野、野村超え宣言!10勝&防御率1点台”. SANSPO.COM (産経新聞社): p. 2. (2012年11月22日). http://www.sanspo.com/baseball/news/20121122/gia12112205050003-n2.html 2012年11月22日閲覧。 [リンク切れ]
  5. ^ 「2011ドラフト総決算」、『週刊ベースボール』2011年11月14日号、ベースボール・マガジン社、 6-7頁、 雑誌20442-11/14。
  6. ^ “祖父・原貢氏軟化 決断は菅野次第「最後は自分で」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2011年10月30日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/10/30/kiji/K20111030001922520.html 2011年11月10日閲覧。 
  7. ^ “菅野、初交渉で軟化 ダルと「一緒にやってみたい」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン). (2011年11月8日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/11/08/kiji/K20111108001984400.html 2011年11月17日閲覧。 
  8. ^ a b “日ハム入団拒否宣言…東海大の菅野”. 読売新聞. (2011年11月21日). http://www.yomiuri.co.jp/sports/npb/news/20111121-OYT1T00939.htm?from=y10 2011年11月21日閲覧。 
  9. ^ “菅野浪人決断ハム拒否 巨人愛貫き通す”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2011年11月4日). http://www.nikkansports.com/baseball/professional/draft/2011/news/p-bb-tp0-20111104-858714.html 2011年11月24日閲覧。 
  10. ^ “<空白の1年、再びのドラフトへ> 菅野智之 「待ち焦がれた始まりの地へ」(2/3) - Number Web : ナンバー”. Number Web (文藝春秋). (2012年10月22日). http://number.bunshun.jp/articles/-/285772?page=2 2013年5月13日閲覧。 
  11. ^ “「ある意味自由が効く1年」菅野一問一答”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2011年11月21日). http://www.nikkansports.com/baseball/professional/draft/2011/news/f-bb-tp0-20111121-866628.html 2011年11月21日閲覧。 
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]